紅すずめ 小川未明 ------------------------------------------------------- 【テキスト中に現れる記号について】 《》:ルビ (例)日《ひ》 |:ルビの付く文字列の始まりを特定する記号 (例)一|羽《わ》 -------------------------------------------------------  ある日《ひ》のこと、こまどりが枝《えだ》に止《と》まって、いい声《こえ》で鳴《な》いていました。すると、一|羽《わ》のすずめが、その音色《ねいろ》を慕《した》ってどこからか飛《と》んできました。 「いったい、こんなような、いい鳴《な》き声《ごえ》をするのが、俺《おれ》たちの仲間《なかま》にあるのだろうか。」と、すずめは不思議《ふしぎ》に思《おも》ったのです。  すずめは、すぐ、こまどりがとまって鳴《な》いているそばの枝《えだ》に下《お》りてとまりました。そして、鳴《な》いている鳥《とり》をつくづく見《み》ると、姿《すがた》といい、大《おお》きさといい、また、その毛色《けいろ》といい、あんまり自分《じぶん》たちとはちがっていなかったのです。  すずめは、考《かんが》えてみると不平《ふへい》でたまりませんでした。なぜ、自分《じぶん》たちにも産《う》まれてから、こんないい鳴《な》き声《ごえ》が出《だ》せないのだろう。同《おな》じように翼《つばさ》があり、またくちばしがあり、二|本《ほん》の足《あし》があるのに、どうして、こう鳴《な》き声《ごえ》だけがちがうのだろう。もし、自分《じぶん》たちも、こんないい声《こえ》が出《だ》せたなら、きっと、人間《にんげん》にもかわいがられるにちがいないと思《おも》いました。  すずめは、心《こころ》の中《うち》に、こんな不平《ふへい》がありましたけれど、しばらく黙《だま》って、こまどりの熱心《ねっしん》に歌《うた》っているのに耳《みみ》を傾《かたむ》けて聞《き》いていました。すると、またこのとき、このこまどりの鳴《な》き声《ごえ》に聞《き》きとれたものか、どこからか一|羽《わ》のからすが飛《と》んできて、やはりその木《き》の近《ちか》くの枝《えだ》に止《と》まりました。  からすが、強《つよ》く羽音《はおと》をたてて、飛《と》んできたのを知《し》ると、こまどりは、さもびっくりしたようですが、やはり知《し》らぬ顔《かお》をして歌《うた》いつづけていました。  すずめは、こうして自分《じぶん》たちとあまりようすの違《ちが》わないこまどりが、みんなからうらやまれるのを見《み》て、ますます不平《ふへい》でたまりませんでした。ついに、すずめは、こまどりに向《む》かってたずねたのです。 「こまどりさん。どうしてあなたは、そんないい声《こえ》をもっておいでなのですか、その理由《りゆう》を私《わたし》に聞《き》かしてください。私《わたし》も同《おな》じ鳥《とり》ですから、そして、あなたとは格別《かくべつ》ちがっていないように思《おも》っていますが、だれがあなたに、そんないい音色《ねいろ》を出《だ》すことを教《おし》えたのですか、私《わたし》にきかせてください。私《わたし》も、ぜひ、いって教《おそ》わってきますから。」といいました。  このとき、こまどりは、はじめて歌《うた》うのをやめました。そして、すずめの方《ほう》を向《む》いて、 「すずめさん、お疑《うたが》いは無理《むり》もありません。しかしこれには子細《しさい》のあることです。あなたはあの日輪《にちりん》が、深《ふか》い谷間《たにま》に沈《しず》んでいたときのことをお知《し》りですか。私《わたし》たちの先祖《せんぞ》は、ちょうどここにいなさるからすさんのご先祖《せんぞ》といっしょに、日輪《にちりん》を谷《たに》から、綱《つな》で縛《しば》って空《そら》へ引《ひ》き上《あ》げるときに、骨《ほね》をおったのです。私《わたし》たちの先祖《せんぞ》は、みんなをはげますために、笛《ふえ》を吹《ふ》いたり、笙《しょう》を鳴《な》らしたり、また歌《うた》をうたったりしたのでした。