註文帳 泉鏡花 ------------------------------------------------------- 【テキスト中に現れる記号について】 《》:ルビ (例)天窓《あたま》 |:ルビの付く文字列の始まりを特定する記号 (例)一|間《けん》 [#]:入力者注 主に外字の説明や、傍点の位置の指定    (数字は、JIS X 0213の面区点番号、または底本のページと行数) (例)睜 ------------------------------------------------------- [#ここから3字下げ] 剃刀研  十九日  紅梅屋敷  作平物語  夕空  点灯頃 雪の門  二人使者  左の衣兜  化粧の名残 [#ここで字下げ終わり] [#改ページ]      剃刀研        一 「おう寒いや、寒いや、こりゃべらぼうだ。」  と天窓《あたま》をきちんと分けた風俗、その辺の若い者。双子《ふたこ》の着物に白ッぽい唐桟《とうざん》の半纏《はんてん》、博多《はかた》の帯、黒八丈の前垂《まえだれ》、白綾子《しろりんず》に菊唐草浮織の手巾《ハンケチ》を頸《うなじ》に巻いたが、向風《むこうかぜ》に少々鼻下を赤うして、土手からたらたらと坂を下り、鉄漿溝《おはぐろどぶ》というのについて揚屋町《あげやまち》の裏の田町の方へ、紺足袋に日和下駄《ひよりげた》、後の減ったる代物《しろもの》、一体なら此奴《こいつ》豪勢に発奮《はず》むのだけれども、一進が一十《いっし》、二八《にっぱち》の二月で工面が悪し、霜枯《しもがれ》から引続き我慢をしているが、とかく気になるという足取《あしどり》。  ここに金鍔《きんつば》屋、荒物屋、煙草《たばこ》屋、損料屋、場末の勧工場《かんこうば》見るよう、狭い店のごたごたと並んだのを通越すと、一|間《けん》口に看板をかけて、丁寧に絵にして剪刀《はさみ》と剃刀《かみそり》とを打違《ぶっちが》え、下に五すけと書いて、親仁《おやじ》が大|目金《めがね》を懸けて磨桶《とぎおけ》を控え、剃刀の刃を合せている図、目金と玉と桶の水、切物《きれもの》の刃を真蒼《まっさお》に塗って、あとは薄墨でぼかした彩色《さいしき》、これならば高尾の二代目三代目時分の禿《かむろ》が使《つかい》に来ても、一目して研屋《とぎや》の五助である。  敷居の内は一坪ばかり凸凹のたたき土間。隣のおでん屋の屋台が、軒下から三分が一ばかり此方《こなた》の店前《みせさき》を掠《かす》めた蔭に、古布子《ふるぬのこ》で平胡坐《ひらあぐら》、継《つぎ》はぎの膝かけを深うして、あわれ泰山崩るるといえども一髪動かざるべき身の構え。砥石《といし》を前に控えたは可《い》いが、怠惰《なまけ》が通りものの、真鍮《しんちゅう》の煙管《きせる》を脂下《やにさが》りに啣《くわ》えて、けろりと往来を視《なが》めている、つい目と鼻なる敷居際につかつかと入ったのは、件《くだん》の若い者、捨《すて》どんなり。  手を懐にしたまま胸を突出し、半纏の袖口を両方|入山形《いりやまがた》という見得で、 「寒いじゃあねえか、」 「いやあ、お寒う。」 「やっぱりそれだけは感じますかい、」  親仁は大口を開《あ》いて、啣えた煙管を吐出すばかりに、 「ははははは、」 「暢気《のんき》じゃあ困るぜ、ちっと精を出しねえな。」 「一言もござりませんね、ははははは。」 「見や、それだから困るてんじゃあねえか。ぼんやり往来を見ていたって、何も落して行《ゆ》く奴《やつ》アありやしねえよ。しかも今時分、よしんば落して行った処にしろ、お前何だ、拾って店へ並べておきゃ札をつけて軒下へぶら下げておくと同一《おんなじ》で、たちまち鳶《とんび》トーローローだい。」 「こう、憚《はばか》りだが、そんな曰附《いわくつき》の代物は一ツも置いちゃあねえ、出処《でどこ》の確《たしか》なものばッかりだ。」と件《くだん》ののみさしを行火《あんか》の火入へぽんと払《はた》いた。真鍮のこの煙管さえ、その中に置いたら異彩を放ちそうな、がらくた沢山、根附《ねつけ》、緒〆《おじめ》の類《たぐい》。古庖丁、塵劫記《じんこうき》などを取交ぜて、石炭箱を台に、雨戸を横《よこた》え、赤毛布《あかげっと》を敷いて並べてある。 「いずれそうよ、出処は確《たしか》なものだ。川尻|権守《ごんのかみ》、溝中《どぶのなか》長左衛門ね、掃溜《はきだめ》衛門之介などからお下《さが》り遊ばしたろう。」 「愚哉《おろか》々々、これ黙らっせえ、平《たいら》の捨吉、汝《なんじ》今頃この処に来《きた》って、憎まれ口をきくようじゃあ、いかさま地《じ》いろが無《ね》えものと見える。」と説破《せっぱ》一番して、五助はぐッとまた横啣《よこぐわえ》。  平の捨吉これを聞くと、壇の浦没落の顔色《がんしょく》で、 「ふむ、余り殺生が過ぎたから、ここん処精進よ。」と戸外《おもて》の方へ目を反《そら》す。狭い町を一杯に、昼帰《ひるがえり》を乗せてがらがらがら。        二  あとは往来《ゆきき》がばったり絶えて、魔が通る前後《あとさき》の寂たる路《みち》かな。如月《きさらぎ》十九日の日がまともにさして、土には泥濘《ぬかるみ》を踏んだ足跡も留《とど》めず、さりながら風は颯々《さつさつ》と冷く吹いて、遥《はるか》に高い処で払《はたき》をかける。 「串戯《じょうだん》じゃあねえ、」と若い者は立直って、 「紺屋《こうや》じゃあねえから明後日《あさって》とは謂《い》わせねえよ。楼《うち》の妓衆《おいらん》たちから三|挺《ちょう》ばかり来てる筈《はず》だ、もう疾《とっ》くに出来てるだろう、大急ぎだ。」 「へいへい。いやまた家業の方は真面目《まじめ》でございス、捨さん。」 「うむ、」 「出来てるにゃ出来てます、」と膝かけからすぽりと抜けて、行火《あんか》を突出しながらずいと立つ。  若いものは心付いたように、ハアトと銘のあるのを吸いつける。  五助は背後向《うしろむき》になって、押廻して三段に釣った棚に向い、右から左のへ三度ばかり目を通すと、無慮四五百挺の剃刀《かみそり》の中から、箱を二挺、紙にくるんだのを一挺、目方を引くごとく掌《てのひら》に据えたが、捨吉に差向けて、 「これだ、」 「どれ、」  箱を押すとすッと開いて、研澄《とぎす》ましたのが素直《まっすぐ》に出る、裏書をちょいと視《なが》め、 「こりゃ青柳《あおやぎ》さんと、可《よ》し、梅の香さんと、それから、や、こりゃ名がねえが間違やしないか。」 「大丈夫、」 「確《たしか》かね。」 「千本ごッたになったって私《わっし》が受取ったら安心だ、お持ちなせえ、したが捨さん、」 「なあに、間違ったって剃刀だあ。」 「これ、剃刀だあじゃあねえよ、お前《めえ》さん。今日は十九日だぜ。」 「ええ、驚かしちゃあ不可《いけね》え、張店《はりみせ》の遊女《おいらん》に時刻を聞くのと、十五日|過《すぎ》に日をいうなあ、大の禁物だ。年代記にも野暮の骨頂としてございますな。しかも今年は閏《うるう》がねえ。」 「いえ、閏があろうとあるまいと、今日は全く十九日だろうな。」と目金越に覗《のぞ》き込むようにして謂《い》ったので、捨吉は変な顔。 「どうしたい。そうさ、」 「お前《めえ》さん楼《とこ》じゃあ構わなかったっけか。」 「何を、」 「剃刀をさ。」  謂うことはのみ込めないけれども、急に改まって五助が真面目だから、聞くのも気がさして、 「剃刀を? おかしいな。」 「おかしくはねえよ。この頃じゃあ大抵|何楼《どこ》でも承知の筈だに、どうまた気が揃ったか知らねえが、三人が三人取りに寄越《よこ》したのはちっと変だ、こりゃお気をつけなさらねえと危《あぶね》えよ。」  ますます怪訝《けげん》な顔をしながら、 「何も変なこたアありやしないんだがね、別に遊女《おいらん》たちが気を揃えてというわけでもなしさ。しかしあたろうというのは三人や四人じゃあねえ、遣《や》れるもんなら楼《うち》に居るだけ残らずというのよ。」 「皆《みんな》かい、」 「ああ、」 「いよいよ悪かろう。」 「だってお前《めえ》、床屋が居続けをしていると思や、不思議はあるめえ。」  五助は苦笑《にがわらい》をして、 「洒落《しゃれ》じゃあないというに。」 「何、洒落じゃあねえ、まったくの話だよ。」と若いものは話に念が入《い》って、仕事場の前に腰を据えた。      十九日        三 「昨夜《ゆうべ》ひけ過《すぎ》にお前《めえ》、威勢よく三人で飛込んで来た、本郷辺の職人|徒《てあい》さ。今朝になって直すというから休業《やすみ》は十七日だに変だと思うと、案の定なんだろうじゃあないか。  すったもんだと捏《こ》ねかえしたが、言種《いいぐさ》が気に入ったい、総勢二十一人というのが昨日《きのう》のこッた、竹の皮包の腰兵糧でもって巣鴨《すがも》の養育院というのに出かけて、施《ほどこし》のちょきちょきを遣《や》ってさ、総がかりで日の暮れるまでに頭の数五|百《そく》と六十が処片づけたという奇特な話。  その崩《くずれ》が豊国へ入って、大廻りに舞台が交《かわ》ると上野の見晴《みはらし》で勢揃《せいぞろい》というのだ、それから二|人《にん》三人ずつ別れ別れに大門へ討入《うちいり》で、格子さきで胄首《かぶと》と見ると名乗《なのり》を上げた。  もとよりひってんは知れている、ただは遁《に》げようたあ言わないから、出来るだけ仕事をさせろ。愚図《ぐず》々々|吐《ぬか》すと、処々に伏勢《ふせぜい》は配ったり、朝鮮伝来の地雷火が仕懸けてあるから、合図の煙管《きせる》を払《はた》くが最後、芳原は空《くう》へ飛ぶぜ、と威勢の好《い》い懸合《かけあい》だから、一番景気だと帳場でも買ったのさね。  そこで切味の可《い》いのが入用というので、ちょうどお前《めえ》ん処《とこ》へ頼んだのが間に合うだろうと、大急ぎで取りに来たんだが、何かね、十九日がどうかしたかね。」 「どうのこうのって、真面目なんだ。いけ年《どし》を仕《つかまつ》って何も万八を極《き》めるにゃ当りません。」 「だからさ、」 「大概《てえげえ》御存じだろうと思うが、じゃあ知らねえのかね。この十九日というのは厄日でさ。別に船頭衆《せんどしゅう》が大晦日《おおみそか》の船出をしねえというような極《きま》ったんじゃアありません。他《ほか》の同商売にはそんなことは無《ね》えようだが、廓《くるわ》中のを、こうやって引受けてる、私許《うち》ばかりだから忌《いや》じゃあねえか。」 「はて――ふうむ。」 「見なさる通りこうやって、二|百《そく》三百と預ってありましょう。殊にこれなんざあ御銘々使い込んだ手加減があろうというもんだから。そうでなくッたって粗末にゃあ扱いません。またその癖誰もこれを一|挺《ちょう》どうしようと云うのも無《ね》えてッた勘定だけれど、数のあるこッたから、念にゃあ念を入れて毎日一度ずつは調べるがね。紛失《ふんじつ》するなんてえ馬鹿げたことはない筈《はず》だが、聞きなせえ、今日だ、十九日というと不思議に一挺ずつ失《な》くなります。」 「何《なん》が、」と変な目をして、捨吉は解《わか》ったようで呑込《のみこ》めない。 「何がッたって、預ってる中《うち》のさ。」 「おお、」 「ね、御覧なせえ、不思議じゃアありませんかい。私《わっし》もどうやらこうやら皆様《みなさん》で贔屓《ひいき》にして、五助のでなくッちゃあ歯切《はぎれ》がしねえと、持込んでくんなさるもんだから、長年居附いて、婆《ばば》どんもここで見送ったというもんだ。先《せん》の内もちょいちょい紛失したことがあるにゃあります。けれども何の気も着かねえから、そのたんびに申訳をして、事済みになり/\したんだが。  毎々のことでしょう、気をつけると毎月さ、はて変だわえ、とそれからいつでも寝際にゃあちゃんと、ちゅう、ちゅう、たこ、かいなのちゅ、と遣ります。  いつの間にか失くなるさ、怪《け》しからねえこッたと、大きに考え込んだ日が何でも四五年前だけれど、忘れもしねえ十九日。  聞きなせえ。  するとその前の月にも一昨日《おととい》持って来たとッて、東屋《あずまや》の都《みやこ》という人のを新造衆《しんぞしゅう》が取りに来て、」  五助は振向いて背後《うしろ》の棚、件《くだん》の屋台の蔭ではあり、間狭《まぜま》なり、日は当らず、剃刀ばかりで陰気なのを、目金越に見て厭《いや》な顔。        四 「と、ここから出そうとすると無かろうね。探したが探したがさあ知れねえ。とうとう平あやまりのこっち凹《へこ》み、先方様《さきさま》むくれとなったんだが、しかも何と、その前の晩気を着けて見ておいたんじゃアあるまいか。  持って来たのが十八日、取りに来たのが二十日の朝、検《しら》べたのが前の晩なら、何でも十九日の夜中だね、希代なのは。」 「へい、」と言って、若い者は巻煙草《まきたばこ》を口から取る。  五助は前屈《まえかが》みに目金を寄せ、 「ほら、日が合ってましょう。