うみぼうずと おひめさま 小川未明 ------------------------------------------------------- 【テキスト中に現れる記号について】 《》:ルビ (例)海《うみ》 |:ルビの付く文字列の始まりを特定する記号 (例)三|人《にん》 [#]:入力者注 主に外字の説明や、傍点の位置の指定 (例)[#7字下げ] ------------------------------------------------------- [#7字下げ]一[#「一」は中見出し]  うみぼうずは しょうたいの わからない おばけです。  まっくろな からだを して、海《うみ》の そこに すみ、きかんぼうずで わがままかってに ふるまって います。  だから、みんなから きらわれて います。なにか 気《き》に いらない ことが あると、あばれまわります。海《うみ》の 水《みず》を まきあげ、くろくもを おこし、つなみを たて、あたりを さわがせます。  さかなや、海《うみ》に すむ けものたちは、いきの ねを ひそめて、小《ちい》さく なります。もし そんな とき、ちょうど、ふねでも きかかろうものなら、たいへんです。 「やい、おれさまの いるのが わからぬか。」 と、うみぼうずは 大《おお》きな 手《て》で、ふねを たかく もちあげ、あっと いう まに、海《うみ》の そこに しずめて しまいます。けれど、だれも それを とめる ことが できません。 「また、むほうものの うみぼうずが さわぎだした。こまった ものですね。」 と、りゅうぐうの ごてんに すむ おひめさまは、まゆを おひそめに なりました。  大《おお》きな くじらまで、 「これは かなわん。」 と いって、どこかへ にげだしました。  たいや いかや いわしなどの 小《ちい》さい さかなたちは、なみに もまれて、目《め》を まわして いました。 「おひめさま、どうぞ おたすけください。」 と、ごもんの ところへ あつまりました。どんなに つよい かみさまも 手《て》が つけられないし、こういう ときは、やさしい おひめさまの お力《ちから》に たよるより ほかに、しかたの ないのを、よく しって いたからです。 「すこしの あいだ おまちなさい。」 と、おひめさまは おっしゃいました。  うみぼうずは、ところきらわず あばれまわった ものだから、だんだん つかれて きました。  この とき、どこからとも なく、いい おんがくが きこえて きました。 [#7字下げ]二[#「二」は中見出し] 「はてな。」 と、うみぼうずは、あたまを あげて あちらを みると、赤《あか》や 青《あお》の きものを きた むすめたちが、うつくしい おひめさまを とりまき、ふえを ふいたり たいこを たたいたり、また、おもしろい 手《て》つきで、おどって いるので ありました。  うみぼうずは いましがた じぶんが あばれたのを おひめさまたちに みられたのかと おもうと、きはずかしく なって じっとして いられず、くらい 海《うみ》の そこへ かくれて しまいました。  たちまち、くろくもが きえ、あらしが しずまって、空《そら》の いろが きれいな うすももいろに さえました。  町《まち》でも、おとなや 子《こ》どもたちが よろこびました。 「どうして こんな えらい あれが したんでしょう。」 と、たけちゃんが おばあさんに ききました。 「うみぼうずが あばれたんだよ。」 と、おばあさんは おっしゃいました。  そこへ、さんちゃんと きみこさんが あそびに きました。 「はしの ところへ いって みようよ。」 と、さんちゃんが いいました。 「きっと、大水《おおみず》よ。」 と、きみこさんが いいました。  三|人《にん》が はしまで くると、ゴロゴロと 音《おと》を たてて、水《みず》が くいに ぶつかりました。 「すごいな。」 と、さんちゃんが かたを いからせました。 「あんな ものが ながれて きた。なんでしょう。」 と、きみこさんが あちらを さしました。くろい まるい ものが、ぶかぶかと みえたり かくれたり して いました。 「うみぼうずで ないかしらん。」 と、たけちゃんが いいました。 「うみぼうずって なによ。」 と、きみこさんが ききました。 「海《うみ》に すんで いる あばれんぼうさ。」 と、たけちゃんは、おばあさんから きいた ことを はなしました。 「ごらんなさい。そんな ものじゃ ない。なにかの あきだるよ。」 と、きみこさんが わらいました。  あきだわらや、みかんの かわや、いろんな ものが ながれて きました。 