世の中へ出る子供たち 小川未明 ------------------------------------------------------- 【テキスト中に現れる記号について】 《》:ルビ (例)正吉《しょうきち》 |:ルビの付く文字列の始まりを特定する記号 (例)三|人《にん》 [#]:入力者注 主に外字の説明や、傍点の位置の指定 (例)[#7字下げ] ------------------------------------------------------- [#7字下げ]一[#「一」は中見出し]  正吉《しょうきち》の記憶《きおく》に、残《のこ》っていることがあります。それは、小学校《しょうがっこう》を卒業《そつぎょう》する、すこし前《まえ》のことでした。ある日《ひ》、日《ひ》ごろから仲《なか》のいい三|人《にん》は、つれあって、受《う》け持《も》ちの田川先生《たがわせんせい》をお訪《たず》ねしたのであります。先生《せんせい》は、まだ独身《どくしん》でいられました。アパートの狭《せま》いへやに住《す》んでいられて、三|人《にん》がいくと喜《よろこ》んで、お茶《ちゃ》を入《い》れたり、お菓子《かし》を出《だ》したりして、もてなしてくださいました。 「君《きみ》たちの卒業《そつぎょう》も、だんだん近《ちか》づいたね。もうこれまでのように、毎日《まいにち》顔《かお》を合《あ》わせることができなくなる。小原《おばら》くんは、入《はい》る学校《がっこう》がきまったかね。」と、一人《ひとり》の方《ほう》を向《む》いて、おっしゃいました。 「はあ、兄《にい》さんが、中学校《ちゅうがっこう》へ入《はい》ったらいいというのですけれど。」と、小原《おばら》は、下《した》を向《む》きました。 「君《きみ》のお兄《にい》さんは、やさしい方《かた》だ。君《きみ》は、もっと体《からだ》をじょうぶにせんければいけんよ。」  先生《せんせい》は、じっと、早《はや》く両親《りょうしん》に別《わか》れた小原《おばら》の細々《ほそぼそ》とした体《からだ》を見《み》ていられました。  高橋《たかはし》は、早《はや》く父親《ちちおや》に別《わか》れたけれど、母親《ははおや》があるのでした。正吉《しょうきち》だけは、両親《りょうしん》がそろっていて、いちばん幸福《こうふく》の身《み》の上《うえ》であったのです。  外《そと》には、寒《さむ》いから風《かぜ》が吹《ふ》いていました。ときどきガラス窓《まど》をガタガタと鳴《な》らしました。  先生《せんせい》は、しばらくだまっていられましたが、 「みんなは、世間《せけん》に名《な》を知《し》られるような、えらい人《ひと》になれなくともいいから、正《ただ》しい人間《にんげん》となって、どうか幸福《こうふく》に暮《く》らしてもらいたい。」といって、うつむかれたが、そのとき、目《め》の中《なか》に涙《なみだ》が光《ひか》ったのです。先生《せんせい》のお言葉《ことば》は、胸《むね》にしみて、思《おも》わず知《し》らず、三|人《にん》は、いっしょに頭《あたま》を下《さ》げました。 [#7字下げ]二[#「二」は中見出し]  それは、つい、昨日《きのう》のことのようなのが、もう四、五|年《ねん》もたちます。小学校《しょうがっこう》を出《で》てから、三|人《にん》の身《み》の上《うえ》にも、変化《へんか》がありました。中《なか》でも気《き》の毒《どく》なのは、小原《おばら》で、体《からだ》が弱《よわ》くて、中学校《ちゅうがっこう》を退《ひ》きました。正吉《しょうきち》も、また最近《さいきん》母《はは》を失《うしな》って、年《とし》をとった父親《ちちおや》だけとなりましたが、工手学校《こうしゅがっこう》を出《で》ると、すぐ勤《つと》めています。高橋《たかはし》は、このほどようやく工芸学校《こうげいがっこう》を卒業《そつぎょう》して、田舎《いなか》へいくことになったのです。  正吉《しょうきち》と高橋《たかはし》は、同《おな》じ種類《しゅるい》の学校《がっこう》でありましたので、平常《へいじょう》も往来《おうらい》をして、自分《じぶん》たちの希望《きぼう》を物語《ものがた》ったり、身《み》のまわりにあったことなどを打《う》ち解《と》けて、話《はな》し合《あ》ったのでした。 