明るき世界へ 小川未明 ------------------------------------------------------- 【テキスト中に現れる記号について】 《》:ルビ (例)小《ちい》さな |:ルビの付く文字列の始まりを特定する記号 (例)二、三|寸《ずん》 [#]:入力者注 主に外字の説明や、傍点の位置の指定 (例)[#5字下げ]一 小《ちい》さな芽《め》[#「一 小さな芽」は中見出し] ------------------------------------------------------- [#5字下げ]一 小《ちい》さな芽《め》[#「一 小さな芽」は中見出し]  小《ちい》さな木《き》の芽《め》が土《つち》を破《やぶ》って、やっと二、三|寸《ずん》ばかりの丈《たけ》に伸《の》びました。木《き》の芽《め》は、はじめて広《ひろ》い野原《のはら》を見渡《みわた》しました。大空《おおぞら》を飛《と》ぶ雲《くも》の影《かげ》をながめました。そして、小鳥《ことり》の鳴《な》き声《ごえ》を聞《き》いたのであります。(ああ、これが世《よ》の中《なか》というものであるか。)と考《かんが》えました。  どれほど、この世《よ》の中《なか》へ出《で》ることを願《ねが》ったであろう。あの堅《かた》い土《つち》の下《した》にくぐっている時分《じぶん》には、同《おな》じような種子《たね》はいくつもあった。そして、暗《くら》い土《つち》の中《なか》で、みんなはいろいろのことを語《かた》り合《あ》ったものだ。 「早《はや》く、明《あか》るい世《よ》の中《なか》へ出《で》たいのだが、みんながいっしょに出《で》られるだろうか。」と、一つの種子《たね》がいうと、 「それはむずかしいことだ。だれが出《で》るかしれないけれど、あとは腐《くさ》ってしまうだろう。しかし出《で》たものは、死《し》んだ仲間《なかま》の分《ぶん》も生《い》きのびてしげって、幾《いく》十|年《ねん》も、幾《いく》百|年《ねん》も雄々《おお》しく太陽《たいよう》の輝《かがや》く下《した》で華《はな》やかに暮《く》らしてもらいたい。もし、二つなり、三つなりが、いっしょに明《あか》るい世界《せかい》へ出《で》ることがあったら、たがいに依《よ》り合《あ》って力《ちから》となって暮《く》らしそうじゃないか。」と、他《た》の種子《たね》が答《こた》えました。  みんなは、その種子《たね》のいったことに賛成《さんせい》しました。しかしみんなが明《あか》るい世界《せかい》を慕《した》ったけれど、そのかいがなく、土《つち》の上《うえ》に出《で》ることを得《え》たものは、ただ一つだけでありました。  こうして、一|本《ぽん》の木《き》の芽《め》は、この世界《せかい》に出《で》たが、見《み》るもの、聞《き》くものに心《こころ》を脅《おびや》かされたのであります。みんなの希望《きぼう》まで、自分《じぶん》の生命《せいめい》の中《なか》に宿《やど》して、大空《おおぞら》に高《たか》く枝《えだ》を拡《ひろ》げて、幾万《いくまん》となく群《むら》がった葉《は》の一つ一つに日光《にっこう》を浴《あ》びなければならないと思《おも》いましたが、それはまだ遠《とお》いことでありました。  最初《さいしょ》、この木《き》の芽《め》の生《は》えたのを見《み》つけたものは、空《そら》を渡《わた》る雲《くも》でありました。けれど、ものぐさな無口《むくち》な雲《くも》は、見《み》ぬふりをして、その頭《あたま》の上《うえ》を悠々《ゆうゆう》と過《す》ぎてゆきました。  木《き》の芽《め》は、鳥《とり》をいちばんおそれていたのです。それは、代々《だいだい》からの神経《しんけい》に伝《つた》わっている本能的《ほんのうてき》のおそれのようにも思《おも》われました。