お姉ちゃんといわれて 小川未明 ------------------------------------------------------- 【テキスト中に現れる記号について】 《》:ルビ (例)光子《みつこ》 -------------------------------------------------------  光子《みつこ》さんが、学校《がっこう》へいこうとすると、近所《きんじょ》のおばあさんが、赤《あか》ちゃんをおぶって、日《ひ》の当《あ》たる道《みち》の上《うえ》に立《た》っていました。 「お姉《ねえ》ちゃん、いまいらっしゃるの。」と、おばあさんは、声《こえ》をかけました。  光子《みつこ》さんは、にっこりとしたが、そのまま下《した》を向《む》いて、だまっていってしまいました。 「わたし、お姉《ねえ》ちゃんでないわ。」と、光子《みつこ》さんは、つぶやきました。  あんなにたのんでも、赤《あか》ちゃんを、だっこさしてくれないのに、なんでお姉《ねえ》ちゃんと、いうのだろう。私《わたし》は、お姉《ねえ》ちゃんといわれても、ちっともうれしいことはないわと、光子《みつこ》さんは、道《みち》を歩《ある》きながら、思《おも》いました。  そして、おばあさんが、いじわるのような気《き》がして、ていねいにあいさつする気《き》にもなれなかったけれども、赤《あか》ちゃんは、かわいらしくて、ほんとうに、あのほおずきのような、ほおをぷっと吹《ふ》いてやりたくなったのでした。 「どうして、私《わたし》に、赤《あか》ちゃんをだっこさしてくれないのでしょう。」  ある日《ひ》、おばあさんは、光子《みつこ》さんのお母《かあ》さんに向《む》かって、 「このごろ、お光《みっ》ちゃんは、なにかお気《き》にさわったことがあるとみえて、怒《おこ》っていらっしゃるのですよ。いくら考《かんが》えても、なにがお気《き》にさわったかわかりませんが、どうかお母《かあ》さんから、きいてみてくださいませんか。」と、たのみました。  こういわれたので、お母《かあ》さんは、びっくりして、 「まあ、そんなことがあったのですか、それは、なにかおばあさんの、お考《かんが》えちがいで、ありませんか。しかし、あんなおてんばですから、もし失礼《しつれい》をしましたら、どうぞごめんくださいまし。」と、おわびなさいました。 「いえ、そんなつもりで、いったのでないのですよ。私《わたし》に気《き》がつきませんから、なにを怒《おこ》っていらっしゃるのか、お光《みっ》ちゃんに、おききしてもらいたいのです。こないだも、お姉《ねえ》ちゃんと声《こえ》をかけますと、下《した》を向《む》いて、にげていって、おしまいなさるのです。きっとなにか怒《おこ》っていらっしゃるに、ちがいありません。」と、子供《こども》の心《こころ》がわからぬまま、おばあさんは、母親《ははおや》にきいてもらうよう、笑《わら》いながらたのんだのでした。 「まあ、そんなまねを、光子《みつこ》がしたのでございますか。」と、お母《かあ》さんは、顔《かお》を赤《あか》くして、おばあさんに、きまりのわるい思《おも》いをなさいました。 「いいえ、けっして、お光《みっ》ちゃんをしからんでください。自分《じぶん》に、わけが思《おも》い出《だ》せないから、おききしたのです。」と、おばあさんも、とがめるつもりで、いったのでないと、恐縮《きょうしゅく》しました。  お母《かあ》さんと、おばあさんの、二人《ふたり》は、たがいに心《こころ》がわかると、へだてなく、笑《わら》いながら、世間《せけん》の話《はなし》などして、別《わか》れたのでした。  お母《かあ》さんは、家《いえ》へ帰《かえ》って、さっそく、光子《みつこ》さんを自分《じぶん》のそばへ呼《よ》びました。そして、おばあさんに対《たい》して、どうして、そんな失礼《しつれい》な態度《たいど》をしたのかと、おききになりました。  光子《みつこ》さんは、しばらく下《した》を向《む》いて、だまっていましたが、 「早《はや》く、おいいなさい。」