殿さまの茶わん 小川未明 ------------------------------------------------------- 【テキスト中に現れる記号について】 《》:ルビ (例)昔《むかし》 |:ルビの付く文字列の始まりを特定する記号 (例)一|国《こく》 -------------------------------------------------------  昔《むかし》、ある国《くに》に有名《ゆうめい》な陶器師《とうきし》がありました。代々《だいだい》陶器《とうき》を焼《や》いて、その家《うち》の品《しな》といえば、遠《とお》い他国《たこく》にまで名《な》が響《ひび》いていたのであります。代々《だいだい》の主人《しゅじん》は、山《やま》から出《で》る土《つち》を吟味《ぎんみ》いたしました。また、いい絵《え》かきを雇《やと》いました。また、たくさんの職人《しょくにん》を雇《やと》いました。  花《か》びんや、茶《ちゃ》わんや、さらや、いろいろのものを造《つく》りました。旅人《たびびと》は、その国《くに》に入《はい》りますと、いずれも、この陶器店《とうきてん》をたずねぬほどのものはなかったのです。そして、さっそく、その店《みせ》にまいりました。 「ああ、なんというりっぱなさらだろう。また、茶《ちゃ》わんだろう……。」といって、それを見《み》て感嘆《かんたん》いたしました。 「これを土産《みやげ》に買《か》っていこう。」と、旅人《たびびと》は、いずれも、花《か》びんか、さらか、茶《ちゃ》わんを買《か》ってゆくのでありました。そして、この店《みせ》の陶器《とうき》は、船《ふね》に乗《の》せられて他国《たこく》へもゆきました。  ある日《ひ》のことでございます。身分《みぶん》の高《たか》いお役人《やくにん》が、店頭《てんとう》にお見《み》えになりました。お役人《やくにん》は主人《しゅじん》を呼《よ》び出《だ》されて、陶器《とうき》を子細《しさい》に見《み》られまして、 「なるほど、上手《じょうず》に焼《や》いてあるとみえて、いずれも軽《かる》く、しかも手際《てぎわ》よく薄手《うすで》にできている。これならば、こちらに命令《めいれい》をしてもさしつかえあるまい。じつは、殿《との》さまのご使用《しよう》あそばされる茶《ちゃ》わんを、念《ねん》に念《ねん》を入《い》れて造《つく》ってもらいたい。それがために出向《でむ》いたのだ。」と、お役人《やくにん》は申《もう》されました。  陶器店《とうきてん》の主人《しゅじん》は、正直《しょうじき》な男《おとこ》でありまして、恐《おそ》れ入《い》りました。 「できるだけ念《ねん》に念《ねん》を入《い》れて造《つく》ります。まことにこの上《うえ》の名誉《めいよ》はございませんしだいです。」といって、お礼《れい》を申《もう》しあげました。  役人《やくにん》は立《た》ち帰《かえ》りました。その後《あと》で、主人《しゅじん》は店《みせ》のもの全部《ぜんぶ》を集《あつ》めて、事《こと》のしだいを告《つ》げ、 「殿《との》さまのお茶《ちゃ》わんを造《つく》るように命《めい》ぜられるなんて、こんな名誉《めいよ》のことはない。おまえがたも精《せい》いっぱいに、これまでにない上等《じょうとう》な品物《しなもの》を造《つく》ってくれなければならない。軽《かる》い、薄手《うすで》のがいいとお役人《やくにん》さまも申《もう》されたが、陶器《とうき》はそれがほんとうなんだ。」と、主人《しゅじん》は、いろいろのことを注意《ちゅうい》しました。  それから幾日《いくにち》かかかって、殿《との》さまのお茶《ちゃ》わんができあがりました。また、いつかのお役人《やくにん》が、店頭《てんとう》へきました。 「殿《との》さまの茶《ちゃ》わんは、まだできないか。」と、役人《やくにん》はいいました。 