「ぼくが 川《かわ》へ すてた おうま どう したろうな。」 と、たけちゃんが いいました。 [#7字下げ]三[#「三」は中見出し] 「きみの おうま どう したの。」 と、さんちゃんが ききました。 「ぼくの いらなく なった おもちゃだよ。」 と、たけちゃんは、小《ちい》さい とき もって あそんだ、足《あし》の とれた うまを ながしたと いいました。すると きみこさんも、 「わたしも いつか、おにんぎょうさんを すてたのよ。」 と いいました。 「みんな 海《うみ》へ ながれて いったろう。」 と、さんちゃんが いいました。 「海《うみ》へ いって どう したろうな。」 と、三|人《にん》は かんがえました。  こちらは、ひろい ひろい 海《うみ》で ありました。なかでも、うみぼうずの すんで いる 北《きた》の ほうの 海《うみ》は、青《あお》ぐろく ものすごい いろを して いました。そこには、うみへびや わにざめや しろくまや、しまの ある うみうまなどが すんで いました。  そして、これらの けものたちは、うみぼうずの けらいに なって いました。  ちょうど 大《おお》あらしの あとの ことでした。 「おや、こいつは なんだろう。みょうな ものが ながれて きたぞ。」 と、うみへびが かたわの うまを みつけて、ぐるぐると おもちゃの まわりを およぎました。この こえを ききつけて、わにざめが どこからか やって きて、一口《ひとくち》に おもちゃを のみこもうと しました。 「まてまて。そう がつがつするな。みた ことの ない ものだ。ひとつ たいしょうの お目《め》に かけようよ。なんでも かわった ものが すきだからな。これだって たましいさえ はいれば、おれたちの なかまに ならぬ ものでも ない。」 と、うみへびは のらりくらりと しながら、ひかる はらを なみまに みせて いました。 「は、は、は。この ちびに そんな ねうちが あるだろうか。」 と、わにざめが わらいました。  この とき、うみぼうずは ひとり 海《うみ》の そこに いて、ちょうど たいくつを して いました。ひとの こまるのを よろこぶ わるい せいしつですから、この つぎは どんな いたずらを して、みんなが こまるのを みようかと かんがえて いました。それと いうのも、よの中《なか》に じぶんより つよい おそろしい ものが ないからです。ただ、うつくしい おひめさまに みられるのが、なにより はずかしく おそろしいのでした。  どうして うつくしい ものには、わからずやの うみぼうずも かなわないのでしょう。じつに ふしぎでは ありませんか。 [#7字下げ]四[#「四」は中見出し]  うみぼうずは さかなや けものたちに、じぶんを 王《おう》さまと よばせて いました。 「王《おう》さま、こんな めずらしい ものが ながれて きました。」 と、うみへびは おもちゃの うまを もって きました。  たいくつで いねむりを して いた うみぼうずは、目《め》を さまして、小《ちい》さな うまを 手《て》に とりあげました。 「は、は、は。これは うみうまの かたわの 子《こ》どもか。」 と わらいました。 「いいえ、王《おう》さま、これは めずらしい ものです。きっと にんげんの すむ おか から、なみに もまれて ながれて きた ものです。」 と、うみへびは いいました。 「なるほど、そうかも しれぬ。どれ、たましいを いれて、はなしを さして みよう。」  うみぼうずは ふしぎな じゅつを つかって、おうまに ものを いわせました。 「おまえは どこの ものだ。」 「わたしは たけちゃんに かわいがられた おもちゃです。」 「どうして そんな かたわに なった。」 と、うみぼうずが ききました。 「ポチが くわえて ふりまわしたり、タマが じゃれて ひっかいたからです。」 と、おうまが いいました。 「なぜ おまえは おこらないのか。」 「いぬや ねこは、わるいと いう ことを しりません。」 と、おうまが こたえました。 「おかしな やつだな。おれが かわりに かたきを うって やろう。みちあんないを せい。」 と、うみぼうずが いいました。 「あの なつかしい 町《まち》へ、わたしは かえれるのですか。」 と、おうまは おどろきました。 「だまって ついて くれば いい。」 と、うみぼうずは にらみつけて、くろくもを よびました。たちまち 海《うみ》の 上《うえ》が くらく なりました。  くもの 上《うえ》に のると、うみへびの からだは だいじゃに ばけました。