天女とお化け 小川未明 ------------------------------------------------------- 【テキスト中に現れる記号について】 《》:ルビ (例)天職《てんしょく》 |:ルビの付く文字列の始まりを特定する記号 (例)一|軒《けん》 [#]:入力者注 主に外字の説明や、傍点の位置の指定 (例)[#ここから3字下げ] ------------------------------------------------------- [#ここから3字下げ] [#ここから1段階小さな文字]  天職《てんしょく》を自覚《じかく》せず、また、それにたいする責任《せきにん》を感《かん》ぜず、上《うえ》のものは、下《した》のものに好悪《こうお》の感情《かんじょう》を露骨《ろこつ》にあらわして平気《へいき》だった、いまよりは、もっと暗《くら》かった時代《じだい》の話《はなし》であります。 [#ここで小さな文字終わり] [#ここで字下げ終わり]  新《あたら》しく中学《ちゅうがく》の受《う》け持《も》ち教師《きょうし》となったS《エス》は、おけ屋《や》のむすこの秀吉《ひできち》を、どういうものか好《す》きでありませんでした。特別《とくべつ》にきらった理由《りゆう》の一つは、ほかの生徒《せいと》のごとく学科《がっか》ができないからというのではなく、秀吉《ひできち》がいつも、じっと教師《きょうし》の顔《かお》を見《み》つめて、なにか恨《うら》みをもつように、あるいは相手《あいて》の心《こころ》の内《うち》をさぐるように、ゆだんのできぬ、いらだたしい感《かん》じを、与《あた》えるからでありました。  秀吉《ひできち》は教場《きょうじょう》へ入《はい》ると、目《め》をたえず教師《きょうし》の顔《かお》にとめて、ほかへ動《うご》かそうとしませんでした。 「いったい、なんのため、こう自分《じぶん》ばかり見《み》ているのだろう。」と、教師《きょうし》は、不快《ふかい》に思《おも》いました。で、つい彼《かれ》にばかり質問《しつもん》する気《き》になったが、なにをきいても、秀吉《ひできち》の答《こた》えは、ちんぷんかんでありました。それというのも、よく話《はなし》を聞《き》いているのではなく、ほかのことを考《かんが》えているか、また、心《こころ》の中《なか》で、だれにも想像《そうぞう》のつかぬようなことを、思《おも》っていたからでした。  これは、算数《さんすう》のときでも、作文《さくぶん》のときでも、同《おな》じでありました。こうした子供《こども》は、不思議《ふしぎ》に図画《ずが》だけは、じょうずに書《か》くものだといわれていたが、秀吉《ひできち》のばあいは、静物《せいぶつ》を写生《しゃせい》させても、なにをかいたのか、その外形《がいけい》すら、まとまっていなかったのでした。 「これは、手《て》のつけようのない低能児《ていのうじ》だな。」と、教師《きょうし》は、口《くち》の内《うち》でつぶやきました。  ついに、秀吉《ひできち》の母親《ははおや》が、学校《がっこう》へ呼《よ》び出《だ》されました。彼《かれ》のすんでいる部落《ぶらく》は、貧《まず》しい人々《ひとびと》の集《あつ》まりでもありました。母親《ははおや》は、おそるおそる職員室《しょくいんしつ》へ出頭《しゅっとう》して、ひくく頭《あたま》をたれて、いかめしい、ひげのある顔《かお》を、まともに見《み》ようとせず、ただ教師《きょうし》のいうことを、額《ひたい》に汗《あせ》をにじませながら聞《き》いていました。 「あの子《こ》は、妙《みょう》なくせがあって、人《ひと》の顔《かお》ばかり見《み》ていて、勉強《べんきょう》がすこしも頭《あたま》に入《はい》っていないが、家《うち》ではどんなふうですか。」と、教師《きょうし》は、たずねました。 「先生《せんせい》のおっしゃることを、よく聞《き》いて、頭《あたま》に入《い》れなければならぬと、家《うち》ではいいきかせているのですが。」