しっぺい太郎 楠山正雄 ------------------------------------------------------- 【テキスト中に現れる記号について】 《》:ルビ (例)諸国《しょこく》 |:ルビの付く文字列の始まりを特定する記号 (例)一|度《ど》 [#]:入力者注 主に外字の説明や、傍点の位置の指定    (数字は、JIS X 0213の面区点番号またはUnicode、底本のページと行数) (例)猅 ------------------------------------------------------- [#5字下げ]一[#「一」は中見出し]  むかし、諸国《しょこく》のお寺《てら》を巡礼《じゅんれい》して歩《ある》く六部《ろくぶ》が、方々《ほうぼう》めぐりめぐって、美作国《みまさかのくに》へまいりました。だんだん山《やま》深《ふか》く入《はい》っていって、ある村《むら》の中に入《はい》りますと、何《なに》かお祝《いわ》い事《ごと》があるとみえて、方々《ほうぼう》でぺんたらこっこ、ぺんたらこっこ、もちをつく音《おと》がしていました。  するとその中で一けん、相応《そうおう》にりっぱな構《かま》えをした家《いえ》が、ここだけはきねの音《おと》もしず、ひっそりかんと静《しず》まりかえっていました。家《いえ》の中からは、かすかにすすり泣《な》きをする声《こえ》さえ聞《き》こえてきました。  六部《ろくぶ》は「はてな。」と首《くび》をかしげながら、そのまま通《とお》りすぎていきますと、村《むら》はずれに一けんの茶店《ちゃみせ》がありました。六部《ろくぶ》は茶店《ちゃみせ》に休《やす》んで、お茶《ちゃ》を飲《の》みながら、おばあさんを相手《あいて》にいろいろの話《はなし》をしたついでに、 「おばあさん、おばあさん。この村《むら》には何《なに》かお祭《まつ》りでもあるのかね。だいぶにぎやかなようじゃあないか。だがその中で一けん、大《たい》そう陰気《いんき》に沈《しず》みこんだ家《いえ》があったが、あれは親類《しんるい》に不幸《ふこう》でもあったのかね。」  と聞《き》きました。するとおばあさんは、お茶盆《ちゃぼん》を手に持《も》ったまま、 「まあ、それはこういうわけでございますよ。あなたは方々《ほうぼう》の国々《くにぐに》をお回《まわ》りですから、たぶん御存《ごぞん》じでしょうが、この村《むら》でも年々《ねんねん》、それ、あそこにちょっと高《たか》い山がございましょう、あの山の上の神《かみ》さまに、人身御供《ひとみごくう》を上《あ》げることになっているのでございます。」  こういって、向《む》こうにこんもり森《もり》のしげった山を指《ゆび》さしました。 「ふん、それでなぜお祝《いわ》いをするのだろう。」  と六部《ろくぶ》はたずねました。 「それはこういうわけでございます。あの山には昔《むかし》から、どういう神《かみ》さまをまつったのですか、古《ふる》い古《ふる》いお社《やしろ》がございます。年々《ねんねん》秋《あき》のみのり時《どき》になりますと、この神《かみ》さまの召《め》し上《あ》がり物《もの》に、生《い》きている人間《にんげん》を一人《ひとり》ずつ供《そな》えないと、お天気《てんき》が悪《わる》くなって、雨《あめ》が降《ふ》ってもらいたいときには降《ふ》らないし、日の照《て》ってもらいたいときにも照《て》りません。その上いつ荒《あ》らされるとなく田畑《たはた》を荒《あ》らされて、その年《とし》の取《と》り入《い》れをふいにしてしまうものですから、しかたなしに毎年《まいねん》人身御供《ひとみごくう》を上《あ》げることにしてあります。