甲乙 泉鏡花 ------------------------------------------------------- 【テキスト中に現れる記号について】 《》:ルビ (例)先刻《さっき》 |:ルビの付く文字列の始まりを特定する記号 (例)毎日|降続《ふりつづ》いて [#]:入力者注 主に外字の説明や、傍点の位置の指定    (数字は、JIS X 0213の面区点番号またはUnicode、底本のページと行数) (例)睜 ------------------------------------------------------- [#10字下げ]一[#「一」は中見出し]  先刻《さっき》は、小さな女中の案内で、雨の晴間を宿の畑へ、家内と葱を抜きに行った。……料理番に頼んで、晩にはこれで味噌汁を拵《こしら》えて貰うつもりである。生玉子を割って、且《か》つは吸ものにし、且つはおじやと言う、上等のライスカレエを手鍋で拵《あつら》える。……腹ぐあいの悪い時だし、秋雨もこう毎日|降続《ふりつづ》いて、そぞろ寒い晩にはこれが何より甘味《うま》い。  畑の次手《ついで》に、目の覚めるような真紅《まっか》な蓼《たで》の花と、かやつり草《そう》と、豆粒ほどな青い桔梗《ききょう》とを摘んで帰って、硝子杯《コップ》を借りて卓子台《ちゃぶだい》に活けた。  ……いま、また女中が、表二階の演技場で、万歳《まんざい》がはじまるから、と云って誘いに来た。――毎日雨ばかり続くから、宿でも浴客、就中《なかんずく》、逗留客にたいくつさせまい心づかいであろう。  私はちょうど寝ころんで、メリメエの、(チュルジス夫人)を読んでいた処だ。真個《ほんとう》はこの作家のものなどは、机に向って拝見をすべきであろうが、温泉宿の昼間、掻巻《かいまき》を掛けて、じだらくで失礼をしていても、誰《たれ》も叱言《こごと》をいわない処がありがたい。  が、この名作家に対しても、田舎まわりの万歳芝居は少々|憚《はばか》る。……で、家内だけ、いくらかお義理を持参で。――ただし煙草《たばこ》をのませない都会の劇の義理|見《けん》ぶつに切符を押《おし》つけられたような気味の悪いものではない。出来秋《できあき》の村芝居とおなじ野趣に対して、私も少からず興味を感ずる。――家内はいそいそと出て行った。  どれ、寝てばかりもおられまい。もう二十日過《はつかすぎ》だし少し稼ごう。――そのシャルル九世《くせい》年代記を、わが文化の版、三馬《さんば》の浮世風呂にかさねて袋棚にさしおいた。――この度胸でないと仕事は出来ない。――さて新しい知己(その人は昨日この宿を立ったが)秋庭俊之《あきばとしゆき》君の話を記そう。……  中へ出る人物は、芸妓《げいしゃ》が二人、それと湘南の盛場《さかりば》を片わきへ離れた、蘆《あし》の浦辺《うらべ》の料理茶屋の娘……と云うと、どうも十七八、二十《はたち》ぐらいまでの若々しいのに聞えるので、一寸《ちょっと》工合が悪い。二十四五の中年増《ちゅうどしま》で、内証《ないしょう》は知らず、表立った男がないのである。京阪地《かみがた》には、こんな婦人を呼ぶのに可《い》いのがある。(とうはん)とか言う。……これだと料理屋、待合《まちあい》などの娘で、円髷《まるまげ》に結《ゆ》った三十そこらのでも、差支《さしつか》えぬ。むかしは江戸にも相応《ふさわ》しいのがあった、娘分《むすめぶん》と云うのである。で、また仮に娘分として、名はお由紀《ゆき》と云うのと、秋庭君とである。  それから、――影のような、幻のような、絵にも、彫刻にも似て、神のような、魔のような、幽霊かとも思われる。……歌の、ははき木《ぎ》のような二人《ふたり》の婦《おんな》がある。  時は今年の真夏だ。――  これから秋庭君の直話《じきわ》を殆《ほとん》どそのままであると云って可《い》い。 [#10字下げ]二[#「二」は中見出し] 「――さあ、あれは明治何年頃でありましょうか。……新橋の芸妓《げいしゃ》で、人気と言えば、いつもおなじ事のようでございますが、絵端書《えはがき》や三面記事で評判でありました。一対の名妓が、罪障消滅《ざいしょうしょうめつ》のためだと言います。芸妓の罪障は、女郎の堅気も、女はおなじものと見えまして、一念発起、で、廻国《かいこく》の巡礼に出る。板橋から中仙道《なかせんどう》、わざと木曾の山路の寂《さび》しい中を辿《たど》って伊勢大和めぐり、四国まで遍路をする。……笈《おい》も笠も、用意をしたと、毎日のように発心《ほっしん》から、支度《したく》、見送人のそれぞれまで、続けて新聞が報道して、えらい騒ぎがありました。笈摺《おいずる》菅笠《すげがさ》と言えば、極《きま》った巡礼の扮装《いでたち》で、絵本のも、芝居で見るのも、実際と同じ姿でございます。……もしこれが間違って、たとい不図《ふと》した記事、また風説《うわさ》のあやまりにもせよ、高尚なり、意気なり、婀娜《あだ》なり、帯、小袖をそのままで、東京をふッと木曾へ行く。……と言う事であったとしますと、私の身体《からだ》はその時、どうなっていたか分りません。  尚《な》おその上、四国遍路に出る、その一人が円髷《まるまげ》で、一人が銀杏返《いちょうがえし》だったのでありますと、私は立処《たちどころ》に杓《しゃく》を振って飛出《とびだ》したかも知れません。ただし途中で、桟道《さんばし》を踏辷《ふみすべ》るやら、御嶽《おんたけ》おろしに吹飛《ふきとば》されるやら、それは分らなかったのです。  御存じとは思いますが、川越喜多院《かわごえきたいん》には、擂粉木《すりこぎ》を立掛《たてか》けて置かないと云う仕来《しきた》りがあります。縦にして置くと変事がある。むかし、あの寺の大僧正が、信州の戸隠《とがくし》まで空中を飛んだ時に、屋の棟を、宙へ離れて行く。その師の坊の姿を見ると、ちょうど台所で味噌を摺《す》っていた小坊主が、擂粉木を縦に持ったまま、破風《はふ》から飛出《とびだ》して雲に続いた。これは行力《ぎょうりき》が足りないで、二荒山《ふたらやま》へ落《おっ》こちたと言うのです。  私にしても、おなじ運命かも知れません。別嬪《べっぴん》が二人、木曾街道を、ふだらくや岸打つ浪と、流れて行く。岨道《そばみち》の森の上から、杓を持った金釦《きんぼたん》が団栗《どんぐり》ころげに落ちてのめったら、余程《よっぽど》……妙なものが出来たろうと思います。  些《ち》と荒唐無稽に過ぎるようですが、真実《まったく》で、母|可懐《なつかし》く、妹恋しく、唯心も空《そら》に憧憬《あこが》れて、ゆかりある女と言えば、日とも月とも思う年頃では、全く遣《や》りかねなかったのでございます。――幼いうちから、孤《みなしご》だった私は、その頃は、本郷の叔父のうちに世話になって、――大学へ通っていました。……文科です。  幸《さいわい》ですか、如何《いかが》だか、単に巡礼とばかりで、その芸妓たちの風俗から、円髷と銀杏返と云う事を見出さなかったばかりに、胸を削るような思《おもい》ばかりで済みました。  もとより、円髷と銀杏返と、一人ずつ、別々に離れた場合は、私に取って何事もないのです。――申すまでもない事で、円髷と銀杏返を見るたびに、杓を持って追掛《おいか》けるのでは、色情狂《いろきちがい》を通り越して、人間離れがします、大道中《だいどうなか》で尻尾を振る犬と隔《へだた》りはありません。  それに、私が言う不思議な婦《おんな》は、いつも、円髷に結った方は、品がよく、高尚で、面長《おもなが》で、そして背がすらりと高い。色は澄んで、滑らかに白いのです。銀杏返の方は、そんなでもなく、少し桃色がさして、顔もふっくりと、中肉……が小肥《こぶと》りして、些《ち》と肩幅もあり、較べて背が低い。この方が、三つ四つ、さよう、……どうかすると五つぐらい年紀下《としした》で。縞《しま》のきものを着ている。円髷のは、小紋か、無地かと思う薄色《うすいろ》の小袖です。  思いもかけない時、――何処と言って、場所、時を定めず、私の身に取って、彗星《ほうきぼし》のように、スッとこの二人の並んだ姿の、顕《あらわ》れるのを見ます時の、その心持と云ってはありません。凄いとも、美しいとも、床《ゆか》しいとも、寂《さみ》しいとも、心細いとも、可恐《おそろし》いとも、また貴いとも、何とも形容が出来ないのです。  唯今も申した通り、一人ずつ別に――二人を離して見れば何でもありません。並んで、すっと来るのを、ふと居る処を、或《あるい》は送るのを見ます時にばかり、その心持がしますのです。」  著者はこれを聞きながら、思わず相対《さしむか》っていて、杯《さかずき》を控えた。  ――こう聞くと、唯その二人|立並《たちなら》んだ折のみでない。