と、母親《ははおや》は、恐縮《きょうしゅく》しました。 「いや、人《ひと》の顔《かお》を見《み》るのが、あの子《こ》のくせであるか、聞《き》いているのです。」と、教師《きょうし》は、自分《じぶん》にだけする行為《こうい》なのか、それを知《し》りたかったのです。 「あの子《こ》だけは、なにを考《かんが》えているか、私《わたし》どもにも、わからないことがあります。ほかの子《こ》には、そんなこともありませんが、よく、ねこと遊《あそ》んでいて、おかあさん、このねこはどんなことを、思《おも》っているでしょうかねと、聞《き》くのであります。それは、おかあさんにも、ねこの心《こころ》の中《なか》はわからないよ、ねこに聞《き》いてみなければねというと、あの子《こ》は、ちょっと見《み》ると、ずるそうだけれど、また、むじゃきだから、ねこは、かわいがられるんだねといって、いつまでも、ねこを見《み》ているのでございます。」と、母親《ははおや》は答《こた》えました。  この話《はなし》を聞《き》くと、教師《きょうし》は、だんだん、秀吉《ひできち》に顔《かお》を見《み》られるのを、気味悪《きみわる》く思《おも》いました。どうかして、あの子供《こども》を、学校《がっこう》へよこさないようにする工夫《くふう》は、ないものかと考《かんが》えました。 「おかあさんに聞《き》きますが、あの子《こ》は、小《ちい》さいとき、脳膜炎《のうまくえん》をわずらったことがありませんか。」と、教師《きょうし》はたずねたのです。  母親《ははおや》は、自分《じぶん》の子供《こども》が、白痴《はくち》でないかと、いわれていると気《き》がついたので、 「そんな覚《おぼ》えも、ございませんが。」と、さすがに言葉《ことば》をにごしていました。 「あれで、なかなか人《ひと》の気持《きも》ちや、腹《はら》にかくしているようなことを、よく当《あ》てる妙《みょう》なところがあります。」と、彼女《かのじょ》は、最後《さいご》に、その特長《とくちょう》をいって、子供《こども》を弁護《べんご》しました。 「それで、おかあさんからも、いってください。学校《がっこう》にきても、勉強《べんきょう》にまったく興味《きょうみ》がないくらいなら、そして、先生《せんせい》の顔《かお》ばかり見《み》ているようでは、なんの益《えき》にもならないことだから、いっそ学校《がっこう》をやめて、奉公《ほうこう》にいくなり、家庭《かてい》で、手《て》に職《しょく》をおぼえるほうが将来《しょうらい》のためにも役立《やくだ》つだろうと、いいきかせてください。」と教師《きょうし》は、こういいのこすと、急《きゅう》に席《せき》を立《た》って出《で》ていきました。  あわれな母親《ははおや》は、学校《がっこう》の門《もん》をでると、教師《きょうし》から受《う》けた、ひややかな感《かん》じに、学校《がっこう》をいやがるのも、子供《こども》ばかりを責《せ》めるわけにはいかぬと、ふかく考《かんが》えながら、家路《いえじ》を急《いそ》いだのでした。  村《むら》と町《まち》の間《あいだ》に、一|軒《けん》の医院《いいん》があります。村人《むらびと》にいわせると、この医者《いしゃ》の薬《くすり》は高《たか》いから、めったに、かかれない。だから、どこでも買《か》い薬《ぐすり》で、まにあわせるといううわさをしました。その医院《いいん》のむすこのK《ケー》と、秀吉《ひできち》は同級《どうきゅう》だったので、よく同《おな》じ道《みち》を話《はな》しながら、歩《ある》いて帰《かえ》ることがありました。  ある日《ひ》秀吉《ひできち》は、K《ケー》にいわれるまま、彼《かれ》の家《いえ》へ遊《あそ》びによったのでした。学校《がっこう》でもK《ケー》は、よくできるという評判《ひょうばん》でした。教師《きょうし》もK《ケー》にたいしては、秀吉《ひできち》とは反対《はんたい》で、彼《かれ》を見《み》る目《め》つきは、いつも柔和《にゅうわ》であり、ときには、こびるように、やさしい言葉《ことば》をかけるとさえ思《おも》われることもありました。