幾年もたった後 小川未明 ------------------------------------------------------- 【テキスト中に現れる記号について】 《》:ルビ (例)輝《かがや》かしい |:ルビの付く文字列の始まりを特定する記号 (例)一|度《ど》 [#]:入力者注 主に外字の説明や、傍点の位置の指定 (例)[#地付き]――一九二二・七作―― -------------------------------------------------------  ある輝《かがや》かしい日《ひ》のことです。父親《ちちおや》は、子供《こども》の手《て》を引《ひ》きながら道《みち》を歩《ある》いていました。  まだ昨日《きのう》降《ふ》った雨《あめ》の水《みず》が、ところどころ地《ち》のくぼみにたまっていました。その水《みず》の面《おもて》にも、日《ひ》の光《ひかり》は美《うつく》しく照《て》らして輝《かがや》いていました。  子供《こども》は、その水《みず》たまりをのぞき込《こ》むように、その前《まえ》にくると歩《あゆ》みを止《と》めてたたずみました。 「坊《ぼう》や、そこは水《みず》たまりだよ。入《はい》ると足《あし》が汚《よご》れるから、こっちを歩《ある》くのだよ。」と、父親《ちちおや》はいいました。  子供《こども》は、そんなことは耳《みみ》にはいらないように、笑《わら》って足先《あしさき》で、水《みず》の面《おもて》を踏《ふ》もうとしていました。 「足《あし》が汚《よご》れるよ。」と、父親《ちちおや》は無理《むり》に、やわらかな白《しろ》い子供《こども》の腕《うで》を引《ひ》っ張《ぱ》りました。すると、子供《こども》は、やっと父親《ちちおや》のあとについてきましたが、また、二足三足《ふたあしみあし》歩《ある》くと、また立《た》ち止《ど》まって、こんどは頭《あたま》の上《うえ》に垂《た》れ下《さ》がった木《き》の枝《えだ》をながめて笑《わら》っていました。  その木《き》は、なんの木《き》か知《し》らなかったけれど、緑色《みどりいろ》の葉《は》がしげっていました。そして、その緑色《みどりいろ》の葉《は》の一つ一つは、青玉《あおだま》のように美《うつく》しく日《ひ》に輝《かがや》いていました。  父親《ちちおや》は子供《こども》がうれしそうに、木《き》の葉《は》の動《うご》くのをながめて笑《わら》っているようすを見《み》るにつけ、また水《みず》たまりをおもしろそうにのぞき込《こ》んだようすを思《おも》い出《だ》すにつけ、この世《よ》の中《なか》が、どんなに子供《こども》の目《め》には美《うつく》しく見《み》えるのだろうかと考《かんが》えずにはいられませんでした。  父親《ちちおや》は、子供《こども》の手《て》を引《ひ》いて、ゆるゆると道《みち》の上《うえ》を歩《ある》いていきました。そして、父親《ちちおや》は、自分《じぶん》も、こんなように子供《こども》の時分《じぶん》があったのだということを、ふと心《こころ》の中《うち》に思《おも》い出《だ》したのであります。 「やはり自分《じぶん》もこんなように、歩《ある》いたのであろう。やはり自分《じぶん》の目《め》にも、こんなように、映《うつ》ったものはなんでも美《うつく》しく見《み》えたことがあったのであろう。」と、父親《ちちおや》は思《おも》ったのでありました。  しかし、もう、いまとなっては、そんな昔《むかし》のことをすっかり忘《わす》れてしまいました。これは、ひとり、この父親《ちちおや》ばかりにかぎったことではないでありましょう。みんな人間《にんげん》というものは一|度《ど》経験《けいけん》したことも年《とし》をたつにつれて、だんだんと忘《わす》れてしまうものです。そして、もう一度《いちど》それを知《し》りたいと思《おも》っても思《おも》い出《だ》すことができないのであります。 「ああ、どんな気持《きも》ちだろうか? もう一|度《ど》自分《じぶん》もあんな子供《こども》の時分《じぶん》になってみたい。」と、父親《ちちおや》はしみじみと思《おも》いました。  この父親《ちちおや》は、やさしい、いい人《ひと》でありました。無邪気《むじゃき》な、世《よ》の中《なか》のいろいろなことはなにも知《し》らない、ただ、なにもかもが美《うつく》しく、そして、みんな笑《わら》っているようにしか見《み》えない子供《こども》の心持《こころも》ちを、ほんとうに哀《あわ》れに感《かん》じていました。それでありますから、できるだけ、子供《こども》にやさしく、そして、しんせつにしてやろうと思《おも》いました。  