卵塔場の天女 泉鏡花 ------------------------------------------------------- 【テキスト中に現れる記号について】 《》:ルビ (例)真青《まっさお》 |:ルビの付く文字列の始まりを特定する記号 (例)一|尾《ぴき》の [#]:入力者注 主に外字の説明や、傍点の位置の指定    (数字は、JIS X 0213の面区点番号またはUnicode、底本のページと行数) (例)鮄 ------------------------------------------------------- [#7字下げ]一[#「一」は中見出し]  時雨に真青《まっさお》なのは蒼鬣魚《かわはぎ》の鰭《ひれ》である。形は小さいが、三十枚ばかりずつ幾山にも並べた、あの暗灰色の菱形《ひしがた》の魚《うお》を、三角形に積んで、下積《したづみ》になったのは、軒下の石に藍《あい》を流して、上の方は、浜の砂をざらざらとそのままだから、海の底のピラミッドを影で覗《のぞ》く鮮《あたらし》さがある。この深秘らしい謎の魚《うお》を、事ともしない、魚屋は偉い。 「そら、持ってけ、持ってけ。賭博場《ぼんござ》のまじないだ。みを食えば暖《ほ》か暖《ほ》かだ。」  と雨垂《あまだれ》に笠も被《かぶ》らないで、一山ずつ十銭の附木札にして、喚《わめ》いている。  やっぱり綺麗なのは小鯛《こだい》である。数は少いが、これも一山ずつにして、どの店にも夥多《おびただ》しい。二十銭というのを、はじめは一|尾《ぴき》の値だろうと思うと、十《と》ウあるいは十五だから、なりは小形でもお話になる。同じ勢《いきおい》をつけても、鯛の方はどうやら蒼鬣魚より売手が上品に見えるのも可笑《おかし》い。どの店のも声を揃えて、 「活《い》きとるぞ、活きとるぞウ。」  この魚市場に近い、本願寺別院―末寺と称《とな》える大道場へ、山から、里から、泊りがけに参詣《さんけい》する爺婆《じじばば》が、また土産にも買って帰るらしい。 「鯛だぞ、鯛だぞ、活きとるぞ、魚は塩とは限らんわい。醤油《しょうゆ》で、ほっかりと煮て喰わっせえ、頬《ほっ》ぺたが落《おっ》こちる。――一《ひと》ウ一ウ、二《ふた》ア二アそら二十《にんじゅ》よ。」  何と生魚《なまうお》を、いきなり古新聞に引包《ひッつつ》んだのを、爺様は汚れた風呂敷に捲《ま》いて、茣蓙《ござ》の上へ、首に掛けて、てくりてくりと行《ゆ》く。  甘鯛、いとより鯛、魴鮄《ほうぼう》の濡れて艶々《つやつや》したのに、青い魚が入交って、鱚《きす》も飴色《あめいろ》が黄に目立つ。  大釜《おおがま》に湯気を濛々《もうもう》と、狭い巷《ちまた》に漲《みなぎ》らせて、逞《たくま》しい漢《おのこ》が向顱巻《むこうはちまき》で踏《ふみ》はだかり、青竹の割箸《わりばし》の逞しいやつを使って、押立《おった》ちながら、二尺に余る大蟹《おおがに》の真赤《まっか》に茹《ゆだ》る処をほかほかと引上げ引上げ、畳一畳ほどの筵《むしろ》の台へ、見る間に堆《うずたか》く積む光景は、油地獄で、むかしキリシタンをゆでころばしたようには見えないで、黒奴《くろんぼ》が珊瑚畑《さんごばたけ》に花を培う趣がある。――ここは雪国だ、あれへ、ちらちらと雪が掛《かか》ったら、真珠が降るように見えるだろう。 「七分じゃー八分じゃー一貫じゃー、そら、お篝《かがり》じゃ、お祭じゃ、家も蔵も、持ってけ、背負《しょ》ってけ。」  などと喚《わめ》く。赫燿《かくやく》たる大蟹を篝火《かがりび》は分ったが、七分八分は値段ではない、肉《み》の多少で、一貫はすなわち十分《いっぱい》の意味だそうである。  菅笠《すげがさ》脚絆《きゃはん》で、笊《ざる》に積んで、女の売るのは、小形のしおらしい蟹で、市《いち》の居つきが荷を張ったのではない。……浜から取立てを茹上《ゆであ》げて持出すのだそうで、女護島《にょごのしま》の針刺《はりさし》といった形。 「こうばく蟹いらんかねえ、こうばく蟹買っとくなあ。」  こう言うのを、爪は白し紅白か。聞けば、その脚の細さ、みどころと云ってはいくらもない、腹に真紫の粒々の子が満ちて、甲を剥《は》がすと、朱色の瑪瑙《めのう》のごとき子がある。それが美味なのだという。(子をば食う蟹)か、と考えた。……女が売るだけにこれは不躾《ぶしつけ》だった。香箱蟹だそうである。ことりと甲で蓋《ふた》をしていかにも似ている。名の優しい香箱を売る姉さんだが、悪く値切ろうものなら泡のごとく毒を噴く。  びしゃびしゃ、茣蓙《ござ》を着て並んで、砂つきの小鰯《こいわし》のぴかりと光るのを売る姉《あね》えも同じで、 「おほほだ、そんな値なら私が食う。」  と、横啣《よこぐわ》えにペロリと舐《な》める。 「活きものだ。活きものだ。」  どこも魚市は気が強い。――私は見ていたが――妙なもので、ここで鯨を売ればといっても、山車《だし》に載せて裃《かみしも》で曳《ひ》きもしまいし、あの、おいらんと渾名《あだな》のある海豚《いるか》を売ればといって、身を切って客に抱かせもしないであろうが、飯蛸《いいだこ》なぞもそうである……栄螺《さざえ》、黄螺《ばい》、生の馬刀貝《まてがい》などというと、張出した軒並を引込《ひっこ》んで、異《おつ》に薄暗い軒下の穴から、こう覗《のぞ》く。客も覗く。……  つま屋と名づくるのが、また不思議に貝蛸の小店に並んでいて、防風芹《ぼうふ》、生海苔《なまのり》、松露、菊の花弁《はなびら》。……この雨に樺色《かばいろ》の合羽占地茸《かっぱしめじ》、一本占地茸。雨は次第に、大分寒い、山から小僧の千本占地茸、にょきりと大松茸《おおまつたけ》は面白い。  私が傘《からかさ》を軒とすれすれに翳《かざ》して彳《たたず》んだ処は――こう言出すと、この真剣な話に、背後《うしろ》へ松茸を背負《しょ》っているようで、巫山戯《ふざけ》たらしく見えるから、念のために申して置くが、売もののそれ等《ら》は、市の中を――右へ左へ、肩擦れ、足の踏交《ふみまじ》る、狭い中を縫って歩行《ある》いた間に見たので、ちょうど立ったのは、乾物屋の軒下で、四辻をちょっと入った処だった。辻には――ふかし芋も売るから、その湯気と、烏賊《いか》を丸焼に醤油《したじ》の芬々《ぷんぷん》とした香を立てるのと、二条《ふたすじ》の煙が濃淡あい縺《もつ》れて雨に靡《なび》く中を抜けて来た。 「御免なさいよ。――連《つれ》が買ものをしてるのを待ってるんですから。」  私と袖《そで》を合わせて立った、橘《たちばな》八郎が、ついその番傘の下になる……蜆《しじみ》の剥身《むきみ》の茹《ゆだ》ったのを笊に盛って踞《つくば》っている親仁《おやじ》に言った。――どうも狭いので、傘の雫《しずく》がほたほたと剥身に落ちて、親仁が苦《にが》い顔をして睨《にら》み上げたからである。  八郎はこの土地うまれで、十四五年久振りで、勤めのために帰郷する――私の方は京都へ行く用があった。そこで自然誘われて、雪国の都を見物のため、東京から信越線を掛けて大廻りをしたのであった。  当国へは昨夜ついた。  八郎の勤めというのも、その身の上も、私が説明をするより宿帳を見れば簡単に直ぐ分る。旅店で……どちらもはじめてだが、とにかく嚮導《きょうどう》だから……女中が宿帳を持参すると、八郎はその職業という処へ――「能職《のうしょく》。」と認《したた》めた。渠《かれ》は能役者である。  戸籍の届出《とどけいで》は、音曲教師だというから、その通りなり、何とか記しようがありそうな処を、ぶっきらぼうに、「能職。」――これに対して、私も一工夫したいようにも思ったが、年の割に頭も禿《は》げているし、露出《むきだし》に――学校教授、槙村《まきむら》と名刺で済ました。  霜月、もみじの好季節に、年一回の催能、当流第一人のお役者が本舞台からの乗込みである。ここにいささかなりとも、その出迎えの模様、対手方《あいてかた》と挨拶《あいさつ》の一順はあるべきだけれど、実は記すべき事がない。――仔細《しさい》は別にあるとして、私の連立った橘八郎は、能楽家、音曲教師、役者などというよりも、実《まこと》に「能職」の方が相応《ふさわ》しい。  紋着《もんつき》、羽織、儀式一通りは旅店のトランクに心得たろうが、先生、細《こまか》い藍弁慶《あいべんけい》の着ものに、紺《こん》の無地|博多《はかた》を腰さがり、まさか三尺ではないが、縞唐桟《しまとうざん》の羽織を着て、色の浅黒い空脛《からすね》を端折《はしょ》って――途中から降られたのだから仕方がない――好みではないが、薩摩下駄《さつまげた》をびしゃびしゃと引摺《ひきず》って、番傘の雫《しずく》を、剥身屋《むきみや》の親仁にあやまった処は、まったく、「家《か》。」や、「師。」ではない、「職。」であろう。  東京では細君と二人ぐらしで――(私は謡や能で知己《ちかづき》なのではない。)どうやらごく小人数の活計《くらし》には困らないから、旅行をするのに一着|外套《がいとう》を心得ていない事はない。  あの、ぼっと霧雨に包まれた山を背後《うしろ》に、向って、この辻へ入る時だ。…… 「魚市へ入るのに、外套で、ぞろりは変だ。」  と往来で釦《ぼたん》をはずすと――(いま買ものをするのを待つと云った)――この男の従姉《いとこ》だという、雪国の雪で育った、色の抜けるほど白い、すっきりとした世話女房、町で老舗《しにせ》の紅屋《べにや》の内儀……お悦という御新姐《ごしんぞ》が、 「段々降って来るのに――勝手になさい。」  留めるのかと思うと、脱がして、ざっと折って、黒地の縞《しま》お召の袖に引掛《ひっか》けて取った。 「先生――」  ついでだから言うが、学校の教師だから、私を先生と――云う、私も時々、先生と云う。同じ事で……その紅屋のを、八郎が、「姉さん」と云うと、「兄さん。」と云う。「お悦さん。」と云うと「八さん。」と云う。従って、年も同じだと聞く。 「先生は土地のお客人だ。着ていらっしゃい。同じに脱ぐなんて串戯《じょうだん》です、いや串戯じゃない。」  どうも、剥身屋の荷をかばうと、その唐桟の袖が雨垂《あまだれ》に濡れる。私は外套で入交《いれかわ》って、傘《からかさ》をたたんだ。 [#7字下げ]二[#「二」は中見出し]  時に、辻を向うに、泥脚と脛《すね》の、びしょびしょ雨の細流《せせらぎ》に杭《くい》の乱るるがごとき中へ、刎《はね》も上げない褄《つま》をきれいに、しっとりした友染《ゆうぜん》を、東京下りの吾妻下駄《あずまげた》の素足に捌《さば》いたのが、ちらちらと交《まじ》るを見ると、人を別けた傘を斜めに、撫肩《なでがた》で、櫛巻《くしまき》の凜《りん》とした細面《ほそおもて》の見えたのは、紅屋の内儀で。年は八郎とおなじだが、五つ六つ若く見える処へ、女の一生に、四五度、うつくしい盛《さかり》があるという、あの透通るような顔に、左の眉から額にかけて、影のようだが疵《きず》のあとが幽《かすか》にある。  この婦人を、私は八さんに囁《ささや》いて、密《ひそか》に「三傘《みかさ》夫人。」と称えた。別儀ではない。――今朝、旅籠屋《はたごや》で、朝酒を一|銚子《ちょうし》で、ちと勢《いきおい》のついた処へ、内儀が速《すみやか》に訪ねて来て、土地子《とちっこ》の立役者はありながら、遠来の客をもてなしのそのお悦の案内で、町の最も高台だという公園へ、錦葉《もみじ》を観《み》に出掛けた。北国の習《ならい》であろう、大池の橋を渡って、真紅《まっか》に色を染めた桜の葉の中に、細滝《ほそたき》を見て通る頃から、ぽつりと雨が掛《かか》った。すぐに晴れようと、ロハ台に腰を掛けた、が、その上に蔽《おお》い掛った紅楓《もみじ》の大木の美しさ。色は面《おもて》を染めて、影が袖に透《とお》る……霽《は》れるどころか、次第に冷い雨脚から、三人を包んで、雫《しずく》も落さない。そこで小学校の生徒たちの二列を造って、弁当を持扱《もてあつか》いながら坂を下りに帰るのを視《み》たが、今日は、思掛けない雨だったものと見える。その他、遊びの人たちも、慌《あわただ》しくはないが散り散りの中へ交《まじ》って……御休所と油障子に大きく書いたのを、背中へ背負《しょ》って、緋《ひ》めれんすの蹴出《けだ》しで島田髷《しまだまげ》の娘が、すたすたと、向うの吹上げの池を廻る処を、お悦が小走りに衝《つ》と追って、四阿屋《あずまや》がかりの茶屋の軒下に立つと、しばらくして蛇《じゃ》の目を一本。「もうけ損《そくな》って不機嫌な処だから、少し手間が取れました。」この外交家だから、二本目は、公園の坂の出口を行越《ゆきこ》した町で、煙草を買って借りたなどはものの数でもない。三本目に至って、私たちを驚かした。それは十町ばかりも邸町《やしきまち》を歩行《ある》いて出た大川端の、寂しいしもた家だったが、「私、私は、私は(何とか)町の、竹谷の姪《めい》の娘が嫁に来たうちの、縁者の甥《おい》に当るものの母親です。」談ずるのが、戸外《おもて》に待っている私たちに強く響いて、ひそかに冷汗になっていた処――「むふん。」と笑いながら出て来て、ばりばりと油の乾いた蛇目傘を開いた。トンと轆轤《ろくろ》を切って、外套《がいとう》両名、相合傘でいた私に寄越《よこ》して「ちょっと骨が折れました、遠い引掛《ひっかか》りなんですがね……聾《つんぼ》で中風症《よいよい》のお婆さんが一人留守をしているんだもの、驚きましたわ。」「驚いた。」と八さんが言うから、私も「驚きましたなあ。」「だってね、ようやっと談判が調った処で、お婆さん、腰が立たないんでしょう。私が納屋へ入って掻《かき》まわして持って来たんですのさ。」「肩がきがつくぜ、まるで昼鳶《ひるとんび》だ。」と八さんが言うと、つんと横を向いたが、たちまち白い手で袖下を掬《すく》って、「ウシ、ウシ、ウシウシ。」もののたとえにさえ云う……枯柳《かれやなぎ》の川端を、のそのそと来た野良犬を、何と、佐川田喜六の蛙以上に可恐《おそろ》しがる、能職三十九歳の男に「ウシ、ウシ」と嗾掛《けしか》けると、「不可《いけな》い姉さん。」と云う下から、田舎の犬は正直で、ウウと吠掛《ほえかか》ったから、八さんは、ワッと云って遁《に》げ出すと、追掛けようとする野良を傘《からかさ》でばッさり留めて、橋袂《はしたもと》の榎《えのき》に打《ぶッ》つかりそうな八さんを、「馬鹿だわねえ。……大きな態《なり》をして。……先生、おつきあい遊ばすのに、貴方《あなた》、さぞお骨が折れましょう。」その凜《りん》とした眉が、雨に霞むように優しかった……  いまその三傘夫人の姿が見えると、すぐ後《うしろ》へ引添って、袂をすれすれに大鮒《おおふな》が一匹、脊筋を飜《ひるがえ》して、腹にきらきらと黄金《きん》の波を打って泳ぐのが見えた。見事な鮒よ、ぴちぴちと躍って、宙に雨脚を刎《は》ねるようである。それは腰蓑《こしみの》で、笠を被《かぶ》った、草鞋穿《わらじば》きの大年増が、笊に上げたのを提げて、追縋《おいすが》った――実は、今しがた……そこに一群《ひとむれ》、鰻《うなぎ》、鯰《なまず》、鰌《どじょう》、穴子などの店のごちゃごちゃした中に、鮒を活《い》かした盤台の前へ立停《たちど》まって、三傘夫人が、その大きいのを、と指さすと、ばちゃんと刎上るのを、大年増が掌《て》に掬《すく》った時は、尾が二の腕に余って、私は鯉《こい》だとばかり思った。 「こんなのは珍らしゅうござんすぞね、奥さん、乳の出る事は鯉のようなものではのうてね、これ第一や。今夜から、流れて走るぞね。」 「質屋が駆落をしやしまいし。」  大潟《おおがた》で漁《と》る名物だ、と八郎が私に云った。 「幾干《いくら》なの。」 「さあ、掛値《かけね》は言わんぞね。これで……さあ――」  この掛値がまた名物だ――と八郎は話しながら、鮒は重なって泳いでいても、人ごみに傘《からかさ》の雨が灌《そそ》ぐから、値の押合の間を、しばらく乾物屋の軒へ引込《ひっこ》んだのであった。が、よくは分らないけれども、俳人凡兆の句の――呼返す鮒売見えぬ霰《あられ》かな――の風情がある。  が、これは時雨で……買う人の姿も水際立って、そうして、反対に――一旦、値がかけ違って、内儀が足を抜いたあとを、鮒売の方が呼返して追って来たらしい。  お悦は目ばやく私たちを見て、莞爾《にっこり》して、軽く手で招いた。  値が出来たのである。 「お邪魔をしました。」  八郎が剥身屋《むきみや》の親仁に軽く会釈をしたが、その語気《いいかた》は、故郷人《ふるさとびと》に対する親《したし》みぶりか、かえって他人がましい行儀だてだか、分らないうちに、庇《ひさし》を離れて、辻で人ごみを出る内儀と一所になった。手に提げた籠の笹の葉の中から金光が閃《ひら》めいた。 「姉さん、黄螺《ばい》を買って下さい、黄螺を。」と八郎が云った。 「何にするの?」 「まさか独楽《こま》にしやしない、食べるんだね。やあ久《ひさし》いもんだなあ。」  旅店を出がけに西洋|剃刀《かみそり》を当てた頬を掌《て》で中《あ》てた。 「東京にはこいつが少いかして、めったにお目に掛《かか》らないんです。いつか絵本を見るとね、灯を点《とも》した栄螺《さざえ》だの、兜《かぶと》を着た鯛だの、少し猥《わい》せつな蛸《たこ》だのが居る中に、黄螺の女房といってね、くるくると巻いた裾《すそ》を貝から長々と曳《ひ》いて、青い衣服《きもの》で脱出《ぬけだ》した円髷《まるまげ》が乱れかかって、その癖、色白で、ふっくりとした中年増が描《か》いてあったが、さも旨《うま》そうに見えたのさ。」 