鉢かつぎ 楠山正雄 ------------------------------------------------------- 【テキスト中に現れる記号について】 《》:ルビ (例)時《とき》 |:ルビの付く文字列の始まりを特定する記号 (例)三|年《ねん》 [#]:入力者注 主に外字の説明や、傍点の位置の指定 (例)[#5字下げ] ------------------------------------------------------- [#5字下げ]一[#「一」は中見出し]  ある時《とき》、河内国《かわちのくに》の交野《かたの》という所《ところ》に、備中守実高《びっちゅうのかみさねたか》というお侍《さむらい》がありました。たくさんの田地《でんち》やお金《かね》があって、きれいな奥方《おくがた》を持《も》って、この世《よ》の中にべつだん不足《ふそく》のない気楽《きらく》な身《み》の上でしたが、それでもたった一つ、何《なに》よりいちばんだいじな子供《こども》という宝物《たからもの》の欠《か》けていることを、残念《ざんねん》に思《おも》っていました。それで夫婦《ふうふ》は朝夕《あさゆう》長谷《はせ》の観音《かんのん》さまにお祈《いの》りをして、どうぞ一人《ひとり》子供《こども》をおさずけ下《くだ》さいましといって、それはねっしんにお願《ねが》い申《もう》しました。  そのねっしんがとどいたのでしょうか、とうとう一人《ひとり》かわいらしい姫《ひい》さんが生《う》まれました。実高夫婦《さねたかふうふ》はさっそく長谷《はせ》の観音《かんのん》さまにお礼《れい》まいりをして、こんど生《う》まれた姫《ひい》さんの一生《いっしょう》を、仏《ほとけ》さまに守《まも》って頂《いただ》くようにお頼《たの》みして帰《かえ》って来《き》ました。  この姫《ひい》さんがずんずん大きく育《そだ》っていって、ちょうど十三になった時《とき》、おかあさんはある時《とき》ふと風邪《かぜ》を引《ひ》いたといって寝込《ねこ》んだまま、日にましだんだん様子《ようす》が悪《わる》くなりました。おとうさんと姫《ひい》さんとで、夜昼《よるひる》、まくら元《もと》につききりで看病《かんびょう》したかいもなく、もういよいよ今日《きょう》あしたがむずかしいというほどの容態《ようだい》になりました。  おかあさんはその夕方《ゆうがた》、姫《ひい》さんをそっとまくら元《もと》に呼《よ》び寄《よ》せて、やせ衰《おとろ》えた手で、姫《ひい》さんのふさふさした髪《かみ》の毛《け》をさすりながら、 「ほんとうに髪《かみ》の毛《け》が長《なが》くおなりだこと。せめてもう二、三|年《ねん》長生《ながい》きをして、あなたのすっかり大人《おとな》になったところを見《み》たかった。」  と、こうおかあさんはいって、涙《なみだ》をぼろぼろこぼしながら、何《なに》を思《おも》ったのでしょうか、そばにあった漆《うるし》ぬりの箱《はこ》を重《おも》そうに持《も》ち上《あ》げて、姫《ひい》さんの頭《あたま》の上にのせました。その箱《はこ》の中には何《なに》が入《はい》っているのでしょうか。姫《ひい》さんがふしぎに思《おも》っているうちに、おかあさんは、かまわずその上にまた、姫《ひい》さんの体《からだ》のかくれるほどの大きな漆《うるし》ぬりの木鉢《きばち》を、すっぽりかぶせてしまいました。  鉢《はち》をかぶせてしまうと、さも安心《あんしん》したらしく、おかあさんはほっとため息《いき》をついて、 「これはみんな観音《かんのん》さまのおいいつけなのだから。」  と独《ひと》り言《ごと》のようにいって、目をつぶると、そのままうとうと眠《ねむ》ったようでしたが、やがて息《いき》を引《ひ》き取《と》ってしまいました。  おとうさんも姫《ひい》さんもびっくりして、死《し》んだ人の体《からだ》にとりついて、大騒《おおさわ》ぎをしましたが、もう二|度《ど》とは生《い》き返《かえ》りませんでした。お葬式《そうしき》がすんで後《のち》、おとうさんが気《き》がついて、姫《ひい》さんの頭《あたま》の上に、うっとうしそうにのっている鉢《はち》を取《と》ろうとしますと、どうしたのでしょう、鉢《はち》は頭《あたま》に固《かた》く吸《す》いついたようになって取《と》れませんでした。 