幸福のはさみ 小川未明 ------------------------------------------------------- 【テキスト中に現れる記号について】 《》:ルビ (例)正吉《しょうきち》 |:ルビの付く文字列の始まりを特定する記号 (例)二|度《ど》 -------------------------------------------------------  正吉《しょうきち》は、まだお母《かあ》さんが、ほんとうに死《し》んでしまわれたとは、どうしても信《しん》じることができませんでした。  しかし、お母《かあ》さんが、もうこの家《いえ》にいられなくなってから幾日《いくにち》もたちました。正吉《しょうきち》はその間《あいだ》、毎日《まいにち》お母《かあ》さんのことを思《おも》い出《だ》しては、さびしい日《ひ》を送《おく》りました。彼《かれ》は子供心《こどもごころ》にも、もうお母《かあ》さんは死《し》んでしまわれたので、けっしてふたたび帰《かえ》ってこられないと思《おも》いながら、やはりまったく死《し》んでしまわれたとは、どうしても、思《おも》うことができなかったのです。あのやさしいお母《かあ》さんが、この世界《せかい》のどこにも、まったくいられないと信《しん》じたら、そして、もうどんなことをしても、二|度《ど》と見《み》ることができないと信《しん》じたら、彼《かれ》は、悲《かな》しさのあまり、胸《むね》が張《は》り裂《さ》けてしまうからでありました。  お母《かあ》さんが、じっと正吉《しょうきち》を見《み》つめられるときは、いつも、その真《ま》っ黒《くろ》な目《め》の中《なか》に、涙《なみだ》がたたえられていたのを、正吉《しょうきち》は忘《わす》れることができませんでした。  お母《かあ》さんがいられなくなってから、正吉《しょうきち》は、せめてお母《かあ》さんの面影《おもかげ》を思《おも》い出《だ》すことを楽《たの》しみにしていました。空《そら》を吹《ふ》く寒《さむ》い風《かぜ》も、また、窓《まど》を打《う》つ落《お》ち葉《ば》の音《おと》も、それをばさまたげるものはなかったのです。  正吉《しょうきち》は、夜《よる》になって、使《つか》いにやられるのを恐《おそ》ろしがっていました。なぜなら、このごろ、父親《ちちおや》は暗《くら》くなってから、酒《さけ》が足《た》りないといっては、町《まち》の酒屋《さかや》まで酒《さけ》を買《か》いに、正吉《しょうきち》をやったからであります。 「なあ正吉《しょうきち》、酒《さけ》を買《か》いにいってこい。」  夜《よる》になると、はたして、父親《ちちおや》はいいました。月《つき》もない暗《くら》い晩《ばん》でありました。星《ほし》の光《ひかり》が降《ふ》るように、青黒《あおぐろ》い空《そら》に輝《かがや》いていました。そして、風《かぜ》が吹《ふ》いて、落《お》ち葉《ば》が田《た》の上《うえ》を、カサカサ音《おと》をたてて飛《と》んでいました。  もし、こんなときにいやだといったら、きっと、父親《ちちおや》は「意気地《いくじ》なしめ。」といって、しかったでありましょう。正吉《しょうきち》は、お母《かあ》さんがおられたら、自分《じぶん》は、けっして、こんなさびしいめをみなくていいものをと思《おも》いますと、目《め》の中《なか》に涙《なみだ》がわいてきたのであります。が、 「なあ、正吉《しょうきち》は強《つよ》いものな。いい子《こ》だからいってきてくれよ。」と、父親《ちちおや》は、後《うし》ろ姿《すがた》を見送《みおく》りながら、いいました。  こう、父親《ちちおや》にやさしくいいかけられると、正吉《しょうきち》は、またなんとなく、父親《ちちおや》をあわれに思《おも》いました。そして自分《じぶん》たちは、いつまでもこんなにさびしい日《ひ》を送《おく》らなければならないのだろうかと、悲《かな》しくなりました。  正吉《しょうきち》は、とぼとぼと町《まち》の方《ほう》をさして歩《ある》いてゆきました。このあたりはもう日《ひ》が暮《く》れると、まったく人通《ひとどお》りは絶《た》えてしまったのです。どの家《いえ》も戸《と》を締《し》めてしまって、わずかに、戸《と》のすきまから、内部《ないぶ》に点《とも》っている燈火《ともしび》の光《ひかり》が、寒《さむ》い、さびしい外《そと》の闇《やみ》の中《なか》に、幽《かす》かな光《ひかり》を送《おく》っているばかりでありました。  小《ちい》さな、田舎町《いなかまち》は、おなじように、早《はや》くから、どこの店《みせ》も戸《と》を締《し》めてしまいました。