心の芽 小川未明 ------------------------------------------------------- 【テキスト中に現れる記号について】 《》:ルビ (例)日《ひ》 |:ルビの付く文字列の始まりを特定する記号 (例)一|時的《じてき》 -------------------------------------------------------  ある日《ひ》、どこからか、きれいな鳥《とり》が飛《と》んできて、木《き》にとまりました。腹《はら》のあたりは黄色《きいろ》く、頭《あたま》が紅《あか》く、長《なが》い尾《お》がありました。野鳥《やちょう》のように、すばしこくなく、人間《にんげん》になれているらしく見《み》えるのは、たぶん飼《か》われていたのが、かごを逃《に》げ出《だ》したのかもしれません。  みんなが、大騒《おおさわ》ぎをしました。大人《おとな》も、子供《こども》も、どうしたら捕《と》らえられようかと、木《き》の近《ちか》くへ集《あつ》まりました。正吉《しょうきち》は、胸《むね》がどきどきして、自分《じぶん》が捕《と》らえようと、心《こころ》にきめると、みんなにむかって、 「あの鳥《とり》は、おれのものだ。わあわあいっちゃいけない。」といって、彼《かれ》は、すぐ鳥《とり》のとまっているかきの木《き》に登《のぼ》りはじめました。  鳥《とり》は、そんなことにまったく気《き》づかず、さものんきそうに、あちこちと景色《けしき》をながめていました。見《み》ている人《ひと》たちの中《なか》には、うまくつかまればいいがと思《おも》ったり、あるいは、早《はや》く逃《に》げればいいのにと思《おも》ったり、てんでになにか考《かんが》えていたであろうが、とにかくだまって、正吉《しょうきち》のすることを見《み》まもっていたのです。  正吉《しょうきち》は、木《き》の幹《みき》の蔭《かげ》で、なるたけ自分《じぶん》のからだを隠《かく》すようにして、音《おと》をたてずに、ねこがねずみをねらうときのようすそっくりで、すこしずつ鳥《とり》にしのびよって、もう一息《ひといき》というところまで達《たっ》しました。そこで考《かんが》えていた彼《かれ》は、おそるおそる手《て》をさしのべたのでした。 「うまくいったぞ!」と、見《み》ている人《ひと》の中《なか》から、いったものもあります。  しかし、あまり鳥《とり》が美《うつく》しいので、つかまえる手《て》がにぶったか、指先《ゆびさき》が、尾《お》にふれんとした瞬間《しゅんかん》、急《きゅう》に鳥《とり》は、おどろいて飛《と》び立《た》ちました。そのとき、正吉《しょうきち》のからだも、いっしょに木《き》からはなれて、空《くう》でもんどり打《う》ち、地上《ちじょう》へと落《お》ちました。 「鳥《とり》には羽《はね》があるが、人間《にんげん》にはないものを、なんで、手《て》づかみができるものか。」と、こんどは、見《み》ていた人々《ひとびと》は、口々《くちぐち》にののしりながら、気《き》を失《うしな》った子供《こども》のところへ駆《か》けつけました。そして、だき起《お》こして介抱《かいほう》するやら、親《おや》たちを呼《よ》びにいくやら、あわてふためいたのであります。  この村《むら》には、専門《せんもん》の医者《いしゃ》がありませんでした。内科《ないか》と外科《げか》を兼《か》ねた頼《たよ》りげないものしかなかったので、治療《ちりょう》にも無理《むり》があったか、正吉《しょうきち》の折《お》れた右脚《みぎあし》は、ついにもとのごとく、伸《の》びずにしまいました。それから、不具《かたわ》となった少年《しょうねん》は、友《とも》だちからばかにされたり、わらわれたりしたのであります。  彼《かれ》は、ろくろく学校《がっこう》へもいかず、早《はや》くから、町《まち》の縫《ぬ》い箔屋《はくや》へ弟子入《でしい》りして、手仕事《てしごと》をおぼえさせられたのでした。生《う》まれつき器用《きよう》の正吉《しょうきち》は、よく針《はり》をはこびました。 