托児所のある村 小川未明 ------------------------------------------------------- 【テキスト中に現れる記号について】 《》:ルビ (例)村《むら》 |:ルビの付く文字列の始まりを特定する記号 (例)三|人《にん》 -------------------------------------------------------  村《むら》は静《しず》かでありました。  広々《ひろびろ》とした、托児所《たくじしょ》の庭《にわ》にだけ、わらい声《ごえ》がおこったり、子供《こども》たちのあそびたわむれるさけび声《ごえ》がして、なんとなく、にぎやかでありました。  よく晴《は》れた、青《あお》い青《あお》い大空《おおぞら》には、ぽかりと、一つ白《しろ》い雲《くも》が、浮《う》かんでいました。雲《くも》も、下《した》のこのようすをながめて、うらやましがっているようでした。  若《わか》い保母《ほぼ》さんも、元気《げんき》でした。子供《こども》といっしょになって、かけたり、おどったりしていました。くつをはいた子供《こども》、ぞうりをはいた子供《こども》、げたをはいた子供《こども》、いろいろでした。また着《き》ているものも、さまざまでした。  けれど、そんなものは、だれの目《め》にも入《はい》りません。ただ、みんなは、光《ひかり》の海《うみ》を泳《およ》ぐように、かみの毛《け》を風《かぜ》に波立《なみだ》たせ、たのしくて、しかたがないと、小《ちい》さい胸《むね》をふくらませていました。  さっきから、いくたびか、つばめが、子供《こども》たちの頭《あたま》の上《うえ》を、とびまわっていきました。  それを見《み》た一人《ひとり》の子《こ》が、 「つばめも、おにごっこしているんだね。」と、いいました。 「そうよ。いいお天気《てんき》だから、よろこんで、あそんでいるのよ。」と、一人《ひとり》の子《こ》が、こたえました。  これを聞《き》いた保母《ほぼ》の娘《むすめ》さんは、 「つばめばかりでなくてよ。ごらんなさい。あの木《き》の枝《えだ》がダンスをしているでしょう。」と、いいました。 「ああ、おかしい。ダンスだって。」 「ほんとうだわ。よく見《み》ると、おどっているようよ。」  こう、みんなが、まわりの木《き》や、鳥《とり》や、草《くさ》に、気《き》のついたときに、はじめて、自分《じぶん》たちがうれしいときには、まわりのものが、やはり、みんなうれしく、たのしくあるのが、わかりました。  さっきから、すずめも、おしゃべりし、わらったり、とびまわったりしていたし、花《か》だんの、白《しろ》い花《はな》は、いつもより、かおりが高《たか》かったし、赤《あか》い花《はな》は、とけて流《なが》れそうに、色《いろ》つやをおびて、美《うつく》しかったのです。  ああなんという、たのしい一時《ひととき》だったでしょう。そして、めぐみ深《ぶか》く、こぼれるようにてらす太陽《たいよう》の光《ひかり》と、さえずる鳥《とり》の声《こえ》と、自然《しぜん》の子《こ》たち、子守歌《こもりうた》のようにささやく風《かぜ》の音《おと》より、この平和《へいわ》の世界《せかい》を、じゃまするものは、なかったのでした。  みんなは、つかれたので、思《おも》い思《おも》いの場所《ばしょ》で休《やす》みました。あちらのベンチに、こちらの芝生《しばふ》に、三|人《にん》、四|人《にん》というふうに。そして、保母《ほぼ》の娘《むすめ》さんは、ひたいに汗《あせ》をにじませて、子供《こども》たちにとりまかれて、休《やす》んでいました。  ちょうどそのとき、入《い》り口《ぐち》から、男《おとこ》の人《ひと》が、はいってきました。顔見知《かおみし》りの役場《やくば》のものでした。 「いそいで、やってきたから、汗《あせ》をかいた。」と、いいながら、顔《かお》の汗《あせ》をふきました。  