写生に出かけた少年 小川未明 ------------------------------------------------------- 【テキスト中に現れる記号について】 《》:ルビ (例)野原《のはら》 |:ルビの付く文字列の始まりを特定する記号 (例)一|銭《せん》 -------------------------------------------------------  野原《のはら》の中《なか》に、大《おお》きなかしの木《き》がありました。その下《した》で、二人《ふたり》の少年《しょうねん》は、あたりの風景《ふうけい》を写生《しゃせい》していました。  あちらには町《まち》があって、屋根《やね》が強《つよ》い日《ひ》の光《ひかり》にかがやいています。こちらには、青々《あおあお》とした田圃《たんぼ》があって、野菜《やさい》の花《はな》が、白《しろ》に黄色《きいろ》に、咲《さ》いているのが見《み》られました。 「僕《ぼく》は、あの並木《なみき》を描《か》こう。」と、西田《にしだ》が、いいました。  だまって、南《みなみ》は、じっとひとところを見《み》つめては、チョークをうごかしていました。 「君《きみ》は、なにを写生《しゃせい》しているの?」  西田《にしだ》は、友《とも》だちのスケッチ帳《ちょう》をのぞくと、煙突《えんとつ》から、煙《けむり》が上《あ》がっている、町《まち》の遠景《えんけい》を描《か》いていました。 「いいね、あの風《かぜ》に光《ひか》っている木立《こだち》も、雲《くも》も……」と、顔《かお》を上《あ》げた南《みなみ》が、答《こた》えました。  このとき、前方《ぜんぽう》から、一人《ひとり》の男《おとこ》が、なにかぴかぴかするものを、手《て》のひらにのせて、それを見《み》ながら、やってきました。 「光《ひか》るな、なんだろうか。」と、南《みなみ》がいいました。 「あの男《おとこ》は、ばかなんだよ。」と、西田《にしだ》がいいました。 「ええ、ばか?」 「ああ、あの男《おとこ》は、ばかなんだよ。けれど、おとなしい、なんにもわるいことをしないのだ。活動《かつどう》のエキストラになんか出《で》て、喜《よろこ》んでいるという話《はなし》だよ。」と、西田《にしだ》は、人《ひと》から聞《き》いたことを話《はな》しました。 「どうして、ばかになったのだろうね。」  南《みなみ》は目《め》をみはりながら、あちらからくる男《おとこ》を見《み》ていました。帽子《ぼうし》もかぶらずに、手《て》のひらを熱心《ねっしん》に見《み》つめています。 「あれは、金貨《きんか》みたいだね。」 「は、は、は、金貨《きんか》なもんか。きっと、新《あたら》しい一|銭《せん》銅貨《どうか》なんだよ。光《ひか》るから喜《よろこ》んで見《み》ているのだろう。」 「たくさん持《も》っているね。」 「ほんとうに、光《ひか》るのばかりためたんだろう。」  ふつうならば、高等小学《こうとうしょうがく》か、中学《ちゅうがく》一|年《ねん》へでも入《はい》っている年《とし》ごろでした。どうしてばかになったんだろうと思《おも》うと、南《みなみ》は、なんだかいじらしい気《き》がして、笑《わら》われなくなりました。  男《おとこ》は、こちらに自分《じぶん》を見《み》ているものがいるとも知《し》らず、また、夏《なつ》の景色《けしき》がどんなに美《うつく》しかろうと目《め》を向《む》けず、ただ、手《て》のひらの銅貨《どうか》に気《き》をとられて、ひとり、にやにや、たのしそうに笑《わら》いながら、わきみもせずに、道《みち》を歩《ある》いていました。  すると、こっちから、馬子《まご》が、手綱《たづな》をとり、馬《うま》に空車《からぐるま》を引《ひ》かせてやってきました。  そして、いつかばかとすれちがいになったのです。それでもばかは、ただ自分《じぶん》の手《て》のひらの上《うえ》の銅貨《どうか》だけを数《かぞ》えたり、ながめたりしていました。 「あぶない。」と、西田《にしだ》が、思《おも》わず、いったときです。ばかは、馬《うま》の顔《かお》に自分《じぶん》の顔《かお》を打《う》ちつけました。 「ひゃっ!」と、びっくりした彼《かれ》は、おどろいて顔《かお》を上《あ》げると、馬《うま》の大《おお》きな顔《かお》を見《み》たので、手《て》に持《も》っていた、銅貨《どうか》をばらばらと落《お》としました。  ガラガラと、そんなことに気《き》づかず、馬子《まご》は、馬《うま》を引《ひ》いていってしまいました。  その後《あと》で、ばかは、いっしょうけんめいに落《お》とした銅貨《どうか》をひろっていました。  すると、また、けたたましい音《おと》をたて、あちらから、オートバイが砂煙《すなけむり》を上《あ》げてやってきました。なんと思《おも》ったか、あわれな男《おとこ》は、拾《ひろ》った銅貨《どうか》をにぎって、逃《に》げるように、どこへとなくかけ出《だ》していきました。 「あ、は、は、は。」と、二人《ふたり》の少年《しょうねん》は、その有《あ》り様《さま》を見《み》て、笑《わら》わずにいられませんでした。  二人《ふたり》は、また写生《しゃせい》にとりかかって、しばらくは、それに余念《よねん》がなかったのです。 「西田《にしだ》くん、あすこに、光《ひか》るものが落《お》ちているね。」と、さっきばかの銅貨《どうか》を落《お》とした道《みち》の上《うえ》を、南《みなみ》が指《さ》したのでした。 「ああ、オートバイがきたので、あわてて、みんな拾《ひろ》わずにいったんだよ。」 「かわいそうだね。」 「きっと、さがしに、もどってくるだろう。」 「早《はや》くもどってくればいいが、知《し》らぬ人《ひと》が通《とお》ると拾《ひろ》ってしまうね。」 「もうすこし、ここにいて、あの銅貨《どうか》の番《ばん》をしていようや。」と、西田《にしだ》と南《みなみ》は、顔《かお》を見合《みあ》って笑《わら》いました。そのうちに、はたしてばかが、あちらから、道《みち》の上《うえ》を血眼《ちまなこ》になってさがしながらもどってきました。そして、落《お》ちていた銅貨《どうか》を見《み》つけると、飛《と》びつくようにひろって、喜《よろこ》んでほおにおしあてました。 「かわいそうにね。」と、二人《ふたり》の少年《しょうねん》は、白《しろ》い雲《くも》を見上《みあ》げながら、野原《のはら》をさったのであります。 底本:「定本小川未明童話全集 12」講談社    1977(昭和52)年10月10日第1刷発行    1982(昭和57)年9月10日第5刷発行 底本の親本:「赤土へ来る子供たち」文昭社    1940(昭和15)年8月 初出:「小学四年生」    1939(昭和14)年8月 ※表題は底本では、「写生《しゃせい》に出《で》かけた少年《しょうねん》」となっています。 入力:特定非営利活動法人はるかぜ 校正:酒井裕二 2017年5月20日作成 青空文庫作成ファイル: このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。