三匹のあり 小川未明 ------------------------------------------------------- 【テキスト中に現れる記号について】 《》:ルビ (例)川《かわ》 |:ルビの付く文字列の始まりを特定する記号 (例)一|本《ぽん》 -------------------------------------------------------  川《かわ》の辺《ほとり》に、一|本《ぽん》の大《おお》きなくるみの木《き》が立《た》っていました。その下《した》にありが巣《す》を造《つく》りました。どちらを見《み》まわしても、広々《ひろびろ》とした圃《はたけ》でありましたので、ありにとっては、大《おお》きな国《くに》であったにちがいありません。  ありには、ある年《とし》、たくさんな子供《こども》が生《う》まれました。それらの子供《こども》のありは、だんだんあたりを遊《あそ》びまわるようになりました。するとあるとき、それらの子《こ》ありのお母《かあ》さんは、子供《こども》らに向《む》かっていいました。 「おまえがたは、あのくるみの木《き》に上《のぼ》ってもいいけれど、けっして、赤《あか》くなった葉《は》につかまってはならぬぞ。いまは、ああしてどの葉《は》を見《み》ても、真《ま》っ青《さお》だけれど、やがて秋《あき》になると、あの葉《は》が、みんなきれいに色《いろ》がつく、そうなると危《あぶ》ないから、きっと葉《は》の上《うえ》にとまってはならぬぞ。」と、戒《いまし》めたのでありました。  ある日《ひ》のこと、五|匹《ひき》の子《こ》ありが外《そと》に遊《あそ》んでいて、大《おお》きなくるみの木《き》を見上《みあ》げていました。 「なんという大《おお》きな木《き》だろう。こんな木《き》が、またとほかにあるだろうか。」と、一|匹《ぴき》のありがいいました。 「まだ世界《せかい》には、こんな木《き》がたくさんあるということだ。これより、もっと大《おお》きな木《き》があるということだ。」と、ほかの一|匹《ぴき》の子《こ》ありがいいました。 「お父《とう》さんや、お母《かあ》さんは、あの木《き》のてっぺんまで、お上《のぼ》りになったといわれた。僕《ぼく》たちも、どこまでいけるか上《のぼ》ってみようじゃないか。」と、ほかの一|匹《ぴき》のありがいいました。ついに五|匹《ひき》の子《こ》ありは、大《おお》きなくるみの木《き》に上《のぼ》っていきました。そこで、中途《ちゅうと》までいった時分《じぶん》には、五|匹《ひき》とも疲《つか》れてしまって、しばらく、枝《えだ》の上《うえ》に休《やす》んで、物珍《ものめずら》しげに、あたりの景色《けしき》などをながめていました。 「なんという、大《おお》きな河《かわ》だろうか。」といって、一|匹《ぴき》のありは下《した》を見《み》おろしていました。 「なんという広《ひろ》い野原《のはら》だろう。」と、ほかの一|匹《ぴき》が驚《おどろ》いていいました。太陽《たいよう》は、ちょうど木《き》のてっぺんに輝《かがや》いていました。するとそのとき、 「あの枝《えだ》に、あんなにきれいな葉《は》があるじゃないか。あのそばまでいってみよう。」と、一|匹《ぴき》のありが叫《さけ》びました。  二|匹《ひき》のありは、あの赤《あか》い葉《は》こそ危険《きけん》だと、お母《かあ》さんやお父《とう》さんがいわれたのだから、ゆくのはよしたがいいといいました。けれど、ほかの三|匹《びき》のありは、どうしてもいってみるといいはりました。  二|匹《ひき》の子《こ》ありは、そこから三|匹《びき》のお友《とも》だちに別《わか》れて地《ち》の上《うえ》へ帰《かえ》ることになりました。そこには、こいしいお母《かあ》さんやお父《とう》さんがすんでいられました。そして、三|匹《びき》の子《こ》ありは、赤《あか》い美《うつく》しい葉《は》を目指《めざ》して上《のぼ》っていきました。三十|分《ぷん》ともたたないうちです。風《かぜ》がきますと、いままでの、美《うつく》しい赤《あか》い葉《は》は、ぱたりと枝《えだ》から空《そら》に離《はな》れて、ひらひらと舞《ま》って、下《した》の川《かわ》の中《なか》に落《お》ちてしまいました。いうまでもなく、その赤《あか》い葉《は》の上《うえ》には、三|匹《びき》の子《こ》ありがとまっていたのでした。  三|匹《びき》のありは、あまり不意《ふい》なことにびっくりしましたが、気《き》がついたときには、赤《あか》い葉《は》の上《うえ》に乗《の》って、川《かわ》の上《うえ》を流《なが》れていたのです。三|匹《びき》のありは、いまはじめてお母《かあ》さんが、赤《あか》い葉《は》の上《うえ》に乗《の》ってはいけないといわれたことを悟《さと》りましたけれど、どうすることもできませんでした。 「さあ、どうなることだろう。」と、三|匹《びき》のありは、心細《こころぼそ》くなって思案《しあん》をしました。果《は》てしなく、川《かわ》の水《みず》は、日《ひ》に輝《かがや》いて野原《のはら》の中《なか》を流《なが》れていました。どうして、どこへゆくというようなことなどが、小《ちい》さなありに考《かんが》えがつきましょう。三|匹《びき》のありは、一つところに固《かた》まってふるえていました。そのうちに、また風《かぜ》が吹《ふ》いて、赤《あか》い葉《は》は岸《きし》に着《つ》きました。三|匹《びき》のありは、やっとそこからはい上《あ》がって、危《あや》うく命《いのち》が助《たす》かったのです。そこは、思《おも》ったよりもいいところでした。美《うつく》しい花《はな》が咲《さ》いていました。きれいな草《くさ》の生《は》えている丘《おか》もありました。三|匹《びき》のありは、その日《ひ》からはじめて、知《し》らない土地《とち》に巣《す》を造《つく》って働《はたら》いたのです。幾日《いくにち》か日《ひ》がたつと、このあたりの土地《とち》にも幾分《いくぶん》か慣《な》れてきました。それにつけて、三|匹《びき》のありは、父母《ふぼ》のすんでいる故郷《こきょう》を、こいしく思《おも》ったのです。けれど、いくら思《おも》っても、帰《かえ》ることができませんでした。三|匹《びき》のありは、いつか、みんながお父《とう》さんになったのであります。そして、三|匹《びき》のありにも子供《こども》がたくさん産《う》まれました。けれど、ありはけっして、子供《こども》らに向《む》かって木《き》に上《のぼ》っても、赤《あか》い葉《は》に止《と》まっていいとはいいませんでした。やはり、昔《むかし》、お父《とう》さんや、お母《かあ》さんが自分《じぶん》たちを戒《いまし》めたように、 「おまえがたは、けっして、赤《あか》い葉《は》につかまってはならない。」といったのです。  それは、いくらしあわせになっても、お父《とう》さんや、お母《かあ》さんに、あわれないことは、なによりも不幸《ふこう》なことであったからであります。 底本:「定本小川未明童話全集 2」講談社    1976(昭和51)年12月10日第1刷    1982(昭和57)年9月10日第7刷 ※表題は底本では、「三|匹《びき》のあり」となっています。 ※「生まれました」と「産まれました」の混在は、底本通りです。 入力:ぷろぼの青空工作員チーム入力班 校正:江村秀之 2013年10月25日作成 青空文庫作成ファイル: このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。