それから気を着けると、いつかも江戸町のお喜乃《きの》さんが、やっぱり例の紛失で、ブツブツいって帰《けえ》ったッけ、翌日《あくるひ》の晩方、わざわざやって来て、 (どうしたわけだか、鏡台の上に、)とこうだ。私許《うち》へ預って、取りに来て失《う》せたものが、鏡台の上にあるは、いかがでござい。  鏡台の上はまだしもさ、悪くすると十九日には障子の桟《さん》なんぞに乗っかってる内があるッさ。  浮舟さんが燗部屋《かんべや》に下《さが》っていて、七日《なぬか》ばかり腰が立たねえでさ、夏のこッた、湯へ入《へえ》っちゃあ不可《いけね》えと固く留められていたのを、悪汗《わるあせ》が酷《ひど》いといって、中引《なかびけ》過ぎに密《そ》ッと這出《はいだ》して行って湯殿口でざっくり膝を切って、それが許《もと》で亡くなったのも、お前《めえ》、剃刀がそこに落ッこちていたんだそうさ。これが十九日、去年の八月知ってるだろう。  その日も一挺紛失さ、しかしそりゃ浮舟さんの楼《うち》のじゃあねえ、確か喜怒川《きぬがわ》の緑さんのだ、どこへどう間違って行《ゆ》くのだか知れねえけれども、厭《いや》じゃあねえか、恐しい。  引《ひっ》くるめて謂《い》や、こっちも一挺なくなって、廓内《くるわうち》じゃあきっと何楼《どこ》かで一挺だけ多くなる勘定だね。御入用のお客様はどなただか早や知らねえけれど、何でも私《わっし》が研澄《とぎすま》したのをお持ちなさると見えるて、御念の入った。  溌《ぱっ》としちゃあ、お客にまで気を悪くさせるから伏せてはあろうが、お前さんだ、今日は剃刀を扱《つか》わねえことを知っていそうなもんだと思うが、楼《うち》でも気がつかねえでいるのかしら。」 「ええ! ほんとうかい、お前《めえ》とは妙に懇意だが、実は昨今だから、……へい?」と顔の筋を動かして、眉をしかめ、目を睜《みは》ると、この地色の無い若い者は、思わず手に持った箱を、ばったり下に置く。 「ええ、もし、」 「はい。」と目金を向ける、気を打った捨吉も斉《ひと》しく振向くと、皺嗄《しゃが》れた声で、 「お前さん、御免なさいまし。」  敷居際に蹲《つくば》った捨吉が、肩のあたりに千草色の古股引《ふるももひき》、垢《あか》じみた尻切半纏《しりきりばんてん》、よれよれの三尺、胞衣《えな》かと怪《あやし》まれる帽を冠《かぶ》って、手拭《てぬぐい》を首に巻き、引出し附のがたがた箱と、海鼠形《なまこなり》の小盥《こだらい》、もう一ツ小盥を累《かさ》ねたのを両方振分にして天秤《てんびん》で担いだ、六十ばかりの親仁《おやじ》、瘠《やせ》さらぼい、枯木に目と鼻とのついた姿で、さもさも寒そう。  捨吉は袖を交わして、ひやりとした風、つっけんどんなもの謂《いい》で、 「何だ、」 「はい、もしお寒いこッてござります。」 「北風《ならい》のせいだな、こちとらの知ったこッちゃあねえよ。」 「へへへへへ、」と鼻の尖《さき》で寂《さみ》しげなる笑《えみ》を洩《もら》し、 「もし、唯今《ただいま》のお話は、たしか幾日《いくか》だとかおっしゃいましたね。」        五  五助は目金越に、親仁の顔を瞻《みまも》っていたが、 「やあ作平《さくべい》さんか、」といって、その太わくの面道具《おもてどうぐ》を耳から捻《ねじ》り取るよう、挘《も》ぎはなして膝の上。口をこすって、またたいて、 「飛んだ、まあお珍しい、」と知った中。捨吉間が悪かったものと見え、 「作平さん、かね。」と低声《こごえ》で口の裡《うち》。  折から、からからと後歯《あとば》の跫音《あしおと》、裏口ではたと留《や》んで、 「おや、また寝そべってるよ、図々しい、」  叱言《こごと》は犬か、盗人猫《ぬすっとねこ》か、勝手口の戸をあけて、ぴッしゃりと蓮葉《はすは》にしめたが、浅間だから直《じき》にもう鉄瓶をかちりといわせて、障子の内に女の気勢《けはい》。 「唯今。」 「帰《けえ》んなすったかい、」 「お勝さん?」と捨吉は中腰に伸上りながら、 「もうそんな時分かな。」 「いいえ、いつもより小一時間遅いんですよ、」  という時、二枚|立《だて》のその障子の引手の破目《やぶれめ》から仇々《あだあだ》しい目が二ツ、頬のあたりがほの見えた。蓋《けだ》し昼の間《うち》寐《ね》るだけに一間の半《なかば》を借り受けて、情事《いろごと》で工面の悪い、荷物なしの新造《しんぞ》が、京町あたりから路地づたいに今頃戻って来るとのこと。 「少し立込んだもんですからね、」 「いや、御苦労様、これから緩《ゆっく》りとおひけに相成《あいなり》ます?」 「ところが不可《いけ》ないの、手が足りなくッて二度の勤《つとめ》と相成ります。」 「お出懸《でかけ》か、」と五助。 「ええ、困るんですよ、昨夜《ゆうべ》もまるッきり寐ないんですもの、身体《からだ》中ぞくぞくして、どうも寒いじゃアありませんか、お婆さん堪《たま》らないから、もう一枚下へ着込んで行《ゆ》きましょうと思って、おお、寒い。」といってまた鉄瓶をがたりと遣《や》る。  さらぬだに震えそうな作平、 「何てえ寒いこッてございましょう、ついぞ覚えませぬ。」 「はッくしょい、ほう、」と呼吸《いき》を吹いて、堪《たま》りかねたらしい捨吉続けざまに、 「はッくしょい! ああ、」といって眉を顰《ひそ》め、 「噂《うわさ》かな、恐しく手間が取れた、いや、何しろ三挺頂いて帰りましょう。薄気味は悪いけれど、名にし負う捨どんがお使者でさ、しかも身替《みがわり》を立てる間《うち》奥の一間で長ッ尻《ちり》と来ていらあ。手ぶらでも帰られまい。五助さん、ともかくも貰って行《ゆ》くよ。途中で自然《おのず》からこの蓋《ふた》が取れて手が切れるなんざ、おっと禁句、」とこの際、障子の内へ聞かせたさに、捨吉相方なしの台辞《せりふ》あり。  五助はまめだって、 「よくそう謂《い》いなせえよ、」 「十九日かね、」と内からいう。 「ええ、御存じ、」といいながら、捨吉腰を伸《のば》してずいと立った。 「希代だわねえ。」 「やっぱり何でございますかい、」と作平はこれから話す気、振《ふり》かえて、荷を下《おろ》し、屋台へ天秤を立てかける。  捨吉はぐいと三挺、懐へ突込みそうにしたが、じっと見て、 「おッと十九日。」  という処へ、荷車が二台、浴衣の洗濯を堆《うずたか》く積んで、小僧が三人寒い顔をしながら、日向《ひなた》をのッしりと曵《ひ》いて通る。向うの路地の角なる、小さな薪《まき》屋の店前《みせさき》に、炭団《たどん》を乾かした背後《うしろ》から、子守がひょいと出て、ばたばたと駆けて行《ゆ》く。大音寺前あたりで飴《あめ》屋の囃子《はやし》。      紅梅屋敷        六  その荷車と子守の行違《ゆきちが》ったあとに、何にもない真赤《まっか》な田町の細路へ、捨吉がぬいと出る。  途端にちりりんと鈴《りん》の音、袖に擦合うばかりの処へ、自転車一輛、またたきする間もあらせず、 「危い、」と声かけてまた一輛、あッと退《すさ》ると、耳許《みみもと》へ再び、ちりちり!  土手の方から颯《さっ》と来たが、都合三輛か、それ或《あるい》は三|羽《びき》か、三|疋《びき》か、燕《つばめ》か、兎か、見分けもつかず、波の揺れるようにたちまち見えなくなった。  棒立ちになって、捨吉|茫然《ぼうぜん》と見送りながら、 「何だ、一文も無《ね》え癖に、」 「汝《てめえ》じゃアあるまいし。」 「や、」 「どうした。」 「へい、」 「近頃はどうだ、ちったあ当りでもついたか、汝《てめえ》、桐島のお消《けし》に大分執心だというじゃあないか。」 「どういたしまして、」 「少しも御遠慮には及ばぬよ。」 「いえ、先方《さき》へでございます、旦那《だんな》にじゃあございません。」 「そうか、いや意気地《いくじ》の無い奴《やつ》だ。」と腹蔵の無い高笑《たかわらい》。少禿天窓《すこはげあたま》てらてらと、色づきの好《い》い顔容《かおかたち》、年配は五十五六、結城《ゆうき》の襲衣《かさね》に八反の平絎《ひらぐけ》、棒縞《ぼうじま》の綿入半纏《わたいればんてん》をぞろりと羽織って、白縮緬《しろちりめん》の襟巻をした、この旦那と呼ばれたのは、二上屋藤三郎《ふたかみやとうさぶろう》という遊女屋の亭主で、廓《くるわ》内の名望家、当時見番の取締《とりしまり》を勤めているのが、今|向《むこう》の路地の奥からぶらぶらと出たのであった。  界隈《かいわい》の者が呼んで紅梅屋敷という、二上屋の寮は、新築して実にその路地の突当《つきあたり》、通《とおり》の長屋並《ならび》の屋敷越に遠くちらちらとある紅《くれない》は、早や咲初《さきそ》めた莟《つぼみ》である。  捨吉は更《あらた》めて、腰を屈《かが》めて揉手《もみで》をし、 「旦那御一所に。」 「おお、これからの、」  という処へ、萌黄《もえぎ》裏の紺看板に二の字を抜いた、切立《きったて》の半被《はっぴ》、そればかりは威勢が可《い》いが、かれこれ七十にもなろうという、十筋右衛門《とすじうえもん》が向顱巻《むこうはちまき》。  今一|人《にん》、唐縮緬《とうちりめん》の帯をお太鼓に結んで、人柄な高島田、風呂敷包を小脇に抱えて、後前《あとさき》に寮の方から路地口へ。  捨吉はこれを見て、 「や、爺《とっ》さん、こりゃ姉さん、」 「ああ、今日はちっとの、内証《ないしょ》に芝居者のお客があっての、実は寮の方で一杯と思って、下拵《したごしらえ》に来てみると、困るじゃあねえか、お前《めえ》。」 「へい、へい成程。」 「お若が例のやんちゃんをはじめての、騒々しいから厭《いや》だと謂《い》うわ。じゃあ一晩だけ店の方へ行っていろと謂ったけれど、それをうむという奴かい。また眩暈《めまい》をされたり、虫でも発《おこ》されちゃあ叶《かな》わねえ。その上お前、ここいらの者に似合わねえ、俳優《やくしゃ》というと目の敵《かたき》にして嫌うから、そこで何だ。客は向《むこう》へ廻すことにして、部屋の方の手伝に爺やとこのお辻をな、」 「へい、へい、へい、成程、そりゃお前《めえ》さん方御苦労様。」 「はははは、別荘《おしもやしき》に穴籠《あなごもり》の爺《じじ》めが、土用干でございますてや。」 「お前さん、今日は。」とお辻というのが愛想の可《い》い。  藤三郎はそのまま土手の方へ行こうとして、フト研屋《とぎや》の店を覗込《のぞきこ》んで、 「よくお精が出るな。」 「いや、」作平と共に四人の方《かた》を見ていたのが、天窓《あたま》をひたり、 「お天気で結構でございます。」 「しかし寒いの。」と藤三郎は懐手で空を仰ぎ、輪|形《なり》にずッと眗《みまわ》して、 「筑波の方に雲が見えるぜ。」        七 「嘘あねえ。」  と五助はあとでまた額を撫《な》で、 「怠けちゃあ不可《いけな》いと謂《い》われた日にゃあ、これでちっとは文句のある処だけれど、お精が出ますとおっしゃられてみると、恐入るの門なりだ。  実際また我ながらお怠け遊ばす、婆《ばばあ》どんの居た内はまだ稼ぐ気もあったもんだが、もう叶《かな》わねえ。  人間色気と食気が無くなっちゃあ働けねえ、飲《のみ》けで稼ぐという奴《やつ》あ、これが少ねえもんだよ、なあ、お勝さん、」と振向いて呼んでみたが、 「もうお出懸けだ、いや、よく老実《まめ》に廻ることだ。はははは作平さん、まあ、話しなせえ、誰も居ねえ、何ならこっちへ上って炬燵《こたつ》に当ってよ、その障子を開けりゃ可《い》い、はらんばいになって休んで行《ゆ》きねえ。」 「そうもしてはいられぬがの、通りがかりにあれじゃ、お前さんの話が耳に入《い》って、少し附かぬことを聞くようじゃけれど、今のその剃刀《かみそり》の失《う》せるという日は、確か十九日とかいわしった、」 「むむ、十九日十九日、」と、気乗《きのり》がしたように重ね返事、ふと心付いた事あって、 「そうだ、待ちなせえ、今日は十九日と、」  五助は身を捻《ひね》って、心覚《こころおぼえ》、後《うしろ》ざまに棚なる小箱の上から、取下《とりおろ》した分厚な一|綴《てつ》の註文帳。  膝の上で、びたりと二つに割って開け、ばらばらと小口を返して、指の尖《さき》でずッと一わたり、目金で見通すと、 「そうそうそう、」といって仰向《あおむ》いて、掌《たなそこ》で帳面をたたくこと二三度す。  作平もしょぼしょぼとある目で覗《のぞ》きながら、 「日切《ひぎれ》の仕事かい。」 「何、急ぐのじゃあねえけれど、今日中に一|挺《ちょう》私《わし》が気で研いで進ぜたいのがあったのよ、つい話にかまけて忘りょうとしたい、まあ、」 「それは邪魔をして気の毒な。」 「飛んでもねえ、緩《ゆっく》りしてくんねえ。何さ、実はお前《めえ》、聞いていなすったか、その今日だ。この十九日にゃあ一日仕事を休むんだが、休むについてよ、こう水を更《あらた》めて、砥石《といし》を洗って、ここで一挺|念入《ねんいり》というのがあるのさ、」 「気に入ったあつらえかの。」 「むむ、今そこへ行《ゆ》きなすった、あの二上屋の寮が、」  と向うの路地を指《ゆびさ》した。 