二人を別々に離しても、円髷《まるまげ》の女には円髷の女、銀杏返の女には銀杏返《いちょうがえし》の女が、他《ほか》に一体《ひとつ》ずつ影のように――色あり縞ある――影のように、一人ずつ附いて並んで、……いや、二人、三人、五人、七人、おなじようなのが、ふらふらと並んで見えるように聞き取られて、何となく悚然《ぞっと》した。 [#10字下げ]三[#「三」は中見出し] 「はじめて、その二人の婦《おんな》を見ましたのは、私が八つ九つぐらいの時、故郷の生家で。……母親の若くてなくなりました一周忌の頃、山からも、川からも、空からも、町に霙《みぞれ》の降りくれる、暗い、寂《さみ》しい、寒い真夜中、小学校の友だちと二人で見ました。――なまけものの節季《せっき》ばたらきとか言って、試験の支度《したく》に、徹夜で勉強をして、ある地誌略《ちしりゃく》を読んでいました。――白山《はくさん》は北陸道第一の高山にして、郡の東南隅《とうなんぐう》に秀《ひい》で、越前《えちぜん》、美濃《みの》、飛騨《ひだ》に跨《またが》る。三峰《さんぽう》あり、南を別山《べつざん》とし、北を大汝嶽《おおなんじだけ》とし、中央を御前峰《ごぜんがみね》とす。……後《うしろ》に剣峰《けんがみね》あり、その状《さま》、五剣《ごけん》を植《うう》るが如し、皆|四時《しじ》雪を戴《いただ》く。山中に千仞瀑《せんじんだき》あり。御前峰の絶壁に懸《かか》る。美女坂《びじょざか》より遥《はるか》に看《み》るべし。しかれども唯|飛流《ひりゅう》の白雲の中《うち》より落《おつ》るを見るのみ、真に奇観なり。この他《た》美登利池《みどりがいけ》、千歳谷《せんざいだに》――と、びしょびしょと冷く読んでいると、しばらく降止《ふりや》んで、ひっそりしていたのが急にぱらぱらと霰《あられ》になった。霰……横の古襖の破目《やぶれめ》で真暗な天井から、ぽっと燈明《あかり》が映ります。寒さにすくんで鼠も鳴かない、人ッ子の居ない二階の、階子段《はしごだん》の上へ、すっとその二人の婦《おんな》が立ちました。縞の銀杏返の方のが硝子台《がらすだい》の煤《すす》けた洋燈《ランプ》を持っています。ここで、聊《いささか》でも作意があれば、青い蝋燭と言いたいのですが、洋燈《ランプ》です。洋燈《ランプ》のその燈《ひ》です、その燈で、円髷の婦《おんな》の薄色の衣紋《えもん》も帯も判然《はっきり》と見えました。あッと思うと、トントン、トントンと静《しずか》な跫音《あしおと》とともに階子段を下りて来る。キャッと云って飛上《とびあが》った友だちと一所《いっしょ》に、すぐ納戸の、父の寝ている所へ二人で転《ころが》り込みました。これが第一時の出現で、小児《こども》で邪気のない時の事ですから、これは時々、人に話した事がありますが。  翌年でしたか、また秋のくれ方に、母のない子は、蛙《かえる》がなくから帰ろ、で、一度別れた友だちを、尚《な》おさみしさに誘いたくって、町を左隣家《ひだりどなり》の格子戸の前まで行くと、このしもた屋は、前町《まえまち》の大商人《おおあきんど》の控屋《ひかえや》で、凡《およ》そ十人ぐらいは一側《ひとかわ》に並んで通ることの出来る、広い土間が、おも屋まで突抜《つきぬ》けていると言うのですが、その土間と、いま申した我家の階子段とは、暗い壁|一重《ひとえ》になっていました。  稚《おさな》い時は、だから、よく階子の中段に腰を掛けて、壁越に、その土間を歩行《ある》く跫音や、ものいう人声を聞いて、それをあの何年何月の間《あいだ》か、何処までも何処までもほり抜くと、土一皮《つちひとかわ》下《した》に人声がして、遠くで鶏《にわとり》の鳴くのが聞えたと言う、別の世界の話声が髣髴《ほうふつ》として土間から漏れる。……小児《こども》ごころに、内《うち》の階子段は、お伽話の怪《あやし》い山の、そのまま薄暗い坂でした。――そこが、いまの隣家《となり》の格子戸から、間《ま》を一つ框《かまち》に置いて、大《おおき》な穴のように偶《ふ》と見えました。――その口へ、円髷《まるまげ》の婦《おんな》がふっと立つ。同時に並んでいた銀杏返《いちょうがえし》のが、腰を消して、一寸《ちょっと》足もとの土間へ俯向《うつむ》きました。これは、畳を通るのに、駒下駄《こまげた》を脱いで、手に持つのだ、と見る、と……そのしもた家へ、入るのではなくて、人の居ない間《ま》を通抜《とおりぬ》けに、この格子戸へ出ようとするのだ、何故か、そう思うと、急に可恐《おそろし》くなって、一度、むこうへ駈出《かけだ》して、また夢中で、我家へ遁込《にげこ》んで了《しま》いました。  二年ばかり経ってからです。父のために、頻《しきり》に後妻を勧めるものがあって、城下から六七里離れた、合歓《ねむ》の浜――と言う、……いい名ですが、土地では、眠そうな目をしたり、坐睡《いねむり》をひやかす時に(それ、ねむの浜からお迎《むかえ》が。)と言います。ために夢見る里のような気がします。が、村に桃の林があって、浜の白砂《しらすな》へ影がさす、いつも合歓の花が咲いたようだと言うのだそうです。その浜の、一向寺《いっこうでら》の坊さんの姪が相談の後妻になるので、父に連れられて行きました。生れてから三里以上|歩行《ある》いたのは、またその時がはじめてです。母《おっか》さんが出来ると云うので、いくら留《と》められても、大きな草鞋《わらじ》で、松並木を駈けました。庵《いおり》のような小寺で、方丈の濡縁《ぬれえん》の下へ、すぐに静《しずか》な浪が来ました。尤《もっと》もその間《あいだ》に拾うほどの浜はあります。――途中|建場茶屋《たてばぢゃや》で夕飯は済みました――寺へ着いたのは、もう夜分、初夏《はつなつ》の宵なのです。行燈《あんどん》を中にして、父と坊さんと何か話している。とんびずわりの足を、チクチク蚊がくいます、行儀よくじっとしてはいられないから、そこは小児《こども》で、はきものとも言わないで縁からすぐに浜へ出ました。……雪国の癖に、もう暑い。まるッ切《きり》風がありません。池か、湖かと思う渚を、小児ばかり歩行いていました。が、月は裏山に照りながら海には一面に茫《ぼう》と靄《もや》が掛《かか》って、粗い貝も見つからないので、所在なくて、背丈に倍ぐらいな磯馴松《そなれまつ》に凭懸《よりかか》って、入海《いりうみ》の空、遠く遥々《はるばる》と果《はて》しも知れない浪を見て、何だか心細さに涙ぐんだ目に、高く浮いて小船が一|艘《そう》――渚から、さまで遠くない処に、その靄の中に、影のような婦《おんな》が二人――船はすらすらと寄りました。  舷《ふなべり》に手首を少し片肱《かたひじ》をもたせて、じっと私を視《み》たのが円髷の婦《おんな》です、横に並んで銀杏返のが、手で浪を掻《か》いていました。その時船は銀《ぎん》の色して、浜は颯《さっ》と桃色に見えた。合歓《ねむ》の花の月夜です。――(やあ父《おとっ》さん――彼処《あすこ》に母《おっか》さんと、よその姉さんが。……)――後々《のちのち》私は、何故、あの時、その船へ飛込《とびこ》まなかったろうと思う事が度々《たびたび》あります。世を儚《はかな》む時、病に困《くるし》んだ時、恋に離れた時です。……無論、船に入ろうとすれば、海に溺れたに相違ない。――彼処に母さんと、よその姉さんが、――そう言って濡縁に飛びついたのは、まだ死なない運命だったろう、と思います。  言うまでもありませんが、後妻のことは、其処でやめになりました。  可厭《いや》な、邪慳《じゃけん》らしい、小母さんが行燈《あんどん》の影に来て坐っていましたもの。……」  俊之君は、話しかけて、少時《しばらく》思《おもい》にふけったようであった。 「……その後、時を定めず、場所を択《えら》ばず、ともするとその二人の姿を見た事があるのです。何となく、これは前世から、私に附纏《つきまと》っている、女体《じょたい》の星のように思われます。――いえ、それも、世俗になずみ、所帯に煩わしく、家内もあるようになってからは、つい、忘れ勝《がち》……と言うよりも、思出《おもいだ》さない事さえ稀で、偶《たま》に夢に視《み》て、ああ、また(あの夢か。)と、思うようになりました。  ――処《ところ》が、この八月の事です――  寺と海とが離れたように、間《ま》を抜いてお話しましょう。が、桃のうつる白妙《しろたえ》の合歓の浜のようでなく、途中は渺茫《びょうぼう》たる沙漠のようで。……」 [#10字下げ]四[#「四」は中見出し] 「東京駅で、少し早めに待合《まちあ》わして。……つれはまだかと、待合室からプラットホオムを出口の方へ掛《かか》った処で、私はハッと思いました。……まだ朝のうちだが、実に暑い。息苦しいほどで、この日中が思遣《おもいや》られる。――海岸へ行くにしても、途中がどんなだろう。見合せた方がよかった、と逡巡《しりごみ》をしたくらいですから、頭脳《あたま》がどうかしていはしないかと、危《あやぶ》みました。  