雪の上のおじいさん 小川未明 ------------------------------------------------------- 【テキスト中に現れる記号について】 《》:ルビ (例)村《むら》 |:ルビの付く文字列の始まりを特定する記号 (例)五|里《り》 [#]:入力者注 主に外字の説明や、傍点の位置の指定 (例)[#地付き] -------------------------------------------------------  ある村《むら》に、人《ひと》のよいおじいさんがありました。ある日《ひ》のこと、おじいさんは、用事《ようじ》があって、町《まち》へ出《で》かけました。もう、長《なが》い間《あいだ》、おじいさんは、町《まち》に出《で》たことがありませんでした。しかし、どうしてもいかなければならない用事《ようじ》がありましたので、つえをついて、自分《じぶん》の家《いえ》を出《で》ました。  おじいさんは、幾《いく》つかの林《はやし》のあいだを通《とお》り、また広々《ひろびろ》とした野原《のはら》を過《す》ぎました。小鳥《ことり》が木《き》のこずえに止《と》まって鳴《な》いていました。おじいさんは、おりおりつえをとめて休《やす》みました。もう、あたりの圃《はたけ》はさびしく枯《か》れていました。そして、遠《とお》い、高《たか》い山々《やまやま》には、雪《ゆき》がきていました。おじいさんは早《はや》く町《まち》へいって、用事《ようじ》をすまして帰《かえ》ろうと思《おも》いました。  村《むら》から、町《まち》までは、五|里《り》あまりも隔《へだ》たっていました。その間《あいだ》は、さびしい道《みち》で、おじいさんは、あまり知《し》っている人《ひと》たちにも出《で》あいませんでした。  やっと、おじいさんは、昼《ひる》すこし過《す》ぎたころ、その町《まち》に入《はい》りました。しばらくきてみなかった間《あいだ》に、町《まち》のようすもだいぶ変《か》わっていました。おじいさんは、右《みぎ》を見《み》、左《ひだり》をながめたりして、驚《おどろ》いていました。それもそのはず、おじいさんは、めったに村《むら》から出《で》たことがなく、一|日《にち》、村《むら》の中《なか》で働《はたら》いていたからであります。 「私《わたし》が、くわを持《も》って、毎日《まいにち》、同《おな》じ圃《はたけ》を耕《たがや》している間《ま》に、町《まち》はこんなに変《か》わったのか、そして、この私《わたし》までが、こんなに年《とし》をとってしまった。」と、おじいさんは、独《ひと》りため息《いき》をもらしていたのです。 「私《わたし》は、遊《あそ》びに町《まち》へ出《で》たのでない。早《はや》く用事《ようじ》をすまして、暗《くら》くならないうちに、村《むら》まで帰《かえ》らなければならぬ。」と、おじいさんは思《おも》いました。  そこで自分《じぶん》のたずねる場所《ばしょ》をさがしていますと、公園《こうえん》の入《い》り口《ぐち》に出《で》ました。  公園《こうえん》には、青々《あおあお》とした木《き》がしげっていました。人々《ひとびと》が忙《いそが》しそうに、その前《まえ》を通《とお》り抜《ぬ》けて、あちらの方《ほう》へいってしまうものもあれば、また公園《こうえん》の中《なか》へ入《はい》ってくるもの、また、そこから出《で》てゆくものなどが見《み》えました。しかし、その人々《ひとびと》は、みんな自分《じぶん》のことばかり考《かんが》えて、だれも、その入《い》り口《ぐち》のそばの木《き》の下《した》に立《た》って、しくしくと泣《な》いている子供《こども》のあることに気《き》づきませんでした。またそれに気《き》がついても、知《し》らぬ顔《かお》をしてゆくものばかりでありました。  このおじいさんは、しんせつな、人情深《にんじょうぶか》いおじいさんで、村《むら》にいるときも、近所《きんじょ》の子供《こども》らから慕《した》われているほどでありましたから、すぐに、その子供《こども》の泣《な》いているのが目《め》につきました。 