菊あわせ 泉鏡花 ------------------------------------------------------- 【テキスト中に現れる記号について】 《》:ルビ (例)蟹《かに》 |:ルビの付く文字列の始まりを特定する記号 (例)出家|容《すがた》 [#]:入力者注 主に外字の説明や、傍点の位置の指定    (数字は、JIS X 0213の面区点番号またはUnicode、底本のページと行数) (例)毮 ------------------------------------------------------- 「蟹《かに》です、あのすくすくと刺《とげ》のある。……あれは、東京では、まだ珍らしいのですが、魚市をあるいていて、鮒《ふな》、鰡《ぼら》など、潟魚《かたうお》をぴちゃぴちゃ刎《は》ねさせながら売っているのと、おし合って……その茨蟹《いばらがに》が薄暮方《うすくれがた》の焚火のように目についたものですから、つれの婦《おんな》ども、家内と、もう一人、親類の娘をつれております。――ご挨拶をさせますのですが。」  画工、穂坂一車《ほさかいっしゃ》氏は、軽く膝の上に手をおいた。巻莨《まきたばこ》を火鉢にさして、 「帰りがけの些細な土産ものやなにか、一寸《ちょっと》用達《ようた》しに出掛けておりますので、失礼を。その娘の如きは、景色より、見物より、蟹を啖《くら》わんがために、遠路《えんろ》くッついて参りましたようなもので。」 「仕合せな蟹でありますな。」  五十六七にもなろう、人品《じんぴん》のいい、もの柔かな、出家|容《すがた》の一客が、火鉢に手を重ねながら、髯のない口許《くちもと》に、ニコリとした。 「食われて蟹が嬉しがりそうな別嬪《べっぴん》ではありませんが、何しろ、毎日のように、昼ばたごから――この旅宿《やど》の料理番に直接《じか》談判で蟹を食《や》ります。いつも脚のすっとした、ご存じの楚蟹《ずわえ》の方ですから、何でも茨を買って帰って――時々話して聞かせます――一寸《いっすん》幅の、ブツ切《ぎり》で、雪間《ゆきま》の紅梅《こうばい》という身どころを噛《や》ろうと、家内と徒党をして買ったのですが、年長者に対する礼だか、離すまいという喰心坊《くいしんぼう》だか、分りません。自分で、赤鬼の面という……甲羅を引《ひっ》からげたのを、コオトですか、羽織ですか、とに角紫色の袖にぶら下げた形は――三日月、いや、あれは寒い時雨《しぐれ》の降ったり留《や》んだりの日暮方《ひくれがた》だから、蛇の目とか、宵闇の……とか、渾名《あだな》のつきそうな容子《ようす》で。しかし、もみじや、山茶花《さざんか》の枝を故《わざ》と持って、悪く気取って歩行《ある》くよりはましだ、と私が思うより、売ってくれた阿媽《おっかあ》の……栄螺《さざえ》を拳《こぶし》で割りそうなのが見兼《みか》ねましてね、(笊《ざる》一枚散財さっせい、二銭《にひゃく》か、三銭《さんびゃく》だ、目の粗いのでよかんべい。)……いきなり、人混みと、ぬかるみを、こね分けて、草鞋《わらじ》で飛出《とびだ》して、(さあさあ山媽々《やまあば》が抱いて来てやったぞ)と、其処らの荒物屋からでしょう、目笊を一つ。おどけて頭へも被《かぶ》らず、汚れた襟のはだかった、胸へ、両手で抱いて来ましたのは、形はどうでも、女ごころは優しいものだと思った事です。」  客僧は、言うも、聞くも、奇特と思ったように頷《うなず》いた。 「値をききました始めから、山媽々が、品《しな》は受合《うけあ》うぞの、山媽々が、今朝しらしらあけに、背戸《せど》の大釜でうで上げたの、山媽々が、たった今、お前さんたちのような、東京ものだろう、旅の男に、土産にするで三|疋《ぴき》売ったなどと、猛烈に饒舌《しゃべ》るのです。――背戸で、蟹をうでるなら、浜の媽々《かかあ》でありそうな処を、おかしい、と婦《おんな》どもも話したのですが。――山だの――浜だの、あれは市の場所割の称《とな》えだそうで、従って、浜の娘が松茸、占地茸《しめじたけ》を売る事になりますのですね。」 「さようで。」  と云って、客僧は、丁寧にまたうなずいた。 「すぐ電車で帰りましょうと、大通《おおどおり》……辻へ出ますと、電車は十文字に往来する。自動車、自転車。――人の往来《おうらい》は織るようで、申しては如何《いかが》ですが、唯表側だけでしょうけれど、以前は遠く視《なが》められました、城の森の、石垣のかわりに、目の前に大百貨店の電燈が、紅い羽、翠《みどり》の鏃《やじり》の千の矢のように晃々《きらきら》と雨道を射ています。魚市の鯛、蝶《かれい》、烏賊《いか》蛸《たこ》を眼下に見て、薄暗い雫《しずく》に――人の影を泳がせた処は、喜見城《きけんじょう》出現と云った趣《おもむき》もありますが。  また雨になりました。  電燈のついたばかりの、町店が、一軒、檐下《のきした》のごく端近《はしぢか》で、大蜃《おおはまぐり》の吹出《ふきだ》したような、湯気をむらむらと立てると、蒸籠《せいろう》から簀《す》の子《こ》へぶちまけました、うまそうな、饅頭と、真黄色な?