世の中のために 小川未明 ------------------------------------------------------- 【テキスト中に現れる記号について】 《》:ルビ (例)毎日《まいにち》 |:ルビの付く文字列の始まりを特定する記号 (例)二|度《ど》 -------------------------------------------------------  毎日《まいにち》雨《あめ》が降《ふ》りつづくと、いつになったら、晴《は》れるだろうと、もどかしく思《おも》うことがあります。そして、もうけっして、この雨《あめ》はやまずに、いつまでもいつまでも降《ふ》るにちがいないと、一人《ひとり》できめて、曇《くも》った空《そら》を見《み》ながら、腹立《はらだ》たしく感《かん》じ、あの空《そら》へ向《む》かって、大砲《たいほう》でも打《う》ってみたらと空想《くうそう》することがあります。 「どうした天気《てんき》だろうな。」と、人《ひと》の顔《かお》を見《み》さえすればうったえるのでした。  ところが、とつぜん、雲《くも》が切《き》れて、青《あお》い空《そら》がのぞき、黄金色《おうごんいろ》の矢《や》のような、日《ひ》の光《ひかり》がさすと、さっきまでのゆううつが、どこかあとかたもなく消《き》えてしまって、心《こころ》までが別人《べつじん》のごとく変《か》わるのでした。  きれいにすみわたった空《そら》の下《した》では、あの曇《くも》った日《ひ》にいだいた、ゆううつな思《おも》いを、二|度《ど》味《あじ》わってみたいと思《おも》っても、どうなるものでもありません。しかし、こんなことは、どうだっていいのです。ところが、僕《ぼく》は、ふと空想《くうそう》に浮《う》かんだ、ある重大《じゅうだい》な問題《もんだい》をどうかしたはずみに忘《わす》れてしまったのです。それは忘《わす》れたですまされない、自分《じぶん》の一|生《しょう》を左右《さゆう》するとまで考《かんが》えたものだけに、どうしても、もう一|度《ど》それを思《おも》い出《だ》さなくてはならなかったのでした。そして、思《おも》い出《だ》すまで、僕《ぼく》は、毎日《まいにち》ゆううつな日《ひ》を送《おく》りました。  あるときは、机《つくえ》の前《まえ》に立《た》ったり、すわったりしました。家《いえ》の内《うち》を歩《ある》いてみました。どうかして、それを思《おも》い出《だ》そうとこころみました。しかし、雲《くも》をつかむようで、考《かんが》えたことが、なんであったか、まったく見当《けんとう》がつきません。だが、最初《さいしょ》それを考《かんが》えた糸口《いとぐち》となったものが、あったにちがいない。それは、なんであったか、僕《ぼく》は昨日《きのう》から、今日《きょう》へかけて、散歩《さんぽ》した場所《ばしょ》を目《め》に浮《う》かべたり、読《よ》んだ書物《しょもつ》について、吟味《ぎんみ》したりしたのでした。けれど、やっぱり雲《くも》をつかむようだったのです。  あるとき、友《とも》だちが、僕《ぼく》と話《はな》したときに、いつもノートを持《も》つ必要《ひつよう》があるといいました。それは、歩《ある》いているときでも、また床《とこ》の中《なか》にあるときでも、いい考《かんが》えが浮《う》かんだり、なにか気《き》づいたことがあるときは、それを書《か》きとめておかぬと忘《わす》れるというのです。だが、僕《ぼく》は友《とも》だちに向《む》かって、そんなに、じき忘《わす》れてしまうような考《かんが》えなら、けっきょくたいしたものでないだろう。ほんとに大切《たいせつ》な思《おも》いつきなら、けっして、忘《わす》れることはないはずだといったのでした。  ところが、こんど、はじめて、かげのごとく、心《こころ》の上《うえ》をかすめて通《とお》る真理《しんり》があり、たくみにそれをとらえれば、その真理《しんり》こそ、人生《じんせい》にとって重大《じゅうだい》なねうちのあるものであるが、そのまま忘《わす》れてしまえば、永久《えいきゅう》に去《さ》ってしまうものなのを知《し》りました。  