空にわく金色の雲 小川未明 ------------------------------------------------------- 【テキスト中に現れる記号について】 《》:ルビ (例)道《みち》 |:ルビの付く文字列の始まりを特定する記号 (例)一|番《ばん》 -------------------------------------------------------  道《みち》であった、顔見知《かおみし》りの人《ひと》は、みすぼらしい正吉《しょうきち》の母《はは》にむかって、 「よく、女手《おんなで》ひとつで、むすこさんを、これまでになさった。」と、いって、うしろについてくる正吉《しょうきち》を見《み》ながら、正吉《しょうきち》の母《はは》をほめるのでした。  しかし、心《こころ》から感心《かんしん》するように見《み》せても、じつは母子《おやこ》のしがない暮《く》らしを、あわれむというふうが見《み》えるので、正吉《しょうきち》は子供《こども》ながら、それを感《かん》じていましたが、母《はは》は、そういって、なぐさめられると、気《き》が弱《よわ》くなっているせいか、すぐなみだぐんで、 「なにしろ、三つのときから、一人《ひとり》で育《そだ》て、やっと来年《らいねん》は小学校《しょうがっこう》を、卒業《そつぎょう》するまでにしました。」と、うったえるように答《こた》えたのでした。  あいては、もっと立《た》ちいって、二人《ふたり》の生活《せいかつ》を知《し》ろうとするのを、正吉《しょうきち》は母《はは》のたもとをひっぱって、 「さあ、早《はや》くいこうよ。」と、その場《ば》から、はなれたのでした。  正吉《しょうきち》は、そのときだまっていたけれど、自分《じぶん》の母《はは》を、きのどくに思《おも》いました。そして、母《はは》のためなら、どんな困難《こんなん》もいとわないと、心《こころ》にちかったのです。 「来年《らいねん》は、ぼく、おじさんの家《いえ》へいくのだ。そうしたら、おかあさんは、一人《ひとり》になって、さびしいだろうね。」と、正吉《しょうきち》はいうのでした。 「いいえ、さびしいものかね。おかあさんは、はたらいて、はたらいて、そんなことわすれてしまいます。ただおまえが、早《はや》く大《おお》きくなって、ひとり立《だ》ちするのを、たのしみとしますよ。」と、母《はは》は、ねっしんに針《はり》をもつ手《て》をはこびながら、答《こた》えるのでした。  正吉《しょうきち》が学校《がっこう》からかえると、近所《きんじょ》の武夫《たけお》くんとさそいあって、原《はら》っぱへあそびにいき、草《くさ》の上《うえ》にねころんでいました。 「だれでも、ほかが、まねのできない技術《ぎじゅつ》をもてば、えらくなれると、先生《せんせい》がいったね。」と、正吉《しょうきち》は学校《がっこう》で聞《き》いてきた話《はなし》を、思《おも》いだしました。 「ああ、そうだよ。マラソン選手《せんしゅ》となって、オリンピックで名《な》をあげるのも、図画《ずが》がじょうずになって、名高《なだか》い画家《がか》となるのも、自分《じぶん》一人《ひとり》だけの名誉《めいよ》でなく、やはり国《くに》の名誉《めいよ》だと、先生《せんせい》がいわれたよ。それも、自信《じしん》と努力《どりょく》することが、たいせつなんだって。」と、武夫《たけお》は答《こた》えました。 「ぼく、徒競走《ときょうそう》に自信《じしん》があるんだがな。」と、正吉《しょうきち》は目《め》をかがやかしました。 「そうだ、正《しょう》ちゃんは、いつも徒競走《ときょうそう》では、一|番《ばん》だから、練習《れんしゅう》して、マラソン選手《せんしゅ》になるといいよ。」と、武夫《たけお》は手《て》をたたいて、正吉《しょうきち》の思《おも》いつきに賛成《さんせい》しました。  正吉《しょうきち》はきゅうに、からだをおこして、空《そら》をあおぎながら、しんけんに考《かんが》えこんだのです。