「なんで、あの子《こ》は泣《な》いているのだろう。」と、おじいさんは思《おも》いました。けれど、おじいさんは、用事《ようじ》を急《いそ》いでいました。そして、早《はや》く用《よう》をたして、遠《とお》い自分《じぶん》の村《むら》に帰《かえ》らなければなりませんのでした。いまは、それどころでないと思《おも》ったのでしょう。その子供《こども》のことが気《き》にかかりながら、そこを通《とお》り過《す》ぎてしまいました。  しかし、いいおじいさんでありましたから、すぐに、その子供《こども》のことを忘《わす》れてしまうことができませんでした。いつまでも、子供《こども》の姿《すがた》が目《め》に残《のこ》っていました。 「あの子《こ》は、なんで泣《な》いていたのだろう。母親《ははおや》にでもまぐれたのか、それとも、友《とも》だちを見失《みうしな》ったのか。よくそばへいって、聞《き》いてみればよかった。」と、おじいさんは、日《ひ》ごろ、やさしい心《こころ》にも似《に》ず、情《つれ》なく、そこを通《とお》り過《す》ぎてしまったのを後悔《こうかい》いたしました。 「それは、そうと、私《わたし》のたずねていくところがわからない。」と、おじいさんは、あちらこちらと、まごまごしていました。そして、おじいさんは、昔《むかし》、いったことのある場所《ばしょ》を忘《わす》れてしまって、幾人《いくにん》となくすれ違《ちが》った人々《ひとびと》に聞《き》いていました。 「あのあたりで聞《き》いてごらんなさい。」などといいのこして、さっさといってしまうものばかりでありました。  おじいさんは、うろうろしているうちに、またさびしいところへ出《で》てしまいました。そこは、先刻《さっき》その入《い》り口《ぐち》の前《まえ》を過《す》ぎた、同《おな》じ公園《こうえん》の裏手《うらて》になっていました。青々《あおあお》とした常磐木《ときわぎ》が、うす曇《ぐも》った空《そら》に、風《かぜ》に吹《ふ》かれて、さやさやと葉《は》ずれがしています。弱《よわ》い日《ひ》の光《ひかり》は、物悲《ものかな》しそうに、下《した》の木《き》や、建物《たてもの》や、その他《た》のすべてのものの上《うえ》を照《て》らしていました。 「また、公園《こうえん》のところへ出《で》てしまったか。」と、おじいさんは、もどかしそうにいいました。  すると、すぐ目先《めさき》に、鉄《てつ》のさくに寄《よ》りかかって、さっき見《み》た六つばかりの男《おとこ》の子《こ》が、しくしく泣《な》いていました。これを見《み》ると、おじいさんはびっくりしてしまいました。  おじいさんは、なにもかも忘《わす》れてしまいました。そして、すぐに泣《な》いている子供《こども》のそばに近寄《ちかよ》りました。 「坊《ぼう》は、どうして泣《な》いているのだ。」と、おじいさんは、子供《こども》の頭《あたま》をなでながら聞《き》きました。 「お家《うち》へ帰《かえ》りたい。」と、子供《こども》は、ただいって泣《な》いているばかりでした。 「坊《ぼう》やのお家《うち》はどこだか? 私《わたし》がつれていってやるだ。」と、おじいさんは田舎言葉《いなかことば》でいいました。  しかし、子供《こども》は、自分《じぶん》の家《いえ》のある町《まち》の名《な》をよく覚《おぼ》えていませんでした。それとも、悲《かな》しさが胸《むね》いっぱいで、問《と》われてもすぐには、頭《あたま》の中《なか》に思《おも》い浮《う》かばなかったものか、 「お家《うち》へ帰《かえ》りたい。」と、ただ、こういって泣《な》いているばかりでありました。  おじいさんは、ほんとうに困《こま》ってしまいました。それにしても、さっきから、この子供《こども》はこの公園《こうえん》のあたりで泣《な》いているのに、だれも、いままで、しんせつにたずねて、家《うち》へつれていってやろうというものもない。