正吉《しょうきち》は、平常《ふだん》、歩《ある》き慣《な》れていましたので、一筋《ひとすじ》の道《みち》をたどってゆきました。どこか遠《とお》くの方《ほう》で、犬《いぬ》のないている声《こえ》が聞《き》こえたのであります。ようやく、町《まち》に入《はい》ろうとしました。するとそこにお寺《てら》がありました。  寺《てら》の境内《けいだい》にはたくさんの木《き》が植《う》わっています。そして、いまは、いずれも黄色《きいろ》に真《ま》っ赤《か》に、葉《は》が色《いろ》づいていました。しかし、それらは、夜《よる》でありますから、ただ音《おと》だけが聞《き》こえるばかりで、はらはらと風《かぜ》の襲《おそ》うたびに騒《さわ》がしく散《ち》っていました。  正吉《しょうきち》は、お寺《てら》の門前《もんぜん》に、ただ一つ提燈《ちょうちん》をつけて、露店《ろてん》を出《だ》している人《ひと》があるのを遠《とお》くからながめました。夏《なつ》の夜《よる》や、縁日《えんにち》の晩《ばん》などには、よくこの町《まち》にも露店《ろてん》が出《で》ましたけれど、こんなに寒《さむ》くなってからは、出歩《である》く人《ひと》も少《すく》ないので、ああして露店《ろてん》を出《だ》しても品物《しなもの》を買《か》うものがないだろうにと、思《おも》われたのでありました。  その提燈《ちょうちん》の火《ひ》は、紙《かみ》がすすけているので、暗《くろ》うございました。どんな人《ひと》がそこにすわっているのだろうと、正吉《しょうきち》は思《おも》いながら、だんだんと、その露天《ろてん》の方《ほう》に近《ちか》づいてきました。風《かぜ》に吹《ふ》かれて、落《お》ち葉《ば》は、その火《ひ》の周囲《まわり》に渦巻《うずま》いていました。しかし、すわっている人《ひと》は、じっとして動《うご》きませんでした。  正吉《しょうきち》は、一人《ひとり》の女《おんな》が、さびしそうに往来《おうらい》を見《み》つめてすわっているのを見《み》ました。そして、提燈《ちょうちん》のうす暗《ぐら》い火影《ほかげ》で、その顔《かお》を見《み》ますと、恋《こい》しいお母《かあ》さんに、まったくよく似《に》ているのでありました。  その女《おんな》は、前《まえ》にむしろを敷《し》いて、はさみをならべていました。そのはさみは、着物《きもの》を縫《ぬ》うときに入《い》り用《よう》のはさみでありました。  正吉《しょうきち》は、しばらく、その女《おんな》を見《み》つめてたたずみました。そして、見《み》れば見《み》るほど、恋《こい》しいお母《かあ》さんの顔《かお》によく似《に》ていましたので、とうとう自分《じぶん》を忘《わす》れて、正吉《しょうきち》は「お母《かあ》さん。」といって、そのそばに、駆《か》け寄《よ》りました。  すると、その女《おんな》は、さびしく笑《わら》いました。そして、しっかりと正吉《しょうきち》を抱《いだ》き寄《よ》せました。 「私《わたし》は、坊《ぼう》やのお母《かあ》さんじゃありません。その証拠《しょうこ》に、私《わたし》の頭《あたま》の髪《け》は、こんなに灰色《はいいろ》がかっています。しかし私《わたし》は、坊《ぼう》がさびしいのをよく知《し》っている。私《わたし》が、おまじないをしてあげる。もうこれから、お父《とう》さんは、けっして、こんな風《かぜ》の吹《ふ》く暗《くら》い晩《ばん》に、坊《ぼう》をお使《つか》いになぞ出《だ》しはしないだろう……。」  こういって、女《おんな》の人《ひと》は、前《まえ》のむしろの上《うえ》に載《の》せてあったはさみの中《なか》から、一つのはさみを取《と》って、自分《じぶん》のほおのあたりに垂《た》れかかった、髪《かみ》の毛《け》を二、三|本《ぼん》切《き》って、それをば、正吉《しょうきち》の持《も》っていた徳利《とくり》の中《なか》に入《い》れて渡《わた》しました。そして、正吉《しょうきち》の頭《あたま》をなでながら、 「お父《とう》さんが待《ま》っておいでなさるから、早《はや》く酒《さけ》を買《か》って、家《うち》へお帰《かえ》りなさい。気《き》をつけて転《ころ》ばないようにおゆきよ。坊《ぼう》が帰《かえ》るまで、私《わたし》は店《みせ》を出《だ》しています。」と、やさしくいって、正吉《しょうきち》の顔《かお》をのぞきました。正吉《しょうきち》は、お母《かあ》さんは髪《かみ》の毛《け》が、もっと黒《くろ》かったと思《おも》いましたけれど、あまりその女《おんな》の人《ひと》がお母《かあ》さんに似《に》ているので、ただ悲《かな》しく、なつかしさで胸《むね》がいっぱいでありました。