……」 「いが餅《もち》じゃ、ほうと、……暖い、大福を糯米《もちごめ》でまぶしたあんばい、黄色う染めた形ゆえ、菊見餅《きくみもち》とも申しますが。」 「ああ、いが餅……菊見餅……」 「黒餡の安菓子……子供だまし。……詩歌にお客分の、黄菊白菊に対しては、聊《いささ》か僭上《せんじょう》かも知れぬのでありますな。」  と骨ばった、しかし細い指を、口にあてて、客僧は軽く咳《しわぶ》いた。 「――一別《いちべつ》以来、さて余りにもお久しい。やがて四十年ぶり、初めてのあなたに、……ただ心ばかり、手づくりの手遊品《おもちゃ》を、七つ八つごろのお友だち、子供にかえった心持で持参しました。これをば、菊細工、菊人形と、今しがた差出《さしで》て名告《なの》りはしましたものの、……お話につけてもお恥かしい。中味は安餡の駄菓子、まぶしものの、いが細工、餅人形とも称えますのが適当なのでありましたよ。」  寛《くつろ》いだ状《さま》に袖を開いて、胸を斜《ななめ》に見返った。卓子台《ちゃぶだい》の上に、一尺四五寸まわり白木の箱を、清らかな奉書包《ほうしょづつみ》、水引《みずひき》を装って、一羽、紫の裏白蝶《うらしろちょう》を折った形の、珍らしい熨斗《のし》を添えたのが、塵も置かず、据えてある。  穂坂は一度取って量を知った、両手にすっと軽く、しかし恭《うやうや》しく、また押戴《おしいただ》いて据直《すえなお》した。 「飛《とん》でもないお言葉です。――何よりの品と申して、まだ拝見をいたしません。――頂戴をしますと、そのまた、玉手箱以上、あけて見たいのは山々でございました。が、この熨斗、この水引、余りお見事に遊《あそ》ばした。どうにか絵の具は扱いますが、障子もはれない不器用な手で、しかもせっかちのせき心、引き毮《むし》りでもしましては余りに惜《おし》い。蟹を噛るのは難《なん》ですが、優しい娘《こ》ですから、今にも帰りますと、せめて若いものの手で扱わせようと存じまして、やっとがまんをしましたほどです。」  ――話に機《きっ》かけをつけるのではない。ごめん遊ばせと、年増の女中が、ここへ朱塗の吸物膳に、胡桃《くるみ》と、鶇《つぐみ》、蒲鉾《かまぼこ》のつまみもので。……何の好みだか、金いりの青九谷《あおくたに》の銚子と、おなじ部厚《ぶあつ》な猪口《ちょこ》を伏せて出た。飲みてによって、器に説はあろうけれども、水引に並べては、絵の秋草もふさわしい。卓子台《ちゃぶだい》の上は冬の花野で、欄間越《らんまごし》の小春日も、朗《ほがら》かに青く明るい。――客僧の墨染《すみぞめ》よ。 「一献《いっこん》頂戴の口ではいかがですか、そこで、件の、いが餅は?」  一車は急《いそが》しく一つ手酌して、 「子供のうち大好きで、……いやお話がどうも、子供になります。胎毒《たいどく》ですか、また案じられた種痘《うえぼうそう》の頃でしたか、卯辰山《うたつやま》の下、あの鶯谷《うぐいすだに》の、中でも奥の寺へ、祖母に手を引《ひか》れては参詣をしました処、山門前の坂道が、両方|森々《しんしん》とした樹立《こだち》でしょう。昼間も、あの枝、こっちの枝にも、頭の上で梟《ふくろ》が鳴くんです。……可恐《こわ》い。それに歩行《ある》かせられるのに弱って、駄々をこねますのを(七日《なぬか》まいり、いが餅七つ。)と、すかされるので、(七日まいり、いが餅七つ。)と、唄に唄って、道草に、椎《しい》や、団栗《どんぐり》で数《かず》とりをした覚えがあります。それなんですから。……  ほかほかと時雨《しぐれ》の中へ――餅よりは黄菊の香《か》で、兎が粟《あわ》を搗《つ》いたようにおもしろい。あれはうまい、と言いますと、電車を待って雨宿りをしていたのが、傘をざらりと開けて、あの四辻を饅頭屋へ突切《つっき》ったんです。――家内という奴が、食《くい》意地にかけては、娘にまけない難物で、ラジオででも覚えたんでしょう。球《たま》も鞠《まり》も分らない癖に、ご馳走を取込《とりこ》むせつは相競って、両選手、両選手というんですから。いが餅、饅頭の大づつみを、山媽々《やまあば》の籠の如くに抱いて戻ると、来合わせた電車――これが人の瀬の汐時で、波を揉合《もみあ》っていますのに、晩飯前で腹はすく、寒し……大急ぎで乗ったのです。処《ところ》が、並んで真中へ立ちました。近くに居ると、頬辺《ほっぺた》がほてるくらい、つれの持った、いが、饅頭が、ほかりと暖い。暖いどころか、あつつ、と息を吹く次第で。……一方が切符を買うのに、傘は私が預り、娘が餅の手がわりとなる、とどうでしょう。薄ゴオトで澄《す》ましたはいいが、裙《すそ》をからげて、長襦袢《ながじゅばん》の紅入《べにいり》を、何と、引《ひき》さばいたように、赤うでの大蟹が、籠の目を睨んで、爪を突張《つっぱ》る……襟もとからは、湯上りの乳ほどに、ふかしたての餅の湯気が、むくむくと立昇る。……いやアたなびく、天津風《あまつかぜ》、雲の通路《かよいじ》、といったのがある。蟹に乗ってら、曲馬の人魚だ、といううちに、その喜見城《きけんじょう》を離れて行く筈の電車が、もう一度、真下の雨に漾《ただよ》って、出て来た魚市の方へ馳《はし》るのです。