「あ、あ、あれだ、紅梅が見えるだろう、あすこにそのお若さんてって十八になるのが居て、何だ、旦那の大の秘蔵女《ひぞうっこ》さ。  そりゃ見せたいような容色《きりょう》だぜ、寮は近頃出来たんで、やっぱり女郎屋の内証《ないしょ》で育ったもんだが、人は氏よりというけれど、作平さん、そうばかりじゃあねえね。  お蔭で命を助かった位な施《ほどこし》を受けてるのがいくらもあら。  藤三郎|父親《ちゃん》がまた夢中になって可愛がるだ。  少姐《ねえさん》の袖に縋《すが》りゃ、抱えられてる妓衆《こどもしゅう》の証文も、その場で煙《けむ》になりかねない勢《いきおい》だけれど、そこが方便、内に居るお勝なんざ、よく知ってていうけれど、女郎衆なんという者は、ハテ凡人にゃあ分らねえわ。お若さんの容色《きりょう》が佳《い》いから天窓《あたま》を下げるのが口惜《くやし》いとよ。  私《あっし》あ鐚一文《びたいちもん》世話になったんじゃあねえけれど、そんなこんなでお前《めえ》、その少姐《ねえさん》が大の贔屓《ひいき》。  どうだい、こう聞きゃあお前《めえ》だって贔屓にしざあなるめえ。死んだ田之助そッくりだあな。」        八 「ところで御註文を格別の扱《あつかい》だ。今日だけは他《ほか》の剃刀を研がねえからね、仕事と謂《い》や、内じゃあ商売人のものばかりというもんだに因って、一番不浄|除《よけ》の別火《べつび》にして、お若さんのを研ごうと思って。  うっかりしていたが、一挺来ていたというもんだ、いつでもこうさ。  一体十九日の紛失一件は、どうも廓《くるわ》にこだわってるに違《ちげ》えねえ。祟《たた》るのは妓衆《こどもし》なんだからね、少姐《ねえさん》なんざ、遊女《おいらん》じゃあなし、しかも廓内《くるわうち》に居るんじゃあねえから構うめえと思ってよ。  まあ何にしろ変な訳さ。今に見ねえ、今日もきっと誰方《どなた》か取りにござる。いや作平さん、狐千年を経《ふ》れば怪をなす、私《わっし》が剃刀研《かみそりとぎ》なんざ、商売往来にも目立たねえ古物《こぶつ》だからね、こんな場所がらじゃアあるし、魔がさすと見えます。  そういやあ作平さん、お前さんの鏡研《かがみとぎ》も時代なものさ、お互《たげえ》に久しいものだが、どうだ、御無事かね。二階から白井権八の顔でもうつりませんかい。」  その箱と盥《たらい》とを荷《にな》った、痩《やせ》さらぼいたる作平は、蓋《けだ》し江戸市中|世渡《よわたり》ぐさに俤《おもかげ》を残した、鏡を研いで活業《なりわい》とする爺《じじい》であった。  淋しげに頷《うなず》いて、 「ところがもし御同様じゃで、」 「御同様⁉」と五助は日脚を見て仕事に懸《かか》る気、寮の美人の剃刀を研ぐ気であろう。桶《おけ》の中で砥石《といし》を洗いながら、慌てたように謂《いい》返した。 「御同様は気がねえぜ、お前《めえ》の方にも曰《いわく》があるかい。」 「ある段か、お前さん。こういうては何じゃけれど、田町の剃刀研、私《わし》は広徳寺前を右へ寄って、稲荷町《いなりちょう》の鏡研、自分達が早や変化《へんげ》の類《たぐい》じゃ、へへへへへ。」と薄笑《うすわらい》。 「おやおや、汝《てめえ》から名乗る奴《やつ》もねえもんだ。」と、かっちり、つらつらと石を合せる。 「じゃがお前、東京と代が替って、こちとらはまるで死んだ江戸のお位牌《いはい》の姿じゃわ、羅宇《らお》屋の方はまだ開《あ》けたのが出来たけれど、もう貍穴《まみあな》の狸、梅暮里の鰌《どじょう》などと同一《ひとつ》じゃて。その癖職人絵合せの一枚|刷《ずり》にゃ、烏帽子素袍《えぼしすおう》を着て出ようというのじゃ。」 「それだけになお罪が重いわ。」 「まんざらその祟《たたり》に因縁のないことも無いのじゃ、時に十九日の。」 「何か剃刀の失《う》せるに就いてか、」 「つい四五日前、町内の差配人《おおや》さんが、前の溝川の橋を渡って、蔀《しとみ》を下《おろ》した薄暗い店さきへ、顔を出さしったわ。はて、店賃《たなちん》の御催促。万年町の縁の下へ引越《ひっこ》すにも、尨犬《むくいぬ》に渡《わたり》をつけんことにゃあなりませぬ。それが早や出来ませぬ仕誼《しぎ》、一刻も猶予ならぬ立退《たちの》けでござりましょう。その儀ならば後《のち》とは申しませぬ、たった今川ン中へ引越しますと謂《い》うたらば。  差配《おおや》さん苦笑《にがわらい》をして、狸爺め、濁酒《どぶろく》に喰《くら》い酔って、千鳥足で帰って来たとて、桟橋《さんばし》を踏外そうという風かい。溝店《どぶだな》のお祖師様と兄弟分だ、少《わか》い内から泥濘《ぬかぬみ》へ踏込んだ験《ためし》のない己《おれ》だ、と、手前《てめえ》太平楽を並べる癖に。  御意でござります。  どこまで始末に了《お》えねえか数《すう》が知れねえ。可《い》いや、地尻の番太と手前《てめえ》とは、己《おら》が芥子坊主《けしぼうず》の時分から居てつきの厄介者だ。当《あて》もねえのに、毎日研物の荷を担いで、廓内をぶらついて、帰りにゃあ箕輪《みのわ》の浄閑寺へ廻って、以前|御贔屓《ごひいき》になりましたと、遊女《おいらん》の無縁の塔婆に挨拶《あいさつ》をして来やあがる。そんな奴も差配《さはい》内になくッちゃあお祭の時幅が利かねえ。忰《せがれ》は稼いでるし、稲荷町の差配は店賃の取り立てにやあ歩行《ある》かねえッての、むむ。」と大得意。この時五助はお若の剃刀をぴったりと砥《と》にあてたが、哄然《こうぜん》として、 「気に入った気に入った、それも贔屓の仁左衛門だい。」      作平物語        九 「ところで聞かっしゃい、差配《おおや》さまの謂《い》うのには、作平、一番《ひとつ》念入《ねんいり》に遣《や》ってくれ、その代り儲かるぜ、十二分のお手当だと、膨らんだ懐中《ふところ》から、朱総《しゅぶさ》つき、錦《にしき》の袋入というのを一面の。  何でも差配《おおや》さんがお出入《でいり》の、麹町《こうじまち》辺の御大家の鏡じゃそうな。  さあここじゃよ。十九日に因縁づきは。憚《はばか》ってお名前は出さぬが、と差配《おおや》さんが謂わっしゃる。  その御大家は今|寡婦様《ごけさま》じゃ、まず御後室というのかい。ところでその旦那様というのはしかるべきお侍、もうその頃は金モオルの軍人というのじゃ。  鹿児島戦争の時に大したお手柄があって、馬車に乗らっしゃるほどな御身分になんなされたとの。その方が少《わか》い時よ。  誰もこの迷《まよい》ばかりは免れぬわ。やっぱりそれこちとらがお花主《とくい》の方に深いのが一人出来て、雨の夜《よ》、雪の夜もじゃ。とどの詰《つま》りがの、床の山で行倒れ、そのまんまずッと引取られたいより他《ほか》に、何の望《のぞみ》もなくなったというものかい。居続けの朝のことだとの。  遊女《おいらん》は自分が薄着なことも、髪のこわれたのも気がつかずに、しみじみと情人《いろ》の顔じゃ。窶《やつ》れりゃ窶れるほど、嬉しいような男振《おとこぶり》じゃが、大層|髭《ひげ》が伸びていた。  鏡台の前に坐らせて、嗽《うがい》茶碗で濡《ぬら》した手を、男の顔へこう懸けながら、背後《うしろ》へ廻った、とまあ思わっせえ。  遊女《おいらん》は、胸にものがあってしたことか。わざと八寸の延鏡《のべかがみ》が鏡|立《たて》に据えてあったが、男は映る顔に目も放さず。  うしろから肩越に気高い顔を一所にうつして、遊女《おいらん》が死のうという気じゃ。  あなた、私の心が見えましょう、と覗込《のぞきこ》んだ時に、ああ、堪忍しておくんなさい、とその鏡を取って俯向《うつむ》けにして、男がぴったりと自分の胸へ押着《おッつ》けたと。  何を他人がましい、あなた、と肩につかまった女の手を、背後《うしろ》ざまに弾《は》ねたので、うんにゃ、愚痴なようだがお前には怨《うらみ》がある。母様《おっかさん》によく肖《に》た顔を、ここで見るのは申訳がないといって、がっくり俯向いて男泣《おとこなき》。  遊女《おいらん》はこれを聞くと、何と思ったか、それだけのものさえ持てようかという痩《や》せた指で、剃刀《かみそり》を握ったまま、顔の色をかえて、ぶるぶると震えたそうじゃが、突然《いきなり》逆手《さかて》に持直して、何と、背後《うしろ》からものもいわずに、男の咽喉《のど》へ突込《つっこ》んだ。」  五助は剃刀の平《ひら》を指で圧《おさ》えたまま、ひょいと手を留めた。 「おお、危《あぶね》え。」 「それにの、刃物を刺すといや、針さしへ針をさすことより心得ておらぬような婦人《おんな》じゃあなかった。俺《おら》あ遊女《おいらん》の名と坂の名はついぞ覚えたことは無《ね》えッて、差配《おおや》さんは忘れたと謂《い》わッしたっけ。その遊女は本名お縫さんと謂っての、御大身じゃあなかったそうじゃが、歴《れっき》とした旗本のお嬢さんで、お邸《やしき》は番町辺。  何でも徳川様|瓦解《がかい》の時分に、父様《おとっさん》の方は上野へ入《へえ》んなすって、お前、お嬢さんが可哀《かわい》そうにお邸の前へ茣蓙《ござ》を敷いて、蒔絵《まきえ》の重箱だの、お雛様《ひなさま》だの、錦絵《にしきえ》だのを売ってござった、そこへ通りかかって両方で見初めたという悪縁じゃ。男の方は長州藩の若侍。  それが物変り星移りの、講釈のいいぐさじゃあないが、有為転変、芳原でめぐり合《あい》、という深い交情《なか》であったげな。  牛込見附で、仲間《ちゅうげん》の乱暴者を一|人《にん》、内職を届けた帰りがけに、もんどりを打たせたという手利《てきき》なお嬢さんじや、廓《くるわ》でも一時《ひとしきり》四辺《あたり》を払ったというのが、思い込んで剃刀で突いた奴《やつ》。」 「ほい。」        十 「男はまるで油断なり、万に一つも助かる生命《いのち》じゃあなかったろうに、御運かの。遊女《おいらん》は気がせいたか、少し狙《ねらい》がはずれた処へ、その胸に伏せて、うつむいていなすった、鏡で、かちりとその、剃刀の刃が留まったとの。  私《わし》はどちらがどうとも謂《い》わぬ。遊女《おいらん》の贔屓《ひいき》をするのじゃあないけれど、思詰めたほどの事なら、遂げさしてやりたかったわ、それだけ心得のある婦人《おんな》が、仕損じは、まあ、どうじゃ。」 「されば、」 「その代り返す手で、我が咽喉《のど》を刎《は》ね切った遊女《おいらん》の姿の見事さ!  口惜《くや》しい、口惜しい、可愛いこの人の顔を余所《よそ》の婦人《おんな》に見せるのは口惜しい! との、唇を噛《か》んだまま、それなりけり。  全く鏡を見なすった時に、はッと我に返って、もう悪所には来まいという、吃《きっ》とした心になったのじゃげな。  容子《ようす》で悟った遊女《おいらん》も目が高かった。男は煩悩の雲晴れて、はじめて拝む真如《しんにょ》の月かい。生命《いのち》の親なり智識なり、とそのまま頂かしった、鏡がそれじゃ。はて総《ふさ》つき錦の袋入はその筈《はず》じゃて、お家に取っては、宝じゃものを。  念を入れて仕上げてくれ、近々にその後室様が、実の児《こ》よりも可愛がっておいでなさる、甥御《おいご》が一方《ひとかた》。悪い茶も飲まずに、さる立派な学校を卒業なされた。そのお祝に、御教訓をかねてお遣物《つかいもの》になさるつもり、まずまあ早くいってみりゃ、油断が起って女狂《おんなぐるい》、つまり悪所入《あくしょばいり》などをしなさらぬようにというのじゃ。  作平頼む、と差配《おおや》さんが置いて行《ゆ》かれた。畏《かしこま》り奉るで、昨日《きのう》それが出来て、差配さんまで差出すと、直《すぐ》に麹町のお邸《やしき》とやらへ行《ゆ》かしった。  点火頃《ひともしごろ》に帰って来て、作、喜べと大枚三両。これはこれはと心《しん》から辞退をしたけれども、いや先方様《さきさま》でも大喜び、実は鏡についてその話のあったのは、御維新《ごいっしん》になって八年、霜月の十九日じゃ。月こそ違うが、日は同一《おんなじ》、ちょうど昨日の話で今日、更《あらた》めてその甥御様に送る間にあった、ということで、研賃《とぎちん》には多かろうが、一杯飲んでくれと、こういうのじゃ。  頂きます頂きます、飲代《のみしろ》になら百両でも御辞退|仕《つかまつ》りまする儀ではござりませぬと、さあ飲んだ、飲んだ、昨夜《ゆうべ》一晩。  ウイか何かでなあ五助さん、考えて見ると成程な、その大家の旦那がすっかり改心をなされた、こりゃ至極じゃて。  お連合《つれあい》の今の後室が、忘れずに、大事にかけてござらっしゃる、お心懸《こころがけ》も天晴《あっぱれ》なり、来歴づきでお宝物にされた鏡はまた錦の袋入。こいつも可《い》いわい。その研手《とぎて》に私《わし》をつかまえた差配さんも気に入ったり、研いだ作平もまず可いわ。立派な身分になんなすった甥御も可《よ》し。戒《いましめ》のためと謂《い》うて、遣物にさっしゃる趣向も受けた。手間じゃない飲代にせいという文句も可しか、酒も可いが、五助さん。  