長ぐつの話 小川未明 ------------------------------------------------------- 【テキスト中に現れる記号について】 《》:ルビ (例)乞食《こじき》 |:ルビの付く文字列の始まりを特定する記号 (例)一|時《じ》 -------------------------------------------------------  あるところに、かわいそうな乞食《こじき》の子《こ》がありました。  さびしい村《むら》の方《ほう》から、毎日《まいにち》、町《まち》の方《ほう》へ、ものをもらいに追《お》い出《だ》されました。けれど、小《ちい》さな足《あし》には、なにもはくものがなかったのです。子供《こども》は跣足《はだし》で、長《なが》い石《いし》ころの多《おお》い道《みち》を、とぼとぼと歩《ある》かなければならなかったのでした。  夏《なつ》の暑《あつ》い日《ひ》のことであります。地《ち》の面《おもて》は乾《かわ》いて、石《いし》は、熱《あつ》く焼《や》けていました。しかし子供《こども》は、足《あし》になにもはくものがなかったので、その上《うえ》を跣足《はだし》で歩《ある》いていました。通《とお》りすがりの人《ひと》たちは、このかわいそうな乞食《こじき》の子《こ》を見《み》ましても、やさしい声《こえ》ひとつ、かけてくれるものはありませんでした。  乞食《こじき》の子《こ》は、きたならしいふうをして、だれも通《とお》らない、日盛《ひざか》りごろを往来《おうらい》の上《うえ》を歩《ある》いていたのです。すると、頭《あたま》の上《うえ》で、つばめが鳴《な》いていました。電信柱《でんしんばしら》が往来《おうらい》に沿《そ》って、あちらまで遠《とお》くつづいていました。そして、その先《さき》は、青《あお》い、青《あお》い、空《そら》の下《した》に見《み》えなくなっていました。  その柱《はしら》と柱《はしら》の間《あいだ》には、幾筋《いくすじ》かの電線《でんせん》がつながっていました。そして、その細《ほそ》い電線《でんせん》は日《ひ》にさらされて光《ひか》っていました。  つばめは、幾羽《いくわ》となく並《なら》んで、電線《でんせん》に止《と》まっています。そして、鳴《な》いていました。乞食《こじき》の子《こ》は、ふと思《おも》わず立《た》ち止《と》まって上《うえ》を仰《あお》ぎますと、つばめは、みんな自分《じぶん》を見《み》て鳴《な》いていましたので、これは、鳥《とり》までが、自分《じぶん》をばかにするのかと腹《はら》をたてました。  子供《こども》は、足《あし》もとの小石《こいし》を拾《ひろ》って、鳥《とり》らに向《む》かって投《な》げました。つばめは、驚《おどろ》いて、みんな一|時《じ》に飛《と》び立《た》ちました。子供《こども》は、しばらくたたずんで、つばめの飛《と》び立《た》つ方《ほう》をながめていました。  翌日《よくじつ》も、また熱《あつ》い日《ひ》でありました。子供《こども》がちょうど、昨日《きのう》石《いし》を拾《ひろ》って投《な》げつけたところにきますと、またもつばめがたくさん電線《でんせん》の上《うえ》に止《と》まって、鳴《な》いていました。今度《こんど》は、すこし道《みち》から離《はな》れた田《た》の上《うえ》で鳴《な》いていました。ちょうどその下《した》には汽車《きしゃ》の線路《せんろ》があって、土手《どて》がつづいていました。土手《どて》は、ここでは往来《おうらい》に接《せっ》していましたが、やがて道《みち》から遠《とお》く離《はな》れて、あちらへいっていたのです。  子供《こども》は石《いし》を拾《ひろ》って、わざわざ線路《せんろ》の方《ほう》まで、田《た》のあぜ道《みち》を伝《つた》わってゆきました。そして、石《いし》をつばめに向《む》かって投《な》げようと思《おも》ったのです。  けれど、子供《こども》は、つばめの鳴《な》いているのは、自分《じぶん》をばかにして鳴《な》くのでないということを心《こころ》に感《かん》じました。  その声《こえ》は、なにかしきりに、自分《じぶん》に向《む》かって、告《つ》げようとしているようです。子供《こども》は、つばめが止《と》まっている、下《した》の線路《せんろ》のそばを見《み》ました。すると、そこには、はき古《ふる》した、ぼろぼろに破《やぶ》れた長《なが》ぐつが一|足《そく》捨《す》ててありました。  子供《こども》は、「これだ! つばめが、俺《おれ》に、くつの落《お》ちていることを知《し》らしてくれたのだ。」と、深《ふか》く心《こころ》に感謝《かんしゃ》しました。  