方角が、方角が違ったぞ、と慌てる処へ、おっぱいが飲みたい、とあびせたのがあります。耳まで真赤になる処を、娘の顔が白澄《しろす》んで青味が出て来た。狐につままれたか知ら、車掌さん済みませんが乗りかえを、と家内のやつが。人のいい車掌でした。……黙って切ってくれて、ふふふんと笑うと、それまで堪《こら》えていたらしい乗客が一斉《いっとき》に哄《わっ》と吹出《ふきだ》したじゃありませんか。次の停車場へ着くが早いか、真暗三宝《まっくらさんぼう》です。飛降《とびおり》同然。――処《ところ》が肝心の道案内の私に、何処だか町が分りません。どうやら東西だけは分っているようですけれども、急に暗くなった処へ、ひどい道です。息休めの煙草《たばこ》の火と、暗い町の燈《ひ》が、うろつく湯気に、ふわふわ消えかかる狐火で、心細く、何処か、自動車、俥宿《くるまやど》はあるまいかと、また降出《ふりだ》した中を、沼を拾う鷺《さぎ》の次第――古外套は鷭《ばん》ですか。――ええ電車、電車|飛《とん》でもない、いまのふかし立ての饅頭の一件ですもの。やっと、自動車で宿へ帰って――この、あなた、隣の室《ま》で、いきなり、いが餅にくいつくと、あ熱《つつ》、……舌をやけどしたほどですよ。で、その自動車が、町の角家《かどや》で見つかりました時、夜目に横町をすかしますと、真向うに石の鳥居が見えるんです。呆《あき》れもしない、何の事です。……あなたと、ご一所《いっしょ》、私ども、氏神様の社《やしろ》なんじゃありませんか。三羽《さんば》、羽掻《はがい》をすくめてまごついた処は、うまれた家の表通りだったのですから……笑事《わらいごと》じゃありません。些《ち》と変です。変に、気味が悪い。尤《もっと》も、当地《こちら》へ着きますと、直《す》ぐ翌日、さいわい、誂えたような好天気で、歩行《ある》くのに、ぼっと汗ばみますくらい、雛が巣に返りました、お鳥居さきから、帽も外套も脱いでお参りをしたのです。が、拝殿の、階《きざはし》の、あの擬宝珠《ぎぼしゅ》の裂けた穴も昔のままで、この欄干を抱いて、四五尺、辷《すべ》ったり、攀登《よじのぼ》ったか、と思うと、同じ七つ八つでも、四谷あたりの高い石段に渡した八九|間《けん》の丸太を辷って、上《のぼ》り下《お》りをする東京は、広いものです。それだけ世渡りに骨が折れます訳だと思います。いや、……その時参詣をしていましたから、気安めにはなりましたものの、実は、ふかし立ての餅菓子と茨蟹で電車などは、些《ち》と不謹慎だったのですから。」 「それも旅の一興《いっきょう》。」  と、客僧は、忍辱《にんにく》の手をさしのべて、年下の画工を、撫でるように言ったのである。 「が、しかし、故郷に対して、礼を失したかも知れません。ですから、氏神、本殿の、名剣宮《めいけんぐう》は、氏子の、こんな小僧など、何を刎《は》ねようと、蜻蛉《とんぼ》が飛んでるともお心にはお掛けなさいますまい。けれども、境内のお末社《まっしゃ》には、皆が存じた、大分《だいぶ》、悪戯《いたずら》ずきなのがおいでになります。……奥の院の、横手を、川端へ抜けます、あのくらがり坂へ曲る処……」 「はあ、稲荷堂《いなりどう》。――」 「すぐ裏が、あいもかわらず、崩れ壁の古い土塀――今度見ました時も、落葉が堆《うずたか》く、樹の茂りに日も暗し、冷い風が吹きました。幅なら二尺、潜り抜け二|間《けん》ばかりの処ですが、御堂《おどう》裏と、あの塀の間は、いかなるわんぱくと雖《いえど》も、もぐる事は措《お》き、抜けも、くぐりも絶対に出来なかった。……思出《おもいだ》しても気味の悪い処ですから、耳は、尖《とが》り、目は、たてに裂けたり、というのが、じろりと視《み》て、穂坂の矮小僧《ちびこぞう》、些《ち》と怯《おど》かして遣《や》ろう、でもって、魚市の辻から、ぐるりと引戻《ひきもど》されたろうと、……ですね、ひどく怯《おび》えなければならない処でした。何しろ、昔から有名な、お化《ばけ》稲荷。……」  と、言いかけると、清く頬のやせた客僧が、掌《て》を上げて、またニコリとしながら、頭を一つ、つるりと撫でた。 「われは化けたと思えども、でござろうかな。……彼処《あすこ》を、礼《れい》さん。」――  急に親しく、画工を、幼名《おさなな》に呼びかけて、 「はて、彼処《あすこ》をさように魔所あつかい、おばけあつかいにされましてはじゃ、この似非《えせ》坊主、白蔵主《はくぞうす》ではなけれども、尻尾が出そうで、擽《くすぐ》っとうてならんですわ。……口上《こうじょう》で申通《もうしつう》じたばかり、世外《せがい》のものゆえ、名刺の用意もしませず――住所もまだ申さなんだが、実は、あの稲荷の裏店《うらだな》にな、堂裏の崩塀《くずれべい》の中に住居《すまい》をします。」  という、顔の色が、思いなしでも何でもない、白樺の皮に似て、由緒深げに、うそ寂《さび》しい。  が、いよいよ柔和に、温容《おんよう》で、 「じゃが、ご心配ないようにな、暗い冷い処ではありません――ほんの掘立《ほったて》の草の屋根、秋の虫の庵《いおり》ではありますが、日向《ひなた》に小菊も盛《さかり》です。」  