そして、自分《じぶん》が、はなやかな世界的《せかいてき》の選手《せんしゅ》となった日《ひ》のゆめを、目《め》にえがいたのです。 「なんで、そんなことを、きゅうにいいだしたの。」と、武夫《たけお》はふしぎに思《おも》って、聞《き》きました。 「もし、そうなったら、ぼくのおかあさんが、どんなによろこぶだろうと思《おも》ったのさ。だれでも得手《えて》というものがあるから、それをのばせば、成功《せいこう》すると先生《せんせい》がいったので、ぼく、元気《げんき》が出《で》て、うれしくなったよ。」と正吉《しょうきち》は、すなおに心《こころ》のうちを、友《とも》だちにうちあけたのでした。  武夫《たけお》もいつになく、くつろいだ気《き》もちになって、正吉《しょうきち》をよろこばせようと、 「正《しょう》ちゃんはいい子《こ》だと、うちのおとうさんも、おかあさんも、いっていたよ。正《しょう》ちゃんのおかあさんは、いまはくるしくても、正《しょう》ちゃんが大《おお》きくなれば、きっと楽《らく》をされるだろう。」  こうして、武夫《たけお》が両親《りょうしん》のうわさしたことをつげようとするのを、正吉《しょうきち》はうちけすようにして、 「ぼくのうちは、貧乏《びんぼう》だし、なかなか上《うえ》の学校《がっこう》へいかれない。来年《らいねん》は町《まち》のおじさんの店《みせ》へ奉公《ほうこう》して、夜学《やがく》で勉強《べんきょう》をするつもりだ。武《たけ》ちゃんは、いいおとうさんがあって、安心《あんしん》して勉強《べんきょう》ができるから、きっと、えらくなれるだろう。ぼくは、自分《じぶん》の力《ちから》だけで、やらなければならないからね。」と、正吉《しょうきち》は、日《ひ》ぐれがたの空《そら》に、わきあがる雲《くも》を、じっと見《み》ていました。  いま、西《にし》の空《そら》には、炎《ほのお》の流《なが》れるように、赤《あか》い雲《くも》が、うずをまいていました。そして、ほかにも花《はな》びらを散《ち》らすように、おなじ色《いろ》の雲《くも》が、ちぎれちぎれにとんでいました。それが、いつしか、一《ひと》かたまりとなって、たてがみをなびかせた金色《きんいろ》のししの姿《すがた》となったり、高《たか》くかけあがる神馬《しんめ》の形《かたち》をつくったりして、はるかの青々《あおあお》とした地平線《ちへいせん》を目《め》ざして、うごいていたのでした。  正吉《しょうきち》はしばらく、その雲《くも》のゆくえを見《み》まもるうちに、空想《くうそう》は、町《まち》の文房具《ぶんぼうぐ》を売《う》る店《みせ》へと、とんでいました。ちょうど、金色《きんいろ》の雲《くも》が、たれさがったあたりに、その町《まち》はあるのでした。空気《くうき》とガラスの見《み》さかいが、つかないほど、よくふき清《きよ》められたまどの上《うえ》のたなに、青《あお》くぬられた飛行機《ひこうき》が、いまにもとび立《た》ちそうなかっこうで、おいてあり、その下《した》の台《だい》には、まっかな洋服姿《ようふくすがた》のおどり子《こ》の人形《にんぎょう》が、片方《かたほう》の足《あし》を上《あ》げて立《た》っていました。それは、野原《のはら》にさく赤《あか》いゆりよりも、はなやかであったし、また川《かわ》ふちでかおる、のばらの花《はな》よりも、目《め》にしみるまぶしさでありました。 「武《たけ》ちゃん、きみは、町《まち》の文房具屋《ぶんぼうぐや》にあるおもちゃを見《み》た?」と、正吉《しょうきち》は、そのときぼんやりとして、ならんでいた武夫《たけお》に聞《き》きました。 「どんなおもちゃだったかな。バットとグローブは、知《し》っているけど。」と、武夫《たけお》は、頭《あたま》をかしげていました。 「青《あお》い飛行機《ひこうき》と、赤《あか》いお人形《にんぎょう》さんだよ。」と、正吉《しょうきち》は友《とも》だちを見《み》て、たずねました。 「知《し》らなかったな。」と、武夫《たけお》はてんで、そんなものに気《き》がつかなかったようです。