ものぐさなきつね 小川未明 ------------------------------------------------------- 【テキスト中に現れる記号について】 《》:ルビ (例)星《ほし》 [#]:入力者注 主に外字の説明や、傍点の位置の指定 (例)[#7字下げ] ------------------------------------------------------- [#7字下げ]一[#「一」は中見出し]  星《ほし》は、毎夜《まいよ》さびしい大空《おおぞら》に輝《かがや》いていました。そして下界《げかい》を照《て》らしていましたけれど、だれも星《ほし》を見《み》てなぐさめてくれるものとてなかったのです。星《ほし》は、それを頼《たよ》りないことに思《おも》っていました。  鶏《にわとり》が、朝《あさ》早《はや》く起《お》きて、そのりこうそうな黒《くろ》い瞳《ひとみ》の中《なか》に、星影《ほしかげ》を映《うつ》して、勇《いさ》んで鳴《な》いてくれなかったならば、星《ほし》は、毎夜毎夜《まいよまいよ》、音《おと》もない野原《のはら》や、黒《くろ》い村《むら》や、白《しろ》く霧《きり》のかかった林《はやし》や、ものすごい水《みず》の上《うえ》を照《て》らしていることが、もう飽《あ》き飽《あ》きして、まったくいやになってしまったにちがいありません。  けれど、若々《わかわか》しい鶏《にわとり》の喜《よろこ》ばしそうな鳴《な》き声《ごえ》を聞《き》くと、星《ほし》は、すべての長《なが》い夜《よる》の間《あいだ》の物憂《ものう》かったことなどを忘《わす》れてしまいます。そうして、つい鶏《にわとり》の愛想《あいそう》のいいのに引《ひ》き込《こ》まれて、いっしょに日《ひ》の上《のぼ》らない朝《あさ》の間《あいだ》を楽《たの》しく送《おく》るのでありました。  そのうちに太陽《たいよう》が東《ひがし》の空《そら》を上《のぼ》ると、もはや鶏《にわとり》に別《わか》れを告《つ》げなければなりません。星《ほし》はさも名残《なごり》惜《お》しそうにして、西《にし》の空《そら》に没《ぼっ》してゆくのでありました。すると鶏《にわとり》も、もう鳴《な》くのをやめてしまいます。  こんなふうにして、星《ほし》と鶏《にわとり》とはたいそう仲《なか》がよかったのです。星《ほし》の黙《だま》って、ぴかぴかとしてお話《はなし》をするのを、鶏《にわとり》は頭《あたま》を傾《かたむ》けて聞《き》いていました。そして鶏《にわとり》だけには、星《ほし》のものをいうことがよくわかりました。また、鶏《にわとり》の鳴《な》いていろいろなことを話《はな》すのも、星《ほし》にはよくわかりました。 「まだ牛《うし》も馬《うま》も眠《ねむ》っています。私《わたし》だけが起《お》きたのです。」と、鶏《にわとり》は、大《おお》きな声《こえ》を出《だ》して叫《さけ》びます。またつぎに、 「いま、ようやく家《うち》の人《ひと》たちは起《お》きました。そして、勝手《かって》もとでガタガタ音《おと》をさせています。いま、ろうそくに火《ひ》を点《つ》けて、裏口《うらぐち》の方《ほう》へ出《で》てゆきます。きっと馬《うま》にまぐさをやるのでしょう。」と、鶏《にわとり》は告《つ》げていました。 [#7字下げ]二[#「二」は中見出し]  かくして、毎朝《まいあさ》、星《ほし》は夜《よる》の間《あいだ》に見《み》た不思議《ふしぎ》なことを鶏《にわとり》に知《し》らせ、また鶏《にわとり》は、村《むら》の中《なか》のできごとを星《ほし》に知《し》らせて、たがいに春《はる》から秋《あき》になるまで、長《なが》い間《あいだ》、仲《なか》のいい友《とも》だちであったのです。星《ほし》がしめやかな言葉《ことば》つきで、 「いま、寒《さむ》い風《かぜ》が、あちらの遠《とお》い森《もり》の中《なか》で騒《さわ》いでいる。」と、鶏《にわとり》に告《つ》げますと、鶏《にわとり》は、うなだれて体《からだ》じゅうを円《まる》くしてちぢむのでした。 「しかし、鶏《にわとり》さん、私《わたし》はおまえさんを毎晩《まいばん》守《まも》ってあげますよ。」と、星《ほし》はいったのです。  冬《ふゆ》になって、雪《ゆき》が地《ち》の上《うえ》に積《つ》もると、鶏《にわとり》は小舎《こや》の中《なか》に押《お》し入《い》れられてしまいました。そして外《そと》へ出《で》ることを許《ゆる》されませんでした。  哀《あわ》れな鶏《にわとり》は、小舎《こや》の中《なか》にいて、どんなに怠屈《たいくつ》をしたでしょう。ただじっとしていて、耳《みみ》に聞《き》くものは闇《やみ》の中《なか》に狂《くる》う風《かぜ》と雪《ゆき》の音《おと》ばかりでありました。 「ああ、早《はや》く春《はる》になって、土《つち》を踏《ふ》みたいもんだ。そして、あの優《やさ》しい黄金色《こがねいろ》に輝《かがや》く星《ほし》の光《ひかり》を見《み》たいものだ。