酔っぱらい星 小川未明 ------------------------------------------------------- 【テキスト中に現れる記号について】 《》:ルビ (例)佐吉《さきち》 |:ルビの付く文字列の始まりを特定する記号 (例)三|角《かく》 [#]:入力者注 主に外字の説明や、傍点の位置の指定 (例)うそ[#「うそ」に傍点] -------------------------------------------------------  佐吉《さきち》が寝《ね》ていると、高窓《たかまど》の破《やぶ》れから、ちらちらと星《ほし》の光《ひかり》がさしこみます。それは、青《あお》いガラスのようにさえた冬《ふゆ》の空《そら》に輝《かがや》いているのでありました。  仰向《あおむ》けになって、じっとその星《ほし》を見《み》つめていますと、それが福々《ふくぶく》しいおじいさんの顔《かお》になって見《み》えました。おじいさんは、頭《あたま》に三|角《かく》帽子《ぼうし》をかぶっています。そして、やさしい、まるまるとした顔《かお》をして、こちらを見《み》て笑《わら》っています。佐吉《さきち》には、どうもこのおじいさんが、はじめて見《み》た顔《かお》でないような気《き》がするのでありました。 「どこで、このおじいさんを見《み》たろう。」と、佐吉《さきち》は考《かんが》えながら、星《ほし》を見上《みあ》げていますと、さまざまの幻《まぼろし》が目《め》に映《うつ》ってくるのでありました。  去年《きょねん》の暮《く》れのことでありました。佐吉《さきち》が独《ひと》り町《まち》を歩《ある》いていますと、いつもは寂《さび》しい町《まち》でありましたけれど、なにしろ年《とし》の暮《く》れのことですから、人々《ひとびと》が急《いそ》がしそうに道《みち》をあるいていました。また、商店《しょうてん》は、すこしでもよけいに品物《しなもの》を売《う》ろうと思《おも》って、店先《みせさき》をきれいに飾《かざ》って、いたるところで景気《けいき》をつけていました。  佐吉《さきち》は、それらの有《あ》り様《さま》をながめながら歩《ある》いていますうちに、ある教会堂《きょうかいどう》の前《まえ》にさしかかったのです。ちょうどその日《ひ》は、クリスマスのお祭《まつ》りでありましたので、その教会堂《きょうかいどう》の中《なか》はにぎやかでありました。ここばかりは、平生《へいぜい》からだれがはいってもいいと聞《き》いていましたので、佐吉《さきち》は、おそるおそる入《い》り口《ぐち》まで近寄《ちかよ》ってその内《なか》をのぞいてみますと、そこには、子供《こども》や、大人《おとな》がおおぜい集《あつ》まっていました。いい音色《ねいろ》のする音楽《おんがく》につれて、みんなは楽《たの》しそうに唄《うた》をうたっていました。そして、一|本《ぽん》の脊《せい》の高《たか》い常磐木《ときわぎ》を中央《ちゅうおう》に立《た》てかけて、それには、金紙《きんがみ》や、銀紙《ぎんがみ》が結《むす》びつけてあり、また、いろいろの紅《あか》や、紫《むらさき》のおもちゃや、珍《めずら》しい果物《くだもの》などがぶらさがっていました。  また、そのそばには、大《おお》きな袋《ふくろ》を下《さ》げた、おじいさんの人形《にんぎょう》が立《た》っていました。そのおじいさんは、どこからか雪《ゆき》の中《なか》をさまよってきたものと見《み》えて、わらぐつをはいていました。そして、脊中《せなか》には、真綿《まわた》の白《しろ》い雪《ゆき》がかかっていました。なんでもおじいさんは、灰色《はいいろ》のはてしない野原《のはら》の方《ほう》から、宝物《たからもの》を持《も》ってやってきて、この町《まち》の子供《こども》らを喜《よろこ》ばせようとするのでありました。佐吉《さきち》は、そのとき、そのやさしそうな、おじいさんの顔《かお》をなつかしげに見《み》たのですが、どこか、星《ほし》の中《なか》にいるおじいさんの顔《かお》が、それに似《に》ているようでありました。  