「おかあさんに別《わか》れた上に、こんなへんな姿《すがた》になるとは、何《なん》というかわいそうな子供《こども》だろう。」  こうおとうさんはいって、鉢《はち》をかぶった姫《ひい》さんの姿《すがた》を、悲《かな》しそうな目で見《み》ていました。  おとうさんのそんな心持《こころも》ちを察《さっ》しない世間《せけん》の人たちは、姫《ひい》さんがへんな姿《すがた》になったのをおもしろがって、「鉢《はち》かつぎ、鉢《はち》かつぎ。」と、あだ名《な》を呼《よ》んであざ笑《わら》いました。 [#5字下げ]二[#「二」は中見出し]  しばらくすると、おとうさんは、親類《しんるい》やお友達《ともだち》にすすめられるまま、二|度《ど》めの奥方《おくがた》をもらいました。  こうしておとうさんはだんだん、先《せん》の奥方《おくがた》を忘《わす》れるようになりました。でも鉢《はち》かつぎはいつまでもおかあさんのことが忘《わす》れられないで、時々《ときどき》思《おも》い出《だ》しては、寂《さび》しそうな顔《かお》をしていました。こんどのおかあさんはそれをにくらしがって、 「まあ、鉢《はち》を頭《あたま》にかついだへんな子なんか、みっともなくって、わたしの娘《むすめ》だとはいわれないよ。」  といいました。そのうち奥方《おくがた》にも子供《こども》が一人《ひとり》生《う》まれました。そうなるといよいよ鉢《はち》かつぎ姫《ひめ》をじゃまにして、姫《ひめ》がああしました、こうしましたといっては、ありもしないことを、おとうさんに告《つ》げ口《ぐち》ばかりしていました。  鉢《はち》かつぎ姫《ひめ》は、このごろではもうおとうさんにさえきらわれるようになって、この世《よ》の中に頼《たよ》る人もなくなりました。それで毎日《まいにち》亡《な》くなったおかあさんのお墓《はか》におまいりをして、涙《なみだ》をこぼしながら、 「おかあさま、どうぞあなたが行っていらっしゃる遠《とお》いお国《くに》に、わたくしを早《はや》くお呼《よ》び取《と》り下《くだ》さいまし。」  といって拝《おが》んでいました。  すると奥方《おくがた》はまた、鉢《はち》かつぎが毎日《まいにち》お墓《はか》まいりをすることを知《し》ってにくらしがり、 「まあ、鉢《はち》かつぎはおそろしい子供《こども》です。わたしたちを殺《ころ》すつもりで、のろいをかけております。」  と、おとうさんにざん言《げん》しました。おとうさんは大《たい》そうおこって、 「不幸《ふこう》な子だと思《おも》って、大目《おおめ》に見《み》ておいてやったのだが、何《なん》の科《とが》もないかあさんや、きょうだいをのろうと聞《き》いては、捨《す》ててはおけない。出ていけ。」  といいました。  奥方《おくがた》は向《む》こうを向《む》いて、そっと舌《した》を出《だ》しながら、 「かわいそうだけれど、おとうさんのきびしいおいいつけだから。」  といって、鉢《はち》かつぎをつかまえて、むりに着物《きもの》をぬがせて、汚《よご》れたひとえ物《もの》を一|枚《まい》着《き》せたまま、追《お》い出《だ》してしまいました。  鉢《はち》かつぎは泣《な》きながら、どこへ行くというあてもなしに迷《まよ》い歩《ある》きました。どこをどう歩《ある》いたか、自分《じぶん》でも知《し》らないうちに、ふと大きな川《かわ》の岸《きし》へ出ました。 「こうやっていつまで歩《ある》いていたところで、しまいには疲《つか》れてかつえ死《じ》にでもする外《ほか》はないのだから、少《すこ》しでも早《はや》く死《し》んで、おかあさまのいらっしゃる遠《とお》いお国《くに》へ、迎《むか》え取《と》っていただいた方《ほう》がいい。」  こう鉢《はち》かつぎは思《おも》いながら、川《かわ》のふちへ下《お》りていって、身《み》を投《な》げようとしました。けれどどろんと真《ま》っ青《さお》に気味悪《きみわる》くよどんだ水《みず》の底《そこ》には、どんな魔物《まもの》が住《す》んでいるか知《し》れないと思《おも》うと、おじけがついて、度々《たびたび》飛《と》び込《こ》みかけては躊躇《ちゅうちょ》しました。