鳥影 泉鏡太郎 ------------------------------------------------------- 【テキスト中に現れる記号について】 《》:ルビ (例)雨《あめ》 [#]:入力者注 主に外字の説明や、傍点の位置の指定    (数字は、JIS X 0213の面区点番号またはUnicode、底本のページと行数) (例)𢌞 /\:二倍の踊り字(「く」を縦に長くしたような形の繰り返し記号) (例)なが/\ -------------------------------------------------------  雨《あめ》の晴《は》れた朝《あさ》である。修善寺《しゆぜんじ》の温泉宿《をんせんやど》、――館《くわん》の家族《かぞく》の一婦人《いちふじん》と、家内《かない》が桂川《かつらがは》の一本橋《いつぽんばし》向《むか》うの花畑《はなばたけ》へ連立《つれだ》つて、次手《ついで》に同家《どうけ》の控《ひかへ》の別莊《べつさう》――あき屋《や》である――を見《み》せて貰《もら》つた、と言《い》つて話《はな》した。花畑《はなばたけ》は渡《わた》つてからだが、橋《はし》を渡返《わたりかへ》して館《くわん》の外《そと》まはりを𢌞《まは》つて行《ゆ》く。……去年《きよねん》の春《はる》ごろまでは、樹蔭《こかげ》の徑《みち》で、戸田街道《とだかいだう》の表通《おもてどほ》りへ土地《とち》の人《ひと》たちも勝手《かつて》に通行《つうかう》したのだけれども、いまは橋際《はしぎは》に木戸《きど》が出來《でき》て、館《くわん》の構内《こうない》に成《な》つた。もとの徑《みち》を、おも屋《や》と隔《へだ》てて廣《ひろ》い空地《あきち》があつて、追《お》つては庭《には》に造《つく》るのださうで、立樹《たちき》の間《あひだ》に彼方此方《あちこち》、石《いし》が澤山《たくさん》に引込《ひきこ》んである。川《かは》に添《そ》つて古《ふる》い水車小屋《すゐしやごや》また茅葺《かやぶき》の小屋《こや》もある。別莊《べつさう》はずつと其《そ》の奧《おく》の樹深《きぶか》い中《なか》に建《た》つて居《ゐ》るのを、私《わたし》は心《こゝろ》づもりに知《し》つて居《ゐ》る。總二階《そうにかい》十疊《じふでふ》に八疊《はちでふ》の𢌞《まは》り縁《えん》で、階下《かいか》は七間《なゝま》まで數《かぞ》へて廣《ひろ》い。雨戸《あまど》をすつかり明《あ》けて見《み》せられたが、裏《うら》の山《やま》、前《まへ》の流《なが》れ、まことに眺望《ながめ》が好《い》いと言《い》ふ。……借《か》りるつもりか、さては近頃《ちかごろ》工面《くめん》がいゝナなぞとおせきなさるまじく。京《きやう》の金閣寺《きんかくじ》をごらうじましたか、で見《けん》ぶつをしたばかり。唄《うた》の床柱《とこばしら》ではないが、別莊《べつさう》の庭《には》は、垣根《かきね》つゞきに南天《なんてん》の林《はやし》と云《い》ひたいくらゐ、一面《いちめん》輝《かゞや》くが如《ごと》き紅顆《こうくわ》を燭《とも》して、水晶《すゐしやう》の火《ひ》のやうださうで、奧《おく》の濡縁《ぬれえん》を先《さき》に古池《ふるいけ》が一《ひと》つ、中《なか》に平《たひら》な苔錆《こけさ》びた石《いし》がある。  其處《そこ》で美《うつく》しい鳥《とり》を見《み》た。  二羽《には》。 「……それは綺麗《きれい》な鳥《とり》なんですよ、背中《せなか》が青《あを》いつたつて、唯《たゞ》青《あを》いんぢやあないんです、何《なん》とも言《い》へません。