それで、孫子《まごご》の代《だい》までも、こんないい鳴《な》き声《ごえ》が出《だ》されるようになったのです。あなたたちの先祖《せんぞ》は、そのとき、やはり畑《はたけ》や、野原《のはら》を飛《と》びまわっていて、べつに手助《てだす》けをしなかったから、のちのちまでも平凡《へいぼん》に暮《く》らしていなさるのです。」と、こまどりはいいました。  これを、黙《だま》って聞《き》いていたすずめは、頭《あたま》をかしげて、 「それはほんとうのことですか? まことに恥《は》ずかしいことです。もしそうでありましたら、私《わたし》はこれから日輪《にちりん》のいられるところまでいって、おわびをします。そうすれば、きっと日輪《にちりん》は私《わたし》たちの先祖《せんぞ》の怠慢《たいまん》をお許《ゆる》しくださるでしょう。そして、私《わたし》は、美《うつく》しい翼《つばさ》と、また、あなたのようないい鳴《なき》き声《ごえ》とを授《さず》かってきます。」と、その正直《しょうじき》な若《わか》いすずめはいいました。こまどりは、じっと一《ひと》ところを見《み》つめて考《かんが》えていましたが、 「すずめさん、それは容易《ようい》なことでありません。あの日輪《にちりん》の輝《かがや》いているところをごらんなさい。あんなに雲《くも》が早《はや》く走《はし》っているではありませんか。いつも大風《おおかぜ》が吹《ふ》いているからです。あなたは、きっと、あの風《かぜ》のために、どこへか飛《と》ばされてしまうにちがいない。まず、あの風《かぜ》を切《き》る工夫《くふう》をしなければなりません。」と、こまどりはいいました。  すずめは、大空《おおぞら》を仰《あお》いでみました。 「なるほど、雲《くも》が走《はし》っています。あなたのおっしゃるように大風《おおかぜ》が吹《ふ》いているようすです。どうしたら、私《わたし》の小《ちい》さな体《からだ》が、風《かぜ》に吹《ふ》き飛《と》ばされずに、高《たか》く、高《たか》く飛《と》んでゆくことができますでしょうか。教《おし》えてはくださいませんか。」 「それほどまでに、あなたがおっしゃるなら、教《おし》えてあげます。あなたは、これから三|年《ねん》の間《あいだ》、荒《あら》い海《うみ》の上《うえ》で風《かぜ》に吹《ふ》かれながら飛《と》ぶ稽古《けいこ》をなさるのです。そして、それができるようになったら、日輪《にちりん》のいるところを目《め》がけて翔《か》けて上《あ》がるのです。」  すずめは、感心《かんしん》して、美《うつく》しいこまどりのいうことを聞《き》いていました。  この話《はなし》を黙《だま》って聞《き》いていたからすは、鳴《な》きながらどこへか飛《と》び去《さ》りました。つづいてこまどりが、すずめを見下《みお》ろして、 「また、お目《め》にかかります。」と、一|言《ごん》残《のこ》して、からすとは、反対《はんたい》の方向《ほうこう》へ飛《と》んでいってしまいました。  独《ひと》り、木《き》の枝《えだ》に残《のこ》されたすずめは、このとき決心《けっしん》いたしました。それからまもなく、すずめも、北《きた》をさして姿《すがた》を消《け》してしまったのです。  あるときは、すずめはつばめにまじって、岩《いわ》に砕《くだ》ける白《しろ》い波《なみ》を見下《みお》ろしながら、海《うみ》の上《うえ》を翔《か》けりました。また、あるときはしらさぎにまじって、風《かぜ》の吹《ふ》く日《ひ》に、そして、海《うみ》の上《うえ》が暴《あ》れて、どちらを見《み》ても黒雲《くろくも》がわきたつような日《ひ》に、波《なみ》を切《き》って中空《なかぞら》にひるがえることを学《まな》んだのです。  春《はる》、夏《なつ》、秋《あき》、冬《ふゆ》というふうに、三|年《ねん》の間《あいだ》、あわれなすずめは海《うみ》の上《うえ》で、しらさぎや、つばめや、また寒《さむ》い国《くに》から渡《わた》ってきたいろいろな鳥《とり》などと、交《まじ》わって暮《く》らしました。