町はずれの空き地 小川未明 ------------------------------------------------------- 【テキスト中に現れる記号について】 《》:ルビ (例)空《あ》き |:ルビの付く文字列の始まりを特定する記号 (例)一|本《ぽん》 -------------------------------------------------------  空《あ》き地《ち》には、草《くさ》がしげっていましたが、いまはもう黄色《きいろ》くなって、ちょうど柔《やわ》らかな敷物《しきもの》のように地面《じめん》に倒《たお》れていました。霜《しも》の降《ふ》った朝《あさ》は、かえって日《ひ》が上《のぼ》ると暖《あたた》かになるので、この付近《ふきん》に住《す》む子供《こども》たちは、ここへ集《あつ》まってきて、たこをあげるものもあれば、ボールを投《な》げて遊《あそ》ぶものもありました。  この空《あ》き地《ち》の中央《ちゅうおう》に、一|本《ぽん》の高《たか》い松《まつ》の木《き》がありました。独《ひと》りぽっちで、いかにもその姿《すがた》がさびしそうに見《み》えることもあれば、また、さびしいということなど知《し》らぬ聖人《せいじん》のように、いつもにこにことして、子供《こども》たちの遊《あそ》んでいるのを見守《みまも》るように見《み》えたこともあります。  この町《まち》の子供《こども》たちは、みんなこの木《き》を知《し》っていました。たとえ木《き》のそばへ寄《よ》って、ものをいいかけなくとも、お母《かあ》さんが留守《るす》でさびしいときや、お父《とう》さんにしかられて、悲《かな》しかったときは、遠《とお》くから、ぼんやりとこの木《き》をながめて訴《うった》えたものです。すると、木《き》は、 「私《わたし》のところへおいで。」と、手招《てまね》きするように、なぐさめてくれたものでした。  だから、もし、この広場《ひろば》に、工場《こうじょう》でもできるとか、また、道《みち》が通《とお》るとかいうようなことがあって、この木《き》を切《き》る話《はなし》でも持《も》ち上《あ》がったなら、おそらく、この辺《へん》の子供《こども》たちはどんなに悲《かな》しむことかしれません。悲《かな》しむばかりでなく、 「あの木《き》を切《き》るのは、かわいそうだ。」といって、大人《おとな》たちに向《む》かって、同意《どうい》を求《もと》め、この木《き》を切《き》ることに反対《はんたい》したでありましょう。  その、多《おお》くの子供《こども》たちの中《なか》にも、立雄《たつお》くんや、博《ひろし》くんは、いちばんこの高《たか》い松《まつ》の木《き》を愛《あい》している少年《しょうねん》でした。他《た》の子供《こども》たちが、いろいろのことをして遊《あそ》んでいるのに、二人《ふたり》は、みんなから離《はな》れて、松《まつ》の木《き》の下《した》にきて、枯《か》れ草《くさ》の上《うえ》にすわって話《はなし》をしていました。 「きれいな、空《そら》だなあ。」と、ふいに、大空《おおぞら》を見上《みあ》げて、博《ひろし》くんが、いいました。 「まだ、春《はる》にはなかなかなんだね。早《はや》く春《はる》がくるといいなあ。」と、立雄《たつお》くんは、赤《あか》みを帯《お》びた、松《まつ》の木《き》の幹《みき》をながめて、去年《きょねん》の春《はる》、遠足《えんそく》にいって田舎道《いなかみち》を歩《ある》いたときの景色《けしき》を思《おも》い出《だ》したのです。 「ごらんよ。あの白《しろ》い雲《くも》は、ちょうど松《まつ》の木《き》の上《うえ》にいるから。」と、博《ひろし》くんが、いいました。 「松《まつ》の木《き》と、雲《くも》と、話《はなし》をしているのだね。」と、立雄《たつお》くんが、答《こた》えました。  二人《ふたり》の少年《しょうねん》は、松《まつ》の木《き》の頂《いただき》と、さらにはるかに高《たか》く、遠《とお》い、青《あお》い空《そら》に浮《う》かぶ、白雲《しらくも》を見上《みあ》げて笑《わら》っていました。 「どんな話《はなし》をしているのだろう?」 「きっと、雲《くも》さん、君《きみ》は、どこへでも飛《と》んでいけておもしろいだろうな、と、松《まつ》の木《き》がいっているのだよ。」と、立雄《たつお》くんが、いいました。 「僕《ぼく》はね、松《まつ》の木《き》くん、君《きみ》はいつも地《ち》の上《うえ》で平和《へいわ》に暮《く》らされてうらやましい。美《うつく》しい鳥《とり》が止《と》まったり、子供《こども》たちの遊《あそ》ぶのを見《み》たりして、愉快《ゆかい》だろう。私《わたし》は、風《かぜ》に吹《ふ》かれてこうして、海《うみ》の上《うえ》や、野原《のはら》の上《うえ》を、毎日《まいにち》あてなく飛《と》んでいると、雲《くも》がいっているのだと思《おも》うな。」と、博《ひろし》くんが、いいました。  そのうち、おひるの汽笛《きてき》が鳴《な》ったので、二人《ふたり》は、草《くさ》の上《うえ》から起《お》き上《あ》がって、あちらへ歩《ある》いていきました。  