秀吉《ひできち》はK《ケー》について、よくふき清《きよ》められた玄関《げんかん》を入《はい》ると、ひやりとした空気《くうき》を感《かん》じました。  かたわらには患者《かんじゃ》の控《ひか》え室《しつ》があって、そこをぬけると、薬品《やくひん》のにおいのする診察室《しんさつしつ》があり、並《なら》んで座敷《ざしき》になっていました。秀吉《ひできち》は、K《ケー》の客《きゃく》という資格《しかく》で、案内《あんない》されるまま、奥《おく》にあるK《ケー》の書斎《しょさい》へみちびかれました。その際《さい》、座敷《ざしき》のうすぐらい床《とこ》の間《ま》においてあった、美《うつく》しい尾《お》をひろげた大《おお》きな鳥《とり》に、目《め》をうばわれたのであります。 「君《きみ》、あの鳥《とり》は、なんというのかい。」と、秀吉《ひできち》は、友《とも》だちの机《つくえ》のそばにすわると、すぐたずねました。 「あの鳥《とり》を、まだ知《し》らないの。孔雀《くじゃく》の剥製《はくせい》なんだよ。」と、K《ケー》は答《こた》えました。 「ほんとうに、きれいな鳥《とり》だね。どこにすんでいるのだろうね。」 「なんでも、南洋《なんよう》の暑《あつ》い国《くに》にいるというよ。」 「どうやって、捕《と》らえるのだろうね。」と、彼《かれ》は、それから、それへと、空想《くうそう》してききました。 「しかし君《きみ》、あの尾《お》のいちばんきれいなところが、大毒《たいどく》なんだというよ。」と、K《ケー》は、秀吉《ひできち》にいいました。 「あの紫色《むらさきいろ》にぴかぴか光《ひか》るところなの。」と秀吉《ひできち》は、思《おも》わず目《め》をかがやかしたのです。 「ああ、そういう話《はなし》だよ。」 「なめれば死《し》ぬかしらん。」と、秀吉《ひできち》は、いいました。 「それは、死《し》ぬだろう。しかし、もう置物《おきもの》にされて古《ふる》いのだから、あてにならんが、それより、もっとおそろしい毒薬《どくやく》を見《み》たことがあるよ。ただ見《み》ただけでは、つまらん白《しろ》い粉《こな》さ。一グラムの、いく百|分《ぶん》の一でも、それをなめると、獣《けもの》でも、人間《にんげん》でも、死《し》ぬのだから。」と、K《ケー》がいいました。 「そんな、おそろしい薬《くすり》、ぼく見《み》たいものだな。」と、秀吉《ひできち》は、ため息《いき》をつきました。 「家《うち》にあるけれど、お父《とう》さんが、子供《こども》なんかの、見《み》るものではないと、厳重《げんじゅう》に戸《と》だなにしまってあるんだよ。」と、友《とも》だちは答《こた》えました。 「このあいだ、学校《がっこう》へおかあさんが呼《よ》ばれて、僕《ぼく》が小《ちい》さいときに、脳膜炎《のうまくえん》をやったのではないかと、聞《き》いたそうだよ。」と、彼《かれ》が正直《しょうじき》に、K《ケー》につげると、K《ケー》は向《む》きなおって、 「あのはげ頭《あたま》がかい。なんで、敏感《びんかん》な君《きみ》が、ばかなもんか。はげ頭《あたま》こそ、大酒《おおざけ》のみの酒乱《しゅらん》なんだよ。よくPTA《ピーティーエー》の会員《かいいん》の家《いえ》で、へべれけになるんだそうだ。」と、いって、K《ケー》は笑《わら》いました。秀吉《ひできち》の帰《かえ》るとき、K《ケー》は玄関《げんかん》まで送《おく》って出《で》ながら、薬室《やくしつ》の前《まえ》をいきかけて、 「君《きみ》、あすこに、どくろのしるしのついた戸《と》だながあるだろう。さっきいった毒薬《どくやく》のびんが、あの中《なか》に、はいっているのだよ。」と、指《ゆび》さしました。  秀吉《ひできち》は、灰色《はいいろ》のどくろの画《え》に、なにか特別《とくべつ》の胸《むね》にせまる鋭《するど》いものを感《かん》じました。  ちょうど、そのころのことでした。町《まち》へささやかな教会堂《きょうかいどう》がたてられました。