その間《あいだ》には、緑色《みどりいろ》に空《そら》が晴《は》れて、その下《した》に大《おお》きな海《うみ》が、どさりどさりと物憂《ものう》げに波《なみ》を岸辺《きしべ》に打《う》ち寄《よ》せて眠《ねむ》っているような、穏《おだ》やかな日《ひ》もあったのです。そのような美《うつく》しい景色《けしき》は、とても野原《のはら》や、林《はやし》や、田圃《たんぼ》などを飛《と》んでいた時分《じぶん》には、すずめに見《み》ることのできなかったいい景色《けしき》でありました。  また、夏《なつ》の晩方《ばんがた》には、日輪《にちりん》が真《ま》っ赤《か》に、大《おお》きな火《ひ》の球《たま》の転《ころ》がるように海《うみ》の中《なか》へ音《おと》もなく沈《しず》んでゆくこともありました。このとき、小《ちい》さなすずめは、その昔《むかし》、あの日輪《にちりん》に綱《つな》をつけて、からすや、こまどりや、いろいろの鳥《とり》らが引《ひ》いて、深《ふか》い暗《くら》い谷底《たにそこ》から、日輪《にちりん》を引《ひ》き上《あ》げたことを思《おも》い出《だ》しました。すると、こまどりの唄《うた》をうたった、あのいい音色《ねいろ》が耳《みみ》に聞《き》こえるような、また、笛《ふえ》や、太鼓《たいこ》や、笙《しょう》の音色《ねいろ》などが、五|彩《さい》の美《うつく》しい夕雲《ゆうぐも》の中《なか》からわいて、海《うみ》の上《うえ》まで聞《き》こえてくるような、なつかしい感《かん》じがしたのであります。 「あの太陽《たいよう》は、また、真《ま》っ暗《くら》な深《ふか》い谷底《たにそこ》に落《お》ちてゆくようだ。どうして、それをだれも昔《むかし》のように引《ひ》き上《あ》げずとも、ひとりでに、朝《あさ》になると上《のぼ》るのだろう。それが不思議《ふしぎ》でならない。」と、すずめは思《おも》いました。  そして、いよいよ自分《じぶん》が、日輪《にちりん》を目《め》がけて空《そら》の上《うえ》へ飛《と》んでゆく日《ひ》がきたとき、自分《じぶん》は、暗《くら》くなったら、太陽《たいよう》がああして谷底《たにそこ》に沈《しず》んでしまって、夜《よる》になって、星《ほし》の光《ひかり》が、うす青《あお》い奥深《おくふか》い空《そら》に輝《かがや》きはじめたとき、どこに泊《と》まるであろうか。そのことを、こまどりから聞《き》かないうちは、安心《あんしん》して長《なが》い長《なが》い旅《たび》をつづけることができない。その間《あいだ》には、風《かぜ》が吹《ふ》くこともあろう。また雨《あめ》が降《ふ》ることもあろう。すずめは、もう一|度《ど》、ぜひあのこまどりにあって、そのことを聞《き》こうと思《おも》いました。  ある日《ひ》のこと、すずめはいっしょに、波《なみ》の上《うえ》を飛《と》びまわって遊《あそ》んでいた、年老《としよ》ったしらさぎに別《わか》れを告《つ》げて、三|年《ねん》前《ぜん》、こまどりとあった野原《のはら》をさして飛《と》んできました。 「二、三|日《にち》も探《さが》しまわったら、あのこまどりにあわれないこともあるまい。」と、すずめは思《おも》ったのです。  すずめは、木《き》の枝《えだ》に止《と》まっては、もしや、あのこまどりの聞《き》き覚《おぼ》えのある歌《うた》の声《こえ》が、どこからか聞《き》こえはしないかと耳《みみ》を澄《す》ましていました。そしてこちらの林《はやし》から、またあちらの林《はやし》へと伝《つた》って歩《ある》いていました。  ちょうど、このとき、いつかのからすにすずめは出《で》あいました。 「からすさん、からすさん、いいところでお目《め》にかかりました。お達者《たつしゃ》でなによりけっこうでございます。」と、すずめは呼《よ》びかけました。  からすは、頭《あたま》をかしげて、じっとすずめを見《み》ていましたが、 「ああ、いつかのすずめさんでしたか。