チューリップの芽 小川未明 ------------------------------------------------------- 【テキスト中に現れる記号について】 《》:ルビ (例)土《つち》 |:ルビの付く文字列の始まりを特定する記号 (例)一|度《ど》 -------------------------------------------------------  チューリップは、土《つち》の中《なか》で、お母《かあ》さんから、世《よ》の中《なか》に出《で》てからの、いろいろのおもしろい話《はなし》をきいて、早《はや》く芽《め》を出《だ》したいものと思《おも》っていました。 「ちょうちょうは、どんなに、美《うつく》しいの?」と、お母《かあ》さんにたずねたりしました。 「そんなに、いそいではいけません。いい時分《じぶん》になったら、お母《かあ》さんがいってあげます。それまでは、おとなしくして、待《ま》っておいでなさい。」と、お母《かあ》さんは、さとされました。  けれど、今年《ことし》出《で》るチューリップは、がまんしていることができませんでした。 「お母《かあ》さん、もう、芽《め》を出《だ》してもいいでしょう。」といいました。 「いいえ、まだ、いけません。」と、お母《かあ》さんは許《ゆる》されなかったのです。  けれど、とうとうチューリップは、がまんができなくなって、銀色《ぎんいろ》のかわいらしい芽《め》を土《つち》の上《うえ》へ出《だ》しました。  なんという明《あか》るい世界《せかい》でありましたでしょう。けれど、まだ、すこし早《はや》かったので、太陽《たいよう》は遠《とお》く、風《かぜ》が寒《さむ》うございました。かわいらしいチューリップは、身《み》ぶるいしなければなりませんでした。  しかし、一|度《ど》、芽《め》を出《だ》したからは、もはやどうすることもできませんでした。チューリップは、土《つち》の中《なか》の暗《くら》い世界《せかい》が恋《こい》しくなって、お母《かあ》さんのいうことを聞《き》かなかったことを後悔《こうかい》しました。  このとき、畑《はたけ》をみまってきた、しんせつなおじいさんは、チューリップの芽《め》が、ふるえているのを見《み》て、「ああ、まだすこし早《はや》い。いま出《で》たら霜《しも》に傷《いた》んでしまおう。」といって、くわで、チューリップの頭《あたま》の上《うえ》へ、土《つち》をかけてくれました。  チューリップは、ふたたび、暖《あたた》かな世界《せかい》へはいって、春《はる》のくるのを待《ま》つことになりました。 底本:「定本小川未明童話全集 4」講談社    1977(昭和52)年2月10日第1刷発行    1977(昭和52)年C第2刷発行 底本の親本:「ある夜の星だち」イデア書院    1924(大正13)年11月20日 初出:「子供之友」    1924(大正13)年3月 ※表題は底本では、「チューリップの芽《め》」となっています。 ※初出時の表題は「チユリツプの芽」です。 入力:特定非営利活動法人はるかぜ 校正:栗田美恵子 2019年4月26日作成 青空文庫作成ファイル: このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(https://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。