子供《こども》は、二足《ふたあし》、三足《みあし》歩《ある》くと足《あし》もとの小石《こいし》を拾《ひろ》って、それを珍《めずら》しそうに、ながめていました。鶏《とり》が餌《え》を探《さが》していると立《た》ち止《ど》まって、 「とっと、とっと。」といって、ぼんやりとながめていました。  また小犬《こいぬ》が遊《あそ》んでいると、子供《こども》は立《た》ち止《ど》まって、じっとそれをば見守《みまも》りました。 「わんわんや、わんわんや。」と、かわいらしい、ほんとうに心《こころ》からやさしい声《こえ》を出《だ》して、小《ちい》さな手《て》を出《だ》して招《まね》くのでした。  子供《こども》にとって、木《き》の葉《は》も、草《くさ》も、小石《こいし》も、鶏《とり》も、小犬《こいぬ》もみんな友《とも》だちであったのです。その父親《ちちおや》は、手間《てま》がとれても、子供《こども》の気《き》の向《む》くままにまかせて、ぼんやり立《た》ち止《ど》まって、それを見守《みまも》っていることもありました。 「なぜ、人間《にんげん》は、いつまでもこの子供《こども》の心《こころ》を失《うしな》わずにいられないものだろうか。なぜ年《とし》を取《と》るにつれて、悪《わる》い考《かんが》えをもったり、まちがった考《かんが》えをいだいたりするようになるものだろうか。ああ、自分《じぶん》も、どうかして、もう一|度《ど》、なにも世《よ》の中《なか》のことを知《し》らなかった、そして、なんでも美《うつく》しく見《み》える子供《こども》の時分《じぶん》になりたいものだ。しかし、流《なが》れた水《みず》が、もう帰《かえ》ってこないように、なれるものでない。」と、父親《ちちおや》は、考《かんが》えながら歩《ある》いていきました。  すると、ふいに、耳《みみ》もとで、 「もう一|度《ど》、おまえは子供《こども》になれるから、心配《しんぱい》をするな。」といったものがありました。  父親《ちちおや》は、はっと驚《おどろ》きました。だれが、それをいったのだろうと、くるくると頭《あたま》をあたりにまわしてみましたけれど、あたりには、だれも歩《ある》いているものはなかったのです。また、だれも自分《じぶん》の胸《むね》の中《うち》で思《おも》っていることを知《し》り得《う》るはずはなかったのでありました。  不思議《ふしぎ》なことがあるものだと思《おも》って、空《そら》を仰《あお》ぎますと、太陽《たいよう》が円《まる》い顔《かお》をして、にこにこと笑《わら》っていました。  いま、そういったのは、太陽《たいよう》かと思《おも》いましたから、 「ほんとうに、私《わたし》はもう一|度《ど》、子供《こども》に帰《かえ》れるでしょうか? 私《わたし》は世《よ》の中《なか》の苦労《くろう》をしました。私《わたし》の頭《あたま》からは、無邪気《むじゃき》ということがなくなってしまいました。私《わたし》はどう考《かんが》えましても、木《き》の葉《は》や小石《こいし》や、犬《いぬ》ころを友《とも》だちとする気《き》にはなれません。どうして、この私《わたし》が、二|度《ど》と子供《こども》になれるでありましょうか。」と、父親《ちちおや》はいいました。 「もう一|度《ど》、おまえを子供《こども》にしてやる。」と、太陽《たいよう》はいいました。  父親《ちちおや》は、それが自分《じぶん》の空想《くうそう》でないかしらん。いくら太陽《たいよう》だって、そんなことをいい得《う》るものでなかろう!。それとも、自分《じぶん》が死《し》んで、こんどふたたびこの世界《せかい》に生《う》まれ変《か》わってきたときをいうのではなかろうかと思《おも》いましたから、父親《ちちおや》は太陽《たいよう》に向《む》かって、 「ほんとうのことでございますか。この世《よ》で死《し》ぬまでに、もう一|度《ど》、子供《こども》になれるでありましょうか。」とたずねました。 「そうだ、死《し》ぬまでに、もう一|度《ど》、子供《こども》にしてやる。」と、太陽《たいよう》はいいました。 「ああ、うれしい!」と、父親《ちちおや》は、自分《じぶん》の子供《こども》を抱《だ》き上《あ》げていいました。 「子供《こども》であることをうれしいとは、子供《こども》は思《おも》っていない。子供《こども》はまじめなんだ。子供《こども》のいうことをよく聞《き》いてやれ! そして、子供《こども》を大事《だいじ》にしなければならない。」と、太陽《たいよう》はいいました。このときは、太陽《たいよう》も、まじめになって、いつものようにあいきょうよく笑《わら》っているようには見《み》えませんでした。  