「今日《きょう》にも、持《も》って上《あ》がろうと思《おも》っていたのでございます。たびたびお出《で》かけを願《ねが》って、まことに恐縮《きょうしゅく》の至《いた》りにぞんじます。」と、主人《しゅじん》はいいました。 「さだめし、軽《かる》く、薄手《うすで》にできたであろう。」と、役人《やくにん》はいいました。 「これでございます。」と、主人《しゅじん》は、役人《やくにん》にお目《め》にかけました。  それは、軽《かる》い、薄手《うすで》の上等《じょうとう》な茶《ちゃ》わんでありました。茶《ちゃ》わんの地《じ》は真《ま》っ白《しろ》で、すきとおるようでございました。そして、それに殿《との》さまの御紋《ごもん》がついていました。 「なるほど、これは上等《じょうとう》の品《しな》だ。なかなかいい音《おと》がする。」といって、お役人《やくにん》は、茶《ちゃ》わんを掌《て》の上《うえ》に乗《の》せて、つめではじいて見《み》ていました。 「もう、これより軽《かる》い、薄手《うすで》にはできないのでございます。」と、主人《しゅじん》は、うやうやしく頭《あたま》を下《さ》げて役人《やくにん》に申《もう》しました。  役人《やくにん》は、うなずいて、さっそく、その茶《ちゃ》わんを御殿《ごてん》へ持参《じさん》するように申《もう》しつけて帰《かえ》られました。  主人《しゅじん》は、羽織《はおり》・はかまを着《つ》けて、茶《ちゃ》わんをりっぱな箱《はこ》の中《なか》に収《おさ》めて、それをかかえて参上《さんじょう》いたしました。  世間《せけん》には、この町《まち》の有名《ゆうめい》な陶器店《とうきてん》が、今度《こんど》、殿《との》さまのお茶《ちゃ》わんを、念《ねん》に念《ねん》を入《い》れて造《つく》ったという評判《ひょうばん》が起《お》こったのであります。  お役人《やくにん》は、殿《との》さまの前《まえ》に、茶《ちゃ》わんをささげて、持《も》ってまいりました。 「これは、この国《くに》での有名《ゅうめい》な陶器師《とうきし》が、念《ねん》に念《ねん》を入《い》れて造《つく》った殿《との》さまのお茶《ちゃ》わんでございます。できるだけ軽《かる》く、薄手《うすで》に造《つく》りました。お気《き》に召《め》すか、いかがでございますか。」と申《もう》しあげました。  殿《との》さまは、茶《ちゃ》わんを取《と》りあげてごらんなさると、なるほど軽《かる》い、薄手《うすで》の茶《ちゃ》わんでございました。ちょうど持《も》っているかいないか、気《き》のつかないほどでございました。 「茶《ちゃ》わんの善悪《ぜんあく》は、なんできめるのだ。」と、殿《との》さまは申《もう》されました。 「すべて陶器《とうき》は、軽《かる》い、薄手《うすで》のを貴《たっと》びます。茶《ちゃ》わんの重《おも》い、厚手《あつで》のは、まことに品《ひん》のないものでございます。」と、役人《やくにん》はお答《こた》えしました。  殿《との》さまは、黙《だま》ってうなずかれました。そして、その日《ひ》から、殿《との》さまの食膳《しょくぜん》には、その茶《ちゃ》わんが供《そな》えられたのであります。  殿《との》さまは、忍耐強《にんたいづよ》いお方《かた》でありましたから、苦《くる》しいこともけっして、口《くち》に出《だ》して申《もう》されませんでした。そして、一|国《こく》をつかさどっていられる方《かた》でありましたから、すこしぐらいのことには驚《おどろ》きはなされませんでした。  今度《こんど》、新《あたら》しく、薄手《うすで》の茶《ちゃ》わんが上《あ》がってからというものは、三|度《ど》のお食事《しょくじ》に殿《との》さまは、いつも手《て》を焼《や》くような熱《あつ》さを、顔《かお》にも出《だ》されずに我慢《がまん》をなされました。 