あの、いきれを挙げる……むッとした人混雑《ひとごみ》の中へ――円髷《まるまげ》のと、銀杏返《いちょうがえし》のと、二人の婦《おんな》が夢のように、しかも羅《うすもの》で、水際立って、寄って来ました。(あら。)と莞爾《にっこり》して、(お早う。)と若い方が言うと、年上の上品なのは、一寸《ちょっと》俯目《ふしめ》に頷《うなず》くようにして、挨拶しました。」  ――先刻《さっき》は、唯、芸妓《げいしゃ》が二人、と著者は記《しる》した。――俊之君は、「年増と若いの。」と云って話したのである。が、ここに記しつつ思うのに、どうも、どっちも――これから後《のち》も――それだと、少なくとも、著者がこの話についてうけた印象に相当しない。更《あらた》めて仮に姉と、妹としようと思う。…… 「私は目が覚めたように、いや、龍宮から東京駅へ浮いて出た気がしました。同時に、どやどや往来《ゆきき》する人脚《ひとあし》に乱れて二人は、もう並んではいません。私と軽い巴《ともえ》になって、立停《たちどま》りましたので。……何の秘密も、不思議もない。――これが約束をした当日の同伴《つれ》なので。……実は昨夜、或場所で、余りの暑さだから、何処かいき抜きに、そんなに遠くない処へ一晩どまりで、と姉の方から話が出たので、可《よ》かろう、翌日《あした》にも、と酒の勢《いきおい》で云ったものの、用もたたまっていますし、さあ、どうしようか、と受けた杯を淀《よど》まして、――四五日経ってからの方が都合は可《い》いのだがと、煮切《にえき》らない。……姉さんは温和《おだやか》だから、ええええ御都合のいい時で結構。で、杯洗《はいせん》へ、それなり流れようとした処へ、(何の話?……)と、おくれて来た妹が、いきなり、(明日《あした》が可《い》い、明日になさい、明日になさい、ああこう云ってると、またお流れになる。)そこで約束が極《きま》って、出掛ける事になったのです。――昨夜《ゆうべ》の今朝ですもの、その二人を、不思議に思うのが却《かえ》って不思議なくらいで。いや自然の好《このみ》は妙なものだ、すらりとした姉の方が、細長い信玄袋を提げて、肩幅の広い、背の低い方が、ポコンと四角張って、胴の膨れた鞄を持っている、と、ふとおかしく思うほど、幻は現実に、お伽の坊やは、芸妓づれのいやな小父さんになりましたよ。  乗込《のりこ》んでから、またどうか云う工合で、女たちが二人並ぶか、それを此方《こっち》から見る、と云った風《ふう》になると、髪の形ばかりでも、菩提樹《ぼだいじゅ》か、石榴《ざくろ》の花に、女の顔した鳥が、腰掛けた如くに見えて、再び夢心に引入《ひきい》れられもしたのでありましょうけれど、なかなか、そんな事を云っていられる混雑方《こんざつかた》ではなかったのです。  折からの日曜で、海岸へ一日がえりが、群《むらが》り掛《かか》る勢《いきおい》だから、汽車の中は、さながら野天《のでん》の蒸風呂へ、衣服《きもの》を着て浸《つか》ったようなありさまで。……それでも、当初《はな》乗った時は、一つ二つ、席の空いたのがありました。クションは、あの二人ずつ腰を掛ける誂《あつらえ》ので、私は肥満《でっぷり》した大柄の、洋服着た紳士の傍《わき》、内側へ、どうやら腰が掛けられました。ちょうど、椅子を開いて向合《むかいあい》に一つ空席《あき》がありましたので、推されながら、この真中ほどへ来た女たちが、 (姉さん。) (まあ、お前さん。)  と譲合《ゆずりあ》いながら、その円髷《まるまげ》の方が、とに角《かく》、其処へ掛けようとすると、 (一人居るんです。)と言った、一人居た、茶と鼠の合の子の、麻らしい……詰襟《つめえり》の洋服を着た、痩せたが、骨組のしっかりした、浅黒い男が、席を片腕で叩くのです。叩きながら上着を脱いで、そのあいた処へ刎《は》ねました。――さいわい斜違《はすかい》のクションへ、姉は掛ける事が出来ましたし、それと背中合せに、妹も落着いたんです。御存じの通り、よっかかりが高いのですから、その銀杏返《いちょうがえし》は、髪も低い……一寸《ちょっと》雛箱へ、空色|天鵝絨《びろうど》の蓋をした形に、此方《こっち》から見えなくなる。姉の円髷ばかり、端正《きちん》として、通《とおり》を隔てて向合《むかいあ》ったので、これは弱った――目顔《めがお》で串戯《じょうだん》も言えない。――たかだか目的地まで三時間に足りないのだけれど、退屈だなと思いましたが、どうして、退屈などと云う贅沢は言っていられない、品川でまた一もみ揉込《もみこ》んだので、苦しいのが先に立ちます。その時も、手で突張《つっぱ》ったり、指で弾いたり、拳で席を払《はた》いたり、(人が居るです、――一人居るですよ。)その、貴下《あなた》……白襯衣《しろしゃつ》君の努力と云ってはなかった。誰にも掛けさせまいとする。……大方その同伴《つれ》は、列車の何処かに知合とでも話しているか、後架《はばかり》にでも行ってるのであろうが、まだ、出て来ません。このこみ合う中で、それとも一人占めにしようとするのか知ら、些《ち》と怪《け》しからんと思ううちに、汽車が大森駅へ入った時です。白襯衣君が、肩を聳《そび》やかして突立《つった》って、窓から半身《はんしん》を乗出《のりだ》したと思うと、真赤な洋傘《こうもり》が一本、矢のように窓からスポリと飛込《とびこ》んだ。白襯衣君がパッとうけて、血の点滴《したた》るばかりに腕へ留《と》めて抱きましたが、色の道には、あの、スパルタの勇士の趣《おもむき》がありましたよ。汽車がまだ留《とま》らない間《うち》の早業《はやわざ》でしてなあ。」  俊之君は、吻《ほっ》と一息を吐《つ》いて言った。 「敏捷《すばや》い事……忽《たちま》ち雪崩《なだ》れ込む乗客の真前《まんまえ》に大手を振って、ふわふわと入って来たのは、巾着《きんちゃく》ひだの青い帽子を仰向《あおむ》けに被《かぶ》った、膝切《ひざきり》の洋服|扮装《いでたち》の女で、肱《ひじ》に南京玉のピカピカしたオペラバックと云う奴を釣って、溢出《はみだ》しそうな乳《ちち》を圧《おさ》えて、その片手を――振るのではない、洋傘《こうもり》を投げたはずみがついて、惰力が留まらなかったものと考えられます。お定《きま》りの、もう何《ど》うにもならないと云った大《おおき》な尻をどしんと置くのだが、扱いつけていると見えて、軽妙に、ポンと、その大《おおき》な浮袋で、クションへ叩きつけると、赤い洋傘《こうもり》が股へ挟まったように捌《さば》ける、そいつを一蹴《ひとけり》けって黄色な靴足袋《くつたび》を膝でよじって両脚を重ねるのをキッカケに、ゴム靴の爪さきと、洋傘《こうもり》の柄をつつく手がトントンと刻んで動く、と一所《いっしょ》に、片肱を白襯衣《しろしゃつ》の肩へ掛けて、円々《まるまる》しい頤《あご》を頬杖で凭《もた》せかけて、何と、危く乳首だけ両方へかくれた、一面に寛《はだ》けた胸をずうずうと揺《ゆす》って、(おお、辛度《しんど》。)と故《わざ》とらしい京弁で甘ったれて、それから饒舌《しゃべ》る。のべつに饒舌る……黄色い歯の上下に動くのと、猪首《いくび》を巾着帽子の縁《ふち》で突《つつ》くのと同時なんです。  二の腕から、頸《えり》は勿論、胸の下までべた塗の白粉《おしろい》で、大切な女の膚《はだえ》を、厚化粧で見せてくれる。……それだけでも感謝しなければなりません。剰《あまつさ》え貴い血まで見せた、その貴下《あなた》、いきれを吹きそうな鳩尾《みずおち》のむき出た処に、ぽちぽちぽちと蚤《のみ》のくった痕がある。  ――川崎を越す時分には、だらりと、むく毛の生えた頸《くび》を垂れて、白襯衣君の肩へ眉毛まで押着けて、坐睡《いねむり》をはじめたのですが、俯向けじゃあ寝勝手《ねがって》が悪いと見えて、ぐらぐら首を揺《ゆす》るうちに、男の肩へ、斜《はす》に仰向《あおの》け状《ざま》にぐたりとなった。どうも始末に悪いのは、高く崩れる裾ですが、よくしたもので、現《うつつ》に、その蚤の痕をごしごし引掻《ひっか》く次手《ついで》に、膝を捩《ね》じ合わせては、ポカリと他人《ひと》の目の前へ靴の底を蹴上《けあ》げるのです。  男の方は、その重量《おもみ》で、窓際へ推曲《おしゆが》められて、身体《からだ》を弓形《ゆみなり》に堪《た》えて納まっている。はじめは肩を抱込《だきこ》んで、手を女の背中へまわしていました。……膚《はだ》いきれと、よっかかりの天鵝絨《びろうど》で、長くは暑さに堪《たま》りますまい。やがて、魚を仰向けにしたような、ぶくりとした下腹の上で涼ませながら、汽車の動揺に調子を取って口笛です。  娑婆《しゃば》はこのくらいにして送りたい、羨《うらやま》しいの何のと申して。  私は目の遣場《やりば》に困りました。