つばめと魚 小川未明 ------------------------------------------------------- 【テキスト中に現れる記号について】 《》:ルビ (例)町《まち》 |:ルビの付く文字列の始まりを特定する記号 (例)一|匹《ひき》 -------------------------------------------------------  そこは、町《まち》のにぎやかな通《とお》りでありました。ある店《みせ》の前《まえ》へ子《こ》どもがあつまっていました。ちょうどきかけたつばめは、どんなおもしろいものがあるだろうと自分《じぶん》もおりてみました。店《みせ》には、金魚《きんぎょ》や、めだかなど、いろいろならべてあったが、その中《なか》でも、ガラスのいれものにはいった熱帯魚《ねったいぎょ》がめずらしいので、みんなは、この前《まえ》に立《た》って、美《うつく》しい姿《すがた》に見《み》とれていました。 「なあんだ、あの魚《うお》たちなら、おれはよく知《し》っているぞ。それにしても、よくこんな遠方《えんぽう》まで渡《わた》ってきたもんだな。」と、つばめは、屋根《やね》のあたりを飛《と》びながら、いいました。  ピイチク、ピイチク、つばめがしきりとなくので、ガラスばちの魚《うお》も、なんだかききおぼえのある声《こえ》と思《おも》ったのでしょう。上《うえ》を仰《あお》ぐと、つばめは、 「人《ひと》のいないときに、またまいりますよ。」といって、飛《と》び去《さ》りました。それから、じきに、またつばめは、やってきました。 「やあ、お達者《たっしゃ》でけっこうなことです。どうして、こんなところへきましたか。でもりっぱなうちにはいって、きれいな砂《すな》をしいてもらい、そのうえおいしそうな餌《え》がたべられておしあわせではありませんか。」と、つばめは、魚《うお》たちに、いいました。 「そうおっしゃれば、まあしあわせですよ。なにしろ、みんなが私《わたし》たちを、金魚《きんぎょ》よりきれいだといって、ほめてくれますし、めずらしいので、貴重品《きちょうひん》あつかいにして、価《あたい》も高《たか》くつけ、大事《だいじ》にしてくれますから、くにに、いたときのことを考《かんが》えれば、くらべものになりませんよ。」と、熱帯魚《ねったいぎょ》は、答《こた》えました。 「まったく、あちらにいては、あなたたちの、きれいなのが、めだちませんでしたものね。」 「いったい、くにの人《ひと》は、ほんとうに美《うつく》しいものを、見《み》る目《め》がないんですよ。」と、一|匹《ぴき》の魚《うお》が、いきごんでいいました。 「そうばかりではありません。あちらの自然《しぜん》が、きれいなのです。花《はな》でも、虫《むし》でも、日《ひ》の光《ひかり》から、水《みず》の色《いろ》まで、なにもかも、赤《あか》・緑《みどり》・青《あお》・黄《き》というふうに目《め》のいたくなるほど、色《いろ》がこいのですから、あなたたちがめだたぬのも無理《むり》はありません。」と、つばめはさとしました。 「こんなに、のんきに、暮《く》らされれば、くにへなど、かえりたくありません。」と、ほかの一|匹《ぴき》がいいました。  そのとき、青《あお》い顔色《かおいろ》の少年《しょうねん》が、疲《つか》れているらしく、重《おも》そうな歩《ある》きつきをして、あちらからきました。つばめは、それと同時《どうじ》に、飛《と》び去《さ》りました。  少年《しょうねん》は金魚《きんぎょ》をちょっと見《み》ただけで、やはり、熱心《ねっしん》に熱帯魚《ねったいぎょ》をながめていました。そして、心《こころ》からそう思《おも》うもののごとく、 「いいな、こんな魚《うお》たちは、なんにも知《し》らずに、のらり、くらりと、ただ食《た》べて、泳《およ》いでいられて、おれたちは、病気《びょうき》で、仕事《しごと》を一|日《にち》休《やす》むのも、容易《ようい》でないんだからな。」と、ひとりごとをいいました。  たとえ、それが事実《じじつ》であっても、この世《よ》の中《なか》では、まだ少年《しょうねん》に真《しん》に同情《どうじょう》するものがなかったのです。少年《しょうねん》は、また重《おも》そうに病《や》める足《あし》を引《ひ》きずりながら、歩《ある》いていきました。  