「可厭《いや》な兄さん。」 「いや、お客様に御馳走《ごちそう》するのだよ。」 「御馳走ですな。」 「ちょっと……そのだらしのない年増の別嬪《べっぴん》を十ウばかりお出しなさい。」  売手は希有《けぶ》な顔をした。が、言《ことば》戦い無用なりと商売《あきない》に勉強で、すぐ古新聞に、ごとごとと包んで出した。……この中に、だらしのない別嬪が居るのだそうである。  姿が好《い》いからといって、糸より鯛。――東京の(若衆)に当る、土地では(小桜)……と云うらしいが浅葱桜《あさぎざくら》で、萌黄《もえぎ》に薄藍《うすあい》を流した鰤《ぶり》の若旦那。こう面白ずくに嵩《かさ》にかかると、娘の目に友染切《ゆうぜんぎれ》で、見るものが欲しくなる。  私も自分で値をつけて、大蟹に湯気を搦《から》めて提げた。  占地茸《しめじ》を一|籠《かご》、吸口の柚《ゆず》まで調えて……この轆轤《ろくろ》を窄《すぼ》めた状《さま》の市の中を出ると、たちまち仰向《あおむ》けに傘《からかさ》を投げたように四辻が拡《ひろ》がって、往来《ゆきき》の人々は骨の数ほど八方へ雨とともに流れ出す。目貫《めぬき》の町の電車の停留場がある。  ――ここは八郎と連立って、昨夜一度来て見覚えがあった、それは紅屋を訪ねたので。――訪ねてさて帰りには、お悦がちょうどこの辻まで送って来て、勝手働きのままだったから、玄関も廊下も晴がましい旅籠《はたご》まで送り返すのを猶予《ためら》って、ただ一夜――今日また直ぐ逢う――それさえ名残惜《なごりおし》そうに、元気な婦《ひと》に似ず、半纏《はんてん》の袖を、懐手《ふところで》で刎《は》ねながら、姿は寂しく見送ったのであったが。――察しられる。……ところで、その昨夜《ゆうべ》の事について、ここで言いたい事が少しある。 [#7字下げ]三[#「三」は中見出し]  例の「能職」を宿帳に名のると直ぐだった。 「先生……」  私に対して、八郎はその親しい呼び方をして、 「もう晩の九時です。すぐに一風呂浴びて、お膳《ぜん》で一銚子という、旅では肝心な処ですがね、少々御無理を願いたい事があるんです。――もうお互に年を取っているんですから、いささかたりとも御心配はありませんが、ここに私を待っていてくれる婦《おんな》があるんです。――時々――貴方《あなた》だからお話をした事がありますね、従姉《いとこ》なんですがね。……」  隔てない中だから、かねて、美人のその婦《おんな》のために、魂に火を点じて、幽《かすか》に生命を消さなかったと云うのを聞いた。真《まこと》の性質は霜夜の幽霊のように沈んで寂しいのかも知れないのに、行為《ふるまい》は極めて蓮葉《はすは》で、真夏のごときは「おお暑い。」と云うと我が家に限らぬ、他家《よそ》でもぐるぐる帯を解く。「暑い、暑い。」と腰紐《こしひも》を取る。「暑いんだもの。」とすらりと脱ぐ。その皓《しろ》さは、雪よりもひき緊《しま》って、玉のようであった。お侠《きゃん》で、凜《りん》としているから、いささかも猥《みだ》りがましい処がない。但しその白身で、八郎の古家《ふるいえ》で、薄暗い二階から、銀杏返《いちょうがえし》で、肩で、脊筋で、半身で、白昼の町の人通りを覗《のぞ》きながら、心太《ところてん》や寒天を呼んだのはまだしも、その素裸で、屋根の物干へ立って、遥《はるか》に公園で打揚げる昼花火を視《み》ながら、八が心ばかりの七夕の竹に、短冊を結んだのには驚いた。その頃|年紀《とし》わずかに十七八で、しかも既に二人の子の母であったのだという。  私は、早くその人を見たいと思った。誰も、この霜月の寒さに裸体になるものはない――見たいというのにいささかも遠慮はあるまい。 「御存じの不性《ぶしょう》ものだから、時々のたよりをするでもなし、先方も同然です。今度こちらへ来たのだって、前もって知らせてはないんですから、構いはしないようなものの、血は遠くってもたった一人の身寄だし……家は多人数で、他《ほか》のものはどう思おうとも、従姉だけは、故郷へ帰れば、きっとその家で草鞋《わらじ》を脱ぐものと信じていてくれるんです。  そこで、御飯前にちょっと顔を見せて来たいんです、が、このまま寛《くつろ》いで少しの間《ま》待っていて下されば結構だし、御一所に願えればなお結構、第一汽車で国境《くにざかい》の峠を抜けた時、これからが故郷ですと云うと、先生は何と言いました。あの大潟と海とが空に浮いて、目一杯に田畑の展《ひら》けた果《はて》に、人家十万余のあるのを視《み》て、(これは驚いた……かねて山また山の中と聞いたから、崖《がけ》にごつごつと石を載《の》せた屋根が累《かさ》なっているのかと思ったら、割合に広い。……)とどうです。割合に広いは情《なさけ》ない。私は国自慢をした覚えはなし、自慢どころか一体嫌いなんだけれど、石屋根の家が崖にごつごつは酷《ひど》いや。そいつを話して従姉から先生を怨《うら》ませたい。」  ――思出しても可笑《おかし》い。 「望む処ですよ。」  そこで、黒い外套《がいとう》で、黒い中折帽《なかおれぼう》で二人揃って、夜の町へ出たとなると、忍びで乗込んだようで、私には目新しい事も多いのであるが、旅さきの見聞を記すのがこの篇の目当《めあて》ではない。  件《くだん》の傘《からかさ》に開けた辻で――昨夕、その時電車を下りて、賑《にぎや》かな、町筋を歩行《ある》く。規模《かかり》は小さくっても、電燈も店飾《みせかざり》も、さすがに地方での都会であったが、ちょっと曲角が真暗《まっくら》で、灯一つ置かない夜店に、大《おおき》な炭団《たどん》のような梨《なし》の実と、火が少しおこり掛けたという柿を積んだ、脊の低い影のごとき媼《ばあ》さんが、ちょうど通りかかった時、生欠伸《なまあくび》を一つして、「おお寒、寒、寒やの。……ありがとうござります。なまいだなまいだ。」と呟《つぶや》くのを聞いた。が、少なからず北国の十夜の霜と、親鸞《しんらん》の故跡の近さを思わせた。 「あれが、本願寺……」  と雲の低い、大《おおき》な棟を指さしながら、 「御苦労様――この小路をちょっと曲るです。」  と言うかと思うと八郎が、 「おや……」  と立留まった、 「ここに、あの菓子屋、こっちが下駄屋と、あれが瀬戸物屋、茣蓙屋《ござや》、合羽屋《かっぱや》と、間違いッこはないんだがな、はてな、違ったかな。」  と少しばかり狼狽《うろた》える。…… 「違いはしません、――紅屋はあすこですよ。」  と私が笑った。 「ですがね。」 「大丈夫……間違いはありません。紅屋です。」 「先生は、紅屋の鑑定家なのかなあ。まるで違ってる。これは細露地を一つ取違《とっちが》えた……」 「ははは、大丈夫。いらっしゃい。――あすこに紅屋の息子さんが坐《すわ》っているから確《たしか》なものです。」  読者も思掛けなかっただろうと思う……はじめての私が、八郎の故郷のしかも親類の家を認めたのは――およそ紅屋というものを、かつて京大阪の家造《やづくり》で心得ていたためではない。その息子というのが、一度上京して、八郎の家に居た処へ、私がちょっと行合わせて顔を知っていたからである。  八郎は肩を揺《ゆす》った。 「ああ、串戯《じょうだん》じゃない――店《たな》ざらしの福助の置物という処が、硝子箱《がらすばこ》の菊慈童と早がわりをしているんだ。……これは驚いた。半蔀《はじとみ》の枢戸《くるるど》が総硝子になって、土間に黄菊と白菊か。……大輪なのが獅子咲《ししざき》、くるい咲と、牡丹《ぼたん》のように鉢植で。成程、あの菊の中から、本家、紅屋の軒看板が見えています、串戯じゃない。  第一、この角の黒渋赤渋の合羽屋が、雑貨店にかわって、京焼の糶売《せりうり》とは、何事です。さあ二貫、二貫、一貫五百は何事です。」  とそこに人立の前では、極《きま》りの悪いほどの高声で、 「さあ、おいでなさい、何にしろ驚いた。」 「……唯今、お迎いに出ます処で。……どうもね、小路の入口に、妙なお上りさんがお二人《ふたかた》と思いましたよ。」  と前垂がけのその息子が莞爾々々《にこにこ》する。店の人たちも三人|一斉《いっとき》に礼をしたが、十鉢ばかり、その見事な菊を並べた、ほとんど菊の中に彳《たたず》んで、ほたりと笑いながら同じく一礼した、十徳《じっとく》を着そうな、隠居頭の柔和な老人が見えた。これが主人である。内儀は家つきの一人娘で、その十四の時、年の三十ばかり違うのに添った、婿養子で、当時は店の御支配人だったそうである。 「変った、変った。」  と、八郎は見廻して、 「可恐《おそろ》しくハイカラになったなあ、ここはどこなんだろう。」 「小父《おじ》さん、正に御親類の紅屋です、ははは。」 「いいえさ、この菊のある処だよ、土間が広くなってさっぱり分らないね、見当が。」 「菊のありますね、その下は台所の井戸ですよ。吃驚《びっくり》して、ははは。大丈夫、危険はありません。父が手造りでしてね、屋根で育てたんですが、少々得意でしてね、その枝の撓《しな》った、糸咲の大輪なんぞは、大分御自慢でしてね、人様に見せたいんだが、置どころが外《ほか》にありませんから。」  老人はまたほたりと微笑《ほほえ》んだ。息子に、今年の春、嫁が出来て、すっぱりと店を譲ったので、隠居仕事の気楽さに、永年の望みだったのを、今年はじめて苗から育てた、と言うのである。 「お楽《たのし》みですな。」 「何の……あんた。」 「姉さんは?」  八郎は息子を見返った。 「……ええ、台所に――お、ちょっと。」 「いらっしゃいまし。」  すっと、そこへ、友染模様が浮出たと見ると、店口の敷居へ、結綿島田《ゆいわた》が突伏《つっぷ》した。 「やあ、これは、これはどうも、……何分どうぞ、唯今《ただいま》、はじめまして、おめでとう。お正月のようだ。」  と八郎は一人で照れて、 「いずれ更《あらた》めて御挨拶を――何は、……姉さんは、お母《っか》さんは、……お悦さんは?」  と、やや忙込《せきこ》んだように云った。私は、はじめからその心を察し得た。留守ではないか、私もちょっとさみしかった。そうして、店の隅なる釣棚の高い処に、出額《おでこ》で下睨《したにら》みをしながら、きょとりと円い目をして、くすりと笑う……大《おおき》な、古い、張子の福助を見た。色は兀《は》げたが、活《い》きているようで、――(先には店頭《みせさき》にあったのだと後で聞いた)――息子は好男子なのに、……八郎の言った福助の意味も分ったが、どこに居ても、真夜中には、ふッと抜けて、屋の棟へちょんと乗って、ここの一家を守りでもしそうで、且つ何となく、不気味だった。  その時である。 「こっち、こっち、ほほほ。」  と派手な声が、嫁さんの花簪《はなかんざし》の上を飛んで来た。  すぐに分った、店口を入る、茶の室《ま》と正面の階子壇《はしごだん》の下に、炭火の赫《かッ》と起った台十能《だいじゅう》を片手に、立っていたのがすなわち内儀で。……と見ると艶々《つやつや》したその櫛巻《くしまき》、古天井の薄暗さにも一点の煤《すす》を留《とど》めぬ色白さ。惜《おし》い事に裸身《はだか》ではないが、不断着で着膨れていながら、頸脚《えりあし》が長くすらりとしていた。 「勝手が違ったね、……それでもここが可懐《なつかし》いや。」  と、八郎がすぐに長火鉢の前へ膝を支《つ》くと、 「そこは混雑するからさ――唯今御挨拶を――」  と私には言いながら、八の脱いだ外套と帽子を、置戸棚の傍《わき》へ押束《おッつく》ねざまに、片手業《かたてわざ》に火鉢にかかった湯気を噴く鉄瓶を提げて、すいと二階へ上って行く。  間早《まばや》な事は、二階にもう鉄の火鉢に、郡内の座蒲団《ざぶとん》が二枚直してあった。 「ははあ、お火鉢の方は、先祖代々だけれど、――この蒲団は新規だな。床に和合神の掛《かけ》ものと。」 「その菊は――お手製の、ただ匁《もんめ》と……」  と、眦《めじり》の切れた目をちょっと細うして莞爾《にっこり》しながら、敷居際で町家《まちや》風の行儀正しく、私が面喰《めんくら》ったほど、慇懃《いんぎん》な挨拶。 「おお、障子が新しくなって、襖《ふすま》が替った、畳も入かわって――いや、天井の隙間《すきま》まで紙が貼《は》れました。あすこから、風が吹込んで、障子の破れから霰《あられ》が飛込む、畳のけばが、枯尾花のように吹かれるのがお定りだったがな、まるで他家《よそ》へ行ったようだ。」 「それでもやっぱり、私の内さ、兄さん……」  と颯《さっ》と寂しい影がさしたが、 「兄さんが大好きで、そっちの物置の窓から、よく足をぶら下げて屋根を覗《のぞ》いた、石菖鉢《せきしょうばち》の緋目高《ひめだか》ね……」  と、唇か、瞼《まぶた》か。――手絡《てがら》にも襟にも微塵《みじん》もその色のない、ちらりと緋目高のような紅《くれない》が、夜の霜に山茶花《さざんか》が一片《ひとひら》溢《こぼ》れたようにその姿を掠《かす》めた。 「親代々、まだ続いて達者でいます。余りかわったかわったと云うんなら、あれを一つ御馳走してあげましょうか。娘の時、私の額の疵《きず》を、緋目高だと云ったお礼を兼ねてね。」 「串戯《じょうだん》じゃあない……」  そこで旅籠屋に膳立の出来ている事を言って今夜の馳走を断った。 「ではそうなさい。近々に兄さんの来なさるッて事が此地《こっち》の新聞に二三度続けて出ていましたからね、……五日ほど前に潟《かた》の鮒《ふな》を取っておいたの。お汁《つけ》の熱いのをと思ってさ。いれものが小さかったか、今朝はもう腹を見せたから、実は晩に皆《みんな》で頂いてしまったの。……私は二人前、誰かの分とも。――嫁が笑いましたよ。」  と軽く、乳のあたりをたたきながら、 「……明後日《あさって》が舞台ですってね。……じゃあ打合せやなにかで、宿で大勢待ってるんでしょうね。」 「大丈夫……」  と、なぜか八郎はぶっきら棒に、 「そんな事更になしだ。……宿の方は他人|交《ま》ぜず……姉さん一所においでなさい。この槙村先生と二人きりです。勿論、幹事の方から宿も指して寄越《よこ》したし、……これでも、こんな土地……違った……」  と胡坐《あぐら》を整然《きちん》と直して、ここで十万軒が崖にごつごつをぶち開《ま》けたが、「そうでござんすとも、東京からいらしったんでは。」ために勢《いきおい》が挫《くじ》けたそうで、また胡坐で、 「これでも人寄せの看板になるんですから、出迎《でむかい》やなんか、その支度《したく》もあったんだろうが、……そのくらいなら、先生を誘っちゃあ来ないんですよ。宿だって知らせやしません。――生意気を言うようだけれど、何のかのって、煩《うるさ》いから。……明後日《あさって》――時間前にさえ楽屋へ行《ゆ》けば可《い》いんです。――若干金《いくら》か、旅費を出して、東京から私を呼ぶったって……この土地の人は、土地流の、土地能の、土地節の、土地謡の方が大した自慢でね、時々九段や、猿楽町……震災で焼けたけれど、本舞台へ来て見物したって、ふん、雁鴨《がんかも》の不忍池《しのばず》に、何が帆を掛けてじゃい、こっちは鯨の泳ぐ大潟の万石船じゃい――何のッて言う口です。今度だって、珍らしい処を見世《みせ》ものの気で呼んだんだからね。……ただ遊びじゃあ旅銭旅籠銭の余裕《ゆとり》はなし、久《ひさし》ぶりで姉さんの顔は見たし、いい幸《さいわい》に来たんだから、どうせ見世ものなら一人でも多く珍らしがらせに、真新しい処で、鏡の間《ま》から顔を出して、緋目高で泳いでれば可いんです。」  八郎は熱い茶を立続けに煽《あお》って言った。不思議に面《おもて》に颯爽《さっそう》たる血が動いた。 「でもね、槙村さん、大諸侯《だいだいみょう》の持もの御秘蔵というのが出るんですから、衣裳《いしょう》には立派なのがあります。――第一天人の面は、私どもの方でも有名なのだし、玉の簪《かんざし》、鬘《かつら》、女飾髻《おんなばさら》、鬘帯、摺箔《すりはく》縫箔、後で着けます長絹《ちょうけん》なんぞも、私が小児《こども》のうち、一度博物館で陳列した事がありますがね、今でも目に着いています。全く三保の浦から松の枝ぐるみ霞に靉靆《たなび》いて来たようでしたよ。……すぐわきの築山の池に、鶴が居たっけ、なあ……姉さん。……運動場で売っていた、ふかしたての饅頭が、うまそうで堪《たま》らなかったが、買えなかった。天人の前に、餓鬼が居りゃ世話はない。」  と云って苦笑しつつ、ほろりとした。  橘八郎は、故郷の初の舞台において、羽衣の一曲を勤めんとするのである。  話頭が転じた。――  何の機掛《きっかけ》もなかったのに、お悦が、ふと…… 「……おひささん……」  とこう言い出したのが、私の耳を打った。 「……お久さんから便りがあったのでしょう、兄さん。」  私たちが、もう立構《たちがまえ》をした時で。  火鉢に中腰を浮かした膝が揺れて、八郎の顔がちょっと暗く見えた。沈んだ声で、 「……ありました、ありましたがね。」 「いいえね、……この春ごろでしたよ、ふいと店へ見えてね、兄さんの所番地はッて聞いたんですの。