はてしなき世界 小川未明 ------------------------------------------------------- 【テキスト中に現れる記号について】 《》:ルビ (例)赤《あか》ちゃん |:ルビの付く文字列の始まりを特定する記号 (例)一|刻《こく》 -------------------------------------------------------  ここにかわいらしい、赤《あか》ちゃんがありました。赤《あか》ちゃんは、泣《な》きさえすれば、いつも、おっぱいがもらわれるものだと思《おも》っていました。まことに、そのはずであります。いつも赤《あか》ちゃんが泣《な》きさえすれば、やさしいお母《かあ》さんはそばについていて、柔《やわ》らかな、白《しろ》いあたたかな乳房《ちぶさ》を赤《あか》ちゃんの唇《くちびる》へもっていったからであります。  それから、まただいぶ日《ひ》がたちました。  赤《あか》ちゃんは、もとよりまだものがいえませんでした。ただ手《て》まねをしてみせたばかりです。赤《あか》ちゃんは、なにかお菓子《かし》がほしいと、小《ちい》さなかわいらしい、それは大人《おとな》の口《くち》なら一口《ひとくち》でのんでしまわれそうな、やわらかな掌《て》を振《ふ》って、「おくれ。」をいたしました。  すると、なんでも、よく赤《あか》ちゃんの心持《こころも》ちがわかるお母《かあ》さんは、いつでも、赤《あか》ちゃんの好《す》きそうな、そして毒《どく》にならないお菓子《かし》を与《あた》えました。それで、赤《あか》ちゃんは、いつもお乳《ちち》が飲《の》みたければ、すぐにお乳《ちち》が飲《の》まれ、またお菓子《かし》がほしければ、いつでもお菓子《かし》をもらうことができたのです。  赤《あか》ちゃんは、そう都合《つごう》よくいくのを、けっして不思議《ふしぎ》ともなんとも思《おも》いませんでした。そして、むしろそれがあたりまえのように思《おも》っていました。というのは、お母《かあ》さんがそばにいなかったときでも、おっぱいがほしいといって、すぐにもらわれないと怒《おこ》って泣《な》いたからです。  あるとき、赤《あか》ちゃんは、だれもそばにいなかったとき、茶《ちゃ》だんすにつかまって立《た》ちながら、たなの上《うえ》に乗《の》っている、めざまし時計《どけい》をながめました。時計《とけい》は、カッチ、カッチ、といって、なにかいっていました。赤《あか》ちゃんは、不思議《ふしぎ》なものを見《み》たように、しばらく、びっくりした目《め》つきで、黙《だま》って時計《とけい》を見《み》ていました。そして、赤《あか》ちゃんはにっこりと笑《わら》いました。赤《あか》ちゃんは、時計《とけい》がなにかいって、自分《じぶん》をあやしてくれると思《おも》ったのです。赤《あか》ちゃんは、時計《とけい》をいつまでも見《み》ていました。時計《とけい》はしきりに、なにか赤《あか》ちゃんに向《む》かっていっていますので、赤《あか》ちゃんは、幾《いく》たびもにっこりと笑《わら》って、時計《とけい》に答《こた》えていました。そのうちに、赤《あか》ちゃんは、お菓子《かし》がほしくなりました。それで、かわいらしい右手《みぎて》を出《だ》して、時計《とけい》に向《む》かって、「おくれ。」をしました。  円《まる》い顔《かお》の時計《とけい》は、ちょっと頭《あたま》をかしげて、笑《わら》い顔《がお》をしましたが、なんにも赤《あか》ちゃんに与《あた》えるものを、時計《とけい》は持《も》っていませんでした。赤《あか》ちゃんは、幾《いく》たびも幾《いく》たびも「おくれ。」をしました。しかし、なんの応《こた》えもなかったのです。このことは、どんなに、赤《あか》ちゃんをさびしく、また頼《たよ》りなく感《かん》じさせたかわかりません。そして、そのとき、急《きゅう》に赤《あか》ちゃんは、お母《かあ》さんがなつかしく、恋《こい》しくなりました。  赤《あか》ちゃんは、急《きゅう》に泣《な》き顔《がお》をしました。そして、身《み》のまわりを見《み》まわしましたけれど、そこにはお母《かあ》さんがいませんでした。さびしさをこらえていたのが、ついに我慢《がまん》がしきれなくなって、赤《あか》ちゃんは大《おお》きな声《こえ》をあげて泣《な》き出《だ》しました。