そして人身御供《ひとみごくう》に上《あ》げられる者《もの》も、一切《いっさい》神《かみ》さまのお心《こころ》まかせで、神《かみ》さまが今年《ことし》はここの家《いえ》の者《もの》を取《と》ろうとおぼしめすと、その家《いえ》の屋根《やね》の棟《むね》に白羽《しらは》の矢《や》が立《た》ちます。矢《や》の立《た》つ家《いえ》はきっと若《わか》いきれいな娘《むすめ》のある家《いえ》に限《かぎ》っております。そして一|度《ど》矢《や》が立《た》った以上《いじょう》、たとえ一粒種《ひとつぶだね》の大事《だいじ》な娘《むすめ》でも、七日《なのか》のうちには長持《ながもち》に入《い》れて、夜《よる》おそくお社《やしろ》の前《まえ》まで担《かつ》いでいって、さし上《あ》げるとすぐ、後《あと》を振《ふ》り返《かえ》らずに帰《かえ》って来《こ》なければなりません。こういうわけですから、年《とし》ごろの娘《むすめ》を持《も》った家《いえ》は、毎年《まいねん》その時分《じぶん》になると、今年《ことし》は白羽《しらは》の矢《や》が立《た》つのではないかと思《おも》って、びくびくふるえておりますが、いよいよどこかのうちに矢《や》が立《た》ったときまると、まあまあよかった、今年《ことし》ものがれたといって、おもちをついてお祝《いわ》いをいたしますが、矢《や》の立《た》った家《いえ》こそ、それはみじめなもので、もうその日からうち中《じゅう》が娘《むすめ》を真《ま》ん中《なか》に抱《かか》えて、昼《ひる》も夜《よる》も泣《な》き通《とお》して、目も当《あ》てられない有様《ありさま》です。それであなたのごらんになったその家《いえ》こそ、今年《ことし》矢《や》の立《た》った家《いえ》なのでございます。」  このおばあさんの長話《ながばなし》を、六部《ろくぶ》はつくづく聞《き》いて、 「世《よ》の中にはらんぼうな神《かみ》さまもあるものだ。かわいそうに、年《とし》のゆかない娘《むすめ》を人身御供《ひとみごくう》に取《と》るなどというのは、悪《わる》いことだ。どうかしてやめさせる工夫《くふう》はないものか知《し》らん。」  と思《おも》いながら、茶店《ちゃみせ》を出ました。  六部《ろくぶ》はそれから行《い》く道々《みちみち》も、人身御供《ひとみごくう》に上《あ》げられるかわいそうな娘《むすめ》のことや、大事《だいじ》な一粒種《ひとつぶだね》を取《と》られていく両親《りょうしん》の心《こころ》を思《おも》いやって、人知《ひとし》れず涙《なみだ》をこぼしながら、やがて村《むら》を出はずれました。それから、おばあさんがさっき指《ゆび》さしをした山へかかりました。だんだんお社《やしろ》に近《ちか》づくに従《したが》って森《もり》が深《ふか》くなって、まだ日が暮《く》れたというでもないのに、杉《すぎ》やひのきの大木《たいぼく》の重《かさ》なり合《あ》ってしげった中からは、まるで日の目がもれません。じめじめとしめっぽいような風《かぜ》が吹《ふ》いて、しんと静《しず》まり返《かえ》った底《そこ》から、かすかに谷川《たにがわ》の音《おと》が響《ひび》いてきました。つたやかつらの気味悪《きみわる》く顔《かお》にまつわりつくのを払《はら》いのけて、たびたびこけに滑《すべ》りながら、やっとお社《やしろ》の前《まえ》まで出ますと、もうすっかり雨風《あめかぜ》に破《やぶ》れた古《ふる》いほこらが一つ、そこに立《た》っていて、どこからくるともなく、血《ち》なまぐさいような風《かぜ》が吹《ふ》いてきました。  六部《ろくぶ》は、「ははあ、これが人身御供《ひとみごくう》を取《と》る神《かみ》だな。いったいどんな様子《ようす》なのか知《し》らん。」と思《おも》って、中をのぞいてみましたが、真《ま》っ暗《くら》で何《なに》も見《み》えませんでした。  