なんという町《まち》の人《ひと》たちは、薄情《はくじょう》なものばかりだろう。それほど、なにか忙《いそが》しい仕事《しごと》があるのかと、おじいさんは不思議《ふしぎ》に感《かん》じたのでした。 「お家《うち》へ帰《かえ》りたい。」  子供《こども》は、こういって泣《な》きつづけていました。 「ああ、もう泣《な》かんでいい。私《わたし》が、坊《ぼう》やをつれていってやる。」と、おじいさんは、子供《こども》の手《て》を引《ひ》いて、そこの鉄《てつ》さくから離《はな》れました。 「坊《ぼう》や、困《こま》ったな。お家《うち》のある町《まち》がわからなくては。」と、おじいさんは子供《こども》をいたわりながら、小《ちい》さな手《て》を引《ひ》いて歩《ある》いてきました。すると、あちらに、風船球《ふうせんだま》売《う》りがいて、糸《いと》の先《さき》に、赤《あか》いのや、紫《むらさき》のをつけて、いくつも空《そら》に飛《と》ばしていました。 「どれ、坊《ぼう》やに、風船球《ふうせんだま》をひとつ買《か》ってやろう。」と、おじいさんはいいました。  子供《こども》は、見《み》ると、ほしくて、ほしくてたまらない、紫《むらさき》のや、赤《あか》いのが、風《かぜ》に吹《ふ》かれて浮《う》かんでいましたので、泣《な》くのをやめて、ぼんやりと風船球《ふうせんだま》に見《み》とれていました。 「赤《あか》いのがいいか、紫《むらさき》のがいいか。」と、おじいさんは聞《き》いていました。 「赤《あか》いのがいいの。」と、子供《こども》は答《こた》えた。 「風船球屋《ふうせんだまや》さん、その赤《あか》いのをおくれ。」といって、おじいさんは、懐《ふところ》から大《おお》きな布《ぬの》で縫《ぬ》った財布《さいふ》を出《だ》して、赤《あか》いのを買《か》ってくれました。 「飛《と》ばさないように、しっかり持《も》っていくのだ。」と、おじいさんはいいました。  二人《ふたり》は、また、そこから歩《ある》きました。  子供《こども》は、風船球《ふうせんだま》を買《か》ってもらって、そのうえ、おじいさんがひじょうにしんせつにしてくれますので、もう泣《な》くのはやめてしまいました。そして、とぼとぼとおじいさんに手《て》を引《ひ》かれて歩《ある》いていました。 「坊《ぼう》や、おまえは、どっちからきたのだ。」と、おじいさんは、こごんで子供《こども》の顔《かお》をのぞいてききました。  子供《こども》は目《め》をくるくるさして、あたりを見《み》まわしました。けれど、子供《こども》もこの辺《へん》へきたのは、はじめてだとみえて、ぼんやりとして、ただ驚《おどろ》いたように目《め》をみはっているばかりであります。 「坊《ぼう》は、歩《ある》いてきた道《みち》を覚《おぼ》えているだろう、どちらから歩《ある》いてきたのだ。」と、おじいさんは、やさしくたずねました。  子供《こども》は、再《さい》三おじいさんに、こうして問《と》われたので、なにか返事《へんじ》をしなければ悪《わる》いと思《おも》ったのか、 「あっち。」と、あてもなく、小《ちい》さい指《ゆび》で、にぎやかな通《とお》りの方《ほう》を指《さ》したのです。 「坊《ぼう》は、きた道《みち》を忘《わす》れてしまったのだろう。無理《むり》もないことだ。なに、もうすこしいったら巡査《おまわり》さんがいるだろう。」と、おじいさんはいいました。 「おじいさん、巡査《おまわり》さんは、いやだ。」と、子供《こども》はいって、またしくしくと悲《かな》しそうに泣《な》き出《だ》しました。  おじいさんは、急《きゅう》にかわいさを増《ま》しました。また、巡査《おまわり》と聞《き》いて、泣《な》き出《だ》した子供《こども》を見《み》ておかしくなりました。 「よし、よし、巡査《おまわり》さんのところへはつれてゆかない。おじいさんが、お家《うち》へつれていってやるから泣《な》くのじゃない。ほら、みんなが笑《わら》っているぞ。」と、おじいさんはいいました。  公園《こうえん》の方《ほう》で、鳥《とり》のないている声《こえ》が聞《き》こえました。