すると、お母《かあ》さんは、驚《おどろ》いて、走《はし》ってきました。  こうして赤《あか》ちゃんには、お母《かあ》さんが、だんだんはっきりとわかってきました。  お母《かあ》さんがわかると、一|刻《こく》もお母《かあ》さんから離《はな》れるのは、赤《あか》ちゃんにとって、このうえなく悲《かな》しかったのであります。けれど、お母《かあ》さんは、赤《あか》ちゃんが、独《ひと》りで遊《あそ》ぶようになると、いろいろ仕事《しごと》があって、忙《いそが》しいので、そういままでのように、赤《あか》ちゃんのそばにばかりは、ついていることができませんでした。  お母《かあ》さんは、お勝手《かって》や、洗濯《せんたく》をなさるときには、細《こま》かいこうしじまのエプロンを着《き》ていなさいました。赤《あか》ちゃんは、お母《かあ》さんが、そのこうしじまのエプロンを着《き》なされた姿《すがた》を見《み》るのが、なによりも悲《かな》しく、さびしかったのです。赤《あか》ちゃんは、エプロンを着《き》なされると、お母《かあ》さんが、あっちへいってしまわれるのを知《し》ったからです。そして、お母《かあ》さんが、そのしまのエプロンを脱《ぬ》ぎなされた姿《すがた》を見《み》たときは、また、どんなにうれしかったでありましょう。お母《かあ》さんは、すぐにここへきて自分《じぶん》を抱《だ》いて、おっぱいをくださることがわかったからです。  それで、赤《あか》ちゃんには、なによりもいやな憎《にく》らしいものは、その汚《よご》れた、こうしじまのエプロンでありました。  赤《あか》ちゃんは、エプロンを見《み》ると、かんしゃくを起《お》こしたり、だだをこねたりしました。 「ほんとうに、赤《あか》ちゃんは、エプロンが大《だい》きらいなのね。」と、お母《かあ》さんは笑《わら》いながらいわれました。  赤《あか》ちゃんは、いつのまにか、家《うち》の人《ひと》たちが知《し》らないまに、エプロンを縁側《えんがわ》から地面《じめん》に落《お》としてきました。しかし赤《あか》ちゃんの捨《す》てたり、隠《かく》したりすることは、お母《かあ》さんにとってなんでもありませんでした。いつでも必要《ひつよう》なときは、すぐに見《み》つけられたからであります。  ある日《ひ》、お母《かあ》さんは、汚《よご》れたエプロンを洗濯《せんたく》して、庭《にわ》さきのさおにかけておきました。すると、エプロンから、しずくが、ぴかぴかと光《ひか》って、幾《いく》つとなく落《お》ちては、また後《あと》から後《あと》からと落《お》ちたのでありました。  赤《あか》ちゃんは、座敷《ざしき》にちょこなんとすわっていながら、まぶしそうな目《め》つきをして、エプロンがさおにかけてあるのをながめていました。どんな気持《きも》ちで赤《あか》ちゃんがそれをながめているか、知《し》ったものはありません。  しかし、赤《あか》ちゃんは、憎《にく》らしいエプロンだと思《おも》っていたには相違《そうい》ないと思《おも》われます。短《みじか》い日《ひ》であって、一|日《にち》には、そのエプロンはよく乾《かわ》きませんでした。そして、日暮《ひぐ》れ方《がた》から風《かぜ》が出《で》てきて、天気《てんき》が変《か》わりかけたのであります。  エプロンが、さおにかかって、ひらひらとなびいているのを、その日《ひ》の晩方《ばんがた》、赤《あか》ちゃんはもう一|度《ど》、縁側《えんがわ》の障子《しょうじ》につかまって立《た》ちながら見《み》たのでありました。  やはり、だれも、そのときの赤《あか》ちゃんの心持《こころも》ちを、知《し》るものはありませんでしたけれど、赤《あか》ちゃんは、うんとエプロンが風《かぜ》に吹《ふ》かれて、風《かぜ》が、あのエプロンを遠《とお》い、もうけっして見《み》つからないところへ、持《も》っていってくれればいいと思《おも》ったでありましょう。  エプロンはまだぬれてもいたし、また惜《お》しい品《しな》でもなかったから、そのままにして家《いえ》の内《うち》へいれずにおきますと、その夜《よ》雨風《あめかぜ》が吹《ふ》き荒《あ》れて、ほんとうに夜《よる》の間《あいだ》に、エプロンは、どこへか飛《と》んでいってしまったのです。  