真珠抄 北原白秋 ------------------------------------------------------- 【テキスト中に現れる記号について】 《》:ルビ (例)潤《うる》ほひ |:ルビの付く文字列の始まりを特定する記号 (例)真実|一人《ひとり》 [#]:入力者注 主に外字の説明や、傍点の位置の指定 (例)[#ページの左右中央] ------------------------------------------------------- [#ページの左右中央] [#ここから3字下げ] [#ここから25字詰め] [#2字下げ][#中見出し]印度更紗の言葉[#中見出し終わり] 心ゆくまでわれはわが思ふほどのことをしつくさむ。ありのまま、生きのまま、光り耀く命のながれに身を委ねむ。れうらんたれ、さんらんたれ。わがうたはまた、印度更紗の類ひならねど渋くつや出せ、かつ煙れ。 [#2字下げ][#ここから1段階小さな文字]千九百十四年九月[#ここで小さな文字終わり][#地から2字上げ]白秋 [#ここで字詰め終わり] [#ここで字下げ終わり] [#改丁] [#1字下げ][#中見出し]真珠抄 [#1段階小さな文字]短唱[#小さな文字終わり][#中見出し終わり] [#ここから5字下げ] [#ここから1段階小さな文字] [#ここから25字詰め] わが心は玉の如し、時に曇り、折にふれて虔ましき悲韻を成す。哀歓とどめがたし、ただ常住のいのちに縋る。真実はわが所念、真珠は海の秘宝、音に秘めて涙ながせよ。 [#ここで字詰め終わり] [#ここで小さな文字終わり] [#ここで字下げ終わり] 潤《うる》ほひあれよ真珠玉幽かに煙れわがいのち [#1字下げ][#中見出し]永日礼讃[#中見出し終わり] [#ここから5字下げ] [#ここから1段階小さな文字] [#ここから25字詰め] ひと日海のほとり、斜なる草原の中に寝ころびぬ。日の光十方にあまねく、身をかくすよすがもなし。真実にただひとり、人間ものもあらざれば感極まりて乃ち涙をぞ流しける。 [#ここで字詰め終わり] [#ここで小さな文字終わり] [#ここで字下げ終わり] 滴《したた》るものは日のしづく静かにたまる眼《め》の涙 人間なれば堪へがたし真実|一人《ひとり》は堪へがたし 珍らしや寂しや人間のつく息 真実寂しき花ゆゑに一輪草とは申すなり 哀れなる竜胆《りんだう》の春の深さよ、あな春の深さよな 磯草むらの螽斯《きりぎりす》鳴かずにゐられで鳴きしきる 宙を飛ぶ燕《つばめ》ひもじかろ燕《つばめ》 鳥のまねして飛ばばやな光の雨にぬればやな 木が光りゆらめくぞよとめどなき鳥春の鳥 あまり冷《つめ》たし虫の穴さのみ金銀珠玉な鏤《ちりば》めそ 光りて企《たくら》む虫の角《つの》メフイストフエレスが身のこなし とめどなや風がれうらんとながるる なびけば光る柳の葉光らぬ時が怖《こわ》やの 山が光る木が光る草が光る地が光る 片面光る槐《ゑんじゆ》の葉両面光る柳の葉 勿体なや何を見てもよ日のしづく日の光日のしづく日の涙 [#1字下げ][#中見出し]源吾兵衛[#中見出し終わり] [#ここから35字詰め] 玉ならば真珠|一途《いちづ》なるこそ男なれ 心から血の出るやうな恋をせよとは教へまさねどわが母よ 蜥蜴《とかげ》が尾をふる血のしみるほどふる 悲しや玉虫が頭《あたま》の中に喰ひ入つたわ 病気になつた気が狂《ふ》れた一途《いちづ》な雛罌粟《ココリコ》が火になつた 百舌のあたまが火になつた思ひきられぬきりやきりきり 散ろか散るまいかままよ真紅《まつか》に咲いてのきよ 人目忍ぶはいと易しむしろわが身を血みどろに突かしてぢつと物思ひたや 日はかんかんと照りつくる血槍かついでひとをどり耶蘇を殺してユダヤの踊をひとをどり ふくら雀は風にもまるる笑止《せうし》や正直|一途《いちづ》の源吾兵衛はひよいと世に出て人にもまるるもまるる 冥罰《めうばつ》を思ひ知らぬか赤鼻の源左めなまじ生木を腕で折る 息もかるし気もかるしいつそ裸で笛吹かう [#ここで字詰め終わり] [#1字下げ][#中見出し]月光礼讃[#中見出し終わり] [#ここから35字詰め] 猫のあたまにあつまれば光は銀のごとくなりわれらが心に沁み入れば月かげ懺悔《ざんげ》のたねとなる [#ここで字詰め終わり] [#1字下げ][#中見出し]巡礼[#中見出し終わり] ひとり旅こそ仄かなれ空ははるばる身はうつつ 