だまされた娘とちょうの話 小川未明 ------------------------------------------------------- 【テキスト中に現れる記号について】 《》:ルビ (例)弟妹《ていまい》 |:ルビの付く文字列の始まりを特定する記号 (例)一|杯《ぱい》 -------------------------------------------------------  弟妹《ていまい》の多《おお》い、貧《まず》しい家《いえ》に育《そだ》ったお竹《たけ》は、大《おお》きくなると、よそに出《で》て働《はたら》かなければなりませんでした。  日《ひ》ごろ、親《した》しくした、近所《きんじょ》のおじいさんは、かの女《じょ》に向《む》かって、 「おまえさんは、やさしいし、正直《しょうじき》であるし、それに、子供《こども》が好《す》きだから、どこへいってもかわいがられるだろう。うらおもてがあったり、じゃけんだったりすると、きらわれて出世《しゅっせ》の見込《みこ》みがないものだ。東京《とうきょう》へいったら、からだを大事《だいじ》にして、よく働《はたら》きなさい。」と、希望《きぼう》のある言葉《ことば》を与《あた》えてくれました。  方々《ほうぼう》で桜《さくら》の花《はな》の咲《さ》きはじめたころでした。お竹《たけ》は、故郷《こきょう》に別《わか》れを告《つ》げたのであります。  もう、こちらへきてから、だいぶ日数《にっすう》がたちました。かの女《じょ》は、朝《あさ》早《はや》く起《お》きると、食事《しょくじ》の仕度《したく》をし、それが終《お》わると、主人《しゅじん》のくつをみがき、また縁側《えんがわ》をふいたりするのでした。  奥《おく》さまのへやには、大《おお》きな鏡《かがみ》がおいてありました。そうじをするときには、自分《じぶん》の姿《すがた》が、その氷《こおり》のように冷《つめ》たく光《ひか》るガラスの面《おもて》にうつるので、つい知《し》らず、手《て》を頭《あたま》へやって、髪形《かみかたち》を直《なお》したのです。  あちらで、それを見《み》た奥《おく》さまは、女《おんな》はだれでも、鏡《かがみ》があれば、しぜんに自分《じぶん》の姿《すがた》を写《うつ》して見《み》るのが、本能《ほんのう》ということを知《し》らなそうに、 「ひまなときは、いつでもここへきてお化粧《けしょう》をして、いいんですよ。」と、わざとらしく、お竹《たけ》に、いいました。  お竹《たけ》は、さもとがめられたように顔《かお》を赤《あか》くして、なんと返事《へんじ》をしていいかわからず、ただ、下《した》を向《む》きながら仕事《しごと》をするばかりでした。  奥《おく》さまは、つづけて、いいました。 「前《まえ》のねえやは、それは、顔《かお》もよかったし、気《き》がきいて、役《やく》にたつ子《こ》でしたが、器量《きりょう》がご自慢《じまん》なので、ひまさえあれば、鏡《かがみ》に向《む》かって、ほお紅《べに》をつけたり、おしろいはけでたたいたりするので、なにもお嬢《じょう》さんじゃなし、パンパンでもあるまいから、気《き》の毒《どく》だけれど、いってもらったんですよ。」と、さも、おかしいことを話《はな》すように奥《おく》さまは、笑《わら》ったのでした。  あまり、その調子《ちょうし》がくだけていて、自分《じぶん》に対《たい》する皮肉《ひにく》とはとれなかったので、お竹《たけ》は、前《まえ》にいた女中《じょちゅう》のことだけに、ついつりこまれて、 「そんなに、きれいな方《かた》なんですか。」と、奥《おく》さまの方《ほう》を見《み》て、たずねました。  しかし、奥《おく》さまのようすは、さっきの笑《わら》いとは似《に》つかず、冷《ひ》ややかでした。 「ええ、それは、顔《かお》がきれいなばかりでなく、お料理《りょうり》だって、なんでもできたんです。」と、そっけなく答《こた》えた、奥《おく》さまの言葉《ことば》には、おまえのような、田舎出《いなかで》とちがうという、さげすみの意味《いみ》があらわれていました。  さすがに、人《ひと》のいうことを、まっすぐにしか解《かい》しなかったお竹《たけ》も、底意地《そこいじ》のわるい、奥《おく》さまのいい方《かた》がわかって、もうなにもいうことができませんでした。しかし、そこを立《た》ち去《さ》りがけに、自分《じぶん》の顔《かお》は、そんなにみにくいのであるかと、つい鏡《かがみ》の方《ほう》を見向《みむ》かずにいられませんでした。  