どこかに生きながら 小川未明 ------------------------------------------------------- 【テキスト中に現れる記号について】 《》:ルビ (例)子《こ》 |:ルビの付く文字列の始まりを特定する記号 (例)一|刻《こく》 -------------------------------------------------------  子《こ》ねこは、彼《かれ》が生《う》まれる前《まえ》の、母《はは》ねこの生活《せいかつ》を知《し》ることはできなかったけれど、物心《ものごころ》がつくと宿《やど》なしの身《み》であって、方々《ほうぼう》を追《お》われ、人間《にんげん》からいじめつづけられたのでした。母《はは》ねこは、子供《こども》をある家《いえ》の破《やぶ》れた物置《ものおき》のすみへ産《う》み落《お》としました。ここで幾日《いくにち》か過《す》ごすうちに、子《こ》ねこは、やっと目《め》が見《み》えるようになりました。そして、母親《ははおや》の帰《かえ》りがおそいと、空《あ》き箱《ばこ》の中《なか》から、明《あか》るみのある方《ほう》を向《む》いて、しきりとなくのでした。もし母《はは》ねこが、その声《こえ》をききつけようものなら、急《いそ》いで走《はし》ってきました。そして、箱《はこ》へ飛《と》び込《こ》むや否《いな》や、子供《こども》に乳房《ちぶさ》をふくませたのであります。  しかし、ここも安住《あんじゅう》の場所《ばしょ》でなかったのは、とつぜん物置《ものおき》へきた主人《しゅじん》が見《み》つけて、大《おお》いに怒《いか》り、 「いつ、こんなところへ、巣《す》を造《つく》ったか。さあ、早《はや》く出《で》てうせろ!」と、ほうきで、たたき出《だ》そうと、追《お》いたてたからでした。あわれな母《はは》ねこは、あわてながら、かわいい子供《こども》をくわえて、逃《に》げ出《だ》すより途《みち》がなかったのです。空《あ》き地《ち》をぬけ、林《はやし》のある方《ほう》へと、いきました。  そこには、小《ちい》さな祠《ほこら》があって、その縁《えん》の下《した》なら、安全《あんぜん》と思《おも》ったのでしょう。けれどそこは湿気《しっけ》にみち、いたるところ、くもの巣《す》が、かかっていました。それだけでなく、野良犬《のらいぬ》の隠《かく》れ場所《ばしょ》でもあるのを気《き》づくと、また、そこを一|刻《こく》も早《はや》く去《さ》るのをちゅうちょしませんでした。母《はは》ねこは、べつに心当《こころあ》たりもなかったから、子供《こども》を口《くち》にぶらさげたままふたたび町《まち》の方《ほう》へ引《ひ》っ返《かえ》したのです。  秋《あき》も末《すえ》のころで、町《まち》の中《なか》は、いたって静《しず》かでした。その日《ひ》は、風《かぜ》もなく、青《あお》い空《そら》から、太陽《たいよう》が、あたたかに、家々《いえいえ》の屋根《やね》を照《て》らしていました。母《はは》ねこは、窓《まど》の開《あ》いた、ふとんを干《ほ》してある、二|階家《かいや》が目《め》につくと、大胆《だいたん》にも塀《へい》をよじのぼりました。いまは、どんな冒険《ぼうけん》をしても、子《こ》ねこのために、いい場所《ばしょ》を探《さが》し出《だ》さなければならぬと思《おも》ったのです。さいわい人《ひと》がいなかったので、すぐ座敷《ざしき》へつれてきました。自分《じぶん》も、かたわらへながながと臥《ね》て、乳《ちち》をのませました。これが、いつまでもつづくものなら、母子《おやこ》のねこは、たしかに幸福《こうふく》だったでしょう。普通《ふつう》の飼《か》いねこなら、ぜいたくでもなんでもないのだが、二|匹《ひき》には、許《ゆる》されぬ望《のぞ》みでありました。わずかばかりの安息《あんそく》が、恐《おそ》ろしいむくいで、仕返《しかえ》しされねばならなかったのです。はしご段《だん》を上《のぼ》ってきた、おかみさんが、大騒《おおさわ》ぎをして、なぐる棒《ぼう》を取《と》りにいきました。おかみさんは、宿《やど》なしねこに入《はい》り込《こ》まれてはたいへんだ。こんなことが、二|度《ど》とないように、こらしめるとでも思《おも》ったのでしょう。しかし、彼女《かのじょ》のもどったときは、二|匹《ひき》のねこの姿《すがた》は、もう見《み》えませんでした。  