何でも十何年ぶりとかで、この土地へ帰って来ましたってね……永い間、北海道も、何とかッて、ずッと奥の炭坑の方に居たんですってさ。」 「僕は返事を出しません。」  と、やや白けて言う。 「そうですか。」 「で、どんな様子をして……いや、聞くまい、薄情らしくって、姉さんに恥かしい。」 「私は何とも思いはしません。」 「畑下《はたした》ッてどんな処です。村かしら。」 「いいえ、町ですよ、ずッとはずれの方ですけれど、……じゃあ逢《あ》いませんか。」 「さあ、どうしようかと思って――槙村さん、聞かない振で居て下さいよ。」 「ちょっと、失礼しようかね。」  私は言った。 「飛んでもない、いずれ先生には更《あらた》めてお話ししますがね――そこでだ、姉さん。」 「兄さん、構わないじゃありませんか、どっちだって、逢ったって……逢わなくッたって……」 「さあ、そのどっちだってで実は弱った。」  額をうつむけに手をあてた。 「今度来るにも、ずッと途中から気になっているんですよ。――新聞なんか見ようって柄じゃあないから、今度の事も知りやしますまい。湯屋、髪結所《かみゆいどこ》のうわさにだって、桜が咲いた歌舞伎の方と違って、能じゃあ松風の音ぐらいなものですからね。それとも聞き知って、いまここへ訪ねて来たって、居ないと言えば、それまでだし、……職業が職業だから、そこへ掛けては他人数で隔てが出来ます。楽屋口で断《ことわ》るのも仔細《しさい》ないけれど、そうかって、実はね、逢いたくないことはないんですよ。」 「じゃお逢いなさいな、どうしてさ。」 「ところが眷属《けんぞく》大人数です。第一亭主がありましょう。亭主から、亭主の兄弟、その甥《おい》だ、その姪《めい》だ、またその兄だ、娘だ、兄の児《こ》だ、弟の嫁だッて、うじゃうじゃしている……こっちが何ものだか職業も氏素性も分らなけりゃ、先方様《さきさま》も同然なんだから、何しろ、人の女房で見りゃ、その亭主に御承知を願わなけりゃならない……」 「それは、兄さん、仔細《わけ》はないじゃありませんか。」 「さあ、ところがね、義理にも、お目に掛《かか》ろうなぞと来た日には――」  細君が何か言うと、 「可厭《いや》、可厭、可厭なんだよ、そんな奴に、」  とだだを捏《こ》ねるような語調と態度で、 「博徒《ばくちうち》でも破戸漢《ごろつき》でも、喧嘩に対手《あいて》は択《えら》ばないけれど、親類附合は大嫌いだ。」 「ああだもの。」 「いささか過激になったがね。……手紙の様子じゃあ、総領の娘というのが、此地《ここ》で縁着いたそうだから、その新婦か、またその新郎なんのッてのが、悪く新聞でも読んでいて――(お風説《うわさ》はかねて)なぞと出て来られた日にゃ大変だ。」 「じゃあ、兄さんの、好きになさい。」  が、すこしも投出した様子はない。 「お久さんだけ、一人だけよ、一人だけなら逢っても可《い》いんでしょう、どう?」 「さあ、そう、うまく行くか知らん。……内証で呼出したりなんかして、どんな三百代言が引搦《ひっから》まろうも知れないからね、此地《こっち》は人気が悪いんだから。」 「分りました。」  ふきこぼれる鉄瓶をトンと下ろして、 「私に任せておおきなさい。」  翌朝――今朝は細君が、八時に旅店へ訪ねて来た。畳んだ風呂敷を持ったまま、 「兄さん、お久さんは家《うち》へ来ます。時間は極《き》めておかないけれど。……」 「早業だなあ、町はずれだというのに、もう行って来たんですか、迅《はや》いこと、まるで女|天狗《てんぐ》だ。」  と口では言いつつ、八郎は自《おのず》からその深切《しんせつ》に頭《つむり》を下げた。 「一人だけ……」  その黙って頷《うなず》くのを視《み》て、 「で、亭主は居なかったかね。」 「居ましたとも、居たって構やあしない。……逢いたくないものは逢いたくないんだから。」 「遣附《やッつ》けましたな、いや外交家だ。辣腕《らつわん》辣腕。」  と痩《や》せた肩を突張《つっぱ》りながら、 「他《ほか》には、誰も……」 「その縁着いた娘さんが帰っていますよ。トラホームで弱ってるんですって。」  八郎はまた颯《さっ》と眉を曇らせた。もっとも外へ出ると、もう、小川添の錦葉《もみじ》で晴れたが。  やがて公園の時雨となったのであった――  ところで……紅《あか》き、青き、また黄なる魚貝《ぎょばい》を手に手に、海豚《いるか》が三頭《さんびき》、渋柿をぶら提げたような恰好《かっこう》で、傘《からかさ》の辻から紅屋の店へ入ったが、私は法然頭の老主人をはじめ、店に居る人たちの外に、別に、「いや、昨夜は――」とその店仕きりの暖簾《のれん》を潜《くぐ》る時、隅の棚の、あの福助に思わず声を掛けようとしたのには、あとで自分でも妙な気がした。なぜというに、目をきょろりと出額《おでこ》の下から、扇子|構《がまえ》で、会釈をしたように思ったからである。 「やあ、雪代さんか、」  と、八郎が声を掛けた優婉《ゆうえん》な婦《おんな》が居て、菊の奥を台所口から入ったお悦の手から魚籠を受取った。……品のいい、おとなしづくりの束髪で、ほっそりした胸に紅い背負上《しょいあげ》がちらりと見えて、そのほかは羽織も小袖も、ただ夜の梅に雪がすらすらと掛《かか》ったような姿であった。――あとでも思ったが、その繕わない無雑作な起居《たちい》の嫋々《しなやか》さもそうだが、歩行《ある》く時の腰の柔《やわら》かに、こうまでなよなよと且つすんなりするのを、上手の踊のほかは余り見掛けない。引《ひき》しまった、温かい、すっと長い白い脚が、そのまま霞を渡りつつ揺れるかと見える。同じくらいの若さの時、お悦の方は颯《さっ》と脱いで雪が露《あら》われたのだし、これは衣《きもの》を透通るのであろう。「雪代さん」聞いただけで、昨夜《ゆうべ》から八郎も言わなければ、あえて私も聞こうとはしなかった。その「お久さん。」とかいうのでない事は直ぐに知れた。雪代はお悦の娘で――主人は折から旅行中の、ある陸軍中佐の夫人だという。 「小父さん、いらっしゃい。」  八郎はずかずかと、 「よく、来たね。」 「ええ、私今日は、接待員よ、御珍客様の。」 「うむ、沢山《たんと》あの先生にお酌をしてあげておくれ。――これで安心したよ。……やくざな小父さんなんぞと違って、先生だからね。学校出の令夫人《おくさん》だ、第一義理がある。何しろ、故郷は美人系だッてんで、無理に誘って来たんだけれど、まだ一向|別嬪《べっぴん》にお目にかからないので、申訳のなかった処なんだよ。お前さんの顔を見て、ほんとうに安心した。――いかがです、槙村先生。」 「串戯《じょうだん》じゃあない、串戯ですよ。いやまったくです。」  そこで私は雪代さんの礼を受けた。  八郎は、すぐ前の台所へ出て、流《ながし》に立ったお悦の背後《うしろ》から、肩越しに覗込《のぞきこ》んでいたが、 「来て御覧なさい槙村さん――この鮒は見ものですから。」  私はまだ馳走に呼ばれて台所を紹介された事がない。が、そんな心安だてより、鮒の見事だったのより、ちょっと話したいのは三傘夫人の効々《かいがい》しさで。……俎《まないた》の上に目の下およそ一尺の鮮鱗《せんりん》、ばちばち飜るのに、襷《たすき》も掛けない。……羽織を着たまま左の袖口に巻込んで、矢蔵の艸《そう》という形で、右に出刃を構えたが、清《すずし》い目で凝《じっ》と視《み》ると、庖丁の峯を返してとんと魚頭を当てた、猿の一打《ひとうち》、急所があるものと見える。片手おろしに鱗《うろこ》を両面にそいで、はじめて袖口から白い手を出して、腮《えら》を圧《おさ》えて、ぎりりと腹を。 「雪代、雪代。」  その人も覗いて立った。 「水、水。」 「ほッ。」  と言う……姿に似ない掛声で、雪代は、ギイ、ギイ、キクン、カッタンと、古井戸に、白梅のちりかかる風情で、すんなりした、その肩も腰も靡《なび》かせる。 「ははあ、床下の鉄管で引いたんだね。」  もくもくもくと湧出《わきだ》す水で、真赤《まっか》な血を洗いながら、 「嫁《ねえ》さん、嫁さん。」 「はい。」  と二竈《ふたつべッつい》の大鍋《おおなべ》の下を焚《たき》つけていた、姉《あね》さんかぶりの結綿《ゆいわた》の花嫁が返事をすると、 「その大皿と、丼を――それ、嫁《ねえ》さん、そっちの戸棚。」  この可憐なのと、窈窕《ようちょう》たると、二人を左右に従えて、血ぬった出刃の尖《さき》を垂直に落して、切身の目分量をした姉御は、腕まくりさえしないのに、当時の素裸の若い女を現実した。 「槙村さん、――そこに柿の樹がありましょう。」  八郎は流《ながし》の窓から指《ゆびさ》して、 「あの一番上の枝に草鞋《わらじ》が一足ぶら下っていたんですよ。いつか私が来た時に、五月ですね。土地子《とちっこ》だが気がつかなかった。どうしたんだって聞くと、裏の家《うち》へ背戸口から入った炭屋の穿《はき》かえたのが、雪が解けて、引掛《ひっかか》ったんじゃあない……乗ってるんだって――」 「お目に掛けたいようですわ。」  と私に、雪代が言った。 「しかし、この土地も開けたよ。何しろ、お母《っか》さんが、嫁《よめ》さんを呼ぶのに、姉《ねえ》さん姉さんは難有《ありがた》いよ。」  店で息子の声がして、姉さんかぶりをちょっとはずしながら出て行く、結綿の後姿を見ながら八郎が言うと、 「……お恒《つね》――じゃ兄さんのお気に入るまいと思ってね、いえ、不断も、もうずッと奉っています。……でも、時々……お恒――とやる事。……」  庖丁を一つ当って、 「何てったっけね、堅くさ、勿体らしくさ。」  雪代が微笑《ほほえ》みながら、 「……なきにしもあらず……沢山よ、ほほほ。」 [#7字下げ]四[#「四」は中見出し] 「さあさあ、追立《おったて》を食わないうちに、君子は庖廚《ほうちゅう》を遠ざかろう。お客様はそちらへ――ちょっとぼくは、ここの仏間というのへ御挨拶。」――  蔵前の違棚の前に、二人の唐縮緬友染《めりんすゆうぜん》の蒲団が設けてあったが、私と肩を別つようにして、八郎が階子段《はしごだん》下の小間《こま》へ入った。大方そこで一拝に及んだのであろう。雪代の手から、私が茶を受け取った時であった。  仲仕切の暖簾《のれん》に、人影が、そぼ降る雨に陰気に映《さ》すと、そこへ、額の抜上った、見上皺《みあげじわ》を深く刻んだ、頬のげっそりこけた、ばさばさ乾干《しな》びた、色の悪い婦《おんな》の、それでも油でかためた銀杏返《いちょうがえし》をちょきんと結んだのが尖《とが》って、鬱金木綿《うこんもめん》の筒袖の袖口を綿銘仙の下から覗《のぞ》かせた、炭を引掴《ひッつか》んだような手を、突出した胸で拝むように組んで、肩を窄《すぼ》めながら、萌黄《もえぎ》の綿てんの足袋で、畳を捜《さぐ》るように出て来た。その中仕切――本格子の板戸を隔てて立った首が、ちょうど棚の福助どのと合った時、失礼だが、私はその女房が化けたかと思った。  仏間の敷居へ、もっそりと膝を支《つ》くと、 「あんさん、」  と、べろりと赤爛《あかただ》れに充血した瞼《まぶた》で、凝《じっ》と視上《みあ》げた、その目がぽろりぽろりと、見る見る涙に塞《ふさ》がった。 「うむ、お久さんか。」  八郎の顔は、いま私からは見えなかったのである。 「お達者でねえ……」 「いや、一向どうも。」  掠《かす》れ声して、 「もう、いつか、いつかから、ほんに逢いたい逢いたいと思うて、どれだけ、何年になる事やら。」  と、言葉尻が泣声で切れて、ひょいと刎《は》ねるように両袖で顔を隠した。何だか滑《おど》けたように見えつつも、私はひしと胸を打たれる。 「さあ、お当り。」  お悦がその中へ箱火鉢をどさんと置いて、 「ずっと中へお入んなさい。――ああ、ええ、分ってます。」  どうやら半分は、私に対して八郎が心づかいをしたのを呑込んだらしい口振《くちぶり》だ、と思うと果《はた》せるかな、盆に、一銚子、で、雪代が絵姿のように、薄面影を暗い茶の間から、ほんのりと顕《あら》われて、 「先生、あの、ちょっとお一口。」 「これはどうも、」 「お酌は拙《へた》ですよ。旦那が気が利かないから、下戸《げこ》の処へ、おまけにただ匁《もんめ》の妓《こ》なんですから。」  と、お悦は直ぐまた台所へ。  お久という人は、やっとその火鉢の縁へ、鬱金《うこん》の袖口を引張《ひっぱ》って、 「……思ったより、あんさんは若いこと。」 「うむ、何、いやどうも何だ、さっぱりだ。」 「一度お逢いした時から、もう二十四年か五年になりますね。」 「そうかなあ。……何しろ、何が何だか分《わけ》が解《わか》らないんだからな、お互に。」 「いつも、ほんに、おたよりをしたいしたいと思っても、私は自分では手紙がかけず、震災のあった時なんかも、遠い北海道の果《はて》に居て、どれほどお案じした事やら、それでも、まあ、御無事でねえ。」 「わずかに命のあるばかりさ。」 「それでも、まあお互に息災で居れば、こうやって顔を見られますぞね。ほんとうに逢いとうてねえ、何年も何年も毎晩夢に見ぬ事はないのです。その夢にかって、はっきりした顔は分らんほど遠々しゅうて、……この春も、やっとお処が知れて、たよりをしたけれど……」  と、くいしばったような涙になる。 「いや、御不沙汰をしたよ、」  また顔にあてた袂《たもと》をはずして、 「それはお忙しい事は知れているけれど。」 「大して忙しい事もないんだがね。名も顔も知らない御亭主のある細君の許《もと》へは、うっかり返事は出せないよ。誰も別に悪戯《いたずら》をするとも思わないけれど、第一代筆だろう。きみだか何だか分りやしない。何人《なんぴと》に断って、俺《おれ》の妻と手紙の遣取《やりとり》をする。一応主人たるべきものに挨拶をしろ! 遣兼ねやしない……地方《いなか》は煩《うるさ》いからな。」 「煩いぐらいで……こんなに私が思うているものを、それに、そんな、そんな内の人ではないのです。」 「そりゃ何より結構だ。……そうかい、いやに曲《ねじ》けてもいず、きみに邪慳《じゃけん》でもないのだね。」 「ただ……困ってはいるけれどね、――何にしたかて、兄妹ですもの。」  私は酌をうけながら、ふと雪代の顔を見た。美しい人は頷《うなず》くように一重瞼《ひとえまぶた》を寂しく伏せた。 「何だか、縁づいた総領の娘が、病気で帰っているんだって……」 「ええ、縁があって、一昨年《おととし》十七で遣りましたがね、厄かねえ、秋のはじめから目を煩ろうて、ちょっと治らんもんですから、診《み》てもらうと、トラホームやッて、……それでねえ。――あんさん煙管《きせる》を貸してたあせ……今朝から御飯も欲しゅうない、気がせいてね、忘れて来た。」 「喫《の》みたまえ。……そうだ、煙草《たばこ》を喫《や》るんだっけな。」 「女だてらやけれど、工場で覚えました……十四の時から稼ぎに遣られてねえ。」 「その時分だっけな、一度ちょっと夢のように逢ったのは――」 「いんね、十七でいまの家へ一度縁づいたけれど、姑《しゅうと》さんが余り非道で、厳しゅうて、身体《からだ》に生疵《なまきず》が絶えんほどでね、とても辛抱がならいで、また糸繰《いとくり》の方へ遁《に》げていた時でしたわ。」 「ああ、じゃあ、それからまた縒《より》が戻った次第《わけ》だな。」 「お腹《なか》に嬰児《こども》が居たもんでねえ、いろいろ考えては見たけれど、またお姑に苛《いじ》められに……」 「で、子供たちは幾人《いくたり》だい。」 「えへ。」  と罅裂《えみわ》れたように、口許《くちもと》で寂しく笑って、 「十一人や。」 「産みやがったなあ! その身体《からだ》で……」 「仕方がないもの。」 「御亭主は幾つだ。」 「六十五や。」 「恐《おッそ》るべく壮《さかん》だなあ。」 「それでね、六人とられてしもうて、いま五人だけですがね、ほんにね、お産の苦《くるし》みと、十月《とつき》の悩《なや》みと、死んで行くものの介抱と、お葬式の涙ばかりで暮すぞね。……ほんにね、北海道に十六年居る間でも、一人を負《おん》ぶして、二人の手を曳《ひ》いて、一人を前に歩行《ある》かせて、雪や氷の川端へ何度行った事やらね。因果と業《ごう》や。私みたいに不幸《ふしあわせ》なものはないぞね、藁《わら》の上から他人の手にかかって、それでもう八歳《やッつ》というのに、村の地主へ守児《もりッこ》の奉公や。柿の樹の下や、廐《うまや》の蔭で、日に何度泣いたやら。――それでもね、十ウの時、はじめて両親はあかの他人じゃ、赤子の時に村へ貰われて来た、と聞かされた時ほど、悲しかった事はなかったぞね。実の親の家に居れば、何が何でも、この兄《あに》さんの……妹や。」 「恐縮だよ。」 「実のねえ、両親の顔も声も知らんのやけれど、自分で児《こ》を持って覚えがあるぞね、たとえ、どんな辛い思《おもい》をしようと、食べるものは食べいでも、どんなに嬉しいか、楽しいか。」 「恐縮だよ。」 「ほんに、他人に育てられてみん事には、その辛さは分らんぞね。」 「恐縮だよ。」 「それを、それを、まだ碌《ろく》に目もあかん藁《わら》の上から、……町の結構な畳の上から、百姓の土間へ転がされて……」 「少しお待ち! 恐縮はするがね、お母《っか》さんは大病だった――きみのお産をして亡くなったんだ――が、きみを他所《よそ》へ遣ったお父《とっ》さんやお祖母《ばあ》さんのために、言訳ッて事もないが話がある。