この六部《ろくぶ》はもとはりっぱなお侍《さむらい》で、わけがあって六部《ろくぶ》に姿《すがた》を変《か》えて諸国《しょこく》をめぐり歩《ある》いているのでしたから、それこそ大抵《たいてい》のことには驚《おどろ》かない強《つよ》い人でした。その時《とき》、六部《ろくぶ》は、「どうも神《かみ》さまといっているが、これはきっと何《なに》かの悪《わる》い化《ば》け物《もの》に違《ちが》いない、ちょうど幸《さいわ》い今夜《こんや》はここに一晩《ひとばん》泊《と》まって、悪神《わるがみ》の正体《しょうたい》を見届《みとど》けてやろう。」という決心《けっしん》をしました。それで、どこかかくれる所《ところ》はないかと思《おも》って見回《みまわ》しますと、お社《やしろ》のじきわきに、三抱《みかか》えもあるような大きな杉《すぎ》の木がありました。その中はちょうど人《ひと》一人《ひとり》入《はい》れるくらいのうつろになっていました。六部《ろくぶ》はそっとその中に入《はい》って、息《いき》を殺《ころ》して待《ま》っていました。  そのうち間《ま》もなく日が暮《く》れて、夜《よる》になりました。夜《よ》が更《ふ》けるに従《したが》って、森《もり》の中はいよいよものすごい、寂《さび》しい景色《けしき》になりました。  すると夜中《よなか》近《ちか》くなって、どこからか、がやがや、大ぜいやってくる物音《ものおと》がしました。そこらがかすかに明《あか》るくなって、たい松《まつ》を持《も》った大ぜいの、人間《にんげん》だか化《ば》け物《もの》だか知《し》れないものが、どやどや、お社《やしろ》の前《まえ》に集《あつ》まってきました。するとその中で一人《ひとり》頭立《かしらだ》った者《もの》の声《こえ》で、 「しっぺい太郎《たろう》、今夜《こんや》も来《こ》ないか。」  といいました。すると大ぜいの声《こえ》で、 「しっぺい太郎《たろう》、今夜《こんや》も来《き》ません。」  といいました。  するとお社《やしろ》の戸《と》をあけて、またみんなどやどや、中へ入《はい》っていきました。そして戸《と》がぴったりしまってしまいました。  六部《ろくぶ》はそっと木のうつろの中から、首《くび》を出《だ》してのぞいてみますと、燃《も》え残《のこ》りのたい松《まつ》の火《ひ》がかすかにとぼっているだけで、だれもそこには見《み》えません。そろそろ抜《ぬ》き足《あし》してお社《やしろ》の縁先《えんさき》まで近《ちか》づいて、耳《みみ》を立《た》てますと、どこかで大ぜいさわいでいる音《おと》が聞《き》こえました。その姿《すがた》は見《み》えませんが、大ぜい寄《よ》り集《あつ》まって、何《なに》かむしゃむしゃ、食《た》べたり飲《の》んだりしている様子《ようす》です。そのうちにだんだん、そうぞうしくなってきて、奇妙《きみょう》な歌《うた》を歌《うた》いながら踊《おど》り出《だ》しました。歌《うた》の文句《もんく》はよくは分《わ》かりませんでしたが、 [#ここから4字下げ] 「あのことこのこと聞《き》かせるな。 しっぺい太郎《たろう》に聞《き》かせるな。 丹波《たんば》の太郎《たろう》に聞《き》かせるな。 スッテン、スッテン、スッテン。」 [#ここで字下げ終わり]  とたびたびくり返《かえ》して、いつまでもいつまでも踊《おど》っていました。  六部《ろくぶ》はこの歌《うた》を聞《き》いて、「どういう化《ば》け物《もの》だか知《し》らないが、人身御供《ひとみごくう》をとるやつはたしかにこれに相違《そうい》ない。何《なん》でも大《たい》そうしっぺい太郎《たろう》という人をこわがっている様子《ようす》だ。きっとこれは丹波国《たんばのくに》に住《す》んでいる強《つよ》い侍《さむらい》に違《ちが》いない。一つこの人をたずねて相談《そうだん》をしてみよう。」こう思《おも》って、六部《ろくぶ》はそれから取《と》って返《かえ》して、元《もと》の村《むら》へもどりました。