胸《むね》の處《ところ》からぼつと紅《あか》くつてね、長《なが》い嘴《くちばし》をして居《ゐ》るんです、向合《むきあ》つて。……其處《そこ》いらが靜《しづか》で、誰《だれ》も驚《おどろ》かさないと見《み》えて、私《わたし》たちを見《み》ても、遁《に》げないんですよ。縁《えん》からぢき其處《そこ》に――最《もつと》も、あゝ綺麗《きれい》な鳥《とり》が、と云《い》つて、雨戸《あまど》にも密《そつ》と加減《かげん》はしましたけれども。……何《なん》と云《い》ふ鳥《とり》でせうね。内《うち》の雀《すゞめ》よりはずつと大《おほ》きくつて、鳩《はと》よりは、すらりと痩《や》せて小形《こがた》な。」  と、あゝ、およしなされば可《よ》いのに、借《か》りものの籠《かご》に、折《を》つて來《き》たしぼりの山茶花《さゞんくわ》と白《しろ》の小菊《こぎく》を突込《つツこ》んで、をかしく葉《は》を撮《つま》んだり、枝《えだ》を吹《ふ》いたり、飴細工《あめざいく》ではあるまいし……對《つゐ》をなすものの人《ひと》がらも丁《ちやう》ど可《よ》い。……朝餉《あさげ》を濟《す》ますと、立處《たちどころ》に床《とこ》を取直《とりなほ》して、勿體《もつたい》ない小春《こはる》のお天氣《てんき》に、水《みづ》を二階《にかい》まで輝《かゞや》かす日當《ひあた》りのまぶしさに、硝子戸《がらすど》と障子《しやうじ》をしめて、長々《なが/\》と掻卷《かいまき》した、これ此《こ》の安湯治客《やすたうぢきやく》、得意《とくい》の處《ところ》。 「宿《やど》の方《かた》も知《し》らないつて言《い》ふんですがね、ちよい/\彼處《あそこ》で見《み》るんですつて、いつも、つがひで洒落《しや》れてるわね。何《なん》でせう。」  おや/\鋏《はさみ》の音《おと》をさせた。あつかましい。が、此《これ》にも似合《にあ》はう……川柳《せんりう》の横本《よこぼん》を枕《まくら》と斜《はす》つかけに仰《あふ》ぎながら、 「あるきもしない、不精《ぶしやう》だ不精《ぶしやう》だと云《い》ふけれど、居《ゐ》ながらにして知《し》つてるぜ。かはせみさ、それは。」 「あゝ。」 「字《じ》に顯《あら》はすと、些《ち》と畫《くわく》が多《おほ》い、翡翠《ひすゐ》とかいてね、お前《まへ》たち……たちぢやあ他樣《ほかさま》へ失禮《しつれい》だ……お前《まへ》なぞが欲《ほ》しがる珠《たま》とおんなじだ。」  と云《い》つて、おねだんのものの何《な》にも插《さ》さない、うしろ向《むき》の圓髷《まるまげ》を見《み》た。  私《わたし》は廣袖《どてら》の襟《えり》を合《あ》はせて起《お》きた。  鴛鴦《をしどり》は濃艷《のうえん》でお睦《むつま》じい、が、聞《き》いたばかりで、翡翠《かはせみ》は凄麗《せいれい》にして、其《そ》の所帶《しよたい》は意氣《いき》である。見《み》たくなつた。  私《わたし》は狩獵《しゆれふ》を知《し》らない。が、獲《え》ものでない、山《やま》の幸《さち》は、其《そ》の姿《すがた》を見《み》、その、もの語《がたり》を聞《き》くのにある、と、思《おも》ひつゝ。…… [#地から5字上げ]昭和三年一月 底本:「鏡花全集 巻二十七」岩波書店    1942(昭和17)年10月20日第1刷発行    1988(昭和63)年11月2日第3刷発行 ※題名の下にあった年代の注を、最後に移しました。 ※表題は底本では、「鳥影《とりかげ》」とルビがついています。 入力:門田裕志 校正:川山隆 2011年8月6日作成 青空文庫作成ファイル: このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。