巡礼のふる鈴はちんからころりと鳴りわたる一心に縋りまつればの [#1字下げ][#中見出し]雪の山道[#中見出し終わり] [#ここから35字詰め] 親鸞上人ならねども雪のふる山みちをしみじみと越え申す雪はこんこん山みちを [#ここで字詰め終わり] [#1字下げ][#中見出し]幼帝[#中見出し終わり] 王冠《わうくわん》燦爛|日《ひ》燦爛涙こぼせばなほ燦爛 王冠にひよいと来てとまる蜻蛉《とんぼ》とんぼ重いか眩《まぶ》しいか 蜻蛉《とんぼ》重きにあらねども王冠燦爛ただ涙 いとしや昼の日なかを小さな銀《ぎん》の王様が泣かしやる 王様の冠《かんむり》がゆらいだ、と思つたら死なしやつた [#1字下げ][#中見出し]金[#中見出し終わり] 物言はぬ金無垢の弥陀《みだ》の重さよ [#1字下げ][#中見出し]煙[#中見出し終わり] 煙は寥《さみ》しやむごともなし立つな煙よ 幽かに煙のもつるるはわが常住《じやうぢゆう》の姿なり幽かなれ煙 [#1字下げ][#中見出し]澪[#中見出し終わり] しみじみと澪《みを》がわかるる、これがわかれか 光りてながるるみをのすぢ光りてゆらめくみをつくし [#1字下げ][#中見出し]泳ぎ[#中見出し終わり] [#ここから35字詰め] 寂しければ海中《わだなか》にさんらんと入らうよ 燦爛《さんらん》と飛び込めば海が胸につかえる泳げば流るる力いつぱい踏《ふ》んばれ巌《いわ》の上《うへ》の男 [#ここで字詰め終わり] [#1字下げ][#中見出し]つまづき[#中見出し終わり] 燦爛《さんらん》と蹴《け》つまづいたが痛かつたか木の根 [#ここから5字下げ] [#ここから1段階小さな文字] 路のべの柳ただ見て過ぎなば過ぎぬべし われはただ礼拝かしこまる [#ここで小さな文字終わり] [#ここで字下げ終わり] 有難《ありがた》や柳がさんらんと光るわ、そつと根に腰|下《お》ろいてさてそつと行こかの [#1字下げ][#中見出し]乾草[#中見出し終わり] [#5字下げ][#1段階小さな文字]秋の野にいづあまりに明るかりければ[#小さな文字終わり] 乾草《ほしぐさ》に火を点《つ》けむぞ      きりぎりすきりぎりす [#1字下げ][#中見出し]秋日小韻[#中見出し終わり] 妹よそなたにはきこえぬか秋のといきが ふけゆくものは茶の利休ほのかに座るわがこころ 光る木によぢよ寂しくば子ども光る木によぢよかし 日もうらら風もうらら落つる木の葉やれの落つる葉 眼《め》をあげ百姓枯木に雀がこぼるるぞ [#1字下げ][#中見出し]卓上[#中見出し終わり] [#ここから35字詰め] 深《ふか》い溜息《ためいき》がきこえた、はあていまのは誰のといきぞわが前の真赤な酒のさかづき けふも暮るるかあかあかと暮るるか何もせなんだでなう われもする人もする長ためいきのヴァイオリン ほのかならずば何かせむ惜め涙よ 純真無垢《じゆんしんむく》の涙こそわれと汝《な》がものヴエルレン [#ここで字詰め終わり] [#1字下げ][#中見出し]蛇の舌[#中見出し終わり] 冷《つめ》たきものは蛇の舌|娼妓末社《しやうぎまつしや》が眼《め》の光 執念《しゆうねん》の白蛇《しらへび》死んだ女王の陰《ほと》に入る、といの [#5字下げ][#1段階小さな文字]女王はクレオパトラ[#小さな文字終わり] 悲しや鐘の中の安珍《あんちん》、金《きん》の中の眸《め》 蛇も交《つる》むか真実にそのほかはみな嘘《うそ》ぞかし ほれぼれと女からだまされて見たやの [#1字下げ][#中見出し]子ども[#中見出し終わり] [#5字下げ][#1段階小さな文字]天真流露子どもがはねるぞはねるぞ[#小さな文字終わり] 飛び越せ飛び越せ薔薇《ばら》の花子どもよ子どもよ薔薇の花 [#1字下げ][#中見出し]深夜[#中見出し終わり] 月ほそく光りたり真の夜中《よなか》に、懺悔《ざんげ》せよとか 寸金本土《すんきんほんど》の阿弥陀仏《あみだぶつ》光るは海の真夜中 [#1字下げ][#中見出し]海底[#中見出し終わり] 死んで光るものは珊瑚《さんご》の巣弟アベルが眼の光 [#5字下げ][#1段階小さな文字]カイン怒つて弟アベルを殺すこれ悪のはじめなり[#小さな文字終わり] 恐らくは花ならむ海の底の海松《みる》の小枝に輝く玉あり輝く玉あり [#改ページ] [#1字下げ][#中見出し]正覚坊[#中見出し終わり] 