と云って、墨染《すみぞめ》の袖を、ゆったりと合わせた。――さて聞けば、堂裏のそのくずれ塀の穴から、前日、穂坂が、くらがり坂を抜けたのを見たのだという。時に、日あたりの障子の白さが、その客僧の頬に影を積んで、むくむくと白い髯さえ生えたように見える。官吏もした、銀行に勤めもした――海外の貿易に富を積んだ覚えもある。派手にも暮らし、寂《さび》しくも住み、有為転変《ういてんぺん》の世をすごすこと四十余年、兄弟とも、子とも申さず、唯血族一統の中に、一人、海軍の中将を出したのを、一生の思出《おもいで》に、出離隠遁《しゅつりいんとん》の身となんぬ。世には隠れたれども、土地、故郷《ふるさと》の旧顔《ふるがお》ゆえ、いずれ旅店《はたご》にも懇意がある。それぞれへ聞合《ききあ》わせて、あまりの懐しさに、魚市の人ごみにも、電車通りの雑沓《ざっとう》にも、すぎこしかたの思出や、おのが姿を、化けた尻尾の如く、うしろ姿に顧《かえり》み、顧み、この宿を訪ねたというのである。  一車は七日《なぬか》逗留した。――今夜立って帰京する……既に寝台車も調《ととの》えた。荷造りも昨夜《ゆうべ》かたづけた。ゆっくりと朝餉《あさげ》を済まして、もう一度、水の姿、山の容《すがた》を見に出よう。さかり場を抜けながら。で、婦《おんな》は、もう座敷を出かかった時であった。  女中が来て、お目にかかりたいお人がある……香山《かやま》の宗参《そうさん》――と伝えて、と申されました、という。……宗さん――余りの思掛《おもいが》けなさに、一車は真昼に碧《あお》い星を見る思《おもい》がしたそうである。いや、若じにをされて、はやくわかれた、母親の声を、うつくしく、かすかな、雲間から聞く思いがした、と言うのである。玉の緒の糸絶えておよそ幾十年の声であろう。香山の宗さん――自分で宗さんと名のるのも、おかしいといえばおかしい……あとで知れた、僧名《そうめい》、宗参《そうさん》との事であるが、この名は、しかも、幼い時の記憶のほか、それ以来の環境、生活、と共に、他人《ひと》に呼び、自分に語る機会と云っては実に一度もなかった。だから、なき母からすぐに呼続《よびつ》がれたと同じに思った。香山の宗さん。宗さんと、母親の慈愛の手から、学校にも、あそびにも、すぐにその年上の友だちの手にゆだねられるのがならいだったからである。念のために容子《ようす》を聞くと、年紀《とし》は六十近い、被布《ひふ》を着ておらるるが、出家《しゅっけ》のようで、すらりと痩せた、人品《じんぴん》の好《よ》い法体《ほったい》だという。騎馬の将軍というより、毛皮の外套の紳士というより、遠く消息の断えた人には、その僧形《そうぎょう》が尚《な》お可懐《なつかし》い。「ああ、これは――小学校へ通いはじめに、私の手を曳《ひ》いてつれてってくれた、町内の兄哥《あにき》だ。」と、じとじとと声がしめると、立《たち》がけの廊下から振返って、「おばさんと手をひかれるのとどっち?」「……」と呆れた顔して、「おばさんに聞いてごらん。」「じゃあ、私と、どっち。」どうも、そういう外道《げどう》は、速《すみや》かに疎遠して、僧形の餓鬼大将を迎えるに限る。……。  女どもを出掛けさせ、慌しく一枚ありあわせの紋のついた羽織を引掛《ひっか》け、胸の紐を結びもあえず、恰《あたか》も空《あ》いていたので、隣の上段へ招《しょう》じたのであった。 「――特に、あの御堂《おどう》は、昔から神体《しんたい》がわかりません。……第一何と申すか、神名《かみな》がおありなさらないのでありましてな、唯至って古い、一面の額に、稲荷明神――これは誰が見ても名書であります。惜《おし》い事に、雨露《うろ》、霜雪《そうせつ》に曝《さら》され、蝕《むしばみ》もあり、その額の裏に、彩色した一叢《ひとむら》の野菊の絵がほのかに見えて、その一本《ひともと》の根に(きく)という仮名《かな》があります。これが願主《がんしゅ》でありますか――或は……いや実は仔細あって、右の額は、私が小庵《しょうあん》に預ってありましてな、内々《ないない》で、因縁いわれを、朧気《おぼろげ》ながら存ぜぬでもありませぬじゃが、日短《ひみじか》と申し、今夕はおたちと言う、かく慌しい折には、なかなか申尽《もうしつく》されますまい。……と申す下《した》から……これはまた種々《しゅじゅ》お心づかいで、第一、鯛ひらめの白いにもいたせ、刺身を頬張った口からは、些《ち》と如何《どう》かと存じますので――また折もありましょうと存じますが、ともかく、祭《まつ》られましたは、端麗な女体《にょたい》じゃ、と申します。秘密の儀で。……  さて、随縁《ずいえん》と申すは、妙なもので、あなたはその頃、鬼ごっこ、かくれん坊――勿論、堂裏へだけはお入りなさらなかったであろうが、軍《いくさ》ごっこ。棕櫚箒《しゅろぼうき》の朽ちたのに、溝泥《どぶどろ》を掻廻《かきまわ》して……また下水の悪い町内でしたからな……そいつを振廻《ふりまわ》[#ルビの「ふりまわ」はママ]わすのが、お流儀でしたな。」 「いや、どうも……」 「ははは、いやどうも、あの車がかりの一術《ひとて》には、織田、武田。