それを僕《ぼく》が、ふたたび思《おも》い出《だ》したのも、また偶然《ぐうぜん》だったのです。  ある日《ひ》の晩方《ばんがた》、友《とも》だちが、遊《あそ》びにきて、 「君《きみ》は、チフスの予防注射《よぼうちゅうしゃ》をしたかい。」と、聞《き》きました。ちょうど、そのころチフスが発生《はっせい》したと新聞《しんぶん》に書《か》いてありました。 「去年《きょねん》、チフスと天然痘《てんねんとう》の予防注射《よぼうちゅうしゃ》をしたよ。」と、僕《ぼく》は、答《こた》えたのです。すると、友《とも》だちは、 「人間《にんげん》のからだへ、いろいろ病気《びょうき》の予防注射《よぼうちゅうしゃ》を打《う》つが、それまでに、牛《うし》や、モルモットなどへ、幾《いく》たびも試験《しけん》するんだってね。そんな試験台《しけんだい》にされた、モルモットや、牛《うし》のことを考《かんが》えると、かわいそうになるのだよ。」といって、真剣《しんけん》に考《かんが》えていました。 「しかし、とうとい犠牲《ぎせい》じゃないか。」と、僕《ぼく》は、かんたんに答《こた》えたものの、なにも知《し》らない、おとなしい動物《どうぶつ》が、高度《こうど》の発熱《はつねつ》をしたり、からだの自由《じゆう》を失《うしな》って、苦《くる》しんだりするのかと思《おも》うと、たとえ真理《しんり》を発見《はっけん》するためとはいいながら、ほかには、健康《けんこう》で、自由《じゆう》に、生活《せいかつ》する同類《どうるい》があるのを、僕《ぼく》も、やはりかわいそうに思《おも》ったのでした。 「それは、しかたのないことかもしれないが、人間《にんげん》はそれらの犠牲《ぎせい》となったものにたいして、感謝《かんしゃ》しているだろうか。」と、友《とも》だちは、さながらいきどおるごとくいいました。  こう、友《とも》だちがいうのを聞《き》いたとき、僕《ぼく》は、おぼえず、 「あっ、思《おも》い出《だ》した!」と、心《こころ》で叫《さけ》んだのです。  いつの晩《ばん》だったか、床《とこ》の中《なか》で考《かんが》えながら、重大《じゅうだい》なことに思《おも》って、目《め》をさまして起《お》きたときは、なんであったか忘《わす》れてしまって、それから、なんとなく、大《おお》きな落《お》とし物《もの》をしたように、ゆううつだったのが、友《とも》だちの話《はなし》から、思《おも》い出《だ》したのでした。 「もし自分《じぶん》が、あの佐倉宗吾《さくらそうご》だったら。」と、空想《くうそう》したことでした。あの悲惨《ひさん》きわまる運命《うんめい》にあわなければならぬと想像《そうぞう》したのです。  いつの世《よ》にも、正《ただ》しく生《い》きようとすれば、ひとり佐倉宗吾《さくらそうご》とかぎらないから。  やがて、友《とも》だちは帰《かえ》りました。  僕《ぼく》は、祖父《そふ》が、ひとりへやの内《うち》で、たいくつそうにしていられるので、そばへいって、 「おじいさん、どうして、世《よ》の中《なか》には、まちがったことが多《おお》いでしょうね。」と、たずねました。  おじいさんは、いつものごとくゆったりとした調子《ちょうし》で、 「まちがっているって、どんなことかな。」と、おっしゃいました。 「そうでしょう。正《ただ》しいことをしながら苦《くる》しめられ、悪《わる》いことをしても、楽《らく》な暮《く》らしをしている人《ひと》があるのは、どうしたわけですか。」 「なに、正《ただ》しいものは、いつかみとめられるし、正《ただ》しくないものは、しまいに罰《ばっ》せられるのじゃ。」と、おじいさんは、いわれました。 「おじいさん、そんなら、運命《うんめい》というものは、どんなものですか。」と、僕《ぼく》が聞《き》きました。 「そう、運命《うんめい》とは、人間《にんげん》の力《ちから》以上《いじょう》のものとでもいうのかな。」 「あまり、この世《よ》の中《なか》には、運命《うんめい》ということが、多《おお》すぎますね。」 