往来の通《かよい》も、ぎっしり詰って、まるで隙間がないのです。現に私の頭の上には、緋手絡《ひてがら》の大円髷《おおまるまげ》が押被《おしかぶ》さって、この奥さんもそろそろ中腰になって、坐睡《いねむり》をはじめたのです。こくりこくりと遣るのに耳へも頬へもばらばらとおくれ毛が掛《かか》って来る。……鬢《びん》のおくれ毛が掛《かか》るのを、とや角《かく》言っては罰の当った話ですが、どうも小唄や小本《こほん》にあるように、これがヒヤリと参りません。べとべとと汗ばんで、一条《ひとすじ》かかると濛《もう》とします。ただし、色白で一寸《ちょっと》、きれいな奥さんでしたが、えらい子持だ。中を隔てられて、むこうに、海軍帽子の小児《こども》を二人抱いて押されている、脊のひょろりとしたのが主人らしい。その旦那の分と、奥さん自身のと、――私は所在なさに、勘定をしましたが、小児《こども》の分を合わせて洋傘《こうもり》九本は……どうです。  さあ、事ここに及んで、――現実の密度が濃くなっては、円髷《まるまげ》と銀杏返《いちょうがえし》の夢の姿などは、余りに影が薄すぎる。……消えて幽霊になって了《しま》ったかも知れません。 (清涼薬《きつけ》……)  と、むこうで、一寸《ちょっと》噪《はしゃ》いだ、お転婆《てんば》らしい、その銀杏返の声がすると、ちらりと瞳が動く時、顔が半分無理に覗いて、フフンと口許で笑いながら、こう手が、よっかかりを越して、姉の円髷の横へ伝《つたわ》って、白く下りると、その紙づつみを姉が受けて、子持の奥さんの肩の上から、 (清涼薬《きつけ》ですって。……嘸《さ》ぞお暑い事で。……)  と、腹の上で揺れてる手を流眄《ながしめ》に見て、身を引きました。  私は苦笑をしながら、ついぞ食べつけない、レモン入りの砂糖を舐《な》めました。――如何《いかが》、この動作で、その二人の婦《おんな》がやっと影を顕《あら》わし得た気がなさりはしませんか。  時に、おなじくその赤い蝙蝠《こうもり》――の比翼の形を目と鼻の前《さき》にしながら、私と隣合った年配の紳士は、世に恐らく達人と云って可い、いや、聖人と言いたいほどで。――何故と云うと、この紳士は大森を出てから、つがいの蝙蝠が鎌倉で、赤い翼を伸《の》して下りた時まで、眠り続けて睡《ねむ》っていました。……  真個《ほんとう》に寝ていたのかと思うと、そうでありません。つがいが飛んだのを見ると、明《あきらか》に眼《まなこ》を活かして、棚のパナマ帽を取って、フッと埃を窓の外へ弾《はじ》きながら、 (御窮屈でございましたろう……御迷惑で。)  澄まして挨拶をされて、吃驚《びっくり》して、 (いや。どう仕《つかまつ》りまして。)  と面くらう隙《ひま》に、杖《ステッキ》を脇挟《わきばさ》んで悠然と下車しましたから。」  俊之君は、ここで更に居坐《いずまい》を直して続けた。…… [#10字下げ]五[#「五」は中見出し] 「お話のいたしようで、どうお取りになったか知れないのでありますが、私は紳士に敬意を表するとともに、赤い蝙蝠《こうもり》にも、年児《としご》の奥さんにも感謝します。決して敵意は持ちません。そのいずれの感化であったかは自分にも分りません。が、とに角、その晩、二人の婦《おんな》と、一ツ蚊帳に……成《な》りたけ離れて寝ましたから。  ――さあ、何時頃だったでしょう――二度めに、ふと寝苦しい暑さから、汗もねばねばとして目の覚めましたのは。――夜中も、その沈み切った底だったと思います。うつうつしながら糠《ぬか》に咽《む》せるように鬱陶《うっとう》しい、羽虫と蚊の声が陰《いん》に籠《こも》って、大蚊帳の上から圧附《おしつ》けるようで息苦しい。  蚊帳は広い、大《おおき》いのです。廻縁《まわりえん》の角座敷の十五畳一杯に釣って、四五ヶ所|釣《つり》を取ってまだずるり――と中だるみがして、三つ敷いた床《とこ》の上へ蔽《おお》いかかって、縁へ裾が溢《こぼ》れている。私には珍しいほどの殆《ほとん》ど諸侯道具《だいみょうどうぐ》で。……余り世間では知りませんが、旅宿《やど》が江戸時代からの旧家だと聞いて来たし、名所だし、料理|旅籠《はたご》だししますから、いずれ由緒あるものと思われる、従って古いのです。その上、一面に嬰児《あかご》の掌《て》ほどの穴だらけで、干潟の蟹の巣のように、ただ一側《ひとかわ》だけにも五十破れがあるのです。勿論|一々《ひとつびとつ》継《つぎ》を当てた。……古麻《ふるあさ》に濃淡が出来て、こう瞬《またたき》をするばかり無数に取巻く。……この大痘痕《おおあばた》の化《ばけ》ものの顔が一つ天井から抜出《ぬけだ》したとなると、可恐《おそろし》さのために一里《ひとさと》滅びようと言ったありさまなんです。――ここで一寸《ちょっと》念のために申しますが、この旅籠屋も、昨年の震災を免《まぬか》れなかったのに、しかも一棟《ひとむね》焚《や》けて、人死《ひとじに》さえ二三人あったのです――蚊帳は火の粉を被《かぶ》ったか、また、山を荒して、畑に及ぶと云う野鼠が群り襲い、当時、壁も襖も防ぎようのなかった屋《や》のうちへ押入って、散々に喰散らしたのかとも思われる。  女中が二人で、宵にこの蚊帳を釣った時、 (まあ。)  と浮《うっか》りしたように姉が云うと、 (お気の毒だわね。)  と思わず妹も。……この両方《ふたかた》だって、おなじく手拭浴衣一枚で、生命を助《たすか》って、この蚊帳を板にした同然な、節穴と隙間だらけのバラックに住んでいるのに、それでさえそう言った。  ――実は、海岸も大分片よった処ですから、唯聞いたばかり、絵で見たばかりで様子を知らない。――宿が潰れた上、焚けて人死があった事は、途中自動車の運転手に聞いて、はじめて知ったのです。 (――それは少し心配だな。)  二人の婦《おんな》も、黙って顔を見合せました。  可恐《おそろ》しい崖崩れがそのままになっていて、自動車が大揺れに煽《あお》った処で。……またそれがために様子を聞きたくもなったのでした。  運転手は悍馬《かんば》を乗鎮《のりしず》めるが如くに腰を切って、昂然《こうぜん》として、 (来《きた》る……九月一日、十一時五十八分までは大丈夫請合います。)  と笑って言った。――(八月十日頃の事ですが)――  畜生、巫山戯《ふざけ》ている。私は……一昨々年――家内をなくしたのでございますが、連《つれ》がそれだったらこういう蔑《な》めた口は利きますまい。いや、これに対しても、いまさら他《よそ》の家《うち》へとも言いたくなし、尤《もっと》も其家《そこ》をよしては、今頃|間貸《まがし》をする農家ぐらいなものでしょうから。 (構わない、九月一日まで逗留だ。)  と擬勢《ぎせい》を示した。自動車は次第に動揺が烈しくなって乗込《のりこ》みました。入江に渡した村はずれの土橋などは危なかしいものでした。  場所は逗子から葉山を通って秋谷《あきや》、立石《たていし》へ行く間《あいだ》の浦なんです。が、思ったとは大変な相違で、第一土橋と云う、その土橋の下にまるで水がありません、……約束では、海の波が静《しずか》にこの下を通って、志した水戸屋《みなとや》と云うのの庭へ、大《おおき》な池に流れて、縁前《えんさき》をすぐに漁船が漕ぐ。蘆《あし》が青簾《あおす》の筈なんです。処《ところ》が、孰方《どっち》を向いても一面の泥田、沼ともいわず底が浅い。溝《どぶ》をたたきつけた同然に炎天に湧いたのが汐《しお》で焼けて、がさがさして、焦げています。……あの遠くの雲が海か知らんと思うばかりです。干潟と云うより亡《ほろ》びた沼です。気の利いた蛙なんか疾くに引越して、のたり、のたりと蚯蚓《みみず》が雨乞《あまごい》に出そうな汐筋《しおすじ》の窪地を、列を造って船虫が這《はい》まわる……その上を、羽虫の大群《おおむれ》が、随所に固って濛々《もうもう》と、舞っているのが炎天に火薬の煙のように見えました。  半ばひしゃげたままの藤棚の方から、すくすくとこの屋台を起《おこ》して支えた、突支棒《つっかいぼう》の丸太越《まるたごし》に、三人広縁に立って三方に、この干からびた大沼を見た時は、何だか焼原《やけはら》の東京が恋しくなった。  贅沢だとお叱んなさい。私たちは海へ涼みに出掛けたのです。 (海には汐の満干《まんかん》があるよ、いまに汐がさすと一面の水になる。)  折角《せっかく》、楽《たのし》みにして、嬉しがって来た女連《おんなれん》に、気の毒らしくって、私が言訳《いいわけ》らしくそう言いますと、 (嘸《さ》ぞようござんしょうねお月夜だったら。)  姉の言った事は穏《おだやか》です。  些《ち》と跳《は》ねものの妹のをお聞きなさい。 (雪が降るといい景色だわね。)  真実《ほんとう》の事で。……これは決して皮肉でも何でもありません。成程ここへ雪が降れば、雪舟《せっしゅう》が炭団《たどん》を描いたようになりましょう。  