保母《ほぼ》さんは、なんのご用《よう》があって、そんなに、急《いそ》いできたのかと、男《おとこ》の顔《かお》を見《み》まもりました。 「東京《とうきょう》から、お役人《やくにん》や先生《せんせい》がたがやっていらして、托児所《たくじしょ》をごらんなさるというのだ。教育上《きょういくじょう》のご参考《さんこう》に、なさるのだろう。もうじき、見《み》えるだろうから、失礼《しつれい》のないように、知《し》らせにきたのだ。」と、いいました。  若《わか》い保母《ほぼ》さんは、どうしていいか、わかりませんでした。どぎまぎしながらも、子供《こども》たちにむかって、はなをかめとか、きたない手《て》をきれいにあらってこいとか、注意《ちゅうい》しました。むじゃきな子供《こども》たちも、先生《せんせい》が急《きゅう》にあらたまって命令《めいれい》するので、どんなえらい方《かた》たちだろうかと、そらおそろしいような感《かん》じがしました。  やがて、その人《ひと》たちの足音《あしおと》と、こちらへ近《ちか》づく話《はな》し声《ごえ》が、聞《き》こえました。もう、その姿《すがた》が、そこへ、あらわれました。  男《おとこ》の役人《やくにん》は、ぴかぴか光《ひか》った、勲章《くんしょう》のようなものを、胸《むね》につけていました。そして、はいているくつも、上等《じょうとう》のものとみえて、つるつる光《ひか》っていました、また、洋服姿《ようふくすがた》の女《おんな》の人《ひと》も、一|行《こう》にまじっていました。その人《ひと》の指《ゆび》には、ダイヤモンドが、かがやいていました。これを見《み》た、瞬間《しゅんかん》に、つめたい空気《くうき》が、あたりを流《なが》れました。  いままで、鳴《な》いていたすずめの声《こえ》も、聞《き》こえなくなりました。青《あお》い空《そら》に浮《う》かんでいた白《しろ》い雲《くも》も、うすく消《き》えかかりました。子供《こども》たちは、ただ、むしょうに、保母《ほぼ》さんが、かわいそうに思《おも》われました。 「さあ、なにかうたって、聞《き》かせてください。」と、東京《とうきょう》からきた女《おんな》の人《ひと》が、いいました。けれど、だれも、うたってきかせようとはしません。 「ここでは、いつも、どんな遊《あそ》びをするんですか。」と、黒《くろ》い服《ふく》をきた役人《やくにん》は、保母《ほぼ》さんに、聞《き》いていました。なんのかざりも、身《み》につけていない娘《むすめ》は、顔《かお》をまっ赤《か》にして、小《ちい》さい声《こえ》で、それに答《こた》えていました。  お客《きゃく》さまの一|行《こう》は、花《か》だんのまわりをひとめぐりして、外《そと》のほうへ出《で》ていきました。ちょうど、日《ひ》がかげって、赤《あか》い花《はな》の色《いろ》は、黒《くろ》く見《み》えたし、白《しろ》い花《はな》のかおりは、さっぱりしなくなったのです。  画家《がか》が、托児所《たくじしょ》の小屋《こや》をとりいれて、新緑《しんりょく》の木立《こだち》を写生《しゃせい》していました。役人《やくにん》や、学者《がくしゃ》の一|行《こう》が、そのそばを通《とお》りかかりました。 「こんな、広々《ひろびろ》とした自然《しぜん》の中《なか》で、育《そだ》ったのだから、もっと、明朗《めいろう》で、かっぱつに、うたったり、おどったりされないものかな。」 「なんだか、いじけているじゃありませんか。」  こんな、批評《ひひょう》をしながら、過《す》ぎかけたが、その中《なか》の一人《ひとり》が、ちょっと立《た》ちどまって、カンバスをのぞきました。すると、他《た》のものも、いっしょに立《た》ちどまりました。  青年画家《せいねんがか》は、筆《ふで》をとめて、彼《かれ》らを見《み》あげました。 「それは、あなたたちのほうが、むりですよ。」と、画家《がか》がいいました。 「なぜかね。」