また、うみぼうずの あたまは 天《てん》まで とどきました。おうまも わにざめも しろくまも、みんなが 大《おお》きく ばけました。 「さあ、でかけるぞ。」 と、うみぼうずは 手《て》を あげました。 [#7字下げ]五[#「五」は中見出し]  海《うみ》の ほうから くろい くもが でて、つめたい 風《かぜ》が ふくと おもうと、ゴロゴロと かみなりが きこえました。  あそんでいた たけちゃんや きみこさんが びっくりしました。 「あっ、ひかった。」 「大《おお》きいのが なってよ。」 と、きみこさんが いいきらぬ うちに ゴロゴロと いう 音《おと》が、はや あたまの 上《うえ》で きこえました。 「また あとで あそぼうね。」 と、ふたりは あわてて おうちへ はいりました。  たけちゃんは くつを ぬいで かけあがると、おばあさんの おへやへ いって、 「また うみぼうずが あばれだしたね。」 と いいました。  しんぶんを みて いらしった おばあさんは、めがねを はずしながら、 「もう、夏《なつ》が すぎるのですよ。この あとは、めっきり すずしく なるでしょう。」 と おっしゃいました。 「そう すると、うみぼうずは あばれなく なるの。」 と、たけちゃんが ききました。 「うみぼうずかい。夏《なつ》の うちは よく あばれるが、秋《あき》から 冬《ふゆ》へ かけて、さむく なると あばれても おもしろく ないから、らいねんまで 北《きた》の くらい 海《うみ》で いねむりを して、また あたたかに なると、くもに のって りくの ほうへ やって くるのです。」 と、おばあさんは いわれました。  そう きくと たけちゃんは、きらいな うみぼうずだけれど、ひとりぼっちなのが なんだか かわいそうな 気《き》が しました。 「おばあさん、かみなりは とおくへ いったようだね。」 と、たけちゃんは 耳《みみ》を かたむけました。 「あたりが あかるく なったから、もう こっちへは きませんよ。」 と、おばあさんは おっしゃいました。  そう きくと、たけちゃんは あんしんして、また おもてへ でました。  すると、あちらの 山《やま》の ほうへ、くろい くもが ぴかぴかと いなびかりを のせて うごいて いるのが みえました。 「おや あの 一つの くもは、ちんばの おうまみたいだ。」 と、たけちゃんは じっと 空《そら》を みつめました。  その くもは、いつか 川《かわ》へ すてた おもちゃの うま そっくりの かたちでした。  ちょうど この とき、空《そら》では うみぼうずが おうまに むかって、 「じぶんの 町《まち》を わすれる ばかも ない。はやく いわぬか、おまえの 町《まち》と いうのは どの あたりだ。」 と、いらだたしそうに きいて いました。 [#7字下げ]六[#「六」は中見出し]  おうまは、とおく 下《した》の ほうに、たけちゃんが いるのを みて、なつかしくて たまりません。どうして こまらす ことなど できましょう。 「王《おう》さま、わたしの いた ところは ここで なく、あの 森《もり》の 中《なか》です。」 と いって、のはらを さしました。 「そうか。あの 中《なか》か。それなら あすこへ 大雨《おおあめ》を ふらせて やろう。」  たちまち、たきのような 大雨《おおあめ》を のはらの 森《もり》へ あびせました。  ぴか ぴか、ゴロ ゴロ。  天地《てんち》が ゆれうごきました。 「は、は、は、このくらい あぶらを しぼれば、たいてい ちぢみあがるだろう。」 と、うみぼうずは きもちよさそうに わらいました。 「もしもし 王《おう》さま、ここは 町《まち》では ありません。」 と、わにざめが いいました。くいしんぼうの わにざめは はやく 町《まち》へ いって、なんでも おいしい ものを、はらいっぱい たべようと おもって いたのです。ところが、あてが はずれ、くやしくて たまりません。 「かたわの うまめが うそを いったのです。」 と、わにざめは いいました。 「なぜ おまえは、うそを いうのか。」 と、うみぼうずは おうまを しかりました。 「いいえ、うそでは ありません。この 森《もり》の 中《なか》は にぎやかです。うそと おもうなら、おりて ごらんに なれば わかります。」 と、おうまは こたえました。 「じゃ、わたしが おりて みましょう。」 と、うみへびが いって、さっそく じぶんの のって いる くもを、森《もり》の 中《なか》へ おろしました。おうまも うみへびに つづいて 下《した》へ おりました。  