あのいい音色《ねいろ》で歌《うた》う鳥《とり》は、姿《すがた》もまた美《うつく》しいには相違《そうい》ないけれど、みずみずしい木《き》の芽《め》を見《み》つけると、きっと、それをくちばしでつついて、食《く》い切《き》ってしまうからです。そのくせ、鳥《とり》は木《き》が大《おお》きくなってしげったあかつきには、かってにその枝《えだ》に巣《す》を造《つく》ったり、また夜《よる》になると宿《やど》ることなどがありました。そんなことを予覚《よかく》しているような木《き》の芽《め》は、小鳥《ことり》に自分《じぶん》の姿《すがた》を見《み》いだされないように、なるたけ石《いし》の蔭《かげ》や、草《くさ》の蔭《かげ》に隠《かく》れるようにしていました。  口《くち》やかましい、そして、そそっかしい風《かぜ》が、つぎに木《き》の芽《め》を見《み》つけました。 「おお、ほんとうにいい木《き》の芽《め》だ。おまえは、末《すえ》には大木《たいぼく》となる芽《め》ばえなんだ。おまえの枯《か》れた年老《としと》った親《おや》は、よくこの野原《のはら》の中《なか》で俺《おれ》たちと相撲《すもう》を取《と》ったもんだ。なかなか勇敢《ゆうかん》に闘《たたか》ったもんだ。この世界《せかい》は広《ひろ》いけれど、ほんとうに俺《おれ》たちの相手《あいて》となるようなものは少《すく》ない。はじめから死《し》んでいるも同然《どうぜん》な街《まち》の建物《たてもの》や、人間《にんげん》などの造《つく》った家《うち》や、堤防《ていぼう》やいっさいのものは、打衝《ぶつか》っていっても、ほんとうに死《し》んでいるのだから張《は》り合《あ》いがない。そこへいくと、おまえたちや、海《うみ》などは、生《い》きているのだから、俺《おれ》が打衝《ぶつか》ってゆくと叫《さけ》びもするし、また、戦《たたか》いもする。俺《おれ》は、じっとしていることはきらいだ。なんでも駆《か》けまわっていたり、争《あらそ》ったり組《く》みついたりすることが大好《だいす》きなのだ。」  木《き》の芽《め》は、まだ地《ち》の上《うえ》に産《う》まれてから、幾日《いくにち》もたたないので、ものを見《み》てもまぶしくてしかたがないほどでありましたから、こう、風《かぜ》におしゃべりをされると、ただ空怖《そらおそ》ろしいような、半分《はんぶん》ばかり意味《いみ》がわかって半分《はんぶん》は意味《いみ》がわからないような、どきまぎとした気持《きも》ちでいたのであります。 「しかし、おまえは、大木《たいぼく》になる芽《め》ばえだとはいうものの、それまでには、おおかみに踏《ふ》まれたり、きつねに踏《ふ》まれたりしたときには、折《お》れてしまおう。そうすれば、それまでのことだ。だから体《からだ》を鍛《きた》えなければならない。」と、宇宙《うちゅう》の浮浪者《ふろうしゃ》である風《かぜ》は、語《かた》って聞《き》かせました。  哀《あわ》れな木《き》の芽《め》は、風《かぜ》のいうことをともかくも感心《かんしん》して聞《き》いていましたが、 「それなら、どうしたら、私《わたし》は強《つよ》くなるのですか。」と、木《き》の芽《め》は、風《かぜ》に問《と》いました。  風《かぜ》は、いちだんと悲痛《ひつう》な調子《ちょうし》になって、 「それには、俺《おれ》がおまえを鍛《きた》えるよりしかたがない。いまおまえは、まだ小《ちい》さくて教《おし》えても歌《うた》えまいが、いんまに大《おお》きくなったら俺《おれ》の教《おし》えた『曠野《こうや》の歌《うた》』と、『放浪《ほうろう》の歌《うた》』とを歌《うた》うのだ。」と、風《かぜ》は、木《き》の芽《め》にむかっていいました。 [#ここから3字下げ] 無窮《むきゅう》から、無窮《むきゅう》へ ゆくものは、だれだ。 おまえは、その姿《すがた》を見《み》たか、 魔物《まもの》か、人間《にんげん》か。 黒《くろ》い着物《きもの》をきて 破《やぶ》れた灰色《はいいろ》の旗《はた》がひるがえる。 [#ここで字下げ終わり]  風《かぜ》は、歌《うた》って聞《き》かせました。