その発端になった、旗本のお嬢さん、剃刀で死んだ遊女《おいらん》の身になって御覧《ごろう》じろ、またこのくらいよくない話はあるまい。  迷《まよい》じゃ、迷は迷じゃが、自分の可愛い男の顔を、他《ほか》の婦人《おんな》に見せるのが厭《いや》さに、とてもとあきらめた処で、殺して死のうとまで思い詰めた、心はどうじゃい。  それを考えれば酒も咽喉《のど》へは通らぬのを、いやそうでない。魂魄《こんぱく》この土《ど》に留《とど》まって、浄閑寺にお参詣《まいり》をする私《わし》への礼心、無縁の信女達の総代に麹町の宝物を稲荷町までお遣わしで、私《わし》に一杯振舞うてくれる気、と、早や、手前勝手。飲みたいばかりの理窟をつけて、さて、煽《あお》るほどに、けるほどに、五助さん、どうだ。  私《わし》の顔色の悪いのは、お憚《はばか》りだけれど今日ばかりは貧乏のせいでない。三年目に一度という二日酔の上機嫌じゃ、ははは。」とさも快げに見えた。      夕空        十一  時に五助は反故紙《ほごがみ》を扱《しご》いて研《と》ぎ澄《すま》した剃刀《かみそり》に拭《ぬぐい》をかけたが、持直して掌《てのひら》へ。  折から夕暮の天《そら》暗く、筑波から出た雲が、早や屋根の上から大鷲《おおわし》の嘴《くちばし》のごとく田町の空を差覗《さしのぞ》いて、一しきり烈《はげ》しくなった往来《ゆきき》の人の姿は、ただ黒い影が行違《ゆきちが》い、入乱るるばかりになった。  この際|一際《ひときわ》色の濃く、鮮《あざや》かに見えたのは、屋根越に遠く見ゆる紅梅の花で、二上屋の寮の西向の硝子《がらす》窓へ、たらたらと流るるごとく、横雲の切目《きれめ》からとばかりの間、夕陽が映じたのである。  剃刀の刃は手許《てもと》の暗い中に、青光三寸、颯々《さつさつ》と音をなして、骨をも切るよう皮を辷《すべ》った。 「これだからな、自慢じゃあねえが悪くすると人ごろしの得物にならあ。ふむ、それが十九日か。」といって少し鬱《ふさ》ぐ。 「そこで久しぶりじゃ、私《わし》もちっと冷える気味でこちらへ無沙汰《ぶさた》をしたで、また心ゆかしに廓《くるわ》を一|廻《まわり》、それから例の箕《み》の輪《わ》へ行って、どうせ苔《こけ》の下じゃあろうけれど、ぶッつかり放題、そのお嬢さんの墓と思って挨拶をして来ようと、ぶらぶら内を出て来たが。  お極《きま》りでお前《まい》ン許《とこ》へお邪魔をすると、不思議な話じゃ。あと前《さき》はよく分らいでも、十九日とばかりで聞く耳が立ったての。  何じゃ知らぬが、日が違わぬから、こりゃものじゃ。  五助さん、お前《まい》の許にもそういうかかり合《あい》があるのなら、悪いことは謂《い》わぬ、お題目を唱えて進ぜなせえ。  つい話で遅くなった。やっとこさと、今日はもう箕の輪へだけ廻るとしよう。」と謂うだけのことを謂って、作平は早や腰を延《の》そうとする。  トタンにがらがらと腕車《くるま》が一台、目の前へ顕《あらわ》れて、人通《ひとどおり》の中を曵《ひ》いて通る時、地響《じひびき》がして土間ぐるみ五助の体《たい》はぶるぶると胴震《どうぶるい》。 「ほう、」といって、俯向《うつむ》いていたぼんやりの顔を上げると、目金をはずして、 「作平さん、お前は怨《うらみ》だぜ、そうでなくッてさえ、今日はお極《きま》りのお客様が無けりゃ可《い》いが、と朝から父親《おやじ》の精進日ぐらいな気がしているから、有体《ありてい》の処腹の中《うち》じゃお題目だ。  唱えて進ぜなせえは聞えたけれど、お前《めえ》、言種《いいぐさ》に事を欠いて、私《わし》が許《とこ》をかかり合《あい》は、大《おおき》に打てらあ。いや、もうてっきり疑いなし、毛頭違いなし、お旗本のお嬢さん、どうして堪《たま》るものか。話のようじゃあ念が残らねえでよ、七代までは祟《たた》ります、むむ祟るとも。  串戯《じょうだん》じゃあねえ、どの道何か怨《うらみ》のある遊女《おいらん》の幽霊とは思ったけれど、何楼《どこ》の何だか捕《つかま》えどこのねえ内はまだしも気休め。そう日が合って剃刀があって、当りがついちゃあ叶《かな》わねえ。  そうしてお前《めえ》、咽喉《のど》を突いたんだっていったじゃあねえか。」 「これから、これへ、」と作平は垢《あか》じみた細い皺《しわ》だらけの咽喉仏《のどぼとけ》を露出《むきだ》して、握拳《にぎりこぶし》で仕方を見せる。  五助も我知らず、ばくりと口を開《あ》いて、 「ああ、ああ、さぞ、血が出たろうな、血が、」 「そりゃ出たろうとも、たらたらたら、」と胸へ真直《まっすぐ》に棒を引く。 「うう、そして真赤《まっか》か。」 「黒味がちじゃ、鮪《まぐろ》の腸《わた》のようなのが、たらたらたら。」 「止《よ》しねえ、何だなお前《めえ》、それから口惜《くやし》いッて歯を噛《か》んで、」 「怨死《うらみじに》じゃの。こう髪を啣《くわ》えての、凄《すご》いような美しい遊女《おいらん》じゃとの、恐《こわ》いほど品の好《い》いのが、それが、お前こう。」と口を歪《ゆが》める。 「おお、おお、苦しいから白魚《しらお》のような手を掴《つか》み、足をぶるぶる。」と五助は自分で身悶《みもだえ》して、 「そしてお前《めえ》、死骸《しがい》を見たのか。」 「何を謂わっしゃる、私《わし》は話を聞いただけじゃ。遊女《おいらん》の名も知りはせぬが。」  五助は目を睜《みは》ってホッと呼吸《いき》、 「何の事だ、まあ、おどかしなさんない。」        十二  作平も苦笑い、 「だってお前が、おかしくもない、血が赤いかの、指をぶるぶるだの、と謂うからじゃ。」 「目に見えるようだ。」 「私《わし》もやっぱり。」 「見えるか、ええ?」 「まずの。」 「何もそう幽霊に親類があるように落着いていてくれるこたあねえ、これが同一《おなじ》でも、おばさんに雪責にされて死んだとでもいう脆弱《かよわ》い遊女《おいらん》のなら、五助も男だ。こうまでは驚かねえが、旗本のお嬢さんで、手が利いて、中間《ちゅうげん》を一人もんどり打たせたと聞いちゃあ身動きがならねえ。  作平さん、こうなりゃお前《めえ》が対手《あいて》だ、放しッこはねえぜ。  一升買うから、後生だからお前今夜は泊り込《こみ》で、炬燵《こたつ》で附合ってくんねえ。一体ならお勝さんが休もうという日なんだけれど、限って出てしまったのも容易でねえ。  そうかといって、宿場で厄介になろうという年紀《とし》じゃあなし、無茶に廓《くるわ》へ入るかい、かえって敵に生捉《いけど》られるも同然だ。夜が更けてみな、油に燈心だから堪《たま》るめえじゃねえか、恐しい。名代《みょうだい》部屋の天井から忽然《こつねん》として剃刀が天降《あまくだ》ります、生命《いのち》にかかわるからの。よ、隣のは筋が可《い》いぜ、はんぺんの煮込を御厄介になって、別に厚切な鮪《まぐろ》を取っておかあ、船頭、馬士《うまかた》だ、お前とまた昔話でもはじめるから、」と目金に恥じず悄《しょ》げたりけり。  作平が悦喜《えっき》斜《ななめ》ならず、嬉涙《うれしなみだ》より真先《まっさき》に水鼻を啜《すす》って、 「話せるな、酒と聞いては足腰が立たぬけれども、このままお輿《みこし》を据えては例のお花主《とくい》に相済まぬて。」 「それを言うなというに。無縁塚をお花主《とくい》だなぞと、とかく魔の物を知己《ちかづき》にするから悪いや、で、どうする。」 「もう遅いから廓|廻《まわり》は見合せて直ぐに箕の輪へ行って来ます。」 「むむ、それもそうさの。私《わっし》も信心をすみが、お前《めえ》もよく拝んで御免|蒙《こうむ》って来ねえ。廓どころか、浄閑寺の方も一|走《はしり》が可《い》いぜ。とても独《ひとり》じゃ遣切《やりき》れねえ、荷物は確《たしか》に預ったい。」 「何か私《わし》も旨《うめ》え乾物《ひもの》など見付けて提げて来よう、待っていさっせえ。」と作平はてくてく出かけて、 「こんなに人通《ひとどおり》があるじゃないかい。」 「うんや、ここいらを歩行《ある》くのに怨霊《おんりょう》を得脱《とくだつ》させそうな頼母《たのも》しい道徳は一人も居ねえ。それに一しきり一しきりひッそりすらあ、またその時の寂しさというものは、まるで時雨が留《や》むようだ。」  作平は空を仰いで、 「すっかり曇って暗くなったが、この陽気はずれの寒さでは、」  五助|慌《あわただ》しく。 「白いものか、禁物々々。」      点灯頃        十三 「はい、はい、はい、誰方《どなた》だい。」  作平のよぼけた後姿を見失った五助は、目の行《ゆ》くさきも薄暗いが、さて見廻すと居廻《いまわり》はなおのことで、もう点灯頃《ひともしごろ》。  物の色は分るが、思いなしか陰気でならず、いつもより疾《はや》く洋燈《ランプ》をと思う処へ、大音寺前の方から盛《さかん》に曳込《ひきこ》んで来る乗込客、今度は五六台、引続いて三台、四台、しばらくは引きも切らず、がッがッ、轟々《ごうごう》という音に、地鳴《じなり》を交《まじ》えて、慣れたことながら腹にこたえ、大儀そうに、と眺めていたが、やがて途絶えると裏口に気勢《けはい》があった。  五助はわざと大声で、 「お勝さんかね、……何だ、隣か、」と投げるように呟《つぶや》いたが、 「あれ、お上んなせえ、構わずずいと入るべし、誰方だね。」  耳を澄《すま》して、 「畜生、この間もあの術《て》で驚かしゃあがった、尨犬《むくいぬ》め、しかも真夜中だろうじゃあねえか、トントントンさ、誰方だと聞きゃあ黙然《だんまり》で、蒲団《ふとん》を引被《ひっかぶ》るとトントンだ、誰方だね、黙《だんま》りか、またトンか、びッくりか、トンと来るか。とうとう戸外《おもて》から廻ってお隣で御迷惑。どのくらいか臆病《おくびょう》づらを下げて、極《きまり》の悪い思《おもい》をしたか知れやしねえ、畜生め、己《ひと》が臆病だと思いやあがって、」と中《ちゅう》ッ腹《ぱら》でずいと立つと、不意に膝かけの口が足へからんだので、亀《かめ》の子《こ》這《ばい》。  じただらを踏むばかりに蹴はづして、一段膝をついて躙《にじ》り上《あが》ると、件《くだん》の障子を密《そっ》と開けたが、早や次の間は真暗《まっくら》がり。足をずらしてつかつかと出ても、馴《な》れて畳の破《やぶれ》にも突《つっ》かからず、台所は横づけで、長火鉢の前から手を伸《のば》すとそのまま取れる柄杓《ひしゃく》だから、並々と一杯、突然《いきなり》天窓《あたま》から打《ぶっ》かぶせる気、お勝がそんな家業でも、さすがに婦人《おんな》、びったりしめて行った水口の戸を、がらりと開けて、 「畜生!」といったが拍子抜け、犬も何にも居ないのであった。  首を出して眗《みま》わすと、がさともせぬ裏の塵塚《ちりづか》、そこへ潜って遁《に》げたのでもない。彼方《あなた》は黒塀がひしひしと、遥《はるか》に一|並《ならび》、一ツ折れてまた一並、三階の部屋々々、棟の数は多いけれど、まだいずくにも灯が入らず、森《しん》として三味線《さみせん》の音《ね》もしない。ただ遥に空《くう》を衝《つ》いて、雲のその夜《よ》は真黒《まっくろ》な中に、暗緑色の燈《ともしび》の陰惨たる光を放って、大屋根に一眼一角の鬼の突立《つった》ったようなのは、二上屋の常燈である。  五助は半身水口から突出して立っていたが、頻《しきり》に後《うしろ》見らるるような気がして堪《たま》らず、柄杓をぴっしゃり。 「ちょッ、」と舌打、振返って、暗がりを透《すか》すと、明けたままの障子の中から仕切ったように戸外《おもて》の人どおり。  やがて旧《もと》の仕事場の座に返って、フト心着いてはッと思った。 「おや、変だぜ。」  五助は片膝立て、中腰になり、四ツに這《は》いなどして掻探《かいさぐ》り、膝かけをふるって見て、きょときょとしながら、 「はてな、先刻《さっき》ああだに因ってと、手に持ったまま、待てよ、作平は行ったと、はてな。」  正に今日の日をもって、先刻研上げた、紅梅屋敷、すなわち寮の女《むすめ》お若の剃刀《かみそり》を、どこへか置忘れてしまったのであった。 「懐中《ふところ》へは入れず、」といいながら、慌てて懐中へ入れた手を、それなり胸に置いて、顔の色を変えたのである。  しばらくして、 「まさか棚へ、」と思わず声を放って、フト顔を上げると、一枚あけた障子の際なる敷居の処を裾《すそ》にして、扱帯《しごき》の上あたりで褄《つま》を取って、鼠地に雪ぢらしの模様のある部屋着姿、眉の鮮《あざや》かな鼻筋の通った、真白《まっしろ》な頬に鬢《びん》の毛の乱れたのまで、判然《はっきり》と見えて、脊がすらりとして、結上げた髪が鴨居《かもい》にも支《つか》えそうなのが、じっと此方《こなた》を見詰めていたので、五助は小さくなって氷りついた。 