つばきの下のすみれ 小川未明 ------------------------------------------------------- 【テキスト中に現れる記号について】 《》:ルビ (例)木《き》 |:ルビの付く文字列の始まりを特定する記号 (例)一|本《ぽん》 -------------------------------------------------------  一|本《ぽん》のつばきの木《き》の下《した》に、かわいらしいすみれがありました。そのつばきの木《き》は、大《おお》きかったばかりでなくて、それは真紅《まっか》な美《うつく》しい花《はな》を開《ひら》きました。この花《はな》を見《み》た人《ひと》は、だれでも、きれいなのをほめないものはなかったほどであります。 「まあ、なんというみごとな花《はな》だろう。」といって、みんなは、そのつばきの木《き》の周囲《まわり》をまわり、火《ひ》のもえたつような花《はな》に見《み》とれました。  すみれは、やはり、そのころ、紫色《むらさきいろ》のかわいらしい花《はな》を咲《さ》いたのです。しかし、この大《おお》きなみごとなつばきの木《き》の下《した》にあっては、人《ひと》の目《め》に入《はい》るにはあまりに小《ちい》さかった。あわれなすみれは、それで、心《こころ》なしに歩《ある》く人々《ひとびと》から、頭《あたま》をふまれたのです。  せっかく、春《はる》に遇《お》うて、これからはなやかな、暖《あたた》かい太陽《たいよう》の光《ひかり》を浴《あ》びて、ちょうや、みつばちの歌《うた》を聞《き》いて、楽《たの》しい日《ひ》を送《おく》ろうと思《おも》っているまもなく、花《はな》も、葉《は》も、ふみにじられて、見《み》る影《かげ》もなくなってしまいました。  それは、すみれにとって、どんなに悲《かな》しいことでありましたでしょう。つぎの年《とし》も、またつばきの木《き》には、真紅《まっか》な大《おお》きな花《はな》が、たくさんに咲《さ》きました。人々《ひとびと》は、みなその近《ちか》くに寄《よ》って、これをながめて、 「なんという美《うつく》しい花《はな》だろう。」といって、ほめないものはなかったのです。ちょうど、そのとき、すみれがやっと、小《ちい》さなつぼみを破《やぶ》って紫色《むらさきいろ》の花《はな》を開《ひら》いたのです。 「ああ、なんという私《わたし》は不幸《ふこう》なものだろう。だれも、私《わたし》に目《め》をとめてくれるものがない。またじきに、だれかにふまれてしまう運命《うんめい》であろう。」と、わなわなと、身《み》を震《ふる》わしていました。  すると、この家《うち》に、竹子《たけこ》さんというやさしい少女《しょうじょ》がありました。やはり、裏《うら》の庭《にわ》に出《で》て遊《あそ》んでいましたが、ひとり、竹子《たけこ》さんだけは、星《ほし》のようなすんだ、うるおいのある瞳《ひとみ》を、つばきの木《き》の下《した》のすみれの上《うえ》にとめました。 「ここに、すみれがあってよ。あたしは、すみれが大好《だいす》きなの。こんなところにあっては、みんなに踏《ふ》まれてしまうわ。」といって、はじめて竹子《たけこ》さんは、すみれに注意《ちゅうい》してくれました。  すみれは、どんなにうれしく思《おも》ったでしょう。心《こころ》の中《なか》で、ほんとうにお嬢《じょう》さんに見《み》つけられなければ、また人《ひと》に踏《ふ》まれてしまうか鶏《とり》につつかれて、芽《め》を出《だ》したかいもなく、見《み》る影《かげ》もなくなってしまうものだと思《おも》いました。 「あたしは、すみれを鉢《はち》に移《うつ》してやりましょう。」と、竹子《たけこ》さんはいって、すみれをば地面《じめん》から離《はな》して、素焼《すや》きの鉢《はち》の中《なか》に移《うつ》しました。すみれは、自分《じぶん》の生《う》まれ出《で》た地面《じめん》から離《はな》されることは、たいそう悲《かな》しゅうございました。もう二|度《ど》と太陽《たいよう》の光《ひかり》は見《み》られないんでなかろうか、そして、あの夜々《よよ》に、大空《おおぞら》に輝《かがや》く大好《だいす》きな星《ほし》の光《ひかり》を望《のぞ》むことができないのでなかろうかと、愁《うれ》いましたが、また、やさしいお嬢《じょう》さまのなさることだと、安心《あんしん》をしていました。  竹子《たけこ》さんは、すみれの植《う》わった鉢《はち》を、自分《じぶん》の勉強《べんきょう》する机《つくえ》のそばに持《も》ってきました。すみれはそこで、目《め》ざまし時計《とけい》や、きれいな表紙《ひょうし》のついている雑誌《ざっし》や、筆立《ふでた》てや、また、竹子《たけこ》さんが、学校《がっこう》で稽古《けいこ》をなさるいろいろな本《ほん》などを見《み》ることができました。