そして白羽《しらは》の矢《や》の立《た》った家《いえ》へたずねていって、 「御心配《ごしんぱい》には及《およ》びません。今日《きょう》から七日《なのか》の日限《にちげん》のつきないうちに、きっと娘《むすめ》さんを助《たす》けることができるだろうと思《おも》いますから、安心《あんしん》して待《ま》っていて下《くだ》さい。」  といって慰《なぐさ》めました。  娘《むすめ》のふた親《おや》は、もうとても助《たす》かる見込《みこ》みがないとあきらめて、両方《りょうほう》の眼《め》を泣《な》きはらしていました。それが今《いま》、思《おも》いもかけない六部《ろくぶ》の言葉《ことば》を聞《き》きますと、「もしや。」とたのみにする気《き》になって、娘《むすめ》といっしょに、何《なん》べんも、何《なん》べんも、手《て》を合《あ》わせて六部《ろくぶ》を拝《おが》みました。 [#5字下げ]二[#「二」は中見出し]  六部《ろくぶ》はそれからすぐと、丹波国《たんばのくに》へ行きました。そして村《むら》ごとに足《あし》を止《と》めて、 「この村《むら》に、しっぺい太郎《たろう》という方《かた》はありませんか。」  といいいい、たずねて歩《ある》きました。けれどもどこへ行っても、 「そんな名《な》の人は知《し》らない。」  と答《こた》えられました。  二日《ふつか》、三日《みっか》、四日《よっか》とたずね歩《ある》いて、どうしてもわからないので、六部《ろくぶ》は気《き》が気《き》ではありません。五日《いつか》めにはもうがっかりして、体《からだ》も心《こころ》もくたびれ切《き》って、とうとう山奥《やまおく》に迷《まよ》い込《こ》んでしまいました。すると運《うん》よく、一|軒《けん》のりょうしの家《いえ》を見《み》つけたので、痛《いた》む足《あし》を引《ひ》き引《ひ》き、門《かど》に立《た》ちました。いくら苦《くる》しくっても、六部《ろくぶ》はまだしっぺい太郎《たろう》のことを聞《き》くだけは忘《わす》れませんでした。  するとりょうしは、しばらく考《かんが》えていましたが、 「さあ、そういう名《な》の人は知《し》りませんが、うちの飼犬《かいいぬ》にはしっぺい太郎《たろう》という名《な》がついていますよ。」  と答《こた》えました。  六部《ろくぶ》は、はじめて気《き》がついて、「ははあ、何《なん》だ、しっぺい太郎《たろう》というのは犬《いぬ》の名《な》であったか。それでは分《わ》からないはずだ。」と思《おも》いながら、 「ええ、多分《たぶん》それです。それです。そのしっぺい太郎《たろう》です。その犬《いぬ》を見《み》せて下《くだ》さい。」  といいました。やがて主人《しゅじん》に呼《よ》ばれて出てきたしっぺい太郎《たろう》を見《み》ますと、小牛《こうし》ほどもある犬《いぬ》で、みるからするどそうな牙《きば》をしていました。  そこで六部《ろくぶ》は、これこれこういうわけだから、どうか人助《ひとだす》けだと思《おも》って、二三|日《にち》この犬《いぬ》を貸《か》してもらえまいかとたのみますと、りょうしは、 「いや、そういうわけなら、少《すこ》しでも早《はや》く連《つ》れておいでなさい。ここから美作国《みまさかのくに》まで行くのでは、たっぷり二日《ふつか》の道《みち》のりだから。」  といって、快《こころよ》く犬《いぬ》を貸《か》してくれました。六部《ろくぶ》は大《たい》そうよろこんで、しっぺい太郎《たろう》を連《つ》れて、もう痛《いた》い足《あし》のこともわすれて、どんどん美作国《みまさかのくに》に向《む》かって急《いそ》いで行きました。 [#5字下げ]三[#「三」は中見出し] 「七日《なのか》のうちには。」