子供《こども》は、さっそく、その長《なが》ぐつを拾《ひろ》ってはいたのであります。それは、多分《たぶん》、工夫《こうふ》かだれかがはいて、もう古《ふる》くなって破《やぶ》れたので捨《す》てたものと思《おも》われます。  大人《おとな》の足《あし》にはいた、長《なが》ぐつでありましたから、乞食《こじき》の子供《こども》がはくと、足《あし》の全部《ぜんぶ》が、うずまってしまいそうにみえました。しかし、なにもはかずに、この焼《や》けるような石塊《いしころ》の多《おお》い道《みち》を歩《ある》くよりは、どんなに子供《こども》にとって、くつをはくことがよかったかしれません。そればかりでなく、子供《こども》は、生《う》まれてから、はじめてくつというものをはいたので、珍《めずら》しくてしかたがありませんでした。  大《おお》きなくつを、ひきずるように、往来《おうらい》を町《まち》の方《ほう》に向《む》かって歩《ある》いてゆきました。  町《まち》の人々《ひとびと》は、みんなこの子供《こども》のようすを見《み》て振《ふ》り返《かえ》りました。しかし、笑《わら》うものは少《すく》なかったのです。 「どうせ、乞食《こじき》の子《こ》だもの。」と思《おも》っていたので、かわいそうとも、おかしいとも問題《もんだい》にしなかったほど、冷淡《れいたん》でありました。  しかし、田舎道《いなかみち》を通《とお》ると、村《むら》の子供《こども》らは手《て》をたたいて笑《わら》いました。 「やあい、このお天気《てんき》に、長《なが》ぐつなんかはいているやあい。」と叫《さけ》びました。そして、ぞろぞろ後《あと》からついてきて、笑《わら》ったり、また石《いし》を投《な》げたりしました。  乞食《こじき》の子《こ》は、しくしく泣《な》きだしました。町《まち》へいって、みんなに冷淡《れいたん》にされているほうが、まだよかったように思《おも》いました。  きたならしいふうをして、長《なが》ぐつをはいた子供《こども》は、やっと逃《のが》れて村《むら》の子供《こども》らのついてこない小川《おがわ》の辺《へん》までやってきて、そこに立《た》ってしばらく泣《な》いていました。  このいじらしい姿《すがた》を見《み》たものは、ほかにだれもありません。ただ、田《た》の中《なか》に遊《あそ》んでいたかえるらばかりでありました。  かえるらは、かわいそうな子供《こども》のために相談《そうだん》したのです。 「どうか、村《むら》の子供《こども》らが、子供《こども》を見《み》ても笑《わら》わないようにしてやりたいものだ……。」  こういって、いろいろ話《はな》し合《あ》いましたが、ついに、雨《あめ》を降《ふ》らせるにかぎるということに考《かんが》えつきました。  ほんとうに、よく空《そら》は晴《は》れわたっていて、一|片《ぺん》の雲《くも》すらなく、雨《あめ》が降《ふ》りそうなけはいはなかったのです。それをどうかして、雨《あめ》を降《ふ》らせようと、かえるらは思《おも》ったのであります。  たくさんなかえるは、田《た》の中《なか》や、あぜの上《うえ》で、空《そら》に向《む》かって鳴《な》きはじめました。また、あるものは、小《ちい》さな木《き》に上《のぼ》って、すこしでも大《おお》きく、太陽《たいよう》の耳《みみ》に訴《うった》えがきこえるように、鳴《な》きたてたのであります。  晩方《ばんがた》まで、根気《こんき》よくかえるらは鳴《な》いていました。すると、いままで見《み》えなかった雲《くも》の影《かげ》が空《そら》に動《うご》きはじめました。そして、日《ひ》の光《ひかり》が、だんだん蔭《かげ》ってくると、その日《ひ》の夜《よる》から翌日《あくるひ》にかけて、大雨《おおあめ》が降《ふ》り続《つづ》きました。  やがて、雨《あめ》は晴《は》れました。けれど、田舎道《いなかみち》には、水《みず》がいっぱいたまっていました。その日《ひ》、乞食《こじき》の子《こ》は、長《なが》ぐつをはいてみんなの前《まえ》を威張《いば》って通《とお》ることができました。 底本:「定本小川未明童話全集 3」講談社    1977(昭和52)年1月10日第1刷    1981(昭和56)年1月6日第7刷 初出:「時事新報」    1923(大正12)年8月26日 ※表題は底本では、「長《なが》ぐつの話《はなし》」となっています。 ※初出時の表題は「長靴の話」です。 入力:ぷろぼの青空工作員チーム入力班 校正:本読み小僧 2014年4月23日作成 青空文庫作成ファイル: このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。