なるほど、いろいろの とりが ないて います。おんがくかいが あるようでした。うみへびは いままで こんな いい こえを たくさん きいた ことが ありません。また、そこここに いろとりどりの くだものが みのって いました。すべて、海《うみ》の 中《なか》では みられない ものばかりです。  森《もり》には りっぱな おてらが ありました。どこかの りゅうぐうの ごてんに にて いました。やねの 上《うえ》を こし、木《き》の あいだを ぬけると、ひろびろと した いけが ありました。そこには たくさん 赤《あか》 白《しろ》 ぶちの さかなが およいで いました。 「なかなか いい ところだな。こんな ところに すんだら、さぞ おもしろかろう。」 と、うみへびは おもいました。  この とき、うみぼうずが はやく もどれと あいずを したので、うみへびは いそいで、おうまを のこした まま 空《そら》へ まいあがりました。 「ぐずぐずしては おれぬ。ひめたちが こちらへ やって くるようだ。」 と、はにかみやの うみぼうずが 西《にし》の 赤《あか》い 空《そら》を みて いいました。 [#7字下げ]七[#「七」は中見出し]  ほんとうに 王《おう》さまは 気《き》みじかだ。わたしの ほうこくも きかず、そして、森《もり》も みずに さっさと ひきあげて しまって、おしい ことだと、うみへびは ひとりごとを いいました。 「下《した》の ようすは どんなだったい。」 と、わにざめが そばへ きて いいました。 「まったく いい ところさ。みんなに みせたかったよ。おれは おちついて すみたいと おもった。」 と、うみへびが こたえました。 「そうか。そんなに いい ところなの。それでは おいしい ものが たくさん あったろう。」 「あったとも、いい においの する くだものが、木《き》に すずなりに なって いたし、いけには きれいな さかなが うようよ およいで いたよ。」 「それは いい ものを みたね。にんげんは なにを して いたかい。」 と、わにざめは ききました。 「なにぶん、かみなりは なるし、雨《あめ》が ふるので、すがたを みせなかったが、りゅうぐうの ごてんのような うちが あったから、たぶん あすこに いるのだろう。まだ おもしろそうな ものが あったけれど、王《おう》さまが およびなさるので もどった わけさ。」 と、うみへびが いいました。  この とき、みんなの のって いる くろい くもは、たかい 山《やま》の いただきを こして、海《うみ》へ でようと して いました。山《やま》には 雪《ゆき》が つもって、どの 山《やま》も 白《しろ》く ひかって いました。 「おれは はやく かえりたい。ひょうざんが こいしく なって きた。」 と、しろくまは ねっしんに 下《した》を みおろしながら いいました。  王《おう》さまの うみぼうずは それを きくと、 「そうとも、にんげんの せかいなど、ながく いる ところでは ない。にんげんほど うそつきで よくばりで たがいに けんかを する やつは、どこにも いないだろう。うみへびの あとを おい、下《した》へ いって それきり もどって こない あの かたわの うまも、にんげんに かわいがられたばかりに、うそを つくのを おぼえたのだ。かわいそうな やつさ。おれたちは これから あらしと 雪《ゆき》と 大《おお》なみの 中《なか》で、あんしんして 夏《なつ》まで くらせるのだ。もし、ふねでも やって きたら、ひっくりかえして あばれて くれるぞ。」 と、大《おお》きな こえで いいました。 「王《おう》さまは きかんぼうずだ。」 と、うみへびが わらいました。 「あれほど げんきが ありながら、どうして おひめさまが こわいのだろう。」 と、わにざめが ふしぎがりました。 「それは ふしぎで ない。やさしくて ただしい ほうが、わんりょくで つよいのより えらいに ちがいないから。」 と、うみへびは いいました。 [#7字下げ]八[#「八」は中見出し]  いえの そとで、きみこさんや みつこさんや たけちゃんたちが あそんで いました。  西《にし》の 空《そら》には ももいろの くもが、花《はな》びらのように とび、それと まじって 赤《あか》い くもが はたのように たなびきました。 「ごらんなさい。まあ、きれいだこと。あの くも ながい たもとのように みえない。」 と、きみこさんが 空《そら》を さしました。 「きっと、こんばん およめいりが あるのだろう。」 と、たけちゃんが いいました。  