また、これはあるときのことで、春《はる》であったと思《おも》います。佐吉《さきち》は、一人《ひとり》家《いえ》の外《そと》に遊《あそ》んでいました。佐吉《さきち》の家《いえ》は貧乏《びんぼう》でありましたから、ほかの子《こ》のように欲《ほ》しい笛《ふえ》や、らっぱや、汽車《きしゃ》などのおもちゃを買《か》ってもらうことができなかったのです。  それで、ぼんやりとして路《みち》の上《うえ》に立《た》っていますと、あちらから、いい小鳥《ことり》のなき声《ごえ》が聞《き》こえたのです。圃《はたけ》には、花《はな》が咲《さ》いていましたから、その花《はな》を訪《たず》ねて、山《やま》から小鳥《ことり》が飛《と》んできたのだろうと思《おも》って、いいなき声《ごえ》のする方《ほう》を見向《みむ》きますと、おじいさんが、たくさんの鳥《とり》かごをさおの両方《りょうほう》にぶらさげて、それをかついでこちらにやってきたのであります。佐吉《さきち》は、そのそばに駈《か》け寄《よ》ってみますと、かごの中《なか》には、名《な》も知《し》らないような小鳥《ことり》がはいっていて、それがいい声《ごえ》でないていました。  佐吉《さきち》は、笛《ふえ》や、らっぱや、汽車《きしゃ》や、そんなようなおもちゃなどはいらぬから、どうかして、その小鳥《ことり》が一|羽《わ》ほしいものだと思《おも》って、そのおじいさんの後《あと》についていきました。いつまでも後《あと》についてくるので、おじいさんは、立《た》ち止《ど》まって振《ふ》り向《む》きました。 「坊《ぼう》は、そんなに鳥《とり》がほしいのか。」といって、おじいさんは笑《わら》いました。  佐吉《さきち》は、目《め》を輝《かがや》かして、黙《だま》ってうなずきました。すると、おじいさんは、肩《かた》からかごを下《した》におろして、腰《こし》からたばこ入《い》れを取《と》り、きせるを抜《ぬ》いて、すぱすぱとたばこを喫《す》いはじめました。 「坊《ぼう》が、そんなにほしいなら、一|羽《わ》やろうかな。」と、おじいさんはいいました。  佐吉《さきち》の小《ちい》さな心臓《しんぞう》はふるえました。耳《みみ》たぶがほてって夢《ゆめ》ではないかと思《おも》いました。おじいさんは、どれでもほしい鳥《とり》をやるといいましたので、くびまわりの赤《あか》い、かわいらしいうそ[#「うそ」に傍点]がほしいと答《こた》えました。  そのおじいさんは、ほんとうにいいおじいさんでありました。その鳥《とり》をかごから出《だ》して、佐吉《さきち》にくれました。佐吉《さきち》は、天《てん》にも飛《と》び上《あ》がるような気持《きも》ちで家《うち》へ持《も》って帰《かえ》りました。そしてかごの中《なか》に入《い》れて、大事《だいじ》に飼《か》ったのであります。うそ[#「うそ」に傍点]はすぐそのかごに馴《な》れて、毎日《まいにち》戸口《とぐち》の柱《はしら》に懸《か》けられて、そこでいい声《こえ》を出《だ》してさえずっていました。佐吉《きもち》は、このうえなく、うそ[#「うそ」に傍点]をかわいがりました。  佐吉《きもち》のお母《かあ》さんは、やさしいお母《かあ》さんでありましたが、ふとした病気《びょうき》にかかりました。佐吉《さきち》は、夜昼《よるひる》しんせつにお母《かあ》さんの看病《かんびょう》をいたしました。けれど、お母《かあ》さんの病気《びょうき》は、いつなおるようすもなく、だんだん悪《わる》くなるばかりでしたから、どんなに佐吉《さきち》は心配《しんぱい》したかしれません。しかし、そのかいもなく、お母《かあ》さんは死《し》んでしまわれました。佐吉《さきち》は悲《かな》しみました。しかもその間《あいだ》に、うそ[#「うそ」に傍点]に餌《えさ》をやることを忘《わす》れていましたので、あれほどまでにかわいがっていたうそ[#「うそ」に傍点]まで、また、いつのまにか死《し》んでしまいました。  お母《かあ》さんに別《わか》れ、うそ[#「うそ」に傍点]が死《し》んでからというものは、佐吉《さきち》は、さびしい日《ひ》を送《おく》りました。