空《そら》を見《み》ると、曇《くも》っていました。そして、寒《さむ》い風《かぜ》が吹《ふ》いていました。  おじいさんは、ほんとうに困《こま》ってしまいました。どうしたら、この子供《こども》を家《うち》へとどけてやることができるだろうかと思《おも》いました。子供《こども》の親《おや》たちが、どんなに心配《しんぱい》しているだろう。そう思《おも》うと、早《はや》く、子供《こども》をあわしてやりたいと思《おも》いました。どうして、この子供《こども》は、こんなところへ迷《まよ》ってきたろう。この近所《きんじょ》の子供《こども》なら、自分《じぶん》の家《うち》の方角《ほうがく》を知《し》っていそうなものだがと、おじいさんは、いろいろに考《かんが》えました。  しかし、世間《せけん》には、怖《おそ》ろしい鬼《おに》のような人間《にんげん》がある。自分《じぶん》が苦《くる》しいといって、子供《こども》を捨《す》てるような人間《にんげん》も住《す》んでいる。そんな人《ひと》の心《こころ》はどんなであろうか。 「坊《ぼう》は、おじいさんの家《うち》の子供《こども》になるか。」と、おじいさんは、笑《わら》いながらききました。 「なったら、また、風船球《ふうせんだま》を買《か》ってくれる?」と、子供《こども》は、おじいさんの顔《かお》を見上《みあ》げました。 「ああ、買《か》ってやるとも、いくつも買《か》ってやるぞ。」と、おじいさんは、大《おお》きなしわの寄《よ》った掌《てのひら》で子供《こども》の頭《あたま》をなでてやりました。おじいさんは、幾《いく》十|年《ねん》となく、毎日《まいにち》、圃《はたけ》に出《で》てくわを持《も》っていたので、掌《てのひら》は、堅《かた》く、あらくれだっていましたが、いま子供《こども》の頭《あたま》をなでたときには、あたたかい血《ち》が通《かよ》っていたのであります。  このとき、あちらからきちがいのように、髪《かみ》を振《ふ》り乱《みだ》して、女《おんな》が駆《か》けてきました。 「坊《ぼう》や、おまえはどこへゆくのだい。」と、母親《ははおや》は子供《こども》をしかりました。  子供《こども》は、またお母《かあ》さんに、どんなにひどいめにあわされるだろうかと思《おも》ったのでしょう、急《きゅう》に大《おお》きな声《こえ》で泣《な》き出《だ》しました。 「そんなら、このお子供《こども》さんは、あなたのお子《こ》さんですかい。」と、おじいさんは女《おんな》の人《ひと》にききました。 「私《わたし》の子供《こども》でないかもないもんだ。朝《あさ》から、どんなに探《さが》したことですか、警察《けいさつ》へもとどけてありますよ。」と、女《おんな》はいいました。 「さあ、坊《ぼう》や、お母《かあ》さんといっしょにゆくだ。」と、おじいさんはいいました。  子供《こども》は、ただ泣《な》いていて、おじいさんのそばを離《はな》れようとしません。 「おまえは、どこへゆくつもりだい。」と、母親《ははおや》は怖《おそ》ろしい目《め》をしてどなりました。 「おじいさんといっしょにゆくのだ。」と、子供《こども》は泣《な》きながらいいました。 「おじいさん、この子《こ》をどこへつれてゆくつもりですか。」と、母親《ははおや》は、おじいさんに向《む》かって腹《はら》だたしげに問《と》いました。  おじいさんは、なんという気《き》のたった女《おんな》だろう。子供《こども》がこれではつかないはずだ。きっと家《うち》がおもしろくなくて、それで、あてもなく出《で》て歩《ある》いているうちに道《みち》を迷《まよ》ってしまったに違《ちが》いない。それにしても、あんまり優《やさ》しみのないところをみると、継母《ままはは》であるのかもしれないぞと、おじいさんは、いろいろに考《かんが》えましたが、こんな女《おんな》には、わかるようにいわなければだめだと思《おも》って、ここまで自分《じぶん》が子供《こども》をつれてきたことをすっかり話《はな》して聞《き》かせたのです。  