それも、まだ座敷が極《きま》ったと言うのではなかったので。……ここの座敷には、蜜柑《みかん》の皮だの、キャラメルの箱だのが散ばって、小児《こども》づれの客が、三崎へ行く途中、昼食《ちゅうじき》でもして行った跡《あと》をそのままらしい。障子はもとより開放《あけはな》してありました。古襖がたてつけの悪いままで、その絵の寒山拾得《かんざんじっとく》が、私たちを指《ゆびさ》して囁き合っている体《てい》で、おまけに、手から抜出《ぬけだ》した同然に箒が一本|立掛《たてか》けてあります。  串戯《じょうだん》にも、これじゃ居たたまらないわけなんですが、些《ちっ》とも気にならなかったのは、――先刻《さっき》広い、冠木門《かぶきもん》を入った時――前庭を見越したむこうの縁で、手をついた優しい婦《おんな》を見たためです。……すぐその縁には、山林局の見廻りでもあろうかと思う官吏風の洋装したのが、高い沓脱石《くつぬぎいし》を踏んで腰を掛けて、盆にビイル罎《びん》を乗せていました。またこの形は、水戸屋がむかしの茶屋旅籠のままらしくて面白し……で、玄関とも言わず、迎えられたまま、その傍《わき》から、すぐ縁側へ通ったのですが、優しい婦《ひと》が、客を嬉しそうに見て、 (お暑うございましたでしょう、まあ、ようこそ、――一寸《ちょっと》お休み遊ばして。)  と、すぐその障子の影へ入れる、とすぐ靴の紐を縷《かが》っていた洋装のが、ガチリと釣銭を衣兜《かくし》へ掴込《つかみこ》んで、がっしりした洋傘《こうもり》を支《つ》いて出て行く。……いまの婦《おんな》は門外《もんそと》まで、それを送ると、入違いに女中が、端近《はしぢか》へ茶盆を持って出て、座蒲団をと云った工合で?……うしろに古物《こぶつ》の衝立《ついたて》が立って、山鳥《やまどり》の剥製が覗いている。――処へ、三人茶盆を中にして坐った様子は、いまに本堂で、志す精霊《しょうりょう》の読経が始りそうで何とも以《もっ》て陰気な処へ、じとじと汗になるから堪《たま》りません……そこで、掃除の済まない座敷を、のそのそして、――右の廻縁へ立った始末で。……こう塩辛い、大沼を視《なが》めるうちに、山下の向う岸に、泥を食って沈んだ小船の、舷《ふなばた》がささらになって、鯉ならまだしも、朝日奈《あさひな》が取組合《とっくみあ》った鰐《わに》の頤《あご》かと思うのを見つけたのも悲惨です。  山出しの女中が来て、どうぞお二階へ、――助かった、ここで翌朝《あす》まで辛抱するのかと断念《あきら》めていたのに。――いや、階子段《はしごだん》は、いま来た三崎街道よりずッと広い、見事なものです。三人撒いたように、ふらふらと上ると、上り口のまた広々とした板敷を、縁側へ廻る処で、白地の手拭の姉さんかぶりで、高箒《たかぼうき》を片手に襷《たすき》がけで、刻足《きざみあし》に出て行逢《ゆきあ》ったのがその優しい婦《おんな》で、一寸《ちょっと》手拭を取って会釈しながら、軽くすり抜けてトントンと、堅い段を下りて行くのが、あわただしい中にも、如何《いか》にも淑《しとや》かで跫音《あしおと》が柔《やわらこ》うございました。  何とも容子《ようす》のいい、何処かさみしいが、目鼻|立《だち》のきりりとした、帯腰《おびごし》がしまっていて、そして媚《なまめ》かしい、なり恰好は女中らしいが、すてきな年増だ。二十六七か、と思ったのが――この水戸屋の娘分――お由紀さんと言うのだとあとで分りました。  ――また、奇異《みょう》なものを見ました――  貴下《あなた》には、矢張《やっぱ》り唐突《だしぬけ》に聞えましょうが、私には度々の事で。……何かと申すと――例の怪しい二人の婦《おんな》の姿です。――私が湯から上りますと、二人はもう持参の浴衣に着換《きか》えていて、お定《きま》りの伊達巻《だてまき》で、湯殿へ下《お》ります、一人が市松で一人が独鈷《とっこ》……それも可《い》い、……姉の方の脱いだ明石《あかし》が、沖合の白波に向いた欄干《てすり》に、梁《はり》から衣紋竹《えもんだけ》で釣って掛けてさぼしてある。裾《すそ》にかくして、薄い紫のぼかしになった蹴出《けだ》しのあるのが、すらすら捌《さば》くように、海から吹く風にそよいでいました。――午後二時さがりだったと思います。真日中《まひなか》で、土橋にも浜道にも、人一人通りません。が、さすがに少し風が出ました。汗が引いてスッと涼しい。――とその蹴出しの下に脱いで揃えた白足袋が、蓮……蓮には済まないが、思うまま言わして下さい。……白蓮華《びゃくれんげ》の莟《つぼみ》のように見えました。同時に、横の襖に、それは欄間《らんま》に釣って掛けた、妹の方の明石《あかし》の下に、また一絞《ひとしぼ》りにして朱鷺色《ときいろ》の錦紗《きんしゃ》のあるのが一輪の薄紅い蓮華に見えます。――東京駅を出て、汽車で赤蝙蝠《あかこうもり》に襲われた、のちこの時まで、(ああ、涼しい。)と思えたのは、自動車で来る途中、山谷戸《やまやと》の、路傍に蓮田《はすた》があって、白いのが二三輪、旱《ひでり》にも露を含んで、紅蓮《こうれん》が一輪、むこうに交って咲いたのを見た時ばかりであったからです。  また涼しい風が颯《さっ》と来ました。羅《うすもの》は風よりも軽い……姉の明石が、竹を辷《すべ》ると、さらりと落ちたが、畳まれもしないで、煽《あお》った襟をしめ加減に、細《ほっそ》りとなって、脇あけも採《と》れながら、フッと宙を浮いて行く。……あ、あ、と思ううちに、妹のが誘われて、こう並んでひらひらと行く。後のの裾《すそ》が翻《かえ》ったと見る時、ガタリと云って羅の抜けたあとへ衣紋竹が落ちました。一つは擽《くすぐ》られるように、一つは抱くようにと、見るうちに、床《とこ》わきへ横に靡いて両方|裾《すそ》を流したのです。  私は悚然《ぞっ》とした。  ばかりではありません。ここで覚めるのかと思う夢でない所を見ると、これが空蝉《うつせみ》になって、二人は、裏の松山へ、湯どのから消失《きえう》せたのではなかろうか――些《ち》と仰山《ぎょうさん》なようであるが真個《まったく》……勝手を知った湯殿の外まで密《そっ》と様子を見に行ったくらいです。婦《おんな》の事で、勿論戸は閉めてある。妹の方の笑声が湯気に籠《こも》って、姉が静《しずか》に小桶を使う。その白い、かがめた背筋と、桃色になった湯の中の乳《ち》のあたりが、卑《さもし》い事だが、想像されて。……ただし、紅白の蓮華が浴する、と自讃して後架《こうか》の前から急に跫音《あしおと》を立てて、二階の見霽《みはらし》へ帰りました。  や、二人の羅が、もとの通り、もとの処に掛《かか》っている、尤《もっと》も女中が来て、掛け直したと思えば、それまでなんですが、まだ希有《けう》な気がしたのです。  けれども、午飯《ひる》のお誂《あつらえ》が持出されて、湯上りの二人と向合う、鯒《こち》のあらいが氷に乗って、小蝦《こえび》と胡瓜が揉合《もみあ》った処を見れば無事なものです。しかも女連《おんなれん》はビイルを飲む。ビイルを飲む仏もなし、鬼もない。おまけに、(冷蔵庫じゃないわね。)そ、そんな幽霊があるもんじゃありません。  況《いわん》や、三人、そこへ、ころころと昼寝なんぞは、その上、客も、芸妓もない、姉も妹も、叔母さんも、更に人間も、何にもない。  暮方《くれがた》、またひったりと蒸伏《むしふ》せる夕凪《ゆうなぎ》になりました。が、折から淡《うっす》りと、入江の出岬《でさき》から覗いて来る上汐《あげしお》に勇気づいて、土地で一番景色のいい、名所の丘だと云うのを、女中に教わって、三人で出掛けました。もう土橋の下まで汐が来ました。路々《みちみち》、唐黍《とうきび》畑も、おいらん草《そう》も、そよりともしないで、ただねばりつくほどの暑さではありましたが、煙草《たばこ》を買えば(私が。)(あれさ、細《こまか》いのが私の方に。)と女同士……東京子《とうきょうっこ》は小遣を使います。野掛け気分で、ぶらぶら七八町出掛けまして、地震で崩れたままの危《あぶな》かしい石段を、藪だの墓だのの間を抜けて、幾蜿《いくうね》りかして、頂上へ――誰も居ません。葭簀張《よしずばり》の茶店が一軒、色の黒い皺《しな》びた婆さんが一人、真黒な犬を一匹、膝に引《ひき》つけていて、じろりと、犬と一所《いっしょ》に私たちを視《なが》めましたっけ。……  この婆さんに、可厭《いや》な事を聞きました。――  ……此処で、姉の方が、隻手《かたて》を床几《しょうぎ》について、少し反身《そりみ》に、浴衣腰を長くのんびりと掛けて、ほんのり夕靄《ゆうもや》を視めている。崖縁《がけぶち》の台つきの遠目金《とおめがね》の六尺ばかりなのに妹が立掛《たちかか》った処は、誰も言うた事ですが、広重《ひろしげ》の絵をそのままの風情でしたが――婆の言う事で、変な気になりました。  