……子供どころか、町中が大辟易《だいへきえき》。いつも取鎮《とりしず》め役が、五つ、たしか五つと思います、年上の私でしてな。かれこれ、お覚えはあるまいけれども、町内の娘たちが、よく朝晩、あのお堂へ参詣をしたものです。その女体にあやかったのと、また、直接に申すのも如何《いかが》じゃけれど、あなたのお母さんが、ご所有だった――参勤交代の屋敷方は格別、町屋には珍らしい、豊国、国貞の浮世絵――美人画。それを間《ま》さえあれば見に集《あつま》る……と、時に、その頃は、世なみがよく、町も穏《おだやか》で、家々が皆相応にくらしていましたから、縞《しま》、小紋、友染《ゆうぜん》、錦絵の風俗を、そのまま誂《あつら》えて、着もし、着せたのでもありました。  江戸絵といった、江戸絵の小路《こうじ》と、他町《たちょう》までも申しましたよ。またよく、いい娘さんが揃っていました。(高松のお藤さん)(長江のお園さん、お光《みつ》さん)医師《いしゃ》の娘が三人揃って、(百合さん)(婦美《ふみ》さん)(皐月《さつき》さん)歯を染めたのでは、(お妾のお妻さん)(割《わり》鹿《か》の子《こ》のお京さん)――極彩色の中の一人、(薄墨の絵のお銀さん)――小銀《こぎん》のむかし話を思わせます――継子《ままこ》ではないが、預り娘の掛人居候《かかりゅうどいそうろう》。あ、あ、根雪の上を、その雪よりも白い素足で、草履ばきで、追立《おった》て使いに、使いあるき。それで、なよなよとして、しかも上品でありました。その春の雪のような膚《はだ》へ――邪慳《じゃけん》な叔父叔母に孝行な真心が、うっすりと、薄紅梅の影になって透通《すきとお》る。いや、お話し申すうちにも涙が出ますが、間もなくあわれに消えられました。遠国へな。――お覚えはありませんか、よく、礼さん、あなたを抱いた娘ですよ。」 「済まない事です――墓も知りません。」  一車が、聞くうちに、ふと涙ぐんだのを見ると、宗参は、急に陽気に、 「尤《もっと》も……人形が持てなかった、そのかわりだと思えば宜《よろ》しい。」 「果報な、羨《うらやま》しい人形です。」 「……果報な人形は、そればかりではありません。あなたを、なめたり、吸ったり、負《おぶ》ってふりまわしたり――今申したお銀さんは、歌麿の絵のような嫋々《なよなよ》とした娘でしたが、――まだ一人、色白で、少しふとり肉《じし》で、婀娜《あだ》な娘。……いや、また不思議に、町内の美しいのが、揃って、背戸《せど》、庭でも散らず、名所の水の流《ながれ》をも染めないで、皆他国の土となりました。中にも、その婀娜なのは、また妙齢から、ふと魔に攫《さら》われたように行方が知れなくなりましたよ。そういう、この私にしても。」  手で圧《おさ》えた宗参の胸は、庭の柿の梢が陰翳《かげ》って暗かった。が、溜息は却って安らかに聞こえつつ。 「八方、諸国、流転の末が、一頃、黒姫山の山家在《やまがざい》の荒寺に、堂守坊主で居《お》りました時、千箇寺《せんがじ》まいり、一人旅の中年の美麗な婦人――町内の江戸絵の中《うち》と……先《ま》ず申して宜しい。長旅の煩《わずら》いを、縁あって、貧寺《ひんじ》で保養をさせました。起臥《おきふし》の、徒然《つれづれ》に、水引《みずひき》の結び方、熨斗《のし》の折り方、押絵など、中にも唯今の菊細工――人形のつくり方を、見真似《みまね》に覚えもし、教えもされましたのが、……かく持参のこの手遊品《おもちゃ》で。」  卓上を見遣《みや》った謙譲な目に、何となく威《い》が見える。 「ものの、化身の如き、本家《ほんけ》の婦人の手すさびとは事かわり、口すぎの為とは申せ、見真似の戯《ざ》れ仕事。菊細工というが、糸だか寄切《よせぎ》れだか……ただ水引を、半輪《はんわ》の菊結び、のしがわりの蝶の羽には、ゆかり香《か》を添えました。いや、しばらく。ごらんを促したようで心苦しい、まずしばらく。  ――処《ところ》で、名剣神社《めいけんじんじゃ》前の、もとの、私どもの横町の錦絵の中で、今の、それ、婀娜一番、という島田髷《しまだまげ》を覚えていらっしゃろう。あなたの軒《のき》ならび三軒目――さよう、さよう、さよう、それ、前夜、あなたが道を違えて、捜したとお話しのじゃ。唯今の自動車屋が、裏へ突抜《つきぬ》けにその娘の家でありますわ。」 「ええ、松村の(おきい)さん。」  といって、何故か、はっと息を引いた。 「いや、あれは……子供が、つい呼びいいので、(おきいさん、おきいさん)で通りました。実は、きく、本字で(奇駒《きく》)とよませたのだそうでありましたが、いや何しろ――手綱染《たづなぞめ》に花片《はなびら》の散った帯なにかで、しごきにすずを着《つ》けて、チリリン……もの静かな町内を、あの娘《こ》があるくと直《す》ぐに鳴った――という育ちだから、お転婆《てんば》でな――  何を……覚えておいでか知らん、大雪の年で、廂《ひさし》まで積った上を、やがて、五歳になろうという、あなたを、半てんおんぶで振《ふる》って歩行《ある》いた。