すると、どんな気《き》のたった女《おんな》でも、おじいさんのしてくれたしんせつに対《たい》して、お礼《れい》をいわずにはいられませんでした。 「それは、ほんとうにお世話《せわ》さまでした。さあおまえは、こちらへおいで。」と、母親《ははおや》は、おじいさんに礼《れい》をいいながら、子供《こども》の手《て》を引《ひ》っ張《ぱ》りました。 「さあ、お母《かあ》さんとゆくのだ。」  おじいさんは、目《め》に涙《なみだ》をためて、子供《こども》を見送《みおく》りながらいいました。  子供《こども》は、振《ふ》り返《かえ》りながら、母親《ははおや》に連《つ》れられてゆきました。そして、その姿《すがた》は、だんだんあちらに、人影《ひとかげ》に隠《かく》れて見《み》えなくなりました。おじいさんは、ぼんやりと、しばらく見送《みおく》っていましたが、もういってしまった子供《こども》をどうすることもできませんでした。また、いつかふたたびあわれるということもわからなかったのです。  おじいさんは、自分《じぶん》の用事《ようじ》のことを思《おも》い出《だ》しました。そして、また自分《じぶん》のゆくところをたずねて、町《まち》の中《なか》をうろついていました。ちょうど、年寄《としよ》りのまい子《ご》のように、おじいさんはうろうろしていたのであります。 「ああ、今日《きょう》は、もう遅《おそ》い。それに降《ふ》りになりそうだ。早《はや》く、村《むら》へ帰《かえ》らなければならん。」と、おじいさんは思《おも》いました。  おじいさんは、また、自分《じぶん》の村《むら》をさして帰途《きと》についたのであります。途中《とちゅう》で、日《ひ》は暮《く》れかかりました。そして、とうとう雪《ゆき》が降《ふ》ってきました。  それでなくてさえ、目《め》のよくないおじいさんは、どんなに困《こま》ったでしょう。いつのまにか、どこが原《はら》だやら、小川《おがわ》だやら、道《みち》だやら、ただ一|面《めん》真《ま》っ白《しろ》に見《み》えてわからなくなりました。  おじいさんは、つえをたよりに、とぼとぼと歩《ある》いてゆきました。そのうちに、風《かぜ》が強《つよ》く吹《ふ》いて、日《ひ》がまったく暮《く》れてしまったのです。  まだ、村《むら》までは、二|里《り》あまりもありました。朝《あさ》くるときには、小鳥《ことり》のさえずっていた林《はやし》も、雪《ゆき》がかかって、音《おと》もなく、うす暗《ぐら》がりの中《なか》にしんとしていました。  かわいそうに、おじいさんは、もう疲《つか》れて一|歩《ぽ》も前《まえ》に歩《ある》くことができなくなりました。だれかこんなときに、通《とお》りかかって、自分《じぶん》を村《むら》までつれていってくれるような人《ひと》はないものかと祈《いの》っていました。  雪《ゆき》は、ますます降《ふ》ってきました。おじいさんは、雪《ゆき》の上《うえ》にすわって、目《め》をつぶりました。そして、一|心《しん》に祈《いの》っていました。  すると、たちまちあちらにあたって、がやがやと、なにか話《はな》し合《あ》うようなにぎやかな声《こえ》がしました。おじいさんは、なんだろうと思《おも》って、目《め》を開《あ》けてその方《ほう》を見《み》ますと、それは、みごとにも、ほおずきのような小《ちい》さな提燈《ちょうちん》を幾《いく》つとなく、たくさんにつけて、それをばみんなが手《て》に手《て》にふりかざしながら、真《ま》っ暗《くら》な夜《よる》の中《なか》を行列《ぎょうれつ》をつくって歩《ある》いてくるのです。 「なんだろう……。」と、おじいさんは、目《め》をみはりました。その提燈《ちょうちん》は、赤《あか》に、青《あお》に、紫《むらさき》に、それはそれはみごとなものでありました。  おじいさんは、この年《とし》になるまで、まだこんなみごとな行列《ぎょうれつ》を見《み》たことがなかったのです。これはけっして人間《にんげん》の行列《ぎょうれつ》じゃない。