お母《かあ》さんは、それでも空《そら》が明《あか》るくなると、エプロンは、どこへ飛《と》んでいったろうと家《いえ》のまわりを探《さが》しました。すると、赤《あか》ちゃんの憎《にく》らしく思《おも》ったエプロンは、溝《どぶ》の中《なか》に落《お》ちて、水《みず》の中《なか》にうずまっていました。 「まあまあ、こんなに汚《きたな》くなってしまったから、捨《す》ててしまいましょう。」と、お母《かあ》さんはいわれました。  お母《かあ》さんは、エプロンをごみ箱《ばこ》の中《なか》に捨《す》ててしまいました。こうして、赤《あか》ちゃんのきらいであったエプロンは、永久《えいきゅう》に、もう赤《あか》ちゃんの目《め》から見《み》えないところにいってしまったのです。  その翌日《よくじつ》から、赤《あか》ちゃんは、家《いえ》の内《うち》にエプロンを見《み》ませんでした。けれど、お母《かあ》さんはやはり、いつでも自分《じぶん》といっしょに遊《あそ》んだり、ねころんだりしてはいられませんでした。あの細《こま》かいこうしじまの代《か》わりに、お母《かあ》さんは、どこからか真《ま》っ白《しろ》なエプロンを持《も》ってきて働《はたら》いていたのです。  赤《あか》ちゃんには、もうどうしたらいいかわからなくなりました。そして、ついに、自分《じぶん》の大好《だいす》きなお母《かあ》さんは、(いつでも自分《じぶん》はお母《かあ》さんといっしょにいたいのだけれど、)自分《じぶん》といるものでないということを知《し》りました。そして、そのことは赤《あか》ちゃんにとって、いいようのないさびしさを覚《おぼ》えさせたのであります。  この赤《あか》ちゃんは、いつしか日数《ひかず》をへて、かわいらしい坊《ぼっ》ちゃんとなりました。  坊《ぼっ》ちゃんは、もうそのころから、自分《じぶん》は、ただ一人《ひとり》であるというような、さびしさを感《かん》じたのであります。みんなから離《はな》れて、ぼんやりと道《みち》の上《うえ》に立《た》って遠《とお》くの雲《くも》をながめたり、また、空《そら》をはてしなく飛《と》んでゆく鳥《とり》の影《かげ》を見送《みおく》ったりして、かんがえ込《こ》んでいるようなことが多《おお》うございました。  ある夏《なつ》の日《ひ》の晩方《ばんがた》のことでありました。この感《かん》じ深《ぶか》い子供《こども》は道《みち》の上《うえ》にたたずんで、いつものように頭《あたま》の上《うえ》を飛《と》んでゆく鳥《とり》をながめていました。もうあたりはだんだんと暗《くら》くなりかけていました。けれど、鳥《とり》の飛《と》んでゆくかなたの空《そら》だけは、明《あか》るい、なんとなくなつかしい色《いろ》を、瞳《ひとみ》に映《えい》じたのでありました。 「ああ私《わたし》も鳥《とり》になりたい。そして、あっちの明《あか》るい国《くに》へ飛《と》んでゆきたいものだ。」と、子供《こども》はいいました。  すると、どんなものに対《たい》しても注意深《ちゅういぶか》く、また耳《みみ》ざとい鳥《とり》は下《した》の方《ほう》を向《む》いて、すぐに子供《こども》を見《み》つけて、そのいうことをすっかり聞《き》いたのでありました。 「坊《ぼっ》ちゃんは、私《わたし》といっしょにあっちへゆきたいのですか。だけれど、それはできません。私《わたし》のゆくところは、たいへんに遠《とお》いところなのであります。私《わたし》は、坊《ぼっ》ちゃんに、私《わたし》の持《も》っているような目《め》と、私《わたし》の胸《むね》に宿《やど》っているような魂《たましい》を分《わ》けてあげますように、神《かみ》さまにお願《ねが》いしましょう。そうすれば、坊《ぼっ》ちゃんは、いつも私《わたし》たちと同《おな》じように、ほかの人間《にんげん》にはわからないような、不思議《ふしぎ》なきれいな光《ひかり》を見《み》たり、また、かすかな遠《とお》い音《おと》を聞《き》くことができます。」といって、鳥《とり》はこの子供《こども》の頭《あたま》の上《うえ》でないて、また、遠《とお》い旅《たび》をつづけてゆきました。  それから、子供《こども》はひとり、空《そら》や鳥《とり》の影《かげ》ばかりでなく、花《はな》や、石《いし》や、木《き》や、なにに対《たい》してもじっと見入《みい》って、深《ふか》くものを思《おも》うようになったのであります。  