私も九つぐらいな時だ、よくは覚えていないけれど、七夜には取揚婆《とりあげばばあ》が、味噌漬で茶漬を食う時分だ。まくりや、米の粉は心得たろうが、しらしら明《あけ》でも夜中でも酒精《アルコオル》で牛乳を暖《あった》めて、嬰児《あかんぼ》の口へ護謨《ゴム》の管で含ませようという世の中じゃあなかった。何しろ横に転がして使う壜《びん》なぞ見た事もないんだからね。……可《いい》かい。それに活計《くらし》むきに余裕があるとなれば、またどうにもなる。いま、きみは結構な町の畳からと言ったけれど、母親の寝ていた奥の四畳は破障子《やぶれしょうじ》の穴だらけだ。しかも雪の中の十二月だ、情《なさけ》ない事には熱くて口の渇く母親に、小さく堅めて雪を口へ入れたんだけれど、降《ふり》たての雪はばさばさして歯に軋《きし》むばかりで、呼吸《いき》を湿らせるほどの雫《しずく》にならない。氷がないんだよ。甘露とも法雨とも、雪の雫が生命《いのち》の露だって、お母《っか》さんが、頂戴々々というもんだから、若い可愛い嫁の、しかも東京で育ったのが、暗い国へ来て、さぞ、どんなにか情《なさけ》なかろうと最惜《いとし》がって、祖母《おばあ》さんがね、大屋根の雪は辷《すべ》る、それは危いもんだから、母親の寝ていた下屋の屋根を這《は》って、真中《まんなか》は積って高い、廂《ひさし》の処まで這って出《い》で、上の雪を掻《か》いて、下の氷柱《つらら》は毒だし、板に附着《くッつ》いたのは汚し、中の八分めぐらいな雪の、六方石のように氷っているのを掻いて取って、病人に含ませるんだが、部屋の中はさすがに鉄瓶の湯気や炬燵《こたつ》のぬくもりで溶けるだろう。階子段《はしごだん》を上り下りするように、日に幾度屋根へ出入りをしたか知れないとさ。観音様に見えますと云って、凝《じっ》と優しい姑《しゅうと》の顔を見ながら、莟《つぼみ》の枯れる口を開けた、お母さんのおもいも、察するが可《い》いよ。きみ、花を飾った駕籠《かご》に乗って江戸芝居を見た娘がそれだもの、何も時節だ。……冷いようだが、いや、寒いようだが、いや薄情だと言えばそれまでだが、農家で育って、子守をして、工女から北海道へ落ちたって、それほど情《なさけ》ながったり、怨《うら》めしがったりする事はなかろうと思う。  が、どうだい。  何しろ、そんな中だもの、うまれたての嬰児《あかんぼ》が育てられるものか。あの時、もしも縁のあった田舎へ養女に遣らなかったら、きみは多分育たなかったろうよ、死んじまったかも知れないんだ。」 「それですから、それですから、私はいっそ死んだ方がと、昨日も、今日も……」 「まあ、待ちなよ。……亭主が出来て、十一人か、児《こ》を拵《こしら》えているじゃあないか。贅沢《ぜいたく》な事を云って、親を怨《うら》むな、世間を呪《のろ》うな!……とは言うが、きみの身の上は気の毒だと思う。けれども考えて見るが可い、……きみは北海道の川端か、身投げをしようとするのに、小児《こども》を負《おぶ》ったり抱いたりしたろう。親子もろともならある意味で本望だ。  母《おっか》さんはそうじゃあない、もう助からない覚悟をして、うまれたばかり、一度か二度か、乳を頬辺《ほっぺた》に当てたばかりの嬰児《あかんぼ》を、見ず知らずの他人の手に渡すんだぜ。  私は、悲しい草双紙の絵を、一枚|引《ひき》ちぎったように、その時の様子を目に刻んで知っている。  夜だ――きみの父親になった男は、表の間《ま》にでも待っていたろう。母親になるのが――私も猿の人真似で、涙でも出ていたのか洋燈《ランプ》の灯が茫《ぼう》となった中に、大きな長刀酸漿《なぎなたほおずき》のふやけたような嬰児《あかご》を抱いて、(哀別《わかれ》に、さあ、一目。)という形で、括《くく》り枕の上へ、こう鉄漿《おはぐろ》の口を開けて持出すと、もう寝返りも出来ないで、壁の方に片寝でいたお母さんがね、麻の顱巻《はちまき》へ掛《かか》った黒髪《かみ》がこぼれて横顔で振向いた。――目は今……私の目にも見えない。」  言《ことば》が途切れた。 「――鼻筋が透徹《すきとお》るように通って、ほんのりと歯と唇が見えた……それなりがっくりと髪も重そうに壁を向いた処へ、もう一度、きみの母親がのしかかって嬰児《あかんぼ》を差出すと、今度は少し仰向《あおむ》けになったと思うと、お母さんの白い指が、雪の降止もうとするように、ちらちらと動いた、――自棄《やけ》に鉄漿《おはぐろ》の口が臭くってそいつを振払った、と今の私なら言うんだが、もうこの身《からだ》で泣くのにも堪えられない、思切らせておくれ、と仕方をしたんだろう。――あとは知らない。しばらくすると、戸外《おもて》を草鞋《わらじ》の音がびしゃびしゃと遠のいた。」  聞く方は泣《なき》じゃくって、 「もう、怨みもどうもしませんぞね。よそで聞けば、十四五まで着られる柔かい着もの一葛籠《ひとつづら》、お金子《かね》もそれぞれ私につけて下さったそうながね、私は一度かって袖を通した事もないのです。父親はそうでもなかったけれど、草鞋《わらじ》の音の、その鉄漿《おはぐろ》の口は蛇体や、鬼でしたぞね。それは邪慳《じゃけん》な慾張《よくば》りや。……少しは人情らしいもののあった養父《てておや》の方が――やっぱりどこまでも私の不幸や――早く死んでからというものは、子守で泣かせたあげくが工場へ遣られて、それが三日おき四日おきに、五銭十銭と取りに来る……月末《つきずえ》の工賃はね、嫁入支度に預るいうて洗いざらい持って行って、――さあ、否《いや》でも応でも今の亭主へ嫁《や》るというと、それこそ、ほんに、抱えるほどな、風呂敷づつみもくれんぞね。どれほど肩身が狭かったやら……その裸が、またお姑の気に入らんのですがね。  どこまで因果が続く事か。……また今度、あの娘の婿は、年紀《とし》も少《わか》し。」 「幾歳《いくつ》だい。」 「二十一や。」 「迅《はや》い奴だな、商売は。」 「蒔絵《まきえ》の方ぞね。」 「結構じゃあないか。」 「それや処がね。まだ見習いで、十分にのうてねえ、くらしはお姑さんが、おもに取仕切ってやもんですから、あんさん、それは酷《ひど》いぞね――半月おきには、下駄の歯入れや、使いまわしも激しいし……それさえ内へ強請《ねだ》りに来るがね。(母さん十日お湯へ入りません、お湯銭たあせ、)と内証で来る。湯の具までもねえ、すれ切《きれ》や、(母さん、……洗いがえ買うてたあせ、)とソッと来るし……」 「情《なさけ》ねえ事を云う。」  私も雪代と思わず顔を見合わせた。 「情ないどころではないのですぞ。そのあげくがトラホームや、療治は長びくし、うち中へうつるいうて、今度返されて来たですがね、病院へ遣ろうにも、それでのうてさえ、内も楽どころではない処へ。」 「もん句は亭主に言えよ、亭主に。」  八郎の声はやや苛立《いらだ》った。 「それを言うたかてねえ、出来るようなら可いのですけれどもねえ。」 「きみの亭主にだよ、娘の事だ。――いや婿にだよ、誰がそんな事を知るもんか。」 「そう、もぎどうに言わいでも。」  お久という人はまた袖を顔に当てた。 「私にかて、私にかて――生れてから、まだただ一日も、一日どころか一度でも、親身の優《やさし》い言葉ひとつ聞いた事のない私に――こんなに思いに思うて、やっと逢ったのに、」 「抱いたって擦《さす》ったって何にもならない――現金でなくっちゃあ、きみたちは駄目なんじゃあないか。」 「あれ、あんなまたもぎどうな。」 「さあさあ、茶碗の一つぐらい引《ひっ》くり覆《かえ》ったって構わない。威勢よく、威勢よく!……さあよ。」  と結綿《ゆいわた》のに片端|舁《かつ》がせて、皿小鉢、大皿まで、お悦が食卓を舁出《かつぎだ》した。上には知らぬ間の大鯛が尾を刎《は》ねて、二人の抜出した台所に、芬《ぷん》と酢の香の、暖い陽炎《かげろう》のむくむく立って靡《なび》くのは、早鮨《はやずし》の仕込みらしい。 「兄さん――さあ、お久さん……こちらへ。……」 「それでねえ、――金銭をどうと云うではないけれどね、亭主《うちのひと》をはじめてに、娘のその婿もね、そりゃ謡が好きなのですぞ。……息子もねえ、一人は鉄葉屋《ブリキや》の方を、一人は建具屋の弟子になっているのですが、どっちも謡が大すきや。二人ともねえ、好きやぐらいか、あんさんのお弟子にもなりたいとねえ……血統《ちすじ》は争われぬもんじゃぞね。」  お悦が膳の上を按排《あんばい》しながら、これを聞くと、眉を顰《ひそ》めた。八郎の顔色が思い遣られる。 「婿も……やっぱり、自然と繋《つな》がる縁やよって、あんさんにお逢いして、謡やら、舞とかいうものやら。」 「べらぼうめ、」  猛然として八郎が、尖《とが》った銀杏返《いちょうがえし》に、膝を更《か》わして敷居を出た。 「そういう了簡《りょうけん》だから。……チョッ、さあ、御馳走だ。お食べと云ったら、鱈《たら》ふく食うんだ、遠慮をしないで、食うものはさっさと食えよ。謡どころか、お互にすき腹がぐうぐう言ってら。」 [#7字下げ]五[#「五」は中見出し] 「――伯父、甥が何だ。……姪の婿がどうしたっていうんだ。他人様の大切な娘を……妙齢《としごろ》十七八だって。(お月様いくつ)のほかに、年紀《とし》ばかりで唄になるのはその頃の娘なんだ。謡をうたう隙《ひま》に拝んでるが可《い》い。私なんざ、二十二三の中年増に、お酌を頂いたばかりで……この通り。」  八郎は雪代の酌を受けて、恭《うやうや》しく頂いた――その癖酌を受けたのは今ばかりではない、もういい加減酔っている。実は私も陶然《とうぜん》としていた。 「これ、土手で売る馬肉じゃあないが、蹴転《けころ》の女郎の切売を買ったって、当節では大銭だろう。女房は無銭《ただ》で貰うんだ――娘に……箪笥《たんす》、長持から、下駄、傘《からかさ》、枕に熨斗《のし》が附いてるんだぜ。きみの許《とこ》は風呂敷にもしろ、よしんば中が空《から》だって、結びめを蝶々にしたろう。裸体《はだか》でそいつを引背負《ひっしょ》ったって、羽の生えた処は、天津風《あまつかぜ》雲の通路《かよいじ》じゃないか。勿体なくも、朝暗いうちから廊下敷居を俯向《うつむ》けに這《は》わせて、拭掃除《ふきそうじ》だ。鍋釜《なべかま》の下を焚《た》かせる、水をくませる、味噌漉《みそこし》で豆府を買うのも、丼で剥身《むきみ》を買うのも皆女房の役だ。つかいはや間の隙《ひま》にはお取次、茶の給仕か。おやつの時を聞けば、もうそろそろ晩のお総菜|拵《ごしら》えにかかって、米を磨《と》ぐ。……皿小鉢を洗うだけでも、いい加減な水行《みずぎょう》の処へ持って来て、亭主の肌襦袢《はだじゅばん》から、安達《あだち》ヶ原で血を舐《な》めた婆々《ばばあ》の鼻拭《はなふき》の洗濯までさせられる。暗いあかりで足袋の継ぎはぎをして、皸《ひび》あかぎれの手を、けちで炭もよくおこさないから……息で暖める隙《ひま》もなしに、鬼婆の肩腰を、擦《さす》るわ、揉《も》むわ、で、そのあげくが床の上下《あげおろ》し、坊主枕の蔽《おお》いまで取りかえて、旦那様、御寝《げし》なれだ。  野郎一生の運が向いて、懐を払《はた》いた、芸妓《げいしゃ》、女郎に惚《ほ》れられたってそうは行かない。処を好き自由に抱《だっ》こに及んで、夜の明けるまで名代《みょうだい》なしだ。竜宮から小槌《こづち》を貰ったって、振っても敲《たた》いても媽々《かかあ》は出ねえ。本来なら龕《ずし》に納めて、高い処に奉って、三度三度、お供物を取換《とっか》えて、日に一度だけ扉を開いて拝んでいなけりゃ罰が当ら。……  処を……ありがたい神仏の広大なお慈悲の思召しで、それには及ばず、世間のならい、好き自由にして摺《す》り切れるまで使っておいて、何を、褌《ふんどし》も買ってやらない、里の母親の処へ、湯銭の無心、下駄の歯入まで強請《ねだ》らせるとは何事です。女房は何がたのみだ。せめて病煩《やみわずら》いの時、優しい言《ことば》も掛けられて、苦い薬でも飲ましてもらおうと思えば、何だ、トラホームは伝染《うつ》るから実家《さと》へ帰れ! 馬鹿野郎、盲目《めくら》になってボコボコ琴でも弾《ひ》きやがれ。何だ、妹の娘で、姪の婿のよしみをもって俺に謡を聞かせろ――まいを舞え。わるく、この酒でちらッかな目の前五六尺が処へ面《つら》を出して見ろ、芸は未熟でも張扇《はりおうぎ》で敲き込んでるから腕は利くぞ。横外頬《よこぞっぽう》を打撲《ぶっくら》わせるぜ。  またその鉄葉屋《ブリキや》と建具屋の弟子だってそうだ、血統《ちすじ》は争われぬ、縁に繋《つなが》って能役者が望みだ、気障《きざ》な奴だな。役者になる隙《ひま》があったら、――お久。……」  と口を曲《ゆが》めて横ざまに視《み》た。 「お前のその蝦蛄《しゃこ》の乾《ひ》もののようになった、両手の指を、交《かわ》る交《がわ》る這《は》って舐《な》めろと言え。……いずれ剣劇や活動写真が好きだろう。能役者になる前に、なぜ、鉄鎚《かなづち》や鑿《のみ》を持って斬込んで、姉《あね》を苛《いじ》めるその姑婆《しゅうとばば》を打《ぶち》のめさないんだい。――必ず御無用だよ。そういうかたがたを御紹介とか、何とか、に相成るのは。」 「あんさんは酔ってですね。」  と涙も忘れて、胸も、空洞《うつろ》に、ぽかんとして、首を真直《まっすぐ》に据《す》えながら潟の鮒《ふな》の碗《わん》を冷《さま》して、箸《はし》をきちんと、膝に手を置いた状《さま》は可哀《あわれ》である。こっちには、蟹《かに》の甲羅《こうら》――あの何の禁厭《まじない》だか、軒に鬼の面のごとく掛《かか》ったのを読者は折々見られたであろうと思う――針を植えた赫《かっ》と赤いのが、烈々たる炭火に掛《かか》って、魔界の甘酒のごとく、脳味噌と酒とぶつぶつと煮えているのに。―― 「お悦さん――姉さん――私の言う事は間違ってるだろうか。」 「槙村先生にお聞きなさい。」  私は、……いまふと妙な形容をしたのに対して、言憎いが、甲羅酒を掬《すく》ってただ笑った。 「邪慳《じゃけん》かしら、薄情か知らん、たとえば、甲羅酒のように聞こえますか。それとも雪代さんの顔……」 「可厭《いや》だ、小父さん。」 「いや、天人だよ、大したものです。茨蟹《いばらがに》のようか、それとも、舞台で……明日着ける……羽衣の面のようか、と云うんだよ。」 「どっちでも可いから、何しろ、まあお食《あが》んなさいよ。」 「名言だなあ。」  八郎は肩をのめらした手で膝を敲《たた》いた。 「何事もこれ食うためだ。が、どっちでも可いたって、憚《はばか》りながら雪代さんの顔は舐《な》めさせもしますまい。食うとなりゃ、蟹の面だ。ぐつぐつぶくぶくと煮えて、ふう、ああ、旨《おい》しそうだ。」  と被《かぶ》さるように鼻を持って行ったと思うと、 「ニャーゴ!」  ああ、そこへ猫が出たかと思う、私さえ吃驚《びっくり》した。いわんや、台所から盆を運んで、階子段《はしごだん》の下まで来かかった結綿は、袖を刎《は》ね、褄《つま》をはらりと乱して台所へ振向いた。 「あれえ、お勝手へ、野良猫《どらねこ》が。」  谺《こだま》を返したと見える。  雪代がちょっと襟を合わせながら、 「お母《っか》さんなのよ。――困るわね。」 「真に迫りましたよ。」  と私も言った。 「だって、兄さんが嗅《か》ぐんだもの。」 「天人からはじまって、地獄、餓鬼、畜生だ。――浅間しさも浅間しい、が、人間何よりも餌食《えじき》だね。私も餌食さえふんだんなら、何も畜生が歯を剥《む》くように、建具屋の甥や、妹の娘の婿か、その蒔絵屋《まきえや》なんか罵《のの》しりやしない。謡も舞も、内に転がしといて見せも聞かせもしようがね。」  坐り直って、なぜか、八郎は憮然《ぶぜん》とした。 「――姉さん、ここに居る、この人が、」  八郎は片頬《かたほ》で妹を斜《ななめ》にさして、 「無心を云う警戒でもするようで浅間しいが、聞いて下さい。私たちは職業として、主要《おも》な収入高《とりだか》と言えば、その全体と言わないまでも八九分までは謡の弟子だよ。弟子を取るんだよ。客さきさえ良けりゃ、盆暮の附届けだけでも――云うことは下等だがね――一年はくらせよう。……はずんで、電話を呈しよう、稽古所を承ろう。家を一軒――なぞというのは、皆《みんな》謡の弟子なんです。  槙村さんも御存じの通り、……処を、私は弟子を取りません。私は舞台で能は演《や》るが、謡の師匠じゃあないと言うんです。お聞きの通り、近頃は建具屋の弟子小僧まで、伯父の内弟子になって楽をして食おうという不了簡を起すほど、この職業も、盛《さかん》と云えば盛だけれど、腹のくちい連中が運動がわりに声を出すんで、能を見ようッて気はちっともない。――また、素人にゃ面白くないからね。芝居や活動写真のようには行かないんです。だから御覧なさい。――明日の催しだって同じ事さ。……手ン手が手本を控えて、節づけと目張《めっぱ》りッこで、謡ばかり聞いている。夢中で浮かれ出すと、ウウウと頭を掉《ふ》って、羅宇《らう》の中を脂《やに》が通るような声を出すんだから堪《たま》りゃしません。死ぬ苦《くるし》みで修業をした、舞台の、その時々のシテなんざ、まるで御連中の眼中にゃないんだから。――そうかって先方《さき》はお客だ、業《わざ》も未熟だし、決してもんくは言やしない、言わないかわりに、一人だって紳士方の腹こなしや、貴婦人とかいう媽々天下《かかあでんか》の反返《そっかえ》りだの、華族の後家の退屈|凌《しの》ぎなんか弟子には取らない。