正吉《しょうきち》は、やっと安心《あんしん》しました。もし、武夫《たけお》がそれをほしいと思《おも》えば、いつでも自分《じぶん》のものに、することができたからでした。  しばらくして、こんどは武夫《たけお》のほうから、 「正《しょう》ちゃん、そんなに、いいおもちゃだったの。」と、聞《き》きかえしました。正吉《しょうきち》はそれに答《こた》えず、 「ねえ武《たけ》ちゃん、あの金色《きんいろ》の雲《くも》をごらん。きれいだろう。そして、あちらの空《そら》をごらん。あの青《あお》い色《いろ》もきれいだね。ぼく、いままで見《み》た、美《うつく》しいものが、みんな目《め》にうかんでくるんだよ。」と、正吉《しょうきち》は、とび立《た》つような、自分《じぶん》の心《こころ》を、おさえきれなかったのです。  つぎの日《ひ》の昼間《ひるま》、また二人《ふたり》は、この原《はら》っぱへきました。武夫《たけお》がわざと三|輪車《りんしゃ》で走《はし》るのを、正吉《しょうきち》はそれと競走《きょうそう》しようとして、素足《すあし》で走《はし》りました。いまにマラソン選手《せんしゅ》になる自信《じしん》をもとうとして、あやまって、足《あし》の指《ゆび》をいためました。  晩《ばん》になると、その指《ゆび》がだんだんいたみだして、こらえられなくなったのでした。 「どんなに、なっているの。ちょっと見《み》せな。」と、母《はは》にいわれると、正吉《しょうきち》の顔《かお》は、たちまち、くらくなりました。 「おや、えらく、はれているでないか。」と、母《はは》はびっくりしました。こうした母《はは》のおどろき声《ごえ》は、正吉《しょうきち》の心《こころ》を、するどく、むちうって、しばらく足《あし》のいたみも、わすれたのでした。  ふだんから、母《はは》は正吉《しょうきち》にむかって、おとうさんがいないのだから、わたしは、おまえ一人《ひとり》をたよりに生《い》きていると、いわれたのが思《おも》いだされて、後悔《こうかい》で、胸《むね》が、はりさけそうになりました。 「あっ、おかあさん、いたいから、さわらんでおくれ。」と、足《あし》をひっこめようとすると、母《はは》は正吉《しょうきち》のひざがしらに、ふれてみて、 「たいへんな熱《ねつ》だね。今夜《こんや》、こうしておいて、さしつかえないものだろうか。」と、うろたえるのでした。  正吉《しょうきち》は母《はは》があわれになって、すまぬことをしたと思《おも》いました。 「あすになれば、なおるよ。」と、いって、がまんしながら、ねどこにはいったのでした。  医者《いしゃ》のもとへいったのは、それから二、三|日《にち》あとのことでした。 「いままで、おじさんのところへ、お金《かね》のことで、たのみにいったおぼえはないのだが、こんどばかりは、そんなことを、いっていられないのでね。」と、道《みち》すがら母《はは》に聞《き》かされたことばは、正吉《しょうきち》をせめるのでした。  正吉《しょうきち》は、医者《いしゃ》が自分《じぶん》の足《あし》を見《み》て、なんというだろうか、このうえとも、自分《じぶん》たちをくるしめることに、なりはしないだろうかと、診察室《しんさつしつ》へはいると、なんとなく不安《ふあん》に、足《あし》がふるえたのでした。 「なぜ、もっと早《はや》く、見《み》せにこなかったのです。」と、医者《いしゃ》は、まゆをひそめながらいいました。 「注射《ちゅうしゃ》をしていただいたら、なおりませんでしょうか。」と、母《はは》はわが子《こ》の、身《み》の上《うえ》を気《き》づかいながら聞《き》くのでした。 「手《て》おくれなので、注射《ちゅうしゃ》がきかなければ、手術《しゅじゅつ》をするのですな。そうすると、二、三|日《にち》入院《にゅういん》しなければなりません。」と、医者《いしゃ》はすこしの思《おも》いやりすらなく、ひややかに答《こた》えました。  医者《いしゃ》のところを出《で》ると、 「家《うち》へかえって、この水薬《みずぐすり》で、足《あし》のいたむところを、ひやしておいで。」