お父《とう》さんは、正直《しょうじき》ないい人《ひと》でしたけれど、なにしろ家《いえ》が貧《まず》しかったので、佐吉《さきち》に、思《おも》うように勉強《べんきょう》をさせたり、佐吉《さきち》の欲《ほ》しいものを買《か》ってくださることもできませんでした。お父《とう》さんは朝《あさ》、仕事《しごと》に出《で》て、日《ひ》が暮《く》れると帰《かえ》ってきました。いままでは、日《ひ》が暮《く》れてからのお使《つか》いは、たいていお母《かあ》さんがしましたが、お母《かあ》さんの死後《しご》は、佐吉《さきち》がしなければなりませんでした。 「佐吉《さきち》や、お酒《さけ》を買《か》ってきてくれ。」と、お父《とう》さんにいわれると、佐吉《さきち》は町《まち》まで酒《さけ》を買《か》いにいかなければなりませんでした。そして、まったく夜《よる》になって、床《とこ》の中《なか》に入《はい》りますと、いつも高窓《たかまど》から一つ星《ぼし》の光《ひかり》がもれてさすのでありました。それを見《み》つめていますと、それが星《ほし》でなくて、やさしいおじいさんの顔《かお》になって目《め》に映《うつ》るのでありました。その顔《かお》が、佐吉《さきち》にうそ[#「うそ」に傍点]をくれたおじいさんの顔《かお》のように思《おも》われたのであります。  佐吉《さきち》は、夜《よ》ごと、その星《ほし》をながめて空想《くうそう》にふけりました。そこで、そのうち手足《てあし》の寒《さむ》いのも忘《わす》れて、いつしか快《こころよ》い眠《ねむ》りに入《はい》るのがつねでありました。  ある冬《ふゆ》の、木枯《こが》らしの吹《ふ》きすさむ晩《ばん》のことでありました。 「佐吉《さきち》や、お酒《さけ》を買《か》いにいってこい。」と、お父《とう》さんはいいました。佐吉《さきち》は、びんを握《にぎ》って出《で》かけました。雪《ゆき》が、凍《こお》っていました。空《そら》は青黒《あおぐろ》くさえて、星《ほし》の光《ひかり》が飛《と》ぶように輝《かがや》いていました。雪路《ゆきみち》を寒《さむ》さに震《ふる》えながら町《まち》までいって酒《さけ》を買《か》って、佐吉《さきち》は、また、路《みち》をもどってまいりました。  広《ひろ》い野原《のはら》はしんとして、だれ一人《ひとり》通《とお》るものもなかったのです。黒《くろ》い常磐木《ときわぎ》の森《もり》が向《む》こうに黙《だま》って浮《う》きでています。風《かぜ》が中空《なかぞら》をかすめて、両方《りょうほう》の耳《みみ》が切《き》れるように寒《さむ》かったのであります。  このとき、不意《ふい》に前《まえ》に立《た》ちふさがったものがありました。佐吉《さきち》は驚《おどろ》いて見上《みあ》げますと、おじいさんがにこにこ笑《わら》っていました。佐吉《さきち》は、なんとなく、見覚《みおぼ》えのあるおじいさんのように思《おも》いましたので、じっとその顔《かお》を見上《みあ》げていますと、 「あ、寒《さむ》い、寒《さむ》い。酒《さけ》を飲《の》ましておくれ。」と、おじいさんはいいました。  佐吉《さきち》は、びんを隠《かく》すようにして、「これはお父《とう》さんのところへ持《も》っていかなければならぬのだから、おじいさんにあげることはできない。お父《とう》さんが、家《うち》で待《ま》っているのだから。」と、答《こた》えました。 「たまには、お父《とう》さんは我慢《がまん》するがいい。今夜《こんや》は、あまり寒《さむ》くて、私《わたし》はとてもやりきれない。毎晩《まいばん》、おまえの安《やす》らかに眠《ねむ》るように見守《みまも》っているが、たまらなくなって降《お》りてきたのだ。」と、おじいさんはいいました。  そういわれると、なるほど、毎晩《まいばん》、寝《ね》ていて見《み》る空《そら》のお星《ほし》さまでありました。そして、はじめて気《き》がつくと、おじいさんは、頭《あたま》に三|角《かく》の帽子《ぼうし》をかぶっていました。  