目の下の水田《みずた》へは雁《かり》が降りるのだそうです。向うの森の山寺には、暮《くれ》六《む》つの鐘が鳴ると言う。その釣鐘堂も崩れました。右の空には富士が見える。それは唯深い息づきもしない靄です。沖も赤く焼けていて、白帆の影もなし、折から星一つ見えません。 (御覧じゃい、あないにの、どす黒くへりを取った水際から、三|反《たん》も五|反《たん》と、沖の方へさ汐の干《ひ》た処《とこ》へ、貝、蟹の穴からや、にょきにょきと蘆《あし》が生えましたぞい。あの……蘆がつくようでは、この浦は、はや近うちに、干上って陸《おか》になるぞいの。そうもござりましょ。……去年の大地震で、海の底が一体《いったい》に三尺がとこ上りましての、家々の土地面《つちじめん》が三尺たたら踏んで落込《おちこ》みましたもの、の。いま、さいて来た汐も、あれ、御覧じゃい。……海鼠《なまこ》が這うようにちょろちょろと、蘆間《あしま》をあとへ引きますぞいの。村中が心を合せて、泥浚《どろさらい》をせぬ事には、ここの浦は、いまの間《ま》に干潟になって、やがて、ただ茫々《ぼうぼう》と蘆ばかりになるぞいの。……)  何だか独言《ひとりごと》のように言って聞かせて、錆茶釜《さびちゃがま》に踞《しゃが》んで、ぶつぶつ遣《や》るたびに、黒犬の背中を擦《さす》ると、犬が、うううう、ぐうぐうと遣る。変に、犬の腹から声を揉出《もみだ》すようで、あ、あの婆さんの、時々ニヤリとする歯が犬に似ている。薄暮合《うすくれあい》に、熟《じっ》としている犬の不気味さを、私は始めて知りました。…… (――旦那様方が泊らっしゃった、水戸屋がの、一番に海へ沈んだぞいの。)  靄の下に、また電燈の光を漏らさない、料理|旅籠《はたご》は、古家《ふるいえ》の甍《いらか》を黒く、亜鉛《トタン》屋根が三面に薄《うっす》りと光って、あらぬ月の影を宿したように見えながら、縁《えん》も庇《ひさし》も、すぐあの蛇のような土橋に、庭に吸われて、小さな藤棚の遁《に》げようとする方へ、大《おおき》く傾いているのでした。 (……その時は、この山の下からの、土橋の、あの入江がや、もし……一面の海でござったがの、轟《ごう》と沖も空も鳴って来ると、大地も波も、一斉《いちどき》に箕《み》で煽《あお》るように揺れたと思わっしゃりまし。……あの水戸屋の屋根がの、ぐしゃぐしゃと、骨離れの、柱離れで挫《ひしゃ》げての――私らは、この時雨《しぐれ》の松の……)  と言いました。字の傘のように高く立って、枝が一本折れて、崖へ傾いているを指《ゆびさ》して、 (松の根に這い縋《すが》って見ましたがの、潰れた屋の棟《むね》の瓦の上へ、一《いっ》ちさきに、何処の犬やら、白い犬が乗りましたぞい。乾してあった浴衣が、人間のように、ぱッぱッと欄干《てすり》から飛出《とびだ》して、潟の中へへばりつく。もうその時は、沖まで汐が干《ひ》たぞいの。ありゃ海が倒《さかさま》になって裏返ったと思いましたよ。その白犬がの、狂気《きちがい》になったかの、沖の方へ、世界の涯《はて》までと駈出《かけだ》すと思う時、水戸屋の乾《いぬい》の隅へ、屋根へ抜けて黄色な雲が立ちますとの、赤旗がめらめらと搦《から》んで、真黒な煙がもんもんと天井まで上りました。男衆も女衆も、その火を消す間《ま》に、帳場から、何から、家中《うちじゅう》切《きり》もりをしてござった彼家《あのいえ》のお祖母様《ばばさま》が死なしゃった。人の生命《いのち》を、火よりさきへ助ければ可《よ》いものと、村方《むらかた》では言うぞいの。お祖母様が雛児《ひよこ》のように抱いてござった小児《こども》衆も二人、一所《いっしょ》に死んだぞの。孀《やもめ》つづきの家で、後家御《ごけご》は一昨年《おととし》なくならした……娘さんが一人で、や、一気に家を装立《もりた》てていさっしゃりますよ。姉さんじゃ。弟どのは、東京の学校さ入っていさっしゃるで。……地震の時は留守じゃったで、評判のようないは姉娘でござりますよ。――家《うち》とおのれは助かっても、老人《としより》小児を殺《ころ》いてはのうのう黒犬を、のう、黒犬や――)……  勝手にしろ。殺したのではない、死んだのである。その場合に、圧《おし》に打たれ、火に包まれたものと進退をともにするのは、助けるのではない、自殺をするのだ、と思いました。……私は可厭《いや》な事を聞いた、しかし、祖母と小さい弟妹を死なせて水戸屋を背負って生残《いきのこ》ったと言う娘分、――あの優しい婦《おんな》が確《たしか》にと、この時直覚的に知りましたが――どんなに心苦しいか……この狭い土地で、嘸《さ》ぞ肩身が狭かろう。――胸のせまるまで、いとしく、可憐《あわれ》になったのです。 (可厭な婆さん……) (黒犬が憑いてるようね。犬も婆《ばばあ》のようだったよ。)  石段を下りかかって、二人がそう云った時、ふと見返ると、坂の下口《したぐち》に伸掛《のしかか》って覗いていました。こんな時は、――鹿は贅沢だ。寧《むし》ろ虎の方が可《い》い。礫《つぶて》を取って投げようとするのを二人に留《と》められて……幾つも新しい墓がある――墓を見ながら下りたんです。  時に――(見たいわね。)妹なぞもそう言ったのですが、お由紀さんは、それ切《きり》姿を見せなかったのです。  大分話が前後《あとさき》になりました。  処《ところ》で、真夜中に寝苦しい目の覚めた時です。が、娘分に対しても決して不足を言うんじゃあない。……蚊帳のこの古いのも、穴だらけなのも、一層《いっそう》お由紀さんの万事|最惜《いとし》さを思わせるのですけれども、それにしても凄まじい、――先刻《さっき》も申した酷《ひど》い継《つぎ》です。隣室《となり》には八畳間が二つ並んで、上下だだ広《び》い家《うち》に、その晩はまた一組も客がないのです。この辺に限らず、何処でも地方は電燈が暗うございますから、顔の前に点いていても、畳の目がやっと見える、それも蚊帳の天井に光っておればまだしも、この燈《ひ》に羽虫の集《たか》る事|夥多《おびただ》しい。何しろ、三方取巻いた泥沼に群れたのが蒸込《むしこ》むのだから堪《たま》りません。微細《こまか》い奴は蚊帳の目をこぼれて、むらむら降懸《ふりかか》るものですから、当初《はな》一旦寝たのが、起上《おきあが》って、妹が働いて、線を手繰《たぐ》って、次の室《ま》へ電燈を持って行ったので、それなり一枚|開《あ》けてあります。その襖越しにぼんやりと明《あかり》が届く、蚊帳の裡《なか》の薄暗さをお察し下さい。――鹿を連れた仙人の襖の南画も、婆と黒犬の形に見える。……ああ、この家《うち》がぐわしゃぐわしゃと潰れて乾《いぬい》の隅から火が出た、三人の生命《いのち》が梁《はり》の下で焼けたのだと思うと、色合と言い、皺といい、一面の穴と言い、何だか、ドス黒い沼の底に、私たち倒れているような気がしてなりません。 (ああ、これは尋常事《ただごと》でない。)  一体《いったい》小児《こども》の時から、三十年近くの間《あいだ》――ふと思い寄らず、二人の婦《おんな》の姿が、私の身の周囲へ顕《あら》われて、目に遮る時と云うと、善《いい》にしろ、悪いにしろ、それが境遇なり、生活なりの一転機となるのが、これまでに例を違《たが》えず、約束なのです。とに角、私の小さい身体《からだ》一つに取って、一時期を劃《かく》する、大切な場合なのです。 (これは、尋常事でない。……)  私は形に出る……この運命の映絵《うつしえ》に誘われていま不思議な処へ来た――ここで一生を終るのではないか、死ぬのかも知れない。  枕も髪も影になって、蒸暑さに沓《くつ》脱ぎながら、行儀よく組違《くみちが》えた、すんなりと伸びた浴衣の裾を洩《も》れて、しっとりと置いた姉の白々とした足ばかりが燈《ひ》の加減に浮いて見える。白い指をすッすッと刻んで、瞳をふうわりと浮いて軽い。あの白蓮華をまた思いました。  取縋《とりすが》って未来を尋ねようか、前世の事を聞こうか。――  と、この方《ほう》は、私の隣に寝ている。むこうへ、一嵩《ひとかさ》一寸《ちょっと》低く妹が寝ていました。  ……三分……五分……  紅い蓮華がちらちらと咲いた。幽《かすか》に見えて、手首ばかり、夢で蝶を追うようなのが、どうやら此方《こっち》を招くらしい。……  ――抱きしめて、未来を尋ねようか。前世の事を聞こうか。――  招く方へは寄易《よりやす》い。  私は、貴方、巻莨《まきたばこ》の火を消しました。  その時です。ぱちぱちと音のするばかり、大蚊帳の継穴《つぎあな》が、何百か、ありッたけの目になりました。――蚊帳の目が目になった、――否《いえ》、それが一つ一《びと》つ人間の目なんです。――お分りになり憎《にく》うございましょうか知《し》ら。