けれど、この子供《こども》が、黙《だま》って、じっとものに見入《みい》っているのを見《み》て、心《こころ》の中《うち》に、どんなことを考《かんが》えているか? やはり、だれもそのことを知《し》るものはなかったでありましょう。  世《よ》の中《なか》の大人《おとな》は、てんでに頭《あたま》の中《なか》で、金《かね》もうけのことや、暮《く》らし向《む》きのことなどを考《かんが》えて、さっさと道《みち》の上《うえ》を歩《ある》いています。そして、だれも地《ち》の中《なか》にうずもれた、かすかな光《ひかり》があっても、それに注意《ちゅうい》を向《む》けるものはありませんでした。 「ガラスびんのかけらだろう。」  みんな、そんなように思《おも》っていたのでありました。  そのとき、この子供《こども》は、遠《とお》くから、この紫色《むらさきいろ》の光《ひかり》を見《み》つけて、わざわざそのところまでやってきました。そして、小《ちい》さな手《て》で、棒切《ぼうき》れでもって地《ち》の中《なか》から、その光《ひか》る石《いし》を掘《ほ》り出《だ》しました。  青黒《あおぐろ》い色《いろ》をした小《ちい》さな石《いし》でありました。この石《いし》は、子供《こども》がじっとその石《いし》を見《み》つめたときに、 「坊《ぼっ》ちゃん、よくあなたは、私《わたし》を見《み》つけてくださいました。私《わたし》は、長《なが》い間《あいだ》、この地《ち》の中《なか》にうずめられて、かすかな光《ひかり》を放《はな》って、だれか、私《わたし》を掘《ほ》り出《だ》してくれるのを待《ま》っていました。しかしだれも、私《わたし》をば注意《ちゅうい》しませんでした。たまたま注意《ちゅうい》したものも、私《わたし》のそばまでやってきて、じっと見《み》ますと、私《わたし》が、銭《ぜに》でなかったので――その人《ひと》は、私《わたし》を見《み》て銭《ぜに》が落《お》ちていると思《おも》ったのでした――私《わたし》の頭《あたま》を蹴《け》って、さっさといってしまいました。そして、私《わたし》は、たよりなく、不幸《ふこう》でした。私《わたし》は、いつ、また、坊《ぼっ》ちゃんの手《て》から捨《す》てられるかしれません。けれど、坊《ぼっ》ちゃんが私《わたし》を手《て》にとって、しばらくでも大事《だいじ》にしてくださいましたご恩《おん》は、けっして忘《わす》れはいたしません。坊《ぼっ》ちゃんは、きっと私《わたし》と同《おな》じい色《いろ》のものを、この世《よ》の中《なか》で、しかも人間《にんげん》の目《め》の中《なか》に見《み》られることがあります。そのときこそ、ほんとうに、坊《ぼっ》ちゃんが喜《よろこ》びなさいますときですよ。」と、その小《ちい》さな石《いし》が、ものをいっているように思《おも》われました。  はたして、この石《いし》が気遣《きづか》ったように、この石《いし》を子供《こども》は大事《だいじ》にしておいたけれど、いつとなくどこへかなくしてしまいました。 「どこへなくしてしまったろう?」と、子供《こども》は石《いし》を探《さが》しました。けれど、見当《みあ》たりませんでした。しかし、その石《いし》の青《あお》い色《いろ》は、いつまでも子供《こども》の目《め》の中《なか》に残《のこ》っていました。なんというなつかしみの深《ふか》い、青《あお》い色《いろ》であったろうか?  こうして、子供《こども》は追懐《ついかい》にふけるということを覚《おぼ》えました。子供《こども》の立《た》っている前方《ぜんぽう》には、輝《かがや》かしい野原《のはら》がありました。そして後方《うしろ》には、うす青《あお》い空《そら》がはてしなく拡《ひろ》がっていました。 底本:「定本小川未明童話全集 3」講談社    1977(昭和52)年1月10日第1刷    1981(昭和56)年1月6日第7刷 初出:「童話」    1923(大正12)年3月 ※表題は底本では、「はてしなき世界《せかい》」となっています。 入力:ぷろぼの青空工作員チーム入力班 校正:本読み小僧 2014年4月23日作成 青空文庫作成ファイル: このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。