「いい陶器《とうき》というものは、こんな苦《くる》しみを耐《た》えなければ、愛玩《あいがん》ができないものか。」と、殿《との》さまは疑《うたが》われたこともあります。また、あるときは、 「いやそうでない。家来《けらい》どもが、毎日《まいにち》、俺《おれ》に苦痛《くつう》を忘《わす》れてはならないという、忠義《ちゅうぎ》の心《こころ》から熱《あつ》さを耐《こら》えさせるのであろう。」と思《おも》われたこともあります 「いや、そうでない。みんなが俺《おれ》を強《つよ》いものだと信《しん》じているので、こんなことは問題《もんだい》としないのだろう。」と思《おも》われたこともありました。  けれど、殿《との》さまは、毎日《まいにち》お食事《しょくじ》のときに茶《ちゃ》わんをごらんになると、なんということなく、顔色《かおいろ》が曇《くも》るのでごさいました。  あるとき、殿《との》さまは山国《やまぐに》を旅行《りょこう》なされました。その地方《ちほう》には、殿《との》さまのお宿《やど》をするいい宿屋《やどや》もありませんでしたから、百|姓家《しょうや》にお泊《と》まりなされました。  百|姓《しょう》は、お世辞《せじ》のないかわりに、まことにしんせつでありました。殿《との》さまはどんなにそれを心《こころ》からお喜《よろこ》びなされたかしれません。いくらさしあげたいと思《おも》っても、山国《やまぐに》の不便《ふべん》なところでありましたから、さしあげるものもありませんでしたけれど、殿《との》さまは、百|姓《しょう》の真心《まごころ》をうれしく思《おも》われ、そして、みんなの食《た》べるものを喜《よろこ》んでお食《た》べになりました。  季節《きせつ》は、もう秋《あき》の末《すえ》で寒《さむ》うございましたから、熱《あつ》いお汁《しる》が身体《からだ》をあたためて、たいへんうもうございましたが、茶《ちゃ》わんは厚《あつ》いから、けっして手《て》が焼《や》けるようなことがありませんでした。  殿《との》さまは、このとき、ご自分《じぶん》の生活《せいかつ》をなんという煩《わずら》わしいことかと思《おも》われました。いくら軽《かる》くたって、また薄手《うすで》であったとて、茶《ちゃ》わんにたいした変《か》わりのあるはずがない。それを軽《かる》い薄手《うすで》が上等《じょうとう》なものとしてあり、それを使《つか》わなければならぬということは、なんといううるさいばかげたことかと思《おも》われました。  殿《との》さまは、百|姓《しょう》のお膳《ぜん》に乗《の》せてある茶《ちゃ》わんを取《と》りあげて、つくづくごらんになっていました。 「この茶《ちゃ》わんは、なんというものが造《つく》ったのだ。」と申《もう》されました。  百|姓《しょう》は、まことに恐《おそ》れ入《い》りました。じつに粗末《そまつ》な茶《ちゃ》わんでありましたから、殿《との》さまに対《たい》してご無礼《ぶれい》をしたと、頭《あたま》を下《さ》げておわびを申《もう》しあげました。 「まことに粗末《そまつ》な茶《ちゃ》わんをおつけもうしまして、申《もう》しわけはありません。いつであったか、町《まち》へ出《で》ましたときに、安物《やすもの》を買《か》ってまいりましたのでございます。このたび不意《ふい》に殿《との》さまにおいでを願《ねが》って、この上《うえ》のない光栄《こうえい》にぞんじましたが、町《まち》まで出《で》て茶《ちゃ》わんを求《もと》めてきます暇《ひま》がなかったのでございます。」と、正直《しょうじき》な百|姓《しょう》はいいました。 「なにをいうのだ、俺《おれ》は、おまえたちのしんせつにしてくれるのを、このうえなくうれしく思《おも》っている。いまだかつて、こんな喜《よろこ》ばしく思《おも》ったことはない。毎日《まいにち》、俺《おれ》は茶《ちゃ》わんに苦《くる》しんでいた。