赤い魚と子供 小川未明 ------------------------------------------------------- 【テキスト中に現れる記号について】 《》:ルビ (例)川《かわ》 -------------------------------------------------------  川《かわ》の中《なか》に、魚《さかな》がすんでいました。  春《はる》になると、いろいろの花《はな》が川《かわ》のほとりに咲《さ》きました。木《き》が、枝《えだ》を川《かわ》の上《うえ》に拡《ひろ》げていましたから、こずえに咲《さ》いた、真紅《まっか》な花《はな》や、またうす紅《くれない》の花《はな》は、その美《うつく》しい姿《すがた》を水《みず》の面《おもて》に映《うつ》したのであります。  なんのたのしみもない、この川《かわ》の魚《さかな》たちは、どんなに上《うえ》を向《む》いて、水《みず》の面《おもて》に映《うつ》った花《はな》をながめてうれしがったでありましょう。 「なんというきれいな花《はな》でしょう。水《みず》の上《うえ》の世界《せかい》にはあんなに美《うつく》しいものがたくさんあるのだ。こんどの世《よ》には、どうかして私《わたし》たちは水《みず》の上《うえ》の世界《せかい》に生《う》まれ変《か》わってきたいものです。」と、魚《さかな》たちは話《はな》し合《あ》っていました。  なかにも、魚《さかな》の子供《こども》らは躍《おど》り上《あ》がって、とどきもしない花《はな》に向《む》かって、飛《と》びつこうと騒《さわ》いだのです。 「お母《かあ》さん、あのきれいな花《はな》がほしいのです。」といいました。  すると、魚《さかな》の母親《ははおや》は、その子供《こども》をいましめて、いいますのには、 「あれは、ただ遠《とお》くからながめているものです。けっして、あの花《はな》が水《みず》の上《うえ》に落《お》ちてきたとて食《た》べてはなりません。」と教《おし》えました。  子供《こども》らは、母親《ははおや》のいうことが、なぜだか信《しん》じられなかった。 「なぜ、お母《かあ》さん、あの花《はな》びらが落《お》ちてきたら、食《た》べてはなりませんのですか。」と聞《き》きました。  母親《ははおや》は、思案顔《しあんがお》をして、子供《こども》らを見守《みまも》りながら、 「昔《むかし》から、花《はな》を食《た》べてはいけないといわれています。あれを食《た》べると、体《からだ》に変《か》わりができるということです。食《た》べるなというものは、なんでも食《た》べないほうがいいのです。」といいました。 「あんなにきれいな花《はな》を、なぜ食《た》べてはいけないのだろう。」と、一ぴきの子供《こども》の魚《さかな》は、頭《かしら》をかしげました。 「あの花《はな》が、この水《みず》の上《うえ》に、みんな落《お》ちてきたら、どんなにきれいだろう。」と、ほかの一ぴきは目《め》を輝《かがや》かしながらいいました。  そして、子供《こども》らは、毎日《まいにち》、水《みず》の面《おもて》を見上《みあ》げて、花《はな》の散《ち》る日《ひ》をたのしみにして待《ま》っていました。ひとり、母親《ははおや》だけは、子供《こども》らが自分《じぶん》のいましめをきかないのを心配《しんぱい》していました。 「どうか、花《はな》を私《わたし》の知《し》らぬまに食《た》べてくれぬといいけれど。」と、独《ひと》り言《ごと》をしていました。  木々《きぎ》の咲《さ》いた花《はな》には、朝《あさ》から、晩《ばん》になるまで、ちょうや、はちがきてにぎやかでありましたが、日《ひ》がたつにつれて、花《はな》は開《ひら》ききってしまいました。そして、ある日《ひ》のこと、ひとしきり風《かぜ》が吹《ふ》いたときに、花《はな》はこぼれるように水《みず》の面《おもて》にちりかかったのであります。 「ああ、花《はな》が降《ふ》ってきた。」と、川《かわ》の中《なか》の魚《さかな》は、みんな大騒《おおさわ》ぎをしました。 「まあ、なんというりっぱさでしょう。しかし、子供《こども》らが、うっかりこの花《はな》をのまなければいいが。」と、大《おお》きな魚《さかな》は心配《しんぱい》していました。  花《はな》は、水《みず》の上《うえ》に浮《う》かんで、流《なが》れ流《なが》れてゆきました。しかし、後《あと》から、後《あと》から、花《はな》がこぼれて落《お》ちてきました。 「どんなに、おいしかろう。」といって、三びきの魚《さかな》の子供《こども》は、ついに、その花《はな》びらをのんでしまいました。  その子供《こども》らの母親《ははおや》は、その翌日《よくじつ》、我《わ》が子《こ》の姿《すがた》を見《み》て、さめざめと泣《な》いたのです。 「あれほど、花《はな》びらをたべてはいけないといったのに。」といいました。  黒《くろ》い子供《こども》の体《からだ》は、いつのまにか、二ひきは、赤《あか》い色《いろ》に、一ぴきは白《しろ》と赤《あか》の斑色《ぶちいろ》になっていたからです。  母親《ははおや》の歎《なげ》いたのも、無理《むり》はありませんでした。