近《ちか》くの子供《こども》たちや、めぐまれない家庭《かてい》の女《おんな》たちが、日曜日《にちようび》ごとに、お祈《いの》りに集《あつ》まって、牧師《ぼくし》のお説教《せっきょう》をきいたのであります。  牧師《ぼくし》というのは、女《おんな》の外国人《がいこくじん》でありました。その下《した》に、日本人《にっぽんじん》の信者《しんじゃ》がいて、いろいろの世話《せわ》をしたり、なにかと教会《きょうかい》のめんどうをみながら働《はたら》いていました。一人《ひとり》の青年《せいねん》は、髪《かみ》のちぢれた、やせ姿《すがた》の芸術家《げいじゅつか》らしく、もう一人《ひとり》は、美《うつく》しいお嬢《じょう》さんでありました。平常《へいじょう》、女《おんな》のほうは、子供《こども》らとオルガンにあわせて、讃美歌《さんびか》をうたい、また希望者《きぼうしゃ》に英語《えいご》を教《おし》えたりしました。そして、青年《せいねん》のほうは、子供《こども》らに、手工《しゅこう》のけいこをしたり、自由画《じゆうが》をかかせたりしました。  ある日《ひ》、この若《わか》い男《おとこ》の先生《せんせい》は、子供《こども》がならんでテーブルに向《む》かっている前《まえ》へ、クレオンと紙《かみ》をくばって、 「なんでも見《み》たこと、また思《おも》ったことを、自由《じゆう》に画《え》にして、かいてみたまえ。」といいました。  秀吉《ひできち》は、なにをかいたらいいものか、自由《じゆう》という意味《いみ》が、よくわからなかったのです。いつも学校《がっこう》では、教師《きょうし》が問題《もんだい》を出《だ》して、それに答《こた》えるように教《おし》えられていました。線《せん》一|本《ぽん》でも、まちがってはならぬのでした。だから、自分《じぶん》では熱心《ねっしん》にかいたつもりでも、めいめいのものと見《み》くらべて、よい悪《わる》いをきめられるので、いつも、ほめられるのは、日《ひ》ごろ成績《せいせき》がいいとされているものにかぎっていました。秀吉《ひできち》などは、どの科目《かもく》も、ほめられたことはなかったのです。  いま、この教会《きょうかい》からもらったクレオンは、品質《ひんしつ》が上等《じょうとう》とみえて、赤《あか》の色《いろ》はまったく鮮紅《せんこう》だったし、紫《むらさき》の色《いろ》も、いつか友《とも》だちの家《いえ》で見《み》た孔雀《くじゃく》の羽《はね》のように光《ひか》っているし、そして青《あお》い色《いろ》は、ステンド=グラスをとおして仰《あお》ぐ、あの奥深《おくぶか》い大空《おおぞら》のようだったので、彼《かれ》の持《も》ってうまれた創造力《そうぞうりょく》は、なにをかきあらわしていいか、頭《あたま》の中《なか》で、出口《でぐち》をしきりとさがしたのです。  彼《かれ》は、まず、まざまざと目《め》にのこっていた孔雀《くじゃく》をかきました。それとならべて、彼《かれ》には、お化《ば》けと感《かん》ずる、ひげのはえた丸《まる》い顔《かお》をかきました。しかしそれは、人間《にんげん》の顔《かお》でありません。目《め》から火《ひ》を吹《ふ》けば、口《くち》からも、ちょろちょろと、へびのように、赤《あか》い舌《した》を出《だ》していて、頭《あたま》をかしげていました。 「だんだん、ほんとうの君《きみ》がでて、おもしろくなるね。」と、若《わか》い先生《せんせい》は、なにを画《え》から見取《みと》ったものか、秀吉《ひできち》を勇気《ゆうき》づけました。  このとき、とつぜん秀吉《ひできち》は、 「先生《せんせい》、神《かみ》さまは人間《にんげん》をみんな平等《びょうどう》に愛《あい》してくださるんですか。」といってききました。 「そうですとも。正直《しょうじき》なもの、また貧《まず》しいものは、とりわけ深《ふか》く愛《あい》してくださるのです。」と、先生《せんせい》は、秀吉《ひできち》を見《み》ながら答《こた》えて、目《め》に涙《なみだ》をうかべていました。  