あわれなかの女《じょ》には、まだ台所《だいどころ》でたくさん仕事《しごと》が待《ま》っていました。それをかかえると、かの女《じょ》は、外《そと》の井戸端《いどばた》へいきました。田舎《いなか》にいたときのことなど思《おも》い出《だ》しながら、せわしそうに、ポンプで水《みず》を汲《く》み上《あ》げ、たらいの中《なか》で手《て》を動《うご》かしたのです。  そこへ、隣《となり》の奥《おく》さんが、バケツを下《さ》げてきました。お竹《たけ》は、あわてて、たらいを片《かた》すみへ押《お》しのけようとしました。 「ああ。いいんですよ、そうしておいてください。私《わたし》は、水《みず》を一|杯《ぱい》いただけば、いいんですから。あなたは、よくご精《せい》がでますわ。」と、その奥《おく》さまは、じょさいがなかったのでした。  自分《じぶん》の心《こころ》に、まじりけがなかったから、こうやさしくいわれると、お竹《たけ》は、この奥《おく》さんのほうが、うちの奥《おく》さまより、よっぽど、いい人《ひと》のように思《おも》いました。そして、すぐ、打《う》ちとける気《き》になったのです。 「前《まえ》のお女中《じょちゅう》さんは、たいへんきれいな方《かた》だって、そうですか。」と、かの女《じょ》は、耳《みみ》まで赤《あか》くしながら、ぶしつけに聞《き》きました。奥《おく》さんは、びっくりしたふうもせず、 「ふつうではありませんか。あの方《かた》は、ここはお給金《きゅうきん》が安《やす》いから、といっていましたが。」と、答《こた》えました。  その後《ご》、まもなく、お竹《たけ》が、口入《くちい》れ屋《や》の世話《せわ》で、ある私立病院《しりつびょういん》の病室《びょうしつ》にいた、子供《こども》の付《つ》き添《そ》いとなったのも、どうせ勤《つと》めるなら、すこしでも国《くに》へ送《おく》るのにお金《かね》の多《おお》いほうがいいと思《おも》ったからでした。  外《そと》から見《み》ると、宏壮《こうそう》な洋館造《ようかんづく》りの病院《びょういん》でしたけれど、ひとたび病棟《びょうとう》に入《はい》ったら、どのへやにも、青白《あおじろ》い顔《かお》をして、目《め》の落《お》ち込《こ》んだ病人《びょうにん》が、床《とこ》の上《うえ》で仰臥《ぎょうが》するもの、すわってうめくもの、笑《わら》い声《ごえ》ひとつしなければ、長《なが》い廊下《ろうか》を歩《ある》く足音《あしおと》ぐらいのものでした。あのいきいきとしたにぎやかな町《まち》からきたものには、まったく別《べつ》の世界《せかい》であるとしか感《かん》じられなかったのです。いわば、ここは、病人《びょうにん》だけがいるところであり、健康《けんこう》なもののじっとして、いられるところではありませんでした。 「ああ、いくらお金《かね》になっても、私《わたし》のくるところでなかった。これにくらべれば、たとえ口《くち》やかましい奥《おく》さまの家《いえ》でも、がまんできたのに。」と、お竹《たけ》は、ぼんやりとして後悔《こうかい》にくれたのです。 「ねえ、おねえちゃん、なにを考《かんが》えているの。なにかおもしろいお話《はなし》を聞《き》かしてくれない。」と、そばにねている少年《しょうねん》は弱々《よわよわ》しい声《こえ》で、人《ひと》なつこくいいました。  もう、長《なが》く入院《にゅういん》しているので、少年《しょうねん》はやせて、年《とし》よりも幼《おさな》く見《み》えるので、かの女《じょ》には、いじらしかったのでした。 「坊《ぼっ》ちゃん、さびしいの。」と、お竹《たけ》は顔《かお》を寄《よ》せるようにして、聞《き》きました。 「もう、おねえちゃんがいるから、ぼく、さびしくないよ。」と、少年《しょうねん》は、さもはずかしそうにして答《こた》えたのです。 「私《わたし》は、坊《ぼっ》ちゃんが、よくおなおりなさるまで、どこへもいきませんよ。」  こういうと、少年《しょうねん》は、脊椎《せきつい》カリエスで、とうてい助《たす》かる見込《みこ》みがないと、回診《かいしん》の医者《いしゃ》はいっていました。  同《おな》じ場所《ばしょ》で、おとなにも気《き》の毒《どく》な患者《かんじゃ》がいました。別《べつ》に付《つ》き添《そ》いがいないので、不自由《ふじゆう》するのを見《み》ると、お竹《たけ》は、そんな人《ひと》には、できるだけのしんせつをしたのでした。