……一斉《いちどき》に、その何十人かの目が目ばかり出して熟《じっ》と覗いたのです。睜《みは》る、瞬《またた》く、瞳《ひとみ》が動く。……馬鹿々々しいが真個《まったく》です。睜る、瞬く、瞳が動く。……生々《なまなま》として覗いています。暗い、低い、大天井ばかりを余して、蚊帳の四方は残らず目です。  私はすくんで了《しま》いました。  いや、すくんでばかりはおられません。仰向けに胸へ緊乎《しっか》と手を組んで、両眼《りょうがん》を押睡《おしつむ》って、気を鎮めようとしたのです。  三分……五分――十分――  魔は通って過ぎたろうと、堅く目を開きますと、――鹿と仙人が、婆《ばば》と黒犬に見える、――その隣室《となり》の襖際と寝床の裾――皆が沖の方を枕にしました――裾の、袋戸棚との間が、もう一ヶ所|通《かよい》で、裏階子《うらばしご》へ出る、一人立《ひとりだち》の口で。表二階の縁と、広く続いて、両方に通口《かよいぐち》のあるのが、何だか宵から、暗くて寂《さび》しゅうございました。――いま、その裏階子の口の狭い処にぼッと人影が映《さ》して色の白い婦《おんな》が立ちました。私は驚きません。それは円髷《まるまげ》の方で……すぐ銀杏返《いちょうがえし》のが出る、出て二人並ぶと同時に膝をついて、駒下駄を持つだろう。小児《こども》の時見たのと同じようだ。で、蚊帳から雨戸を宙に抜けて、海の空へ通るのだろうと思いました。私の身に、二人の婦《おんな》の必要な時は、床柱《とこばしら》の中から洋燈《ランプ》を持って出て来た事さえありますから。」…… 「ははあ。」  著者は思わず肱《ひじ》を堅くして聞いたのであった。 [#10字下げ]六[#「六」は中見出し] 「――処《ところ》がその婦《おんな》は一人きりで、薄いお納戸色の帯に、幽《かすか》な裾模様が、すッと蘆《あし》の葉のように映りました。すぐ背を伸ばせば届きます。立って、ふわふわと、凭《よ》りかかるようにして、ひったりと蚊帳に顔をつけた。ああ、覗く。……ありたけの目が、その一ところへ寄って、爛々《らんらん》として燃えて大蛇《おろち》の如し……とハッとするまに、目がない、鼻もない、何にもない、艶々《つやつや》として乱れたままの黒髪の黒い中に、ぺろりと白いのっぺらぼう。――」 「…………」  著者は黙って息を呑んで聞いた。 「うう、と殺されそうな声を呑むと、私は、この場合、婦《おんな》二人、生命《いのち》を預る……私は、むくと起きて、しにみに覚悟して、蚊帳を刎《は》ねた、その時、横ゆれに靡《なび》いて、あとへ下《さが》ったその婦《おんな》が、気に圧《お》されて遁《に》げ状《ざま》に板敷を、ふらふらとあと退《ずさ》りに退《すさ》るのを夢中で引捉《ひっとら》えようとしました。胸へ届きそうな私の手が、辷《すべ》るが早いか、何とも申しようのない事は、その婦《おんな》は三四尺ひらりと空《くう》へ飛んで、宙へ上《あが》った。白百合が裂けたように釣られた両足の指が反《そ》って震えて、素足です。藍、浅葱、朱鷺色《ときいろ》と、鹿子《かのこ》と、絞《しぼり》と、紫の匹田《ひった》と、ありたけの扱帯《しごき》、腰紐を一つなぎに、夜の虹が化けたように、婦《おんな》の乳《ち》の下から腰に絡《まつ》わり、裾に搦《から》んで。……下に膝をついた私の肩に流れました。雪なす両の腕《かいな》は、よれて一条《ひとすじ》になって、裏欄干《うららんかん》の梁に釣《つる》した扱帯の結目《むすびめ》、ちょうど緋鹿子の端を血に巻いて縋《すが》っている。顔を背けよう背けようと横仰向けに振って、よじって伸ばす白い咽喉《のど》が、傷々《いたいた》しく伸びて、蒼褪《あおざ》める頬の色が見る見るうちに、その咽喉へ隈《くま》を薄く浸《にじ》ませて、身悶《みもだえ》をするたびに、踏処《ふみどころ》のない、つぼまった蹴出《けだし》が乱れました。凄いとも、美しいとも、あわれとも、……踏台が置いてある。目鼻のない、のっぺらぼうと見えたのは、白地の手拭《てぬぐい》で、顔の半ば目かくしをしていたのです。」  俊之君は、やや、声|忙《せわ》しく語った。此処で吻《ほっ》と一息した。 「いま、これを処置するのに、人の妻であろうと、妾であろうと、娘であろうと、私は抱取《だきと》らなければなりません。  私は綺麗なばけものを、横抱きに膝に抱いて助けました。声を殺して、 (何をなさる。)  扱帯《しごき》で両膝は結《ゆわ》えていました。けれども、首をくくるのに、目隠をするのは可訝《おか》しい。気だけも顔を隠そうとしたのかと思う。いや、そうでないのです。それに、実は死のうとしたのではない。私から遁《に》げようとしたので、目を隠したのは、見まい見せまいじゃあない。蚊帳を覗くためだったのだから余程《よっぽど》変です。」 [#10字下げ]七[#「七」は中見出し] 「前後のいきさつで、大抵お察しでありましょう。それはお由紀さんでございました。  申憎《もうしにく》うございますけれども、――今しがた、貴方の御令閨《ごれいけい》のお介添《かいぞえ》で――湯殿へ参っております、あの女なのです。  これでは……その時の私と、由紀とのうけこたえに、女のものいいが交りましては、尚《な》お申憎うございますから、わけだけを、手取早《てっとりばや》く。……  由紀は、人の身の血も汐も引くかと思う、干潟に崩家《くずれや》を守りつつ、日も月も暗くなりました。……村の口の端《は》、里の蔭言《かげごと》、目も心も真暗になりますと、先達《せんだっ》て頃から、神棚、仏壇の前に坐って、目を閉じて拝む時、そのたびに、こう俯向《うつむ》く……と、衣《き》ものの縞《しま》が、我が膝が、影のように薄《うっす》りと浮いて見えます。それが毎日のように度重《たびかさな》ると段々《だんだん》に判然《はっきり》見える。姿見のない処に、自分の顔が映るようで、向うが影か、自分が影か、何とも言えない心細い、寂《さび》しい気がしたのだそうです。絣《かすり》は那様《そんな》でない、縞《しま》の方が、余計にきっぱりとしたのが、次第に、おなじまで、映る事になったと言います。ただ、神仏の前にぬかずく時、――ほかには何の仔細もなかった。  処《ところ》が当日、私たちの着きますのが、もう土橋のさきから分ったと言うのです。それは別に気にも留《と》めなかった。黄昏《たそがれ》に三人で、時雨《しぐれ》の松の見霽《みはらし》へ出掛けるのを、縁の柱で、悄乎《しょんぼり》と、藤棚越に伸上《のびあが》って見ていると、二人に連れられて、私の行くのが、山ではなしに、干潟を沖へ出て、それ切《きり》帰らない心持がしてならなかった。無事に山へ行きました。――が、遠目金《とおめがね》を覗くのも、一人が腰を掛けたのも、――台所へ引込《ひっこ》んでまでもよく分る。それとともに、犬婆さんが、由紀の身について饒舌《しゃべ》るのさえ聞えるようで。……それがために身を恥じて、皆の床の世話もしなかった。極《きま》りの悪い、蚊帳の所為《せい》ばかりではないと言います。夜の進むに従って、私たちの一挙一動がよく知れた。……  三人が一寝入《ひとねいり》したでしょう、うとうととして一度目を覚ます、その時でした。妹の方が、電燈を手繰《たぐ》って隣の室へ運んでいたのは。――(大変な虫ですよ)と姉は寝ながら懶《ものう》そうに団扇《うちわ》を動かす。蚤《のみ》と蚊で……私も痒《かゆ》い。身体中《からだじゅう》、くわッといきって、堪《たま》らない、と蚊帳を飛出《とびだ》して、電燈の行ったお隣へ両腕を捲《まく》って、むずむず掻きながら、うっかり入ると、したたかなものを見ました。頭から足のさきまで、とろりと白い膏《あぶら》のかかったはり切れそうな膚《はだ》なんです。蚤を振《ふる》って脱いでいたので。……電燈の下へ立派に立って、アハハと笑いました。(抱くと怪我をしてよ。……夏虫さん――)(いや、どうも、弱った。)と襖の陰へ、晩に押して置いた卓子台《ちゃぶだい》の前へ、くったりと小さくなる。(生憎《あいにく》、薬が。)と姉が言うと(香水をつけて上げましょう、かゆいのが直るわよ。……)と一気にその膚で押して出て、(どうせお目に掛けたんだ、暑さ凌《しの》ぎ。ほほほほ。)袋戸棚から探って取った小罎を持って、胸の乳、薫《かお》ってひったりと、(これ、ここも、ここも、ここも。)虫のあとへ、ひやひやと罎の口で接吻《キッス》をさせた。  ああ、この時は弱ったそうです。……由紀は仏間に一人、蚊帳に起きて端正《きちん》と坐って、そして目をつぶって、さきから俯向いて一人居たのだそうですが、二階の暗がりに、その有様が、下の奥から、歴々《ありあり》と透いて見えたのですから。――年は長《た》けても処女なんです。どうしていいか分らない。あっちへ遁《に》げ、此方《こっち》へ避《よ》け、ただ人の居ない処を、壁に、柱に、袖をふせて、顔をかくしたと言うじゃありませんか。  