と、きっとなって、背《せい》の高《たか》い役人《やくにん》が、青年《せいねん》の顔《かお》をにらみました。 「ここらの子供《こども》は、日《ひ》ごろ、あまり、えらそうな人《ひと》を、見《み》ないからです。」 「なにも、われわれは、えらそうじゃないだろう。」 「どこか、えらそうに見《み》えるんですね。そんな人《ひと》が、こわいんです。」と、画家《がか》は、いいました。  よく見《み》ると、その青年《せいねん》は、右足《みぎあし》は義足《ぎそく》で、草《くさ》の上《うえ》に、松葉《まつば》づえがおいてありました。 「あんたは、この土地《とち》のものかね。」と、一人《ひとり》が、聞《き》きました。 「この土地《とち》のものではありませんが、みんなの気持《きも》ちは、よくわかっています。お役人《やくにん》や、金持《かねも》ちや、学者《がくしゃ》は、自分《じぶん》らの仲間《なかま》でない。いつも上《うえ》のほうにいて、命令《めいれい》するものだと、思《おも》っているから、きゅうに、いっしょになって、わらったり、話《はな》したりすることができぬのです。おそらく、大衆《たいしゅう》が、そうでしょう。いままで、上《うえ》から、おさえつけられてきましたからね。」 「そういう君《きみ》も、画家《がか》らしいが、展覧会《てんらんかい》にでも出品《しゅっぴん》して、名《な》をあげたいためでないか。」 「とんでもない。それは名誉欲《めいよよく》の強《つよ》い人《ひと》のことです。私《わたし》も上《うえ》からの命令《めいれい》で、戦争《せんそう》にやらされ、生《う》まれもつかぬ不具者《ふぐしゃ》となって帰《かえ》りました。しかし、自然《しぜん》は、いつ見《み》ても平和《へいわ》で美《うつく》しい。人間《にんげん》も、まちがった考《かんが》えや、欲望《よくぼう》さえもたなければ、たがいに、したしみあうことができて、美《うつく》しいにちがいがありません。私《わたし》は、風景《ふうけい》や、生物《せいぶつ》の、たのしく生存《せいぞん》する姿《すがた》をかいて、みんなにしめし、その喜《よろこ》びをわかちたいと思《おも》うのです。」と、画家《がか》がいうと、黒《くろ》い服《ふく》をきた背《せい》の高《たか》い役人《やくにん》が、きっと、青年《せいねん》をにらんで、口《くち》をとがらし、なにかいおうとしました。そのとき、ダイヤをはめた美《うつく》しいお嬢《じょう》さんふうの女《おんな》が、 「おや、ごらんなさい。私《わたし》たちがいなくなると、あんなに、子供《こども》たちが保母《ほぼ》さんをとりまいて、元気《げんき》よく、さわいでいるじゃありませんか。絵《え》かきさんの、おっしゃることにも、真理《しんり》があるわ。この問題《もんだい》について、もっと研究《けんきゅう》してみましょうよ。」と、先《さき》に、口《くち》をきったので、一|同《どう》は、にぎやかな、わらい声《ごえ》の聞《き》こえる托児所《たくじしょ》のほうを、ふりかえりながら、立《た》ちさりました。青年《せいねん》は、いまのこともわすれて、ふたたび絵《え》の中《なか》に、たましいを打《う》ちこんでいました。 底本:「定本小川未明童話全集 14」講談社    1977(昭和52)年12月10日第1刷発行    1983(昭和58)年1月19日第5刷発行 底本の親本:「うずめられた鏡」金の星社    1954(昭和29)年6月 初出:「文学教育 第1集」    1951(昭和26)年10月 ※表題は底本では、「托児所《たくじしょ》のある村《むら》」となっています。 入力:特定非営利活動法人はるかぜ 校正:酒井裕二 2020年1月24日作成 青空文庫作成ファイル: このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(https://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。