また取れようもないわけなんだ。能役者が謡の弟子を取るのは、歌舞伎|俳優《やくしゃ》が台辞《せりふ》の仮声《こわいろ》を教えると同じだからね。舞台へ立っては、早い話が、出来ないまでも、神と現じ仏と顕《あらわ》れ、夜叉《やしゃ》、鬼神ともなれば、名将、勇士、天人の舞も姿も見しょうとする。……遊女、白拍子《しらびょうし》はまだしも、畏多《おそれおお》いが歌の住吉明神のお声だって写すんです。謡本《うたいぼん》と首引《くびッぴ》きで、朱筆で点を打ったって、真似方も出来るもんか。  第一、五紋《いつつもん》の羽織で、お袴《はかま》で、革鞄《かばん》をぶら下げて出稽古《でげいこ》に歩行《ある》くなんぞ、いい図じゃあないよ。いつかもね。」  八郎は呷《ぐい》と煽《あお》って、 「省線電車――まあ、その電車に乗ったと思っておくれ。真夏の事でね……五十|面《づら》をてらてら磨いて、薄い毛を白髪染さ、油と香水で真中《まんなか》からきちんと分けて、――汗ばむから帽子を被《かぶ》りません――化粧でもしたらしい、白赤く脂《あぶら》ぎった大面《おおづら》の頤《おとがい》を突出して、仰向《あおむ》けに薄目を開けた、広い額がてらてらして、べっとりと、眉毛に墨を入れたのが、よく見える。紗《しゃ》の横縞《よこじま》の袴《はかま》を突張《つっぱ》らかして、折革鞄《おりかばん》を傍《わき》に、きちんと咽喉《のど》もとをしめた浅葱《あさぎ》の絽《ろ》の襟を扇で煽《あお》ぐと、しゃりしゃりと鳴る薄羽織の五紋が立派さね。――この紋が御見識だ。何と見えます――俳優ともつかず、遊芸の師匠ともつかず、早い話が、山姥《やまんば》の男妾《おとこめかけ》の神ぬしの化けたのだ。……間が離れて向う斜めに、しかも反《そ》っていたのを、ちょうど私の傍《そば》に居合わせた、これはまた土用中、酷暑の砌《みぎり》を御勉強な、かたぎ装《づくり》の本場らしい芸妓《げいしゃ》を連れた、目立たない洋服の男が居て、件《くだん》の色親仁《いろおやじ》を視《み》ながら、芸妓と囁《ささや》いて、何だろう?――(分った、能役者だ。)と――言った。私は慄然《りつぜん》として膚粟《はだえあわ》を生じた。正にそれに相違ないのだから。……流儀は違うが、額も、鼻も、光る先生、一廉《いっかど》のお役者で、評判の後家――いや、未亡人――いや、後室たらしさ。  ――あとで知ったが、その言当てた男は、何とか云う、小説家だったって――餅屋は餅屋だと思ったよ。――  そんな脂切ったのがあるかと思うと、病上《やみあが》りの蒼《あお》っしょびれが、頬辺《ほっぺた》を凹《くぼ》まして、インバネスの下から信玄袋をぶら下げて、ごほごほ咳《せき》をしながら、日南《ひなた》を摺足《すりあし》で歩行《ある》いて行く。弟子廻りさ。(どうなすった先生。)――(あいかわらず腎臓が不可《いけ》ませんでな。)なんぞはまた情《なさけ》ない。が、決して悪く言うんじゃない。絞って肥《ふと》ったのも、吸われて痩《や》せたのも、皆これ、お互に食うためさ。今日《こんにち》の餌食《えじき》ゆえです。汝一人《おのれいちにん》ならどうにか中くらいにでも食えようが、詮ずる処、妻子|眷族《けんぞく》、つづいては一類一門のつながりに、稼がないではいられないからだよ。  やっと夫婦で、餌《え》を拾うだけで、済んでるから、どうにか能役者の真似も出来る。……この上|児《こ》でも出来て御覧、すぐその日から革鞄《かばん》を提げた謡の師匠だ。勿論謡の師匠なら謡の師匠専門は結構だ。  が、そうなりゃ覚悟をする。……夫として、親として、女房子を食わせるのは義務だからね。私は成るべくは謡の師匠にはなりたくない。ただしそれでも餌《えさ》の足りない時は、まず女房の前へ手をついて謝まるんだ。他様《よそさま》の大切なお娘ごの玉のごときお身体《からだ》を自由にいたし申訳はありません。おはぐくみ申す腕がございませんから、重々お詫《わび》の上、お身体《からだ》だけ、お返し申上げます。女にすたりはない。いず方へなりとも御自由にお使い下さいましとね。誰がそんな中で五人七人|小児《こども》を産ませる、べらぼうがあるもんか。女の方は産まないたってそうは行かねえ。身贔屓《みびいき》をするんじゃあないけれど、第一腕力に掛けたって女は弱い、従わせられる、皆《みんな》亭主の不心得だ。  悪くそんな奴が蔓《はびこ》ると、たちまち、能職が謡屋を兼《かね》るような事が出来《しゅったい》する。私がこのままで我を通せば、餓鬼、畜生と言われても、明日の舞台は天人だ。有象無象《うぞむぞう》が現われて、そいつにかかずらうようになると、見た目は天人でも芸は餓鬼だよ。餓鬼も畜生も芸なら好い、が、奈落へ落ちさがるのが可恐《おそろし》いんだ。  私は能役者で、今度だって此地《こっち》へ来たのさ。謡の師匠なら、さき様の歓迎会や披露どころか。私の方から、顔出しもすりゃ、挨拶にも廻って、魚市で、お悦さんに鮒を強請《ねだ》る隙《ひま》に、祝儀づつみの十や十五は懐中《ふところ》へ入れて帰って、トラホームの療治代ぐらい、即座に弁ずるんだが、どうだい。」  八郎は胸をしめて妹を見た。 「きみ、分ってくれたかい。」  お久という人は、きょとんとしていた。 「あんさんは、ようものを饒舌《しゃべ》ってや。」 (向《むこう》の山に猿が三匹)の小猿にされて、八郎はぽかんとした。  身勝手な事を……しかも酔っていて饒舌ったのである。実は友だちの私にもよくは分らない。が、その人となりと、境遇との婦人には、私の分らないほども分らなかったろうと察しる。 「どうだい、綺麗な奥さん――いかがです、姉さん、お悦さん。」  遠慮なく、箸《はし》をとっていて、二人とも揃って箸を置いたが、お悦さんの方は一口飲み込むと、酒は一滴も喫《い》けない婦《おんな》の、白く澄ました顔色《かおつき》で、 「ニャーゴ!」 「こいつは不可《いけな》い。」 「お、小父さんお客様。」  お母《っか》さんに肖《に》てこれも敏捷《すばや》い!……折から、店口の菊花の周囲《まわり》へ七八人、人立ちのしたのをちらりと透《すか》すとともに、雪代が迅《はや》くも見てとった。 [#7字下げ]六[#「六」は中見出し]  ――先生、先生、橘先生――これはまたどうした事で。……既に電報で再度までも申出ましたものを、御着《おちゃく》の時間どころか、東京御出発の御通知も下さらず、幹事一同は大狼狽《おおろうばい》。勿論、催能は明日に迫りましたものを、御到着にならぬという事は断じてないと信じてはおりますものの、各々気が気ではありませぬ。御歓迎なり、有志の御紹介なり、昨日《きのう》も三つばかり、そのための会合がお流れと申す始末――  これから、誰彼口々の口上は、読者諸君の想像にまかせた方が可《い》い。  ――当方で御指定いたした旅館へはおいでなくとも、先生が御宿泊なさりそうな四五軒、しかるべき旅館も探したが、お見えにならない。最早今夜に迫っては、いずれにせよ、是が非、御着に相違ないと、町中の旅籠屋という旅籠屋の目ぼしいのを、御覧の通りこの人数で――  提灯《ちょうちん》が五張《いつはり》、それも弓張《ゆみはり》、馬乗《うまのり》の定紋つきであった。オーバアの紳士、道行を着た年配者、羽織袴のは、外套を脱いで小脇に挟んでいる。菊花の土間へ以上七人、軒、溝石《どぶいし》へ立流れて、なお四人ばかり。  ――で、なお念のために停車場へも多人数が出ているようなわけで、やっと思いも寄らない旅店で、お名前を見つけました。それも今しがたの事で。しかも、しかるに御在宿でない。しかるにしかる処、何が何とあろうとも明日《みょうにち》の演能に、今夜までおいでのない法は断じてない、ただ捜せ、捜すと極《き》めて、当地第一の料亭、某楼に、橘八郎先生歓迎の席を設けて、縉紳《しんしん》貴夫人、あまた、かつは主だったる有志はじめ、ワキツレ囃子方《はやしかた》まで打揃い、最早着席|罷在《まかりあ》る次第――開会は五時と申すに、既に八時を過ぎました。幹事連の焦心苦慮|偏《ひとえ》に御賢察願いたい。辛うじて御当家、お内儀、御新造と連立って、公園から、もみじ見物――  という、そのお悦さんは、世話狂言の町家《まちや》の女房という風で、暖簾《のれん》を隔てに、細い格子に立って覗《のぞ》いている。  八郎は、框《かまち》の冷い板敷に、ひたりと膝をついたが、そのいわゆる……餅屋は餅屋か、どこに用意をしていた知らん、扇子を帯にさしながら出迎えたのを、きちんと前に置いて、酒の勢《いきおい》で脱いでいたから、着流しのそげ腰で、見すぼらしく、土間に乗出すばかり手をついて、お辞儀をしている。  提灯は吹さらす風とともに、しきりに菊の霜に動いた。  ――手繰《たぐり》しめて駆附け、顔を見てまず安心、――が、その安心をさせないで、八郎は――さような晴がましき席へは出つけませぬ、かくの通り食べ酔いまして、この上御酒宴の席へ連《つらな》りましては、明日の勤《つとめ》のほどが――と誰も頼まない、酔ったのを枷《かせ》にして、不参、欠席のことわりを言うのである。  思っても知れよう、これをそのままで引取る法があるものか。  推し返す、遣返す――突込《つっこ》む、突放《つっぱな》す。引立《ひった》てる、引手繰る。始末がつかない。  私でさえ、その始末のつかぬのが道理《もっとも》だと思った。  中に髯《ひげ》のある立派な紳士が、一《ある》公職の名のりを上げた。 「この中には、藩侯御一門の御老体も見えておられる。私《わし》も、武士《さむらい》の血を引いておりますぞ。さ、おいで下さい。」  と云った時は、 「能役者は素町人です、が失礼します。」  と云った、八郎はぶるぶるした。  皆《みんな》黙った。寂然《しん》とした。  店に居た、息子も若い衆《しゅ》も居直ったのである。 「酔覚めだよ。」  とお悦が小さな声で、 「雪代、雪代。」  すっと寄ると、 「あ、内の事はお嫁さんにさせないと気まずいね……姉さん、」  嫁御は、もう台所から半身出ていた。 「広袖《どてら》を出しておくれ、……二階だよ。」 「まあ、小父さん、お寒そうね。」  と雪代が店へ出ると、紺地に薄お納戸の柳立枠《やなだてわく》の羽織を、ト、白い手で、踞《うずくま》った八郎の痩《や》せた背中へ、ぞろりと掛けた。帯腰のしなやかさ、着流しはなおなよなよして、目許《めもと》がほんのりと睫毛《まつげ》濃く、莟《つぼ》める紅梅の唇が、艶々《つやつや》と、静《しずか》な鬢《びん》の蔭にちらりと咲く。 「似合いましたなあ、ははあ、先生。」 「それでは御出席になれますまい。」 「いや、諸君は、何を言う。」  武士の血統は気色ばんで一足出た。 「お聞きなさい――橘さん……いやしくも東京から家元同格の貴下《あなた》がおいでだと云うで、今夕《こんせき》、申合《もうしあい》打合せのために出向いた、地謡《じうたい》、囃子方一同は、念のため、酒席といえども、裃《かみしも》を用意しておるですぞ、何事ですか、この状《さま》は。」  八郎は紅《くれない》の八口を引緊《ひきし》めた。梅が薫って柳が靡《なび》く。 「最早、こうなれば八郎|討死《うちじに》です。」 「何。」 「そのかわり、明日は羽衣を着て化けて出ます。」 「何だ!」 「ああ、その菊の下は井戸ですよ。」  お悦の高声に、一同は、アッと退《ひ》いた。  が、たちまち一団になって詰掛ける。  私は思わず、お悦の肩を乗越した。  ここに不思議だったのは、そのお悦の袖の下にあった、円い、白い、法然頭である。この老人は、黒光りのする古茶棚と長火鉢の隅をとって、そこへ、一人で膳を構えて、こつねんと前刻《さきに》から一人で、一口ずつ飲んで、飲んでは仮睡《いねむり》をするらしかったが、ごッつり布子《ぬのこ》で、この時である。のこのこと店へ出て、八郎と並んで坐ると、片手を膝について、片手、掌《てのひら》を斜《ななめ》に、その手造りの菊をこう煽《あお》ぐように、 「貴客方《あんたがた》、ちょこッとその花を見て下さらんけ。……賞《ほ》めて下さると、何じゃ、白いのを賞めて下されば、取次ぎの白粉《おしろい》じゃ、いろのを賞めて下されば、内の紅《べに》じゃ。一包ずつ、お景物をさしあげる事にいたしますぞ。」  ほたりと笑って、 「どやろか。」  と云った。  提灯の灯も黄に白に、菊見の客が帰ったあとで、皆が揃って座敷へ入った時、お久という人は、自分の椀小皿をきれいに食べて、箸を置いて、そうしてうしろ向きで膳の上を拝んでいた。 「御覧なさい……あの通りだ。――嘘も大袈裟《おおげさ》も、もの好きにもしろ、お囃子方は宴会の席へ裃《かみしも》を持って出たかも知れないが、いま来た十人が十人、残らず申合わせたように四角な風呂敷づつみと折革鞄を持っていたでしょう。あの中が皆《みんな》謡本さ、可恐《おそろし》い。……その他一同、十重二十重《とえはたえ》に取囲んで、ここを一つ、と節を突《つつ》いて、浮かれて謡出すのさえあるんです。  その癖、明日になって、舞台で見たが可い。誰も、富士も三保の松も視《なが》めちゃあいない。気まぐれに、舞を見るものも、ごま点と首ッぴきだから、天人の顔は黒痘痕《くろあばた》さ。」  八郎は恥ずるがごとく、雪代の羽織を引被《ひきかぶ》った。  しかり。――十五の年|渠《かれ》を養子にした、当流の元老にして大家だった養父も正に同じ事を歎いたそうである。上京の当時、八郎は舞台近所の或《ある》外国語学家の玄関に書生をしていた。祖父《おおじ》、伯叔父《おじおじ》、一統いずれも故人だが、揃って能楽師だった母方のその血をうけて、能が好きだから、間を見ては舞台を覗《のぞ》く。馴染《なじみ》になって、元老の娘が、五つばかり年紀上《としうえ》だが優しい婦《おんな》で、可愛い小僧だから、つい親《したし》んで、一日《あるひ》、能会の日、中食《ちゅうじき》の弁当を御馳走して、お茶を入れて二人で食べていた。――処へ、装束を袴《はかま》に直して、扇子を片手に、渋い顔をして入って来た、六十七の老人である。「うまく遣ってるな、坊主、能はどうだ。」と言った。大切《だいじ》な蒲鉾《かまぼこ》を頬張りながら、「何だか知らないが、小父さんは化けるね。」「何。」「だって、舞台じゃあ、その色の黒い皺《しわ》くちゃな手首の処が綺麗で真白《まっしろ》だったよ。」天女の扇を持った手である。元老は当日羽衣を勤めた。「そして、(富士の高嶺《たかね》幽《かすか》になり、天《あま》つ御空《みそら》の霞にまぎれ、)という処じゃ、小父さんの身体《からだ》が、橋がかりの松の上へすっと上ったよ。」「生意気な事を言やがる。」お婆さんの御新姐《ごしんぞ》が持って来た冷酒《ひやざけ》を、硝子盃《コップ》で、かわりをして、三杯ぐっと飲んだが、しばらく差俯向《さしうつむ》いて、ニコリとなって、胡坐《あぐら》を直して、トンと袴をたたくと、思出したように、衝《つ》と住居《すまい》から楽屋へ帰った。  おなじような事がまたあった。盲目《めくら》の景清《かげきよ》である。「坊主今日も化けたか。」「化けた……何だか知らない、荒磯《あらいそ》の小屋に小父さんが一人居て、――(目こそ闇《くら》けれど)……どうとかして――(寄する波も聞ゆるは)……と言うと、舞台中ざあと音がしてね、庵《いおり》へ波がしらが立つのが見えた……魔法を使ったようだよ。」お婆さんの御新姐の手から冷酒を三杯|立《たて》つづけて、袴に両手をついて、熟《じっ》とうつむいた。が、渋苦《しぶにが》い顔して、ほろほろと涙ぐんだ。「こいつを聞きたいばっかりに、俺《おれ》は五十年苦しんだ。媼《ばあ》さん、驕《おご》れ、うんと馳走してくれ。皆一所に飲もう。」後日、内弟子に極《き》める時元老が聞いた――「坊主、修業をして、舞台へ浪が出せるかな。」八郎が立処《たちどころ》に、「いけなけりゃ、バケツに水を汲《く》んで置いて打撒《ぶちま》くよ。」  ――「尋常に手桶《ておけ》とも言わないで、バケツはどうだ。しかし水を打《ぶ》ちまくかわりに、舞台へ雑巾を掛けます。」と、月を経て、嬉しそうに元老が吹聴《ふいちょう》した。娘の婿に極《きま》った時である。  かくて、八郎は橘の家を継いで、家名を恥かしめはしないのである。  人は呼んで、宗家《いえもと》同格と渠《かれ》を称《たた》える。 「分らないな。――まだ世界に一人のあんさんだの、たった一人の妹を言っている! 一人の妹は分ったから、一人の妹になって来い。そのもじゃもじゃと生えた身うちの手足を残らずたたき切ってよ。真ばっかりなら、蝦蛄《しゃこ》だって大好きなんだ。六十五歳で十一人うませた親仁《おやじ》だの、その子供だの、またその婿だのを、私が親しいと思えるか、懐しいと思えるか、考えてみるが可《い》い。――何、妹に免じて、逢うだけだって、煩《うるさ》いな!……そんなことに免じなけりゃならないような何だ? 妹だ。……きょうだいは一つ身《からだ》だと? 御免を蒙《こうむ》る。血肉も骨も筋も一つに溶け合うのは恋しい可愛い人ばっかりだ。何?――きょうだいは五本の指、嘘を吐《つ》け。――私には六本指、駢指《むつゆび》だよ。」  地方は電力が弱くっても、明るい電燈の下へ持出される言葉ではあるまい。が、燈明ばかり陰々とした、そこの仏間で、八郎の声が聞こえた。  ――座敷では人顔の朦朧《もうろう》とするまで、蟹の脳味噌の再び煮返《にえかえ》る中を、いつの間にか、お久という人は、帰りしなに……「ちょっと」……で八郎を呼出して、連込んだものらしい。―― 「な、六本指はあやまるよ、分ったか。」  言い棄てて、酔過ぎたか、覚際《さめぎわ》か、蒼白《あおじろ》い顔をして、つかつかと出て来たが、御飯に添えて小皿の小肴《こざかな》を、(このあたりの習慣である。)手に載せて箸をつけていた、雪代夫人を視《み》ると、どしんと坐って、 「何を食べてる。」 「篠鰈《ささがれ》よ。」 「ああ、」  と覗《のぞ》いて、 「東京の柳鰈か――すらりと細い……食ってるものも華奢《きゃしゃ》だなあ。少しおくれ、毮《むし》ってだよ。」 「可厭《いや》な、先生。」 「何が先生だい、さあ、毮って。」  小指の反った白魚の目は、紅い指環《ゆびわ》にうつして、消えそうな身を三口ばかり、歯に触りそうにもないのを、あんぐとうけて、むしゃむしゃと噛《か》んだと思うと――どたりとそのすんなりした背に崩込んで、空色地に雪間の花を染模様の帯のお太鼓と、梅が香も床しい細《ほっそ》りした襟脚の中へ、やたらに顔を押込んで、ぐたりとなった。 「襟脚の処が三寸ばかり、お前さんに似て美しい。」  と耳許《みみもと》に囁《ささや》いたと思えば、背中へ倒れ込んで――その時、八郎は泣いたのだそうである。  私は小さな料亭の小座敷で、翌夜《あくるよ》、雪代夫人から、対坐で聞いた。  チーン。  すすり泣く声がすると、鈴《りん》が鳴った。……お久という人の、めんてんの足袋で帰るのを、立合わせた台所から、お悦が送り出すと、尖《とが》った銀杏返《いちょうがえし》を、そそげさして、肩掛もなしに、冷い頸《えり》をうつむけて、雨上りの夜道を――凍るか……かたかたかたかたと帰って行く。…… [#7字下げ]七[#「七」は中見出し]  土地に大川|通《どおり》がある。流《ながれ》に添ったのではない。優しい柔かな流に面し、大橋を正面に、峰、山を右に望んで、橋添には遊廓《くるわ》があり、水には蠣船《かきぶね》もながめだけに纜《もや》ってあって、しかも国道の要路だという、通《とおり》は賑《にぎわ》っている。  この土地へ来て、第三日目――八郎が舞台に立った――その夜九時半頃、……結《ゆい》たての円髷《まるまげ》に薄化粧して、質実《じみ》だが黒の江戸褄《えどづま》の、それしゃにはまた見られない、こうとうな町家の内儀風の、しゃんと調ったお悦と、急《せ》き心に肩を揃えて、私は、――瀬戸物屋で――骨董《こっとう》をも合わせて陳列した、山近き町並の冬の夜空にも、沈んだ燦爛《かがやき》のある窓飾の前へ立った。 「……ござんせんね。」 「ありません。」  覗《のぞ》くまでの事はない。中でも目に立った、落着いて花やかな彩色《いろどり》の花瓶《はながめ》が一具《ひとつ》、まだ飾直しもしないと見えて、周囲一尺、すぽりと穴のあいたようになっているのだから。  気の早いお悦が、別して一《ある》場合だったから、つかつかと店へ入って、 「御免なさい、」 「へい、これは。」  亭主が居合わせた。 「お昼ごろ、連《つれ》の人と頂きました花瓶《かびん》なんですがね、可なり大きさのあるこわれものですから、お店で、すぐ荷造りをして頂くか、それとも一旦、宿の方までお受取りしようか、……とにかく、もう一度うかがう事になっていました……」 「はあ、いえ、それでございますがな。まあ、御新造《ごしん》さん、お掛けなすって。旦那もどうぞ。いらっしゃいましたよ、つい今しがた、前刻《さっき》の旦那《かた》が。」 「来ましたって!」  と私の顔を見て、 「一人で?……もっとも一人でしょうけれど、どんな風俗《なり》をしていました。」  ぽんと、馬づらが煙管《きせる》を払《はた》いた。 「ええ、それがな、紋着《もんつき》の着流しで、羽織も着ないで、足袋は穿《は》いていなさったようでやすが、赤い鼻緒の草履を突掛《つっか》けて……あの廊下などを穿きますな……何だか知りませんが、綺麗な大形の扇を帯に打込んで、せかせかおいでなさって、(持って行く。)と突如《いきなり》おっしゃる。勿論、お代済でございますし、しかし、お風呂敷か何か、と云うのに、(直《じ》きそこだ、直きそこだ。)と、いかさま……川端の料理屋ででも飲んでおいでなさったという御様子で、直ぐ、お引抱《ひっかか》えになりますとな、可なり持ちおもりがするんでやすから、扇をつッ支棒《かいぼう》にして。……いやどうも、花瓶も見事でございますが、どっちが綺麗かと思うほど、扇もお見事でございましたがな。」  といいいい、これも、怪訝《けげん》そうに、じろりじろりと視《み》る。……お悦がその姿で、……ここらでは今でも使う――角樽《つのだる》の、一升入を提げていたからである。 (――時に、ここで乃《いまし》聞いたのが、綺麗な扇を持った⦅……友だちだから特に讃して言おう⦆白い手とともに舞台から消えた、橘八郎の最初の消息であった――)  私はやや狼狽《うろた》えていた。  次第を話そうが、三日目のこの朝、再びお悦さんが私たちの旅宿に音訪《おとず》れた。またどんな事情があって昨日《きのう》の幹事連が押寄せないとも限らない、早く出よう。支度をするのに、直ぐ能舞台へ出勤するのが道順だから、八郎は紋着を着た。その舞袴《まいばかま》を着けるのが実に早い。夜討に早具足《はやぐそく》だから、本来は、背後《うしろ》へ廻って、支膝《つきひざ》で、ちょっと腰板を当てるのが、景情あいともないそうなお悦……(早間に掛けては負けそうもない、四時半から髪結を起したと云う)が、うっかり見ていたから、八郎の袴羽織には初めて接したかも知れないのであった。  途中を電車で、私の見物のために、一度いま話すこの大川通で下りて、橋袂《はしたもと》に、梢《こずえ》は高く向う峰のむら錦葉《もみじ》の中に、朱の五重塔を分け、枝は長く青い浅瀬の流《ながれ》に靡《なび》いた、「雪女郎」と名のある柳の大樹を見て、それから橋を渡越した。志す処は、いずれも維新の世の波に、江戸を落ちた徳川の流《ながれ》の末の能役者だったという、八郎の母方の祖父《おおじ》伯父また叔父、続いて祖母《おおば》伯母《おば》また叔母などの葬られた、名も寺路町《てらみちまち》というのの菩提寺《ぼだいじ》であった。――父母の墓は東京にある。――  寺と寺との間に、亡者の住居《すまい》に石で裏階子《うらばしご》を掛けたような、苔《こけ》に辷《すべ》る落葉の径《こみち》、しかも藪《やぶ》の下で、老猫《おいねこ》の善良なのがもし化けたら、このほかになりようはなさそうな、べろんと剥《む》けて、くちゃくちゃと目の赤い、髯《ひげ》をそのままの頬の皺《しわ》で、古手拭を被《かぶ》った、影法師のような、穴の媼《ばあ》さんとかいう店で、もう霜枯だから花野は幻になった、水より日向《ひなた》がたよりらしい、軒に釣《つる》した坊さん華《ばな》に、葉の枯れがれの小菊を交ぜて、ほとけ様は五人と、八郎が云って、五|把《は》、線香を買添えた時「あんやと、あんやと。」と唱名のごとく呟《つぶや》いて、景物らしく硫黄《いおう》の附木を束から剥《は》いでくれたのには、私は髣髴《ほうふつ》として、生れぬさきの世を思った。  寺の門には、樹立《こだち》のもみじに、ほかほか真赤《まっか》に日が射《さ》したが、墓所《はかしょ》は湿って暗い。線香の煙の、五条《いつすじ》、むら生《お》える枯尾花に靡《なび》く時、またぽつりぽつりと小雨が掛《かか》ると。――当寺の老和尚が、香染《こうぞめ》の法衣《ころも》をばさばさと音さして、紫の袈裟《けさ》を畳んだままで、肱《ひじ》に掛けた、その両手に、太杖《ふとづえ》を屈《こごみ》づきに、突張《つっぱ》って、馴《な》れて烏の鳴く樹の枝下へ立つと、寺男が、背後《うしろ》から番傘をさしかけた。 「大僧正の見識じゃの、ははは。」  と咽喉《のど》を掠《かす》めて笑って、 「はや、足腰もよう利かんで、さし掛傘も杖の中《うち》じゃ。意気地はないの、呂律《ろれつ》もよう廻らん、大分に嘘をついたからの、ははは。」  中山派の大行者で、若い時は、名だたる美僧であったと聞く。谷々の寺に谺《こだま》する、題目の太鼓、幾|個《か》寺か。皆この老和尚の門弟子《もんていし》だそうである。 「よう御参詣じゃ――紅屋の御新姐《ごしんぞう》……今ほどはまた廚裡《くり》へお心づけ過分にござる。ああ、そのお袴の御仁(八郎を云う)、前にある黒い瓶《かめ》じゃがの。それは東海道横浜にござった、葛原《くずはら》(八郎の母方の姓)の妹娘の骨《こつ》を入れて、――仲仙道上田にござる姉娘がの、去年供養に見えた一具じゃが、寺で葬るのに墓を穿《ほ》った時よ。私《わし》が立合うて、思うには、祖父《おおじ》祖母《おおば》、親子姉妹、海山百里二百里と、ちりちりばらばらになったのが、一つ土に溶け合うのに、瀬戸ものの欠《かけ》が交《まじ》っては、さぞ疼《いた》かろう。飯に砂利を噛《か》んだようにあろう、と思うたじゃでの、棄てるも勿体なし……誰方《どなた》ぞ参詣の折には、手向の花を挿《ささ》れても可《よ》いと思うて、石塔の前に据置きましたじゃ。さ、さ、回向《えこう》をなされ。いずれも久しい馴染《なじみ》じゃな。」  と、ほろりとした。聞くものの袖も時雨れつつ。…… 「――横浜の、ええ、叔母の娘、姉妹でね、……叔母の娘は可笑《おか》しいんですが、叔父は私なんぞ顔も覚えないうちに、今の墓に眠ってるんです。妹の方は――来る時、傍《そば》を通りました、あの遊廓《くるわ》で芸妓《げいしゃ》をしていて、この土地で落籍《ひか》されて、可なりの商人《あきんど》の女房になったんでしたっけ。何か商売上もくろみがあって、地方を了《しま》って、横浜へ出て失敗をしましてね。亭主も亡くなって、自分で芸事を教えていました。茶だの、活花《いけばな》だの、それより、小鼓を打ってね、この方が流行《はや》ったそうです。四五年前に、神田の私の内へ訪ねて来た時、小鼓まで持参して、(八郎さん一調を。)と云うじゃありませんか。しかも許しものの註文です。(何、私と一調だ、可《よ》かろう。さあ素裸になりたまえ、一丁組もう、)と云ったもんだから。――勿論、年増だが、別嬪《べっぴん》だから取組《とっく》んでも可い了簡《りょうけん》かも知れません……従妹め、怒ったの怒らないの、それぎり出て来ない。……音信不通同様で――去年急病で亡くなりました。がその節は、私は大阪へ行っていました。  ああ、信州の姉の方ですか。――これも芸妓《げいしゃ》で方々を流転して、上田の廓《くるわ》で、長唄か何か師匠をしている、この方は無事で、妹の骨を拾ったんです。  横浜の新仏《しんぼとけ》が燐火《ひとだま》にもならずに、飛んで来ている――成程、親たちの墓へ入ったんだから、不思議はありませんが、あの、青苔《あおごけ》が蒸して、土の黒い、小さな先祖代々の石塔の影に、真新しい白い塔婆で、すっくりと立ってたのにはちょっと面食《めんくら》いました。――(八郎さん相撲……)と、今にも言いやしないか、と思って、ぶるぶるッとしましたよ。あれと取組むのは当分恐れます。」  ――寺の帰途《かえり》に、八郎が私とお悦にかく話した。――  雪女郎の柳を、欄干から見る、その袖もかかりそうな、大川べりの料亭一柳で、昼飯《ひる》を済ました。  で、川通りを歩行《ある》きながら、ふと八郎の覗込《のぞきこ》んだのが、前に言った、骨董屋の飾窓だったのである。  その花瓶《はながめ》だが、私は陶器など一向で……質も焼も、彩色も分らない。総地の濃い藍《あい》に、桔梗《ききょう》、女郎花《おみなえし》、薄《すすき》は言うまでもなく、一面に秋草を描いた。その葉の透間、花の影に、墨絵の影法師で、ちらちら秋の虫のようなのを、熟《じっ》と視《み》ると、種々《いろいろ》な露店の黒絵具である。また妙に、食《たべ》ものばかり。土地がらで、鮨屋《すしや》、おでんはない。飴《あめ》の湯、かんとう焼、白玉焼、葛饅頭《くずまんじゅう》、粟《あわ》の餅。……鰌《どじょう》を串にしたのだそうだが、蒲焼《かばやき》など、ひとつずつ、ただその小さな看板にだけ、売名《うりな》呼名をかいて、ほんのりと赤で灯が入っていて、その灯に、草の白露が、ほろほろと浮く。…… 「姉さん、これは夏場、この川通《かわどおり》へ出る夜店そっくりだね。」  八郎の家《うち》は、すぐこの近所だったそうである。 「たった一度だったが、姉さんと一所に歩行《ある》いた――」 「ほんとうね、……夢のようだけれど、植木屋の花の中から見た所かしら、そして月夜のようだよ。」  真中《まんなか》に手がついて、見ると、四角な釣瓶《つるべ》に似て、しかも影燈籠の意匠らしい。 「ちょっと欲《ほし》いなあ。」 「欲《ほし》いの?」 「うむ。」 「欲《ほし》いものはお買いなさいよ。」 「値がどうも。」 「聞いてみましょうか。……私もちっと持っている。」 「串戯《じょうだん》じゃあない。まだ給金も受取らないし、手が出せないと極《きま》りが悪いや。」 「八さんは、それだから可厭《いや》さ、聞くだけ聞くのに、何構うもんですかね。」  八郎はその時|十歩《とあし》ばかり遁《に》げるようにしたのに、お悦はずんずん入った。少し手間取ったが、胸を反らして出て来た。  莞爾《にっこり》している。 「どうでした。」 「幾干《いく》らだと思う。――お思いなすって、槙村先生。」 「さあ。」 「分らない。」 「五百円。」 「ええ。」 「……モ、七百円もするんですが、うしろにちょっと疵《きず》があります、緋目高一|疋《ぴき》ほど。ほほほ、ですから、ただそれだけで――百円という処を……だわね、……もっとも諸侯《だいみょう》道具ですって、それをお負け申して……九十円。」 「買おう。」――  言った通り、荷造りを頼むなり、受取るなり――楽屋へは持って行けないから――もう一度来るとして、それから三人で舞台に向《むか》った。  楽園《がくえん》と云うのだそうである。諸侯《だいみょう》の別業《しもやしき》で、一器《ひとつ》、六方石の、その光沢《ひかり》水晶にして、天然に簫《しょう》の形をしたのがある。石燈籠ほどの台に据えて見事である。そのほか篳篥《ひちりき》などは、いずれあとから擬《なぞら》えたものであろうが、築山、池をかけて皆揃っている。が、いまその景色を言う場合でない。  表入口を、松原|越《ごし》の南の町並に受けて、小高く、ここに能楽堂がある。八郎は稚《おさな》い時、よく出入をして知っているので、その六方石を私に教えようとして、弾《はじ》かれたように指を引いた。直ぐそれから、池の石橋を一つ、楽屋口へ行くと、映山紅《つつじ》、桜の根に、立ったり踞《しゃが》んだり、六七人むくむくと皆動いて出た。真中《まんなか》に、尖《とが》った銀杏返《いちょうがえし》で胸を突出しながら、額越《ひたいごし》に熟《じっ》とこちらを視《み》たのは、昨日《きのう》のお久という人で、その両傍《りょうわき》から躍り出した二人の少年が、「久の息子です、伯父さん。」「伯父さん僕です。」「橘さん、久の娘の婿ですよ。」と続いて云ったのは、色の白い、にやけた男で、しょたりと裾長に、汚い板草履は可いが、青い友染の襦袢《じゅばん》の袖口をぶらりと出している――弱った――これが蒔絵師《まきえし》で。……従って少年たちは、建具屋と鉄葉屋《ブリキや》の弟子だから印半纏腹掛《しるしばんてんはらがけ》ででもいるか、と思うと、兀《はげ》ちょろけた学生服、徽章無《きしょうなし》の制帽で。丸顔で色の真黒《まっくろ》な、目のきょろりとしたのが、一人はベエスボオルの小手を嵌《は》めた手を振るし、就中《なかんずく》一人ロイド縁《ぶち》の大目金を掛けたのが、チュウインガムをニチャニチャと噛《か》みながら、「久の息子です。伯父さん。」「伯父さん僕です。」「ごほん、……はじめまして、はい、久の主人でやして。」大古《おおぶる》の黒の中《ちゅう》山高帽を脱いで、胡麻塩《ごましお》のちょぼりとした髯《ひげ》を扱《しご》きながら、挨拶したのは、べんべらものの被布《ひふ》を着て、煤《すす》くすぶりの総《ふさ》の長い中位な瓢箪《ひょうたん》を提げている。「御先生様。」「はい、大先生様。」と割込んだ媽々衆《かかあしゅ》が二人、二人とも小児《こども》を肌おんぶをした処は殊勝だが、その一人は、負《おぶ》った他《ほか》に、両手に小児の手を引いていた。 「あんさん、縁者の人――こちらは養家さきの兄の家内たちや――見物をさしてたあせ。……ほんに、あんさんのお庇《かげ》で……今日という今日は、私は肩身が広いぞね。」  特に、婦人にかけては、恐らく世の仁者だ、と称《とな》えられる私でさえ、これには辟易《へきえき》したのである。  ふとお悦を見ると、額の疵《きず》あとが颯《さっ》と薄化粧を切って、その色はやや蒼《あお》ざめた。  愕然《がくぜん》、茫然《ぼうぜん》、唖然《あぜん》として立竦《たちすく》んだ八郎がたちまち恭《うやうや》しくお辞儀をして、 「誰方《どなた》も御見物は木戸口から願います。」  と言った。 「分りました。――兄さん、私にまかせてね、分りましたよ。あなたは黙っている事……可《よ》ござんすか。さあさあ誰方もいらっしゃい。