と、母《はは》は正吉《しょうきち》とわかれました。正吉《しょうきち》は、母《はは》のいくさきを、聞《き》かなかったけれど、たぶん、おじさんの家《いえ》へいったのだろうと思《おも》いました。  やがて、日《ひ》がくれてしまい、しばらくたって、母《はは》はかえってきました。 「世間《せけん》で、金《かね》もちといわれても、たのんでいけば、金《かね》がないというものです。はじめてだし、こんどだけは用《よう》だてするけれど、つぎからは、おことわりだと、きっぱりいいました。おじさんだから、とくべつせわしてくれると思《おも》っては、いけません。たよりとなるものは、ただ、自分《じぶん》の力《ちから》だけです。わたしは、これからも、せいいっぱいはたらくことにします。」と、母《はは》はいいました。  正吉《しょうきち》は、なんとも答《こた》えられず、あついなみだが、こみあげるばかりでした。  二、三|日《にち》、顔《かお》をあわさなかった武夫《たけお》は、学校《がっこう》からかえると、あそびにきました。 「きょう、先生《せんせい》が正吉《しょうきち》くんは、どうして休《やす》んでいるのだと聞《き》いたから、ぼくの三|輪車《りんしゃ》と競走《きょうそう》して、足《あし》をいためたといったら、なんでそんなばかのまねをするのかといったよ。だから、ぼくは正《しょう》ちゃんは、マラソン選手《せんしゅ》になるので、三|輪車《りんしゃ》なんかに負《ま》けられないのだと話《はな》したら、先生《せんせい》は、人間《にんげん》の足《あし》と機械《きかい》と、いっしょになるかと笑《わら》った。」と、学校《がっこう》の話《はなし》を告《つ》げました。 「ぼく、つまらんことをした。」と、正吉《しょうきち》は、後悔《こうかい》しました。 「もっと、自分《じぶん》をたいせつにしなければ、いい選手《せんしゅ》なんかになれないと、先生《せんせい》もいっていたよ。」と、武夫《たけお》はありのままをつげました。 「お医者《いしゃ》さんに注射《ちゅうしゃ》してもらったけれど、いたみがとれなければ、入院《にゅういん》して手術《しゅじゅつ》するんだって、こまってしまったよ。」と、正吉《しょうきち》が力《ちから》なくいうと、 「とんだめにあったね。そうそう、文房具屋《ぶんぼうぐや》へグローブを買《か》いにいくと、店《みせ》のガラスが、めちゃめちゃにこわれているので、おどろいた。聞《き》くと、トラックがとびこんで、だいじな品物《しなもの》をこわしたと、店《みせ》のおばさんがいっていたよ。」と、武夫《たけお》は、意外《いがい》なことを知《し》らせました。  正吉《しょうきち》は、ゆめにさえ見《み》た、あの青《あお》い飛行機《ひこうき》や、赤《あか》いおどり子《こ》の人形《にんぎょう》は、どうなったろうと聞《き》くと、武《たけ》ちゃんは、見《み》えなかったから、こわれたのかもしれないというのでした。 「それで、きみのほしいと思《おも》ったグローブはあったの。」と、正吉《しょうきち》は聞《き》きました。 「とりこんでいるときだから、まけておくといって、安《やす》くしてくれたよ。」と、武夫《たけお》はよろこびました。 「どうして、トラックが、店《みせ》へとびこんだのだろうね。」 「運転手《うんてんしゅ》が、お酒《さけ》に酔《よ》っていたって、おばさんがいった。」と、武夫《たけお》はいいながら、このとき、先生《せんせい》が正吉《しょうきち》にいった言葉《ことば》を思《おも》い出《だ》したのか、 「やはり、酔《よ》ったりしては、運転手《うんてんしゅ》になれないんだね。」と、つけくわえました。  正吉《しょうきち》は下《した》を向《む》いて、だまっていました。足《あし》のいたみは、そのあくる日《ひ》になっても、とれませんでした。母親《ははおや》は、子供《こども》のようすから、すぐにでも手術《しゅじゅつ》を決心《けっしん》したらしく、家《いえ》の中《なか》をかたづけはじめたのです。  