かねも 戦地へ いきました 小川未明 ------------------------------------------------------- 【テキスト中に現れる記号について】 《》:ルビ (例)大《おお》きな |:ルビの付く文字列の始まりを特定する記号 (例)百|年《ねん》 [#]:入力者注 主に外字の説明や、傍点の位置の指定 (例)[#7字下げ] ------------------------------------------------------- [#7字下げ]一[#「一」は中見出し]  おてらの けいだいに 大《おお》きな さくらの 木《き》が ありました。ことしも つぼみが たくさん ついて、もう ふくらみかけました。かみさまは、いろいろの 木《き》たちに、こう して 年《ねん》に 一ど、花《はな》を さかして、この よの中《なか》の ありさまを みせて くださるのでした。  さくらの 木《き》の かたわらに、ふるい かねつきどうが ありました。そこには、むかしからの 青《あお》さびの した かねが、さがって いました。花《はな》は だれよりも はじめに、かねに あいさつを し、それから かわいい はとに、また すこし はなれて たって いる すぎの 木《き》に、こえを かけようと おもいました。風《かぜ》は あたたかく、日《ひ》は うららかに てって、いい お天気《てんき》で ありました。  ちょうど その とき、 「まあ、花《はな》さん、いい ときに おひらきですね。きのうまで、雨《あめ》が ふりつづきましたが、きょうは こんなに よく はれて、あなたは おしあわせです。」 と いった ものが あります。  こえの する ほうを みると、やねの 上《うえ》の かわらで ありました。 「かわらさんも、おたっしゃで けっこうです。」 と、花《はな》は にっこり わらいました。どう した ことか、どうに さがって いる かねが みえないのです。花《はな》は びっくりして、じぶんの 目《め》を うたがいました。 「これは、ふしぎな ことだ。」  さくらの 木《き》が、まだ 小《ちい》さくて 花《はな》の さかなかった まえ、その また ずっと まえから、かねは ここに かかって いたのでした。そして、むかしから、おもしろい こと、かなしい こと、めずらしい こと、いろいろの ことを みて、しって いるので、花《はな》に はなして きかせて くれた ものです。  かねは おだやかな ちょうしで、 「なにしろ わたしは、この てらの たちはじめから いるのですもの、ここの ことは、なにひとつ しらぬ ことは ありません。これから また いく百|年《ねん》、あなたが かれて しまって、あなたの 子《こ》どもさんや おまごさんの じだいに なっても、たぶん わたしだけは、ここに いると おもいますよ。そうしたら わたしは、あなたが うつくしかった こと、えだぶりが よくて きれいな 花《はな》で あった こと、おてらへ おまいりを する 人《ひと》たちが、みんな ほめた ことを、子《こ》どもさんや おまごさんに かたって きかせましょう。」 と いったのでした。  その とき 花《はな》は、かねの いう とおりだろうと おもいました。いま その かねは、どこへ いったのであろう。しばらく 花《はな》は、からっぽに なった かねつきどうを のぞいて いましたが、とうとう やねの かわらに むかって、 「かねさんの すがたが みえませんが。」 と たずねました。  やねの かわらも、ここで ながい あいだ、雨《あめ》に さらされ、風《かぜ》に ふかれて、年《とし》をとり、わかい ころの げんきは なかったけれど、まだ なかなか 気《き》が しっかりして いました。かわらは、花《はな》を みつめて、 「あなたが ごぞんじないのも むりは ありません。きょねんの 秋《あき》の こと、かねさんは おめしを いただいて、いくさに いきました。」 「まあ、どちらの ほうで ございますか。」 「それは わかりませんね。ただ ごほうこうに あがるからは、二どと かえらないと いいました。」 と、かわらは かたりました。 「そうでしたか。」  花《はな》は、あの ゆったりと して なつかしい かねの すがたを おもいだして、かんがえて いました。  すると、すぎさった 春《はる》の ことが 目《め》に うかんで きました。なんでも おひがんで、おてらの にぎやかな 日《ひ》でした。 「あれ、ごらんなさい。かみしばいの まわりに、あんなに 子《こ》どもが あつまって いますこと。」 と、花《はな》が いうと、 「花《はな》さん、むかしは のぞきと いって、ひとりが めがねを のぞいて、せんそうや おとぎばなしの えを みながら、ものがたりを きいた ものですよ。」 