考えこじき 小川未明 ------------------------------------------------------- 【テキスト中に現れる記号について】 《》:ルビ (例)人《ひと》 |:ルビの付く文字列の始まりを特定する記号 (例)一|枚《まい》 -------------------------------------------------------  人《ひと》というものは、一つのことをじっと考《かんが》えていると、ほかのことはわすれるものだし、また、どんな場合《ばあい》でも、考《かんが》えることの自由《じゆう》を、もつものです。  ある日《ひ》、清吉《せいきち》は、おじさんと町《まち》へ、いっしょにいきました。そして、おじさんが用《よう》たしをしている、しばらくの間《あいだ》、ひとり、そのあたりをさんぽして待《ま》つことにしました。一けんの店《みせ》では、いろいろの運動器具《うんどうきぐ》をならべ、のきさきに写真《しゃしん》などをかけていました。すべてスポーツにかんするもので、ちょうど盛夏《せいか》も近《ちか》づいたから、山岳《さんがく》の風景《ふうけい》や、溪谷《けいこく》、海洋《かいよう》のけしきなどが、目《め》にもしたしまれたのであります。  そのなかの一|枚《まい》は、のこぎりのはをたてたような、山脈《さんみゃく》の姿《すがた》であって、もっとも高《たか》いいただきには、雪《ゆき》が白《しろ》くのこっていました。おそらく、夏《なつ》の間《あいだ》じゅう、とけることなく、あたらしい雪《ゆき》が、またその上《うえ》につもるのでありましょう。そのほかの山《やま》も、一つ、一つ、個性《こせい》があって、あるものは、なんとなく近《ちか》づきがたく、あるものは、なつかしみのもてるようなものがありました。とはいうものの、どれもここからはとおいかなたにあり、いったとしても、のぼるのは、よういではなかったのです。  想像《そうぞう》するに、一|日《にち》じゅう、つめたいきりがかかったり、はれたりし、はげしい風《かぜ》に木立《こだち》がざわめき、鳥《とり》のなく声《こえ》のほかには、しんとして、べつにおとずれる人《ひと》も、まれだったでありましょう。一|年《ねん》じゅうがそうであり、百|年《ねん》の間《あいだ》が、そうであったにちがいない。そしてこの山々《やまやま》は、昔《むかし》も、今《いま》も、永久《えいきゅう》にだまっているのでした。  けずりをかけたような、がけの上《うえ》に立《た》ち、谷《たに》をへだてて、前方《ぜんぽう》のいただきを見上《みあ》げる人《ひと》があります。その人《ひと》は、自然《しぜん》を愛《あい》するために冒険《ぼうけん》をしたのでしょう。足《あし》もとの下《した》は、すぐ千じんのそことなって、急流《きゅうりゅう》が白《しら》ぎぬをさくように、みだれちらばっている石《いし》につきあたって、しぶきをあげています。  写真《しゃしん》に見《み》いった清吉《せいきち》は、耳《みみ》へ水音《みずおと》を、感《かん》じるのでした。 「もし、この人《ひと》が、自分《じぶん》だったら。」  かれは、よくこんな空想《くうそう》をします。それから、かってにその先《さき》をつづけるのでした。自分《じぶん》は、はたして、このきりぎしの上《うえ》に立《た》つだけの勇気《ゆうき》があろうか。足《あし》がわくわくして目《め》がくらみはしないだろうか。ひっきょう、勇気《ゆうき》のないものは、いくら美《うつく》しいものがあっても、鑑賞《かんしょう》するどころか、ただおそれをおぼえるぐらいのものだと思《おも》いました。  写真《しゃしん》から目《め》をそらすと、自分《じぶん》はあまりに異《こと》なった世界《せかい》に立《た》っているのでした。電車《でんしゃ》には、乗客《じょうきゃく》が、すずなりにつかまっているし、トラックは、重《おも》そうな荷《に》をいっぱいつんで走《はし》るし、自転車《じてんしゃ》は、たがいに競争《きょうそう》するように、前後《ぜんご》にとんでいるのでした。  かれは、店《みせ》さきをはなれ、ちがった意味《いみ》のなまなましいゆううつを感《かん》じながら、下《した》を見《み》て歩《ある》くうちに、もうすこしで、道《みち》の上《うえ》につきでた、鉄棒《てつぼう》の先《さき》へつまずこうとしました。 「あぶない、なんだろう?」  すぎかけたのを、わざわざもどって、それをみつめたのでした。たぶん戦災《せんさい》のなごりであろうか、なにかのこわれた金物《かなもの》が、道《みち》に埋《う》まっているのです。  さいわい、自分《じぶん》は、つまずいてけがをしなかったが、だれか、けがをする人《ひと》があるにちがいなかろう。そう思《おも》うと、かれにとっては、まったくとつぜんのできごとだったけれど、そのままいきすぎてしまうことを、良心《りょうしん》が許《ゆる》さなかったのでした。 「さあ、どうしたら、いいだろうか。」  