そう きくと、みんなは おせっくの おざしきに かざる、うつくしい おひめさまを そうぞうしました。そして、いま くもの 上《うえ》を、おひめさまと おともが ゆるゆると つづくような 気《き》が しました。 「いつかも うちの おばあさんが、雨《あめ》を ふらした うみぼうずは、もう 海《うみ》の おうちへ かえって、おひめさまが おほしさまの ところへ およめいりなさるので、空《そら》が きれいだことと いったから、きっと およめいりの ぎょうれつなんだよ。」 と、たけちゃんが いいました。  みんなは、しばらく 空《そら》を ながめて いました。 「あちらは ごくらくでしょう。」 と、みつこさんが いいました。 「ごくらくって どんな とこなの。」 と、きみこさんが ききました。 「いい ところ。まい日《にち》 お天気《てんき》で、いやな ことや かなしい ことの ない ところよ。」 と、みつこさんが いいました。 「あの 山《やま》の あちらだね。ぼく 大《おお》きく なったら いって みるよ。」 と、たけちゃんが いいました。 「にんげんの いけない とこよ。」 「そんな とおい とこなの。」 「ひこうきに のったら いけるだろう。」  めいめいが おもった ことを いって、目《め》を かがやかしました。 「わたし、あの 小《ちい》さい くもに なって みたいわ。」 と、みつこさんが いいました。 「きょねん、わたしが 川《かわ》へ ながした おにんぎょうみたいよ。きっと くもに うまれかわったのだわ。」 と、きみこさんが いいました。  そして、その ばん、きみこさんは おうちへ かえって、うみぼうずと おひめさまの はなしを すると、おとうさんは、 「おもしろい おはなしだね。けれど、空《そら》の 上《うえ》ばかりで なく、下《した》の よの中《なか》にも、うみぼうずも いれば、また、おひめさまのような やさしい 人《ひと》も いるのだ。」 と いわれました。 「やはり、うみぼうずや おひめさまが いるのですか。」 と、きみこさんが いいました。 「そうだよ。かみさまと ちがい、にんげんだから そう やさしい うつくしい おひめさまは すくないけれど、もっと たちの よく ない うみぼうずは たくさん いると おもうよ。」 と、おとうさんは いわれました。 [#7字下げ]九[#「九」は中見出し]  きみこさんは、学校《がっこう》の うんどうばで あそんで いると、 「うみぼうず、おまえが わるいのだ。」 と いう、男《おとこ》の 子《こ》の こえが きこえました。  おどろいて そちらを みると、二、三|人《にん》の 子《こ》が、あたまの 大《おお》きい せいの たかい、つよそうな 子《こ》に わる口《くち》を いって にげ足《あし》を して いました。  きみこさんは、あだ名《な》を いわれた 大《おお》きい 子《こ》を、ほんとうに うみぼうずみたいだと おもいました。 「おぼえて いろ。」 と、うみぼうずは あいてを にらみつけました。 「おまえが ひとの まりを なくしたのでは ないか。先生《せんせい》に いいつけて やるから。」 「ふん、なにが こわいもんか。」  うみぼうずは りきみかえって あちらへ いって しまいました。 「まあ、なんて らんぼうな 子《こ》でしょう。おとうさんが どこにでも うみぼうずが いると おっしゃったのは、ほんとうの ことだわ。」 と、きみこさんは おもいました。  おうちへ かえって、おもてで、みんなと あそんだ ときでした。 「たけちゃん、うみぼうずを しって いない?」 と、きみこさんが ききました。 「いつか おばあさんの はなした?」 「いいえ、ほんとうの うみぼうずよ。」 「そんな もの いるものか。」 「いてよ、学校《がっこう》に。しらないの。」 と、きみこさんが いうと、そばに いた みつこさんが、 「ああ わかった。」 と いわぬばかりに、パチパチと 手《て》を たたきました。 「さんちゃん、きみ しって いる。」 と、たけちゃんが さんちゃんに いいました。 「だれの ことだろうな。ぼくも しらないよ。」 と、さんちゃんは くびを かしげました。  春先《はるさき》の ばんがたの 日《ひ》が、こうばいいろに みんなの かおを てらしました。 「きみこさん、わたし みたわ。あとで あれは うみぼうずだと、ほかの 子《こ》が はなして いたから。」 と、みつこさんが つぎのような はなしを しました。 