そして、強《つよ》く、強《つよ》く吹《ふ》き出《だ》しました。木《き》の芽《め》ばかりでなく、野原《のはら》に生《は》えていた、すべての草《くさ》や、林《はやし》が、驚《おどろ》いて騒《さわ》ぎ出《だ》しました。中《なか》にも、この小《ちい》さな木《き》の芽《め》は、柔《やわ》らかな頭《あたま》をひたひたとさして、いまにもちぎれそうでありました。  粗野《そや》で、そそっかしい風《かぜ》は、いつやむと見《み》えぬまでに吹《ふ》いて、吹《ふ》いて吹《ふ》き募《つの》りました。木《き》の芽《め》は、もはや目《め》をまわして、いまにも倒《たお》れそうになったのであります。  このとき、太陽《たいよう》は、見《み》るに見《み》かねて、風《かぜ》をしかりました。 「なんで、そんなに小《ちい》さい木《き》の芽《め》をいじめるのだ。おまえが騒《さわ》ぎ狂《くる》いたいと思《おも》ったなら、高《たか》い山《やま》の頂《うえ》へでも打衝《ぶつか》るがいい、それでなければ、夜《よる》になってから、だれもいない海《うみ》の真《ま》ん中《なか》で波《なみ》を相手《あいて》に戦《たたか》うがいい。もうこの小《ちい》さな木《き》の芽《め》をいじめてくれるな。」と、太陽《たいよう》はいいました。  風《かぜ》は、太陽《たいよう》に向《む》かって飛《と》びつきそうに、空《そら》へ躍《おど》り上《あ》がりました。そうして叫《さけ》びました。 「私《わたし》は、この小《ちい》さな木《き》の芽《め》をいじめるのではありません。強《つよ》く、強《つよ》く、強《つよ》くならなければ、どうしてこの曠野《こうや》の真《ま》ん中《なか》でこの木《き》の芽《め》が育《お》い立《た》ちましょう。そうするには私《わたし》が、木《き》の芽《め》を、強《つよ》くするように鍛《きた》えなければならないのです。」  太陽《たいよう》は、あきれたような顔《かお》つきをして、しばらくぼんやりと見下《みお》ろしていましたが、 「私《わたし》のいうことを守《まも》らんと、おまえを三千|里《り》も四千|里《り》も遠方《えんぽう》へ追《お》いやってしまうぞ。これから、芽《め》が大《おお》きくなるまで、おまえはけっして、あんなに烈《はげ》しく吹《ふ》いてはならない。」と、太陽《たいよう》は風《かぜ》に命《めい》じました。  風《かぜ》は、声《こえ》低《ひく》く、「放浪《ほうろう》の歌《うた》」をうたいながら、海《うみ》の方《ほう》をさして去《さ》ってしまいました。後《あと》で、太陽《たいよう》は哀《あわ》れな木《き》の芽《め》をじっとながめたのであります。 「もう驚《おどろ》くことはない。おまえを苦《くる》しめた風《かぜ》は遠《とお》くへ去《さ》ってしまった。これから後《あと》は、私《わたし》がおまえを見守《みまも》ってやろう。」と、太陽《たいよう》はいいました。  木《き》の芽《め》は、生《う》まれて出《で》た世《よ》の中《なか》が予想《よそう》をしなかったほど、複雑《ふくざつ》なのに頭《あたま》を悩《なや》ましました。そして、空恐《そらおそ》ろしさに震《ふる》えていました。 「おまえは寒《さむ》いのか。なんでそんなに震《ふる》えているのだ。」と、太陽《たいよう》は、怪《あや》しんで聞《き》きました。  木《き》の芽《め》は、風《かぜ》に吹《ふ》かれて、体《からだ》がたいへんに疲《つか》れてきました。そして、のどがこのうえもなく渇《かわ》いていたので、ただ雨《あめ》の降《ふ》ってくれることを望《のぞ》んでいましたが、しかし、そんなことを口《くち》に出《だ》していいもされずに、不安《ふあん》におそわれて震《ふる》えていたのです。 「かわいそうに、おまえは、ものがいえないほど寒《さむ》いのか。それで、震《ふる》えているのだろう。もう安心《あんしん》するがいい。風《かぜ》は、あちらへいってしまった。