と、かねが いいました。 「からくりなら、わたしの 子《こ》どもの ときでも ありました。」 「それは そうと、せんそうが はじまってから、ふうせんを うる おじいさんが みえませんね。」 「ゴムが いりように なって、おもちゃを つくらなく なったのですよ。」 と、かねが おしえました。 「あなたは、なんでも よく ごぞんじですが、わたしは、春《はる》の わずか 十日《とおか》かんばかりしか この よの中《なか》を みる ことが できません。」 と、花《はな》は かねを うらやみました。 [#7字下げ]二[#「二」は中見出し]  また その とき、かねは いいました。  まい日《にち》、あさ、ひる、ばん、ときを しらせるのが、わたしの つとめです。わたしは、つとめを だいじと おもい、できるだけ うなりますから、とおくまで きこえます。田《た》や はたけで はたらく 人《ひと》は もとより、しごとばで しごとを する 人《ひと》たちも、みんな わたしの なり音《ね》を きくと、耳《みみ》を すまします。 「おてらの かねが なるな。」 と おもう ことでしょう。  おてらの やねで あそんで いる はとも、すずめも、また わたしの なり音《ね》を よろこんで きいて くれます。こうした へいわな 日《ひ》が、どれほど ながく これまで つづいたか しれません。  わたしの 目《め》の 下《した》で、あそんだ 町《まち》の 子《こ》どもたちは、いつしか 大《おお》きく なって、りっぱな あるじに なりました。女《おんな》の 子《こ》は、およめさんに なって、おみせで はたらきました。そして その人《ひと》たちは、いつの まにか 年《とし》を とって、おじいさんや おばあさんと なりました。 「あれ、あすこを ごらんなさい。つえを ついて いく おばあさんが ありましょう。あの人《ひと》も、おさげの じぶん、この かねつきどうに きて、おともだちと いっしょに あそんだ ものです。」  さくらの 花《はな》が その ほうを みると、しき石《いし》みちを あるく おばあさんが ありました。おばあさんは むかしを おもいだしたか、つえを とめて、かねつきどうを ながめて いました。  これは きょねん、花《はな》が、かねから きいた はなしでしたが、いま その かねは どこへ いったか、まったく すがたが みられません。  さくらの 花《はな》が やねがわらに むかって、 「かねさんの いく先《さき》が おわかりなければ、せめて 出征《しゅっせい》なされた 日《ひ》の ようすを おきかせくださいませんか。」 と たのみました。 「ああ、その ときの ようすですか。」 と、やねがわらは はなしを つづけました。 「いよいよ かねさんが、この どうから おろされて、出征《しゅっせい》なさる 日《ひ》には、在郷軍人《ざいごうぐんじん》や、ふじんかいの 人《ひと》たちが きましたし、また、こくみん学校《がっこう》の せいとたちも きました。おてらは、おまつりのように にぎやかでした。ひげの 白《しろ》い おじいさんが かねに むかって、 『ながい あいだ わたしどもは、まい日《にち》 おせわに なりまして ありがとう ございました。どうか こんどは てっぽうの たまと なって、わるい てきの じんやに とびこみ、おくにの ために はたらいて ください。』 と、あたまを さげました。  すると、みんなが いっしょに あたまを さげました。そして『武運長久《ぶうんちょうきゅう》』と かいた 赤《あか》い たすきを かねさんに かけて、まるで 出征軍人《しゅっせいぐんじん》のように うやうやしく とりあつかいました。また かねさんを のせた 車《くるま》にも、赤《あか》 白《しろ》 たくさんの はたが たてられ、それには『大日本《だいにっぽん》ばんざい。』『にくき 敵《てき》 米英《べいえい》を うちほろぼせ。』などと かいて ありました。まったく めいよの ことです。かねさんは たえず にこにこして いました。いざ おわかれと いう とき、みんなが 『ばんざい。』を さけびました。わたしたちさえ あつい なみだが わいて きました。」  こんな はなしを やねがわらから ききながら、さくらの 花《はな》は、じぶんは ちる ときには いつでも いさぎよく ちる やまとごころを もつ ことを、ほこらしく かんじたのです。  この とき、あちらから はしって くる 小《ちい》さな 足音《あしおと》が しました。それは 勇《ゆう》ちゃんと あや子《こ》さんでした。 「ほら ごらんなさい。あんなに さくらが さいたでしょう。」 「ぼく きのう みた ときは、まだ さかなかったのだよ。」 「どこで しゃせいしましょうか。」 