「僕《ぼく》のお母《かあ》さんはね、昔《むかし》の芝居《しばい》が好《す》きなんだよ。だけど歌舞伎座《かぶきざ》なんて、高《たか》いだろう。それに、いく暇《ひま》もないのさ。僕《ぼく》と妹《いもうと》のために、盛《さか》り場《ば》さえめったに出《で》られなかったのだものね。僕《ぼく》は、お母《かあ》さんが達者《たっしゃ》なうちに、すこしは楽《らく》をさしてあげたいと思《おも》うのだけれど、おぼつかないものだな。」と、ある日《ひ》、高橋《たかはし》は、正吉《しょうきち》に向《む》かって、いいました。 「しかし、お母《かあ》さんは、お達者《たっしゃ》なのだろう。」 「ああ、病気《びょうき》ってしたことがないよ。それも、二人《ふたり》の子供《こども》を自分《じぶん》の手《て》で養育《よういく》しなければならぬので、気《き》が張《は》っているんだね。」  高橋《たかはし》は、そう答《こた》えました。正吉《しょうきち》は、お母《かあ》さんのことを考《かんが》えると、すぐ、涙《なみだ》が目《め》にあふれてくるのです。 「僕《ぼく》も、一|度《ど》お母《かあ》さんを、湯治《とうじ》にやってあげたいと、思《おも》っているうちになくなられて、もう永久《えいきゅう》に機会《きかい》がなくなってしまった。」と、正吉《しょうきち》は、歎息《たんそく》をもらしました。 「しかし、君《きみ》には、まだ、お父《とう》さんがあるからいい。せいぜい孝行《こうこう》をしてあげたまえ。」  なくなった母親《ははおや》を思《おも》い出《だ》している、さびしそうなお友《とも》だちの顔《かお》を見《み》ると、高橋《たかはし》は、こういってなぐさめたのです。  もう、季節《きせつ》は、秋《あき》の末《すえ》でありました。正吉《しょうきち》は、高橋《たかはし》を見送《みおく》るため、門《もん》から出《で》ました。短《みじか》い日《ひ》ざしは、色《いろ》づいた木立《こだち》や、屋根《やね》の上《うえ》に、黄色《きいろ》く照《て》り映《は》えていました。 「高橋《たかはし》くんも、こちらに勤《つと》め口《ぐち》があるといいんだがな。」  正吉《しょうきち》は、ただ、近《ちか》く別《わか》れるのが悲《かな》しかったのでした。こちらに、思《おも》わしい就職口《しゅうしょくぐち》がないので、高橋《たかはし》が、地方《ちほう》へいくのを知《し》っているからです。 「雪《ゆき》は、深《ふか》く降《ふ》らないけれど、僕《ぼく》のいくところは、冬《ふゆ》の寒《さむ》い田舎《いなか》なんだよ。大仕掛《おおじか》けの堤防工事《ていぼうこうじ》なんだがね、そこへしばらくいくつもりなのだ。ただ母《はは》と妹《いもうと》を残《のこ》していくのが、なんだか気《き》がかりなんでね。」と、高橋《たかはし》は、いいました。 「そう長《なが》くは、いっていないのだろう。」 「ああ、しかし、こちらにいい口《くち》があるまでは、どの途《みち》、しかたがないのさ。」 「きっと、そのうちにはあるよ。」 「僕《ぼく》たち、若《わか》いうちに、いろいろ経験《けいけん》するのもいいかもしれない。」と、高橋《たかはし》は、肩《かた》をそびやかして、答《こた》えました。 「そうさ。僕《ぼく》も、満洲《まんしゅう》へいこうかと思《おも》ったんだ。しかしおふくろを失《うしな》って、間《ま》もないので、父《ちち》がさびしがると思《おも》ったので、見合《みあ》わせたのさ。」と、正吉《しょうきち》は、西《にし》の紅《あか》く夕焼《ゆうや》けした、空《そら》をながめていいました。 [#7字下げ]三[#「三」は中見出し]  正吉《しょうきち》は、月給《げっきゅう》の入《はい》った翌日《よくじつ》のこと、田舎《いなか》へいく高橋《たかはし》のために、送別会《そうべつかい》を開《ひら》くことにしました。  あるレストランで、高橋《たかはし》と小原《おばら》と自分《じぶん》の三|人《にん》が、夕飯《ゆうはん》を食《た》べながら親《した》しく話《はなし》をしたのです。そのレストランは、大《おお》きなきれいな店《みせ》でありました。