「やきゅうぼうを かぶった かわいらしい 一|年生《ねんせい》の 小《ちい》さい 子《こ》が、学校《がっこう》の かえりに、ももの 花《はな》を もって いると、あたまの 大《おお》きい つよそうな 子《こ》が、その 花《はな》を よこせと いったの。これは おうちへ もって いくので やれないと いうと、むりに もぎとろうと するから、小《ちい》さい 子《こ》は なきだしそうに なったのよ。」 「その とき、ほかに、だれか いなかった。」 と、たけちゃんが ききました。 「いたけれど、らんぼうされるのを こわがって、みんな だまって いたわ。」 「そして、どう した。」 と、さんちゃんが いいました。 「うみぼうずは とうとう 花《はな》を もぎとったの。小《ちい》さい 子《こ》は かなしく なって、おかあさん……と 大《おお》きな こえで よんだの。」 「かわいそうに。」 と、きみこさんは 目《め》に なみだを ためました。 「おまえは よわむしだから、すぐ おかあさんなんて いうのだろう。こんな ところで よんだって きこえるものかと、うみぼうずは わらって いたわ。」 「わるい やつだなあ。」 と、さんちゃんは おこりました。 「するとね。どこかの やさしい おばさんが とんで きて、どう したのと いって 小《ちい》さい 子《こ》に きいたの。この とき わたし、ほんとうに うれしかったわ。みんなが わけを はなすと、その まに うみぼうずは 花《はな》を なげすてて、にげて いって しまったのよ。」 と、みつこさんは はなしました。 [#7字下げ]十[#「十」は中見出し]  ある 日《ひ》、うみぼうずが 白《しろ》い 子《こ》いぬの くびに なわを つけて、ひいて いきました。あとから せの ひくい 男《おとこ》の 子《こ》が ついて きて、 「きみ、その いぬを どうするの。」 と ききました。 「川《かわ》へ すてるのさ。」 と、うみぼうずが いいました。 「なぜ そんな ことを するの。」 「こいつが まいあさ かきねを くぐって、ぼくの 花《はな》ぞのへ はいり、うんこを するからさ。やっと きょう つかまえたんだぜ。」 「でも、ころすのは かわいそうじゃ ないか。」 「しかたが ないだろう。こらして やるんだ。おまえも いっしょに おいでよ。」 と、うみぼうずが いいました。 「そんな らんぼうを するなら、ぼく いっしょに いかない。」 と、せの ひくい 子《こ》が こたえました。 「いやなら こなくても いいよ。その かわり、ぼくも これから おまえの いう ことを きかないからな。」 と、うみぼうずは くりくりと した 大《おお》きな 目《め》だまで、あいてを にらみました。  気《き》の よわい 男《おとこ》の 子《こ》は、あとで いじめられるのが こわくて、しかたなしに うみぼうずに ついて いきました。  ちょうど ここを とおりかけた みつこさんは、この ようすを みて、じぶんも うみぼうずが にくらしく なって、なにか いって やりたかったけれど、やはり 気《き》おくれが して、つい その まま うちへ かえり、いそいで この ことを きみこさんに しらせました。 「それは たいへんだわ。」 と、きみこさんは 子《こ》いぬを しんぱいしました。学校《がっこう》が おやすみなので、たけちゃんと さんちゃんを よびに いくと、すぐ ふたりは やって きました。そして どうしたら いいかと、みんなで そうだんしました。 「うんこを したぐらいで、いぬを ころそうなんて、ほんとうに らんぼうだよ。」 と、たけちゃんが おこりました。 「まだ 小《ちい》さな かわいい いぬで、なんにも しらないのよ。とても 川《かわ》など およげそうも ないわ。きっと ながされると おもうから、はやく いって たすけて やりましょうよ。」 と、みつこさんは みんなを せきたてました。 「その とき、みつこさんが とめれば よかったのよ。」 と、きみこさんが いいました。 「だって、うみぼうずは つよそうでしょう。わたし、そんな ゆうきが なかったわ。」 「いくら つよくても、むちゃな らんぼうを するのを、だまって みては いられないよ。」 と、さんちゃんが いいました。 「そうだ、ぼくと さんちゃんとなら、うみぼうずを やっつけられるね。」 と、たけちゃんが さんちゃんに さんせいしました。 「いえ、けんかしては だめよ。それより はやく いって とめましょう。」 と、きみこさんが かけだしたので、みんなも いっしょに 川《かわ》の ほうへ かけだしました。  川《かわ》の きしまで くると、日《ひ》あたりの いい 土手《どて》は、いちめんに みどりいろの くさが はえて いました。