千代紙の春 小川未明 ------------------------------------------------------- 【テキスト中に現れる記号について】 《》:ルビ (例)町《まち》 |:ルビの付く文字列の始まりを特定する記号 (例)一|度《ど》 [#]:入力者注 主に外字の説明や、傍点の位置の指定 (例)[#地付き] -------------------------------------------------------  町《まち》はずれの、ある橋《はし》のそばで、一人《ひとり》のおじいさんが、こいを売《う》っていました。おじいさんは、今朝《けさ》そのこいを問屋《とんや》から請《う》けてきたのでした。そして、長《なが》い間《あいだ》、ここに店《みせ》を出《だ》して、通《とお》る人々《ひとびと》に向《む》かって、 「さあ、こいを買《か》ってください。まけておきますから。」と、人《ひと》の顔《かお》を見《み》ながらいっていました。  人《ひと》たちの中《なか》では、立《た》ち止《ど》まって見《み》てゆくものもあれば、知《し》らぬ顔《かお》をして、さっさといってしまうものもありました。しかし、おじいさんは、根気《こんき》よく同《おな》じことをいっていました。  そうするうちに、「これは珍《めずら》しいこいだ。」といって、買《か》ってゆくものもありました。そして、暮《く》れ方《がた》までには、小《ちい》さなこいは、たいてい売《う》りつくしてしまいました。けれど、いちばん大《おお》きなこいは売《う》れずに、盤台《ばんだい》の中《なか》に残《のこ》っていました。  おじいさんは、大《おお》きなのが売《う》れないので、気《き》が気《き》でありませんでした。どうかして、それをはやく、あたりが暗《くら》くならないうちに売《う》ってしまいたいと、焦《あせ》っていました。 「さあ、大《おお》きなこいをまけておきますから、買《か》ってください。」と、しきりにおじいさんはわめいていました。  みんな通《とお》る人《ひと》は、そのこいに目《め》をつけてゆきました。 「大《おお》きなこいだな。」といってゆくものもありました。  そのはずであります。こいは、幾年《いくねん》か大《おお》きな池《いけ》に、またあるときは河《かわ》の中《なか》にすんでいたのです。こいは、河《かわ》の水音《みずおと》を聞《き》くにつけて、あの早瀬《はやせ》の淵《ふち》をなつかしく思《おも》いました。また、木々《きぎ》の影《かげ》に映《うつ》る、鏡《かがみ》のような青々《あおあお》とした、池《いけ》の故郷《こきょう》を恋《こい》しく思《おも》いました。しかし、盤台《ばんだい》の中《なか》に捕《と》らえられていては、もはや、どうすることもできなかったのです。そのうえに、もう捕《と》らえられてから幾日《いくにち》もたって、あちらこちらと持《も》ち運《はこ》ばれています間《あいだ》に、すっかり体《からだ》が弱《よわ》ってしまって、まったく、昔《むかし》のような元気《げんき》がなかったのであります。  大《おお》きなこいは、自分《じぶん》の子供《こども》のことを思《おも》いました。また友《とも》だちのことを思《おも》いました。そして、どうかして、もう一|度《ど》自分《じぶん》の子供《こども》や、友《とも》だちにめぐりあいたいと思《おも》いました。 「さあ、こいを買《か》っていってください。もう大《おお》きいのが一ぴきになりました。うんとまけておきますから、買《か》っていってください。」  おじいさんは、その前《まえ》を通《とお》る人《ひと》たちに向《む》かって、声《こえ》をからしていっていました。晩方《ばんがた》の道《みち》を急《いそ》ぐ人《ひと》たちは、ちょっと見《み》たばかりで、 「このこいは値《ね》もいいにちがいない。」と、心《こころ》の中《うち》で思《おも》って、さっさといってしまうものばかりでした。  大《おお》きなこいは、白《しろ》い腹《はら》を出《だ》して、盤台《ばんだい》の中《なか》で横《よこ》になっていました。こいは、よく肥《こ》えていました。けれど、もはや水《みず》すら十|分《ぶん》に飲《の》むこともできなかったので、この後《のち》、そんなに長《なが》いこと命《いのち》が保《たも》たれようとは考《かんが》えられませんでした。  春先《はるさき》であったから、河水《かわみず》は、なみなみとして流《なが》れていました。その水《みず》は、山《やま》から流《なが》れてくるのでした。