私は冷い汗を流した、汗と一所《いっしょ》に掌《てのひら》に血が浸《にじ》んだ。――帯も髪も乱れながら、両膝を緊乎《しっかり》結《ゆわ》えている由紀を、板の間に抱いたまま、手を離そうにも、頭《かぶり》をふり、頭を掉《ふ》って、目を結えたのをはずしませんから、見くびって、したたかくい込んでいた蚊の奴が、血をふいてぼとりと落ちたのです。  私は冷くなって恥じました。けれども、その妹も、並んだ姉も、ただの女、ただの芸妓に、私が扱い得なかったことは、お察し下さるだろうと存じます。  ――痒《かゆ》さは、香水で立処《たちどころ》に去りましたが、息が詰《つま》る、余り暑いから、立って雨戸を一枚|繰《く》りました。(おお涼しい。)勢《いきおい》に乗じて、妹は縁の真正面へ、蚊帳の黒雲を分けたように、乳を白く立ったのですが、ごろごろごろ、がたん。間遠《まどお》に荷車の音が、深夜の寂寞《せきばく》を破ったので、ハッとかくれて、籐椅子《とういす》に涼んだ私の蔭に立ちました。この音は妙に凄うございました。片輪車《かたわぐるま》の変化《へんげ》が通るようで、そのがたんと門にすれた時は、鬼が乗込《のりこ》む気勢《けはい》がしました。  姉がうっとりした声で、(ああ、私は睡《ねむ》い。……お寝よ、いいからさ。)(沢山《たんと》おっしゃいよ。)余り夜が深い。何だか、美しい化鳥《けちょう》と化鳥が囁いているように聞えた。(あ、梟《ふくろう》が鳴いている。)唯一つ、遥《はるか》に、先刻《さっき》の山の、時雨《しぐれ》の松のあたりで聞えました。  この、梟が鳴き、荷車の消えて行く音を聞いた時、由紀は、その車について、戸外《おもて》へ出了《でっちま》おうと思ったと言います。しかし気がついた。いま外へ出れば、枝を探り、水を慕って、屹《きっ》と自殺をするに違いない。……それが可恐《おそろ》しい。由紀はまだ死にたくない未練があると思ったそうです。――真個《まったく》です、その時戸を出たらば魔に奪《と》られたに相違ありません。  私たちも凄かった。――岬も、洲《す》も、潟も、山も、峰の松も、名所一つずつ一ヶ所一体の魔が領《りょう》しているように見えたのですから。(天狗様でしょうか、鬼でしょうか、私《わたい》たちとはお宗旨違いだわね。引込《ひっこ》みましょう可恐《こわ》いから。)居かわって私の膝にうしろ向きにかけていた銀杏返《いちょうがえし》が言ったのです。  由紀は残らず知っていました。  それからは、私も余程《よっぽど》寝苦しかったと見えます――先にお話しした二度めに目を覚ましますまで、ものの一時間とはなかったそうで――由紀の下階《した》から透《とお》して見たのでは――余り判明《はっきり》見えるので、由紀は自分で恐ろしくなって、これは発狂するのではないかと思った。それとも、唯、心で見る迷いで、大蚊帳の裡《なか》の模様は実際とまるで違っているかも知れない。それならば、まよいだけで、気が違うのではないであろう。どっちか確《たしか》めるのは、自分で一度二階へ上って様子を見なければ分らない。が深く堅く目を瞑《つぶ》っていると思いつつ……それが病気で、真個《ほんとう》は薄目を明けているのかも計《はか》られない、と、身だしなみを、恥かしくないまでに、坐ってカタカタと箪笥をあけて、きものを着かえて、それから手拭《てぬぐい》で目を結《ゆわ》えて、二階へ上ったのだそうですが、数ある段を、一歩《ひとあし》も誤らず、すらすらと上りながら、気が咎《とが》めて、二三度下りたり、上ったり、……また幾度《いくたび》、手で探っても、三重《みえ》にも折った手拭はちゃんと顔半分|蔽《おお》うている。……いよいよ蚊帳を覗くとなると、余りの事に、それがこの病気の峠で、どんな風に、ひきつけるか、気を失うか、倒れるかも分らない。その時醜くないようにと、両膝をくくったから、くくったままで、蚊帳まで寄って来るのです、間《あいだ》は近いけれども、それでは忍んでは歩行《ある》けますまい。……扱帯《しごき》を繋《つな》いで、それに縋《すが》って、道成寺《どうじょうじ》のつくりもののように、ふらふらと幽霊だちに、爪立《つまだ》った釣身《つりみ》になって覗いたのだそうです。私に追われて、あれと遁《に》げる時、――ただたよりだったのですから、その扱帯《しごき》を引手繰《ひきたぐ》って、飛退《とびの》こうとしたはずみに、腰が宙に浮きました。  浅間《あさま》しい、……極《きまり》が悪い。……由紀は、いまは活きていられない。――こうしていても、貴方(とはじめて顔を振向けて、)私の抱《だい》ている顔も手も皆見える。これが私を殺すのです――と云って、置処《おきどころ》のなさそうな顔を背《そむ》ける。猿轡《さるぐつわ》とか云うものより見ても可哀《あわれ》なその面縛《めんばく》した罪のありさまに、 (心配なさる事はない。私が見えないようにして上げる。)  と云って、目隠《めかくし》の上を二処《ふたところ》吸って吸いました。  貴下《あなた》、慰めるにしても、気休めを言うにしても、何と云う、馬鹿な、可忌《いまわ》しい、呪詛《のろ》った事を云ったものでしょう。  手拭は取れました。 (あれ、お二方《ふたかた》が。)  と俯向く処を、今度はまともに睫毛《まつげ》を吸った。――そのお二方ですが、由紀が、唯、憚《はばか》ったばかりではなかったので。すらすらと表二階の縁の端《はし》へ、歴々《ありあり》と、円髷《まるまげ》と銀杏返《いちょうがえし》の顔が白く、目をぱっちりと並んで出ました。由紀を抱きかくしながら踞《うずくま》って見た時、銀杏返の方が莞爾《にっこり》すると、円髷のが、頷《うなずき》を含んで眉を伏せた、ト顔も消えて、衣《きもの》ばかり、昼間見た風の羅《うすもの》になって、スーッと、肩をかさねて、階子段《はしごだん》へ沈み、しずみ、トントントンと音がしました。  二人のその婦《おんな》の姿は、いつも用が済むと、何処かへ行って了《しま》うのが例なのです。  しかし、姉も妹も、すやすやと蚊帳に寝ていた事は言うまでもありますまい。  ただ不思議な事は、東京へ帰りましてからも、その後時々逢いますが、勝手々々で、一人だったり、三人だったり、姉と妹と二人揃って立った場合に出会わなかったのでございます。  ――少々金の都合も出来ました。いよいよ決心をして先月……十月……再び水戸屋を訪ねました時、自動車《タキシイ》が杜戸《もりと》、大くずれ、秋谷を越えて、傍道《わきみち》へかかる。……あすこだったと思う、紅蓮《こうれん》が一茎《ひとえだ》、白蓮華《びゃくれんげ》の咲いた枯田《かれた》のへりに、何の草か、幻の露の秋草の畦《あぜ》を前にして、崖の大巌《おおいわ》に抱かれたように、巌窟《いわむろ》に籠《こも》ったように、悄乎《しょんぼり》と一人、淡く彳《たたず》んだ婦《おんな》を見ました。 (やあ、水戸屋の姉さんが。)  と運転手が言いました。  ひらりと下りますと、 (旦那様――)  知らせもしないのに、今日来るのを知って、出迎《でむかえ》に出たと云って、手に縋《すが》って、あつい涙で泣きました。今度は、清《すずし》い目を睜《ひら》いても、露のみ溢《あふ》れて、私の顔は見えない。……  由紀は、急な眼病で、目が見えなくなりました。  ――結婚はまだしませんが、所帯万事|引受《ひきう》けて、心ばかりは、なぐさめの保養に出ました。――途中から、御厚情を頂きます。  ……ああ、帰って来ました。……御令閨《ごれいけい》が手をお取り下すって、」  と廊下を見つつ涙ぐんで。 「髪も、化粧も、為《し》て頂いて……あの、きれいな、美しい、あわれな……嬉しそうな。」  と言いかけて、無邪気に、握拳《にぎりこぶし》で目を圧《おさ》えて、渠《かれ》は落涙《らくるい》したのである。  涙はともに誘われた。が、聞えるスリッパの跫音《あしおと》にも、その(二人《ふたり》の婦《おんな》)にも、著者に取っては、何の不思議も、奇蹟も殆《ほとん》ど神秘らしい思いでのないのが、ものたりない。…… 底本:「文豪怪談傑作選 泉鏡花集 黒壁」ちくま文庫、筑摩書房    2006(平成18)年10月10日第1刷発行 底本の親本:「鏡花全集 第二十二卷」岩波書店    1940(昭和15)年11月20日第1刷発行 初出:「女性」    1925(大正14)年1月号 ※「拵える」に対するルビの「こしら」と「あつら」の混在は、底本通りです。 ※表題は底本では、「甲《きのえ》乙《きのと》」となっています。 入力:門田裕志 校正:坂本真一 2017年8月25日作成 2017年9月8日修正 青空文庫作成ファイル: このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。