くさびら 泉鏡太郎 ------------------------------------------------------- 【テキスト中に現れる記号について】 《》:ルビ (例)御馳走《ごちそう》 [#]:入力者注 主に外字の説明や、傍点の位置の指定    (数字は、JIS X 0213の面区点番号またはUnicode、底本のページと行数) (例)𢌞 /\:二倍の踊り字(「く」を縦に長くしたような形の繰り返し記号) (例)によき/\ *濁点付きの二倍の踊り字は「/″\」 -------------------------------------------------------  御馳走《ごちそう》には季春《しゆん》がまだ早《はや》いが、たゞ見《み》るだけなら何時《いつ》でも構《かま》はない。食料《しよくれう》に成《な》る成《な》らないは別《べつ》として、今頃《いまごろ》の梅雨《つゆ》には種々《さま/″\》の茸《きのこ》がによき/\と野山《のやま》に生《は》える。  野山《のやま》に、によき/\、と言《い》つて、あの形《かたち》を想《おも》ふと、何《なん》となく滑稽《おど》けてきこえて、大分《だいぶ》安直《あんちよく》に扱《あつか》ふやうだけれども、飛《と》んでもない事《こと》、あれでなか/\凄味《すごみ》がある。  先年《せんねん》、麹町《かうぢまち》の土手三番町《どてさんばんちやう》の堀端寄《ほりばたより》に住《す》んだ借家《しやくや》は、太《ひど》い濕氣《しけ》で、遁出《にげだ》すやうに引越《ひつこ》した事《こと》がある。一體《いつたい》三間《みま》ばかりの棟割長屋《むねわりながや》に、八疊《はちでふ》も、京間《きやうま》で廣々《ひろ/″\》として、柱《はしら》に唐草彫《からくさぼり》の釘《くぎ》かくしなどがあらうと言《い》ふ、書院《しよゐん》づくりの一座敷《ひとざしき》を、無理《むり》に附着《つきつ》けて、屋賃《やちん》をお邸《やしき》なみにしたのであるから、天井《てんじやう》は高《たか》いが、床《ゆか》は低《ひく》い。――大掃除《おほさうぢ》の時《とき》に、床板《ゆかいた》を剥《はが》すと、下《した》は水溜《みづたまり》に成《な》つて居《ゐ》て、溢《あふ》れたのがちよろ/\と蜘蛛手《くもで》に走《はし》つたのだから可恐《おそろし》い。此《こ》の邸《やしき》……いや此《こ》の座敷《ざしき》へ茸《きのこ》が出《で》た。  生《は》えた……などと尋常《じんじやう》な事《こと》は言《い》ふまい。「出《で》た」とおばけらしく話《はな》したい。五月雨《さみだれ》のしと/\とする時分《じぶん》、家内《かない》が朝《あさ》の間《あひだ》、掃除《さうぢ》をする時《とき》、縁《えん》のあかりで氣《き》が着《つ》くと、疊《たゝみ》のへりを横縱《よこたて》にすツと一列《いちれつ》に並《なら》んで、小《ちひ》さい雨垂《あまだれ》に足《あし》の生《は》えたやうなものの群《むらが》り出《で》たのを、黴《かび》にしては寸法《すんぱふ》が長《なが》し、と横《よこ》に透《すか》すと、まあ、怪《け》しからない、悉《こと/″\》く茸《きのこ》であつた。細《ほそ》い針《はり》ほどな侏儒《いつすんぼふし》が、一《ひと》つ/\、と、歩行《ある》き出《だ》しさうな氣勢《けはひ》がある。吃驚《びつくり》して、煮湯《にえゆ》で雜巾《ざふきん》を絞《しぼ》つて、よく拭《ぬぐ》つて、先《ま》づ退治《たいぢ》た。が、暮方《くれがた》の掃除《さうぢ》に視《み》ると、同《おな》じやうに、ずらりと並《なら》んで揃《そろ》つて出《で》て居《ゐ》た。此《これ》が茸《きのこ》なればこそ、目《め》もまはさずに、じつと堪《こら》へて私《わたし》には話《はな》さずに祕《かく》して居《ゐ》た。私《わたし》が臆病《おくびやう》だからである。  何《なに》しろ梅雨《つゆ》あけ早々《さう/\》に其家《そこ》は引越《ひつこ》した。が、……私《わたし》はあとで聞《き》いて身《み》ぶるひした。むかしは加州山中《かしうさんちう》の温泉宿《をんせんやど》に、住居《すまひ》の大圍爐裡《おほゐろり》に、灰《はひ》の中《なか》から、笠《かさ》のかこみ一尺《いつしやく》ばかりの眞黒《まつくろ》な茸《きのこ》が三本《さんぼん》づゝ、續《つゞ》けて五日《いつか》も生《は》えた、と言《い》ふのが、手近《てぢか》な三州奇談《さんしうきだん》に出《で》て居《ゐ》る。家族《かぞく》は一統《いつとう》、加持《かぢ》よ祈祷《きたう》よ、と青《あを》くなつて騷《さわ》いだが、私《わたし》に似《に》ない其主人《そのしゆじん》、膽《たん》が据《すわ》つて聊《いさゝ》かも騷《さわ》がない。茸《きのこ》だから生《は》えると言《い》つて、むしつては捨《す》て、むしつては捨《す》てたので、やがて妖《えう》は留《や》んで、一家《いつか》に何事《なにごと》の觸《さは》りもなかつた――鐵心銷怪《てつしんくわいをけす》。