しずかに なみなみと 水《みず》が ながれて、さかなが いそうに おもわれました。  すると あちらから つりざおと バケツを もって、子《こ》どもが きかかりました。 「きみ、いぬを つれた 子《こ》どもを みなかった。」 と、さんちゃんが ききました。  その 子《こ》は いま あるいて きた みちを ふりかえりながら、 「さっき、あっちの はしの ところで みたよ。」 と こたえました。 「ありがとう。」  みんなは、すみれや たんぽぽの さいて いる 土手《どて》の 上《うえ》を はしりました。 [#7字下げ]十一[#「十一」は中見出し]  はしの ところまで くると、田《た》んぼの ほそみちを あるいて いく、ふたりの 子《こ》どもの うしろすがたが みえました。 「あそこへ いくのは うみぼうずでは ない。いぬを つれて いないから きっと 川《かわ》へ なげたんだろう。」 と、さんちゃんが いいました。  ふたりの すがたは だんだん かすんで しまいました。この とき、きみこさんが、 「どこかで クンクン いぬの なきごえが するじゃ ないの。」 と いって、川《かわ》の きしを さがしました。 「ああ、ないて いる。きっと どこかに いるんだよ。」 と、たけちゃんも 土手《どて》を おりて、やぶかげを さがしました。 「ここだ、みんな はやく おいで。」 と、たけちゃんが さけびました。  白《しろ》い 子《こ》いぬが 水《みず》ぎわの のいばらの 下《した》で ふるえて いました。 「たすけて やろうよ。」 と、たけちゃんが 水《みず》ぎわへ おりかけました。 「おちると あぶないよ。」 と、さんちゃんは いって、たけちゃんの うわぎを しっかりと つかんで いました。 「たけちゃん、だいじょうぶ。」 と、きみこさんが 土手《どて》の 上《うえ》で 気《き》を もみました。 「いま そこへ だいて いくからね。」  たけちゃんは、ぬれて ぶるぶる ふるえて いる いぬを だいて 土手《どて》を あがり、やわらかな くさの 上《うえ》に おきました。 「よく ながされなかったね。」 と、みつこさんは ハンケチを だして、いぬを ふきに かかると、きみこさんも いっしょに ぬれた からだを ふいて やりました。 「うみぼうずは きっと しんだと おもったろう。でも、たすかって よかった。」 と、さんちゃんは よろこびました。そして、みんなが いぬを とりまいて すわりました。とんぼが のぞきながら あたまの 上《うえ》を とんで いきました。 「だれか この いぬを かって やらない。」 と、きみこさんが いいました。 「ぼく ほしいんだけど、ポチで おばあさんが こりたから、ゆるして くださらない だろう。」 と、たけちゃんが いいました。 「どうして。」 「だって、よその にわとりや うさぎを とって きて、いつも おばあさんが あやまりに いくんだもの。やっと ねえさんの おともだちに ポチを もらって もらったんだよ。」 「わたし、おかあさんに きいて みるわ。みんなも きて たのんで くださらない。」 と、みつこさんが いいました。 「たのんで あげるよ。いい おかあさんだから きっと きいて くださるだろう。」 と、さんちゃんが こたえました。  それから みんなで みつこさんの おうちへ いったけれど、おかあさんは すぐ うんとは おっしゃいませんでした。 「いきものを かうのは、なかなか せわの いる ものですよ。」 と いわれました。その とき、さんちゃんは、 「おばさん、みんなが なんでも シロの せわを しますよ。」 と いいました。 「おや、もう シロと いう 名《な》まえまで ついたんですか。」 と、おかあさんは おわらいに なりました。そして、とうとう しょうちして くださいました。  ある あさ シロは、みつこさんに ついて 学校《がっこう》へ いきました。すると もんの ところで、うみぼうずと であいました。 「あっ、この いぬは おまえの とこの いぬかい。」 と、うみぼうずは びっくりして ききました。みつこさんは ふしぎに ゆうきが でて、じっと うみぼうずの かおを にらみながら、 「あんたが この いぬを 川《かわ》へ すてたんでしょう。わたしたちが たすけて やったのよ。」 と いいました。  なんと おもったか、うみぼうずは かおを 赤《あか》く して にげて いきました。 [#7字下げ]十二[#「十二」は中見出し]  あつい 日《ひ》でした。