春《はる》、夏《なる》、秋《あき》、なんという長《なが》い間《あいだ》、私《わたし》たちはまた星《ほし》とお話《はなし》することができるだろう。楽《たの》しいことだ。」と、鶏《にわとり》は思《おも》いました。  星《ほし》はまた、毎夜《まいよ》限《かぎ》りない、しんとした雪《ゆき》の広野《こうや》を照《て》らしていました。ただ見《み》るものは白《しろ》い雪《ゆき》ばかりでした。そしてたまたま黒《くろ》い森《もり》や、山《やま》や、流《なが》れが目《め》に入《はい》りましても、なにひとつおもしろい話《はなし》をするではありません。そのほか、怠《なま》けものの獣物《けもの》や、いじ悪《わる》い動物《どうぶつ》はありましたが、自分《じぶん》に向《む》かってやさしく話《はなし》をする、あの鶏《にわとり》のような友《とも》だちはなかったのです。星《ほし》は鶏《にわとり》のことを思《おも》い出《だ》していました。そして早《はや》く春《はる》になって、鶏《にわとり》が小舎《こや》から出《で》て、空《そら》にくびを伸《の》ばして話《はな》しかける日《ひ》になるのを待《ま》っていました。 [#7字下げ]三[#「三」は中見出し]  寒《さむ》い夜《よる》のことでした。山《やま》にすんでいるきつねはもう山《やま》には餌《えさ》がなかったので、里《さと》へ出《で》てなにか探《さが》してこようと野原《のはら》の上《うえ》を歩《ある》いてきました。きつねは村《むら》へいって鶏《にわとり》の小舎《こや》を襲《おそ》おうと思《おも》っていたのです。 「おお、寒《さむ》い。」と、きつねはつぶやいて、空《そら》を向《む》いて、太《ふと》い息《いき》をしました。 「この寒《さむ》いのに、どこへゆくのですか?」と、星《ほし》はたずねました。 「山《やま》に食《た》べるものがなかったから、里《さと》へいって鶏《にわとり》でも捕《と》ってこようと思《おも》うのだ。」と、きつねはめんどうくさそうにいいました。  星《ほし》は、びっくりしました。しかし、きつねは、なかなか年《とし》をとっていて狡猾《こうかつ》でありましたから、星《ほし》はちょっとだますことはできないと思《おも》いました。 「今夜《こんや》あたり、狩人《かりゅうど》が寝《ね》ずに番《ばん》をしているかもしれない。」と、星《ほし》はささやきました。  きつねは、これを聞《き》いてせせら笑《わら》いをしました。 「なんで狩人《かりゅうど》が、鶏《にわとり》の番《ばん》などをしているものか。」といいました。 「おまえさんは、鶏小舎《にわとりごや》の在《あ》り場《ば》を知《し》っているのですか。」と、星《ほし》はきつねに問《と》いました。 「なに、村《むら》の中《なか》をうろついてみればすぐわかることだ。」と、きつねは答《こた》えました。  星《ほし》は、目《め》もとに笑《わら》いをたたえて、 「そんなことをして、うろついていると、狩人《かりゅうど》に撃《う》たれてしまいますよ。それよりここに、もうしばらく待《ま》っておいでなさい。やがて鶏《にわとり》が鳴《な》く時分《じぶん》です。そうしたら、じきにその小舎《こや》を見《み》つけることができます。辛棒《しんぼう》が肝心《かんじん》です。」と、星《ほし》は諭《さと》すようにいいました。 「そうしようか。」と、ものぐさなきつねは村《むら》の方《ほう》を見《み》て、そうすることにしました。そしてじっと耳《みみ》を澄《す》ましていました。その夜《よ》は雪《ゆき》こそ降《ふ》らなかったが、いつにない寒《さむ》い夜《よる》でありました。きつねはもう、なんとも我慢《がまん》をすることができなくなりました。 「早《はや》く、鶏《にわとり》め鳴《な》かないかなあ。」と思《おも》っていますうちに、間近《まぢか》の黒《くろ》い森《もり》の方《ほう》で、犬《いぬ》のなく声《こえ》が聞《き》こえました。きつねは、びっくりしました。 「そら、きつねさん、私《わたし》のいわないことではありません。狩人《かりゅうど》の犬《いぬ》ですよ。」と、星《ほし》はいいました。  きつねは、あわてて起《た》とうとしましたが、尾《お》が雪《ゆき》の上《うえ》に凍《こご》えついてしまって、どうしても取《と》れませんでした。やっとの思《おも》いで、痛《いた》いめをして引《ひ》き離《はな》すと、きつねは空《むな》しく山《やま》の中《なか》へ駆《か》け込《こ》んでゆきました。 底本:「定本小川未明童話全集 3」講談社    1977(昭和52)年1月10日第1刷    1981(昭和56)年1月6日第7刷 初出:「読売新聞」    1922(大正11)年1月23〜25日 ※初出時の表題は「ものぐさな狐」です。 入力:ぷろぼの青空工作員チーム入力班 校正:江村秀之 2013年12月5日作成 青空文庫作成ファイル: このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。