「考《かんが》えれば、そうもいえるのう。」  おじいさんは、机《つくえ》の上《うえ》のすずりを手《て》にとってながめていられました。 「運命《うんめい》なら、何事《なにごと》もあきらめるよりしかたがないのですか。」と、僕《ぼく》が、聞《き》いた。 「まあ、あきらめるよりしかたはあるまい。だがお坊《ぼう》さんでもないかぎり、なかなかそうさとれぬものじゃ。だから、その悲《かな》しみを忘《わす》れるため、趣味《しゅみ》に遊《あそ》ぶということがある。歌《うた》を作《つく》るとか、絵《え》をかくとか、字《じ》を習《なら》うとか、また碁《ご》や、将棋《しょうぎ》をするとか。わしなどは、一ぱいやり、畑《はたけ》へ出《で》て、花造《はなづく》りをするのも、じつは、そのためなのじゃ。」と、おじいさんは、おっしゃいました。  けれど、僕《ぼく》には、そのお話《はなし》が、なんだかなまぬるいような気《き》がして、ぴんと頭《あたま》へこなかったのでした。  おじいさんも、僕《ぼく》のようすで、そうさとられたとみえて、 「若《わか》いものには、わしの話《はなし》はよくわかるまい。もう、おまえは、これから、叔父《おじ》さんに、なんでもわからないことを、聞《き》くがいいぞ。わしは、昔《むかし》もので、いつでも、できるのは将棋《しょうぎ》相手《あいて》ぐらいのものじゃ。」といって、おじいさんは、やさしい目《め》で、僕《ぼく》を見《み》ながら、おいいになりました。  眼鏡《めがね》をかけて、いつも気《き》むずかしい顔《かお》つきをしている叔父《おじ》さんは、これまで、僕《ぼく》にたいして、何事《なにごと》にも、あまり注意《ちゅうい》をしてくれなかったものです。よくその意味《いみ》はわからぬが、僕《ぼく》の存在《そんざい》を無視《むし》するということでないだろうか。ところが、僕《ぼく》がたずねていって、伝記《でんき》で知《し》った佐倉宗吾《さくらそうご》の歩《ある》いた道《みち》を、もし自分《じぶん》が同《おな》じ境遇《きょうぐう》に置《お》かれたら、やはりその道《みち》を歩《ある》いたかもしれぬ。そうすれば、同《おな》じような悲惨《ひさん》なめにあったであろう。正《ただ》しく生《い》きることは、どうして、このように不安《ふあん》なのであろうかと、正直《しょうじき》にいうと、はじめて、叔父《おじ》さんは、正面《しょうめん》から、じっと僕《ぼく》の顔《かお》を見《み》て、真剣《しんけん》な態度《たいど》を示《しめ》したのでした。 「君《きみ》のいうことは、よくわかるよ。しかし、君《きみ》ばかりでない。だれだって、それを考《かんが》えると、不安《ふあん》になるのがほんとうだろう。」と、叔父《おじ》さんは、いわれました。 「どうしてですか。正《ただ》しいことを主張《しゅちょう》して、それがいけないのは。」 「正《ただ》しいことも、正《ただ》しくないと、いいはる人《ひと》たちがあり、そういうもののほうが、いつの世《よ》の中《なか》でも勢力《せいりょく》を持《も》つからだ。」 「ふしぎだなあ。」と、僕《ぼく》が、いいました。 「ふしぎはないさ。正直《しょうじき》な人《ひと》なら、なにが正《ただ》しいか、正《ただ》しくないかがわかる。たとえわかっても、世《よ》の中《なか》のため、あくまでいいはる、勇気《ゆうき》のある人《ひと》が少《すく》ないのだ。昔《むかし》から、正義《せいぎ》のために戦《たたか》った人々《ひとびと》は、その少《すく》ない中《なか》の人《ひと》であって、多《おお》くの人《ひと》たちから、迫害《はくがい》されたのだ。君《きみ》が空想《くうそう》をして、不安《ふあん》になるのも無理《むり》はない。」といって、叔父《おじ》さんの顔《かお》は、いつもの気《き》むずかしい顔《かお》となりました。 「そうすると、悪《わる》い人《ひと》がはびこるのは、正直《しょうじき》でも、勇気《ゆうき》のある人《ひと》が、少《すく》ないからなんですね。」 「そのとおり、たとえば、横暴《おうぼう》の殿《との》さまがあっても、まわりのものは、にらまれるのをおそれて反対《はんたい》しない。