やっと思《おも》いきって身《み》を投《な》げますと、こんどは頭《あたま》にかぶった鉢《はち》がじゃまになって、沈《しず》んでも沈《しず》んでも浮《う》き上《あ》がりました。するとそこへ舟《ふね》をこいで来《き》た一人《ひとり》の船頭《せんどう》が見《み》つけて、 「おやおや、大きな鉢《はち》が流《なが》れてきた。」  といいながら、鉢《はち》をつかんで引《ひ》き上《あ》げますと、下《した》から人間《にんげん》の姿《すがた》が現《あらわ》れたので、びっくりして、手《て》を放《はな》して逃《に》げていってしまいました。鉢《はち》かつぎは、死《し》ぬこともできない悲《かな》しい身《み》の上だとつくづく思《おも》いながら、むずむず岸《きし》にはい上《あ》がって、しかたがないので、またあてもなく歩《ある》き出《だ》しました。そのうち一つの村《むら》を通《とお》りかかりました。すると、みんなが見《み》つけて、 「頭《あたま》が鉢《はち》で、体《からだ》が人間《にんげん》のお化《ば》けが来《き》た。」 「鉢《はち》のお化《ば》けだ。鉢《はち》のお化《ば》けだ。」 「お化《ば》けにしてはきれいな手足《てあし》をしているぜ。」  こんなことを口々《くちぐち》にいいました。そして気味《きみ》を悪《わる》がるばかりで、だれ一人《ひとり》食《た》べ物《もの》をくれようという者《もの》もなければ、ましてうちに入《い》れて、泊《と》めてやろうという者《もの》はありませんでした。  するとその時《とき》、この国《くに》の国守《こくしゅ》の山蔭《やまかげ》の中将《ちゅうじょう》という人が、大《おお》ぜい家来《けらい》を連《つ》れてお通《とお》りかかりになりました。村《むら》の者《もの》が大《おお》ぜい鉢《はち》をかぶった娘《むすめ》を取《と》り巻《ま》いて、がやがや騒《さわ》いでいるところを遠《とお》くから目《め》をおつけになって、 「何《なに》を騒《さわ》いでいるのだ。お前《まえ》見《み》て来《こ》い。」  と、家来《けらい》の一人《ひとり》においいつけになりました。  家来《けらい》は急《いそ》いで行ってみると、がやがや騒《さわ》いでいた村《むら》の者《もの》はみんなこわがって、どこかへこそこそ逃《に》げて行ってしまいました。その後《あと》に鉢《はち》かつぎが一人《ひとり》残《のこ》されて、しくしく泣《な》いていました。家来《けらい》はふしぎに思《おも》って、鉢《はち》かつぎを連《つ》れて中将《ちゅうじょう》の御前《ごぜん》に帰《かえ》って来《き》ました。 「わたくしがまいりますと、みんなかくれてしまいまして、あとに一人《ひとり》、このようなふしぎな形《かたち》の者《もの》が残《のこ》っておりました。」  といって、鉢《はち》かつぎをお目《め》にかけました。  中将《ちゅうじょう》は鉢《はち》かつぎをごらんになって、 「まあ、その鉢《はち》を取《と》れ。何者《なにもの》だか顔《かお》を見《み》てやろう。」  とおっしゃいました。家来《けらい》が二、三|人《にん》寄《よ》ってたかって、鉢《はち》に手をかけますと、鉢《はち》かつぎは、 「いいえ、いいえ。取《と》ろうとなすっても、取《と》れない鉢《はち》でございます。」  といいましたが、家来《けらい》は聴《き》かずに、 「ばかなことをいうな。」  とむりに鉢《はち》をぬがせようとしますと、鉢《はち》はしっかり頭《あたま》から生《は》えたように吸《す》いついていて、どうしても取《と》れないので、あきれてあきらめてしまいました。中将《ちゅうじょう》はいよいよふしぎにお思《おも》いになって、 「お前《まえ》はどこから来《き》たのだ。どうしてそんなへんな姿《すがた》になったのだ。」  とお聴《き》きになりました。けれども鉢《はち》かつぎは、自分《じぶん》のほんとうの身分《みぶん》をいえば、おとうさんの恥《はじ》になることを思《おも》って、ただ、 「交野《かたの》の近《ちか》くにおりました卑《いや》しい者《もの》の子でございます。たった一人《ひとり》の母親《ははおや》に別《わか》れて、毎日《まいにち》泣《な》き暮《く》らしておりますうちに、どうしたわけか、ある日|空《そら》から鉢《はち》が降《ふ》ってきて、頭《あたま》に吸《す》いついて、このようなへんな姿《すがた》になってしまいました。」  