そのとき、父親《ちちおや》は、まだ年《とし》が若《わか》かったのであります。太陽《たいよう》がいつかいったことを後《のち》には忘《わす》れてしまいました。いったことの意味《いみ》は、思《おも》い出《だ》されても、なんで太陽《たいよう》がものをいうものか。あれは、みんな自分《じぶん》の描《えが》いた空想《くうそう》に過《す》ぎなかったと思《おも》ったでありましょう。そして、あのときの子供《こども》は、大《おお》きくなりました。子供《こども》があのときの父親《ちちおや》の年《とし》ごろになったときは、もう子供《こども》には、子供《こども》が産《う》まれて、父親《ちちおや》は、年《とし》をとってしまいました。  父親《ちちおや》に孫《まご》ができたわけであります。父親《ちちおや》は、だんだん年《とし》をとって、ついにおじいさんになってしまいました。  このおじいさんは、いいおじいさんで、やさしく孫《まご》たちをかわいがりました。だから、孫《まご》たちは、おじいさん、おじいさんといって懐《なつ》きました。しかしおじいさんは、もう孫《まご》たちのめんどうを見《み》ることができなくなったほど年《とし》をとってしまいました。  すると、おじいさんは、いつとはなしに、この世《よ》の中《なか》での、うるさかったこと、めんどうだったこと、心《こころ》をなやましたこと、また苦《くる》しかったこと、いろいろなことが忘《わす》れられてゆきました。  おじいさんの目《め》は、子供《こども》の目《め》のように美《うつく》しく澄《す》んできました。すると、なんでも、目《め》に映《うつ》ったものは美《うつく》しく見《み》えました。おじいさんは、道《みち》ばたに咲《さ》いている山茶花《さざんか》も、菊《きく》の花《はな》も、みんな心《こころ》あってなにか物語《ものがた》ろうとしているように見《み》られたのです。おじいさんは、つえを止《と》めて、腰《こし》を伸《の》ばして、ぼんやりとそれに見《み》とれていました。  小鳥《ことり》が、木《き》のこずえにきて鳴《な》いていると、おじいさんは、また立《た》ち止《ど》まって、その鳴《な》き声《ごえ》に聞《き》きとれていました。  ある日《ひ》のこと、おじいさんは、孫《まご》たちに手《て》を引《ひ》かれて歩《ある》いていました。 「おじいさん、ここは水《みず》たまりですよ。この板《いた》の上《うえ》をトン、トンとお歩《ある》きなさいよ。」と、孫《まご》たちに教《おそ》わって、おじいさんは、その水《みず》たまりを歩《ある》いていました。  おじいさんには、なにもかもこの世界《せかい》が美《うつく》しく、そして、広《ひろ》く見《み》られたのであります。  太陽《たいよう》は、大空《おおぞら》から、下《した》を見《み》ていました。そして、この有《あ》り様《さま》を笑顔《えがお》でながめていました。  昔《むかし》、あのおじいさんは、自分《じぶん》の子供《こども》を、ちょうどあのように手《て》を引《ひ》いて、この道《みち》を歩《ある》いたことがあった。いまは、孫《まご》たちに手《て》を引《ひ》かれて、ああして歩《ある》いてゆく。 「どうか、もう一|度《ど》子供《こども》の時分《じぶん》になってみたい。」と、あの時分《じぶん》いっていた。そして、そのとき、俺《おれ》が、「もう一|度《ど》、おまえを子供《こども》にしてやる。」といったら、たいへんに喜《よろこ》んだものだ。いまあのように子供《こども》と同《おな》じである。  こう、太陽《たいよう》は考《かんが》えると、下《した》を歩《ある》いているおじいさんに向《む》かって、 「三十|年《ねん》も、四十|年《ねん》も昔《むかし》に、もう一|度《ど》子供《こども》になってみたいといったが、いまおまえは、どんなに、考《かんが》えている?」と、太陽《たいよう》はたずねました。  しかし、おじいさんは、知《し》らぬ顔《かお》で、とぼとぼと歩《ある》いていました。おじいさんには太陽《たいよう》のいったことが、ちょうど子供《こども》のようにわからなかったのであります。[#地付き]――一九二二・七作―― 底本:「定本小川未明童話全集 3」講談社    1977(昭和52)年1月10日第1刷    1981(昭和56)年1月6日第7刷 ※表題は底本では、「幾年《いくねん》もたった後《のち》」となっています。 入力:ぷろぼの青空工作員チーム入力班 校正:本読み小僧 2012年9月28日作成 青空文庫作成ファイル: このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。