煖房装置《だんぼうそうち》もあれば、壁《かべ》にはオゾン発生機《はっせいき》を備《そな》えてあって、たくさんのテーブルには、それぞれ客《きゃく》が対《むか》い合《あ》っていました。南洋産《なんようさん》の緑色《みどりいろ》の葉《は》の長《なが》い植物《しょくぶつ》が、大《おお》きな鉢《はち》に植《う》えられて、すみの方《ほう》と、中央《ちゅうおう》に置《お》いてありました。  正吉《しょうきち》は、勤《つと》めるようになってから、こんな場所《ばしょ》へは、先輩《せんぱい》につれられたり、また社員《しゃいん》たちときたことがあるけれど、小原《おばら》も高橋《たかはし》も、きわめてまれなことだけに、話《はなし》の合間《あいま》に、頭《あたま》を上《あ》げて、あたりを物珍《ものめずら》しそうにながめていました。  話《はなし》は、正吉《しょうきち》と高橋《たかはし》の間《あいだ》で、いつかまたお母《かあ》さんのことになったのです。ここでも、小原《おばら》だけは、母《はは》の顔《かお》さえよく覚《おぼ》えていなかったので、二人《ふたり》の話《はなし》を笑《わら》ってきくうちにも、どことなくさびしそうでありました。 「わがままいわなければ、よかったと思《おも》うよ。お母《かあ》さんがいなくなってから、わかった。しかし、もう遅《おそ》いのだ。よく無理《むり》をいったり、また頼《たの》んでおいたことを母《はは》が忘《わす》れたといって、小言《こごと》をいったりしてすまなかった。」と、正吉《しょうきち》はいっていました。 「僕《ぼく》も、悪《わる》いところでなければ、母《はは》と妹《いもうと》をつれていくんだけれどなあ。」と、高橋《たかはし》がいいました。これを聞《き》いていた、小原《おばら》は、 「いいなあ、君《きみ》たちが、うらやましいよ。僕《ぼく》には、そうした思《おも》い出《で》もない。小《ちい》さいときから、母《はは》も父《ちち》も、ないのだからね。」と、鼻《はな》をつまらせたのです。 「そう、もうこんな話《はなし》はやめよう。」と、正吉《しょうきち》が、いいました。  三|人《にん》は、フライだのマカロニだの、いろいろ食《た》べたり、サイダーや、コーヒーを飲《の》んだりして、時計《とけい》が九|時《じ》を過《す》ぎてから、そこを引《ひ》き上《あ》げました。会計《かいけい》は、少女《しょうじょ》の持《も》ってきた伝票《でんぴょう》を見《み》て、正吉《しょうきち》が、払《はら》ったのであります。  道順《みちじゅん》で、高橋《たかはし》が先《さき》に二人《ふたり》と別《わか》れました。 「出発《しゅっぱつ》の日《ひ》には、送《おく》るからね。」 「会社《かいしゃ》が、忙《いそが》しいなら、いいよ。」 「なに、どうか都合《つごう》するさ。」  あとは、小原《おばら》と正吉《しょうきち》の二人《ふたり》が、星晴《ほしば》れのした空《そら》を、公園《こうえん》の方《ほう》に向《む》かって歩《ある》いていたのです。 「今夜《こんや》は、ご馳走《ちそう》になって、すまなかった。」と、小原《おばら》がいいました。 「なんでもないよ。今度《こんど》の日曜《にちよう》に、動物園《どうぶつえん》でもいってみない?」と、正吉《しょうきち》が、いうと、 「お天気《てんき》だったらね。」と、小原《おばら》は、喜《よろこ》びました。そして、赤《あか》いネオンサインの方《ほう》を見《み》ながら、 「四|月《がつ》になったら、また学校《がっこう》へ上《あ》がるつもりだ。」と、このごろ、体《からだ》がよくなったので、小原《おばら》は、元気《げんき》にいいました。 「学校《がっこう》なんか、すこしくらいおくれたっていいよ、なるたけ大事《だいじ》にしたまえ。」  二人《ふたり》は、四《よ》つ辻《つじ》のところで、また別《わか》れたのです。先刻《せんこく》から、正吉《しょうきち》の頭《あたま》の中《なか》で、もやもやしていたものがあります。それは、レストランの計算《けいさん》が、ちがっているような気《き》がしたのでした。