といいました。中将《ちゅうじょう》はふしぎなことがあるものだ。そしてこれから、いったいどこへ行くつもりだとおたずねになりました。 「一人《ひとり》の母親《ははおや》に別《わか》れては、外《ほか》に頼《たよ》る者《もの》のない身《み》の上でございます。それにこのような姿《すがた》になりましてからは、だれも気味《きみ》を悪《わる》がって、かまってくれます者《もの》もございません。」  と鉢《はち》かつぎはいいました。中将《ちゅうじょう》は、 「それは気《き》の毒《どく》だ。わたしのうちへ来《く》るがいい。」  といって、鉢《はち》かつぎを連《つ》れてお帰《かえ》りになりました。  中将《ちゅうじょう》のお屋敷《やしき》へ連《つ》れられて行くと、女中《じょちゅう》がしらが鉢《はち》かつぎを見《み》て、 「お前《まえ》、何《なに》か覚《おぼ》えたことがあるかい。」  とたずねました。鉢《はち》かつぎが子供《こども》の時《とき》、おかあさんから習《なら》ったことは、昔《むかし》の御本《ごほん》を読《よ》んだり、和歌《わか》を詠《よ》んだり、琴《こと》や琵琶《びわ》をひいたりすることばかりでした。でもそんなことは女中《じょちゅう》のしごとには何《なん》の役《やく》にも立《た》ちません。鉢《はち》かつぎはきまりを悪《わる》がって、 「わたくしは何《なん》にも知《し》りません。」  といいました。 「それではお湯殿《ゆどの》の番《ばん》でもおし。」  といってふろ番《ばん》の女にしました。それからは毎日《まいにち》毎晩《まいばん》、暗《くら》い湯殿《ゆどの》のお釜《かま》の前《まえ》に座《すわ》らせられて、頭《あたま》から灰《はい》をかぶりながら、鉢《はち》かつぎは水《みず》をくんだり、火《ひ》をたいたり、朝《あさ》は早《はや》くから起《お》こされて、夜《よる》はみんなの寝静《ねしず》まった後《あと》までも、立《た》ち働《はたら》かなければなりませんでした。そして朝《あさ》は、 「鉢《はち》かつぎ、そらお目覚《めざ》めだ。お手水《ちょうず》を上《あ》げないか。」  と催促《さいそく》されました。晩《ばん》になると、 「そら、お帰《かえ》りだ。お洗足《せんそく》の湯《ゆ》は沸《わ》いているか。」  としかられました。  鉢《はち》かつぎは朝《あさ》も晩《ばん》もお釜《かま》の前《まえ》に座《すわ》って、いぶり臭《くさ》い薪《まき》のにおいに目も鼻《はな》も痛《いた》めながら、暇《ひま》さえあれば涙《なみだ》ばかりこぼしていました。 [#5字下げ]三[#「三」は中見出し]  中将《ちゅうじょう》には四|人《にん》男の子がありました。上の三|人《にん》はもうみんなきれいなお嫁《よめ》さんをもらっていました。いちばん下《した》の宰相《さいしょう》だけが、まだお嫁《よめ》さんがありませんでした。宰相《さいしょう》は大《たい》そう情《なさ》け深《ぶか》い人でしたから、鉢《はち》かつぎがかわいそうな姿《すがた》で、いちばんつらいふろ番《ばん》のしごとをしているのを見《み》て、いつも気《き》の毒《どく》に思《おも》っていました。それでみんなはへんな姿《すがた》だ、へんな姿《すがた》だといって気味《きみ》を悪《わる》がって、鉢《はち》かつぎとはろくろく口も利《き》きませんでしたけれど、宰相《さいしょう》だけは朝晩《あさばん》手水《ちょうず》の水《みず》や洗足《せんそく》の湯《ゆ》を運《はこ》んで来《く》るたんびに、鉢《はち》かつぎにやさしい言葉《ことば》をかけて、いたわってやりました。  宰相《さいしょう》が鉢《はち》かつぎをいたわってやるたんびに、ほかの女中《じょちゅう》たちはにくらしがって、 「若《わか》さまはあんなへんな者《もの》なんかをかわいがって、どうなさるのでしょう。」  と、こんなことをいい合《あ》っては、あざ笑《わら》いました。そして中将《ちゅうじょう》や奥方《おくがた》に向《む》かっても、鉢《はち》かつぎの悪口《わるくち》ばかりいっていました。  おかげで、中将《ちゅうじょう》も奥方《おくがた》も、だんだん鉢《はち》かつぎをきらうようになりました。