「正吉《しょうきち》、この金紗《きんしゃ》の羽織《はおり》は、仕損《しそん》じぬよう、念《ねん》を入《い》れてしなよ。」というように、主人《しゅじん》は、注意《ちゅうい》しながらも、上等《じょうとう》のむつかしい品《しな》をば選《えら》んで、彼《かれ》に扱《あつか》わせるようにしました。そして、でき上《あ》がりを見《み》て、いつもほめたものです。  だから彼《かれ》は、いつからともなく、ほかの弟子《でし》たちを抜《ぬ》いて、仕事《しごと》の上《うえ》では、主人《しゅじん》の代《か》わりをしていました。この店《みせ》は、町《まち》で古《ふる》くからの縫《ぬ》い箔屋《はくや》だったので、金持《かねも》ちの得意《とくい》が多《おお》く、また遠《とお》くからも、註文《ちゅうもん》を受《う》けていました。  しかし、なんによらず、世《よ》の中《なか》のことは、いつも同《おな》じような調子《ちょうし》でいくものではありません。いろいろの関係《かんけい》から、たえず変化《へんか》していくものです。これまでも、新《あたら》しい器械《きかい》が発明《はつめい》されたとか、新《あたら》しい思想《しそう》が流行《りゅうこう》するとか、また、戦争《せんそう》などということがあって、栄《さか》えた職業《しょくぎょう》が、急《きゅう》に衰微《すいび》したり、また反対《はんたい》に衰微《すいび》していたものが、復興《ふっこう》する例《れい》は少《すく》なくなかったのです。  こんどの世界戦争《せかいせんそう》は、我《わ》が国《くに》のすべての産業《さんぎょう》に革命《かくめい》をもたらしました、縫《ぬ》い箔屋《はくや》という商売《しょうばい》が、たとえ一|時的《じてき》にせよ、まったく衰《おとろ》える状態《じょうたい》となり、この店《みせ》もついに閉店《へいてん》して、転業《てんぎょう》を余儀《よぎ》なくされたのでした。  ここにいた、若《わか》い、健康《けんこう》な男女《だんじょ》は、それぞれ工場《こうじょう》へいき、活溌《かっぱつ》に働《はたら》いたのですが、正吉《しょうきち》は、それらの人《ひと》たちと同《おな》じことはできず、ある電気工場《でんきこうじょう》へ勤《つと》めて、体力《たいりょく》にふさわしい仕事《しごと》として、ニクロム線《せん》を巻《ま》いたり、鉄板《てっぱん》のさびを落《お》としたりしていたのであります。  ある休《やす》みの日《ひ》に、正吉《しょうきち》は、前《まえ》に奉公《ほうこう》していた、縫《ぬ》い箔屋《はくや》を訪《たず》ねました。主人《しゅじん》は喜《よろこ》んで迎《むか》えてくれました。主人《しゅじん》も、まだ老人《ろうじん》とはいえぬながら、もはや工場《こうじょう》へいって働《はたら》ける年《とし》ではなく、さればといって、ぼんやり、その日《ひ》を暮《く》らす気《き》にもなれず当惑《とうわく》していると、ちょうど総選挙前《そうせんきょまえ》で、筆耕《ひっこう》をたのむものがあって、そんなことをしているのでした。 「すこしの間《あいだ》に、世間《せけん》もだいぶ変《か》わったものだな。」と、主人《しゅじん》は、いまさらのように、腕《うで》を組《く》んでいいました。 「はい。」と、正吉《しょうきち》は、答《こた》えました。 「こんどから、おまえにも選挙権《せんきょけん》があるんだね。りっぱな人間《にんげん》一|人前《にんまえ》になれたというものだ。だから、貴《とうと》い権利《けんり》をむだにしてはいけないよ。」 「はい。」 「考《かんが》えてごらん、これまで私《わたし》たちの代表《だいひょう》として選《えら》んだ代議士《だいぎし》が、ほんとうに、私《わたし》たちの身《み》の上《うえ》を思《おも》ってくれたといえるかい。いいかげんな約束《やくそく》をして、民衆《みんしゅう》を踏《ふ》み台《だい》にし、ただ当選《とうせん》すれば、いいとしたのだ。そして、いよいよ権力《けんりょく》を持《も》つと、自分《じぶん》たちの都合《つごう》ばかり考《かんが》えて、大衆《たいしゅう》は捨《す》てられてきたのだ。」 