燦《きら》らかにごむの大樹《たいじゆ》に射《さ》す光|燦《きら》らかに円《まろ》く眠《ね》る正覚坊《しやうがくぼう》 まんまろき正覚坊に日の光ひかりこぼるる麗《うら》らかなれば ゆつたりと正覚坊ぞねぶりたる安心をしてねぶれるものか 大きなる正覚坊が虔《つつ》ましくねぶり目ざめて眼《め》ひらくあはれ こはをかし柔《やはら》かなこの腋《わき》の下|擽《くす》ぐればふふと笑ふ正覚坊 正覚坊ふふと笑へり麗《うら》らかに擽《くす》ぐらるればうれしきものか 正覚坊寂しくぞあらむ裸《はだか》にてわれもころがる麗《うら》らかなれば 仰向《あうむ》けど寂しくぞあらむ正覚坊かくしどころも燦《きら》らかなれば 摩訶不思議《まかふしぎ》正覚坊の燦《きら》らなるかくしどころのここのかなしさ 汝《な》はあまりに深《ふか》くあがりつ正覚坊ここは正午のバナナの林 正覚坊ころがされてははたはたと手足もがけど歩まれぬかな 輝《て》る日|麗《うら》ら万劫経たる海亀のこの諦《あきら》めの大きなるかも けふも終に暮れたり赤くまんまろく大亀の腹に日輪が載《の》り 正覚坊いぢめつくして子どもらがかへる海辺の劫初の耀き [#改ページ] [#1字下げ][#中見出し]玉蜀黍[#中見出し終わり] 玉蜀黍《たうもろこし》耀ふ中にうつら来てしばらく光り誰か消えつも 見廻はせば十方光くまもなししばらく空も動かであるも 寂しさや黍《きび》は黍としさらさらと葉ずれのひびき立てにけり夏 玉蜀黍《たうもろこし》輝り極まれば言葉なくそがひに息する人の恋しさ ここ過ぎてかの高山《たかやま》の半腹《なから》まで玉蜀黍《たうもろこし》は輝りきらめけり ここよりも輝りきらめけるなりここよりも向うの山の玉蜀黍《たうもろこし》は 彼《かれ》よりも輝りきらめけるなり彼よりもかの上の高き玉蜀黍《たうもろこし》は 寂しさやここのかしこの高山の玉蜀黍《たうもろこし》は輝りきらめけり [#改ページ] [#1字下げ][#中見出し]途上所見[#中見出し終わり] [#5字下げ][#1段階小さな文字]女人遠離[#小さな文字終わり] 思ひ屈《く》ししばし見恍《みと》れつひるさがり陶器師《すゑものつくり》はろくろを廻はす ほれぼれと万里子《まりこ》忘れつおもしろく陶器師《すゑものつくり》はろくろを廻はす ちちのみのちちも忘れつおもしろく陶器師《すゑものつくり》はろくろを廻はす ははそはのははも忘れつおもしろく陶器師《すゑものつくり》はろくろを廻はす さびしけど女房おもはずおもしろく陶器師《すゑものつくり》はろくろを廻はす もろもろのぼんなうりんねただ廻る陶器師《すゑものつくり》はろくろを廻はす ろくろ見るろくろ廻るがただたのし陶器師《すゑものつくり》はろくろを廻はす ろくろ見るろくろまたなし己《おの》れなし陶器師《すゑものつくり》はろくろを廻はす [#改ページ] [#5字下げ][#中見出し]真珠抄余言[#中見出し終わり] [#ここから改行天付き、折り返して1字下げ] 一、真珠抄の短唱六十八草は千九百十三年九月わが三崎淹留中初めて提唱し、そののちをりをりに書きあつめたるものなり。わが短唱はわが独自の創見にして、歌俳句以外に一の新体を開くべきものなり。詩形極めて短小なれども、かの如く既成形式によらず、自由にリズムの瞬きを尊重し、真実真珠の如く、純中の純なる単心の叫びを幽かに歌ひつめんとするなり。わが短唱も愈日本在来の小唄のながれを超えて幽かに象徴の奥に沈まむとす。白金の静寂わが上に来る、歓ばしきかな。 一、巻末に添へたる短歌のうち正覚坊玉蜀黍の二章二十二首は南海の遠島小笠原放浪中の記念にして、途上所見の八首は最近の新作なり。 一、この印度更紗は本輯以後各月一輯を上梓し、輯を変ふるが毎にその名を改め、色々に印度更紗の模様の如くわが愛慕する人々の書架にかなしく入り乱さしむべし。 一、第二輯は未だ定かならねど恐らく小笠原の歌を以て満たさるべきか。敬具再拝。 [#ここで字下げ終わり] [#2字下げ]八月 下浣 [#地から2字上げ]著者 底本:「白秋全集 3」岩波書店    1985(昭和60)年5月7日発行 底本の親本:「印度更紗第壱輯 真珠抄及び短歌」金尾文淵堂    1914(大正3)年9月1日発行 入力:飛鷹美緒 校正:フクポー 2016年12月9日作成 青空文庫作成ファイル: このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。