「五助さん、」と得も言われぬやや太い声して、左の手で襟をあけると、褄を持っていた手を、ふらふらとある袖口に入れた時、裾がはらりと落ちて、脊が二三寸伸びたと思うと、肉《しし》つき豊かなぬくもりもまだありそうな、乳房も見える懐から、まともに五助に向けた蒼《あお》ざめた掌《てのひら》に、毒蛇の鱗《うろこ》の輝くような一|挺《ちょう》の剃刀を挟んでいて、 「これでしょう、」  五助はがッと耳が鳴《なっ》た、頭に響く声も幽《かすか》に、山あり川あり野の末に、糸より細く聞ゆるごとく、 「不浄|除《よ》けの別火だとさ、ほほほほほ、」  わずかに解いた唇に、艶々《つやつや》と鉄漿《かね》を含んでいる、幻はかえって目前《まのあたり》。 「わッ」というと真俯向《まうつむき》、五助は人心地あることか。 「横町に一ツずつある芝の海さ、見や、長屋の中を突通しに廓《くるわ》が見えるぜ。」 とこの際|戸外《おもて》を暢気《のんき》なもの。 「や! 雪だ、雪だ。」と呼《よば》わったが、どやどやとして、学生あり、大へべれけ、雪の進軍氷を踏んで、と哄《どッ》とばかりになだれて通る。      雪の門        十四  宵に一旦《いったん》ちらちらと降ったのは、垣の結目《ゆいめ》、板戸の端、廂《ひさし》、往来《ゆきき》の人の頬、鬢《びん》の毛、帽子の鍔《つば》などに、さらさらと音ずれたが、やがて声はせず、さるものの降るとも見えないで、木の梢《こずえ》も、屋の棟も、敷石も、溝板も、何よりはじまるともなしに白くなって、煙草《たばこ》屋の店の灯《ともしび》、おでんの行燈《あんどう》、車夫の提灯《かんばん》、いやしくもあかりのあるものに、一しきり一しきり、綿のちぎれが群《むらが》って、真白《まっしろ》な灯取虫《ひとりむし》がばたばた羽をあてる風情であった。  やがて、初夜すぐるまでは、縦横に乱れ合った足駄|駒下駄《こまげた》の痕《あと》も、次第に二ツとなり、三ツとなり、わずかに凹《くぼみ》を残すのみ、車の轍《わだち》も遥々《はるばる》と長き一条の名残《なごり》となった。  おうおうと遠近《おちこち》に呼交《よびかわ》す人声も早や聞えず、辻に彳《たたず》んで半身に雪を被《かぶ》りながら、揺り落すごとに上衣のひだの黒く顕《あらわ》れた巡査の姿、研屋《とぎや》の店から八九間さきなる軒下に引込《ひっこ》んで、三島神社の辺《あたり》から大音寺前の通《とおり》、田町にかけてただ一白。  折から颯《さっ》と渡った風は、はじめ最も低く地上をすって、雪の上面《うわづら》を撫《な》でてあたかも篩《ふるい》をかけたよう、一様に平《たいら》にならして、人の歩行《ある》いた路ともなく、夜の色さえ埋《うず》み消したが、見る見る垣を亙《わた》り、軒を吹き、廂を掠《かす》め、梢を鳴らし、一陣たちまち虚蒼《あそぞら》に拡がって、ざっという音|烈《はげ》しく、丸雪は小雪を誘って、八方十面降り乱れて、静々《しずしず》と落ちて来た。  紅梅の咲く頃なれば、かくまでの雪の状《さま》も、旭《あさひ》とともに霜より果敢《はか》なく消えるのであろうけれど、丑満《うしみつ》頃おいは都《みやこ》のしかも如月《きさらぎ》の末にあるべき現象とも覚えぬまでなり。何物かこれ、この大都会を襲って、紛々|皚々《がいがい》の陣を敷くとあやまたるる。  さればこそ、高く竜燈の露《あらわ》れたよう二上屋の棟に蒼《あお》き光の流るるあたり、よし原の電燈の幽《かすか》に映ずる空を籠《こ》めて、きれぎれに冴《さ》ゆる三絃の糸につれて、高笑《たかわらい》をする女の声の、倒《さかしま》に田町へ崩るるのも、あたかもこの土の色の変った機に乗じて、空《くう》を行《ゆ》く外道変化《げどうへんげ》の囁《ささやき》かと物凄《ものすご》い。  十二時|疾《と》くに過ぎて、一時前後、雪も風も最も烈しい頃であった。  吹雪の下に沈める声して、お若が寮なる紅梅の門《かど》を静《しずか》に音信《おとず》れた者がある。  トン、トン、トン、トン。 「はい、今開けます、唯今《ただいま》、々々、」と内では、うつらうつらとでもしていたらしい、眠け交《まじ》りのやや周章《あわ》てた声して、上框《あがりがまち》から手を伸《のば》した様子で、掛金をがッちり。  その時|戸外《おもて》に立ったのが、 「お待ちなさい、貴方《あなた》はお宅《うち》の方なんですか。」と、ものありげに言ったのであるが、何の気もつかない風で、 「はい、あの、杉でございます。」と、あたかもその眠っていたのを、詫びるがごとき口吻《くちぶり》である。  その間《ま》になお声をかけて、 「宜いんですか、開けても、夜がふけております。」 「へい、……、」ちと変った言《いい》ぐさをこの時はじめて気にしたらしく、杉というのは、そのままじっとして手を控えた。  小留《おやみ》のない雪は、軒の下ともいわず浴びせかけて降《ふり》しきれば、男の姿はありとも見えずに、風はますます吹きすさぶ。        十五 「杉、爺《じい》やかい。」とこの時に奥の方《かた》から、風こそ荒《すさ》べ、雪の夜《よ》は天地を沈めて静《しずか》に更け行《ゆ》く、畳にはらはらと媚《なま》めく跫音《あしおと》。  端近《はしぢか》になったがいと少《わか》く清《すず》しき声で、 「辻が帰っておいでかい。」 「あれ、」と低声《こごえ》に年増《としま》が制して、門《かど》なる方《かた》を憚《はばか》る気勢《けはい》。 「可《よ》かったら開けて下さい、こっちにお知己《ちかづき》の者じゃあないんです、」 「…………」 「この突当《つきあたり》の家《うち》で聞いて来たんですが、紅梅屋敷とかいうのでしょう。」 「はい、あの誰方《どなた》様で、」 「いえ、御存じの者じゃアありませんが、すこし頼まれて来たんです、構いません、ここで言いますから、あのね。」 「お開けよ。」 「…………」 「こっちへさあ。可《い》いわ、」  ここにおいて、 「まあ、お入りなさいまし。」と半ば圧《おさ》えていた格子戸をがらりと開けた。框《かまち》にさし置いた洋燈《ランプ》の光は、ほのぼのと一筋、戸口から雪の中。  同時に身を開いて一足あとへ、体を斜めにする外套《がいとう》を被《き》た人の姿を映して、余《あまり》の明《あかり》は、左手《ゆんで》なる前庭を仕切った袖垣を白く描き、枝を交《まじ》えた紅梅にうつッて、間近なるはその紅《くれない》の莟《つぼみ》を照《てら》した。  けれども、その最もよく明かに且つ美しく照したのは、雪の風情でなく、花の色でなく、お杉がさした本斑布《ほんばらふ》の櫛《くし》でもない。濃いお納戸地に柳立枠《やなぎたてわく》の、小紋縮緬《こもんちりめん》の羽織を着て、下着は知らず、黒繻子《くろじゅす》の襟をかけた縞《しま》縮緬の着物という、寮のお若が派手姿と、障子に片手をかけながら、身をそむけて立った脇あけをこぼるる襦袢《じゅばん》と、指に輝く指環《ゆびわ》とであった。  部屋|働《ばたらき》のお杉は円髷《まるまげ》の頭《かしら》を下げ、 「どうぞ、貴下《あなた》、」 「それでは、」と身を進めて、さすがに堪え難うしてか、飛込む勢《いきおい》。中折《なかおれ》の帽子を目深《まぶか》に、洋服の上へ着込んだ外套の色の、黒いがちらちらとするばかり、しッくい叩きの土間も、研出《とぎだ》したような沓脱石《くつぬぎいし》も、一面に雪紛々。 「大変でございますこと、」とお杉が思わず、さもいたわるように言ったのを聞くと、吻《ほっ》とする呼吸《いき》をついて、 「ああ、乱暴だ。失礼。」と身震《みぶるい》して、とんとんと軽く靴を踏み、中折を取ると柔かに乱れかかる額髪を払って、色の白い耳のあたりを拭《ぬぐ》ったが、年紀《とし》のころ二十三四、眉の鮮《あざや》かな目附に品のある美少年。殊にものいいの判然《はっきり》として訛《なまり》のないのは明《あきらか》にその品性を語り得た。お杉は一目見ると、直ちにかねて信心の成田様の御左《おんひだり》、矜羯羅童子《こんがらどうじ》を夢枕に見るような心になり、 「さぞまあ、ねえ、どうもまあ、」とばかり見惚《みと》れていたのが、慌《あわただ》しく心付いて、庭下駄を引《ひっ》かけると客の背後《うしろ》へ入交《いれかわ》って、吹雪込む門《かど》の戸を二重《ふたえ》ながら手早くさした。 「直ぐにお暇《いとま》を。」 「それでも吹込みまして大変でございますもの。」  と見るとお若が、手を障子にかけて先刻《さっき》から立ったままぼんやり身動《みうごき》もしないでいる。 「お若さん、御挨拶をなさいましなね、」  お若は莞爾《にっこり》して何にも言わず、突然《いきなり》手を支《つか》えて、ばッたり悄《しお》れ伏すがごとく坐ったが、透通るような耳許《みみもと》に颯《さっ》と紅《くれない》。  髷の根がゆらゆらと、身を揉《も》むばかりさも他愛なさそうに笑ったと思うと、フイと立ってばたばたと見えなくなった。  客は手持無沙汰《てもちぶさた》、お杉も為《せ》ん術《すべ》を心得ず。とばかりありて、次の室《ま》の襖越《ふすまごし》に、勿体らしい澄《すま》したものいい。 「杉や、長火鉢の処じゃあ失礼かい。」        十六 「いいえ、貴下《あなた》失礼でございますが、別にお座敷へ何いたしますと、寒うございますから。そしてこれをお羽織んなさいまし、気味が悪いことはございません、仕立《したて》ましたばかりでございます。」と裏返しか、新調か、知らず筋糸のついたままなる、結城《ゆうき》の棒縞《ぼうじま》の寝《ねん》ね子《こ》半纏《ばんてん》。被《き》せられるのを、 「何、そんな、」とかえって剪賊《おいはぎ》に出逢ったように、肩を捻《ねじ》るほどなおすべりの可《い》い花色裏。雪まぶれの外套を脱いだ寒そうで傷々《いたいた》しい、背《うしろ》から苦もなくすらりと被《かぶ》せたので、洋服の上にこの広袖《どてら》で、長火鉢の前に胡坐《あぐら》したが、大黒屋|惣六《そうろく》に肖《に》て否《ひ》なるもの、S. DAIKOKUYA という風情である。 「どうしてこんな晩に、遊女《おいらん》がお帰しなすったんですねえ、酷《ひど》いッたらないじゃアありませんか、ねえお若さん。あら、どうも飛《とん》でもない、火をお吹きなすっちゃあ不可《いけ》ません、飛でもない。」  と什麼《そもさん》こうすりゃ何とまあ? 花の唇がたちまち変じて、鳥の嘴《くちばし》にでも化けるような、部屋働の驚き方。お若は美しい眉を顰《ひそ》めて、澄《すま》して、雪のような頬を火鉢のふちに押《おし》つけながら、 「消炭を取っておいで、」 「唯今《ただいま》何します、どうも、貴下御免なさいましよ。主人が留守だもんですから、少姐《ねえ》さんのお部屋でついお心易立《こころやすだて》にお炬燵《こた》を拝借して、続物を読んで頂いておりました処が、」 「つい眠くなったじゃあないか、」とお若は莞爾《にっこり》する。 「それでも今夜のように、ふらふら睡気《ねむけ》のさすったらないのでございますもの。」 「お極《きまり》だわ。」 「可哀相《かわいそう》に、いいえ、それでも、全く、貴下が戸をお叩き遊ばしたのは、現《うつつ》でございましたの。」 「私もうとうとしていたから、どんなにお待ちなすったか知れないねえ。ほんとうに貴下、こんな晩に帰しますような処へは、もういらっしゃらない方が可《よ》うございますわ。構やしません、そんな遊女《おいらん》は一晩の内に凍砂糖《こおりざとう》になってしまいます。」と真顔でさも思い入ったように言った。お若はこの人を廓《くるわ》なる母屋の客と思込んだものであろう。 「私は、そんな処へ行ったんじゃあないんです。」 「お隠し遊ばすだけ罪が深うございますわ、」 「別に隠しなんぞするものか。  しかし飛んだ御厄介になりました、見ず知らずの者が夜中に起して、何だか気が咎《とが》めたから入りにくくッていたんだけれど、深切にいっておくんなさるから、白状すりや渡《わたり》に舟なんで、どうも凍えそうで堪《たま》らなかった。」  と語るに、ものもいいにくそうな初心な風采《ふうさい》、お杉はさらぬだに信心な処、しみじみと本尊の顔を瞻《みまも》りながら、 「そう言えばお顔の色も悪いようでございます、あのちょうど取ったのがございますから、熱くお澗《かん》をつけましょうか。」 「召《めし》あがるかしら、」とお若は部屋ばたらきを顧みて、これはかえってその下戸であることを知り得たるがごとき口ぶりである。 「どうして、酒と聞くと身震《みぶるい》がするんだ、どうも、」  と言いながら顔を上げて、座右のお杉と、彼方《かなた》に目の覚めるようなお若の姿とを屹《きっ》と見ながら、明《あかる》い洋燈《ランプ》と、今青い炎《ひ》を上げた炭とを、嬉しそうに打眺めて、またほッといきをついて、 「私を変だと思うでしょう。」        十七 「自分でも何だか夢を見てるようだ。いいえ薬にも及ばない、もう可《い》いんです。何だね、ここは二上屋という吉原の寮で、お前さんは、女中、ああ、そうして姉さんはお若さん?」 「はい、さようでございます。」とお若はあでやかに打微笑《うちほほえ》む。 