町のお姫さま 小川未明 ------------------------------------------------------- 【テキスト中に現れる記号について】 《》:ルビ (例)昔《むかし》 |:ルビの付く文字列の始まりを特定する記号 (例)二、三|日《にち》 -------------------------------------------------------  昔《むかし》、あるところに、さびしいところの大好《だいす》きなお姫《ひめ》さまがありました。どんなにさびしいところでもいいから人《ひと》の住《す》んでいない、さびしいところがあったら、そこへいって住《す》みたいといわれました。  お供《とも》のものは、お姫《ひめ》さまのお言葉《ことば》だからしかたがありません。人《ひと》のだれも住《す》んでいない、山《やま》の中《なか》にでも、お姫《ひめ》さまのゆかれるところへは、ついていかなければなりません。  人里《ひとざと》を遠《とお》く離《はな》れた山《やま》の中《なか》へ、いよいよお姫《ひめ》さまは移《うつ》ることになりました。そして、お供《とも》のものもついてゆきました。  お姫《ひめ》さまの、歌《うた》をうたわれる声《こえ》はたいへんに、よいお声《こえ》でありました。また、たいへんに鳴《な》り物《もの》をならすことがお上手《じょうず》でありました。琴《こと》や、笛《ふえ》や、笙《しょう》を鳴《な》らすことの名人《めいじん》でありました。だから平常《へいじょう》、歌《うた》をおうたいになり、鳴《な》り物《もの》を鳴《な》らしておいでなさるときは、けっして、さびしいということはなかったのであります。  けれど、お供《とも》のものは、寂《さび》しい山《やま》の中《なか》に入《はい》って、毎日《まいにち》、つくねんとしていて、退屈《たいくつ》でなりませんでした。そこにきました当座《とうざ》は、外《そと》に出《で》て、山《やま》や、渓《たに》の景色《けしき》をながめて珍《めずら》しく思《おも》いましたが、じきに、同《おな》じ景色《けしき》に飽《あ》きてしまいました。また、毎日《まいにち》、お姫《ひめ》さまのうたいなさる歌《うた》や、お鳴《な》らしになる鳴《な》り物《もの》の音《おと》にも飽《あ》きてしまった。それらを聴《き》いても、けっして昔《むかし》のように感心《かんしん》しないばかりか、またかというふうに、かえって、退屈《たいくつ》を感《かん》じさせたのであります。  お姫《ひめ》さまは、この世《よ》の中《なか》に、自分《じぶん》ほど、よい声《こえ》のものはないと思《おも》っていられました。また、自分《じぶん》ほど音楽《おんがく》の名人《めいじん》はないと考《かんが》えていられました。そして、そう思《おも》って窓《まど》ぎわにすわって、山《やま》に出《で》る月《つき》をながめながら、よい声《こえ》で歌《うた》をうたい、琴《こと》を鳴《な》らしていられますと、四辺《あたり》は、しんとしてすべての草木《くさき》までが、耳《みみ》を澄《す》まして、このよい音色《ねいろ》に聞《き》きとれているごとく思《おも》われました。  このとき、ふと、お姫《ひめ》さまはおうたいなさる声《こえ》を止《と》め、お鳴《な》らしなさる琴《こと》の手《て》を控《ひか》えて、ずっと遠《とお》くの方《ほう》に、耳《みみ》をお澄《す》ましなされました。すると、それは、自分《じぶん》よりも、もっとよい声《こえ》で、歌《うた》をうたい、もっと上手《じょうず》に琴《こと》を鳴《な》らしているものがあるのでした。 「はて、この山《やま》の中《なか》にだれが、歌《うた》をうたい、琴《こと》を鳴《な》らしているのだろう。」と怪《あや》しまれました。そして、このことをお供《とも》のものにおたずねなされますと、 「いえ、だれもいるはずがございません。また、私《わたし》どもの耳《みみ》には、なにも聞《き》こえません。