さか下《した》の きんぎょやの みせ先《さき》で、学校《がっこう》がえりの たけちゃんと みつこさんが、あっぷ あっぷと およぐ きんぎょや こいを、ながめて いました。  すると みつこさんが、 「まあ うみぼうずよ、かんしんだわ。」 と いったので、たけちゃんも その ほうを ふりむくと、おじいさんの 車《くるま》を おして、さかを のぼる 子《こ》どもが ありました。 「ああ、あの 子《こ》なら 三|年生《ねんせい》の きゅうちょうだよ。」 と、たけちゃんが いいました。 「だって、いぬを 川《かわ》へ すてた わるい 子《こ》ね。」 「きっと、あとで こうかいを したのだろう。」  そう きくと、みつこさんは、このあいだ かおを 赤《あか》く して にげて いった すがたを おもいだしました。この はなしを、さんちゃんや きみこさんに すると、 「やはり 海《うみ》の うみぼうずより、にんげんの うみぼうずの ほうが えらいんだな。」 と、さんちゃんが いいました。 「どうして。」 と、たけちゃんが ききました。  すると、きみこさんが、 「かみなりさまに おねがいしても 雨《あめ》を ふらして くれないじゃ ないの。」 と いいました。  夕《ゆう》やけが して、あすも また お天気《てんき》が つづきそうです。はたけの なすや きゅうりは しおれ、かだんの 花《はな》たちは あたまを たれて いました。 「おねがいが たりないのかも しれないわ。」 と、みつこさんが いいました。 「かみさま、どうぞ 雨《あめ》を ふらして くださいまし。」 と、みんなで 空《そら》を おがみました。  この ありさまを 赤《あか》い くもの 上《うえ》から、おひめさまが ごらんなさると、さっそく うみぼうずの ところへ いかれました。  その とき、うみぼうずは 大《おお》きな いわに こしを かけて、かもめの まいを ながめて いました。 「みんなが おねがいして います。はやく 雨《あめ》を ふらして あげて ください。」 と、おひめさまは おたのみに なりました。うみぼうずは ものぐさそうに かおを むけると、 「にんげんが なまいきだから こまらせて やるのさ。つみの ない くじらや おとなしい おっとせいを いじめるばかりか、なんでも じぶんたちは できると いばって いる。雨《あめ》を ふらさずに おいて、でんきも すいどうも とめたなら どんなに おもしろかろう。」 と、うみぼうずは わらいました。 「そうとも、にんげんぐらい じぶんかってな ものは ない。たいしょうが たまに 町《まち》へ でかけると、おせんこうを たてて おいかえすものな。」 と、うみへびが 青《あお》びかりの する からだを くねらせながら いいました。 「なかには ものの わからぬ 人《ひと》も いますが、いい 人《ひと》も たくさん います。わたしたちが かみさまと よばれるなら、こまる ものを だまって みて いる わけに いかないでしょう。」 と、おひめさまが いわれると、うみぼうずは あたまを たれて きいて いました。 「あなたが みんなの ねがいを きいて くださるなら わたしたちは あなたを 海《うみ》の 王《おう》さまと あがめます。」 と、おひめさまは いわれました。 「なに、海《うみ》の 王《おう》さまとな。」 と、にっこり うなずくと、うみぼうずは たちあがりました。そして けらいたちを よびあつめました。  たちまち あらしが さけび、くろくもが まきおこりました。ぴかぴか ゴロゴロ かみなりを とどろかして、うみぼうずは りくを めがけて しんぐんしました。みるまに、村《むら》も 町《まち》も 雨《あま》ぐもに つつまれて しまいました。 「おうい、夕立《ゆうだち》だぞ、夕立《ゆうだち》だぞ。」 と、はるか 下《した》の ほうでは、人人《ひとびと》が よろこびさけんで いました。 底本:「定本小川未明童話全集 16」講談社    1978(昭和53)年2月10日第1刷発行    1982(昭和57)年9月10日第5刷発行 底本の親本:「うみぼうずとおひめさま」実業之日本社    1950(昭和25)年12月15日 初出:「小学一年生 5巻6号〜6巻4号」    1949(昭和24)年8月〜1950(昭和25)年7月 入力:特定非営利活動法人はるかぜ 校正:笹平健一 2023年2月28日作成 青空文庫作成ファイル: このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(https://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。