重《かさ》なり合《あ》うように、建《た》ち並《なら》ぶ家々《いえいえ》の屋根《やね》は、さながら波濤《はとう》のごとくでした。地《ち》の上《うえ》ですむことのできないものは、ここが唯《ゆい》一の場所《ばしょ》であったかしれません。二|匹《ひき》のねこは、もう降《お》りようとしませんでした。ときどき、おびやかすように、ものすごい木枯《こが》らしが、吹《ふ》かなければ、なおよかったのです。 「おまえは、どこへいってもいけないよ。じっとして、私《わたし》の帰《かえ》るのを待《ま》っておいで。」  母《はは》ねこは、こう子《こ》ねこにさとしたのでした。高《たか》い家《いえ》にはさまれて、目立《めだ》たない平家《ひらや》は、比較的《ひかくてき》風《かぜ》もあたらなければ、日《ひ》が射《さ》すと、ブリキ屋根《やね》から陽炎《かげろう》の立《た》ちそうな日《ひ》もありました。子《こ》ねこが、一人歩《ひとりある》きさえしなかったら、ここは、どこよりもいいところだったにちがいありません。しかし、いくたびとなく追《お》われ、いじめられつづけて、そのたびに母《はは》ねこが、命《いのち》をかけて守《まも》ってくれたのを知《し》っているので、子《こ》ねこは、いいつけにそむくことはなかったのです。  母《はは》ねこは、後《あと》に残《のこ》した子《こ》ねこのことを心配《しんぱい》しながら、方々《ほうぼう》のごみ箱《ばこ》や、勝手《かって》もとをあさったのでした。その苦労《くろう》は、けっして、すこしのことでなかった。いかに気《き》が急《せ》いても、なにか見《み》つからなければ、空《むな》しくは、帰《かえ》れなかったのでした。  そのうち、塀《へい》をかき上《のぼ》る、するどいつめ音《おと》がすると、子《こ》ねこは、母《はは》ねこが帰《かえ》ったのを知《し》り、つづけさまにないて、ひさしの下《した》から顔《かお》を出《だ》すのでした。  そのとき、母親《ははおや》のやせた姿《すがた》が、西日《にしび》を受《う》けて、屋根《やね》へ灰色《はいいろ》の長《なが》い影《かげ》をひきました。毛《け》のつやもなく、脾腹《ひばら》のあたりは骨立《ほねだ》っていました。彼女《かのじょ》は、子供《こども》の無事《ぶじ》だったのを喜《よろこ》び、持《も》ってきた餌《えさ》を与《あた》えました。そして、みずからの空腹《くうふく》を忘《わす》れたほど目《め》を細《ほそ》くして、子供《こども》の食《た》べるのを見《み》て満足《まんぞく》したのでした。  冬《ふゆ》の晩《ばん》には、寒《さむ》い、身《み》を刺《さ》すような北風《きたかぜ》が、用捨《ようしゃ》なく、屋根《やね》の上《うえ》を吹《ふ》きまくりました。母《はは》ねこは、子供《こども》を壁《かべ》のすみへ押《お》しやるようにして、自分《じぶん》のからだで、風《かぜ》をさえぎるだけでなく、ぬくみであたためてやったのでした。そのため、子《こ》ねこは、安《やす》らかに眠《ねむ》ることができました。それは、子《こ》ねこの生涯《しょうがい》にとっても、またどんなに感銘《かんめい》の深《ふか》いことだったかしれません。  朝《あさ》、太陽《たいよう》が上《のぼ》ると、母《はは》ねこは、また出《で》かけました。霜《しも》が真《ま》っ白《しろ》に、雪《ゆき》のごとく、屋根《やね》へ降《お》りていました。その結晶《けっしょう》が、ちかちかと、目《め》をさしたのです。子《こ》ねこは、身《み》ぶるいしました。  いきかけた母《はは》ねこは、ふりむいて、 「きょうは、あとから、いいお天気《てんき》になるよ。また、遊《あそ》んであげましょうね。」といいました。  この屋根《やね》の下《した》には、どういう人《ひと》たちが、住《す》んでいるかわからなかったけれど、朝《あさ》と晩《ばん》には、若《わか》やかに、元気《げんき》のある話《はな》し声《ごえ》や、笑《わら》い声《ごえ》がし、昼間《ひるま》は、まったくしんとしているのをみると、若《わか》い者《もの》たちは、どこへか働《はたら》きに通勤《つうきん》し、老人《ろうじん》が留守《るす》をするごとく思《おも》われました。たぶん、老人《ろうじん》は、一人《ひとり》いるのでしょう、ときどきしゃがれたせき声《ごえ》がきこえ、流《なが》しもとで水《みず》を流《なが》す音《おと》がしたのでありました。