「いい ところが ないね。」 「わたし、この 石《いし》の 上《うえ》で かくわ。」 「ぼく、かねつきどうを かこうかな。」 「かねが なくて おかしいわね。」  ふたりは、ならんで クレヨンを とりだして、学校《がっこう》へ もって いく ずがを うまく かこうと いきごみました。  花《はな》も かわらも、おしゃべりを やめて、よく かいて もらおうと まじめな かおつきに なりました。 [#7字下げ]三[#「三」は中見出し]  ふたりは だまって えを かいて いました。あや子《こ》さんは、勇《ゆう》ちゃんの えを みて、 「ももの 花《はな》?」 と ききました。 「さくらの 花《はな》だよ。」 と 勇《ゆう》ちゃんは、おこりごえで こたえました。 「あんまり 赤《あか》く して、ももの 花《はな》みたいだわ。」  勇《ゆう》ちゃんは、もっと うすく かけば よかったと おもいました。 「あや子《こ》さん、やねに とまって いるのは からす?」 と、こんど 勇《ゆう》ちゃんが あや子《こ》さんの えを みて ききました。 「あら、はとよ。」 と、あや子《こ》さんは、目《め》を まるく しました。 「だって、からすみたいだ。」 と、勇《ゆう》ちゃんは いいました。あや子《こ》さんは、はとが 大《おお》きかったと おもいました。 「でも さくらの 花《はな》は、よく かけたでしょう。」 と、あや子《こ》さんは いいました。  この とき うしろから こえを かけた ものが あります。 「なにを して いるの。」  ふたりは ふりむくと、たっちゃんです。たっちゃんは、教練服《きょうれんふく》を きて せんとうぼうを かぶって いました。 「いま かえるの。」 と、勇《ゆう》ちゃんが いいました。 「もう さくらの 花《はな》が さいたね。」 と、たつぞうさんは、上《うえ》を みました。 「ぼくたち、しゃせいを して いるの。」 「学校《がっこう》へ だすのよ。」 「もう くらく なるじゃ ないか。」 「きょうは、うまく かけなかったから、また あした かこうよ。」  三|人《にん》は、おうちの ほうへ あるきだしました。あちらの 空《そら》が 赤《あか》く みえます。 「たっちゃん、出征《しゅっせい》した かねは、どこへ いったろう。」 と、あや子《こ》さんが ききました。 「こうじょうへ おくられて、てっぽうの たまや ひこうきの はねに なって、戦地《せんち》へ いくのさ。」 「もう かえって こないから、かわいそうね。」 「かわいそうなもんか。めいよだもの。よろこんで いるよ。」 と、たつぞうさんは いいました。 「おてらの かねも、うまれかわって、ひこうきに なったかも しれない。」 「きっと ひこうきに なったろう。」 「だから かねは、よろこんで かねつきどうを でて いったわ。」 「ひこうきに のって、あちらの 空《そら》へ とんで いけば、まだ 日《ひ》の あたって いる きれいな 町《まち》が ありそうだ。」 と、勇《ゆう》ちゃんが いいました。  たつぞうさんは、かた手《て》に おべんとうばこを かかえ、かた手《て》を ズボンの かくしに いれて いました。 「勇《ゆう》ちゃんは しらない。あっちは 満洲《まんしゅう》だよ。」 「満洲《まんしゅう》は あっちなの。」 「いまごろ、白《はっ》けいロシヤの 人《ひと》たちは、きょうかいどうへ いって、かねを ならし、おいのりを して いるだろう。そして 満洲《まんしゅう》の 子《こ》どもたちは、いぬと いっしょに やぎを おって、くさはらを かけて いるだろう。」 「たっちゃんは、どうして しって いるの。」 と、あや子《こ》さんが ききました。 「ぼく、えいがで みた。」 「いって みたいな。」 「ひこうきに のれば、せかいじゅう どこでも いけるさ。」 「ぼく ひこうかに なろうかな。」 「わたし 女《おんな》だから つまらないわ。」  たっちゃんは、にこにこ わらいながら、 「女《おんな》だって 男《おとこ》と かわらない。南《みなみ》の あつい しまで、へいたいさんと いっしょに ジャングルの 中《なか》を 進軍《しんぐん》して いるじゃ ないか。」 と いいました。 「そうね、わたしも 大《おお》きく なったら、かんごふさんに なろうかしら。」  三|人《にん》は、めいめい おうちへ わかれて かえる ところまで きました。 「ぼく そのうち、こうじょうの りょうへ はいるかも しれない。あしたは おやすみだから、あそびに おいでよ。」 と、たつぞうさんが いいました。 「あっちで とまるの。」 と、あや子《こ》さんが ききました。 「めったに かえらない。ぐんたいせいかつと おんなじだもの。」  