山《やま》には、雪《ゆき》が解《と》けて、谷《たに》という谷《たに》からは、水《みず》があふれ出《で》て、みんな河《かわ》の中《なか》に注《そそ》いだのです。こんなときには、池《いけ》にも水《みず》がいっぱいになります。そして、天気《てんき》のいい暖《あたた》かな日《ひ》には、町《まち》から、村《むら》から、人々《ひとびと》が釣《つ》りをしに池《いけ》や河《かわ》へ出《で》かけるのも、もう間近《まぢか》なころでありました。  あわれなこいは、そんなことを空想《くうそう》していました。  このとき、一人《ひとり》のおばあさんがありました。つえをついて、この橋《はし》の上《うえ》にきかかりました。おばあさんには、心配《しんぱい》がありましたから、とぼとぼと下《した》を向《む》いて歩《ある》いて、元気《げんき》がなかったのです。それは、かわいい孫《まご》の美代子《みよこ》さんが、体《からだ》が悪《わる》くて、家《うち》にねていたからです。 「どうかして、早《はや》く、美代《みよ》の病気《びょうき》をなおしたいものだ。」と、おばあさんは、このときも思《おも》っていました。  美代子《みよこ》さんは、ちょうど十二でした。このごろは、体《からだ》が悪《わる》いので学校《がっこう》を休《やす》んで、医者《いしゃ》にかかっていました。けれどなかなか昔《もと》のように元気《げんき》よく、快《よ》くなおりませんでした。そして、美代子《みよこ》さんは、毎日《まいにち》、ねたり起《お》きたりしていました。起《お》きているときは、お人形《にんぎょう》の着物《きもの》を縫《ぬ》ったり、また、雑誌《ざっし》を読《よ》んだり、絵本《えほん》を見《み》たりしていましたけれど、もとのように、お友《とも》だちと活発《かっぱつ》に、外《そと》へ出《で》て駆《か》けたりして遊《あそ》ぶようなことはなかったのです。  美代子《みよこ》さんのお母《かあ》さんや、お父《とう》さんばかりでありませんでした。心配《しんぱい》をしたのは、家《うち》じゅうのものでありました。 「ほんとうに、あの子《こ》の病気《びょうき》は、なぜなおらないのだろうか?」と、おばあさんは、いつもそのことを思《おも》いながら、つえをついて歩《ある》いて、橋《はし》のたもとにきかかったのです。 「さあ、こいをまけておきますから、買《か》っていってください。」と、おじいさんはいっていました。  おじいさんは、早《はや》くこいを売《う》って家《うち》へ帰《かえ》りたいと思《おも》いました。家《うち》には、二人《ふたり》の孫《まご》が、おじいさんの帰《かえ》るのを待《ま》っていたからです。おじいさんの家《うち》は貧乏《びんぼう》でした。そして、おじいさんが、こうしてこいを売《う》って金《かね》にして帰《かえ》らなければ、みんなは楽《たの》しく、夕飯《ゆうはん》を食《た》べることもできなかったのであります。 「さあ、まけておきますから、こいを買《か》っていってください。」と、おじいさんは、熱心《ねっしん》にいいました。  おばあさんは、それを聞《き》くと、つえをつきながら、立《た》ち止《ど》まりました。そして、橋《はし》のそばに、店《みせ》を開《ひら》いている、盤台《ばんだい》の中《なか》の大《おお》きなこいに目《め》を止《と》めたのであります。  おばあさんは、こいを病人《びょうにん》に食《た》べさせるとたいそう力《ちから》がつくという話《はなし》を思《おも》い出《だ》しました。 「ほんとうに、いい大《おお》きなこいだな。」と、おばあさんはたまげたようにいいました。 「まけておきます。どうぞ買《か》っていってください。」と、おじいさんは声《こえ》をかけました。 「うちの小《ちい》さな娘《むすめ》が病気《びょうき》だから、それに買《か》っていってやろうと思《おも》ってな。」と、おばあさんはいいました。 「このこいをおあがりなされば、すぐに病気《びょうき》がなおります。」と、おじいさんは答《こた》えました。  おばあさんは、じっと大《おお》きなこいが、肥《こ》えた白《しろ》い腹《はら》を出《だ》しているのをながめていましたが、 「なんだか、このこいは、元気《げんき》がないな。じっとしている。」と、おばあさんは、こごんでいいました。 「どういたしまして、これが弱《よわ》っているなどといったら、元気《げんき》のいいのなどはありません。」と、おじいさんはいいました。  おばあさんは、それでもくびを傾《かたむ》けていました。 「死《し》んでいるのではないかい。」と、おばあさんはたずねました。 「あんなに、口《くち》をぱくぱくやっているではありませんか。」と、おじいさんはいいました。 