そして何《なに》かにかこつけて、鉢《はち》かつぎに暇《ひま》をやろうと相談《そうだん》をしておいでになりました。宰相《さいしょう》はそれを聞《き》くと、びっくりして、おとうさんとおかあさんの前《まえ》へ出て、 「鉢《はち》かつぎを追《お》い出《だ》そうなんてかわいそうです。へんな姿《すがた》でもかまいませんから、わたしのお嫁《よめ》にして、いつまでもうちに置《お》いて下《くだ》さい。」  といいました。中将《ちゅうじょう》は大《たい》そうおおこりになって、宰相《さいしょう》をきびしくおしかりになりました。けれどもそんなことで、宰相《さいしょう》は鉢《はち》かつぎを見捨《みす》てるはずはありませんでした。しかられればしかられるほど、よけい鉢《はち》かつぎがかわいそうでなりませんでした。どうかして鉢《はち》かつぎを、いつまでもうちに置《お》いてやる工夫《くふう》はないかしらと、そればかり考《かんが》え込《こ》んでいました。おかあさんはその様子《ようす》を見《み》ると、大《たい》そう御心配《ごしんぱい》をなすって、ある日|乳母《うば》を呼《よ》んで、 「どうかして鉢《はち》かつぎに、自分《じぶん》から出ていかせる工夫《くふう》はないだろうかね。」  と御相談《ごそうだん》をおかけになりました。この乳母《うば》は大《たい》そうりこう振《ぶ》った女でしたから、相談《そうだん》をかけられると、とくいらしく鼻《はな》をうごめかして、 「それではこうなさってはいかがでしょう。宰相《さいしょう》さまにはひとまず鉢《はち》かつぎをお嫁《よめ》に上《あ》げることになすって、そこでお嫁合《よめあ》わせということをするのです。それはいつか日をきめて、上のおにいさま方《がた》のお嫁《よめ》さまと、あの鉢《はち》かつぎとを同《おな》じお座敷《ざしき》へお呼《よ》びになって、お引《ひ》き合《あ》わせになるのです。そうしたらいくらずうずうしい鉢《はち》かつぎでも、みっともない姿《すがた》を恥《は》じて、お嫁合《よめあ》わせの席《せき》に出るまでもなく、自分《じぶん》から逃《に》げ出《だ》して行くでしょう。そうすれば宰相《さいしょう》さまもあきらめて、もう鉢《はち》かつぎのことを二|度《ど》とおっしゃらなくなるでしょう。」  といいました。奥方《おくがた》はそれを聞《き》いておよろこびになりました。そしていつ幾日《いくか》にお嫁合《よめあ》わせをするからと、おいい渡《わた》しになりました。  宰相《さいしょう》はそれをお聞《き》きになって、大《たい》そう困《こま》っておしまいになりました。そこで、鉢《はち》かつぎの所《ところ》へ行って、 「お前《まえ》をきらう人たちが、お嫁合《よめあ》わせということをやって、お前《まえ》に恥《はじ》をかかせようとしている。どうしたらいいだろうね。」  といいました。鉢《はち》かつぎは涙《なみだ》を流《なが》しながら、 「みんなわたくしがこちらにおりますから、こういう騒《さわ》ぎになるのでございます。わたくしはもうどうなってもよろしゅうございますから、お暇《ひま》を頂《いただ》いて行くことにいたしましょう。」  といいました。  宰相《さいしょう》はびっくりして、 「どうして、お前《まえ》を一人《ひとり》出《だ》してやったら、またみんなにいじめられるにきまっている。わたしはそれがかわいそうでたまらない。どこでもお前《まえ》の行く所《ところ》までついて行って上《あ》げるよ。」  といいました。鉢《はち》かつぎはいよいよとめ度《ど》なく涙《なみだ》をこぼしていました。  宰相《さいしょう》は鉢《はち》かつぎと二人《ふたり》で、そっと旅《たび》の支度《したく》にかかりました。すっかり支度《したく》が出来《でき》ると、夜《よ》の明《あ》けきらないうち二人《ふたり》はそっとお屋敷《やしき》を抜《ぬ》け出《だ》しました。二人《ふたり》がいよいよ門《もん》を出ようという時《とき》に、ちょうど明《あ》け方《がた》の月《つき》が西《にし》の方《ほう》の空《そら》に、研《と》ぎすました鏡《かがみ》のようにきらきら光《ひか》っていました。