といって、六部《ろくぶ》が約束《やくそく》をして行ってから、もうその日も暮《く》れかかってきましたが、どうしたのかいまだに、かいもく、姿《すがた》が見《み》えないので、人身御供《ひとみごくう》に当《あ》たった家《いえ》の人たちは、待《ま》ちくたびれてがっかりしていました。村《むら》の人たちは、それを半分《はんぶん》は気《き》の毒《どく》らしく、半分《はんぶん》はあざ笑《わら》うように、 「あんな旅《たび》のふうらい坊《ぼう》のいうことなどを当《あ》てにして、今更《いまさら》どうなるものではない。」  といっていました。そして娘《むすめ》を入《い》れる長持《ながもち》を、大ぜいしてわいわい担《かつ》いで来《き》て、 「さあ、だんだん時刻《じこく》がおくれます。気《き》の毒《どく》だが、お娘御《むすめご》を出《だ》して下《くだ》さい。」  と、門口《かどぐち》でやかましくいい立《た》てました。 「まあ、もう少《すこ》し、もう少《すこ》し。」  といって、娘《むすめ》のふた親《おや》は「よもや」をたのみにして、半時《はんとき》、一|時間《じかん》と延《の》ばしていました。それでもやはり六部《ろくぶ》は姿《すがた》を現《あらわ》さないので、もういよいよだめとあきらめて、しおれ返《かえ》りながら、娘《むすめ》を出《だ》して、きれいに体《からだ》を清《きよ》めて、新《あたら》しい、白い着物《きもの》に着替《きか》えさせました。みんなは娘《むすめ》を長持《ながもち》へ入《い》れて、いよいよ担《かつ》ぎ出《だ》そうとしました。  そのとたんに、しっぺい太郎《たろう》をつれた六部《ろくぶ》が、はあはあ息《いき》を切《き》りながら駆《か》け込《こ》んで来《き》ました。六部《ろくぶ》はあわてて娘《むすめ》を長持《ながもち》から出《だ》してやって、 「まあ、わたしにまかせて下《くだ》さい。きっといいようにしますから。」  といって、しっぺい太郎《たろう》を抱《かか》えたまま、自分《じぶん》が長持《ながもち》の中にぽんととび込《こ》みました。そして、 「娘《むすめ》さんの代《か》わりに、わたしを神《かみ》さまに上《あ》げて下《くだ》さい。」  といいました。村《むら》の人たちは、 「そんなことをして、神《かみ》さまのたたりがあっても知《し》らないぞ。」  と口々《くちぐち》にぶつぶついいながら、いわれるままに長持《ながもち》を担《かつ》いで行《い》きました。たい松《まつ》をつけた人が先《さき》に立《た》つと、長持《ながもち》のうしろには神主《かんぬし》がつき添《そ》って、旗《はた》や矛《ほこ》を押《お》し立《た》てて、山の上のお社《やしろ》をさして行きました。お社《やしろ》に着《つ》くと、みんなは長持《ながもち》を、真《ま》っ暗《くら》なほこらの中に、こわごわ置《お》いて、あとをも見《み》ずに、逃《に》げ帰《かえ》ってしまいました。  そのうちだんだん、夜《よ》が更《ふ》けて、夜中近《よなかぢか》くになりました。するといつどこから出てきたともなく、どやどやと、大ぜい、人だか、化《ば》け物《もの》だか、知《し》れないものの物音《ものおと》がしました。やがてお社《やしろ》の戸《と》をあけて、みんなぞろぞろ、中へ入《はい》って来《き》ました。  中へ入《はい》ると、あやしいものは、 「きゃっ、きゃっ。」  とさけびながら、長持《ながもち》のまわりを、ぐるぐる回《まわ》りはじめました。長持《ながもち》の中のしっぺい太郎《たろう》は、この物音《ものおと》を聞《き》くと、くんくん鼻《はな》をならして、低《ひく》い声《こえ》でうなりながら、今《いま》にも飛《と》びつこうという身《み》がまえをしました。六部《ろくぶ》も刀《かたな》のつかに手をかけて、今《いま》、ふたをあけるか、今《いま》ふたをあけるかと、待《ま》ちかまえていました。