曇つた秋 中原中也 ------------------------------------------------------- 【テキスト中に現れる記号について】 《》:ルビ (例)嗤《わら》ふ |:ルビの付く文字列の始まりを特定する記号 (例)僕自身|時折《ときをり》 [#]:入力者注 主に外字の説明や、傍点の位置の指定    (数字は、JIS X 0213の面区点番号またはUnicode、底本のページと行数) (例)燋 ------------------------------------------------------- [#3字下げ]1[#「1」は中見出し] 或る日君は僕を見て嗤《わら》ふだらう、 あんまり蒼《あを》い顔してゐるとて、 十一月の風に吹かれてゐる、無花果《いちじく》の葉かなんかのやうだ、 棄《す》てられた犬のやうだとて。 まことにそれはそのやうであり、 犬よりもみじめであるかも知れぬのであり 僕自身|時折《ときをり》はそのやうに思つて 僕自身悲しんだことかも知れない それなのに君はまた思ひ出すだらう 僕のゐない時、僕のもう地上にゐない日に、 あいつあの時あの道のあの箇所で 蒼い顔して、無花果《いちじく》の葉のやうに風に吹かれて、――冷たい午後だつた―― しよんぼりとして、犬のやうに捨てられてゐたと。 [#3字下げ]2[#「2」は中見出し] 猫が鳴いてゐた、みんなが寝静まると、 隣りの空地で、そこの暗がりで、 まことに緊密でゆつたりと細い声で、 ゆつたりと細い声で闇《やみ》の中で鳴いてゐた。 あのやうにゆつたりと今宵《こよひ》一夜《ひとよ》を 鳴いて明《あか》さうといふのであれば さぞや緊密な心を抱いて 猫は生存してゐるのであらう…… あのやうに悲しげに憧《あこが》れに充《み》ちて 今宵ああして鳴いてゐるのであれば なんだか私の生きてゐるといふことも まんざら無意味ではなささうに思へる…… 猫は空地の雑草の蔭で、 多分は石ころを足に感じ その冷たさを足に感じ、 霧の降る夜を鳴いてゐた―― [#3字下げ]3[#「3」は中見出し] 君のそのパイプの、 汚れ方だの燋《こ》げ方だの、 僕はいやほどよく知つてるが、 気味の悪い程鮮明に、僕はそいつを知つてるのだが……  今宵ランプはポトホト燻《かが》り、  君と僕との影は床《ゆか》に  或ひは壁にぼんやりと落ち、  遠い電車の音は聞こえる 君のそのパイプの、 汚れ方だの燋げ方だの、 僕は実によく知つてるが、 それが永劫《えいごふ》の時間の中では、どういふことになるのかねえ?……  今宵私の命はかゞり  君と僕との命はかゞり、  僕等の命も煙草のやうに  どんどん燃えてゆくとしきや思へない まことに印象の鮮明といふこと 我等の記憶、謂《い》はば我々の命の足跡が あんまりまざまざとしてゐるといふことは いつたいどういふことなのであらうか    今宵ランプはポトホト燻《かゞ》り    君と僕との影は床に    或ひは壁にぼんやりと落ち、    遠い電車の音は聞える どうにも方途がつかない時は 諦《あきら》めることが男々《をを》しいことになる ところで方途が絶対につかないと 思はれることは、まづ皆無    そこで命はポトホトかゞり    君と僕との命はかゞり    僕等の命も煙草のやうに    どんどん燃えるとしきや思へない コホロギガ、ナイテ、ヰマス シウシン ラツパガ、[#「ラツパガ、」は底本では「ラツパガ 」]ナツテ、ヰマス デンシヤハ、マダマダ[#「マダマダ」は底本では「マガマダ」]、ウゴイテ、ヰマス クサキモ、ネムル、ウシミツドキデス イイエ、マダデス、ウシミツドキハ コレカラ、ニジカン、タツテカラデス ソレデハ、ボーヤハ、マダオキテヰテイイデスカ イイエ、ボーヤハ、ハヤクネルノデス ネテカラ、ソレカラ、オキテモイイデスカ アサガキタナラ、オキテイイノデス アサハ、ドーシテ、コサセルノデスカ アサハ、アサノホーデ、ヤツテキマス ドコカラ、ドーシテ、ヤツテクル、ノデスカ オカホヲ、アラツテ、デテクル、ノデス ソレハ、アシタノ、コトデスカ ソレガ、アシタノ、アサノ、コトデス イマハ、コホロギ、ナイテ、ヰマスネ ソレカラ、ラツパモ、ナツテ、ヰマスネ デンシヤハ、マダマダ、ウゴイテ、ヰマス[#「ヰマス」は底本では「ヰマズ」] ウシミツドキデハ、マダナイデスネ [#19字下げ]ヲハリ [#地から4字上げ](一九三五・一〇・五) 底本:「中原中也詩集」角川文庫、角川書店    1968(昭和43)年12月10日改版初版発行    1973(昭和48)年8月30日改版13版発行 ※「燻」に対するルビの「かが」と「かゞ」の混在は、底本通りです。 ※誤植を疑った箇所を、「中原中也詩集」角川文庫、角川書店、1995(平成7)年5月30日改版54版発行の表記にそって、あらためました。 入力:ゆうき 校正:木浦 2013年1月23日作成 2018年12月27日修正 青空文庫作成ファイル: このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(https://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。