と、お母《かあ》さんに、うながされると、あのときのことを思《おも》い出《だ》して、つい悲《かな》しくなり、目《め》から涙《なみだ》を落《お》としながら、 「私《わたし》、お姉《ねえ》ちゃんでないんですもの。」と、答《こた》えました。 「赤《あか》ちゃんから見《み》れば、あなたは、やはりお姉《ねえ》さんでしょう。」と、お母《かあ》さんは、これにはなにか理由《りゆう》があると、察《さっ》せられて、やさしく、いわれました。 「わたし、お姉《ねえ》ちゃんなら、すこしばかり赤《あか》ちゃんを、だっこさしてくれたっていいでしょう。それなのに、いくらおばあさんに、おねがいしても、赤《あか》ちゃんを抱《だ》かしてくれないのですもの。」と、さもうらめしそうに、泣《な》きながら、母親《ははおや》に、訴《うった》えたのでした。  お母《かあ》さんは、光子《みつこ》さんが、赤《あか》ちゃんをだっこしたいばかりに、じれているのだとさとると、むしろ、その子供《こども》らしい、やさしい心《こころ》をば、いじらしく思《おも》いました。 「ああ、そうだったの。ほんとうに、おまえさんも、赤《あか》ちゃんなのね。」と、いって、笑《わら》われました。  その後《ご》、このことを、お母《かあ》さんは、おばあさんに話《はな》されたのであります。すると、おばあさんも、急《きゅう》に明《あか》るい顔《かお》つきとなって、 「ああ、そうでしたか、私《わたし》が、わるかったのです。ただあぶないと思《おも》って、いくたびも光《みっ》ちゃんが、抱《だ》かしてくれとおっしゃったのをだかさなくて、わるいことをしました。それで、よくわかりました。こんど、おんぶしてもらいましょうね。」と、いって、おばあさんも目《め》がしらに、涙《なみだ》をためていられました。  その翌日《よくじつ》でした。おばあさんは、外《そと》で遊《あそ》んでいた光子《みつこ》さんを呼《よ》んで、 「さあ、赤《あか》ちゃんをおんぶしてくださいね。なかなか重《おも》いから、だっこは無理《むり》です。いま、ひもをかけますから、おんぶしてくださいよ。」と、いって、光子《みつこ》さんの、小《ちい》さな背中《せなか》へ、赤《あか》ちゃんをおんぶさしてくださいました。  はじめて、赤《あか》ちゃんをおぶって、光子《みつこ》さんは大喜《おおよろこ》びでした。  日《ひ》かげにいては、赤《あか》ちゃんが、寒《さむ》いので、日《ひ》のよくあたる往来《おうらい》へ出《で》ると、赤《あか》ちゃんはうれしがって、おくん、おくんといって、おどり上《あ》がりました。そのたびに、力《ちから》があまって、光子《みつこ》さんは、ころびそうになるのを、危《あや》うくこらえました。 「まあ、なんて元気《げんき》のいい、強《つよ》い赤《あか》ちゃんでしょう。」と、光子《みつこ》さんは、うれしかったのでした。そして、もし、おばあさんが、ひもでおぶわしてくれなかったら、落《お》としてしまったかもしれぬと思《おも》い、そんなことに気《き》のつかなかった、自分《じぶん》のわがままを、はじめて、わるかったと、さとったのでした。 底本:「定本小川未明童話全集 14」講談社    1977(昭和52)年12月10日第1刷発行    1983(昭和58)年1月19日第5刷発行 底本の親本:「太陽と星の下」あかね書房    1952(昭和27)年1月 初出:「博愛 737号」    1951(昭和26)年1月 ※表題は底本では、「お姉《ねえ》ちゃんといわれて」となっています。 入力:特定非営利活動法人はるかぜ 校正:酒井裕二 2018年5月27日作成 青空文庫作成ファイル: このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(https://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。