そして、その女《おんな》の目《め》の中《なか》がうるんで涙《なみだ》でいっぱいなのも、ほんとうにお母《かあ》さんが自分《じぶん》を見《み》るときとまったく同《おな》じでありました。それですから、正吉《しょうきち》も悲《かな》しくなって、しくしくと泣《な》き出《だ》しました。  すると、女《おんな》は、正吉《しょうきち》を前《まえ》の方《ほう》に、押《お》し離《はな》すようにして、 「私《わたし》にも、ちょうど坊《ぼう》と同《おな》じぐらいの男《おとこ》の子《こ》がありますの。しかし、おとなで、さびしがりもせず、独《ひと》りで私《わたし》の帰《かえ》るまでお留守居《るすい》をしていますよ。坊《ぼう》やも、早《はや》くお家《うち》へ帰《かえ》って、お父《とう》さんの手助《てだす》けをしてあげなければなりません。」といいました。  正吉《しょうきち》は、こう聞《き》くと、やはり自分《じぶん》のお母《かあ》さんではなかったことを知《し》りました。そして、泣《な》くのをやめて、とぼとぼと、それから、酒《さけ》を買《か》いに酒屋《さかや》の方《ほう》へと歩《ある》いてゆきました。  正吉《しょうきち》が、徳利《とくり》を下《さ》げて帰《かえ》るときにも、女《おんな》の人《ひと》は、じっとすわっていました。正吉《しょうきち》は、悲《かな》しさが胸《むね》にこみあげてきて、早《はや》く家《うち》へ帰《かえ》って、また、死《し》んだお母《かあ》さんを思《おも》い出《だ》して、ぞんぶんに泣《な》こうと道《みち》を駆《か》け出《だ》したのであります。  父親《ちちおや》は、正吉《しょうきち》が、酒《さけ》を買《か》って帰《かえ》るのを待《ま》っていました。そして、子供《こども》が、どんな悲《かな》しい思《おも》いにふけっているかということも知《し》らずに、徳利《とくり》を受《う》け取《と》ると、さっそくその酒《さけ》を盃《さかずき》に注《つ》いで飲《の》みはじめました。  父親《ちちおや》は、さもうまそうに舌打《したう》ちをして飲《の》んでいましたが、にわかに盃《さかずき》を下《した》に置《お》いて、考《かんが》え込《こ》みながら、 「不思議《ふしぎ》なこともあるものだ。この酒《さけ》は梅《うめ》の香《にお》いがする。この香《にお》いは、死《し》んだ妻《つま》が髪《かみ》の毛《け》につけていた香油《こうゆ》の香《にお》いそっくりだ。」と、独《ひと》り言《ごと》をして、死《し》んだ正吉《しょうきち》の母親《ははおや》を思《おも》い出《だ》したように考《かんが》え込《こ》みました。  父親《ちちおや》のいうことを聞《き》くと、正吉《しょうきち》は、びっくりしました。彼《かれ》は先刻《さっき》、寺《てら》の前《まえ》で見《み》た女《おんな》の人《ひと》が、どうしてもお母《かあ》さんにちがいないような気《き》がして、考《かんが》えにふけっていたやさきでありましたから、このとき、彼《かれ》は、あったままを父親《ちちおや》に話《はな》したのであります。そして、その女《おんな》の人《ひと》がおまじないに髪《かみ》の毛《け》をはさみで切《き》って徳利《とくり》の中《なか》にいれたこともすっかり話《はな》したのでありました。その話《はなし》を聞《き》くと、父親《ちちおや》は、いままでの酔《よ》いがすっかりさめてしまったように、まじめな顔《かお》つきになりました。 「どれ、俺《おれ》がいってみてこよう。おまえは、家《うち》に留守《るす》をしているのだよ。」といって、父親《ちちおや》は急《いそ》いで町《まち》の方《ほう》へとゆきました。  父親《ちちおや》は、星晴《ほしば》れのした空《そら》の下《した》の、暗《くら》い道《みち》を歩《ある》いてゆきました。それは、正吉《しょうきち》の通《とお》ったと同《おな》じ道《みち》でありました。落《お》ち葉《ば》の空《そら》を飛《と》ぶ音《おと》が聞《き》こえます。木《き》の枝《えだ》の風《かぜ》に吹《ふ》かれて鳴《な》る音《おと》が聞《き》こえています。このとき、父親《ちちおや》は、はじめて、こんなさびしい道《みち》を子供《こども》をば使《つか》いにやったことをかわいそうに思《おも》って後悔《こうかい》しました。  そのとき、あちらに、暗《くら》い提燈《ちょうちん》の火《ひ》が見《み》えたのであります。それは、ちょうど寺《てら》の門前《もんぜん》であって、まだ露店《ろてん》が出《で》ているのでした。  