私《わたし》が、おまえを思《おも》いきって暖《あたた》めてやるから。」と、太陽《たいよう》はいいました。  そして、太陽《たいよう》は、急《きゅう》に熱《ねつ》と光《ひかり》をましました。その熱《ねつ》は雲《くも》を散《さん》じてしまいました。そして、やっと地《ち》の上《うえ》に伸《の》びたばかりの木《き》の芽《め》は、小《ちい》さな葉《は》がしぼんで、細《ほそ》い幹《みき》は乾《かわ》いて、ついに枯《か》れてしまいました。  太陽《たいよう》は、そのことには気《き》づかずに、日暮《ひぐ》れ方《がた》まで下界《げかい》を照《て》らしていました。 [#5字下げ]二 幸福《こうふく》の島《しま》[#「二 幸福の島」は中見出し]  ある国《くに》にあった話《はなし》です。人々《ひとびと》は、長《なが》い間《あいだ》の版《はん》で押《お》したような生活《せいかつ》に疲《つか》れていました。毎日《まいにち》同《おな》じようなことをして、朝《あさ》になるとはね起《お》きて、働《はたら》き、食《く》い、そして日《ひ》が暮《く》れると眠《ねむ》ることにも飽《あ》きてしまいました。  みんなは、仲《なか》よく暮《く》らすことを希望《きぼう》していましたけれど、どうしても、このことばかりはできなかったというのは、ある人《ひと》がたくさん金《かね》がもうかったときには、一方《いっぽう》ではまたたいへんに損《そん》をするというようなぐあいで、みんなの気持《きも》ちがいつも一つではなかったから、怒《おこ》るものもあれば、また喜《よろこ》ぶものがあり、中《なか》には泣《な》くものまた笑《わら》うものがあるというふうで、その間《あいだ》に嫉妬《しっと》、嘲罵《ちょうば》の絶《た》える暇《ひま》もなかったのでありました。 「ああ、なんで俺《おれ》たちは、産《う》まれてきたのだろう。産《う》まれたかいがないというものだ。毎日《まいにち》、こんなような同《おな》じことを繰《く》り返《かえ》して死《し》んでしまわなければならないのか?」と、人々《ひとびと》はため息《いき》をついていいました。  春《はる》になると、花《はな》が咲《さ》きました。ちょうどその国《くに》全体《ぜんたい》が花《はな》で飾《かざ》られるようにみえました。夏《なつ》になると、青葉《あおば》でこんもりとしました。そして、秋《あき》がくる時分《じぶん》には、どこの林《はやし》も、丘《おか》も、森《もり》も、黄色《きいろ》になって風《かぜ》のまにまにそれらの葉《は》が散《ち》りはじめました。冬《ふゆ》が過《す》ぎ、また春《はる》がめぐってくるというふうに繰《く》り返《かえ》されたのであります。  この国《くに》には、昔《むかし》からのことわざがありまして、夏《なつ》の晩方《ばんがた》の海《うみ》の上《うえ》にうろこ雲《ぐも》のわいた日《ひ》に、海《うみ》の中《なか》へ身《み》を投《な》げると、その人《ひと》は貝《かい》に生《う》まれ変《か》わる。また、三|年《ねん》もたつと、海《うみ》の上《うえ》にうろこ雲《ぐも》がわいた日《ひ》に、その貝《かい》は白鳥《はくちょう》に変《か》わってしまう。白鳥《はくちょう》になると自由《じゆう》に空《そら》を飛《と》ぶことができる、白鳥《はくちょう》は遠《とお》い、遠《とお》い、沖《おき》のかなたにある「幸福《こうふく》の島《しま》」へ飛《と》んでゆくというのであります。 「幸福《こうふく》の島《しま》があるというが、それはほんとうのことだろうか。」  ある人《ひと》が、この国《くに》でいちばん物知《ものし》りといううわさの高《たか》い人《ひと》に向《むか》って問《と》いました。物知《ものし》りはもうだいぶ年《とし》をとった、白髪《しらが》のまじった老人《ろうじん》でありました。 「それはほんとうのことだ。幸福《こうふく》の島《しま》へゆけば、いまこの国《くに》でまちがっているようなことは、たとえ見《み》ようと思《おも》っても見《み》られない。