この三びきの子供《こども》が、川中《かわなか》でいちばん目立《めだ》って美《うつく》しく見《み》えたからであります。そして、川《かわ》の水《みず》は、よく澄《す》んでいましたから、上《うえ》からでものぞけば、この三びきの子供《こども》らが遊《あそ》んでいる姿《すがた》がよくわかったのであります。 「人間《にんげん》が、おまえらを見《み》つけたら、きっと捕《と》らえるから、けっして水《みず》の上《うえ》へ浮《う》いてはならないぞ。」と、母親《ははおや》は、その子供《こども》らをいましめました。  町《まち》からは、こんどは、人間《にんげん》の子供《こども》たちが毎日《まいにち》川《かわ》へ遊《あそ》びにやってきました。  町《まち》の子供《こども》たちの中《なか》で、川《かわ》にすむ、赤《あか》い魚《さかな》を見《み》つけたものがあります。 「この川《かわ》の中《なか》に、金魚《きんぎょ》がいるよ。」と、その魚《さかな》を見《み》た子供《こども》がいいました。 「なんで、この川《かわ》の中《なか》に金魚《きんぎょ》なんかがいるもんか、きっとひごいだろう。」と、ほかの子供《こども》がいいました。 「ひごいなんか、なんでこの川《かわ》中《なか》にいるもんか。それはお化《ば》けだよ。」と、ほかの子供《こども》がいいました。  けれど、子供《こども》たちは、どうかして、その赤《あか》い魚《さかな》を捕《と》らえたいばかりに、毎日《まいにち》川《かわ》のほとりへやってきました。  町《まち》では、子供《こども》たちの母親《ははおや》が心配《しんぱい》いたしました。 「どうして、そう毎日《まいにち》川《かわ》へばかりゆくのだえ。」と、子供《こども》たちをしかりました。 「だって、赤《あか》い魚《さかな》がいるんですもの。」と、子供《こども》は答《こた》えました。 「ああ、昔《むかし》から、あの川《かわ》には赤《あか》い魚《さかな》がいるんですよ。しかし、それを捕《と》らえるとよくないことがあるというから、けっして、川《かわ》などへいってはいけません。」と、母親《ははおや》はいいました。  子供《こども》たちは、母親《ははおや》がいったことをほんとうにしませんでした。どうかして、赤《あか》い魚《さかな》を捕《つか》まえたいものだと、毎日《まいにち》、川《かわ》のふちへきてはうろついていました。  ある日《ひ》のこと、子供《こども》たちは、とうとう赤《あか》い魚《さかな》を三びきとも捕《つか》まえてしまいました。そして、家《うち》へ持《も》って帰《かえ》りました。 「お母《かあ》さん、赤《あか》い魚《さかな》を捕《つか》まえてきましたよ。」と、子供《こども》たちはいいました。  お母《かあ》さんは、子供《こども》たちの捕《つか》まえてきた赤《あか》い魚《さかな》を見《み》ました。 「おお、小《ちい》さいかわいらしい魚《さかな》だね! どんなにか、この魚《さかな》の母親《ははおや》が、いまごろ悲《かな》しんでいるでしょう。」と、お母《かあ》さんはいいました。 「お母《かあ》さん、この魚《さかな》にもお母《かあ》さんがあるのですか?」と、子供《こども》たちはききました。 「ありますよ。そして、いまごろ、子供《こども》がいなくなったといって心配《しんぱい》しているでしょう。」と、お母《かあ》さんは答《こた》えました。  子供《こども》たちは、その話《はなし》をきくとかわいそうになりました。 「この魚《さかな》を逃《に》がしてやろうか。」と、一人《ひとり》がいいました。 「ああもう、だれも捕《つか》まえないように大《おお》きな河《かわ》へ逃《に》がしてやろう。」と、もう一人《ひとり》がいいました。子供《こども》たちは、三びきのきれいな魚《さかな》を町《まち》はずれの大《おお》きな河《かわ》へ逃《に》がしてやりました、その後《あと》で子供《こども》たちは、はじめて気《き》がついていいました。 「あの三びきの赤《あか》い魚《さかな》は、はたして、魚《さかな》のお母《かあ》さんにあえるのだろうか?」  しかし、それはだれにもわからなかったのです。子供《こども》たちはその後《のち》、気《き》にかかるので、いつか三びきの赤《あか》い魚《さかな》を捕《つか》まえた川《かわ》にいってみましたけれど、ついにふたたび赤《あか》い魚《さかな》の姿《すがた》を見《み》ませんでした。  夏《なつ》の夕暮《ゆうぐ》れ方《がた》、西《にし》の空《そら》の、ちょうど町《まち》のとがった塔《とう》の上《うえ》に、その赤《あか》い魚《さかな》のような雲《くも》が、しばしば浮《う》かぶことがありました。子供《こども》たちは、それを見《み》ると、なんとなく悲《かな》しく思《おも》ったのです。 底本:「定本小川未明童話全集 3」講談社    1977(昭和52)年1月10日第1刷発行    1981(昭和56)年1月6日第7刷発行 初出:「金の塔」    1922(大正11)年9月 ※表題は底本では、「赤《あか》い魚《さかな》と子供《こども》」となっています。 入力:ぷろぼの青空工作員チーム入力班 校正:本読み小僧 2012年7月16日作成 青空文庫作成ファイル: このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。