便所《べんじょ》へつれていったり、また夜中《よなか》にまくらの氷《こおり》をとりかえてやったりしました。なかには、 「じょうぶなときとちがい、こんなからだになって、ひとさまから、やさしくしてもらいますと、ありがたくて、ほんとうに恩《おん》にきますよ。」と、手《て》を合《あ》わさんばかりにするものもありました。こういわれると、日《ひ》ごろ気立《きだ》てのやさしいお竹《たけ》は、自分《じぶん》のできることは、どんなことでも、してやらなければならぬという気持《きも》ちになるのでした。  ある日《ひ》のこと、古《ふる》くから、この病院《びょういん》へ出入《でい》りして、炊事婦《すいじふ》や看護婦《かんごふ》と、顔見知《かおみし》りという老婆《ろうば》が、ふいに、お竹《たけ》のもとへやってきて、前《まえ》に約束《やくそく》があるのだから、少年《しょうねん》の付《つ》き添《そ》いを代《か》わってもらいたいといいました。 「だしぬけで、お気《き》の毒《どく》ですけれど、ほんとをいうと、あんたのような、若《わか》い、きれいな方《かた》は、こんなところにいるものでありませんよ。どんないいお屋敷《やしき》でも、また、キャバレーでも、おもしろくて、お金《かね》になるところがいくらもあるではありませんか。私《わたし》のような、おいぼれは、いくところがないから、しかたなしにこんな薬《くすり》くさい、陰気《いんき》なところにいるけれど、私《わたし》だって、若《わか》ければ、一|日《にち》だってがまんできやしない。」と、老婆《ろうば》は、もっともらしくまくしたてました。  けれど、お竹《たけ》は、少年《しょうねん》がなんというだろうかと、その方《ほう》を見《み》ましたが、老婆《ろうば》とは、かねて知《し》り合《あ》いとみえて、だまっていたので、いまさらこの病院《びょういん》に未練《みれん》のあるはずがなし、その日《ひ》のうちに、暇《ひま》をとって出《で》ることにしました。  かの女《じょ》は、老婆《ろうば》が、自分《じぶん》を美《うつく》しいといったのが、いつまでも頭《あたま》にあって、けっして、わるい気《き》がしませんでした。また口入《くちい》れ屋《や》へいくにしても、髪形《かみかたち》がきれいであれば、いっそう、いいところへ世話《せわ》をしてくれるにちがいないと考《かんが》えて、かねて、一|度《ど》入《はい》ってみたいと思《おも》った、美容院《びよういん》を歩《ある》きながらさがしました。  たまたまあった、美容院《びよういん》の扉《とびら》を押《お》して内《うち》へ入《はい》ると、室内《しつない》は、いい香《かお》りがただよい、花《はな》の乱《みだ》れるように、美《うつく》しい娘《むすめ》たちが、あふれるばかり集《あつ》まっていました。かの女《じょ》は、顔《かお》がぼうっとしたが、だんだん、おちつくと、ひとりひとりの、美《うつく》しい顔《かお》を見《み》たのでありました。そして、心《こころ》ひそかに、 「さっきまでいた病院《びょういん》と、こことのありさまは、なんというちがいだろう。」と、つぶやかずにいられませんでした。  そのとき、季節《きせつ》はずれの、大《おお》きな黒《くろ》いちょうが、どこから迷《まよ》いこんだものか、ガラス窓《まど》につき当《あ》たって、しきりと、出口《でぐち》をさがしていました。 「かわいそうに、花園《はなぞの》と思《おも》って、香水《こうすい》や、電気《でんき》にだまされたんだわ。」  かの女《じょ》は、まだ自分《じぶん》が、ちょうど、そのちょうであることに気《き》がつきませんでした。  思《おも》いのほか、電髪《パーマネント》に手間《てま》どられて、外《そと》へ出《で》たときは、いつしか西《にし》の方《ほう》の空《そら》が、わずかに淡紅色《たんこうしょく》をして、日《ひ》が暮《く》れていました。平常《へいじょう》、むだづかいをせずにためていた金《かね》があるので、これから、宿屋《やどや》で泊《と》まろうと、すでに顔《かお》なじみの口入《くちい》れ屋《や》へいこうと、その心配《しんぱい》はないけれど、さすがに心細《こころぼそ》く思《おも》いました。病院《びょういん》で、少年《しょうねん》に田舎《いなか》の話《はなし》をしたら、 「ぼくは、そんなほたるが飛《と》んでいたり、魚《さかな》の釣《つ》れる川《かわ》のあるところが大好《だいす》きだ。