いままで、頭《あたま》の中《なか》を占領《せんりょう》していた、ふかい谷《たに》や山《やま》も、また、きりや、雲《くも》もどこへか、あとなく、煙《けむり》のようにきえてしまって、そのかわり、きたないしみのように、現実《げんじつ》のなやみが、全心《ぜんしん》をとらえたのでした。目《め》をとじたり、頭《あたま》をふったりしてもすぐに解決《かいけつ》のできぬことだけに、いらだたしい気持《きも》ちとなりました。そして、早《はや》く、このなやみから、のがれる方法《ほうほう》を見《み》いだそうとしたのでした。それには、ここに、一つの例外《れいがい》がある。 「よほどのとんまでなければ、これにつまずくものはない。」ということです。  もしそうきめられれば、なにも問題《もんだい》はないのであるが、はたして、この場合《ばあい》、だれにたいしても、こういう叡智《えいち》を信《しん》ずることができるだろうか。もし信《しん》じられぬとすれば、この後《のち》に起《お》こるであろうできごとに、自分《じぶん》はまったく責任《せきにん》がないとはいえぬのであると考《かんが》えられるのでした。  清吉《せいきち》は、じっさいについて、これを知《し》ろうと、すこしはなれた電柱《でんちゅう》のところに立《た》って、往来《おうらい》の人々《ひとびと》のようすを見守《みまも》ったのでありました。くつの人《ひと》、げたの人《ひと》、ぞうりの人《ひと》、また、ゴムたびをはいたものと、じつに、人々《ひとびと》のはきものは、いちようではなかったけれど、どの人《ひと》も、その鉄棒《てつぼう》の頭《あたま》をふんだり、つまずくものはなかったのであります。それは、みんなの注意《ちゅうい》がいきとどくからとはいえなかった。なぜなら、なかには、上《うえ》をむいていくもの、横《よこ》を見《み》ながら、足《あし》もとには、てんで注意《ちゅうい》をしないものもいるからでした。  考《かんが》えればじつにふしぎなことです。 「すべてが、偶然《ぐうぜん》に支配《しはい》されているとしか思《おも》えない。それに、人間《にんげん》には、つねに六|感《かん》がはたらくからだろう。」  こうして、なんでもないところに、かれは真理《しんり》の顔《かお》がうかがわれるような気《き》がしました。  ちょうど、そんなことを考《かんが》えているときでした。 「清吉《せいきち》、たいへん待《ま》たせて、すまなかったね。」と、おじが、いそいでやってきました。  かれは、うしろに心《こころ》をひかれながらも、おじといっしょに、電車《でんしゃ》に乗《の》って、そこを立《た》ち去《さ》らなければならなかったのであります。そして、だれから、いわれたというわけではないが、かれは、そのままかえったのをひきょうとして、みずからの勇気《ゆうき》なさを後悔《こうかい》しました。わすれようとしても、目《め》の前《まえ》へ、つまずいてたおれる人《ひと》の姿《すがた》が浮《う》かんで、自分《じぶん》を苦《くる》しめ、むちうったのであります。とちゅう、おじから、なにを話《はな》しかけられても、朗《ほが》らかな返答《へんとう》ができませんでした。ちょうど、その気持《きも》ちは、学校《がっこう》で、いくら考《かんが》えても、算術《さんじゅつ》の答《こた》えができなかったときのように、頭《あたま》の中《なか》が、もやもやとしていたのでした。家《いえ》へかえってからも、しつこく後悔《こうかい》がくりかえされたのです。  清吉《せいきち》は自分《じぶん》のへやへはいって、ひとりとなりました。そして、また考《かんが》えこみました。 「たしかに危険《きけん》で、注意《ちゅうい》しなければならぬことだった。それをどうして、なんともせずに、ほうってきたのだろうか。」  かれは、自分《じぶん》に向《む》かって、問《と》いただすのでした。そしてみずから、答《こた》えるのでした。  なにもすることのできなかったのは、要《よう》するに、自分《じぶん》に、勇気《ゆうき》というものが、かけていたのだ。勇気《ゆうき》さえあれば、正《ただ》しいはんだんにしたがって、できるだけのことをしたであろう。そうすれば、いまごろ、なんのやくにもならぬ後悔《こうかい》など、しなくてもよかったのだ。  清吉《せいきち》は、おのれの欠点《けってん》と、良心《りょうしん》を苦《くる》しめなければならぬ病所《びょうしょ》に気《き》づいたとき、これからすぐにも金《かな》づちをたずさえて、さっきの場所《ばしょ》へでかけていって、鉄棒《てつぼう》の頭《あたま》を力《ちから》いっぱい、たたきこんでこようかと、ためらいましたが、時間《じかん》がたつにつれ、一|時《じ》燃《も》えた情熱《じょうねつ》もしぜんとうすらいでしまったのです。かれは、勇気《ゆうき》も情熱《じょうねつ》もなければ、なまなかの良心《りょうしん》は、ただみずからを不愉快《ふゆかい》にするばかりで、用《よう》のないものだとさとりました。  そのうちに、とうとう、その日《ひ》の晩方《ばんがた》となりました。清吉《せいきち》は、あそびに外《そと》へでて、友《とも》だちと、道《みち》の上《うえ》で、ボールをなげていました。なお、ときどき、ひるまのことを思《おも》い出《だ》して鉄棒《てつぼう》の先《さき》が、目《め》にちらつき、急《きゅう》になんだか、おもしろくなくなるのでした。  