そのうえ、山《やま》へゆけば木《き》がしげっている。土《つち》を掘《ほ》ればいい水《みず》がわいてくる。岩《いわ》を破《わ》れば、金《きん》・銀《ぎん》・銅《どう》・鉄《てつ》などが光《ひか》っている。野原《のはら》には花《はな》が咲《さ》き乱《みだ》れ、田《た》や、畠《はたけ》にはしぜんと穀物《こくもつ》が茂《しげ》っている。そこへさえゆけば、人《ひと》は眠《ねむ》っていて楽《らく》に生活《くらし》がされるから、たがいに争《あらそ》うということを知《し》らない。ただ、しかしその幸福《こうふく》の島《しま》へいくのが容易《ようい》でない。波《なみ》が荒《あら》いし、恐《おそ》ろしい風《かぜ》が吹《ふ》く、また、深《ふか》い海《うみ》の中《なか》には魔物《まもの》がすんでいて、通《とお》る船《ふね》を覆《くつがえ》してしまう。だれも、まだその島《しま》にいったものがないが、島《しま》には、人間《にんげん》が住《す》んでいるということだ。また幸福《こうふく》の島《しま》の女《おんな》は、天使《てんし》のように美《うつく》しいということだ。昔《むかし》から、その島《しま》へいってみたいばかりに、神《かみ》に願《がん》をかけて貝《かい》となったり、三|年《ねん》の間《あいだ》海《うみ》の中《なか》で修業《しゅぎょう》をして、さらに白鳥《はくちょう》となったり、それまでにして、この島《しま》に憧《あこが》れて飛《と》んでゆくのであった。白《しろ》い鳥《とり》は、その島《しま》にゆくと、花《はな》の咲《さ》いている野原《のはら》の上《うえ》で舞《ま》うのである。またあるときは、いつも緑《みどり》の色《いろ》の変《か》わらない林《はやし》の中《なか》で歌《うた》い、あるときは、美《うつく》しい女《おんな》の肩《かた》に止《と》まって愛《あい》されもするというが、じつに不思議《ふしぎ》なことだ。」  物知《ものし》りの老人《ろうじん》は答《こた》えました。この話《はなし》を聞《き》いた人《ひと》は、目《め》をみはりました。そして驚《おどろ》きました。 「なぜ、こんな不思議《ふしぎ》な話《はなし》をもっと早《はや》く、みんなに聞《き》かせてはくださらなかったのですか。」と、老人《ろうじん》に向《む》かっていいました。 「こういう話《はなし》は、世《よ》の中《なか》を騒《さわ》がせるものだから、あまりしないほうがいいと思《おも》ったのだ。」と、物知《ものし》りは答《こた》えました。  この話《はなし》は、いつか国《くに》じゅうに伝《つた》わり広《ひろ》まったのであります。  生活《せいかつ》に興味《きょうみ》を失《うしな》っている若《わか》い人々《ひとびと》の中《なか》では、毎日《まいにち》うなだれて沈《しず》んでいるものもありましたが、一|命《めい》を賭《か》けても、幸福《こうふく》の世界《せかい》を見《み》いだしたいと思《おも》ったものもありました。そして、夏《なつ》の日《ひ》が海《うみ》のかなたに傾《かたむ》いて無数《むすう》のうろこ雲《ぐも》が美《うつく》しく花弁《はなびら》のように空《そら》に散《ち》りかかったときに、身《み》を投《な》げて死《し》んだものもありました。  こうして、死《し》んだ人々《ひとびと》に対《たい》しては、だれも悲《かな》しいというような感《かん》じを抱《いだ》きませんでした。このままこの国《くに》に朽《く》ちてしまって土《つち》となるよりは、生《う》まれ変《か》わって幸福《こうふく》の島《しま》へゆくことがどれほど楽《たの》しい愉快《ゆかい》なことであるかしれなかったからです。  そして、海《うみ》の中《なか》に身《み》を投《な》げて死《し》ぬほどの勇気《ゆうき》もなく、いたずらに、醜《みぐるし》く年《とし》を取《と》って木《き》の枯《か》れるように死《し》んでしまうことが、その美《うつく》しい死《し》に較《くら》べたら、どんなにか陰気《いんき》で、また暗《くら》い事実《じじつ》でありましたでしょう?  