しかし、この生活《せいかつ》は、すみれにとって、あんまり好《この》ましいものではなかったけれど、つばきの木《き》の下《した》にいて人間《にんげん》に踏《ふ》まれたり、鶏《とり》につつかれたりすることを考《かんが》えたら、とても比較《ひかく》にならぬほどしあわせなことでありました。もしここで、太陽《たいよう》の光《ひかり》と、星《ほし》の輝《かがや》くのが見《み》られ、そして、みつばちや、ちょうがきてくれたなら、すみれは、おそらくこんなに安全《あんぜん》な生活《せいかつ》はなかったのでありましょう。  すみれの花《はな》は、しばらくの間《あいだ》は、竹子《たけこ》さんの机《つくえ》のそばで咲《さ》いていました。竹子《たけこ》さんは、水《みず》をやることをけっして怠《おこた》りませんでした。そして、いつしか、すみれの花《はな》も終《お》わりに近《ちか》づいてきました。すみれは、そのころは、もう家《いえ》のうちの生活《せいかつ》にあきてしまって、ふたたび、大地《だいち》の上《うえ》に帰《かえ》りたいと思《おも》う心《こころ》が、しきりにしたのでありました。 「お母《かあ》さん、すみれの花《はな》は、もうおしまいですね。」と、ある朝《あさ》、竹子《たけこ》さんは、お母《かあ》さんに向《む》かって、いいました。 「ああ、もうおしまいですよ。」と、お母《かあ》さんは返事《へんじ》をなさいました。 「これを地面《じめん》におろしてやりましょうね。」と、竹子《たけこ》さんは、またお母《かあ》さんに聞《き》きました。 「そうです。来年《らいねん》、また、花《はな》が咲《さ》くから、おろしておやりなさい。」と、お母《かあ》さんは、答《こた》えられました。 「どこが、いいでしょう。」 「いつかあったところが、やはり地《ち》が、すみれに合《あ》っていていいでしょう。」  すみれは、竹子《たけこ》さんと、お母《かあ》さんの話《はなし》を聞《き》くと、ふたたび大地《だいち》に帰《かえ》られるのを知《し》って、うれしくてたまりませんでした。  竹子《たけこ》さんは、すみれをもとはえていたつばきの木《き》の下《した》におろしました。そして、人間《にんげん》にふまれたり、鶏《とり》につつかれないように、棒《ぼう》を立《た》て、すみれを保護《ほご》したのでありました。すみれは、そのことをどれほど深《ふか》く、ありがたく思《おも》ったかしれません。  すみれは、安心《あんしん》して、長《なが》い月日《つきひ》を送《おく》りました。秋《あき》がきたときに、葉《は》は枯《か》れ、そのうちに冬《ふゆ》となって雪《ゆき》が降《ふ》って、地面《じめん》も、つばきの木《き》も、みんな、雪《ゆき》の下《した》になってしまいました。  明《あ》くる年《とし》の春《はる》のことであります。つばきの花《はな》が、真紅《まっか》に咲《さ》く時分《じぶん》に、やはりすみれも紫《むらさき》の花《はな》を開《ひら》きました。しかし、去年《きょねん》、竹子《たけこ》さんが棒《ぼう》を立《た》ててくれましたので、いまは、人《ひと》にふまれたり、鶏《とり》につつかれたりする心配《しんぱい》はなくて、まことにすみれは安心《あんしん》して、太陽《たいよう》の光《ひかり》を浴《あ》びて、のどかな日《ひ》を楽《たの》しむことができたのです。 「これも、みんなお嬢《じょう》さんのごしんせつからだ。」と、すみれは思《おも》いますと、一|時《じ》も早《はや》く、やさしい竹子《たけこ》さんの姿《すがた》を、見《み》たいものだと思《おも》ったのです。  すみれは、竹子《たけこ》さんの姿《すがた》を慕《した》い、憧《あこが》れましたけれど、やさしい少女《しょうじょ》の姿《すがた》は、ついに庭《にわ》には現《あらわ》れなかった。それもそのはずのこと、竹子《たけこ》さんは、雪《ゆき》のまだ消《き》えないころに、叔父《おじ》さんにつれられて、都《みやこ》の学校《がっこう》へゆかれたのです。  すみれは、なに不足《ふそく》なかったけれど、ただお嬢《じょう》さんの姿《すがた》が見《み》られないのを悲《かな》しんでいました。 底本:「定本小川未明童話全集 2」講談社    1976(昭和51)年12月10日第1刷    1982(昭和57)年9月10日第7刷 初出:「小学少女」    1922(大正11)年4月 ※表題は底本では、「つばきの下《した》のすみれ」となっています。 ※初出時の表題は「椿の下の菫」です。 入力:ぷろぼの青空工作員チーム入力班 校正:江村秀之 2013年11月1日作成 青空文庫作成ファイル: このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。