そういえば、いま自分《じぶん》たちのあそんでいる道《みち》が、またなんといたんでいることであろうと気《き》がついたのでした。戦時中《せんじちゅう》にあいたあなが、まだそのままになっているのです。 「ねえ、きみ! 夜分《やぶん》通《とお》る人《ひと》が、このあなへおちないだろうかね。」と、清吉《せいきち》は、道《みち》の上《うえ》のあなをゆびさして、友《とも》だちにはなしかけました。 「さあ、おちるものもあるだろう。」 「けがをしないかね。」 「運《うん》が悪《わる》ければね、そのときの、ひょうしさ。」と、友《とも》だちのひとりは、答《こた》えました。  そうきくと、清吉《せいきち》は、それだけですまされることだろうかと思《おも》った。 「いったい、だれが、修繕《しゅうぜん》しなければならぬのだろうかね。」と、清吉《せいきち》は、いいました。責任《せきにん》をもつものの怠慢《たいまん》がはらだたしかったのです。  すると、いつも元気《げんき》で、快活《かいかつ》なK《ケー》が、 「どこかに責任《せきにん》はあっても、あまり多《おお》すぎて手《て》がつけられないのだろう。」と、答《こた》えました。 「はやくなおさなければ、老人《ろうじん》や、めくらがおちてあぶないがなあ。」 「そう、近所《きんじょ》の人《ひと》が、気《き》がついたら、早《はや》くなおせればなおすんだね。」  K《ケー》は、いつものように、にこにこして、ほとんど、むとんじゃくでした。  ひとり、清吉《せいきち》は、まだ考《かんが》えこんでいました。こうしたことは、どこへうったえ出《で》ればいいのだろうか。こればかりでなく、身《み》のまわりに、たくさん解決《かいけつ》のつかぬことがあるような気《き》がして、くよくよしたのでした。 「いったい、だれに責任《せきにん》があるのだろうか。」と、清吉《せいきち》はあくまでも思《おも》ったのです。 「清《せい》ちゃん、なにしてんの? はやく、たまをおなげよ。」と、K《ケー》は、さいそくしました。 「考《かんが》えていたのだよ。」 「どんなことさ? 考《かんが》えたってしかたがないじゃないか。だれでも、できることは、自分《じぶん》でするんだよ。考《かんが》えこじきの銭《ぜに》とらずというのだろう。」 「よし、わかった! こんどは強《つよ》いたまだぞ!」と、清吉《せいきち》は、はじめてほがらかにさけびました。 「いいよ。」  まさに、日《ひ》はくれようとしていました。そして、はるか西北《せいほく》の、だいだい色《いろ》の空《そら》に、むらさき色《いろ》をしたひとつづきの山脈《さんみゃく》が、頭《あたま》をならべていました。それをみて、清吉《せいきち》は、写真《しゃしん》にあった、山《やま》や谷《たに》を思《おも》い出《だ》しました。いまごろは、そこも、夕《ゆう》やみがせまったであろう。そして、深山《しんざん》の静《しず》けさをやぶって、岩《いわ》にはげしくつきあたる流《なが》れが、白《しろ》くあわだつであろうと思《おも》いました。  せみの声《こえ》に、耳《みみ》をすましながら、往来《おうらい》に立《た》っていると、かえりをいそぐ人々《ひとびと》の顔《かお》にはよろこびがあふれ、みな愉快《ゆかい》そうでした。  そのとき、K《ケー》の、大《おお》きな声《こえ》が、夕映《ゆうば》えの空《そら》に、はずみかえって、B《ビー》や、Y《ワイ》と三|人《にん》が、こちらへかけてきました。 「清《せい》ちゃん、道《みち》をなおそうよ。」といいました。みんなが、手《て》に土《つち》をはこぶバケツや、くわをもっていました。 「ああ、なおそう!」  清吉《せいきち》は、自分《じぶん》にも気《き》づいた、わるいくせをやぶり、明《あか》るい世界《せかい》へつれだされて、みんなといっしょに、心《こころ》からたのしく、星《ほし》の出《で》はじめるころまで、語《かた》ったり、笑《わら》ったりしてともにはたらき、熱心《ねっしん》に道《みち》をなおしていたのです。 「考《かんが》えこじき。」と、K《ケー》の、いったことを思《おも》いだして、清吉《せいきち》が笑《わら》っていると、 「あすから、たまをなげるのにも、あぶなくないよ。」と、K《ケー》は、にこにこしながら、いったのでした。 底本:「定本小川未明童話全集 13」講談社    1977(昭和52)年11月10日第1刷発行    1983(昭和58)年1月19日第5刷発行 底本の親本:「赤い雲のかなた」小峰書店    1949(昭和24)年1月 初出:「子供の広場」    1946(昭和21)年7、8月合併号 ※表題は底本では、「考《かんが》えこじき」となっています。 入力:特定非営利活動法人はるかぜ 校正:酒井裕二 2018年9月28日作成 青空文庫作成ファイル: このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(https://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。