日《ひ》が沈《しず》むころになると、毎日《まいにち》のように、海岸《かいがん》をさまよって、青《あお》い、青《あお》い、そして地平線《ちへいせん》のいつまでも暗《くら》くならずに、明《あか》るい海《うみ》に憧《あこが》れるものが幾人《いくにん》となくありました。海《うみ》は、永久《えいきゅう》にたえず美妙《びみょう》な唄《うた》をうたっています。その唄《うた》の声《こえ》にじっと耳《みみ》をすましていると、いつしか、青黒《あおぐろ》い底《そこ》の方《ほう》に引《ひ》き込《こ》められるような、なつかしさを感《かん》じました。  まれには、月《つき》の光《ひかり》が、波《なみ》の上《うえ》を静《しず》かに照《て》らす夜《よる》になってから、感《かん》がきわまって、とつぜん海《うみ》の中《なか》に身《み》を躍《おど》らしたものもあったのです。  生《う》まれ変《か》わるという信仰《しんこう》が、どれほど味気《あじけ》ない生活《せいかつ》に活気《かっき》をつけたかしれません。「死《し》」ということがこんなに、このときほど意義《いぎ》のあることに思《おも》われたかわかりません。 「死《し》なずに幸福《こうふく》の島《しま》へ渡《わた》れないものだろうか。」  多《おお》くの人々《ひとびと》の中《なか》には、身《み》を海《うみ》に投《な》げてしまって、はたして、ふたたび生《う》まれ変《か》わるだろうかという疑《うたが》いをもったものもおります。その人々《ひとびと》は死《し》なずに、どんな冒険《ぼうけん》でもやってみて、その島《しま》へたどり着《つ》きたいものだと思《おも》いました。そして、そのことを年《とし》よりの物知《ものし》りにたずねました。 「ゆけないこともあるまいが、なにしろ遠《とお》い。その島《しま》へ渡《わた》るまでには怖《おそ》ろしい風《かぜ》の吹《ふ》いているところがある。また、大波《おおなみ》の渦巻《うずま》いているところがある。魔物《まもの》のすんでいる深《ふか》い海《うみ》をも通《とお》らなければならない。その用意《ようい》が十|分《ぶん》できるなら、ゆけないこともないだろう。」と、なんでも知《し》っている老人《ろうじん》は答《こた》えました。  考《かんが》え深《ぶか》い、また臆病《おくびょう》な人《ひと》たちは、たとえその準備《じゅんび》に幾年《いくねん》費《つい》やされても十|分《ぶん》に用意《ようい》をしてから、遠《とお》い幸福《こうふく》の島《しま》に渡《わた》ることを相談《そうだん》しました。  それからというものは、みんなは働《はたら》くことに張《は》り合《あ》いを得《え》ました。あるものは、海《うみ》を渡《わた》る船《ふね》について工夫《くふう》を凝《こ》らしました。あるものは、いろいろな器具《きぐ》について考《かんが》えました。またあるものは、その島《しま》についてからのことなどを研究《けんきゅう》して頭《あたま》を悩《なや》ましました。しかしその悩《なや》みは、行《ゆ》く末《すえ》の幸福《こうふく》を得《う》ることのために愉快《ゆかい》でありました。早《はや》く、その未知《みち》の島《しま》にゆきたいものだとみんなは心《こころ》で思《おも》いました。どんな困難《こんなん》や辛苦《しんく》がこの後《のち》あってもそれを切《き》り抜《ぬ》けてゆこうという勇気《ゆうき》がみんなの心《こころ》にわいたのであります。  太陽《たいよう》は、赤《あか》く、暮《く》れ方《がた》になると海《うみ》のかなたに沈《しず》みました。そのとき、炎《ほのお》のように見《み》える雲《くも》が地平線《ちへいせん》に渦巻《うずま》いていました。 「幸福《こうふく》の島《しま》は、あの雲《くも》の下《した》のあたりにあるのだろう。」と、みんなはその方《ほう》を望《のぞ》みながら、いいました。