「はい。」 「むつかしいことをいうようだが、わかるだろうね。」と、主人《しゅじん》は、念《ねん》をおしました。 「深《ふか》いことはわかりませんが、意味《いみ》はわかります。」と、正吉《しょうきち》は、返事《へんじ》をしました。 「それは、選《えら》んだものにも罪《つみ》があったんだよ。人《ひと》を見《み》る目《め》がなかったのだ。ただ、空宣伝《からせんでん》におどらされたり、山師《やまし》のようなものにあやつられたからだ。これからは、だまされてはいけないし、強《つよ》くならなければならん。そして、真《しん》に、自分《じぶん》たちのためになり、力《ちから》のないものの味方《みかた》になる、正《ただ》しい人間《にんげん》を選挙《せんきょ》するのだ。いままでは、そういうあたりまえのことすらできなかったが、いよいよそれができる、自由《じゆう》な時代《じだい》になったのを、知《し》っているね。」 「はい、自由主義《じゆうしゅぎ》の時代《じだい》でしょう。」 「そうだ、自分《じぶん》が正《ただ》しいと信《しん》じたとおりにする、それがなにより貴《とうと》いことなのだよ。」 「わかりました。それには、自分《じぶん》がもっと正《ただ》しく、強《つよ》いりっぱな人間《にんげん》となるんですね。」 「そう、そう、前《まえ》からだれにも、人間《にんげん》平等《びょうどう》の権利《けんり》はあったのさ。それを無智《むち》と卑屈《ひくつ》のため、自《みずか》ら放棄《ほうき》して、権力《けんりょく》や、金銭《きんせん》の前《まえ》に、奴隷《どれい》となってきたのだ。」 「親方《おやかた》、私《わたし》たちは、いままで、自分《じぶん》というものをよく考《かんが》えなかったんですね。」 「それだから、気力《きりょく》も、勇気《ゆうき》もなかったのだ。」 「金《かね》とか、学問《がくもん》とかいうことより、なによりみんなが正《ただ》しい考《かんが》えをもつ人間《にんげん》となることが大切《たいせつ》なんですね。」 「それが民主主義《みんしゅしゅぎ》なんだよ。」  こうして、正吉《しょうきち》は、前《まえ》の主人《しゅじん》から、勇気《ゆうき》づけられて帰《かえ》りました。それから、ひまがあれば、選挙候補者《せんきょこうほしゃ》の演説《えんぜつ》を聞《き》き歩《ある》くことにしました。選《えら》ぶには、まず、その人《ひと》を知《し》らなければならぬからです。まだ世《よ》の中《なか》のほこりに汚《けが》されぬ若者《わかもの》の感覚《かんかく》は、何人《ひとびと》が心《こころ》にもないうそをいったり、あるいは、飾《かざ》らず真実《しんじつ》を語《かた》るか、また謙遜《けんそん》であって、信用《しんよう》するに足《た》りるか、どうかということを、目《め》で見《み》わけ、耳《みみ》で聞《き》きわけたのでした。そして、ごまかしの誘惑《ゆうわく》や、一|時《じ》の宣伝《せんでん》にとりことなるのを警戒《けいかい》し、自己《じこ》の信《しん》ずる人《ひと》に投票《とうひょう》しようとしたのであります。  そうするうちに、いよいよ選挙日《せんきょび》となりました。おりしも、春《はる》のいい季節《きせつ》であって、正吉《しょうきち》らの投票場《とうひょうじょう》は、近《ちか》くの小学校《しょうがっこう》にきめられました。彼《かれ》は、午前《ごぜん》のうちに出《で》かけ、多《おお》くの人《ひと》たちとともに、列《れつ》をつくって並《なら》んだが、その長《なが》い列《れつ》は、えんえんとして、さながら長蛇《ちょうだ》のごとく、運動場《うんどうじょう》の内側《うちがわ》を幾巡《いくめぐ》りもしたのであります。  大空《おおぞら》の雲《くも》の色《いろ》は、柔《やわ》らかに、吹《ふ》く風《かぜ》も暖《あたた》かでした。どこからか、きりの花《はな》の甘《あま》い香《にお》いが流《なが》れてきました。