ふたりは、あした あそびに いく やくそくを しました。 [#7字下げ]四[#「四」は中見出し]  たつぞうさんは、おとうさんと ふたりで くらして いました。小《ちい》さい ときに、おかあさんが、なくなられたからです。おとうさんは、こめやを して いられたが、こんど 転業《てんぎょう》なされて、こうじょうへ つとめるように なりました。そして たつぞうさんも、こくみん学校《がっこう》を そつぎょうすると、みならいに なりました。  あさ はやく ふたりは、おべんとうばこを かかえて、いえを でかけます。 「これから、まい日《にち》、いっしょに いかれて いいな。」 と、おとうさんが いいました。 「ぼく、りょうへ はいれば、いっしょに いかなく なるね。」 と、たつぞうさんが こたえました。 「その かわり、りょうへ はいれば、べんきょうが できて いいだろう。」 「おとうさん、ぼく りっぱな 少年工《しょうねんこう》に なるよ。」 「おお、よく 上《うえ》の かたの おっしゃる ことを きいて、せいを だすのだぞ。」 「だい一せんに たつ つもりで いる。」 「それが じぶんの ためでも あれば、また おくにへ つくす ことにも なるのだ。」  ちちと 子《こ》は、こんな ことを はなしながら みちを あるきました。  その るすに、やどなしねこが、おうちへ はいりこんで きました。この ねこは、ちかい うちに 赤《あか》ちゃんを うむのでした。  ある 日《ひ》、どまに おいて あった あきばこの 中《なか》へ、ねこは、赤《あか》ちゃんを うみました。ばんがた かえって きた おとうさんと たつぞうさんは、これを みて びっくりしました。 「こんな ところへ、ねこが 子《こ》を うんで こまったなあ。」 「どこかへ すてようか。」 「いや、ここが あんしんと おもって、うんだのだ。こう して おいて やろう。」 と、おとうさんが いわれました。 「どこから おうちへ はいったろう。」 「二かいの まどを しめわすれて おかなかったか。」 と、おとうさんは きかれました。 「あっ、そうだ。」  おとうさんは、いり口《ぐち》の ガラスを 一まい はずして おいて、るすでも ねこの でいりが できるように して やりました。  しかし ははねこは、もっと いい ばしょが、ないかと おもったのでしょう。やっと 目《め》の あいたばかりの 子《こ》ねこを くわえて、ほうぼうを あるく うちに、あとの 子《こ》どもを なくし、ただ 一ぴき くわえて、また もとの あきばこへ もどりました。 「きょう、勇《ゆう》ちゃんと あや子《こ》さんが、あそびに くると いったがなあ。」 と あくる あさ、たつぞうさんは おもって いると、 「たっちゃん、あそびに きたよ。」 と、ふたりが はいって きました。 「このあいだ、はいきゅうの あんパンを ほとけさまに あげて おいたら、この ははねこが、しらぬ まに はいって きて、一つ さらって いって しまったのよ。」 と いいました。 「のらねこの くせが ついて いるので こまった やつだ。」 と、たつぞうさんが いいました。 「おちちを すわれて、おなかが すくからだろう。」 と、勇《ゆう》ちゃんが いいました。 「あさ ごはんを やって いくのだよ。」 「三びき、うんだのでしょう。」 「二ひき、どこへ いったか、かわいそうになあ。」 と、たつぞうさんが いいました。 「だれか、この ねこを、もらって くれない。」 「ははねこと 子《こ》ねこと 二ひき?」 「子《こ》ねこだけさ。」 「あたし、おかあさんに きいて みるわ。いいと おっしゃったら いただきに くるわ。」  ひるすぎでした。あや子《こ》さんは、おさかなの ほしたのを かみに つつんで、たつぞうさんの おうちへ きました。 [#7字下げ]五[#「五」は中見出し] 「ねこの 子《こ》を、もらいに きたわ。この おさかなを、ははねこに あげて ください。」 と いいました。  りこうの ははねこは 子《こ》どもが もらわれて いくのを さとったのでしょう。子《こ》ねこを なめて、わかれを おしみました。 「しんぱいしなくても、いいんだよ。」 と、たつぞうさんが いいました。 「ちかいのだから、あそびに おいで。」 と、あや子《こ》さんも いいました。あや子《こ》さんは、ねこを かわいがりました。ねこの 毛《け》の いろが、白《しろ》と よもぎと、すこしばかり 赤《あか》が まじって いましたから、三毛《みけ》と 名《な》を つけました。 「あまり だくと、よわく なりますよ。」 と、おかあさんが おっしゃいました。けれど かわいくて、どうしても だかずに いられません。 「ねえ、おかあさん、三毛《みけ》が しんだら、わたし この かわで、えりまきを つくるわ。」 