なぜ、おねえちゃんは、こんなやかましい町《まち》の中《なか》が好《す》きなの。」と、ふしぎそうにいったことなど、思《おも》い出《だ》されました。やがて、大通《おおどお》りへ出《で》ようとすると、路地《ろじ》の片《かた》すみに、ちょうちんをつけた、易者《えきしゃ》のいるのが、目《め》に入《はい》りました。  そのちょうちんには、手相《てそう》、身《み》の上《うえ》判断《はんだん》と書《か》いてありました。かの女《じょ》は、それを見《み》ると、同《おな》じ道《みち》を往来《おうらい》して、いくたびかためらったが、ついに、そのほうへと近《ちか》づきました。  手相《てそう》を見《み》てくれるのは、まだ若者《わかもの》だったが、若者《わかもの》は、一目《ひとめ》で、かの女《じょ》を田舎《いなか》から出《で》て、まだ間《ま》のないものだと知《し》りました。さながら、あひるが、化粧《けしょう》したような歩《ある》きつきや、ただ、流行《りゅうこう》をまねさえすれば、美《うつく》しく見《み》えるとでも思《おも》っている、けばけばしくて、あかぬけのしないようすが、若者《わかもの》にはかえってあわれみをそそったのでした。 「身《み》の上《うえ》ご相談《そうだん》ですか。右《みぎ》のほうの手《て》をお出《だ》しください。」  はずかしそうにして出《だ》す、お竹《たけ》の手《て》を、掌《てのひら》から、つまさきまで、若者《わかもの》は、うす暗《ぐら》い提燈《ちょうちん》に照《て》らしながら、虫眼鏡《むしめがね》でこまかにながめていたが、やがて、顔《かお》を上《あ》げると、 「あなたは、正直《しょうじき》ですから、ひとにだまされやすい。よく、よく、用心《ようじん》しなければなりません。」  お竹《たけ》は、心《こころ》の中《なか》で、これと同《おな》じようなことを田舎《いなか》で、近所《きんじょ》のおじいさんがいったが、あのときは、正直《しょうじき》だから、おまえは人《ひと》にかわいがられるといった。都会《とかい》では、どうして、反対《はんたい》なのだろうか、と、考《かんが》えながら、その後《あと》を聞《き》くと、 「年《とし》まわりがわるいので、これから先《さき》に大損《おおぞん》をなさることがある。お金《かね》ばかりでなく、身《み》の上《うえ》にも、よくよく気《き》をつけなければなりませんぞ。いま、お国《くに》のほうでは、あなたに結婚《けっこん》の話《はなし》が持《も》ち上《あ》がっています。だが、あなたは、あとではたいへんしあわせになられます。」  かの女《じょ》は、顔《かお》を赤《あか》くして、幾《いく》たびも頭《あたま》を下《さ》げて、その前《まえ》をはなれました。  若《わか》い易者《えきしゃ》は、彼《かれ》の先生《せんせい》から、いかなるばあいでも、相手《あいて》に希望《きぼう》を持《も》たせることを忘《わす》れてはならぬといましめられた、その教《おし》えを実行《じっこう》したまでです。  自分《じぶん》は、田舎《いなか》へ帰《かえ》れば、また、みんなから、やさしい、正直《しょうじき》な子《こ》だといって、ほめられるだろうと、お竹《たけ》は道《みち》を歩《ある》きながら、思《おも》いました。  ちょうど、このとき、一|時《じ》も早《はや》くかの女《じょ》に出発《しゅっぱつ》をすすめるように、どこかの駅《えき》で鳴《な》らす汽車《きしゃ》の汽笛《きてき》の音《おと》が、青《あお》ざめた夜空《よぞら》に、遠《とお》くひびいたのでした。 底本:「定本小川未明童話全集 14」講談社    1977(昭和52)年12月10日第1刷発行    1983(昭和58)年1月19日第5刷発行 底本の親本:「太陽と星の下」あかね書房    1952(昭和27)年1月 初出:「小学六年生 4巻2号」    1951(昭和26)年5月 ※表題は底本では、「だまされた娘《むすめ》とちょうの話《はなし》」となっています。 ※初出時の表題は「だまされた娘と蝶の話」です。 入力:特定非営利活動法人はるかぜ 校正:酒井裕二 2018年10月24日作成 青空文庫作成ファイル: このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(https://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。