やがて、日《ひ》がまったく沈《しず》んで、空《そら》の色《いろ》がだんだん暗《くら》くなると、地平線《ちへいせん》は波《なみ》に洗《あら》われて、雲《くも》の色《いろ》の消《き》えてゆくのを惜《お》しんだのであります。  ある日《ひ》のこと、人々《ひとびと》がいつものごとく、海岸《かいがん》に立《た》って沖《おき》の方《ほう》をながめていました。そのとき、なにか一つ黒《くろ》い点《てん》のようなものが、夕空《ゆうぞら》をこなたに向《む》かってだんだん近《ちか》づいてくるように見《み》えたのであります。みんなはしばらく、目《め》をみはってそのものに気《き》をとられていました。 「あれは、なんだろうか。こちらに向《む》かってこいでいるようだ。」 「幸福《こうふく》の島《しま》から、魁《さきがけ》をして、こちらの国《くに》へやってきたのではないか。」 「なんにしても、いまに着《つ》いたら、すこしぐらい沖《おき》のようすがわかるだろう。」と、みんなは、くびを差《さ》し伸《の》ばして黒《くろ》いもののこの岸《きし》に近寄《ちかよ》るのを待《ま》っていました。  だんだんとその黒《くろ》いものは近《ちか》づいたのであります。すると、小《ちい》さな船《ふね》で、それには三|人《にん》のものが乗《の》っていたのであります。やっとその船《ふね》は汀《みぎわ》に着《つ》きました。船《ふね》から下《お》りた三|人《にん》のものは、目《め》ばかり鋭《するど》く光《ひか》って、ひげは黒《くろ》く、頭髪《かみ》はのびて、ほとんど、骨《ほね》と皮《かわ》ばかりにやせ衰《おと》えていたのです。 「みんな俺《おれ》たちの顔《かお》をば忘《わす》れてしまったろう。十|年《ねん》ばかりまえに沖《おき》へ出《で》て、大風《おおかぜ》のために遠《とお》くへ流《なが》されたものだ。」と、その中《なか》のいちばん背《せ》の高《たか》い男《おとこ》がいいました。  人々《ひとびと》は、十|年《ねん》ばかり前《まえ》にあった大暴風雨《だいぼうふうう》の夜《よ》のことを記憶《きおく》から呼《よ》び起《お》こしました。そして、三|人《にん》のものがいまだに行方不明《ゆくえふめい》であることを思《おも》い出《だ》したのであります。 「よく帰《かえ》ってきた。もうみんなは死《し》んだものと思《おも》っていた。おまえたちは、幸福《こうふく》の島《しま》にでも救《すく》われていたのか?」と、群集《ぐんしゅう》の中《なか》から、一人《ひとり》がいいました。 「幸福《こうふく》の島《しま》?」と、そのとき、三|人《にん》の中《うち》一人《ひとり》が、自分《じぶん》の耳《みみ》を怪《あや》しむように、大《おお》きな声《こえ》で聞《き》き返《かえ》しました。 「そうだ。幸福《こうふく》の島《しま》に長《なが》い間《あいだ》、住《す》んでいたかと聞《き》くのだ。」と、群集《ぐんしゅう》の中《なか》から一人《ひとり》が答《こた》えました。 「ばかにするのか? 地獄《じごく》から、やっと逃《に》げ出《だ》してきた俺《おれ》たちに向《む》かって、幸福《こうふく》の島《しま》とはなんのことだ?おまえがたは、久々《ひさびさ》で帰《かえ》ってきたものを侮辱《ぶじょく》するつもりなのか。」と、三|人《にん》は、青《あお》い顔《かお》をして怒《おこ》りました。  みんなは、意外《いがい》なできごとに驚《おどろ》いて、三|人《にん》をやっとのことでなだめました。 「ちょうど、ここから見《み》ると、あの太陽《たいよう》の沈《しず》む、渦巻《うずま》く炎《ほのお》のような雲《くも》の下《した》だ。その島《しま》に着《つ》くと、三|人《にん》はひどいめにあった。朝《あさ》から晩《ばん》まで、獣物《けもの》のように使役《しえき》された。俺《おれ》たちはどうかしてこの島《しま》から逃《に》げ出《だ》したいものだと思《おも》ったけれど、どうすることもできなかった。