「いくらだい?」 「大《おお》まけにまけて一|両《りょう》よりしかたがありません。」と、おじいさんは答《こた》えました。 「どれ、ちょっと尾《お》を持《も》って、跳《は》ねるか見《み》せておくれ。」と、おばあさんは、註文《ちゅうもん》をしました。  このとき、ほんとうにこいは、死《し》んでいるようにじっとしていましたが、おじいさんは、おばあさんがそういうので、大《おお》きなこいの尾《お》を握《にぎ》って高《たか》くさしあげました。  こいは、このときだと思《おも》ったのです。いま自分《じぶん》が逃《に》げなければ数分間《すうふんかん》のうちに殺《ころ》されてしまうと思《おも》いましたから、力《ちから》まかせに、おじいさんの腕《うで》を尾《お》でたたきつけて、おじいさんがびっくりして、手《て》を放《はな》したすきに河《かわ》の中《なか》へ一飛《ひとと》びに、飛《と》び込《こ》んでしまったのです。 「あ、こいが逃《に》げた!」 と、通《とお》りすがりの人々《ひとびと》は叫《さけ》んで、黒《くろ》くその前《まえ》に集《あつ》まりました。おじいさんも、おばあさんも、びっくりしましたが、中《なか》にもおじいさんは、この大《おお》きなこいを逃《に》がしてしまったので大損《おおぞん》をしなければなりませんでした。孫《まご》たちに夕飯《ゆうはん》のおかずを買《か》ってゆくどころでありませんでした。 「尾《お》をつかんで、上《あ》げてみせろなどといわなけりゃ、こいが逃《に》げてしまうことはなかったのです。どうか、このこいのお金《かね》をください。」と、おじいさんは、おばあさんにいいました。  おばあさんは、甲高《かんだか》な調子《ちょうし》になって、 「なんで、受《う》け取《と》りもしないのに、代金《だいきん》を払《はら》うわけがあるかい。かわいい孫《まご》の口《くち》に入《はい》らないものを、私《わたし》は、お金《かね》なんか払《はら》わないよ。」と、争《あらそ》っていました。  このとき、集《あつ》まった人々《ひとびと》の中《なか》から、頭髪《かみ》を長《なが》くした易者《えきしゃ》のような男《おとこ》が前《まえ》に出《で》てきました。 「おばあさん、こんなめでたいことはありません。死《し》んだと思《おも》ったこいが跳《は》ねて河《かわ》の中《なか》へ躍《おど》り込《こ》むなんて、ほんとうにめでたいことです。きっとお孫《まご》さんのご病気《びょうき》は、明日《あす》からなおりますよ。孫《まご》のかわいいのは、だれも同《おな》じことです。このおじいさんにもかわいい孫《まご》が家《うち》に待《ま》っているのだから、おばあさん、こいの代金《だいきん》をはらっておやりなさい。」と、その髪《かみ》の長《なが》い男《おとこ》はいいました。おばあさんは、こいの代金《だいきん》なんど払《はら》うものかと思《おも》っていましたが、いまこの男《おとこ》のいうことを聞《き》くと、なるほど、もっともだと思《おも》いました。そこで、おばあさんは、しなびた手《て》で財布《さいふ》の中《なか》から銭《ぜに》をとり出《だ》して、おじいさんに払《はら》ってやりました。  おじいさんは、おばあさんが、こいの代金《だいきん》を払《はら》ってくれるとにこにこしました。そして、ふところから美《うつく》しい千代紙《ちよがみ》を出《だ》しました。 「おばあさん、この千代紙《ちよがみ》は、私《わたし》が孫《まご》に土産《みやげ》に持《も》っていってやろうと思《おも》いましたが、なにも今日《きょう》に限《かぎ》ったことでない。どうか、ご病気《びょうき》のお孫《まご》さんに持《も》っていってあげてくださいまし。」といって、渡《わた》そうとしました。  おばあさんは目《め》を丸《まる》くして、 「千代紙《ちよがみ》なら、うちの子《こ》はたくさんもっていますよ。そんなものはいりません。」といって断《ことわ》りました。けれどおじいさんは、無理《むり》に千代紙《ちよがみ》をおばあさんに手渡《てわた》しました。 「そういうものでありません。またちがった色《いろ》の千代紙《ちよがみ》をもらうと、子供《こども》というものは、喜《よろこ》ぶものですよ。」と、おじいさんはいいました。  おばあさんは、千代紙《ちよがみ》をもらって、ふたたび、とぼとぼとつえをついて歩《ある》いて帰《かえ》りました。空《そら》には、いい月《つき》が出《で》ていました。