可厭《いや》だい、おりよう、と暴れるのを揉《も》んで廻ると、やがてお家《うち》の前へ来たというのが、ちょうど廂、ですわ。大《おおき》な声で、かあちゃん、と呼ぶものだから、二階の障子が開《あ》く。――小菊を一束、寒中の事ゆえ花屋の室《むろ》のかこいですな――仏壇へお供えなさるのを、片手に、半身《はんしん》で立ちなすった、浅葱《あさぎ》の半襟で、横顔が、伏目は、特にお優しい。  私は拝借の分をお返ししながら、草双紙《くさぞうし》の、あれは、白縫《しらぬい》でありましたか、釈迦八相《しゃかはっそう》でありましたか。……続きをお借り申そうと、行きかかった処でありました。転婆娘が、(あの、白菊と、私の黄ぎくと、どっちがいい、ええ坊や。)――礼さん、あなたが、乗上《のりあが》って、二階の欄干へ、もろ手を上げて、身もだえをしたとお思いなさい。(坊主になって極楽へおいで、)と云った。はて――それが私だと、お誂《あつら》えでありましたよ。」  一寸《ちょっと》言《ことば》を切った。 「……いうが早いか、何と、串戯《じょうだん》にも、脱けかかった脊筋から振上げるように一振り振ったはずみですわ!……いいかげん揉抜《もみぬ》いた負い紐が弛《ゆる》んだ処へ、飛上《とびあが》ろうとする勢《いきおい》で、どん、と肩を抜けると、ひっくりかえった。あなたが落ちた。(あら、地獄)と何と思ったか、お奇駒さんが茫然と立ちましたっけが、女の身にすれば、この方が地獄同様。胸を半分、膚《はだ》が辷《すべ》って、その肩、乳まで、光った雪よりも白かった。  雪の上じゃ、些《ちっ》とも怪我はありませんけれども、あなた、礼坊は、二階の欄干をかけて、もんどりを打って落ちたに違わぬ。  吃驚《びっくり》して落《おと》しなすった、お母さんの手の仏の菊が、枕になって、ああ、ありがたい、その子の頭に敷きましたよ。」  慄然《ぞっ》と、肩をすくめると、 「宗さん、宗さん。」  続けて呼んだが、舌が硬ばり、息つぎの、つぎざましに、猪口《ちょこ》の手がわなわなふるえた。 「ゆ、ゆめだか、現《うつつ》だかわかり兼ねます。礼吉が、いいかげん、五十近いこの年でありませんと、いきなり、ひっくりかえって、立処《たちどころ》に身体《からだ》が消えたかも分りません。またあなたが、忽《たちま》ち光明《こうみょう》赫燿《かくよう》として雲にお乗りになるのを視《み》たかも知れません。また、もし氏神の、奥境内の、稲荷堂うらの塀の崩れからお出でになったというのが事実だとすると……忽ちこの天井。」  息を詰めて、高く見据えた目に、何の幻を視たろう。 「……この天井から落葉がふって、座敷が真暗になると同時に、あなたの顔……が狐……」 「穏《おだや》かならず、は、は、は。穏《おだやか》でありませんな。」 「いいえ、いや。……と思うほど、立処に、私は気が狂ったかも知れないと申すのです。」 「また、何故《なぜ》にな。」 「さ、そ、それというのがです。……いうのがです。」 「まま一献《いっこん》まいれ。狐坊主、昆布《こぶ》と山椒《さんしょ》で、へたの茶の真似はしまするが、お酌の方は一向《いっこう》なものじゃが、お一つ。」 「……気つけと心得、頂戴します。――承りました事は、はじめてで、まる切り記憶にはないのですけれども、なるほど伺えば、人間生涯のうちに、不思議な星に、再び、出逢う事がありそうに思われます、宗さん……  ――お聞き下さいまし――  落着いて申します。勿論、要点だけですが、あなたは国産の代理店を、昔、東京でなすっておいでだったと承りますし……そんな事は、私よりお悉《くわ》しいと存じますが、浅草の観世音に、旧、九月九日、大抵十月の中旬《なかば》過ぎになりますが、その重陽《ちょうよう》の節《せつ》、菊の日に、菊供養というのがあります。仲見世、奥山、一帯に売ります。黄菊、白菊、みな小菊を、買っていらっしゃい、買っていらっしゃい、お花は五銭――あの、些《ち》と騒々しい呼声さえ、花の香《か》を伝えるほどです。あたりを静《しずか》に、圧《おさ》えるばかり菊の薫《かおり》で、これを手《て》ン手《で》に持って参って、本堂に備えますと、かわりの花を授《さずか》って帰りますね。のちに蔭干《かげぼし》にしたのを、菊枕、枕の中へ入れますと、諸病を払うというのです。  二階の欄干へ飛ぼうとして、宙に、もんどりを打って落ちて、小菊が枕になったという。……頭から悚然《ぞっ》としました。――近頃、信心気《しんじんぎ》……ただ恭敬《きょうけい》、礼拝《らいはい》の念の、薄くなりはしないかと危ぶまれます、私の身で、もし、一度、仲見世の敷石で仰向けに卒倒しましたら、頭の下に、観世音の菊も、誰の手の葉も枝もなく、行倒《ゆきだお》れになったでしょう。  いえ、転んだのではないのです、危《あぶな》く、怪しく美しい人を見て、茫然となったのです。大震災の翌年奥山のある料理|店《や》に一寸《ちょっと》した会合がありまして、それへ参りましたのが、ちょうどその日、菊の日に逢いました。もう仲見世へ向《むか》いますと、袖と裾と襟と、まだ日本|髷《まげ》が多いのです。あの辺、八分まで女たちで、行くのも、来るのも、残らず、菊の花を手にしている。