――御案内……ッてらッしゃいッ。」  と冴《さ》えた声で手招きをしながら、もう石橋を飜然《ひらり》と越えて、先へ立って駆出すと、柔順《すなお》な事は、一同ぞろぞろ、ばたすたと続いて行く。  八郎は吻《ほっ》と息して、 「何とも、彼とも、ものに譬《たと》えようがありますまい。――無理解とも無面目とも。……あれで皆木戸銭の御厄介です。またあの養母というのがね、唾《つば》を刎《は》ねてその饒舌《しゃべ》る事饒舌る事。追従笑《ついしょうわら》いの大口を開くと歯茎が鼻の上まで開《はだ》けて、鉄漿《おはぐろ》の兀《は》げた乱杭歯《らんぐいば》の間から咽喉《のど》が見える。怯《おび》えたもんですぜ。私が九ツ十ウくらいの時まで、其奴《そいつ》が伯父伯母の姪《めい》の婿の嫁入さきの忰《せがれ》の孫の分家の新屋だというのを、ぞろぞろと引率して、しなくも可い、別院へ信心参りに在方《ざいかた》から出掛けて来て、その同勢で、久の実家だと泊《とま》り込むんです。草鞋《わらじ》を脱いだばかりで、草臥《くたび》れて框《かまち》から膝行込《いざりこ》むのがある、他所《よそ》の嬰児《あかご》だの、貰われた先方《さき》のきょうだい小児《がき》が尿《し》を垂れ散らかすのに、……負うと抱くのが面倒だから、久を連れて来ない事があります。養父《ちちおや》の方が可愛がって片時も離さないとこういう言種《いいぐさ》でね。……父も祖母も、あれに中《あた》られると思うから、相当に待遇するでしょう。いい事にして、同勢がのめずり込む、臭いの汚いの、煩《うるさ》いのって――近頃まで私は、煩って寝る時というと、その夢を見たんです。」  いや、何とも申しようのない処を、木戸口をまわりに、半身で、向うからお悦が、松を小楯《こだて》においでおいでを合図した。  勿論、八郎を呼ぶのではない。 「おいでなさい。――御退屈でしょうが、お席が出来たようです。あの人の事だから、今の連中と一所には決してしません。」 「そんな事なぞ。……私は楽《たのし》みにしている。今日の天人の手は白いでしょう。」  不意を打たれたように、この名誉の能職は、ふと黙った。外套から、やがて両手を、片手でその手首を、さもいたわりそうに取って、据えると、扇子持つ手の甲を熟《じっ》と重たげに観《み》て、俯向《うつむ》いて言った。 「未熟ながら、天人が雲に背伸びはしますまいが、この手首は白いどころか――六つ指に見えなければ可いと思うんです――」  と、もの寂しそうに首垂《うなだ》れた。 「いずれ後程。」  楽屋口の板廊下には、松の蔭に、松の蔭に、羽織、袴が、おお、麻上下《あさがみしも》も立交る。  舞台では間狂言《あいきょうげん》の高声が、見物の笑いとともに板に響いた。 [#7字下げ]八[#「八」は中見出し]  私は、ここに橘八郎の舞台については徒《いたずら》に記事を費すまい。草の花に露店の絵の花瓶《はながめ》を写した、陶器に対すると同じ知識の程度では、専門の能職に対して気の毒だと思う。  ただ、幸い、……いや推量のごとく、お久という人たちとは席が離れていた。もっともほとんど満員である。お悦と取ったのも、四人席を他と半ば分けて、歩板《あゆみいた》に附着《くッつ》いた出入に近い処であった。  橋がかりに近い、二の松の蔭あたりに、雪代の見えたのが、単《ひとえ》に天降《あまくだ》る天人を待つ間の人間の花かと思う。 [#ここから4字下げ] ――のうその衣《きぬ》は此方《こなた》のにて候、何しに召され候ぞ―― [#ここで字下げ終わり]  幕は揚《あが》った。揚幕《あげまく》の霞を出《い》づる、玉に綾《あや》なす姿とともに、天人が見はるかす、松にかかった舞台の羽衣の錦《にしき》には、脈打つ血が通って、おお空の富士の雪に照栄《てりは》えた。  八郎のその化け方も不思議だが、気をつけて見ると、成程、もうその時からして専念に舞台を見ているものは数うるほどしかない。もっとも謡本を手にしないものも、稀《まれ》である。 [#ここから4字下げ] ――涙の露の玉かづら、かざしの花もしおしおと―― [#ここで字下げ終わり]  という頃は、低声《こごえ》であとをつけるのが、ぶつぶつぶつ、ぼうぼうと鳴いて、羽の生えたものは、蚊《か》も、蜂《はち》も、天人であるかのごとくに聞こえた。 [#ここから4字下げ、折り返して6字下げ] ――迦陵嚬伽《かりょうびんが》の馴《な》れ馴れし、声今更に僅《わず》かなる、雁《かりがね》の帰り行く。天路《あまじ》を聞けばなつかしや、千鳥|鴎《かもめ》の沖つ波、行くか帰るか、春風の―― [#ここで字下げ終わり]  そのあたりからは、見物の声が章句も聞こえて、中には目金の上へ謡本を突上げるのがあり、身動きして膝を敲《たた》くのがある。ああ、しかも聞け――お久という人の息子が一人、あとをつけて謡ったのを。 [#ここから4字下げ] ――シテ「いや疑《うたがい》は人間にあり、天に偽りなきものを―― [#ここで字下げ終わり]  気のせいか、チョッと舌打をしたように思ったが、それは僻耳《ひがみみ》であったろう、やっと静々と、羽衣を着澄《きすま》して、立直ったのを視《み》て、昨夜紅屋の霜に跪《ひざまず》いて、羽織を着せられた形に較べて、ひそかに芸道の品と芸人の威を想った……時である。お久という人が、席でヌッと立って、尖《とが》った銀杏返で胸を突出して正面に向合った、途端であった。立籠む霧が艶《えん》なる小紋を描いたような影が、私の袖から歩板《あゆみいた》へ衝《つ》と立って、立つと思うと、つかつかと舞台へ上った。その、そのお悦の姿が、くっきりとやや小さく見えた時と、重《かさな》り合って、羽衣の袖が扇子《おうぎ》とともに床に落ちて、天人のハタと折敷く、その背を、お悦が三つ四つ平手で打った……と私は見たが。…… 「急病だ。」 「早打肩(脳貧血)だ。」 「恋の怨みだ。」 「薄情の報《むくい》だ。」  と急遽《きゅうきょ》囁《ささや》き合う声があちこちして、天井まで湧返《わきかえ》る筈《はず》を、かえって、瞬間、寂然《しん》とする。  もうその時、天人は、転んだ踊子が、お母《っか》さんに抱かれるように、お悦に背を支えられて、しかし静《しずか》に、橋がかりを引いて行く。……一の松、二の松、三の松に、天人の幻が刻まれて、その影が板羽目に錦を映しつつ、藻抜けて消えたようなシテの手に、も一度肩を敲《たた》いて、お悦が拾って来た扇を渡したのが幕際であった。  幕は消して取った。  同時に、少し横なぐれになるまで、身に振《ふり》を加《く》れて、今度は、友染の褄《つま》を蹴《け》て、白足袋で飛ぶように取って返すと、お悦が、私の手を取るが迅《はや》いか、引出すのに、真暗《まっくら》になって、木戸口へついて出た。その早い事、私が第一に目についたのは、青いような駒下駄の鼻緒で、お悦はもう自分のを、自分で抜いて取って、私の下駄をポンと並べた。  それよりして松林のたらたら下《お》りを一散に駆出した。 「御免なさい、先生。――八郎さんに逢うまでは何にも聞かずに下さいましよ。」 「?……他国ものです、方角が分りませんから、何事も貴女《あなた》次第です。」  町もこの辺は場末らしい。松を透《す》いて、小高く能楽堂の電燈が映《さ》すから、あのまま、潰《つぶ》れたのでも崩れたのでもない。が、雷か、地震か、爆発の前《ぜん》一秒を封じた魔の殿堂の趣して、楽園の石も且つ霜柱のごとく俤《おもかげ》に立つのを後《あと》に、しばらくして、賑《にぎやか》な通《とおり》へ出た。 「少しここに隠れていましょう。」  落人の体《てい》である。その饂飩屋《うどんや》へ入った時は、さすがにお悦が「お水《ひや》を、お水を。」と云った。そうして、立続けに煽《あお》って、はじめて酔ったように、……ぼっと血の色が顔に上ったのである。 「何にも言わないかわり、私は飲みますよ。」 「沢山めしあがれ、……あとで、また御馳走を。」  ――電話で、旅宿を――それから呼出しだったが紅屋へ掛けた。八郎は勿論帰っていない。楽屋に居る筈はなかろう。居てもそこを訪ねる数ではないから。……再びお悦の導くままに。――  かくて、川通りの骨董屋へ来たのである。  果して八郎はここへ顕《あら》われたのであった。  微妙な霊感と云ってもいい。……ここへ見当を着けたお悦が、まだ驚いた事には、――紅屋で振舞った昨夜《ゆうべ》の酒を、八郎が地酒だ、と冷評《さま》したのを口惜《くやし》がって、――地酒のしかも「剣《つるぎ》」と銘のある芳醇《ほうじゅん》なのを、途中で買って、それを角樽《つのだる》で下げていたのであるから。  掛けたか、掛けないように、お悦は、骨董店の倚子《いす》に腰を摺《ず》らして、 「そんな服装《なり》で、花瓶を持って、一体どっちの方へ行ったでしょうね。」 「ええ、大橋の方へ、するするとな。はあ……」  お悦が莞爾《にっこり》して、 「この人通りじゃ身投《みなげ》でもありませんね。」  亭主の顔を見よ。その驚いたのへ引被《ひきよ》せて、 「湯呑《ゆのみ》を一つ貸して下さい、お茶碗でも。」 「はあはあ。」  芬々《ぷんぷん》薫る処を、波々と、樽から酌《つ》いでくれたから、私はごくごくと傾けた。実《げ》に美酒《うまざけ》の鋭さは、剣である。 「お楽《たのし》みでございますな、貴女様もお一ついかがで。えへへへ。」  と、自棄《やけ》に、口惜《くや》しそうに、もう一つ出した茶碗へ、また充満《いっぱい》に樽の口をつけた。 「お酒だけは一滴も不可《いけ》ません。――旦那めしあがれ。……御馳走様。ほほほほほ。」 [#7字下げ]九[#「九」は中見出し]  橋手前、辻の角の、古ぼけたが、店並一番の老舗《しにせ》らしい菓子屋へ入って、売台へ立ちながら、 「ちょっと……ああ、番頭さん、お店の方もお聞きなさい。私ね、この頃人に聞いたんですがね。お店の仕来《しきた》りで、あの饅頭だの、羊羹《ようかん》だの、餅菓子だのを組合せて、婚礼や、お産の祝儀事に註文さきへお配りなさいます。」 「へい、へい。」 「あの、能の葛桶《かつらおけ》のような形で、青貝じらしの蒔絵《まきえ》で、三巴《みつどもえ》の定紋附の古い組重《くみじゅう》が沢山ありますね。私たちが豆府や剥身《むきみ》を買うように、なんでもなく使っていらっしゃるようだけれど、塗《ぬり》といい、蒔絵といい、形といい、大した美術品とやらなんですとさ。」 「へーい、成程。」 「仏蘭西《フランス》のパリイの何とかって貴族の邸の応接室《おうせつま》で、ヴァイオリンですか、楽器をのせる台になっているんですって。」 「へーい、成程。」 「提灯《ちょうちん》を一つ貸して下さいな。」 「へーい、成程。」 「そこの道具屋さんで借りれば可《よ》かったのに、ついうっかりしたもんだから。」 「へへい、成程。――どちら様で。」 「別院|傍《わき》の紅屋の家内《うち》ですがね、どちらだって構わないじゃありませんか。」  お悦は澄まして、その定紋つきの提灯を下げて前《さき》へ立つと、一柳亭の傍《わき》を、川へ、石段づたいに、ぐいと下りた。大橋の橋杭《はしぐい》が昼見た山の塔の高さほどに下から仰がれる、橋袂《はしたもと》の窪地で、柳の名、雪女郎の根の処である。 「ここが暗いんですからね。――ちょっと見たい事があるんです。」  片側川端の窓の燈《あかり》は、お悦の鼈甲《べっこう》の中指《なかざし》をちらりと映しては、円髷《まるまげ》を飛越して、川水に冷い不知火《しらぬい》を散らす。が、屈《かが》んで、差出した提灯の灯で見ると、ああ、その柳の根に、叩きつけたようになって、秋草の花瓶《はながめ》ががらがらと壊れていた。石に化した羽衣を、打砕いたようである。その断片の処々《ところどころ》、女郎花《おみなえし》を、桔梗《ききょう》を、萩を、流《ながれ》が颯《さっ》と、脈を打って、蒼白い。 「御覧なさい。こんなことだろうと思ったんです。小児《こども》の時、あの人は、この美しい柳に魅入《みい》られたんですか、何ですかね、ふらふらとして、幾たびもここで死のうとしたんですから――いいえ……」  と優しい声して、 「大丈夫、かえって身がわりになったでしょうよ。この花瓶がですよ。でも、あの人の無事のお祈りのために、放生会《ほうじょうえ》をして行《ゆ》きましょう。昨日は大きな鮒を料理《りょう》りましたから。」  持てとも言わず、角樽を柳の枝に預けると、小褄《こづま》をぐい、と取った緊《しま》った足の白いこと。――姿も婀娜《あだ》に、流《ながれ》へ張出しの板を踏むと、大川の水に箱造りの生簀《いけす》がある。 「や、それを放すんですか。」 「ええ、一柳亭のですがね、する事は先へして、あとで掛け合った方が捗取《はかど》りますから。」  伸上って、覗《のぞ》いたが、綱で結《ゆわ》えたまま、錠を下してない。  踞《しゃが》んで、提灯を翳《かざ》したと思うと、 「あ、可厭《いや》な。」  と云った。 「大《おおき》な鰻が居ますか、居ますか、鯰《なまず》。」 「お退《ど》き、お退き――」  と生簀《いけす》を見詰め、頭《かぶり》を掉《ふ》って、 「いいえ、私が何かしようとすると、時々目の前へ出て来るんです。……裃《かみしも》を着た、頭の大きな、おかしな侏儒《いっすんぼうし》ですがね。」  私は思わず後《あと》へ退《さが》った。葉は落ちつつも、柳の茂りで、滝に巻込まれる心持《ここち》がした。気の迷《まよい》と思ったが、実はお悦が八郎を引《ひっ》ぱたいた瞬間にも、舞台の端をちょこちょこと古い福助が駈《か》けて通った。 「可厭だったら。何だい出額助《でこすけ》。」  声とともに、颯《さっ》ともつれた鬢《びん》を払って、横に提灯の柄を口に啣《くわ》えると、まくり手に二つ三つ生簀を揺《ゆす》って、どぶんと水に浸した。鯉の刎《は》ねる隙もない。魔のごとき大きな黒い橋杭が、揃って、並んで、どぶんどぶん、どぶんと谺《こだま》を返した。 「さあ、参りましょう、お待遠様。八さんの居所《いどころ》は、大抵もう知れました。」…… [#7字下げ]十[#「十」は中見出し] 「……居る、居る、居ますよ。」  提灯をフッと消す。……蝋燭《ろうそく》の香を吸って消える、紅い唇を、そのままに、私の耳に囁《ささや》いた。  八郎の菩提寺《ぼだいじ》の潜門《くぐり》を入った、釣鐘堂の横手を、墓所《はかしょ》へ入る破木戸《やぶれきど》で、生垣の前である。 「ほら、扉《ひらき》も少し開《あ》いていますわ。――先生ね、あなたね、少し離れた処で、密《そっ》と様子を見ていて下さい。……後生ですから。」 「お指図通り。」  私もここは声を密《ひそ》めよう。 「兄さん、兄さん――」 「うーむ。」 「あんまりつい通りな返事だことね、うーむなんて。」 「うむ、だって。」 「もうちっと驚かなくっちゃあ。……いきなり、お能の舞台から墓所じゃアありませんか。そこへ私が暗中《くらやみ》に出たんだもの。」 「何だか来そうな気がしていた処だからね。」 「ええ、私もここに兄さんが居そうな気がしたんですよ。兄さん、御堪忍ね。あれ、煙草《たばこ》を喫《の》んでるんですね。」 「墓を手探りで、こう冷い青苔《あおごけ》を捜したらね、燐寸《マッチ》があったよ。――今朝忘れたものらしい。それに附木まであるんだ。ああ、何より、先生はどうした、槙村さんは。」  私は約束で息を呑んだ。 「先生はね、とにかく、雪代がおともをして、おもてなしをしています。」  嘘を吐《つ》け。―― 「どこで。」 「一柳亭で。」 「また一柳かい。いや、それにしても可羨《うらやま》しいな。魂を入かえたいくらいなもんだ。――もっとも、魂はどこへ飛んだか、当分|解《わか》らないから、第一その在処《ありか》を探してかからなけりゃならないけれどね。」 「だから、お墓所へ来ているじゃありませんか。」 「まあ、そんなものか。――ああ、それにしても羨《うらやま》しい。」 「串戯《じょうだん》はよして、ほんとうに兄さん、堪忍してね。」 「何をさ。」 「だって、あんな処で、兄さんを打《ぶ》ったりなんか。」 「いや、その事なら、かえって礼をいう。……当然のことのようだ。何だか、妹の事なり、何なり、誰かに引撲《ひっぱた》かれそうな気がしてならなかったからね。――一体、女形の面裡《めんうち》からものが見えるッて事はないのに、駢指《むつゆび》が真向うへ立ったんだ。」 「さあ、その事ですよ。(余計な身寄は駢指のようなものだ。血も肉も一つ身体《からだ》になって溶け合うのは、可愛い恋しい人ばかりだ。)ッて。……あら、煙草を喫んでるから、ちらちら顔が見えて、いくら私でも極《きま》りが悪い。」 「何、構うもんか、全くそれに違いないんだ。」 「兄さん、きっとそう。」 「確かだ。」 「そんなら、なぜ、お久さんが真向うへ立ったって、なぜ、打《ぶ》たれそうな気がしたりなんかするんです。――それはきっと世間体で、妹や、その親類の、有象無象に冷くっては人に済まない、と思うからでしょう。」 「世間なんかどうでも可い。人間同志だからね。しかし舞台じゃ天人になってるから。」 「天人なら、餓鬼……亡者を見ても、畜生……犬を見ても、皆《みん》な簪《かんざし》の花の一つだと思わなければならないかも知れませんね。