しっぺい太郎《たろう》はいよいよすごい様子《ようす》をして、がりがり牙《きば》をかんでいました。  間《ま》もなくふたに手がかかりました。そのひょうしに、しっぺい太郎《たろう》は、一声《ひとこえ》「わん。」と高《たか》くほえて、いきなりふたを下からぽんと突《つ》き上《あ》げて、外《そと》へおどり出《だ》しました。そしていちばん大きな、頭《かしら》だった化《ば》け物《もの》をめがけてかみついていきました。六部《ろくぶ》も刀《かたな》を抜《ぬ》いたまま、後《あと》からつづいて出て、当《あ》たるにまかせて切《き》り倒《たお》し、なぎ倒《たお》しました。しばらくは暗《くら》やみの中に、犬《いぬ》のものすごくうなる声《こえ》と、化《ば》け物《もの》のきいきいさけぶ声《こえ》とが、いっしょになって、やかましく聞《き》こえました。 [#5字下げ]四[#「四」は中見出し]  おそろしかった一夜《ひとよ》は明《あ》けて、翌朝《よくあさ》になりました。しかし、なかなか、六部《ろくぶ》も犬《いぬ》も帰《かえ》って来《き》ませんでした。娘《むすめ》のふた親《おや》は心配《しんぱい》して、村《むら》の人々《ひとびと》と相談《そうだん》して、様子《ようす》を見《み》に山へ上《あ》がっていきました。 「ばかな六部《ろくぶ》め。よけいなところへ飛《と》び出《だ》して、神《かみ》さまのお罰《ばつ》をうけたに違《ちが》いない。そのたたりが村《むら》にかかってこなければいいが。」  こんなことをぶつぶついいながら、大ぜいぞろぞろ、山を上《あ》がっていきました。やっとお社《やしろ》の前《まえ》までたどり着《つ》いてみますと、どうでしょう、そこらは一面《いちめん》、気味《きみ》の悪《わる》いような血《ち》の川で、そこにもここにも、かみ倒《たお》された大きな猿《さる》の死骸《しがい》がごろごろしていました。その中でいちばん大きい、猅猅《ひひ》のような形《かたち》の大猿《おおざる》を、しっかりと押《お》さえつけたまま、六部《ろくぶ》もしっぺい太郎《たろう》も倒《たお》れていました。こわごわそばへ寄《よ》ってみますと、化《ば》け物《もの》はしっぺい太郎《たろう》に深《ふか》くのど首《くび》をくいつかれて死《し》んでいました。しっぺい太郎《たろう》も、化《ば》け物《もの》のため、力《ちから》まかせにのどをつかまれて、これも息《いき》が絶《た》えていました。けれども六部《ろくぶ》は、あまり働《はたら》いて息《いき》が切《き》れて、気絶《きぜつ》しただけでしたから、みんなが抱《だ》き起《お》こして介抱《かいほう》すると、たちまち息《いき》を吹《ふ》き返《かえ》しました。  これで、毎年《まいねん》村《むら》を荒《あ》らして、人身御供《ひとみごくう》を取《と》る荒神《あらがみ》の正体《しょうたい》が、じつは猿《さる》の化《ば》け物《もの》であったことが分《わ》かって、村《むら》のものはやっと安心《あんしん》しました。そして方々《ほうぼう》の家《いえ》で毎日《まいにち》、毎日《まいにち》、六部《ろくぶ》を呼《よ》んで、丁寧《ていねい》におもてなしをした上に、お礼《れい》をたんと持《も》たせて立《た》たせてやりました。  死《し》んだしっぺい太郎《たろう》のためには、りっぱなお墓《はか》を立《た》てて、ねんごろに後《あと》をとむらってやりました。 底本:「日本の諸国物語」講談社学術文庫、講談社    1983(昭和58)年4月10日第1刷発行 底本の親本:「日本童話寳玉集上卷」冨山房    1921(大正10)年12月18日発行 ※底本の親本での表題は「竹箆太郎」です。 入力:鈴木厚司 校正:officeshema 2022年10月31日作成 青空文庫作成ファイル: 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