魔物《まもの》か、きつねの行列《ぎょうれつ》であろう。なんにしても、自分《じぶん》はおもしろいものを見《み》るものだと、おじいさんは喜《よろこ》んで、見《み》ていました。  すると、その行列《ぎょうれつ》は、だんだんおじいさんの方《ほう》へ近《ちか》づいてきました。それは、魔物《まもの》の行列《ぎょうれつ》でも、また、きつねの行列《ぎょうれつ》でもなんでもありません。かわいらしい、かわいらしいおおぜいの子供《こども》の行列《ぎょうれつ》なのでありました。  その行列《ぎょうれつ》はすぐ、おじいさんの前《まえ》を通《とお》りかかりました。子供《こども》らは、ぴかぴかと光《ひか》る、一つの御輿《みこし》をかついで、あとのみんなは、その御輿《みこし》の前後《ぜんご》左右《さゆう》を取《と》り巻《ま》いて、手《て》に、手《て》に、提燈《ちょうちん》を振《ふ》りかざしているのでした。おじいさんは、だれが、その御輿《みこし》の中《なか》に入《はい》っているのだろうと思《おも》いました。  このとき、この行列《ぎょうれつ》は、おじいさんの前《まえ》で、ふいに止《と》まりました。おじいさんは不思議《ふしぎ》なことだと思《おも》って、黙《だま》って見《み》ていますと、今日《きょう》、町《まち》で道《みち》に迷《まよ》って、公園《こうえん》の前《まえ》で泣《な》いていた子供《こども》が、列《れつ》の中《なか》から走《はし》り出《で》ました。 「おお、おまえかい。」といって、おじいさんは喜《よろこ》んで声《こえ》をあげました。 「おじいさん、僕《ぼく》が迎《むか》えにきたんです。」と、その子供《こども》はいいますと、不思議《ふしぎ》なことには、いままで五つか、六つばかりの小《ちい》さな子供《こども》が、たちまちのうちに十二、三の大《おお》きな子供《こども》になってしまいました。 「さあ、みんな、おじいさんを御輿《みこし》の中《なか》に入《い》れてあげるのだ。」と、子供《こども》は、大《おお》きな声《こえ》で命令《めいれい》を下《くだ》しますと、みんなは、手《て》に、手《て》に、持《も》っている提燈《ちょうちん》を振《ふ》りかざして、 「おじいさん、万歳《ばんざい》!」 「万歳《ばんざい》!」 「おじいさん、万歳《ばんざい》! 万歳《ばんざい》!」  みんなが、口々《くちぐち》に叫《さけ》びました。そして、おじいさんを御輿《みこし》の中《なか》にかつぎこみました。 「さあ、これから音楽《おんがく》をやってゆくのだ。」と、例《れい》の子供《こども》は、また、みんなに命令《めいれい》をしました。  たちまち、いい笛《ふえ》の音色《ねいろ》や、小《ちい》さならっぱの音《ね》や、それに混《ま》じって、歩調《ほちょう》を合《あ》わし、音頭《おんど》をとる太鼓《たいこ》の音《おと》が起《お》こって、しんとしたあたりが急《きゅう》ににぎやかになりました。  おじいさんは、うれしくて、うれしくて、たまりませんでした。そっと輿《こし》の中《なか》からのぞいてみますと、あの子供《こども》が、みんなを指揮《しき》しています。そして、みんなが口々《くちぐち》に、なにかの歌《うた》をかわいらしい声《こえ》でうたいながら行儀《ぎょうぎ》よく、赤《あか》・青《あお》・紫《むらさき》の提燈《ちょうちん》を振《ふ》りかざして歩《ある》いてゆきました。 [#地付き]――一九二一・一一作―― 底本:「定本小川未明童話全集 3」講談社    1977(昭和52)年1月10日第1刷    1981(昭和56)年1月6日第7刷 初出:「童話」    1922(大正11)年1月 ※表題は底本では、「雪《ゆき》の上《うえ》のおじいさん」となっています。 ※初出時の表題は「雪の上のお爺さん」です。 入力:ぷろぼの青空工作員チーム入力班 校正:本読み小僧 2014年4月23日作成 青空文庫作成ファイル: このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。