そのとき、ちょうど門口《かどぐち》へ乳飲《ちの》み子《ご》をおぶった女《おんな》こじきが立《た》って、無心《むしん》をねがったのでした。正吉《しょうきち》の母《はは》は女《おんな》こじきを見《み》て、子《こ》もちだと知《し》ると、気《き》ぜわしい中《なか》を、ふところからさいふをだして、金《かね》を手渡《てわた》してやりました。女《おんな》こじきは、心《こころ》からありがたく思《おも》ったらしく、いくたびも頭《あたま》をさげていましたが、そばで、痛《いた》い痛《いた》いと泣《な》き声《ごえ》でうったえている正吉《しょうきち》の姿《すがた》を見《み》ると、おじおじしながら、 「どうなされたので、ございますか。」と、聞《き》いたのでした。  母親《ははおや》は、こういってやさしく聞《き》かれたので、さすがに当惑《とうわく》しているときであり、気《き》も弱《よわ》くなっていたので、こちらも、ありのままのことを――子供《こども》が走《はし》って、あそんでいるうち、足《あし》の指《ゆび》をいためて、注射《ちゅうしゃ》をしてもらったけれど、ききめがなく、これから、いやがるのをつれて、手術《しゅじゅつ》をうけに医者《いしゃ》のところへ出《で》かけるのだ――と、ほんとうのことを話《はな》したのでした。女《おんな》こじきは、そのことを人事《ひとごと》と思《おも》わず、耳《みみ》をかたむけて、聞《き》いていましたが、 「それなら、いい薬《くすり》があります。このへんにもある草《くさ》です。私《わたし》のいうことを信《しん》じて、ためしてごらんなさい。私《わたし》ども金《かね》のないものは、神《かみ》さまの教《おし》えてくだされたもので、どんな病《やまい》もなおします。その草《くさ》は、秋《あき》になると、黄色《きいろ》な花《はな》の咲《さ》く厚《あつ》い葉《は》です。その葉《は》を火《ひ》にあぶり、やわらかにして、傷口《きずぐち》にはります。痛《いた》みはじきとれて、四、五|日《にち》もすると、うみが出《で》てなおります。」と、ていねいに教《おし》えました。  母親《ははおや》と正吉《しょうきち》は、これを聞《き》いて、一《ひと》すじの光《ひかり》が、急《きゅう》に、やみの中《なか》へさしこんできたような感《かん》じがしました。 「その草《くさ》というのは。」と、母親《ははおや》は、すぐにも知《し》りたかったのです。 「ちょっと、さがしてきます。」と、女《おんな》こじきは、門《もん》から出《で》ていきました。  親子《おやこ》は、そのうしろ姿《すがた》を、とうとく思《おも》って、おがまんばかりに見《み》おくったのです。そして、いくたびも、母親《ははおや》は外《そと》まで出《で》て、女《おんな》こじきがもどるのをまっていました。  あまりおそいので、その葉《は》が見《み》つからぬので、そのままどこへか立《た》ちさりはしなかったかと思《おも》い、うたがい、なやんだりしたが、そのうち女《おんな》こじきは、手《て》に青《あお》い葉《は》をにぎって、母親《ははおや》の前《まえ》へあらわれました。 「まあ、ありましたかね。」と、とびつくようにして、母親《ははおや》はむかえたのです。女《おんな》こじきがつくってくれた薬《くすり》をつけると、ふしぎに痛《いた》みがうすらいで、その晩《ばん》、親子《おやこ》は、はじめて、気《き》もちよくねむりました。  正吉《しょうきち》は夢《ゆめ》の中《なか》で、あのおじおじしたようすで、いたわりながら、薬《くすり》をつけてくれた女《おんな》こじきを思《おも》い出《だ》して、いつまでも、その姿《すがた》が、目《め》からきえずにのこっていました。  それから、二、三|日《にち》もすると、足《あし》のはれがひいて、きず口《ぐち》に、白《しろ》いうみをもちました。母《はは》はこれを見《み》て、おどろき、 「正吉《しょうきち》や、もうだいじょうぶだよ。草《くさ》の名《な》を、よく聞《き》いておくのだったね。あの女《おんな》こじきに、お礼《れい》をいわなければなりません。