偉《えら》い!……と其《そ》の編者《へんじや》は賞《ほ》めて居《ゐ》る。私《わたし》は笑《わら》はれても仕方《しかた》がない。成程《なるほど》、其《そ》の八疊《はちでふ》に轉寢《うたゝね》をすると、とろりとすると下腹《したはら》がチクリと疼《いた》んだ。針《はり》のやうな茸《きのこ》が洒落《しやれ》に突《つゝ》いたのであらうと思《おも》つて、もう一度《いちど》身《み》ぶるひすると同時《どうじ》に、何《ど》うやら其《そ》の茸《きのこ》が、一《ひとつ》づゝ芥子《けし》ほどの目《め》を剥《む》いて、ぺろりと舌《した》を出《だ》して、店賃《たなちん》の安値《やす》いのを嘲笑《あざわら》つて居《ゐ》たやうで、少々《せう/\》癪《しやく》だが、しかし可笑《をかし》い。可笑《をかし》いが、氣味《きみ》が惡《わる》い。  能《のう》の狂言《きやうげん》に「茸《きのこ》」がある。――山家《やまが》あたりに住《す》むものが、邸中《やしきぢう》、座敷《ざしき》まで大《おほき》な茸《きのこ》が幾《いく》つともなく出《で》て祟《たゝ》るのに困《こう》じて、大峰《おほみね》葛城《かつらぎ》を渡《わた》つた知音《ちいん》の山伏《やまぶし》を頼《たの》んで來《く》ると、「それ、山伏《やまぶし》と言《い》つぱ山伏《やまぶし》なり、何《なん》と殊勝《しゆしよう》なか。」と先《ま》づ威張《ゐば》つて、兜巾《ときん》を傾《かたむ》け、いらたかの數珠《じゆず》を揉《も》みに揉《も》んで、祈《いの》るほどに、祈《いの》るほどに、祈《いの》れば祈《いの》るほど、大《おほき》な茸《きのこ》の、あれ/\思《おも》ひなしか、目鼻《めはな》手足《てあし》のやうなものの見《み》えるのが、おびたゞしく出《で》て、したゝか仇《あだ》をなし、引着《ひきつ》いて惱《なや》ませる。「いで、此上《このうへ》は、茄子《なすび》の印《いん》を結《むす》んで掛《か》け、いろはにほへとと祈《いの》るならば、などか奇特《きどく》のなかるべき、などか、ちりぬるをわかンなれ。」と祈《いの》る時《とき》、傘《かさ》を半《はん》びらきにした、中《なか》にも毒々《どく/\》しい魔形《まぎやう》なのが、二《に》の松《まつ》へ這《は》つて出《で》る。此《これ》にぎよつとしながら、いま一祈《ひといの》り祈《いの》りかけると、その茸《きのこ》、傘《かさ》を開《ひら》いてスツクと立《た》ち、躍《をど》りかゝつて、「ゆるせ、」と逃《に》げ𢌞《まは》る山伏《やまぶし》を、「取《と》つて噛《か》まう、取《と》つて噛《か》まう。」と脅《おびやか》すのである。――彼等《かれら》を輕《かろ》んずる人間《にんげん》に對《たい》して、茸《きのこ》のために氣《き》を吐《は》いたものである。臆病《おくびやう》な癖《くせ》に私《わたし》はすきだ。  そこで茸《きのこ》の扮裝《ふんさう》は、縞《しま》の着附《きつけ》、括袴《くゝりばかま》、腰帶《こしおび》、脚絆《きやはん》で、見徳《けんとく》、嘯吹《うそぶき》、上髯《うはひげ》の面《めん》を被《かぶ》る。その傘《かさ》の逸《いち》もつが、鬼頭巾《おにづきん》で武惡《ぶあく》の面《めん》ださうである。岩茸《いはたけ》、灰茸《はひたけ》、鳶茸《とびたけ》、坊主茸《ばうずたけ》の類《たぐひ》であらう。いづれも、塗笠《ぬりがさ》、檜笠《ひがさ》、菅笠《すげがさ》、坊主笠《ばうずがさ》を被《かぶ》つて出《で》ると言《い》ふ。……此《こ》の狂言《きやうげん》はまだ見《み》ないが、古寺《ふるでら》の廣室《ひろま》の雨《あめ》、孤屋《ひとつや》の霧《きり》のたそがれを舞臺《ぶたい》にして、ずらりと此《こ》の形《なり》で並《なら》んだら、並《なら》んだだけで、おもしろからう。……中《なか》に、紅絹《もみ》の切《きれ》に、白《しろ》い顏《かほ》の目《め》ばかり出《だ》して褄折笠《つまをりがさ》の姿《すがた》がある。紅茸《べにたけ》らしい。あの露《つゆ》を帶《お》びた色《いろ》は、幽《かすか》に光《ひかり》をさへ放《はな》つて、たとへば、妖女《えうぢよ》の艷《えん》がある。庭《には》に植《う》ゑたいくらゐに思《おも》ふ。食《た》べるのぢやあないから――茸《きのこ》よ、取《と》つて噛《か》むなよ、取《と》つて噛《か》むなよ。…… [#地から5字上げ]大正十二年六月 底本:「鏡花全集 巻二十七」岩波書店    1942(昭和17)年10月20日第1刷発行    1988(昭和63)年11月2日第3刷発行 ※題名の下にあった年代の注を、最後に移しました。 入力:門田裕志 校正:川山隆 2011年8月6日作成 青空文庫作成ファイル: このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。