鉢《はち》かつぎはそれをあお向《む》いて見《み》ながら、いつも拝《おが》んでいる長谷《はせ》の観音《かんのん》さまの方角《ほうがく》に向《む》かって、どうぞわたしたちの身《み》の上をお守《まも》り下《くだ》さいましと、心《こころ》の中でいって手を合《あ》わせました。するとその拍子《ひょうし》に頭《あたま》の鉢《はち》がぽっくり落《お》ちて、それといっしょに、ばらばらと金銀《きんぎん》や宝石《ほうせき》がこぼれ落《お》ちました。宰相《さいしょう》はこの時《とき》はじめて月《つき》の光《ひかり》で鉢《はち》かつぎのきれいな顔《かお》を見《み》て、びっくりしてしまいました。落《お》ちた鉢《はち》の中からは、金《きん》と漆《うるし》をぬった箱《はこ》が二つ出て、その中には金《きん》の杯《さかずき》に銀《ぎん》の長柄《ながえ》、砂金《さきん》で作《つく》ったたちばなの実《み》と、銀《ぎん》で作《つく》ったなしの実《み》、目の覚《さ》めるような十二|単《ひとえ》の晴《は》れ着《ぎ》の緋《ひ》のはかま、その外《ほか》いろいろの宝物《たからもの》がぎっしり入《はい》っていました。鉢《はち》かつぎはそれを見《み》ると、また涙《なみだ》をこぼしながら、これも亡《な》くなったおかあさまが、平生《へいぜい》長谷《はせ》の観音《かんのん》さまを信心《しんじん》した御利益《ごりやく》に違《ちが》いないと思《おも》って、もう一|度《ど》西《にし》の方《ほう》を向《む》いて、観音《かんのん》さまを拝《おが》みました。 [#5字下げ]四[#「四」は中見出し]  こうなると、お嫁合《よめあ》わせを恥《は》ずかしがって、お座敷《ざしき》を抜《ぬ》け出《だ》すにも及《およ》ばなくなりました。宰相《さいしょう》は鉢《はち》かつぎにお嫁合《よめあ》わせに出《で》る支度《したく》をさせて、静《しず》かに待《ま》っていました。乳母《うば》をはじめみんな、 「まあ、お嫁合《よめあ》わせをするといったら、さすがに恥《は》ずかしがって、出《で》ていくだろうと思《おも》ったら、どこまでずうずうしい女なのだろう。」  と、よけい鉢《はち》かつぎをにくらしがっていました。  いよいよお嫁合《よめあ》わせの時刻《じこく》になると、その支度《したく》の出来《でき》たお座敷《ざしき》へ、いちばん上のにいさんから次男《じなん》三|男《なん》と順々《じゅんじゅん》にお嫁《よめ》さんを連《つ》れて座《すわ》りました。いちばん上のお嫁《よめ》さんは二十三で、白《しろ》い小《こ》そでに緋《ひ》のはかまをはいていました。二ばんめのお嫁《よめ》さんは二十《はたち》で、紫《むらさき》の小《こ》そでに桃色《ももいろ》のはかまをはいていました。三ばんめのお嫁《よめ》さんは十八で、赤《あか》い小《こ》そでに紅梅色《こうばいいろ》のはかまをはいていました。三|人《にん》のどれがいちばんいいということのできないほど、みんなきれいな人たちばかりでした。その三|人《にん》の席《せき》からは、はるかに下《した》の方《ほう》に下《さ》がった板《いた》の間《ま》に、破《やぶ》れ畳《だたみ》をしいて、鉢《はち》かつぎをそこへ座《すわ》らせ、みんなで恥《はじ》をかかせようと思《おも》って待《ま》ちかまえていました。でもさすがにおとうさんとおかあさんは、今更《いまさら》こんなお嫁合《よめあ》わせなんぞをして、鉢《はち》かつぎに恥《はじ》をかかせるのが、かわいそうになって、なぜ逃《に》げていってくれなかったのだろうとうらめしく思《おも》っていました。やがて度々《たびたび》催促《さいそく》をうけた後《あと》で、宰相《さいしょう》は鉢《はち》かつぎを連《つ》れて出てきました。みんなはあの鉢《はち》かつぎがどんな様子《ようす》で出《で》てくるかと、半分《はんぶん》気《き》の毒《どく》そうな、半分《はんぶん》いじの悪《わる》い顔《かお》をして待《ま》っていますと、どうでしょう、そこにしずしず出てきた人を見《み》ると、いつもかまどの灰《はい》や炭《すみ》の粉《こな》にまみれたみにくい下司女《げすおんな》ではなくって、もう天人《てんにん》が天下《あまくだ》ったかと思《おも》うように気高《けだか》い、十五、六の美《うつく》しいお姫《ひめ》さまでした。