「そんなに、かわいければ つよく して おやりなさい。」 「ほんとうに そうね。」 と、あや子《こ》さんは、だきたい ときも、がまんを しました。しかし、勇《ゆう》ちゃんが あそびに くると、 「ねこ、どこへ いった。」 と さがして、だいたり じゃらしたり しました。  ある 日《ひ》、あや子《こ》さんは、三毛《みけ》を だいて、おともだちと、かねつきどうの 石《いし》だんに こしかけて いました。いつか しゃせいした、さくらの 木《き》の かげで、すずしく せみが、どこかで ないて いました。 「うちの 三毛《みけ》、きぶんが わるいのよ。」 「どうして。」 と、かね子《こ》さんが ききました。 「なにか わるい もの たべたらしいの。」  そこへ 勇《ゆう》ちゃんが 三りん車《しゃ》に のって、武《たけ》ちゃんや つとむさんたちと あそびに きました。 「あや子《こ》さん、ねこ、だかして おくれ。」 と、すぐに 勇《ゆう》ちゃんは 三りん車《しゃ》から とびおりました。 「だめ、三毛《みけ》、きぶんが わるいから。」 「いじわるだなあ。」 と、武《たけ》ちゃんは いいました。  みんなが 石《いし》だんに こしかけて、おはなしを しました。勇《ゆう》ちゃんは、すこしばかり だかしてと いうので、あや子さんが 三毛《みけ》を わたすと 勇《ゆう》ちゃんは いつものように からかいました。 「勇《ゆう》ちゃん、かまくらへ いった こと あって。」 と、あや子《こ》さんが ききました。  勇《ゆう》ちゃんは、ねこに 気《き》を とられて いるので、なにを きかれても、耳《みみ》に はいりません。 「わたし、いった ことが あるわ。」 と、かね子《こ》さんが いいました。 「おかんのんさまを おがんで?」 「おがんでよ。」 「おどうの 中《なか》が うすぐらくて、よく おかおが わからないのね。」 と、あや子《こ》さんが いいました。 「やさしい おかおと おもったわ。」 「おかあさんのように やさしい おかおよ。そして あや子《こ》さん、だいぶつきまを おがんで?」 「ええ、大《おお》きな だいぶつさまね。」  勇《ゆう》ちゃんは、こちらの はなしが おもしろそうなので、ねこを 武《たけ》ちゃんに わたしました。 「わたし、きれいな かいを ひろって きたわ。」 と、あや子《こ》さんが いいました。 「どんな かい。」 と、勇《ゆう》ちゃんが ききました。  あや子《こ》さんは、はやく みんなが、ねこを はなして くれれば いいと おもいました。  この とき 武《たけ》ちゃんが、 「ねこが、口《くち》から なにか だした。」 と いいました。 「だから、びょうきだと いったでしょう。」  みんなは おどろいて、ねこの そばへ よろうと しませんでした。  あや子《こ》さんは、すこしも きたながらずに、お口《くち》の まわりを きれいに ふいて、しずかに だいて やりました。 「わたしも、ねこを かわなければ、みんなのように きたないと おもうかも しれないわ。かんごふさんたちが、あつい ところ、さむい ところ、また たまの とぶ 中《なか》で はたらきなさるのは、こころから おくにを おもうからだ。」 と、あや子《こ》さんは おもいました。  三りん車《しゃ》に のって いた 勇《ゆう》ちゃんが、 「おてらの かねも、戦地《せんち》へ いった。ぼくの 三りん車《しゃ》も、戦地《せんち》へ いくと、いいな。」 と いいました。 「もう のらないの。」 と、つとむさんが ききました。 「あしたは、金《きん》ぞくおうしょう日《び》だろ。ぼく、こんど のる ときは、わかわしだ。」 と 勇《ゆう》ちゃんは、空《そら》を みあげて いいました。  かねつきどうの やねの かわらは、子《こ》どもたちの いう ことを、かんしんしながら きいて いました。 底本:「定本小川未明童話全集 16」講談社    1978(昭和53)年2月10日第1刷発行    1982(昭和57)年9月10日第5刷発行 底本の親本:「かねも戦地へ」中央出版    1944(昭和19)年9月 初出:「良い子の友」    1943(昭和18)年4〜8月 ※表題は底本では、「かねも 戦地《せんち》へ いきました」となっています。 ※初出時の表題は「カネモセンチヘイキマシタ」です。 ※底本の編者による脚注は省略しました。 入力:特定非営利活動法人はるかぜ 校正:笹平健一 2024年7月25日作成 青空文庫作成ファイル: このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(https://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。