ほかにいたずらをするような子供《こども》がいなかったのは、なによりのしあわせでした。  近傍《きんぼう》にある、高《たか》いかしの木《き》の落《お》ち葉《ば》が、風《かぜ》に飛《と》んできて、といや、ひさしの奥《おく》に、たまっていました。おりおり、それらが、龍巻《たつま》きのごとく、おどり出《だ》すことがありますが、二|匹《ひき》のねこは、ひさしのすみの方《ほう》で、風《かぜ》をさけながら、それをながめていました。  ある日《ひ》のことでした。太陽《たいよう》のよくあたる屋根《やね》の上《うえ》で、母《はは》ねこと子《こ》ねこが、きげんよく、からかいあって、遊《あそ》んでいました。すると、どこからか、 「やせたお母《かあ》さんの、お乳《ちち》しかのまないのに、あの子《こ》ねこは、よくふとっているのね。」と、いう話《はな》し声《ごえ》が、きこえてきました。それは、あちらの高《たか》い窓《まど》のところで、するのでした。こちらを見《み》ながら、一人《ひとり》の少女《しょうじょ》が、うしろの妹《いもうと》にいったのです。無心《むしん》でいるのを、おびやかしてはならぬと、二人《ふたり》は、姿《すがた》をねこに見《み》られぬようにしていました。少女《しょうじょ》は、手《て》に持《も》っていた、パンをちぎりました。とつぜん、なにか音《おと》がして、ねこのそばへ落《お》ちました。おどろいた母《はは》ねこは、背《せ》を円《まる》くして、不意《ふい》の来襲者《らいしゅうしゃ》に備《そな》えて、身構《みがま》えをしました。逃《に》げるより、子供《こども》を守《まも》らなければなりません。四|方《ほう》を見《み》まわしたけれど、敵《てき》らしいものの影《かげ》はなく、落《お》ちたのは、なんと香《こう》ばしい、バターのついたパンではありませんか。 「だれが、こんなものを投《な》げたのだろう。」と、疑《うたが》いながら、母《はは》ねこは、高《たか》い窓《まど》を見上《みあ》げると、姉妹《きょうだい》の少女《しょうじょ》が、こちらを見《み》て、笑《わら》っていました。そのようすで、悪意《あくい》のないのを悟《さと》りはしたけれど、なお母《はは》ねこは、油断《ゆだん》をせず、餌《えさ》に近《ちか》づこうとしませんでした。 「あげたんだから、お食《た》べ。」と、少女《しょうじょ》が、安心《あんしん》させるように、いいました。子《こ》ねこはついに我慢《がまん》がしきれず、パンに近《ちか》づきました。母《はは》ねこは、それを許《ゆる》すごとく、見《み》ていました。そして、自分《じぶん》は、子供《こども》にやるつもりか、食《た》べようとしませんでした。少女《しょうじょ》が、また、パンをちぎって投《な》げました。 「こんどは、あんたにあげるのよ。」  母《はは》ねこは、前《まえ》に落《お》ちたのを、はじめて、静《しず》かに口《くち》へ入《い》れたのであります。  冬《ふゆ》の間《あいだ》じゅう、二|匹《ひき》のねこは、このあたりの屋根《やね》をすみかとし、終日《しゅうじつ》、日当《ひあ》たりをさがして、歩《ある》いていました。そのうち、春《はる》となるころには、子《こ》ねこは、もうだいぶ大《おお》きくなっていました。  町裏《まちうら》に、隣組《となりぐみ》の人々《ひとびと》によって、耕《たがや》された田圃《たんぼ》がありました。そこには、黄色《きいろ》の菜《な》の花《はな》が咲《さ》いていました。他《た》の人《ひと》には、気《き》を許《ゆる》さなかった子《こ》ねこも、かわいがってくれる少女《しょうじょ》には、なつくようになりました。  そのころ、白《しろ》い雲《くも》のあわただしく走《はし》る、空《そら》の下《した》で、子《こ》ねこは、菜《な》の花《はな》にとまろうとする、白《しろ》い胡蝶《こちょう》を葉蔭《はかげ》にかくれて、ねらっていました。こうして、ふたたび、地上《ちじょう》に降《お》りても、いままでのように、母《はは》ねこは、後《あと》を追《お》おうとせず、なるたけ離《はな》れて、気《き》ままに遊《あそ》ぶ子《こ》ねこを見守《みまも》るというふうでありました。 「もう、じきひとりまえになるのだもの、私《わたし》は、そうついて歩《ある》くまい。」と、いわぬばかりに、目《め》を細《ほそ》くして、子《こ》ねこが、うまくちょうをとらえるかどうかと、ながめていました。  