あちらにある物置《ものおき》の軒端《のきば》へ、すずめが巣《す》を造《つく》るとみえ、たえず往来《おうらい》していたが、飛《と》んでくるすずめは、わらくずや、糸《いと》きれのようなものを食《た》べていて、彼《かれ》らは、壁板《かべいた》の壊《こわ》れた穴《あな》から、出《で》たり、はいったりしていました。 「もう、田舎《いなか》も春《はる》だろうな。」と、正吉《しょうきち》は、紫色《むらさきいろ》を帯《お》びて、かすみたつ空《そら》を仰《あお》ぎました。考《かんが》えるともなく、子供《こども》の時分《じぶん》が、頭《あたま》の中《なか》へよみがえったのであります。  かげろうの上《のぼ》る、かがやかしい田畑《たはた》や、若草《わかくさ》の芽《め》ぐむ往来《おうらい》や、隣家《りんか》の垣根《かきね》に咲《さ》く桃《もも》の花《はな》や、いろいろの景色《けしき》が浮《う》かんで、なつかしい思《おも》い出《で》にふけると、あのきれいな鳥《とり》が田圃《たんぼ》の中《なか》のかきの木《き》にきて止《と》まったのが、まだ昨日《きのう》のことであるように、いきいきと思《おも》い返《かえ》されるのです。 「あの後《のち》は、町《まち》の鳥屋《とりや》でも、あんな鳥《とり》を二|度《ど》と見《み》たことがない。なんという名《な》の鳥《とり》だったろうな。」  彼《かれ》は、いまでも世界《せかい》のどこかに、同《おな》じ鳥《とり》がすんでいるだろうとは思《おも》いながら、なんとなしに、またと見《み》られぬようなはかなさを感《かん》ずるのでした。そして、そのため自分《じぶん》は木《き》から落《お》ち、びっことなったにかかわらず、その苦痛《くつう》は忘《わす》れられて、ただ美《うつく》しい鳥《とり》に対《たい》し、限《かぎ》りないいとしさと悲《かな》しみがつのるばかりでした。 「あのとき、もち棒《ぼう》があれば、とれたかもしれぬ。」  くちおしく思《おも》うけれども、また、子供《こども》の時分《じぶん》のことで、よく飼《か》い方《かた》も知《し》らぬから、殺《ころ》せばかわいそうだったとも考《かんが》え、かえって逃《に》げたのを喜《よろこ》ぶ心《こころ》にもなるのでした。彼《かれ》は、しばらく列《れつ》の中《なか》に立《た》ちながら、夢《ゆめ》を見《み》る気《き》で空想《くうそう》をつづけると、ふいに、空《そら》から、ひらひらと、花《はな》びらの落《お》ちるように、一ぴきの黒《くろ》いちょうが降《お》りて、そばの砂《すな》の上《うえ》で体《からだ》を休《やす》めたのです。 「花《はな》のない、人間《にんげん》ばかりのところへ、どうして、ちょうが、飛《と》んできたのか。」  自然界《しぜんかい》には、想像《そうぞう》もつかぬようなことがあるものだと思《おも》いました。正吉《しょうきち》は、いまでは子供《こども》のときとちがって、めずらしいからといって、すぐ手《て》を出《だ》して、捕《と》らえようとはしませんでした。そのかわり、おちついて、色《いろ》や、姿《すがた》をよく観察《かんさつ》する機会《きかい》を与《あた》えられたのを喜《よろこ》び、ちょうの羽《はね》についている模様《もよう》まで、つくづくとながめたのでした。 「なんという、不思議《ふしぎ》な、きれいなものだろう。神《かみ》さまの力《ちから》ででもなければ、つくれぬものだ。」  一ぴきの虫《むし》でさえ、子細《しさい》に見《み》れば、見《み》るほど美《うつく》しいのを知《し》りました。はじめて、それに気《き》がつくと、雲《くも》も、花《はな》も、すべてがおどろくばかり美《うつく》しかったのであります。 「いいな、自然《しぜん》は!」と、彼《かれ》は、眠《ねむ》りから目《め》がさめたごとく、感嘆《かんたん》しました。  ひとり自然《しぜん》が美《うつく》しいばかりでなかった。こうして、見《み》、考《かんが》え、喜《よろこ》び、希望《きぼう》をもつ、人間《にんげん》がまた偉大《いだい》であり、貴《とうと》い存在《そんざい》であるのを知《し》りました。さらに、人間《にんげん》の一人《ひとり》である、自分《じぶん》が尊《とうと》いものであるのを知《し》ったのです。  