いろいろな花 小川未明 ------------------------------------------------------- 【テキスト中に現れる記号について】 《》:ルビ (例)草《くさ》 |:ルビの付く文字列の始まりを特定する記号 (例)一|日《にち》 -------------------------------------------------------  さまざまの草《くさ》が、いろいろな運命《うんめい》をもってこの世《よ》に生《う》まれてきました。それは、ちょうど人間《にんげん》の身《み》の上《うえ》と変《か》わりがなかったのです。  広《ひろ》い野原《のはら》の中《なか》に、紫色《むらさきいろ》のすみれの花《はな》が咲《さ》きかけましたときは、まだ山《やま》の端《は》に雪《ゆき》が白《しろ》くかかっていました。春《はる》といっても、ほんの名《な》ばかりであって、どこを見《み》ても冬枯《ふゆが》れのままの景色《けしき》でありました。  すみれは、小鳥《ことり》があちらの林《はやし》の中《なか》で、さびしそうにないているのをききました。すみれは、おりおり寒《さむ》い風《かぜ》に吹《ふ》かれて、小《ちい》さな体《からだ》が凍《こご》えるようでありましたが、一|日《にち》一|日《にち》と、それでも雲《くも》の色《いろ》が、だんだん明《あか》るくなって、その雲間《くもま》からもれる日《ひ》の光《ひかり》が野《の》の上《うえ》を暖《あたた》かそうに照《て》らすのを見《み》ますと、うれしい気持《きも》ちがしました。  すみれは、毎朝《まいあさ》、太陽《たいよう》が上《のぼ》るころから、日《ひ》の暮《く》れるころまで、そのいい小鳥《ことり》のなき声《ごえ》をききました。 「どんな鳥《とり》だろうか、どうか見《み》たいものだ。」と、すみれは思《おも》いました。  けれど、すみれは、ついにその鳥《とり》の姿《すがた》を見《み》ずして、いつしか散《ち》る日《ひ》がきたのであります。そのとき、ちょうどかたわらに生《は》えていた、ぼけの花《はな》が咲《さ》きかけていました。ぼけの花《はな》は、すみれが独《ひと》り言《ごと》をしてさびしく散《ち》ってゆく、はかない影《かげ》を見《み》たのであります。  ぼけの花《はな》は、真紅《まっか》にみごとに咲《さ》きました。そして日《ひ》の光《ひかり》に照《て》らされて、それは美《うつく》しかったのであります。  ある朝《あさ》、ぼけの枝《えだ》に、きれいな小鳥《ことり》が飛《と》んできて、いい声《こえ》でなきました。そのとき、ぼけの花《はな》は、その小鳥《ことり》に向《む》かって、 「ああ、なんといういい声《こえ》なんですか。あなたの声《こえ》に、どんなに、すみれさんは憧《あこが》れていましたか。どうか一目《ひとめ》あなたの姿《すがた》を見《み》たいものだといっていましたが、かわいそうに、二日《ふつか》ばかり前《まえ》にさびしく散《ち》ってしまいました。」と、ぼけの花《はな》は、小鳥《ことり》に向《む》かっていいました。  小鳥《ことり》は、くびをかしげて聞《き》いていましたが、 「それは、私《わたし》でない。こちょうのことではありませんか。私《わたし》みたいな醜《みにく》い姿《すがた》を見《み》たとて、なんで目《め》を楽《たの》しませることがあるもんですか。」と、小鳥《ことり》は答《こた》えた。 「こちょうの姿《すがた》は、そんなにきれいなんですか。あなたの姿《すがた》よりも、もっときれいなんですか。」と、ぼけの花《はな》は驚《おどろ》いてききました。 「私《わたし》はいい声《こえ》で唄《うた》をうたいますが、こちょうは黙《だま》っています。そのかわり私《わたし》よりも幾倍《いくばい》となくきれいなんです。」と、小鳥《ことり》は答《こた》えて、やがてどこにか飛《と》び去《さ》ってしまいました。  ぼけの花《はな》は、そのときから一目《ひとめ》こちょうを見《み》たいものだと、その姿《すがた》に憧《あこが》れました。けれど、まだ野原《のはら》の上《うえ》は寒《さむ》くて、弱《よわ》いこちょうは飛《と》んでいませんでした。  ある風《かぜ》の強《つよ》い日《ひ》の暮《く》れ方《がた》に、そのぼけの花《はな》は音《おと》もなく散《ち》って、土《つち》に帰《かえ》らなければなりませんでした。ついに、ぼけの花《はな》は、こちょうを見《み》ずにしまったのです。  それから、幾日《いくにち》かたつと、野《の》の上《うえ》は暖《あたた》かで、そこには、いろいろな花《はな》が咲《さ》き誇《ほこ》っていました。はねの美《うつく》しいこちょうは、黄色《きいろ》く炎《ほのお》の燃《も》えるように咲《さ》き誇《ほこ》ったたんぽぽの花《はな》の上《うえ》に止《と》まっていました。  ほかのいろいろの多《おお》くの花《はな》は、みんなそのたんぽぽの花《はな》をうらやましく思《おも》っていたのです。その時分《じぶん》には、いつか小鳥《ことり》の声《こえ》をきいて、その姿《すがた》を見《み》たいといっていたすみれの花《はな》も、また、小鳥《ことり》からこちょうの姿《すがた》をきいて、一目《ひとめ》見《み》たいといっていたぼけの花《はな》も、朽《く》ちて土《つち》となって、まったくその影《かげ》をとどめなかったのでありました。  たんぽぽの花《はな》は、こちょうと楽《たの》しく話《はなし》をしていました。それは静《しず》かな、いい日《ひ》でありました。たちまち、カッポ、カッポという地《ち》に響《ひび》く音《おと》が聞《き》こえました。 「なんだろう。」と、たんぽぽの花《はな》はいいました。 「なにか、怖《おそ》ろしいものが、こちらへやってくるようだ。」と、こちょうはいいました。 「どうかこちょうさん、私《わたし》のそばにいてください。私《わたし》は怖《おそ》ろしくてしかたがない。」と、たんぽぽの花《はな》は震《ふる》えながらいいました。 「私《わたし》は、こうしてはいられませんよ。」と、こちょうはいって、花《はな》の上《うえ》から飛《と》びたちました。  そのとき、カッポ、カッポの音《おと》は近《ちか》づきました。百|姓《しょう》にひかれて、大《おお》きな馬《うま》がその路《みち》を通《とお》ったのです。そして、路傍《ろぼう》に咲《さ》いているたんぽぽの花《はな》は馬《うま》に踏《ふ》まれて砕《くだ》かれてしまいました。  野原《のはら》の上《うえ》は静《しず》かになりました。あくる日《ひ》もあくる日《ひ》もいい天気《てんき》で、もう馬《うま》は通《とお》らなかった。 底本:「定本小川未明童話全集 2」講談社    1976(昭和51)年12月10日第1刷    1982(昭和57)年9月10日第7刷 ※表題は底本では、「いろいろな花《はな》」となっています。 入力:ぷろぼの青空工作員チーム入力班 校正:富田倫生 2012年5月23日作成 2012年9月27日修正 青空文庫作成ファイル: このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。