おばあさんは、家《うち》に帰《かえ》って、こいが跳《は》ねて河《かわ》の中《なか》に飛《と》び込《こ》んで、そのお金《かね》を払《はら》ったということを話《はな》しますと、美代子《みよこ》さんのお母《かあ》さんは、 「おばあさんが、こいを受《う》け取《と》りもなさらないのに、逃《に》げたこいのお金《かね》を払《はら》うのは、ほんとうにばかばかしいことですね。」といわれました。けれど、美代子《みよこ》のお父《とう》さんは、 「それはめでたいこった。きっと美代子《みよこ》の病気《びょうき》はなおってしまうだろう。」と、ちょうどあの髪《かみ》の長《なが》い、易者《えきしゃ》がいったようなことをいわれました。  そして、おばあさんが、こいが逃《に》げたときのことをくわしく、みんなに話《はな》しますと、うちじゅうのものは、そのときの有《あ》り様《さま》がどんなにおかしかったろうといって、声《こえ》をたてて笑《わら》いました。美代子《みよこ》さんは、明《あか》るい燈火《あかり》の下《した》でこの話《はなし》を聞《き》いていましたが、やはりおかしくてたまりませんでした。そして逃《に》げていったこいは、いまごろどうしたろう。河《かわ》をのぼって、自分《じぶん》の故郷《こきょう》へ帰《かえ》ったろうか。そうであったら、こいの子供《こども》や、お友《とも》だちは、どんなに喜《よろこ》んで迎《むか》えたろうと考《かんが》えました。  おばあさんは、たもとの中《なか》から、美《うつく》しい千代紙《ちよがみ》を出《だ》して美代子《みよこ》さんに与《あた》えました。 「この千代紙《ちよがみ》は、こい売《う》りのおじいさんが、孫《まご》に買《か》っていってやろうと思《おも》ったのを、おまえが病気《びょうき》だというのでくれたのだよ。」と、おばあさんはいわれました。 「しんせつなおじいさんですね。」と、美代子《みよこ》さんのお母《かあ》さんは、いわれました。 「こいのかわりに、千代紙《ちよがみ》をもらったのさ。」と、お父《とう》さんは笑《わら》われました。美代子《みよこ》さんは、そのこい売《う》りのおじいさんにも、また自分《じぶん》のような年《とし》ごろの孫《まご》があるのだと知《し》りました。そして、その子《こ》は、どんなような顔《かお》つきであろう? なんとなくあってみたいような、またお友《とも》だちになりたいような、なんとなくなつかしい気持《きも》ちがしたのであります。 「先生《せんせい》が、今日《きょう》おいでになって、美代子《みよこ》は、お腹《なか》に虫《むし》がわいたのではないか? そのお薬《くすり》をあげてみようとおっしゃいました。きっとそうかもしれませんよ、あんまりいろいろなものを食《た》べますからね。」と、お母《かあ》さんは、お父《とう》さんにいわれました。 「おばあさん、こいは食《た》べないほうがよかったかもしれません。」と、お父《とう》さんはいわれました。 「早《はや》くなおって、学校《がっこう》へゆくようにならなければいけません。もうじきに花《はな》が咲《さ》くのですもの。」と、お母《かあ》さんは、だれにいうとなく話《はな》されました。  美代子《みよこ》さんは燈火《あかり》の下《した》で、千代紙《ちよがみ》をはさみで細《こま》かに切《き》って、いろいろな花《はな》の形《かたち》を造《つく》っていました。そして、病気《びょうき》がなおったら、お友《とも》だちと野原《のはら》や、公園《こうえん》へ遊《あそ》びにゆこうと考《かんが》えていました。窓《まど》を開《あ》けると、いい月夜《つきよ》でした。美代子《みよこ》さんは、自分《じぶん》の造《つく》った千代紙《ちよがみ》の花《はな》をすっかり、窓《まど》の外《そと》に投《な》げ散《ち》らしました。  二、三|日《にち》すると、庭《にわ》には、いろいろな花《はな》が、一|時《じ》につぼみを破《やぶ》りました。千代紙《ちよがみ》の花《はな》が、みんな木《き》の枝《えだ》について、ほんとうの花《はな》になったのです。そして、美代子《みよこ》さんの病気《びょうき》はすっかりなおりました。 [#地付き]――一九二三・二作―― 底本:「定本小川未明童話全集 3」講談社    1977(昭和52)年1月10日第1刷    1981(昭和56)年1月6日第7刷 初出:「少女倶楽部」    1923(大正12)年9月 ※表題は底本では、「千代紙《ちよがみ》の春《はる》」となっています。 ※初出時の表題は「千代紙」です。 入力:ぷろぼの青空工作員チーム入力班 校正:江村秀之 2013年12月5日作成 青空文庫作成ファイル: このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。