正吉《しょうきち》は、選挙《せんきょ》に一|票《ぴょう》を投《とう》じてから、社会人《しゃかいじん》になれたという、強《つよ》い自覚《じかく》をもつと同時《どうじ》に、自然《しぜん》の観察《かんさつ》から、また仕事《しごと》のうえにも大《だい》なる自信《じしん》を得《え》ました。 「おれのいままでの仕事《しごと》は、みんなうそだったぞ。」  彼《かれ》は、自分《じぶん》の部屋《へや》へもどると、大声《おおごえ》で叫《さけ》んだのです。そして、考《かんが》えたのでした。  田舎《いなか》から、町《まち》へ出《で》て、縫《ぬ》い箔屋《はくや》へ弟子入《でしい》りをして、そして、習《なら》った細工《さいく》は、すべて魂《たましい》の入《はい》らない、ごまかしものだった。たとえば、帯《おび》や、羽織《はおり》や、着物《きもの》にしろ、刺繍《ししゅう》をしてでき上《あ》がった、花《はな》や、ちょうや、鳥《とり》は、ただひな形《がた》に似《に》せたのであり、絵本《えほん》から写《うつ》したものであるから、死《し》んでいて、生《い》きている姿《すがた》でなかった。そればかりでなく、品物《しなもの》の使《つか》い道《みち》がまた死《し》んでいた。というのは、金持《かねも》ちの奥《おく》さまや、令嬢《れいじょう》がたが着《き》るためであって、ただそうしたおしゃれの人《ひと》たちの虚栄心《きょえいしん》を満足《まんぞく》させるに役立《やくだ》つだけだった。そう思《おも》うと、たとえ自分《じぶん》の芸《げい》は未熟《みじゅく》ながら、考《かんが》えずにいられようか、平常《ふだん》はたんすや、行李《こうり》の中《なか》へしまいこまれて、お気《き》にいらなければ、そのまま虫《むし》にくわれ、永久《えいきゅう》に捨《す》てられるのである。だれしもそうと知《し》れば、良心《りょうしん》のあるかぎり、自分《じぶん》の仕事《しごと》に対《たい》して、あわれみと恥《は》ずかしさを感《かん》ずるであろう。  つつましやかなる自然《しぜん》は、正吉《しょうきち》にふたたび、子供《こども》の時分《じぶん》のまじり気《け》ない無邪気《むじゃき》さと、勇気《ゆうき》を呼《よ》びもどしたのでした。それは、正《ただ》しく生《い》きようと希《ねが》う人間《にんげん》のもつ、りっぱな精神《せいしん》でありました。 「おれは、自分《じぶん》のもてる能力《のうりょく》が、たとえわずかばかりにせよ、これを発揮《はっき》して、世《よ》の中《なか》の人々《ひとびと》のために、役立《やくだ》てよう。」  ふとしたことが、彼《かれ》の体《からだ》に長《なが》い間《あいだ》宿《やど》り、眠《ねむ》っていた正義心《せいぎしん》と、芸術心《げいじゅつしん》の芽《め》を、いっしょにめざめさせたのでした。  その後《ご》、彼《かれ》の描《えが》いた、さまざまの水彩画《すいさいが》や、鉛筆画《えんぴつが》が、工場《こうじょう》の壁《かべ》にはられました。  そして、素直《すなお》で特色《とくしょく》豊《ゆた》かな絵《え》は、多《おお》くの工員《こういん》たちの間《あいだ》に人気《にんき》を呼《よ》びました。なぜなら、疲《つか》れたものの精神《せいしん》にあこがれと朗《ほが》らかさをあたえることによって、彼《かれ》らを慰《なぐさ》めたからであります。 底本:「定本小川未明童話全集 13」講談社    1977(昭和52)年11月10日第1刷発行    1983(昭和58)年1月19日第5刷発行 底本の親本:「心の芽」文寿堂出版株式会社    1948(昭和23)年10月 初出:「少国民の友 22巻11号」    1946(昭和21)年2月 ※表題は底本では、「心《こころ》の芽《め》」となっています。 入力:特定非営利活動法人はるかぜ 校正:酒井裕二 2017年10月25日作成 青空文庫作成ファイル: このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。