折からでした、染模様になるよう、颯《さっ》と、むら雨《さめ》が降りました。紅梅焼《こうばいやき》と思うのが、ちらちらと、もみじの散るようで、通りかかった誰かの割《わり》鹿《か》の子《こ》の黄金《きん》の平打《ひらうち》に、白露《しらつゆ》がかかる景気の――その紅梅焼の店の前へ、お参《まいり》の帰りみち、通りがかりに、浅葱《あさぎ》の蛇目傘を、白い手で、菊を持添えながら、すっと穿《すぼ》めて、顔を上げた、ぞっとするような美人があります。珍らしい、面長な、それは歌麿の絵、といっていい媚《なま》めかしい中《うち》に、うっとりと上品な。……すぼめた傘は、雨が晴れたのではありません。群集で傘と傘が渋《しぶ》も紺も累《かさな》り合ったために、その細い肩にさえ、あがきが要《い》ったらしいので。……いずれも盛装した中に、無雑作な櫛巻《くしまき》で、黒繻子《くろじゅす》の半襟が、くっきりと白い頸脚《えりあし》に水際が立つのです。藍色がかった、おぶい半纏《ばんてん》に、朱鷺色《ときいろ》の、おぶい紐を、大きく結《ゆわ》えた、ほんの不断着《ふだんぎ》と云った姿。で、いま、傘をすぼめると、やりちがえに、白い手の菊を、背中の子供へさしあげました。横に刎《は》ねて、ずり下《おり》る子供の重みで、するりと半纏の襟が辷《すべ》ると、肩から着くずれがして、緋《ひ》を一文字に衝《つッ》と引いた、絖《ぬめ》のような肌が。」 「ははあ――それは、大宇宙の間に、おなじ小さな花が二輪咲いたと思えば宜しい。」  と、いう、宗参の眉が緊《しま》った。 「鬢《びん》のはずれの頸脚《えりあし》から、すっと片乳《かたち》の上、雪の腕《かいな》のつけもとかけて、大きな花びら、ハアト形の白雪を見たんです。  ――お話につけて思うんです。――何故《なぜ》、その、それだけの姿が、もの狂おしいまで私の心を乱したんでしょうか。――大宇宙に咲く小さな花を、芥子《けし》粒ほどの、この人間、私だけが見たからでしょうな。」 「いや些《ち》と大きな、坊主でも、それは見たい。」  と、宗参は微笑《ほほえ》んだ。  障子の日影は、桟をやや低く算《かぞ》え、欄間《らんま》の下に、たとえば雪の積ったようである。  鳥影が、さして、消えた。 「しかし、その時の子供は、お奇駒さんの肌からのように落ちはしません。が、やがて、そのために――絵か、恋か、命か、狂気か、自殺か。弱輩な申分《もうしぶん》ですが、頭を掻毟《かきむし》るようになりまして、――時節柄、この不景気に、親の墓も今はありません、この土地へ、栄耀《えよう》がましく遊びに参りましたのも、多日《しばらく》、煩《わず》らいました……保養のためなのでした。」 「大慈大悲《だいじだいひ》、観世音《かんぜおん》。おなくなりの母ぎみも、あなたにお疎《うと》しかろうとは存ぜぬ。が、その砌《みぎり》、何ぞ怪我でもなさったか。」 「否《いや》、その時は、しかも子供に菊を見せながら、艶《えん》に莞爾《にっこり》したその面影ばかりをなごりに、人ごみに押隔《おしへだ》てられまして、さながら、むかし、菊見にいでたった、いずれか御簾中《ごれんちゅう》の行列、前後の腰元の中へ、椋鳥《むくどり》がまぐれたように、ふらふらと分れたんです。  それ切《きり》ですが、続けて、二年、三年、五年、ざっと七年目に当ります、一昨年のおなじ菊の日――三度に二度、あの供養は、しぐれ時で、よく降ります。当日は、びしょびしょ降《ぶり》。誰も、雨支度で出ましたが、ゆき来の菊も、花の露より、葉の雫《しずく》で、気も、しっとりと落着いていました。  ここぞと、心も焦《こげ》つくような、紅梅焼の前を通過《とおりす》ぎて、左側、銀花堂といいましたか、花簪《はなかんざし》の前あたりで、何心なく振向くと、つい其処、ついうしろに、ああ、あの、その艶麗《えんれい》な。思わず、私は、突きのめされて二三|間《げん》前へ出ました。――その婦人が立っていたのです。いや、静《しずか》に歩行《ある》いています。おなじ姿で、おぶい半纏《ばんてん》で。  唯、背負紐《おぶいひも》が、お待ち下さい――段々《だんだん》に、迷いは深くなるようですが――紫と水紅色《ときいろ》の手綱染《たづなぞめ》です。……はてな、私をおぶった、お奇駒さんの手綱染を、もしその時知っていましたら……」 「それは、些《ち》とむずかしい。」 「承った処では、お奇駒さんの、その婀娜《あだ》なのと、もう一人の、お銀さんの、品よく澄んで寂《さび》しいのと、二人を合わせたような美しさで、一時《いっとき》に魅入ったのでしょう。七年めだのに、些《ちっ》とも、年を。  無論、それだけの美人ですから、年を取ろうとは思いません。が、そのおぶってる子が、矢張《やっぱ》り……と云って、二度めの子だか、三度目だか、顔も年も覚えていません。  ――まりやの面《おもて》を見る時は基督《キリスト》を忘却する――とか、西洋でも言うそうです。  右になり、左になり、横ちがいに曲《ゆが》んだり、こちらは人をよけて、雨の傘越《からかさご》しに、幾度《いくたび》も振返る。