日《ひ》が暮《く》れると海辺《うみべ》へ出《で》ては、火《ひ》をたいて、もしやこの火影《ひかげ》を見《み》つけたら、救《すく》いにきてはくれないかと、あてもないことを願《ねが》った。三|人《にん》は、ついに丘《おか》の上《うえ》の獄屋《ごくや》に入《い》れられてしまった。そして、長《なが》い間《あいだ》、その獄屋《ごくや》のうちで月日《つきひ》を送《おく》ったのだ。たまたま月《つき》の影《かげ》が、窓《まど》からもれると、その月《つき》を見《み》て遠《とお》い海《うみ》のかなたのふるさとをしのんだ。ある晩《ばん》のこと、三|人《にん》は、その窓《まど》から逃《に》げ出《だ》した。そして、ようようの思《おも》いで、助《たす》かってここまで逃《に》げてきたのだ。」と、三|人《にん》は、くわしく物語《ものがた》りました。みんなは、年寄《としよ》りの物知《ものし》りにあざむかれたことを憤《いきどお》りました。 「ああ、俺《おれ》たちはばかだった。あの老人《ろうじん》が、自分《じぶん》でいきもしない『幸福《こうふく》の島《しま》』などというものを知《し》っているはずがなかったのだ。あの老人《ろうじん》を、だれがいったい物知《ものし》りなどといったのだ。そして、あの老人《ろうじん》のおかげで幾人《いくにん》海《うみ》の中《なか》へ身《み》を投《な》げて死《し》んだかしれない。」  みんなは、老人《ろうじん》を海岸《かいがん》へひきずってきました。そして、みんなをあざむいたことをなじりました。すると、老人《ろうじん》は、案外《あんがい》平気《へいき》な顔《かお》をしていいました。 「昔《むかし》は、『幸福《こうふく》の島《しま》』だったのだ。しかし、それがいま『禍《わざわい》の島《しま》』に変《か》わってしまったのだ。それをだれが知《し》っていよう。けっして、私《わたし》の罪《つみ》じゃない。」  けれど、みんなは老人《ろうじん》のいうことを承知《しょうち》しませんでした。そしてついに老人《ろうじん》を三|人《にん》の乗《の》ってきた小船《こぶね》に乗《の》せて、沖《おき》の方《ほう》へ流《なが》してしまいました。みんなは、これで復讐《ふくしゅう》がとげられたと思《おも》いました。もうこれからは、みんな物知《ものし》りなどというものがいなくて、この国《くに》の人々《ひとびと》が迷《まよ》わされる心配《しんぱい》のないのを喜《よろこ》びました。しかし、そうした喜《よろこ》びもつかのまのことでありました。  みんなは、また、前《まえ》のように生《い》きている望《のぞ》みを失《うしな》ってしまいました。なんのために、自分《じぶん》らは、こうして味気《あじけ》ない生活《せいかつ》をつづけなければならぬのか。 「禍《わざわい》の島《しま》でもいいからいってみたい。」といって、まれには船《ふね》を押《お》し出《だ》していくものもありました。  未知《みち》の世界《せかい》に憧《あこが》れる心《こころ》は、「幸福《こうふく》の島《しま》」でも、また、「禍《わざわい》の島《しま》」でも、極度《きょくど》に達《たっ》したときは変《か》わりがなかったからです。とにかく、みんなは、たがいに欲深《よくぶか》であったり、嫉妬《しっと》しあったり、争《あらそ》い合《あ》ったりする生活《せいかつ》に愛想《あいそう》をつかしました。そして、これがほんとうの人生《じんせい》であるとは、どうしても真《しん》に信《しん》じられなかったのであります。 底本:「定本小川未明童話全集 3」講談社    1977(昭和52)年1月10日第1刷    1981(昭和56)年1月6日第7刷 ※表題は底本では、「明《あか》るき世界《せかい》へ」となっています。 入力:ぷろぼの青空工作員チーム入力班 校正:本読み小僧 2012年9月28日作成 青空文庫作成ファイル: このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。