「ええと、ここを出て突当りに家《うち》がありますね、そこを通って左へ行《ゆ》くと、こう坂になっていましょうか、そう、そこから直《じき》に大門ですか、そう、じゃあ分った、姉さん、」とお若の方に向直った。 「姉さんに届けるものがあるんです、」といいながらお杉に向い、 「確か廓《くるわ》へ入ろうという土手の手前に、こっちから行《ゆ》くと坂が一ツ。」  打頷《うちうなず》けば頷いて、 「もう分った、そこです、その坂を上ろうとして、雪にがっくり、腕車《くるま》が支《つか》えたのでやっと目が覚めたんだ。」  この日|脇屋欽之助《わさやきんのすけ》が独逸行《ドイツゆき》を送る宴会があった。 「実は今日友達と大勢で伊予紋に会があったんです、私がちっと遠方へ出懸けるために出来た会だったもんだから、方々の杯の目的《めあて》にされたんで、大変に酔っちまってね。横になって寝てでもいたろうか、帰りがけにどこで腕車に乗ったんだか、まるで夢中。  もっとも待たしておく筈《はず》の腕車はあったんだけれども、一体内は四《よ》ツ谷《や》の方、あれから下谷《したや》へ駆けて来た途中、お茶の水から外神田へ曲ろうという、角の時計台の見える処で、鉄道馬車の線路を横に切れようとする発奮《はずみ》に、荷車へ突当って、片一方の輪をこわしてしまって、投出されさ。」 「まあ、お危うございます、」 「ちっと擦剥《すりむ》いた位、怪我《けが》も何もしないけれども。  それだもんだから、辻車に飛乗《とびのり》をして、ふらふら眠りながら来たものと見えます。  お話のその土手へ上《あが》ろうという坂だ。しっくり支《つか》えたから、はじめて気がついてね、見ると驚いたろうじゃあないか。いつの間にか四辺《あたり》は真白《まっしろ》だし、まるで野原。右手の方の空にゃあ半月のように雪空を劃《くぎ》って電燈が映ってるし、今度|行《ゆ》こうという、その遠方の都の冬の処を、夢にでも見ているのじゃあるまいかと思った。  それで、御本人はまさしく日本の腕車《くるま》に乗ってさ、笑っちゃあ不可《いけな》い車夫が日本人だろうじゃあないか。雪の積った泥除《どろよけ》をおさえて、どこだ、若い衆、どこだ、ここはツて、聞くと、御串戯《ごじょうだん》もんだ、と言うんです。  四ツ谷へ帰るんだッてね、少し焦《じ》れ込むと、まあ宜《よ》うがすッさ、お聞きよ。  馬鹿にしちゃ可《い》かん、と言って、間違《まちがい》の原因《もと》を尋ねたら、何も朋友《ともだち》が引張《ひっぱ》って来たという訳じゃあなかった。腕車に乗った時は私一人雪の降る中をよろけて来たから、ちょうど伊藤松坂屋の前の処で、旦那召しまし、と言ったら、ああ遣《や》ってくれ、といって乗ったそうだ。  遣ってくれと言うから、廓《なか》へ曳《ひ》いて来たのに不思議はありますまいと澄《すま》したもんです。議論をしたっておッつかない。吹雪じゃアあるし、何でも可いから宅《うち》まで曳いてッておくれ、お礼はするからと、私も困ってね。  頼むようにしたけれど、ここまで参ったのさえ大汗なんで、とても坂を上《あが》って四ツ谷くんだりまでこの雪に行《ゆ》かれるもんじゃあない。  箱根八里は馬でも越すがと、茶にしていやがる。それに今夜ちっと河岸《かし》の方とかで泊り込《こみ》という寸法があります、何ならおつき合なさいましと、傍若無人、じれッたくなったから、突然《いきなり》靴だから飛び下りたさ。」      二人使者        十八  欽之助は茶一碗、霊水《かたちみず》のごとくぐっと干して、 「お恥かしいわけだけれど、実は上野の方へ出る方角さえ分らない。芳原はそこに見えるというのに、車一台なし、人ッ子も通らない。聞くものはなし、一体何時頃か知らんと、時計を出そうとすると、おかしい、掏《す》られたのか、落したのか、鎖ぐるみなくなっている。時間さえ分らなくなって、しばらくあの坂の下り口にぼんやりして立っていた。  心細いッたらないのだもの、おまけに目もあてられない吹雪と来て、酔覚《えいざめ》じゃあり、寒さは寒し、四ツ谷までは百里ばかりもあるように思ったねえ。そうすると何だかまた夢のような心持になってさ。生れてはじめて迷児《まいご》になったんだから、こりゃ自分の身体《からだ》はどうかいうわけで、こんなことになったのじゃあなかろうかと、馬鹿々々しいけれども、恐《こわ》くなったんです。  ただ車夫《くるまや》に間違えられたばかりなら、雪だっても今|帷子《かたびら》を着る時分じゃあなし、ちっとも不思議なことは無いんだけれども。  気になるのは、昼間|腕車《くるま》が壊れていましょう、それに、伊予紋で座が定《きま》って、杯の遣取《やりとり》が二ツ三ツ、私は五酌上戸だからもうふらついて来た時分、女中が耳打をして、玄関までちょっとお顔を、是非お目にかかりたい、という方があるッてね。つまり呼出したものがあるんだ。  灯《あかり》がついた時分、玄関はまだ暗かった、宅で用でも出来たのかと、何心なく女中について、中庭の歩《あゆみ》を越して玄関へ出て見ると、叔母の宅《うち》に世話になって、従妹《いとこ》の書物《ほん》なんか教えている婦人が来て立っていました。  先刻《さっき》奥さんが、という、叔母のことです。四ツ谷のお宅へいらっしゃると、もうお出かけになりましたあとだそうです。お約束のものが昨日《きのう》出来上って参りましたものですから、それを貴下《あなた》にお贈り申したいとおっしゃって、お持ちなすったのでございますが、お留守だというのでそのまま持ってお帰りなすって、あの児《こ》のことだから、大丈夫だろうとは思うけれど、そうでもない、お朋達《ともだち》におつき合で、他《ほか》ならば可《い》いが、芳原へでも行《ゆ》くと危い。お出かけさきへ行ってお渡し申せ、とこれを私にお預けなさいましたから、腕車で大急ぎで参りました。  何でも広徳寺前|辺《あたり》に居る、名人の研屋《とぎや》が研ぎましたそうでございますからッてね、紫の袱紗包《ふくさづつみ》から、錦《にしき》の袋に入った、八寸の鏡を出して、何と料理屋の玄関で渡すだろうじゃありませんか。」と少年は一|呼吸《いき》ついた。お若と女中は、耳も放さず目も放さず。 「鏡の来歴は叔母が口癖のように話すから知っています。何でも叔父がこの廓《くるわ》で道楽をして、命にも障る処を、そのお庇《かげ》で人らしくなったッてね。  私も決して良い処とは思わないけれども、大抵様子は分ってるが、叔母さんと来た日にゃあ、若い者が芳原へ入れば、そこで生命《いのち》がなくなるとばかり信じてるんだ。  その人に甘やかされて、子のようにして可愛がられて育った私だから、失礼だが、様子は知っていても廓は恐しい処とばかり思ってるし、叔母の気象も知ってるんだけれども、どうです、いやしくも飲もうといって、少《わか》い豪傑が手放《てばなし》で揃ってる、しかも艶《えん》なのが、まわりをちらちらする処で、御意見の鏡とは何事だ。  そうして懐へ入れて持って帰れと来た日にゃあ、私は人魂《ひとだま》を押《おッ》つけられたように気が滅入《めい》った。  しかもお使番が女教師の、おまけに大の基督教《キリストきょう》信者と来ては助からんねえ。」  打微笑《うちほほえ》み、 「相済まんがどうぞ宅《うち》の方へお届けを、といって平にあやまると、使《つかい》の婦人が、私も主義は違っております。かようなものは信じませんが、貴君《あなた》を心《しん》から思召していらっしゃる方の志は通すもんです。私もその御深切を感じて、喜んで参りました位です、こういうお使は生れてからはじめてです、と謂《い》った。こりゃ誰だって、全くそう。」        十九 「しかし土手下で雪に道を遮られて帰る途《みち》さえ分らなくなった時思出して、ああ、あれを頂いて持っていたら、こんな出来事が無かったのかも知れない。考えて見ればいくら叔母だって、わざわざ伊予紋まで鏡を持《もた》して寄越《よこ》すってことは容易でない。それを持して寄越したのも何かの前兆、私が受取らないで女の先生を帰したのも、腕車《くるま》の破《こわ》れたのも、車夫に間違えられたのも、来よう筈《はず》のない、芳原近くへ来る約束になっていたのかも知れないと、くだらないことだが、悚《ぞっ》としたんだね。  もっとも、その時だって、天窓《あたま》からけなして受けなかったのじゃあない、懐へでも入れば受取ったんだけれども、」  我が胸のあたりをさしのぞくがごとくにして、 「こんな扮装《いでたち》だから困ったろうじゃありませんか。  叔母には受取ったということに繕って、密《そっ》と貴女《あなた》から四ツ谷の方へ届けておいて下さいッて、頼んだもんだから、少《わか》い夜会結《やかいむすび》のその先生は、不心服なようだッけ、それでは、腕車で直ぐ、お宅の方へ、と謂って帰っちまったんですよ。  あとは大飲《おおのみ》。  何しろ土手下で目が覚めたという始末なんですから。  それからね。  何でも来た方へさえ引返《ひっかえ》せば芳原へ入るだけの憂慮《きづかい》は無いと思って、とぼとぼ遣《や》って来ると向い風で。  右手に大溝《おおどぶ》があって、雪を被《かつ》いで小家《こいえ》が並んで、そして三階|造《づくり》の大建物の裏と見えて、ぼんやり明《あかり》のついてるのが見えてね、刎橋《はねばし》が幾つも幾つも、まるで卯《う》の花|縅《おどし》の鎧《よろい》の袖を、こう、」  借着の半纏《はんてん》の袂《たもと》を引いて。 「裏返したように溝《どぶ》を前にして家の屋根より高く引上げてあったんだ。」  それも物珍しいから、むやむやの胸の中にも、傍見《わきみ》がてら、二ツ三ツ四ツ五足に一ツくらいを数えながら、靴も沈むばかり積った路を、一足々々踏分けて、欽之助が田町の方へ向って来ると、鉄漿溝《おはぐろどぶ》が折曲って、切れようという処に、一ツだけ、その溝の色を白く裁切《たちき》って刎橋の架《かか》ったままのがあった。 「そこの処に婦人《おんな》が一|人《にん》立ってました、や、路を聞こう、声を懸けようと思う時、  近づく人に白鷺《しらさぎ》の驚き立つよう。  前途《ゆくて》へすたすたと歩行《ある》き出したので、何だか気がさしてこっちでも立停《たちどま》ると、劇《はげ》しく雪の降り来る中へ、その姿が隠れたが、見ると刎橋の際へ引返《ひっかえ》して来て、またするすると向うへ走る。  続いて歩行《ある》き出すと、向直ってこっちへ帰って来るから、私もまた立停るという工合、それが三度目には擦違って、婦人《おんな》は刎橋の処で。  私は歩行《ある》き越して入違いに、今度は振返って見るようになったんだ。  そうするとその婦人《おんな》がこう彳《たたず》んだきり、うつむいて、さも思案に暮れたという風、しょんぼりとして哀《あわれ》さったらなかったから。  私は二足ばかり引返《ひっかえ》した。  何か一人では仕兼ねるようなことがあるのであろう、そんな時には差支えのない人に、力になって欲しかろう。自分を見て遁《に》げないものなら、どんな秘密を持っていようと、声をかけて、構うまいと思ってね。  実は何、こっちだって味方が欲《ほし》い。またどんな都合で腕車の相談が出来ないものでも無いとも考えたから。  お前さんどうしたんですッて。」 「まあ、御深切に、」と、話に聞惚《ききと》れたお若は、不意に口へ出した、心の声。 「傍《そば》へ寄って見ると、案の定、跣足《はだし》で居る、実に乱次《しどけ》ない風で、長襦袢《ながじゅばん》に扱帯《しごき》をしめたッきり、鼠色の上着を合せて、兵庫という髪が判然《はっきり》見えた、それもばさばさして今寝床から出たという姿だから、私は知らないけれども疑う処はない、勤人《つとめにん》だ。  脊の高いね、恐しいほど品の好《い》い遊女《おいらん》だったッけ。」        二十 「その婦人《おんな》に頼まれたんです。姉さん、」と謂いかけて、美しい顔をまともに屹《きっ》と女《むすめ》に向けた。  お若は晴々しそうに、ちょいと背けて、大呼吸《おおいき》をつきながら、黙って聞いているお杉と目を合せたのである。 「誰?」 「へい。」と、ただまじまじする。 「姉さんに、その遊女《おいらん》が今夜中にお届け申す約束のものがあるが、寮にいらっしゃるお若さん、同一《おなじ》御主人だけれども、旦那とかには謂われぬこと、朋友《ともだち》にも知れてはならず、新造《しんぞ》などにさとられては大変なので、昼から間《ま》を見て、と思っても、つい人目があって出られなかった。  ちょうど今夜は、内証《ないしょ》に大一座の客があって、雪はふる、部屋々々でも寐込《ねこ》んだのを機《しお》にぬけて出て、ここまでは来ましたが、土を踏むのにさえ遠退《とおの》いた、足がすくんで震える上に、今時こういう処へ出られる身分の者ではないから、どんな目に逢おうも知れない。  寮はもうそこに見えます。