やがて、北国《ほっこく》の村《むら》や、町《まち》に、ちらちらと寒《さむ》い日《ひ》は、雪《ゆき》が降《ふ》るようになりました。教会《きょうかい》では、そのころからストーブをたきはじめました。  ある日《ひ》、秀吉《ひできち》のかいた自由画《じゆうが》は、これまでになかった特異《とくい》のものです。少年《しょうねん》らしい人間《にんげん》が雪中《せっちゅう》に埋《う》もれて倒《たお》れていました。  そのそばには、いつものたこ入道《にゅうどう》が、ひげのはえた口《くち》を開《あ》けて、さも勝《か》ちほこるように笑《わら》いながら、赤《あか》い舌《した》を出《だ》している。また目《め》からも一筋《ひとすじ》の糸《いと》のように火《ひ》を吹《ふ》いて、少年《しょうねん》の死骸《しがい》を見下《みお》ろしている。そして、この化《ば》け物《もの》には、幾本《いくほん》も手《て》や足《あし》があって、それがへびのように、電信柱《でんしんばしら》や街灯《がいとう》の柱《はしら》に、まきついて、つめから血《ち》がしたたっている。  すると、そのとき、頭《あたま》の上《うえ》を孔雀《くじゃく》のような美《うつく》しい羽《はね》のある天女《てんにょ》が、ぐるぐると輪《わ》をえがくごとく飛《と》び舞《ま》っていました。あちらの空《そら》は、真《ま》っ青《さお》で海《うみ》の色《いろ》をし、また片方《かたほう》の空《そら》は真《ま》っ赤《か》で、日《ひ》が沈《しず》みかけていました。  若《わか》い先生《せんせい》は、この画《え》にひどく感動《かんどう》したようすでした。 「なんという題《だい》をつけたらいいかね。」と、先生《せんせい》は、秀吉《ひできち》にいいました。 「天女《てんにょ》とお化《ば》けです。」と、秀吉《ひできち》は答《こた》えたのです。 「ああ、それがいい。この画《え》の意味《いみ》は、どうやらわかるようだ。」と、先生《せんせい》は、いつまでも画《え》に見入《みい》っていました。  教会《きょうかい》へあつまる子供《こども》らの画《え》には、それぞれ特色《とくしょく》があり、個性《こせい》があらわれていたので、教会《きょうかい》では、それらの作品《さくひん》をあつめて、一|般《ぱん》にしめす展覧会《てんらんかい》を催《もよお》すことになりました。  当日《とうじつ》は、学校《がっこう》の教師《きょうし》や、また家庭《かてい》の父兄《ふけい》たちが、参観《さんかん》にやってきました。ちょうど昼《ひる》ごろのことです。参観者《さんかんしゃ》の一人《ひとり》が急《きゅう》に卒倒《そっとう》して、大《おお》さわぎとなりました。さっそく医者《いしゃ》をよんで、関係者《かんけいしゃ》たちは介抱《かいほう》しましたが、診断《しんだん》の結果《けっか》は、急性脳溢血《きゅうせいのういっけつ》ということがわかって、もはや手《て》の下《くだ》しようがなかったのです。  このとき、場内係《じょうないがかり》の、自由画《じゆうが》を受《う》け持《も》つ若《わか》い先生《せんせい》もやってきて、先生《せんせい》は二|度《ど》びっくりしました。死人《しにん》の頭《あたま》がはげて、ひげのある丸《まる》い顔《かお》は、秀吉《ひできち》のいつもかく、お化《ば》けの顔《かお》そっくりだったからでした。 底本:「定本小川未明童話全集 14」講談社    1977(昭和52)年12月10日第1刷発行    1983(昭和58)年1月19日第5刷発行 底本の親本:「うずめられた鏡」金の星社    1954(昭和29)年6月 初出:「キング」    1953(昭和28)年12月 ※表題は底本では、「天女《てんにょ》とお化《ば》け」となっています。 入力:特定非営利活動法人はるかぜ 校正:酒井裕二 2017年6月25日作成 青空文庫作成ファイル: このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。