佐吉《さきち》が、どうしたらいいものだろうと、あっけにとられていますと、おじいさんは、彼《かれ》の手《て》から酒《さけ》びんを奪《うば》って、トクトクとびんの口《くち》から、音《おと》をさせて自分《じぶん》の口《くち》に酒《さけ》をうつして、さもうまそうにすっかり飲《の》み干《ほ》してしまいました。 「あ、これでやっといい気持《きも》ちになった。もうどんなに風《かぜ》が吹《ふ》いても寒《さむ》くない。」と、独《ひと》り言《ごと》をいいながら、脊《せい》の低《ひく》いおじいさんは、よちよちと凍《こお》った雪《ゆき》の上《うえ》を歩《ある》きはじめました。  佐吉《さきち》は、お父《とう》さんにしかられはしないかと、心配《しんぱい》しながら家《いえ》に帰《かえ》ってきました。そして、おじいさんに酒《さけ》を飲《の》まれてしまったことを、父《ちち》に話《はな》しますと、はたして、父《ちち》は、佐吉《さきち》をばかだといってしかりました。 「おまえは、きつねにだまされたのだろう。それでなければ、転《ころ》んで酒《さけ》をこぼしてしまったにちがいない。」と、父《ちち》はいって、佐吉《さきち》の話《はなし》を信《しん》じませんでした。  それからまもなく、佐吉《さきち》は床《とこ》の中《なか》にはいりました。そして、いつものように高窓《たかまど》の破《やぶ》れから空《そら》を仰《あお》ぎますと、不思議《ふしぎ》にも、ちょうど、三|角《かく》な帽子《ぼうし》を頭《あたま》にかぶったおじいさんが、よちよちと転《ころ》びそうに、大空《おおぞら》を上《のぼ》ってゆくのでありました。  霜《しも》が降《ふ》るかと見《み》えて、空《そら》は光《ひか》っています。そして星明《ほしあ》かりに青黒《あおぐろ》いガラスのようにさえた空《そら》は、すみからすみまでふき清《きよ》められたごとく、下界《げかい》の黒《くろ》い木立《こだち》の影《かげ》も映《うつ》るばかりでありました。  おじいさんは、一|寸《すん》法師《ぼうし》のように、だんだん高《たか》く、高《たか》く、目《め》に見《み》えないなわをたぐって上《のぼ》りましたが、酒《さけ》に酔《よ》っていますので、右《みぎ》に転《ころ》げ、左《ひだり》に転《ころ》げそうにしていました。ふと、その拍子《ひょうし》に頭《あたま》に載《の》せていた三|角《かく》の帽子《ぼうし》がおっこちました。帽子《ぼうし》は、きらきらと小《ちい》さな火《ひ》の子《こ》のようにひらめいて下《した》に落《お》ちてきました。はっと思《おも》って佐吉《さきち》は、すぐに床《とこ》から起《お》き上《あ》がろうとしましたが、また、明日《あした》いってみようと思《おも》いなおして、そのまま眠《ねむ》ってしまったのであります。  夜《よ》が明《あ》けてから、佐吉《さきち》は、父親《ちちおや》といっしょに、昨夜《ゆうべ》おじいさんにあった野原《のはら》へいってみました。すると、ちょうどおじいさんの帽子《ぼうし》の落《お》ちたあたりに、銀色《ぎんいろ》に光《ひか》った三|角《かく》の小《ちい》さな石《いし》が一つ、真《ま》っ白《しろ》な雪《ゆき》の上《うえ》に落《お》ちていました。 「これは珍《めずら》しい石《いし》だ。」と、父親《ちちおや》はいいました。二人《ふたり》は、その石《いし》を拾《ひろ》って家《いえ》に帰《かえ》りましたが、しばらくたってから、その石《いし》を、大金《たいきん》を出《だ》して買《か》った人《ひと》がありましたので、貧乏《びんぼう》な親子《おやこ》は、急《きゅう》に幸福《こうふく》な生活《せいかつ》を送《おく》ったということであります。 底本:「定本小川未明童話全集 2」講談社    1976(昭和51)年12月10日第1刷    1982(昭和57)年9月10日第7刷 初出:「赤い鳥」    1920(大正9)年1月 ※表題は底本では、「酔《よ》っぱらい星《ぼし》」となっています。 入力:ぷろぼの青空工作員チーム入力班 校正:江村秀之 2013年11月5日作成 青空文庫作成ファイル: このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。