いつもは、見《み》なかった女《おんな》ですのに、あの日《ひ》どうしてきましたか。こんどきたら、おまえの小《ちい》さいときの着物《きもの》がありますから、赤《あか》んぼにやりたいと思《おも》います。気《き》をつけていて、見《み》たら家《うち》へつれてきておくれ。」と、いつになく母《はは》は、きげんがよかったのです。  正吉《しょうきち》は足《あし》がよくなったのを、わがことより、よろこんでくれる母《はは》を見《み》て、真《しん》にその恩《おん》を、わすれてはならぬと思《おも》いました。  いよいよ明日《あした》から、ふだんどおり、武夫《たけお》くんと学校《がっこう》へいけるようになった、その前《まえ》の日《ひ》のことでした。 「正吉《しょうきち》や、なにかおまえに、ほしいものがあるなら、おいい。」と、母《はは》は、つくえの前《まえ》にすわっている正吉《しょうきち》に、たずねました。  これを聞《き》くと、たちまち、小《ちい》さな胸《むね》へ、よろこびが泉《いずみ》のように、こみあげました。 「青《あお》い飛行機《ひこうき》と、赤《あか》い人形《にんぎょう》と、どちらにしようかな。」と、耳《みみ》のあたりまで赤《あか》くしながら、正吉《しょうきち》は答《こた》えたのです。 「それは、なければならぬ品《しな》ですか。」と、母《はは》は聞《き》きました。 「おかあさん、それより、早《はや》くおじさんに、お金《かね》をかえしたほうがいいよ。」と、正吉《しょうきち》はいいました。 「ああ、その金《かね》は、きっと、私《わたし》がそのうち、もっていきますよ。これは、おまえがつかわずにすんだので、あげますから、すきなものを、お買《か》いなさい。」と、母《はは》はひきだしから、いくらかの金《かね》をとって、正吉《しょうきち》にあたえたのでした。  いま、青《あお》い、飛行機《ひこうき》でも、赤《あか》いおどり子《こ》の人形《にんぎょう》でも、正吉《しょうきち》のすきなものを、買《か》うことができるのでした。しかし、もう、それを買《か》う気《き》が、なくなってしまいました。 「どんな色《いろ》でも、そろっている上等《じょうとう》のクレヨンを、買《か》おう。」と、正吉《しょうきち》はすぐに、心《こころ》をきめたのでした。  晩《ばん》になると、原《はら》っぱへいって、草《くさ》の上《うえ》に、こしをおろしました。そこここに、いつものように、赤《あか》い花《はな》がさき、青《あお》い空《そら》は、はてなくひろがって、地平線《ちへいせん》につづき、夏《なつ》を思《おも》わせる金色《きんいろ》の雲《くも》が、西《にし》の方《ほう》からわき出《で》て、音《おと》なく、頭《あたま》の上《うえ》を、うごいていくのでした。  その雲《くも》には、おかあさんがすわって、仕事《しごと》をしていました。また、ほかの一つの雲《くも》には、乳飲《ちの》み子《ご》をおぶった女《おんな》こじきが、のっていました。二つの雲《くも》は、たがいに近《ちか》づき、また、あるときは、かさなり合《あ》うようになったが、そのうち、はなればなれとなって、いつしか、青《あお》い空《そら》へ、すいこまれるように、きえてしまいました。 底本:「定本小川未明童話全集 14」講談社    1977(昭和52)年12月10日第1刷発行    1983(昭和58)年1月19日第5刷発行 底本の親本:「うずめられた鏡」金の星社    1954(昭和29)年6月 初出:「こどものせかい」    1953(昭和28)年6月 ※表題は底本では、「空《そら》にわく金色《きんいろ》の雲《くも》」となっています。 入力:特定非営利活動法人はるかぜ 校正:酒井裕二 2018年6月27日作成 青空文庫作成ファイル: このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(https://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。