そればかりか、気《き》が弱《よわ》いところから、いっしょになって、善人《ぜんにん》をいじめるということになるのだ。昔《むかし》とかぎらず、それが、いままでの世《よ》の中《なか》のありさまだった。」 「叔父《おじ》さん、どうすればいいとお考《かんが》えですか。」と、僕《ぼく》は、急《きゅう》に胸《むね》があつくなって、叫《さけ》んだのでした。  叔父《おじ》さんは、しばらく、だまって、考《かんが》えておられた。むずかしいことをいっても子供《こども》にわからないと思《おも》われたので、なにか適当《てきとう》な答《こた》えをさがし出《だ》そうとされるふうにもとられるのです。 「いま君《きみ》は、佐倉宗吾《さくらそうご》といったから、それでいい。ああいう正《ただ》しい人《ひと》が、ただ一人《ひとり》だったから、あんな最後《さいご》になったが、でも、一人《ひとり》の力《ちから》が、どんなに大《おお》きかったかわかるだろう。もしあのような人《ひと》が、十|人《にん》、二十|人《にん》とあったらどうか、そして、百|人《にん》、二百|人《にん》とあったら、もはやいかなる悪《わる》い、また暴力《ぼうりょく》をもつやからにたいしても恐《おそ》るるに足《た》らぬと考《かんが》えないかね。これを見《み》ても、一|致《ち》協力《きょうりょく》する以外《いがい》に、世《よ》の中《なか》を明《あか》るくする道《みち》はないのだよ。」と、叔父《おじ》さんは、いわれた。  こう聞《き》いたとき、僕《ぼく》の頭《あたま》の中《なか》へ一《ひと》すじの金色《きんいろ》の明《あか》るい光線《こうせん》が、天《てん》からさしこんだような気《き》がしました。 「いままで、運命《うんめい》といって、あきらめたことも、協同《きょうどう》の努力《どりょく》で、征服《せいふく》することができるんですね。」 「そうだ、真理《しんり》に奉仕《ほうし》する、野口英世《のぐちひでよ》のような人《ひと》が出《で》れば、これまで発見《はっけん》の困難《こんなん》とされた病菌《びょうきん》とたたかって、人間《にんげん》を死《し》の恐怖《きょうふ》から、解放《かいほう》するであろうし、そういう科学者《かがくしゃ》が幾人《いくにん》も出《で》れば、どれほど、世界《せかい》を明《あか》るくし、人類《じんるい》を幸福《こうふく》にみちびくかしれない。」  こう、叔父《おじ》さんは、おっしゃったのでした。なんで僕《ぼく》はこの言葉《ことば》に深《ふか》く感激《かんげき》せずにいられましょう。 「よくわかりました。」と、頭《あたま》を下《さ》げて、立《た》ちかけると叔父《おじ》さんが、 「君《きみ》は、将来《しょうらい》なにになるつもりか。」と、聞《き》かれました。僕《ぼく》は、そくざに、 「社会改革家《しゃかいかいかくか》になります。」と、答《こた》えた。 「えっ?」と、叔父《おじ》さんは、聞《き》き返《かえ》された。  僕《ぼく》は自分《じぶん》でも、すこし感情《かんじょう》を露骨《ろこつ》にあらわしすぎたと気《き》づいたので、 「科学者《かがくしゃ》になります。」といった。 「また、遊《あそ》びにおいで。」と、叔父《おじ》さんは、やさしくいわれたのでした。 底本:「定本小川未明童話全集 14」講談社    1977(昭和52)年12月10日第1刷発行    1983(昭和58)年1月19日第5刷発行 底本の親本:「みどり色の時計」新子供社    1950(昭和25)年4月 初出:「少国民の友」    1947(昭和22)年4月 ※表題は底本では、「世《よ》の中《なか》のために」となっています。 入力:特定非営利活動法人はるかぜ 校正:酒井裕二 2018年4月26日作成 青空文庫作成ファイル: このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(https://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。