日《ひ》が暮《く》れると、このごろは毎晩《まいばん》のように、いい月《つき》が出《で》ました。月《つき》は町《まち》の家々《いえいえ》を照《て》らして、戸《と》のすきまからのぞきこみました。 「こんな月《つき》を見《み》ると、さすがに、くにを思《おも》いだすな。」と、熱帯魚《ねったいぎょ》の一|匹《ぴき》が、いいました。 「あのジャングルを流《なが》れる、おれたちのすんでいた川《かわ》をてらすだろうか。」と、ほかの一|匹《ぴき》も、月《つき》をながめました。 「しかし、こういう月夜《つきよ》に、私《わたし》たちは、よくあの怖《おそ》ろしいへびにねらわれたものだ。それを考《かんが》えると、二|度《ど》と、あの川《かわ》へ帰《かえ》りたいと思《おも》わない。」 「そうだけれど、おれたちのきょうだいが、あすこにいるだろう。つばめさんが帰《かえ》るとき、ことづてを頼《たの》もうじゃないか。」と、魚《うお》たちは、清《きよ》らかに、月《つき》のさし込《こ》む、ガラスばちの中《なか》で話《はなし》をしていました。月《つき》ばかりは、昔《むかし》から、今日《きょう》まで、なにを見《み》ても、悲《かな》しむこともなければ、また喜《よろこ》ぶこともなかったのです。さながら、つんぼで、おしの女《おんな》のように、ただ、じっと、この世《よ》の中《なか》の有《あ》り様《さま》をみつめているばかりでした。  ある日《ひ》、つばめは、カンナの花《はな》や、さるすべりの花《はな》が、赤々《あかあか》と咲《さ》いている、公園《こうえん》を飛《と》んでいて、ふと魚《うお》たちのことを思《おも》い出《だ》しました。 「そうだ、私《わたし》は近《ちか》いうちに、南《みなみ》の国《くに》へ旅《たび》だつが、あの魚《うお》たちは、その後《ご》どうしているだろうか。」  つばめはそう思《おも》うと、すぐ町《まち》の店《みせ》へやってきました。すると、いつか熱帯魚《ねったいぎょ》のはいっていたガラスのはちには、ふな、はや、たなごなどの、うす墨色《ずみいろ》をした、川魚《かわうお》の子《こ》が、はいっていました。 「もしもし、いつかの魚《うお》たちはどうしましたか。」と、つばめは、川魚《かわうお》の子《こ》に、ききました。 「ああ、あのきれいな魚《うお》さんたちですか、この店《みせ》のおかみさんが、主人《しゅじん》の留守《るす》に、水《みず》をかえるのを忘《わす》れて、みんな病気《びょうき》にしてしまい、おかみさんは、たいそうしかられましたよ。」と、ふなが、おしえました。 「まあ、かわいそうに、そしてどうしましたか。」と、つばめは、友《とも》の身《み》の上《うえ》をしんぱいしました。 「このおくの、別《べつ》のいれ物《もの》へいれてあるようです。」  勇敢《ゆうかん》なつばめは、軒下《のきした》をくぐって、店《みせ》のおくまではいりました。はたして、魚《うお》たちはせとびきの容器《ようき》にはいって、息苦《いきぐる》しそうに、あふあふとあえいでいました。そして、つばめを見《み》ても、ものがいえぬようすでした。つばめは、気《き》の毒《どく》に思《おも》ったけれど、どうしていいかわからぬので、いくたびも、出《で》たり、入《はい》ったりするばかりでした。 「ああ、ほかから与《あた》えられた幸福《こうふく》は、はかないものである。やはり、私《わたし》は、自分《じぶん》の力《ちから》だけを頼《たよ》りとしよう。」と、つばめは、これを見《み》て深《ふか》く感《かん》じたのでありました。 底本:「定本小川未明童話全集 13」講談社    1977(昭和52)年11月10日第1刷発行    1983(昭和58)年1月19日第5刷発行 底本の親本:「心の芽」文寿堂出版株式会社    1948(昭和23)年10月 初出:「初等四年」    1946(昭和21)年10月 ※表題は底本では、「つばめと魚《うお》」となっています。 ※初出時の表題は「燕と魚」です。 入力:特定非営利活動法人はるかぜ 校正:酒井裕二 2017年10月25日作成 青空文庫作成ファイル: このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。