赤《あか》だの、紫《むらさき》だの、桃色《ももいろ》だの、いろいろの色《いろ》の小《こ》そでを重《かさ》ねて、緋《ひ》のはかまをはいた姿《すがた》は、目が覚《さ》めるようにまぶしくって、急《きゅう》にそこらがかっと明《あか》るくなったようでした。  みんなは「あッ」といったまま、口《くち》が利《き》けませんでした。その美《うつく》しい姿《すがた》のまま、鉢《はち》かつぎはかまわず縁先《えんさき》にしいたきたない破《やぶ》れ畳《だたみ》の上に座《すわ》ろうとしますと、おとうさんの中将《ちゅうじょう》はあわてて立《た》って行って、鉢《はち》かつぎのそばに寄《よ》ると、その手を取《と》って、 「とんでもない。天人《てんにん》のような人を、そんな所《ところ》に置《お》くことがどうしてできよう。」  といいながら、上座《かみざ》へ連《つ》れて行って、自分《じぶん》のそばへ座《すわ》らせました。  鉢《はち》かつぎはその時《とき》、持《も》たせて来《き》たお三方《さんぼう》を二|台《だい》、おとうさんとおかあさんの前《まえ》に捧《ささ》げました。  金《きん》の杯《さかずき》に金《きん》のたちばな、錦《にしき》十|反《たん》に絹《きぬ》五十|疋《ぴき》、これはおとうさんへの贈《おく》り物《もの》でした。それから銀《ぎん》の長柄《ながえ》に銀《ぎん》のなし、綾織物《あやおりもの》の小《こ》そでが三十|重《かさ》ね、これはおかあさんへの贈《おく》り物《もの》でした。その二品《ふたしな》だけでも三|人《にん》のお嫁《よめ》さんの贈《おく》り物《もの》にくらべて、けっしてひけをとるようなことはありませんでした。三|人《にん》のお嫁《よめ》さんたちをずいぶん美《うつく》しいと思《おも》った人たちにも、鉢《はち》かつぎといっしょに並《なら》べては、そこには仏《ほとけ》さまと人間《にんげん》ぐらいの違《ちが》いがあると思《おも》われました。おとうさんもおかあさんも心《こころ》からよろこんで、あらためて鉢《はち》かつぎと、嫁《よめ》しゅうとのお杯《さかずき》をなさいました。  三|人《にん》のお嫁《よめ》さんたちは見《み》す見《み》すお嫁合《よめあ》わせに負《ま》けて、くやしくってたまらないものですから、どうかして、鉢《はち》かつぎを困《こま》らせてやりたいと思《おも》いました。そこでお嫁《よめ》さん同士《どうし》みんなで楽器《がっき》を合《あ》わせて遊《あそ》ぼうといい出《だ》しました。そして鉢《はち》かつぎには、いちばんむずかしいやまと琴《ごと》をひかせることにしました。いちばん上のお嫁《よめ》さんは琵琶《びわ》をひき、二ばんめのお嫁《よめ》さんは笙《しょう》を吹《ふ》き、三ばんめのお嫁《よめ》さんは鼓《つづみ》を打《う》つのでした。鉢《はち》かつぎもはじめはことわりましたけれど、昔《むかし》おかあさんが一生懸命《いっしょうけんめい》教《おし》えておいて下《くだ》さったのは、こういう時《とき》に恥《はじ》をかかないためであったかと思《おも》い返《かえ》して、琴《こと》を手に取《と》りました。いうまでもなく、鉢《はち》かつぎのひく琴《こと》が、だれよりもいちばん気高《けだか》く聞《き》こえました。みんなはあっといって驚《おどろ》きました。  三|人《にん》のお嫁《よめ》さんは、音楽《おんがく》でも負《ま》けたものですから、こんどは硯《すずり》と紙《かみ》を出《だ》して、 「春《はる》と夏《なつ》と秋《あき》の花《はな》を、一|首《しゅ》の中に詠《よ》み込《こ》んでごらんなさい。」  といいました。鉢《はち》かつぎは、 「毎日《まいにち》おふろの火《ひ》をたいてばかりおりました下司女《げすおんな》に、どうして歌《うた》なんぞが詠《よ》めましょう。」  といってことわりましたけれど、みんなはどうしても聴《き》きませんでした。そこで悪《わる》びれもしず、鉢《はち》かつぎは筆《ふで》を持《も》って、 [#ここから4字下げ] 「春《はる》は花《はな》、 夏《なつ》はたちばな、 秋《あき》は菊《きく》、 いづれに露《つゆ》は おかんとすらん」 [#ここで字下げ終わり]  と、美《うつく》しい文字《もんじ》でさらさらと書《か》いて出《だ》しました。みんなは「あッ」といって、それなりもうだまり込《こ》んでしまいました。  