かざぐるま 小川未明 ------------------------------------------------------- 【テキスト中に現れる記号について】 《》:ルビ (例)駅前《えきまえ》 |:ルビの付く文字列の始まりを特定する記号 (例)三|万円《まんえん》 -------------------------------------------------------  駅前《えきまえ》の広場《ひろば》で、二人《ふたり》の女《おんな》はとなりあって、その日《ひ》の新聞《しんぶん》を、ゆき来《き》の人《ひと》に売《う》っていました。一人《ひとり》は、もう年《とし》をとった母親《ははおや》であったが、一人《ひとり》は、まだ若《わか》い、赤《あか》ん坊《ぼう》をおぶった女《おんな》でありました。  朝《あさ》のうちは、電車《でんしゃ》のつくたび、乗《の》り降《お》りするものがはげしいので、新聞《しんぶん》もよく売《う》れたが、正午《しょうご》近《ちか》くなると、買《か》うものが、あまりなかったのです。  冬《ふゆ》の日《ひ》は、広場《ひろば》の土《つち》を白々《しろじろ》とてらしていました。ただ、紙《かみ》くずが、風《かぜ》にふかれて、その上《うえ》をとんでいます。二人《ふたり》は、なにを考《かんが》えているのか、ぼんやりと、前《まえ》の方《ほう》をながめていました。  すぐ向《む》こう筋《すじ》に中華料理店《ちゅうかりょうりてん》があって、さっきから、入《い》り口《ぐち》のドアが、あいたり、しまったりしていました。そして、いましがた、桃色《ももいろ》の服《ふく》をきた女《おんな》と、背《せ》の高《たか》い、黒服《くろふく》の男《おとこ》が、手《て》をとりあって、入《はい》ったように思《おも》ったのが、いつのまにか時間《じかん》がたち、もう食事《しょくじ》をすまして、二人《ふたり》が出《で》てくるのを、年《とし》とった女《おんな》は見《み》たのでした。かの女《じょ》は、 「うちのむすこは、まだこんな上等《じょうとう》のところを知《し》らないだろう。」と、思《おも》いました。  それは、母親《ははおや》にとって、うれしいことであり、また、かわいそうなことであるような気《き》がしました。  ゆうべのこと、むすこは、工場《こうじょう》からかえると、やぶれた仕事服《しごとふく》のポケットをさぐり、金《かね》をとり出《だ》して、 「おかあさん、映画《えいが》を、見《み》にいっていらっしゃい、お正月《しょうがつ》だもの。」と、前《まえ》へ差《さ》し出《だ》したのでした。  そのよごれた手《て》を見《み》るうち、ふと幼《おさな》いころ、おまえの手《て》はだれに似《に》て、まるくて、かわいらしいのだろうと、よくいったことが、記憶《きおく》にうかんだのです。そしてその手《て》がいま私《わたし》たちの暮《く》らしを立《た》てていると思《おも》うと、泣《な》かずにいられませんでした。 「いまごろ、むすこは工場《こうじょう》で、はたらいているだろう。」と、遠《とお》くの煙突《えんとつ》から、白《しろ》い煙《けむり》の上《のぼ》るのを見《み》て、かの女《じょ》は思《おも》いました。 「このごろ、ご主人《しゅじん》は、どうなの。」と、わかい女《おんな》に聞《き》きました。  赤《あか》ちゃんの父親《ちちおや》は、病気《びょうき》でねていました。  あくる日《ひ》、年《とし》とったほうの女《おんな》は、デパートの、かざられた衣裳《いしょう》の前《まえ》に立《た》っていました。そこには、三|万円《まんえん》の札《ふだ》のついた帯地《おびじ》、また二|万円《まんえん》の札《ふだ》のさがった晴《は》れ着《ぎ》が、かかっていました。 「だれが、これを買《か》うのだろうか。私《わたし》も、となりの若《わか》い女《おんな》も、一|生《しょう》身《み》につけることはないだろう。」  そう思《おも》うと、なんとなく、さびしい気《き》がして、かの女《じょ》は、おもちゃのある売《う》り場《ば》へいそいだのでした。そして、そこで、むすこが映画《えいが》を見《み》ろといってくれた金《かね》で、となりの赤《あか》ちゃんがよろこびそうな、赤《あか》いかざぐるまを買《か》いました。  かの女《じょ》は、それを大事《だいじ》そうにもって、階段《かいだん》を下《くだ》り外《そと》へ出《で》ました。つめたい風《かぜ》に、セルロイドのかざぐるまは、さらさらと、かわいた音《おと》をたてて、まわるのでありました。 底本:「定本小川未明童話全集 14」講談社    1977(昭和52)年12月10日第1刷発行    1983(昭和58)年1月19日第5刷発行 底本の親本:「うずめられた鏡」金の星社    1954(昭和29)年6月 入力:特定非営利活動法人はるかぜ 校正:酒井裕二 2019年3月29日作成 青空文庫作成ファイル: このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(https://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。