これを、またそばから見《み》ていた少女《しょうじょ》は、子《こ》ねこのようすが、あまりかわいらしいので、足音《あしおと》をたてぬよう、うしろへまわり、いきなり抱《だ》き上《あ》げると、ほおずりをしました。母親《ははおや》は、これも見《み》ていました。そして、このとき、子《こ》ねこの行《ゆ》く先《さき》を見《み》ぬいたのであろうか、「ニャオ。」と、悲《かな》しそうに、一声《ひとこえ》高《たか》くなきました。そして、その声《こえ》を残《のこ》して、どこへとなくいってしまいました。それぎり、母《はは》ねこの姿《すがた》を、このあたりで、見《み》なかったのであります。 「お母《かあ》さん、この子《こ》ねこを飼《か》ってちょうだい。」と、姉妹《きょうだい》が、いいはったため、ついにその願《ねが》いが、かなえられたのでした。  その後《ご》、子《こ》ねこは、雨《あめ》にさらされることもなく、また飢《う》えのために、眠《ねむ》れぬということもなかったのでした。 「おまえのお母《かあ》さんは、どこへいったでしょう。おまえは、みんなから、かわいがられてしあわせなんだよ。きっと、どこかに、おまえのお母《かあ》さんは、いるでしょうに?」  こう、少女《しょうじょ》は、子《こ》ねこに向《む》かって、いうのでした。たとえ、こうして、向《む》かい合《あ》っていても、そこには、人間《にんげん》と動物《どうぶつ》のへだたりがありました。考《かんが》え方《かた》にも、ちがいがあるとみえて、畢竟《ひっきょう》なにをいっても通《つう》じなかったのが、少女《しょうじょ》には、悲《かな》しかったのです。  いよいよ冬《ふゆ》が去《さ》るのか、あらしの吹《ふ》き荒《すさ》んだ夜《よる》のことでした。風《かぜ》は、空《そら》から、屋根《やね》の上《うえ》を吹《ふ》きまくり、窓《まど》の戸《と》へつき当《あ》たりました。じっと、耳《みみ》をすました子《こ》ねこは、急《きゅう》にいらいらしだして、へやじゅうを騒《さわ》ぎまわり、外《そと》へ出《で》ようとしました。 「なんだかようすが変《へん》だから、早《はや》く出《だ》しておやり。」と、お母《かあ》さんまでが、おっしゃいました。姉《あね》のほうの少女《しょうじょ》が雨戸《あまど》を細目《ほそめ》に開《あ》けると、すきまから、烈《はげ》しい風《かぜ》が、内《うち》へ吹《ふ》き込《こ》みました。 「この風《かぜ》の中《なか》を、どこへいくの?」と、少女《しょうじょ》が、いいました。子《こ》ねこは、闇《やみ》の中《なか》へ飛《と》び出《だ》して、さまよいながら、目《め》に見《み》えぬ影《かげ》を慕《した》うごとく、悲《かな》しい声《こえ》で、なきつづけました。 「ああ、きっと、母《はは》ねこのことを思《おも》い出《だ》したのだわ。」と、姉《あね》と妹《いもうと》は、顔《かお》を見合《みあ》わせました。  あの屋根《やね》から、屋根《やね》を、子供《こども》をつれて歩《ある》いていた、やせた母《はは》ねこの姿《すがた》が、二人《ふたり》の目《め》にはっきりと浮《う》かびました。  子《こ》ねこは、遠《とお》くの方《ほう》まで、母《はは》を捜《さが》しにいったとみえ、風《かぜ》のとぎれに、そのなく声《こえ》が、かすかにきかれました。かつて、寒《さむ》い、寒《さむ》い、木枯《こが》らしの吹《ふ》く夜《よる》、そして、霜《しも》のしんしんと降《ふ》る夜明《よあ》け方《がた》、母《はは》ねこに抱《だ》かれて、安《やす》らかに眠《ねむ》った、なつかしい記憶《きおく》が、はしなくも風《かぜ》の音《おと》によって、思《おも》い起《お》こさせられたのでありましょう。 底本:「定本小川未明童話全集 14」講談社    1977(昭和52)年12月10日第1刷発行    1983(昭和58)年1月19日第5刷発行 底本の親本:「みどり色の時計」新子供社    1950(昭和25)年4月 初出:「童話」    1946(昭和21)年7月 ※表題は底本では、「どこかに生《い》きながら」となっています。 入力:特定非営利活動法人はるかぜ 校正:酒井裕二 2019年7月30日作成 青空文庫作成ファイル: このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(https://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。