そんなら、なぜ、人間そのままの時、楽屋口で、お久さんの娘の婿が、浅葱《あさぎ》の袖口をびらつかせた時、その、たたき込んだ張扇《はりおうぎ》とかで、人の大切な娘をただで水仕事をさせ、抱きまでして、姑《しゅうと》に苛《いじ》めさせた上、トラホームが伝染《うつ》るから実家《さと》へ帰した、横ぞっぽうを撲挫《はりくじ》かないんです。私は撲挫けば可いと思った。撲挫いて欲しかったよ。兄さん、私はね、弱い優しいおとなしい兄さんしか知っていません。――十四で亭主を持たせられた時分だって、ああ、兄さんがもう少し強かったら、乱暴だったら、悪たれだったら、と思わない事はなかったんです。――  芸事で気が強くなったんでしょうね。――  昨夜《ゆうべ》は別れてから十何年ぶりかだし、それだし、昨夜くらい、善知識とも、名僧とも、ありがたいお説教、神仏のおつげと言っては勿体ないかも知れません。夜叉《やしゃ》、悪魔の御託でも構わない、あんな嬉しい話を聞いた事は生れてからはじめてです。だって、余計なものは肉親も駢指《むつゆび》でしょう、(血と肉と一つに溶けるのは、可愛い恋しい人ばかりだ。)というんでしょう……」 「私は信じるよ。」 「信じますね、……確かですね――そうすりゃ、私かって、内の亭主は駢指です。」  私は舌を掉《ふる》った。 「お待ち、お待ち。――それは芸の上の話だよ。うぞう、むぞうに集《たか》られると、能役者じゃいられない、謡の師匠で、出稽古に信玄袋を持って廻らなけりゃならないというんだよ。」 「舞台だけの役者だって、私は、兄さんの羽衣とかの天人の顔を見ているより、青めりんすを引撲《ひっぱた》くか、駢指の講釈を聞く方がどんなに嬉しいか知れやしない。あすこで、あの羽衣の姿で、面で、雲から降りたそのままで、何千かの見物に、あの講釈をしたら、どんなにかいい心持だろうのに――だのに、青めりんすは引撲《ひっぱた》かないし、じれったくって、自烈《じれっ》たくって堪《たま》らない処へ、また余り姿容《すがたかたち》が天人になっておいでだから、これなり、ふッとどこかへ行ってしまいはしないだろうかと、夢中で血迷って、留めようとして、ハッと思うと、舞台の邪魔をした私だから、私まで、駢指だと兄さんが言いそうで、かっと口惜《くやし》くもなるし、癪《しゃく》にも障ったし、したもんだから、つい打ったりなんかして。」 「いや、もっともだ。芸に達して、天人になり澄ましていれば、羽衣さえ取返せば、人間なんぞにかかわりはないのだけれど、まだどうも未熟でね、雑念が交《まじ》るから、正面を切って伎《わざ》の上でもきっぱりと行《や》り切れないんだ。第一、はじめ、私は不意にお母《っか》さんが出て来たかと思ったよ。お久に対する処置ぶりが間違ってでもいるために。――ちょうど桟敷のあの辺で、お母さんに抱かれて能を見た事を覚えているから。はっと思ってそれが姉さんと気がついた時は、私は、斬《き》られるかと思った……すぱっと出刃庖丁でさ。……舞台へ倒れた時は、鮒になったと思ったよ。鮒より金魚だ。赤地の錦で、鏡板《かがみいた》の松を藻に泳ぐ。……いや、もっと小さい。緋丁斑魚《ひめだか》だ。緋丁斑魚結構。――おお、肴《さかな》は出来た。姉さん、姉さん、いいものを持っているんだね。」 「どこでも構わず、息つぎに、逢った処で、飲ませようと思ってさ。」 「頂こう――茶碗がない。」 「まさか、廚裏《くり》へも、ね。」 「飛んでもない、いまは落人だ。――ああ、好《い》いものがある。別嬪《べっぴん》の従妹《いとこ》の骨瓶《こつがめ》です。かりに小鼓と名づけるか。この烏胴《からすどう》で遣《やッ》つけよう、不可《いけな》いかな。」 「ああ、好きになさい。思った事をしないでどうするもんですか、毒になったって留めやしない。」 「その勢《いきおい》で――と燗《かん》はどうだろう、落葉を集めて。」 「すぐに間に合いますよ。」 「さきへ、一口|遣《やッ》つけてと。……ふーッ、さて、こう度胸の据《すわ》った処で、一分別遣ッつけよう。私のこんな了簡《りょうけん》じゃ、舞台に立てば引撲《ひっぱた》かれるし、謡の出稽古はしたくなし、……実は、みっしり考えようと思ってね、この墓所へ逃込んだんだが。」 「よく、楽屋で騒ぎませんでしたね。」 「騒ぐ間がありゃしない。また騒いだ処で、玄人の連中は、いずれ東京へ出れば世話になろうと思うから、そっとして置いたのさ。そこは流儀の御威光です。」 「何がまた口惜《くやし》くって、あの花瓶を打欠《ぶっか》いたんです。」 「もう見て来たのか、迅《はや》いなあ、天眼通だ。……あれはね、何、買う時から打壊《ぶちこわ》すつもりだったんだよ。あの絵に、秋草の中に、食ものばかりの露店の並んだのを見て、ふらふらとなった。――川通りの夏の夜店へ遊びに出ては、一軒々々指を啣《くわ》えて欲しい欲しいと餓鬼みたいさ。買えないだろう。あの粟餅《あわもち》のふかし立《たて》だの、白玉焼の餡子《あんこ》のはみ出した処なんざ、今思出しても、唾《つば》が垂れる。小僧、立つな立つな見ていて腹は満《くち》くならない、と言われた事さえあるんだから。  その腹癒《はらいせ》と、自分のさもしい根性を一所に敲《たた》き破ったのだよ、――一度姉さんと歩行《ある》いた時、何か買って食べさしたいと思ったが、一銭あった。……ざまあ見やがれ亡《ほろ》びたがね、大橋のあの柳の傍《そば》に、その頃水菓子屋があって、茹豌豆《ゆでえんどう》を売っていた。」 「覚えていますよ。」 「袋で持つと、プンと臭い。蒸臭《むれ》てる、と言ったら、洗って食えと言った。癪《しゃく》に障って、打《ぶ》ちまけたら、お前さん、食べたより嬉しいと言ったぜ。」 「ええ、覚えていますよ。」 「場所が場所だし、念ばらしに一斉《いっとき》に打《ぶち》まけたんだよ。」 「その事ですよ。何だって思うままにするが可《い》いんです。」 「難有《ありがた》い、うむそこで、分別も燗《かん》もつきそうだが、墓の前で、これは火燗だ。徳利を灰に突込《つっこ》むのさえ、三昧燗《やきばがん》というものを、骨瓶の酒は何だろう、まだちっとも通らないが、ああ、旨《うま》い。」 「少し強《きつ》く焚《た》くと、灰が立って入るもの。」 「婦《おんな》だなあ、お悦さんも。この場合に、灰が飛込むなんぞどうするものか。しかしお志は頂戴する、婦《おんな》は優しいな。」  扇子《おうぎ》を開いて蓋《ふた》をした。紺青《こんじょう》にきらきらと金が散る、苔《こけ》に火影の舞扇、……極彩色の幻は、あの、花瓶よりも美しい。  内証の焚火は、骨瓶の下伏せに、左右へ這《は》った、が、硫黄も燃したのであろう。青く潜《くぐ》って、ちらちらと婦《おんな》の褄《つま》をなぶり、赤く立って男の黒小袖の膝を弄《もてあそ》んだ。 「ふーッ、いい酒だ。これで暮すも一生だ。車力は出来ず、屑《くず》は買えず、――姉さん、死人焼《しびとやき》の人足の口はあるまいか、死骸《しがい》を焼く。」 「ありますよ。」 「…………?」 「市営なんのって贅沢《ぜいたく》なのは間に合わないけれどね、村へ行くと谷内谷内《やちやち》という処の尼寺の尼さんが懇意ですがね。その谷戸《やと》の野三昧《のさんまい》なら今からでも。――小屋に爺さんが一人だから。兄さんが火箸を突込《つっこ》めば私が火吹竹を吹く。……二人で吹きおこしたって構わない。」  と透《すか》し見ると、鬢《びん》の毛が木《こ》の葉にこぼれて、頬を地《じ》ずりに、瓶《かめ》の下を吹いた。が、いつかくるりと裾《すそ》を端折《はしょ》った、長襦袢《ながじゅばん》は、土にこぼれて、火とともに乱れたのである。(註。二人して火を吹くは焼場なりという俗信あり。) 「ちっとも構やしない、火葬場《やきば》ですもの。……寝酒ぐらいはいつでも飲ませる。」 「面白い。いや、真剣だ。――天人にはまだ修業が足りない。地獄、餓鬼、畜生、三途《さんず》が相当だ。早い処が、舞台で、伯竜《はくりょう》の手から、羽衣を返された時、博覧会の饅頭の香気《におい》がした……地獄、餓鬼、畜生、お悦さん。」 「ええ、そうして、強くなって、他《ひと》が羽衣を奪《と》ろうとしたら、めそめそ泣かないで、引《ひっ》ぱたかなくっちゃあ……」 「二人は雌雄《めすおす》の鬼だが……可いかい。」 「大好き。」 「家《うち》は?」 「駢指《むつゆび》を切るんです。」 「世間は?」 「青めりんすを打撲《ぶっぱた》くんです。」 「――姉さん、尼さんは懇意かね。」 「小屋の爺さんとも。」 「行《ゆ》こう。」 「行きましょう。」 「槙村の知らないうちに――何しろ、さしあたり行く処は、――どこにもない。」 「あれ。」 「え。」 「来た、来た、来た、また来た、煩《うるさ》い、煩いッてば、チョッ福助。」  婦《おんな》が、這搦《はいから》まるか、白脛《しらはぎ》高く裾を払い、立って縋《すが》るか、はらはらと両袖を振った煽《あおり》に、ばっと舞扇に火が移ると、真暗《まっくら》な裏山から、颯《さっ》と木《こ》の葉おろしするとともに、火を搦《から》めたまま、羽搏《はばた》いて扇が飛んだ。 「あれえ、火事。」 「飛べ、獅子《しし》。」  と言うとともに、手錬《てだれ》は見えた、八郎の手は扇子《おうぎ》を追って、六尺ばかり足が浮いたと思うと、宙で留めた。墓石台に高く立って、端然と胸を正したのである。扇子は炎をからめて、真中《まんなか》が金色《こんじき》の銀杏《いちょう》の葉のように小さく残った。  墓所の暗夜《やみ》―― 「お悦さん……」 「…………」 「……火の羽衣を舞おう。もう一度舞台に立って、人間界に降りた天人を、地獄、餓鬼、畜生、三途まで奈落へ堕《だ》して、……といって、自殺をするほどの覚悟も出来ない卑怯《ひきょう》ものだから、冥途《めいど》へ捷径《ちかみち》の焼場人足、死人焼《しびとやき》になって、胆《きも》を鍛えよう。それからだ、その上で…… [#ここから2字下げ] ――(愛鷹山《あしたかやま》や富士の高嶺《たかね》かすかになりて、天つ御空の霞に)―― [#ここで字下げ終わり]  羽衣が三保の浦に靉靆《たなび》くか、どうかを見るんだ、しかし、お悦さん、……」 「兄さん、口で云う事はほんとうに行《や》らなくっては可厭《いや》ですよ。」 「勿論――しかしお悦さん……酒はこぼれやしまいね。」 [#7字下げ]十一[#「十一」は中見出し]  私というものは、――ここで恥を云うが――(崇拝をしているから、先生と言う。)紅葉先生の作|新色懺悔《しんいろざんげ》の口絵に、墓参の婦人を、背後《うしろ》の墓に外套《がいとう》の肱《ひじ》をついて凭掛《よりかか》って、熟《じっ》と視《み》ている人物がある。先生の肖顔《にがお》だという風説《うわさ》があって、男振《おとこぶり》がいかにもいい。  ――男振は論じない。私のこの場合がちょっとその趣に似ていた。困った了簡方《りょうけんかた》の男で、そこでいい心地になって、石塔に肱をついて、塔婆の陰から覗《のぞ》いたうちに、真暗《まっくら》になったから、ハッと思うと、誰も居ない。――とろりとして夢を見たのであろうか。  寺の屋根も、この墓場も、ほとんどものの黒白《あやめ》を分《わか》たない。が、門の方の峰の森から、釣鐘堂の屋根に、霧を辷《すべ》って来たような落葉の褥《しとね》を敷いた、青い光明は、半輪の月である。  枯葎《かれむぐら》を手探りで、墓から迷って出たように、なお夢心地で、潜門《くぐりもん》を――何となく気咎《きとが》めがして――密《そっ》と出ると、覚えた路はただ一筋、穴の婆さんのあたりに提灯《ちょうちん》が一つある。  ――来る時、この裏の藪《やぶ》を潜っても、同じ墓所へ行く、とお悦が言った。――ははあ搦手《からめて》から出たかと思う、その提灯がほんのりと、半身の裾を映す……褄《つま》は彼《か》の人よりも若く、しっとりと、霧に蔦《つた》もみじした紅《くれない》の、内端《うちわ》に細さよ。  雪代であった。夢ではない。 「ああ、先生、母から自働電話で……(大急ぎでこっちへお迎いに。)……と云うものですから――すぐ自動車が間に合いましたの。」  母――そのお悦は、しかし、電話を掛け棄てにして、八郎とともに行くべき処へ去ったのである。  一柳亭の奥座敷で、雪代がしめやかに話した。 「……ほんとうにこまった人ですの。申訳はありません。時々、魔が魅《さ》したようになりますんです。でも、悪魔ばかりではないと見えましてね……今日なぞは、舞台で、母があの狂気《きちがい》を行《や》らないと、小父さんは、壮士のような人たち大勢に打《ぶ》たれる処だったらしいんですよ。――橋がかりの際《きわ》の、私の居まわりにも、羽織袴だの、洋服だので、合図をかわしていました。気がついて、はっと思いました時が、母のあの騒ぎなんです。――帰りがけにね、大勢ぞろぞろと歩行《ある》きます人中に、私も交《まじ》っているとはお知んなさらないものですから、……(へなちょこ伯父が何だい、あんな節のない謡なんか、ただ口を利いてるようだ。東京の謡は場違いだな、こっちから縁を切る。)と、お久さんの息子さんたちが言っていましたよ。お久さんは、しくしく泣いていなすったようでしたけれども。……  八郎さんの奥さんに――いいえ、先生、それは大丈夫でしょうと思います……昔から、あの、店の、紅屋の福助の人形に邪魔をされますから。  電話でも、(あの張子を、密《そっ》とうしろ向きにするか、針で目を潰《つぶ》して出ておくれ、今度こそは、きっと頼んだよ。母さんの頼みだよ。)と言いました。けれども、私は決してそれはしませんでした。  ですから、谷内谷内《やちやち》――ええ、おんなじ字を重ねますんです。谷内谷内の野三昧《のさんまい》で、兄さんと死骸を焼くんでしょう。それはほんとうで、そうして、それだけだろうと思います。  親類うちに、お産なぞありますとね、気が向くと、京都、岡山まででも飛出して、二月三月帰らない事が度々ありました。お産の世話なんかするのも、死人焼をするのも、そんなに違いやしませんでしょう。」……  死人を焼くのと、産の世話と、そんなに違いはしないと言う……この母にしてこの娘である。……雪の下を流るる血は、人知らぬ篝《かがり》に燃ゆる。たとえば白魚に緋桜《ひざくら》のこぼるるごとく。――  これは蒼鬣魚《かわはぎ》を見て、海底の砂漠の影を想ったような空《くう》なものではない。  聞く処に従うと、紅屋の内儀の貞操は、かかって、おでこの古福助の煤《すす》の頭にある。心細い道徳だが、ないよりは可《よ》かろう。八郎に取っても、お久という人の一類と交渉を持たなくてはならないのなら、むしろ野三昧の人足の方が増《まし》かも知れない。いわんや、亡者を焼く烈々たる炎には、あの雪の膚《はだ》が脂を煮ようものを。朱唇に煉炭を吹こうものを。――  私にしても仮にこの雪代夫人と…… 「でも、小父さんは気が弱いんですね、――あの、お久さんの頸《えり》の下が三寸ばかり、きれいで……似ているって、」  耳朶《みみたぼ》をほんのり染めつつ、 「私のここへ――倒れて泣いたんです。涙がね、先生、随分泣いて、まだ、しっとりとしていますわ。情の迫った涙ですもの、着換えるのが惜《おし》いんです。」  私は危《あぶな》くその背《せな》に手を当てようとした。  翌日、朝、汽車で立つ時、雪代さんが、ひとり衣紋《えもん》を正して送った。  もう一人、中学の、くちゃくちゃの制帽と服で、鍵裂《かぎざき》だらけで、素足に高足駄を穿《は》いた勇壮な少年がある。酒の席などでは閑却されたが雪代夫人の弟である。 「……先生、学校でも、教師も生徒も知ってるんですよ、先生の来た事を。僕、お話をききたかったんだけれど、この姉なんぞが邪魔にしおって……」 「邪魔にはしませんよ。」 「何いってやんでえ! おかめ。」 「ああ、もう出ます――先生、くれぐれも八郎さんが言ってでした。……ほかにお見せ申すものはありませんが、是非、白山を見て下さいって。」 「先生、一番近いんじゃあ、布村って駅を出て、約千五百メエトルばかり行《ゆ》くと、はじめて真白《まっしろ》な巓《いただき》が見えますから。――いえ、谷内谷内は方角が違うんです。」  私は学生に手を伸べた。 「君、握手しよう――姉さんは、よその奥さんだから。」 「まあ、可厭《いや》ですこと……」  学生に講義する私の学問は、学校の名誉のために黙っておこう。  白山は、藍色《あいいろ》の雲間に、雪身《せっしん》の竜に玉の翼を放って翔《か》けた。悪く触れんとするものには、その羽毛が一枚ずつ白銀《しろがね》の征矢《そや》になって飛ぼう。  が、その暗く雲に包まれた麓《ふもと》の底に、一ヶ所、野三昧の小屋があって、二人が火を焚《た》いていそうでならない。  八郎はまだ帰京せぬ。  ――細君は煩っているのである。 [#地から1字上げ]昭和二(一九二七)年四月 底本:「泉鏡花集成8」ちくま文庫、筑摩書房    1996(平成8)年5月23日第1刷発行 底本の親本:「鏡花全集 第二十三卷」岩波書店    1942(昭和17)年6月22日第1刷発行 ※底本は、物を数える際や地名などに用いる「ヶ」(区点番号5-86)を、大振りにつくっています。 入力:門田裕志 校正:仙酔ゑびす 2011年5月7日作成 青空文庫作成ファイル: このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。