こんなさびしい、人通《ひとどお》りのない晩《ばん》に、いまごろまで露店《ろてん》を出《だ》しているなんて不思議《ふしぎ》なことだと、父親《ちちおや》は思《おも》いました。 「あすこに、その死《し》んだ妻《つま》に似《に》た女《おんな》がすわっているのか。」と、父親《ちちおや》は、胸《むね》の中《なか》でいいながら近《ちか》づいてみました。すると、それは、いつのまに人《ひと》が変《か》わったものか、女《おんな》の人《ひと》でなくて、白髪《しらが》のおじいさんが、じっとさびしい往来《おうらい》を見《み》つめてすわっていました。  父親《ちちおや》は、そのおじいさんの顔《かお》を見《み》ると、びっくりしました。ずっと前《まえ》に、この世《よ》から亡《な》くなられた自分《じぶん》のお父《とう》さんに、その面《おも》ざしが似《に》ているからでありました。  おじいさんは、黙《だま》って下《した》を向《む》いていました。正吉《しょうきち》の父親《ちちおや》は、その前《まえ》に立《た》って、はさみを見《み》ながら、いろいろのことを思《おも》い出《だ》していました。 「おじいさん、このはさみをくださいまし。」と、父親《ちちおや》はいいました。  すると、黙《だま》って下《した》を向《む》いていたおじいさんは顔《かお》を上《あ》げました。 「こう寒《さむ》くなっては、どこの家《いえ》でも冬着《ふゆぎ》の仕度《したく》をせにゃならん。このはさみを使《つか》った人《ひと》は、みんなにしあわせがくるから、楽《たの》しみにしていなさい。」と、おじいさんはいいました。  正吉《しょうきち》の父親《ちちおや》は、自分《じぶん》は男《おとこ》で、着物《きもの》を縫《ぬ》えないが、だれか人《ひと》にたのんで、子供《こども》にだけなりと暖《あたた》かい着物《きもの》を着《き》せてやりたいと思《おも》いました。父親《ちちおや》は、ずっと以前《いぜん》に、この世《よ》から亡《な》くなられて、忘《わす》れかかっていた父親《ちちおや》の顔《かお》を、おじいさんを見《み》て、はっきりと思《おも》い出《だ》しました。 「おじいさんも、かぜをひかないようにお大事《だいじ》になさいまし。」といって、父親《ちちおや》は、子供《こども》が待《ま》っているだろうと思《おも》って、急《いそ》いで家《いえ》へ帰《かえ》りました。  明《あ》くる日《ひ》の朝《あさ》、あられが降《ふ》って、あたりはいっそうさびしくなりました。その日《ひ》、思《おも》いがけなく、しばらくたよりのなかった妹《いもうと》から手紙《てがみ》がきました。旅《たび》に出《で》ていた妹《いもうと》が、帰《かえ》ってくるという知《し》らせでありました。 「正吉《しょうきち》や、叔母《おば》さんか帰《かえ》ってきなさるぞ。」と、父親《ちちおや》はさびしがっている正吉《しょうきち》に向《む》かっていいました。 「叔母《おば》さんが帰《かえ》ってきなさる?」と、正吉《しょうきち》はびっくりしたように叫《さけ》びました。  正吉《しょうきち》は、四つか五つの時分《じぶん》に、たいへん自分《じぶん》をかわいがってくれた叔母《おば》さんのあったことを知《し》っていました。たとえ、記憶《きおく》にはほとんど残《のこ》っていないにしろ、たえず心《こころ》の中《なか》では慕《した》わしく思《おも》っていたのでありました。  正吉《しょうきち》の家《いえ》は、急《きゅう》に晴《は》れ晴《ば》れとしてきました。曇《くも》った日《ひ》に、雲間《くもま》から日《ひ》の光《ひかり》が射《さ》したように明《あか》るくなってきました。そして叔母《おば》さんは、きっと土産物《みやげもの》を正吉《しょうきち》に持《も》ってきてくださるばかりでなく、また帰《かえ》ってこられたら、正吉《しょうきち》に着物《きもの》を縫《ぬ》ってくださるであろうと思《おも》ったばかりでも、父親《ちちおや》や、正吉《しょうきち》の心《こころ》は明《あか》るくなるのでありました。 底本:「定本小川未明童話全集 3」講談社    1977(昭和52)年1月10日第1刷    1977(昭和52)年C第2刷 初出:「婦人界 6巻11号」    1922(大正11)年11月 ※表題は底本では、「幸福《こうふく》のはさみ」となっています。 ※初出時の表題は「幸福の鋏」です。 入力:特定非営利活動法人はるかぜ 校正:江村秀之 2014年2月10日作成 青空文庫作成ファイル: このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。