おとうさんとおかあさんは、宰相《さいしょう》と鉢《はち》かつぎのためにりっぱな御殿《ごてん》をこしらえ、たくさんの田地《でんち》を分《わ》けてやって、豊《ゆた》かに暮《く》らすことのできるようにしておやりになりました。 [#5字下げ]五[#「五」は中見出し]  それから幾年《いくねん》かたちました。宰相《さいしょう》と鉢《はち》かつぎとの間《あいだ》には、いくたりもかわいらしい子供《こども》が生《う》まれました。  でも鉢《はち》かつぎは、時々《ときどき》別《わか》れたおとうさんのことを思《おも》い出《だ》して、このかわいらしい孫《まご》たちを、どうかして、おとうさんに見《み》せて上《あ》げたいと思《おも》っていました。  ある時《とき》宰相《さいしょう》は、天子《てんし》さまの御用《ごよう》を勤《つと》めて手柄《てがら》を立《た》てたので、ごほうびに大和《やまと》、河内《かわち》、伊賀《いが》の三|箇国《かこく》を頂《いただ》きました。そのお礼《れい》まいりに、平生《へいぜい》信心《しんじん》する長谷《はせ》の観音《かんのん》さまへ、うち中《じゅう》残《のこ》らず引《ひ》き連《つ》れて、にぎやかに御参詣《ごさんけい》をなさいました。  その時《とき》お堂《どう》の隅《すみ》に、ぼろぼろの衣《ころも》を着《き》たきたならしい坊《ぼう》さんが座《すわ》って、何《なに》か仏《ほとけ》さまにお祈《いの》りをしていました。それを家来《けらい》たちがじゃまにしてどけようとして、がやがや騒《さわ》ぎました。その声《こえ》を聞《き》いて鉢《はち》かつぎが、ふとそちらを見《み》ますと、それは見《み》るかげもなくやつれてはいるものの、まぎれもない昔《むかし》のおとうさんでした。  鉢《はち》かつぎはびっくりして、ころがるようにしてそばへ寄《よ》って、 「まあ、おとうさま、鉢《はち》かつぎでございます。」  といいますと、その坊《ぼう》さんは長《なが》い夢《ゆめ》からふと覚《さ》めたような、きょとんとした目《め》つきをしていましたが、やがて、 「ああ、姫《ひめ》か。よく忘《わす》れずにいてくれた。」  というなり、しっかりと姫《ひめ》の手を握《にぎ》りしめて、涙《なみだ》をはらはらとこぼしました。  おとうさんは鉢《はち》かつぎを追《お》い出《だ》して後《のち》、だんだん運《うん》が悪《わる》くなって、貧乏《びんぼう》になりました。たくさんいた家来《けらい》たちも、奥方《おくがた》が意地《いじ》の悪《わる》いことをするので、逃《に》げていってしまいました。おとうさんは日ましに鉢《はち》かつぎが恋《こい》しくなって、どうかしてもう一|度《ど》会《あ》いたいと思《おも》って、坊《ぼう》さんの姿《すがた》になり、方々《ほうぼう》その行方《ゆくえ》をたずねて、迷《まよ》い歩《ある》きました。さんざん諸国《しょこく》をめぐり歩《ある》いた末《すえ》、とうとうおしまいに、長谷《はせ》の観音《かんのん》さまは、亡《な》くなったおかあさんの信心《しんじん》した仏《ほとけ》さまだから、また願《ねが》ったら、きっと娘《むすめ》に会《あ》わせて下《くだ》さるだろうと思《おも》って、ここまでやって来《き》たのでした。そしてまったく観音《かんのん》さまのお陰《かげ》で、親子《おやこ》がもう一|度《ど》会《あ》うことができたのです。  おとうさんはそれから、鉢《はち》かつぎの所《ところ》へ引《ひ》き取《と》られて、大《おお》ぜいの孫《まご》たちを相手《あいて》に、楽《たの》しく暮《く》らすようになりました。 底本:「日本の古典童話」講談社学術文庫、講談社    1983(昭和58)年6月10日第1刷発行 底本の親本:「日本童話寳玉集下卷」冨山房    1922(大正11)年4月10日発行 ※表題は底本では、「鉢《はち》かつぎ」となっています。 入力:鈴木厚司 校正:officeshema 2022年10月26日作成 青空文庫作成ファイル: このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(https://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。