一町とは間のない処、紅梅屋敷といえば直《じき》に知れますが、あれ、あんなに犬が吠《ほ》えて、どうすることもならないから、生命《いのち》を助けると思って、これを届けて下さいッて、拝むようにして言ったんだ。成程今考えるとここいらで大層犬が吠えたっけ。  何、頼まれる方では造作のないこと、本人に取っては何かしら、様子の分らぬ廓《くるわ》のこと、一大事ででもあるようだから、直《じか》にことづかった品物があるんです。  ただ渡せば可《い》いか、というとね、名も何にもおっしゃらないでも、寮の姉さんはよく御存じ、とこういうから、承知した。  その寮はッて聞くと、ここを一町ばかり、左の路地へ入った処、ちょうど可い、帰路《かえりみち》もそこだというもの。そのまま別れて遣《や》って来ると、先刻《さっき》尋ねました、路地の突当りになる通《とおり》の内に、一軒|灯《あかり》の見える長屋の前まで来て、振向いて見ると、その婦人《おんな》がまだ立っていて、こっちへ指《ゆびさし》をしたように見えたけれども、朧気《おぼろげ》でよくは分らないから、一番《ひとつ》、その灯《あかり》を幸《さいわい》。  路地をお入んなさいッて、酒にでも酔ったらしい、爺《じじい》の声で教えてくれた。  何、一々|委《くわ》しいことをお話しするにも当らなかったんだけれど、こっちへ入って、はじめて、この明《あかる》い灯《あかり》を見ると、何だか雪路《ゆきみち》のことが夢のように思われたから、自分でもしっかり気を落着けるため、それから、筋道を謂わないでは、夜中に婦人《おんな》ばかりの処へ、たとえ頼まれたッても変だから。  そういう訳です、ともかくもその頼まれたものを上げましょう、」といって、無造作に肱《ひじ》を張って、左の胸に高く取った衣兜《かくし》の中へ手を入れた。――  固くなって聞いていた、二人とも身動きして、お若は愛くるしい頬を支えて白い肱に襦袢の袖口を搦《から》めながら、少し仰向いて、考えるらしく銀《すず》のような目を細め、 「何だろうねえ、杉や。」 「さようでございます、」とばかり一大事の、生命《いのち》がけの、約束の、助けるのと、ちっとも心あたりは無かったが、あえて客の言《ことば》を疑う色は無かったのである。 「待って下さい、」とこの時、また右の方の衣兜《かくし》を探って、小首を傾け、 「はてな、じゃあ外套《がいとう》の方だった、」と片膝立てたので。  杉、 「私が。」 「確か左の衣兜へ、」  と差俯《さしうつむ》いた処へ、玄関から、この人のと思うから、濡れたのを厭《いと》わず、大切に抱くようにして持って来た。  敷居の上へ斜《ななめ》に拡げて、またその衣兜へ手を入れたが、冷たかったか、慄《ぞっ》としたよう。        二十一 「可《よ》うございますよ、お落しなさいましても、あなたちっとも御心配なことはないの。」  探しあぐんで、外套を押遣《おしや》って、ちと慌てたように広袖《どてら》を脱ぎながら、上衣の衣兜へまた手を入れて、顔色をかえて悄《しお》れてじっと考えた時、お若は鷹揚《おうよう》に些《さ》も意に介する処のないような、しかも情の籠《こも》った調子で、かえって慰めるように謂《い》った。  お杉は心も心ならず、憂慮《きづかわ》しげに少年の状《さま》を瞻《みまも》りながら、さすがにこの際|喙《くち》を容《い》れかねていたのであった。  此方《こなた》はますます当惑の色面《おもて》に顕《あらわ》れ、 「可《い》いじゃアありません、可《よ》かあない、可かあない、」  と自ら我身を詈《ののし》るごとく、 「落すなんて、そんな間のあるわけはないんだからねえ、頼んだ人は生命《いのち》にもかかわる。」と、早口にいってまた四辺《あたり》を眗《みまわ》した。 「一体どんなものでございます。」とお杉は少年に引添うて、渠《かれ》を庇《かば》うようにして言う。 「私も更《あらた》めちゃ見なかった、いいえ、実は見ようとも思わなかったような次第なんです。何でもこう紙につつんだ、細長いもので、受取った時少し重みがあったんだがね。」  お若はちょいと頷《うなず》いて、 「杉、」 「ええ、」 「瀬川さんの……ね、あれさ、」と呑込《のみこ》ませる。 「ええ、成程、貴下《あなた》、それじゃあ、何でございますよ、抱えの瀬川さんという方にお貸しなすったんですよ、あの、お頼まれなすった遊女《おいらん》は、脊の高い、品の可い、そして淋しい顔色《かおつき》の、ああ煩っているもんだからてっきり、そう!」  と勢《いきおい》よくそれにした。 「今夜までに返すからと言ったにゃあ言いましたけれども、何、少姐《ねえ》さんは返してもらうおつもりじゃございませんのに、やっと今こっちじゃあ思い出しました位ですもの。」 「何です、それは、」とやや顔の色を直して言った。口うらを聞けば金子《かね》らしい、それならばと思う今も衣兜の中なる、手尖《てさき》に触るるは袂落《たもとおとし》。修学のためにやがて独逸《ドイツ》に赴かんとする脇屋欽之助は、叔母に今は世になき陸軍少将|松島主税《まつしまちから》の令夫人を持って、ここに擲《なげう》って差支えのない金員あり。もって、余りに頼効《たのみがい》なき虚気《うつけ》の罪を、この佳人の前に購《あがな》い得て余りあるものとしたのである。  問われてお杉は引取って、 「ちっとばかりお金子です。」  欽之助は嬉しそうに、 「じゃあ私が償おう。いいえ、どうぞそうさしておくんなさい、大したことならば帰るまで待ってもらおうし、そんなでも無いなら遣《つか》って可いのを持っているから。」と思込んで言った。 「飛んでもない、貴下《あなた》、」と杉。  お若は知らぬ顔をして莞爾《にっこり》している。  此方《こなた》は熱心に、 「お願いだから、可いんだから、それでないと実に面目を失する。こうやって顔を合していても冷汗が出るほど、何だか極《きまり》が悪いんだ、夜々中《よるよなか》見ず知らずが入込んで、どうも変だ。」 「あなた、可いんですよ、私お金子を持っています、何にも遣わないお小遣《こづかい》が沢山《たんと》あるわ、銀のだの、貴下、紙幣《さつ》のだの、」といいながら、窮屈そうに坐って畏《かしこ》まっていた勝色《かちいろ》うらの褄《つま》を崩して、膝を横、投げ出したように玉の腕《かいな》を火鉢にかけて、斜《ななめ》に欽之助の面《おもて》を見た。姿も容《かたち》も、世にまたかほどまでに打解けた、ものを隠さぬ人を信じた、美しい、しかも蟠《わだかまり》のない言葉はあるまい。      左の衣兜        二十二  意外な言葉に、少年は呆《あき》れたような目をしながら、今更顔が瞻《みまも》られた、時に言うべからざる綺麗《きれい》な思《おもい》が此方《こなた》の胸にも通じたので。  しかも遠慮のない調子で、 「いずれお詫《わび》をする、更《あらた》めてお礼に来ましょうから、相済まんがどうぞ一番《ひとつ》、腕車《くるま》の世話をしておくんなさい。こういうお宅だから帳場にお馴染《なじみ》があるでしょう、御近所ならば私が一所に跟《つ》いて行《ゆ》くから、お前さん。」  杉は女《むすめ》の方をちょいと見たが、 「あなた何時《なんどき》だとお思いなさいます。私《わたくし》どもでは何でもありやしませんけれども、世間じゃ夜の二時過ぎでしょう。  あれあの通《とおり》、まだ戸外《おもて》はあんなでございますよ。」  少年は降りしきる雪の気勢《けはい》を身に感じて、途中を思い出したかまた悚《ぞっ》とした様子。座に言《ことば》が途絶えると漂渺《ひょうびょう》たる雪の広野《ひろの》を隔てて、里ある方《かた》に鳴くように、胸には描かれて、遥《はるか》に鶏の声が聞えるのである。 「お若さん、お泊め申しましょう、そして気を休めてからお帰りなさいまし。  私《わたくし》どもの分際でこう申しちゃあ失礼でございますけれども、何だかあなたはお厄日ででもいらっしゃいますように存じますわ。  お顔色もまだお悪うございますし、御気分がどうかでございますが、雪におあたりなすったのかも知れません。何だか、御大病の前ででもあるように、どこか御様子がお寂しくッて、それにしょんぼりしておいでなさいますよ。  御自分じゃちゃんとしてお在《いで》遊ばすのでございましょうけれども、どうやらお心が確《たしか》じゃないようにお見受申します。  お聞き申しますと悪いことばかり、お宅から召したお腕車は破《こわ》れたでしょう、松坂屋の前からのは、間違えて飛んだ処へお連れ申しますし、お時計はなくなります。またお気にお懸け遊ばすには及びませんが、お託《ことづか》り下さいましたものも失《う》せますね。それも二度、これも二度、重ね重ね御災難、二度のことは三度とか申します。これから四ツ谷|下《くん》だりまで、そりゃ十年お傭《やとい》つけのような確《たしか》な若いものを二人でも三人でもお跟《つ》け申さないでもございませんが、雪や雨の難渋なら、皆《みんな》が御迷惑を少しずつ分けて頂いて、貴下《あなた》のお身体《からだ》に恙《つつが》のないようにされますけれども、どうも御様子が変でございます。お怪我でもあってはなりません。内へお通いつけのお客様で、お若さんとどんなに御懇意な方でも、ついぞこちらへはいらっしった験《ためし》のございませんのに、しかもあなた、こういう晩、更けてからおいで遊ばしたのも御介抱を申せという、成田様のおいいつけででもございましょう。  悪いことは申しませんから、お泊んなさいまし、ね、そうなさいまし。  そしてお若さんもお炬燵《こた》へ、まあ、いらっしゃいまし、何ぞお暖《あったか》なもので縁起直しに貴下一口差上げましょうから、  あれさ、何は差置きましてもこの雪じゃありませんかねえ。」 「実はどういうんだか、今夜の雪は一片《ひとつ》でも身体《からだ》へ当るたびに、毒虫に螫《ささ》れるような気がするんです。」  と好個の男児何の事ぞ、あやかしの糸に纏《まと》われて、備わった身の品を失うまで、かかる寒さに弱ったのであった。 「ですからそうなさいまし、さあ御安心。お若さん宜《よ》うございましょう? 旦那はあちらで十二時までは受合お休み、夜が明けて爺やとお辻さんが帰って参りましたら、それは杉が心得ますから、ねえ、お若さん。」  お杉大明神様と震えつく相談と思《おもい》の外、お若は空吹く風のよう、耳にもかけない風情で、恍惚《うっとり》して眠そうである。  はッと思うと少年よりは、お杉がぎッくり、呆気《あっけ》に取られながら安からぬ顔を、お若はちょいと見て笑って、うつむいて、 「夜が明けると直《すぐ》お帰んなさるんなら厭!」 「そうすりゃ、」と杉は勢込み、突然《いきなり》上着の衣兜《かくし》の口を、しっかりとつかまえて、 「こうして、お引留めなさいましな。」        二十三  寝衣《ねまき》に着換えさしたのであろう、その上衣と短胴服《チョッキ》、などを一かかえに、少し衣紋《えもん》の乱れた咽喉《のど》のあたりへ押《おッ》つけて、胸に抱《いだ》いて、時の間《ま》に窶《やつれ》の見える頤《おとがい》を深く、俯向《うつむ》いた姿《なり》で、奥の方六畳の襖《ふすま》を開けて、お若はしょんぼりして出て来た。  襖の内には炬燵《こたつ》の裾《すそ》、屏風《びょうぶ》の端。  背《うしろ》片手で密《そ》とあとをしめて、三畳ばかり暗い処で姿が消えたが、静々と、十畳の広室《ひろま》に顕《あらわ》れると、二室《ふたま》越|二重《ふたえ》の襖、いずれも一枚開けたままで、玄関の傍《わき》なるそれも六畳、長火鉢にかんかんと、大形の台洋燈《だいランプ》がついてるので、あかりは青畳の上を辷《すべ》って、お若の冷たそうな、爪先《つまさき》が、そこにもちらちらと雪の散るよう、足袋は脱いでいた。  この灯《あかり》がさしたので、お若は半身を暗がりに、少し伸上るようにして透《すか》して見ると、火鉢には真鍮《しんちゅう》の大薬鑵《おおやかん》が懸《かか》って、も一ツ小鍋《こなべ》をかけたまま、お杉は行儀よく坐って、艶々《つやつや》しく結った円髷《まるまげ》の、その斑布《ばらふ》の櫛《くし》をまともに見せて、身動きもせずに仮睡《いねむり》をしている。  差覗《さしのぞ》いてすっと身を引き、しばらく物音もさせなかったが、やがてばったり、抱えてたものを畳に落して、陰々として忍泣《しのびなき》の声がした。  しばらくすると、密《そっ》とまたその着物を取り上げて、一ツずつ壁の際なる衣桁《いこう》の亙《わたし》。  お若は力なげに洋袴《ずぼん》をかけ、短胴服《チョッキ》をかけて、それから上衣を引《ひっ》かけたが、持ったまま手を放さず、じっと立って、再び密《そっ》と爪立《つまだ》つようにして、間《ま》を隔ってあたかも草双紙の挿絵を見るよう、衣《きぬ》の縞《しま》も見えて森閑と眠っている姿を覗くがごとくにして、立戻って、再三衣桁にかけた上衣の衣兜《かくし》。  しかもその左の方を、しっかと取ってお若は思わず、 「ああ、厭《いや》だっていうんだもの、」と絶入るように独言《ひとりごと》をした。