近《ちか》ごろになって、この原《はら》っぱへきはじめた、コリントゲームのおじいさんが、今日《きょう》も店《みせ》を出《だ》して、まわりには、もうたくさん子供《こども》たちが集《あつ》まっていました。そして、赤《あか》い風船玉《ふうせんだま》が、ふわふわと幾《いく》つも台《だい》に結《むす》びつけられて、キャラメルや、あめの棒《ぼう》などが、そばに置《お》いてありました。  二人《ふたり》は、立《た》って見《み》ていました。  すると、このとき、あちらで、カチ、カチという、拍子木《ひょうしぎ》の音《おと》がしました。 「あっ、紙芝居《かみしばい》がきた……。」 「黒《くろ》い眼鏡《めがね》のおじさんだよ。」  子供《こども》たちは、口々《くちぐち》にそういって、たちまち、おじいさんの、コリントの前《まえ》からはなれて、あちらへ走《はし》っていきました。立雄《たつお》くんも、博《ひろし》くんも、やはり同《おな》じであったのです。  活動《かつどう》の弁士《べんし》上《あ》がりであった、紙芝居《かみしばい》のおじさんは、説明《せつめい》がなかなか上手《じょうず》なので、子供《こども》たちには、たいそう好《す》かれていました。  おじさんは、いつものように、子供《こども》たちを相手《あいて》にして、お話《はなし》をはじめていました。そこへ、だしぬけに、コリントのおじいさんが、やってきました。 「おい、ここで店《みせ》を開《ひら》くのはよしてもらおう。」と、おじいさんが、いいました。  黒《くろ》い眼鏡《めがね》をかけた、紙芝居《かみしばい》のおじさんは、 「冗談《じょうだん》じゃない。おじいさんこそ、ついこのごろここへやってきたのじゃないか? 私《わたし》は、もうずっと、ここへきているのだ。ここにいる坊《ぼっ》ちゃんや、お嬢《じょう》ちゃんたちに聞《き》いてみてもわかるよ。ねえ、そうだろう……。それごらんよ。おじいさん、そんな無理《むり》をいってはいけないぜ!」と、おじさんは、いいました。立雄《たつお》くんも、博《ひろし》くんも、どうなるだろうと見《み》ていました。おじいさんは、一|歩《ぽ》前《まえ》へ寄《よ》って、 「若《わか》いの、この土地《とち》は、私《わたし》が生《う》まれたところだ。それがのう、この年《とし》になるまで旅《たび》で暮《く》らしたが、いいこともないので、帰《かえ》ってきた。だれも私《わたし》の顔《かお》を覚《おぼ》えているものも、知《し》っている人《ひと》もいないのだ。だが、この土地《とち》がなつかしくて、ここへくるわけなんだ。おまえさんは、話《はなし》もうまいし、顔《かお》も広《ひろ》いし、ここでなければならぬこともなかろうが……。」と、おじいさんが、いいました。 「ああ、そうか、おまえさんは、ここで生《う》まれたのか? それは、なつかしいだろう。わかったよ。おじいさん、明日《あした》から、私《わたし》は、ほかでかせぐことにしようよ。」  紙芝居《かみしばい》のおじさんは、みんなに向《む》かって、帽子《ぼうし》を脱《ぬ》いであいさつをすると、あちらの町《まち》の方《ほう》へいってしまいました。  二人《ふたり》の少年《しょうねん》は、なんとなくさびしい気持《きも》ちがしました。そして、先刻《さっき》、松《まつ》の木《き》の下《した》にすわって、空《そら》を見《み》て、空想《くうそう》にふけったことが思《おも》い出《だ》されたのであります。 「人間《にんげん》にも、あの松《まつ》の木《き》のような人《ひと》もあれば、また、雲《くも》のような人《ひと》もあるんだね。」と、博《ひろし》くんが、考《かんが》えながら、いいました。立雄《たつお》くんは、だまっていましたが、しばらくして、 「ねえ、博《ひろし》さん、おじいさんの子供《こども》の時分《じぶん》から、あの松《まつ》の木《き》は、あったんだね。」と、立雄《たつお》くんは、別《べつ》のことを考《かんが》えていたとみえて、うしろを振《ふ》り返《かえ》って、空《あ》き地《ち》の真《ま》ん中《なか》に立《た》っている松《まつ》の木《き》をながめて、いったのでありました。  よく晴《は》れた、空《そら》の、あちら、こちらに、たこは上《あ》がっていました。しかし、白《しろ》い雲《くも》は、どこへいってしまったか、もう、見《み》えなかったのであります。 底本:「定本小川未明童話全集 12」講談社    1977(昭和52)年10月10日第1刷発行    1982(昭和57)年9月10日第5刷発行 底本の親本:「日本の子供」文昭社    1938(昭和13)年12月 初出:「教育行童話研究」    1937(昭和12)年1月 ※表題は底本では、「町《まち》はずれの空《あ》き地《ち》」となっています。 ※初出時の表題は「町はづれの空地」です。 入力:特定非営利活動法人はるかぜ 校正:酒井裕二 2017年5月20日作成 青空文庫作成ファイル: このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。