なんだかすこし安《やす》すぎるので、正直《しょうじき》な彼《かれ》は、そのままにしておけない気《き》がして、公園《こうえん》のベンチのところでポケットから、手帳《てちょう》と鉛筆《えんぴつ》を取《と》り出《だ》して計算《けいさん》をはじめました。頭《あたま》の中《なか》では、うまくいかなかったのです。 「ああ、やはりサイダー二|本《ほん》がつけ落《お》ちになっている。これは、あの少女《しょうじょ》の損《そん》になるのだろうか。」  正吉《しょうきち》が、食《た》べ物《もの》や飲《の》み物《もの》を運《はこ》んできた、目《め》の星《ほし》のように清《きよ》らかな、白《しろ》いエプロンをかけた少女《しょうじょ》の姿《すがた》を思《おも》い浮《う》かべました。彼《かれ》は急《いそ》いで街《まち》へひきかえしました。そして、時計《とけい》を見《み》ると、もう十|時《じ》を過《す》ぎています。 「いつのまに、こんなに早《はや》く時間《じかん》がたったろう。」と、つぶやきながら、例《れい》のレストランの前《まえ》へくると、もう店《みせ》は閉《し》まっていました。なにか仕事《しごと》があって、一人《ひとり》おくれたのか、普通《ふつう》の娘《むすめ》さんのようなふうをした丸顔《まるがお》の少女《しょうじょ》が、横《よこ》の入《い》り口《ぐち》から、出《で》たのでありました。正吉《しょうきち》は、その少女《しょうじょ》を呼《よ》び止《と》めた。 「すこし会計《かいけい》が、ちがっていたのですが。」と、いいました。 「私《わたし》にはわかりませんが、なにか余計《よけい》にいただいたのでしょうか。」と、少女《しょうじょ》が聞《き》きました。 「いや、サイダー二|本《ほん》の、つけ落《お》としがあったと思《おも》うのです。」  こういうと、彼女《かのじょ》は、正直《しょうじき》な人《ひと》だと思《おも》ったらしく、軽《かろ》やかに笑《わら》いました。 「こちらの手落《てお》ちなんですから、かまいませんよ。」といいました。 「受《う》け持《も》ちの女給《じょきゅう》さんに、損《そん》をかけまいと思《おも》ってきたのです。」 「まあ、ごしんせつに、けっして、そんなことはないんです。それに、もう、みんなしまった後《あと》ですもの。」といいました。  正吉《しょうきち》は、そう聞《き》くと、いくらか気持《きも》ちが楽《らく》になりました。急《いそ》いで、駅《えき》に入《はい》ろうとしたときに、夜遅《よるおそ》く、寒《さむ》いのに、外《そと》に立《た》ちながら、花《はな》を売《う》っている少女《しょうじょ》を見《み》ました。やはり家《いえ》のために働《はたら》いているのであろうが、あまり振《ふ》り向《む》いて見《み》るものすらありません。 「そうだ、あの金《かね》で、この少女《しょうじょ》の花《はな》を買《か》ってやろう。」  正吉《しょうきち》は、白《しろ》い百合《ゆり》の花《はな》と、赤《あか》いカーネーションの花《はな》を求《もと》めました。彼《かれ》は、駅《えき》の階段《かいだん》を上《のぼ》りながら、 「たとい、一|銭《せん》でもまちがった金《かね》は受《う》け取《と》ってはなりませんよ。」と、教《おし》えられた、お母《かあ》さんの言葉《ことば》を思《おも》い出《だ》しました。もうそのお母《かあ》さんは、この世界《せかい》のどこを探《さが》してもいられないが、お母《かあ》さんの教《おし》えだけは、かならず守《まも》りますと、正吉《しょうきち》は、お母《かあ》さんの霊《れい》に向《む》かって、誓《ちか》ったのであります。 底本:「定本小川未明童話全集 12」講談社    1977(昭和52)年10月10日第1刷発行    1982(昭和57)年9月10日第5刷発行 底本の親本:「夜の進軍喇叭」アルス    1940(昭和15)年4月 初出:「婦人朝日」    1939(昭和14)年1月 ※表題は底本では、「世《よ》の中《なか》へ出《で》る子供《こども》たち」となっています。 入力:特定非営利活動法人はるかぜ 校正:酒井裕二 2017年10月25日作成 青空文庫作成ファイル: このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。