あわれこうして、幾久しく契《ちぎり》を籠《こ》めよと、杉が、こうして幾久しく契を籠めよと!  お若は我を忘れたように、じっとおさえたまま身を震わして、しがみつくようにするトタンに、かちりと音して、爪先へ冷《ひや》りと中《あた》り、総身に針を刺されたように慄《ぞっ》と寒気を覚えたのを、と見ると一|挺《ちょう》の剃刀《かみそり》であった。 「まあ、恐《こわ》いことねえ。」  なお且つびっしょり濡れながら袂《たもと》の端に触れたのは、包んで五助が方《かた》へあつらえた時のままなる、見覚えのある反故《ほご》である。  お若はわなわなと身を震わしたが、左手《ゆんで》に取ってじっと見る間に、面《おもて》の色が颯《さっ》と変った。 「わッ。」  というと研屋《とぎや》の五助、喚《わめ》いて、むッくと弾《は》ね起きる。炬燵の向うにころりとせ、貧乏徳利を枕にして寝そべっていた鏡研《かがみとぎ》の作平、もやい蒲団《ぶとん》を弾反《はねかえ》されて寝惚声《ねぼげごえ》で、 「何じゃい、騒々しい。」  五助は服《きもの》はだけに大の字|形《なり》の名残《なごり》を見せて、蟇《ひきがえる》のような及腰《およびごし》、顔を突出して目を睜《みは》って、障子越に紅梅屋敷の方《かた》を瞻《みつ》めながら、がたがたがたがた、 「大変だ、作平さん、大変だ、ひ、ひ、人殺し!」 「貧乏神が抜け出す前兆《しらせ》か、恐しく怯《おど》されるの、しっかりさっししっかりさっし。」といいながら、余り血相のけたたましさに、捨ておかれずこれも起きる。枕頭《まくらもと》には大皿に刺身のつま、猪口《ちょく》やら箸《はし》やら乱暴で。 「いや、お前《めえ》しっかりしてくれ、大変だ、どうも恐しい祟《たたり》だぜ、一方《ひとかた》ならねえ執念だ。」      化粧の名残        二十四 「とうとうお前《めえ》、旗本の遊女《おいらん》が惚《ほ》れた男の血筋を、一人紅梅屋敷へ引込んだ、同一《おなじ》理窟で、お若さんが、さ、さ、先刻《さっき》取り上げられた剃刀《かみそり》でやっぱり、お前、とても身分違いで思《おもい》が叶《かな》わぬとッて、そ、その男を殺すというのだい。今行水を遣《つか》ってら、」 「何をいわっしゃる、ははははは、風邪を引くぞ、うむ、夢じゃわ夢じゃわ。」 「はて、しかし夢か、」とぼんやりして腕を組んだが、 「待てよ、こうだによってと、誰か先刻《さっき》ここの前へ来て二上屋の寮を聞いたものはねえか。」 「おお、」  作平も膝を叩いた。 「そういやあある。お前《めえ》は酔っぱらってぐうぐうじゃ、何かまじまじとして私《わし》あ寐《ね》られん、一時《いっとき》半ばかり前に、恐しく風が吹いた中で、確《たしか》に聞いた、しかも少《わか》い男の声よ。」 「それだそれだ、まさしくそれだ、や、飛んだこッた。  お前《めえ》、何でも遊女《おいらん》に剃刀を授かって、お若さんが、殺してしまうと、身だしなみのためか、行水を、お前、行水ッて湯殿でお前、小桶《こおけ》に沸《わき》ざましの薬鑵《やかん》の湯を打《ぶ》ちまけて、お前、惜気もなく、肌を脱ぐと、懐にあった剃刀を啣《くわ》えたと思いねえ。硝子戸《がらすど》の外から覗《のぞ》いてた、私《わし》が方を仰向《あおむ》いての、仰向くとその拍子に、がッくり抜けた島田の根を、邪慳《じゃけん》に引《ひっ》つかんだ、顔色《かおつき》ッたら、先刻《さっき》見た幽霊にそッくりだあ、きゃあッともいおうじゃあねえか、だからお前、疾《はや》く行って留めねえと。」 「そして男を殺すとでもいうたかい、」 「いや、私《わし》が夢はお前《めえ》の夢、ええ、小じれッてえ。何でもお前が紅梅屋敷を教えたからだ。今思やうつつだろうか、晩方しかも今日|研立《とぎたて》の、お若さんの剃刀を取られたから、気になって、気になって堪《たま》るめえ。  処へ夜が更けて、尋ねて行《ゆ》くものがあるから、おかしいぜ、此奴《こいつ》、贔屓《ひいき》の田之助に怪我でもあっちゃあならねえと、直ぐにあとをつけて行《ゆ》くつもりだっけ、例の臆病《おくびょう》だから叶わねえ、不性《ぶしょう》をいうお前を、引張出《ひっぱりだ》して、夢にも二人づれよ。」 「やれやれ御苦労千万。」 「それから戸外《おもて》へ出ると雪はもう留《や》んでいた、寮の前へ行《ゆ》くとひっそりかんよ。人騒せなと、思ったけれど、あやまる分と、声をかけて、戸を叩いたけれど返事がねえ。  いよいよ変だと思うから大声で喚《わめ》いてドンドンやったが、成るほど夢か。叩くと音がしねえ、思うように声が出ねえ。我ながら向う河岸の渡船《わたしぶね》を呼んでるようだから、構わず開けて入ろうとしたが掛金がっちりだ。  どこか開《あ》く処があるめえかと、ぐるぐる寮の周囲《まわり》を廻る内に、湯殿の窓へあかりがさすわ。  はて変だわえ、今時分と、そこへ行って覗《のぞ》いた時、お若さんが寝乱れ姿で薬鑵を提げて出て来たあ。とまず安心をして凄《すご》いように美しい顔を見ると、目を泣腫《なきは》らしています、ね。どうしたかと思う内に、鹿《か》の子の見覚えある扱《しごき》一ツ、背後《うしろ》へ縮緬《ちりめん》の羽織を引振《ひっぷる》って脱いでな、褄《つま》を取って流《ながし》へ出て、その薬鑵の湯を打《ぶ》ちまけると、むっとこう霧のように湯気が立ったい、小棚から石鹸を出して手拭《てぬぐい》を突込《つっこ》んで、うつむけになって顔を洗うのだ。ぐらぐらとお前その時から島田の根がぬけていたろうじゃねえか。  それですっぱりと顔を拭《ふ》いてよ、そこでまた一安心をさせながら、何と、それから丸々ッちい両肌を脱いだんだ、それだけでも悚《ぞっ》とするのに、考えて見りゃちっと変だけれど、胸の処に剃刀が、それがお前《めえ》、 (五助さん、これでしょう、)と晩方|遊女《おいらん》が遣《や》った図にそっくりだ。はっと思うトタンに背向《うしろむき》になって仰向けに、そうよ、上口《あがりぐち》の方にかかった、姿見を見た。すると髪がざらざらと崩れたというもんだ、姿見に映った顔だぜ、その顔がまた遊女《おいらん》そのままだから、キャッといったい。」        二十五  されば五助が夢に見たのは、欽之助が不思議の因縁で、雪の夜《よ》に、お若が紅梅の寮に宿ったについての、委《くわ》しい順序ではなく、遊女の霊が、見棄てられたその恋人の血筋の者を、二上屋の女《むすめ》に殺させると叫んだのも、覚際《さめぎわ》にフト刺戟された想像に留《とど》まったのであるが、しかしそれは不幸にも事実であった。宵におびやかされた名残《なごり》とばかり、さまでには思わなかった作平も、まさしく少《わか》い声の男に、寮の道を教えたので、すてもおかず、ともかくもと大急ぎで、出掛ける拍子に、棒を小腋《こわき》に引きそばめた臆病《おくびょう》ものの可笑《おかし》さよ。  戸外《おもて》へ出ると、もう先刻《さっき》から雪の降る底に雲の行交《ゆきか》う中に、薄く隠れ、鮮かに顕《あらわ》れていたのがすっかり月の夜《よ》に変った。火の番の最後の鉄棒《かなぼう》遠く響いて廓《くるわ》の春の有明なり。  出合頭《であいがしら》に人が一人通ったので、やにわに棒を突立てたけれども、何、それは怪しいものにあらず、 「お早うがすな。」と澄《すま》して土手の方へ行った。  積んだ薪《たきぎ》の小口さえ、雪まじりに見える角の炭屋の路地を入ると、幽《かすか》にそれかと思う足あとが、心ばかり飛々《とびとび》に凹《くぼ》んでいるので、まず顔を見合せながら進んで門口《かどぐち》へ行《ゆ》くと、内は寂《しん》としていた。  これさえ夢のごときに、胸を轟《とどろ》かせながら、試みに叩いたが、小塚原《こつかッぱら》あたりでは狐の声とや怪しまんと思わるるまで、如月《きさらぎ》の雪の残月に、カンカンと響いたけれども、返事がない。  猶予ならず、庭の袖垣を左に見て、勝手口を過ぎて大廻りに植込の中を潜《くぐ》ると、向うにきらきら水銀の流るるばかり、湯殿の窓が雪の中に見えると思うと、前の溝と覚しきに、むらむらと薄くおよそ人の脊丈ばかり湯気が立っていた。  これにぎょッとして五助、作平、湯殿の下へ駆けつけた時はもう喘《あえ》いでいた。逡巡《しりごみ》をする五助に入交《いれかわ》って作平、突然《いきなり》手を懸けると、誰《た》が忘れたか戸締《とじまり》がないので、硝子窓《がらすまど》をあけて跨《また》いで入ると、雪あかりの上、月がさすので、明かに見えた真鍮《しんちゆう》の大薬鑵。蓋《ふた》と別々になって、うつむけに引《ひっ》くりかえって、濡手拭《ぬれてぬぐい》を桶《おけ》の中、湯は沢山にはなかったと思われ、乾き切って霜のような流《ながし》が、網を投げた形にびっしょりであった。  上口から躍込むと、あしのあとが、板の間の濡れたのを踏んで、肝を冷しながら、明《あかり》を目的《めあて》に駆けつけると、洋燈《ランプ》は少し暗くしてあったが、お杉は端然《ちゃんと》坐ったまま、その髷《まげ》、その櫛《くし》、その姿で、小鍋をかけたまま凍ったもののごとし。  ただいつの間にか、先刻《さっき》欽之助が脱いだままで置いて寝に行った、結城《ゆうき》の半纏《はんてん》を被《き》せかけてあった。とお杉はこれをいって今もさめざめと泣くのである。  五助、作平は左右より、焦《いら》って二ツ三ツ背中をくらわすと、杉はアッといって、我に返ると同時に、 「おいらんが、遊女《おいらん》が、」と切なそうにいった。  半纏はお若が心優しく、いまわの際にも勦《いたわ》ってその時かけて行ったのであろう。  後にお杉はうつつながら、お若が目前《まのあたり》に湯を取りに来たことも、しかもまくり手して重そうに持って湯殿の方《かた》へ行ったことも、知っていたが、これよりさき朦朧《もうろう》として雪ぢらしの部屋着を被《き》た、品の可《い》い、脊の高い、見馴《みな》れぬ遊女《おいらん》が、寮の内を、あっちこっち、幾たびとなくお若の身に前後して、お杉が自分で立とうとすると、屹《きっ》と睨《にら》まれて身動きが出来ないのであったと謂《い》う。  とこういうべき暇《いとま》あらず、我に復《かえ》るとお杉も太《いた》くお若の身を憂慮《きづか》っていたので、飛立つようにして三人奥の室《ま》へ飛込んだが、噫《ああ》。  既に遅矣《おそし》、雪の姿も、紅梅も、狼藉《ろうぜき》として韓紅《からくれない》。  狂気のごとくお杉が抱き上げた時、お若はまだ呼吸《いき》があったが、血の滴る剃刀を握ったまま、 「済みませんね、済みませんね。」と二声いったばかり、これはただ皮を切った位であったけれども暁を待たず。  男は深疵《ふかで》だったけれども気が確《たしか》で、いま駆《かけ》つけた者を見ると、 「お前方、助けておくれ、大事な体だ。」  といったので、五助作平、腰を抜いた。  この事実は、翌早朝、金杉の方から裏へ廻って、寮の木戸へつけて、同一《おなじ》枕に死骸を引取って行った馬車と共によく秘密が守られた。  しかし馬車で乗《のり》つけたのは、昨夜《ゆうべ》伊予紋へ、少将の夫人の使《つかい》をした、橘《たちばな》という女教師と、一名の医学士であった。  その診察に因って救うべからずと決した時、次の室《ま》に畏《かしこま》っていた、二上屋藤三郎すなわちお若の養父から捧げられたお若の遺書《かきおき》がある。  橘は取って披見した後に、枕頭《まくらもと》に進んで、声を曇らせながら判然《はっきり》と読んで聞かせた。  この意味は、人の想像とちっとも違《たが》わぬ。  その時まで残念だ、と呼吸《いき》の下でいって、いい続けて、時々|歯噛《はがみ》をしていた少年は、耳を澄《すま》して、聞き果てると、しばらくうっとりして、早や死の色の宿ったる蒼白《そうはく》な面《おもて》を和《やわら》げながら、手真似《てまね》をすること三度ばかり。  医学士が頷《うなず》いたので、橘が筆をあてがうと、わずかに枕を擡《もた》げ、天地|紅《べに》の半|切《きれ》に、薄墨のあわれ水茎の蹟《あと》、にじり書《がき》の端に、わか※[#「参らせ候」のくずし字、519-15]《まいらせそろ》とある上へ、少し大きく、佳《い》い手で脇屋欽之助つま、と記して安かに目を瞑《ねむ》った。  一座粛然。  作平は啜泣《すすりなき》をしながら、 「おめでてえな。」  五助が握拳《にぎりこぶし》を膝に置いて、 「お若さん、喜びねえ。」 [#地から1字上げ]明治三十四(一九〇一)年一月 底本:「泉鏡花集成3」ちくま文庫、筑摩書房    1996(平成8)年1月24日第1刷発行 底本の親本:「鏡花全集 第六卷」岩波書店    1941(昭和16)年11月10日第1刷発行 入力:門田裕志 校正:染川隆俊 2009年5月10日作成 青空文庫作成ファイル: このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。