たいへんにあなたの姿《すがた》は変《か》わったので、ちょいとわかりませんでした。翼《つばさ》の色《いろ》がすっかり赤《あか》くなりましたね。」と、からすはいいました。  すずめは、驚《おどろ》いて、自分《じぶん》の身《み》のまわりを見《み》まわしながら、 「私《わたし》が、赤《あか》くなったとおっしゃるのですか?」と聞《き》き返《かえ》しました。 「あなたには、それがわからないのですか。」と、からすは笑《わら》いました。 「なるほど、私《わたし》の姿《すがた》は変《か》わりました。」 「あまり空《そら》を飛《と》んで、日《ひ》に焼《や》けたんですよ。」と、からすはいいました。  すずめは、急《きゅう》に悲《かな》しそうな声《こえ》を出《だ》して、 「私《わたし》は、早《はや》く、太陽《たいよう》のおそばへゆきたいと思《おも》うんです。そして、なにかお役《やく》にたつことをして、りっぱな鳥《とり》となってきたいと思《おも》うのです。それで、いつかのこまどりを探《さが》しているのです。」と、答《こた》えました。  すると、からすはまた、からからと笑《わら》いました。 「おまえさんは、あのこまどりのいったことをほんとうにしていたのですか。もしそうだったらお気《き》の毒《どく》なことです。あのとき、こまどりがいいかげんなことをいったのは、私《わたし》をおそれて、私《わたし》にへつらって、あんなでたらめのことをいったのです。私《わたし》は、平常《へいぜい》あのこまどりがおしゃべりなもんですから、ひとついじめてやろうと思《おも》っていたのでした。なんで、私《わたし》の先祖《せんぞ》なんかが、日輪《にちりん》を綱《つな》でひいたものですか。ほんとうにこまどりは、うそをいうことの名人《めいじん》です。あなたは、いままで、それを信《しん》じていたのですか。」と、からすはあきれたような顔《かお》つきをしていいました。  すずめは、二|度《ど》びっくりしました。そして、長《なが》い三|年《ねん》の間《あいだ》の自分《じぶん》の苦労《くろう》がむだであったことを、深《ふか》く嘆《なげ》き悲《かな》しみました。 「からすさん、私《わたし》は、三|年《ねん》の間《あいだ》、空《そら》の上《うえ》へ飛《と》んでゆく稽古《けいこ》をしました。そして、いまは、雨《あめ》にも風《かぜ》にもひるまぬ修業《しゅぎょう》を積《つ》みました。しかし、それももう、なんの役《やく》にもたたなくなりましたのでしょうか。」と、すずめはいまにも泣《な》き出《だ》しそうにいいました。 「どんな鳥《とり》でも、太陽《たいよう》の輝《かがや》いているところまで上《のぼ》り得《う》る鳥《とり》はありません。しかし、すずめさん、あなたは、その姿《すがた》となってしまっては、ふたたびあなたの故郷《こきょう》へは帰《かえ》れませんよ。だれもあなたを自分《じぶん》の仲間《なかま》だと思《おも》うものはありますまいから。」と、からすはさも気《き》の毒《どく》そうにいいました。  紅《べに》すずめは、だまって、しばらく思案《しあん》に暮《く》れていましたが、やがて、南《みなみ》の故郷《こきょう》へは帰《かえ》らずに、北《きた》をさして飛《と》び去《さ》ってしまいました。すずめはしらさぎや、いわつばめのいるところへ、青《あお》い、青《あお》い海《うみ》のある方《ほう》へ帰《かえ》っていったのです。 底本:「定本小川未明童話全集 3」講談社    1977(昭和52)年1月10日第1刷    1981(昭和56)年1月6日第7刷 初出:「早稲田文学」    1921(大正10)年8月 ※表題は底本では、「紅《べに》すずめ」となっています。 ※初出時の表題は「紅雀」です。 入力:ぷろぼの青空工作員チーム入力班 校正:本読み小僧 2013年5月4日作成 青空文庫作成ファイル: このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。