そして、こんな調法《ちょうほう》ないい茶《ちゃ》わんを使《つか》ったことはない。それで、だれがこの茶《ちゃ》わんを造《つく》ったかおまえが知《し》っていたなら、ききたいと思《おも》ったのだ。」と、殿《との》さまはいわれました。 「だれが造《つく》りましたかぞんじません。そんな品《しな》は、名《な》もない職人《しょくにん》が焼《や》いたのでございます。もとより殿《との》さまなどに、自分《じぶん》の焼《や》いた茶《ちゃ》わんがご使用《しよう》されるなどということは、夢《ゆめ》にも思《おも》わなかったでございましょう。」と、百|姓《しょう》は恐《おそ》れ入《い》って申《もう》しあげました。 「それは、そうであろうが、なかなか感心《かんしん》な人間《にんげん》だ。ほどよいほどに、茶《ちゃ》わんを造《つく》っている。茶《ちゃ》わんには、熱《あつ》い茶《ちゃ》や、汁《しる》を入《い》れるということをそのものは心得《こころえ》ている。だから、使《つか》うものが、こうして熱《あつ》い茶《ちゃ》や、汁《しる》を安心《あんしん》して食《た》べることができる。たとえ、世間《せけん》にいくら名《ま》まえの聞《き》こえた陶器師《とうきし》でも、そのしんせつな心《こころ》がけがなかったら、なんの役《やく》にもたたない。」と、殿《との》さまは申《もう》されました。  殿《との》さまは、旅行《りょこう》を終《お》えて、また、御殿《ごてん》にお帰《かえ》りなさいました。お役人《やくにん》らがうやうやしくお迎《むか》えもうしました。殿《との》さまは、百|姓《しょう》の生活《せいかつ》がいかにも簡単《かんたん》で、のんきで、お世辞《せじ》こそいわないが、しんせつであったのが身《み》にしみておられまして、それをお忘《わす》れになることがありませんでした。  お食事《しょくじ》のときになりました。すると、膳《ぜん》の上《うえ》には、例《れい》の軽《かる》い、薄手《うすで》の茶《ちゃ》わんが乗《の》っていました。それをごらんになると、たちまち殿《との》さまの顔色《かおいろ》は曇《くも》りました。また、今日《きょう》から熱《あつ》い思《おも》いをしなければならぬかと、思《おも》われたからであります。  ある日《ひ》、殿《との》さまは、有名《ゆうめい》な陶器師《とうきし》を御殿《ごてん》へお呼《よ》びになりました。陶器店《とうきてん》の主人《しゅじん》は、いつかお茶《ちゃ》わんを造《つく》って奉《たてまつ》ったことがあったので、おほめくださるのではないかと、内心《ないしん》喜《よろこ》びながら参上《さんじょう》いたしますと、殿《との》さまは、言葉静《ことばしず》かに、 「おまえは、陶器《とうき》を焼《や》く名人《めいじん》であるが、いくら上手《じょうず》に焼《や》いても、しんせつ心《しん》がないと、なんの役《やく》にもたたない。俺《おれ》は、おまえの造《つく》った茶《ちゃ》わんで、毎日《まいにち》苦《くる》しい思《おも》いをしている。」と諭《さと》されました。  陶器師《とうきし》は、恐《おそ》れ入《い》って御殿《ごてん》を下《さ》がりました。それから、その有名《ゆうめい》な陶器師《とうきし》は、厚手《あつで》の茶《ちゃ》わんを造《つく》る普通《ふつう》の職人《しょくにん》になったということです。 底本:「定本小川未明童話全集 1」講談社    1976(昭和51)年11月10日第1刷    1977(昭和52)年C第3刷 初出:「婦人公論」    1921(大正10)年1月 ※表題は底本では、「殿《との》さまの茶《ちゃ》わん」となっています。 ※初出時の表題は「殿様の茶碗」です。 入力:特定非営利活動法人はるかぜ 校正:江村秀之 2013年10月6日作成 青空文庫作成ファイル: このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。