ただ、聞《き》こえますものは、松風《まつかぜ》の音《おと》ばかりでございます。」とお答《こた》え申《もう》しあげました。 「いえ、そうじゃない。だれか、きっとわたしと腕《うで》をくらべるつもりで、あんなよい声《こえ》で歌《うた》をうたい、琴《こと》を鳴《な》らしているにちがいない。」と、お姫《ひめ》さまは申《もう》されました。  お供《とも》のものは、不思議《ふしぎ》に思《おも》って、耳《みみ》を澄《す》ませますと、やはり、松風《まつかぜ》の音《おと》が遠《とお》くに聞《き》こえるばかりでありました。  夜《よ》が明《あ》けて、太陽《たいよう》が上《のぼ》りますと、小鳥《ことり》が窓《まど》のそば近《ちか》くきて、よい声《こえ》でさえずりました。お姫《ひめ》さまは、まゆをおひそめになって、 「ああ、やかましくてしようがない。もっとどこかさびしいところへいって、住《す》まわなければならない。」と申《もう》されました。  お姫《ひめ》さまは、山《やま》はやかましくていけないから、今度《こんど》は、だれも住《す》んでいない海《うみ》のほとりへいったら、きっといいだろうと思《おも》われて、荒海《あらうみ》のほとりへお移《うつ》りになりました。  お供《とも》のものは、まだいったばかりの二、三|日《にち》は、気《き》が変《かわ》わってよろしゅうごさいましたけれど、じきにさびしくなってたまらなくなりました。お姫《ひめ》さまは、やはり、歌《うた》をうたい、楽器《がっき》をお鳴《な》らしになりました。すると、ある夜《よ》、海《うみ》の上《うえ》に、ふりまいたような星影《ほしかげ》をごらんなされて、 「ああ、やかましくてしようがない。ああ、毎晩《まいばん》、星《ほし》が歌《うた》をうたったり、鳴《な》り物《もの》を鳴《な》らしているのでは、すこしもわたしは、自分《じぶん》の歌《うた》や、音楽《おんがく》に身《み》が入《はい》らない。どうして、ああよい声《こえ》が星《ほし》には出《で》るのだろう。」と申《もう》されました。  お供《とも》のものは、私《わたし》どもには、ただ、さびしい、さびしい波《なみ》の音《おと》しか聞《き》こえません、と申《もう》しあげました。  姫《ひめ》さまは、もっとさびしいところがないものかと、お考《かんが》えなされました。お供《とも》のものは、もうこのうえさびしいところへいったら、自分《じぶん》らはどうなることだろうと思《おも》いました。そのとき、お供《とも》のものの、二人《ふたり》の中《なか》の一人《ひとり》は、 「お姫《ひめ》さま、どうぞなんにもいわずに、私《わたし》どもについておいでくださいまし。」と申《もう》しあげました。  お供《とも》のものは、お姫《ひめ》さまをにぎやかな街《まち》のまん中《なか》にお連《つ》れもうしました。お姫《ひめ》さまは、はじめはびっくりなさいましたけれど、もはや、そこでは、自分《じぶん》の歌《うた》のまねをするものもなければ、また、もっとよい声《こえ》を出《だ》して、お姫《ひめ》さまと競争《きょうそう》をして、お姫《ひめ》さまを苦《くる》しめるものはありませんでした。  お姫《ひめ》さまは、結局《けっきょく》、気楽《きらく》に思《おも》われて自分《じぶん》がいちばん歌《うた》がうまく、音楽《おんがく》が上手《じょうず》だと心《こころ》に誇《ほこ》られながら、その町《まち》にお住《す》みなされたということであります。 底本:「定本小川未明童話全集 1」講談社    1976(昭和51)年11月10日第1刷    1977(昭和52)年C第3刷 ※表題は底本では、「町《まち》のお姫《ひめ》さま」となっています。 入力:特定非営利活動法人はるかぜ 校正:江村秀之 2013年9月23日作成 青空文庫作成ファイル: このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。