おなじ筋を、しかし殆《ほとん》ど真直に、すっと、触るもののないように、その、おぶい半纏の手綱染《たづなぞめ》が通りました。  普請中――唯今は仮堂です。菊をかえて下《お》りましたが、仏前では逢いません。この道よりほかにはない、と額下の角柱《かくばしら》に立って、銀杏《いちょう》の根をすかしても、矢大臣門《やだいじんもん》を視《なが》めても、手水鉢《ちょうずばち》の前を覗いても、もうその姿は見えません。―― [#ここから4字下げ] 仏身円満無背相《ぶっしんえんまんむはいそう》。 十方来人聞万面《じっぽうらいにんもんまんめん》。」―― [#ここで字下げ終わり]  宗参が、 「実《げ》に、実に。」  と面《おもて》を正して言った。 「正面の、左右の聯《れん》の偈《げ》を……失礼ながら、嬉しい、御籤《みくじ》にして、思《おもい》の矢の的《まと》に、線香のたなびく煙を、中の唯|一条《ひとすじ》、その人の来る道と、じっと、時雨《しぐれ》にも濡れず白くほろほろとこぼれるまで待ちましたが、すれ違い押合う女連《おんなづれ》にも、ただ袖の寒くなりますばかり。その伝法院《でんぽういん》の前を来るまでは見たのですのに、あれから、弁天山へ入るまでの間で、消えたも同じに思われました。」  宗参の眉が動いた。 「はて、通り魔かな。――或《ある》類属《るいぞく》の。」 「ええ通り魔……」 「いや、先《ま》ず……」 「三度めに。」 「さんど……めに……」 「え。」 「なるほど。」 「また、思いがけず逢いましたのが、それが、昨年、意外とも何とも、あなた!……奥伊豆の山の湯の宿なんです。もう開《ひら》けていて、山深くも何ともありません、四五|度《たび》行馴《ゆきな》れておりますから、谷も水もかわった趣と云ってはありませんが、秋の末……もみじ頃で、谿河《たにがわ》から宿の庭へ引きました大池を、瀬になって、崖づくりを急流で落ちます、大巌《おおいわ》の向うの置石《おきいし》に、竹の樋《とい》を操《あやつ》って、添水《そうず》――僧都《そうず》を一つ掛けました。樋の水がさらさらと木の刳《く》りめへかかって一杯になると、ざアと流《ながれ》へこぼれます、拍子を取って、突尖《とっさき》の杵形《きねがた》が、カーン、何とも言えない、閑《しず》かな、寂《さび》しい、いい音《おと》がするんです。其処へ、ちらちらと真紅《まっか》な緋葉《もみじ》も散れば、色をかさねて、松杉の影が映《さ》します。」 「はあ、添水――珍らしい。山田|守《も》る僧都の身こそ……何とやら……秋はてぬれば、とう人もなし、とんと、私の身の上でありますが、案山子《かかし》同様の鹿おどし、……たしか一度、京都、嵯峨の某寺《なにがしじ》の奥庭で、いまも鹿がおとずれると申して、仕掛けたのを見ました。――水を計りますから、自《おのず》から同じ間をもって、カーンと打つ……」 「慰《なぐさ》みに、それを仕掛けたのは、次平《じへい》と云って、山家《やまが》から出ましたが、娑婆気《しゃばっけ》な風呂番で、唯|扁平《ひらった》い石の面《めん》を打つだけでは、音が冴えないから、と杵の当ります処へ、手頃な青竹の輪を置いたんですから、響いて、まことに透るのです。反橋《そりはし》の渡り廊下に、椅子に掛けたり、欄干にしゃがんだりで話したのですが、風呂番の村の一つ奥、十五六軒の山家には大《おおき》いのがある。一昼夜に米を三斗五升|搗《つ》く、と言います。暗《やみ》の夜にも、月夜にも、添水番と云って、家々から、交代で世話をする……その谷川の大杵添水。筧《かけひ》の水の小《こ》添水は、二十一秒、一つカーンだ、と風呂番が言いますが、私の安《やす》づもりで十九秒。……旦那、おらが時計は、日に二回、東京放送局の時報に合わせるから、一|厘《りん》も間違わねえぞ、と大分|大形《おおがた》なのを出して威張る。それを、どうこうと、申すわけではありませんけれども。」 「時に、お時間は。」 「つれのものも皈《もど》りません。……まだまだ、ご緩《ゆっく》り――ちょうど、お銚子のかわりも参りました――さ、おあつい処を――  ――で、まあ、退屈まぎれに、セコンドを合わせながら、湯宿《やど》の二階の、つらつらと長い廻《まわ》り縁《えん》――一方の、廊下一つ隔てた一棟《ひとむね》に、私の借りた馴染の座敷が流《ながれ》に向いた処にあるのです――この廻縁の一廓は、広く大々《だいだい》とした宿の、累《かさな》り合った棟《むね》の真中処《まんなかどころ》にありまして、建物が一番古い。三方縁で、明りは十分に取れるのですが、余り広いから、真中、隅々、昼間でも薄暗い。……そうでしょう、置敷居《おきしきい》で、間《ま》を劃《しき》って、道具立ての襖が極《き》まれば、十七|室《ま》一時《いっとき》に出来ると云いますが、新館、新築で、ここを棄てて置《お》くから、中仕切《なかじきり》なんど、いつも取払って、畳数|凡《およ》そ百五六十畳と云う古御殿です。枕を取って、スポンジボオル、枯れなくていい、万年いけの大松を抜いて、(構えました、)を行《や》る。碁盤、将棋盤を分捕《ぶんど》って、ボックスと称《とな》えますね。夜具蒲団の足場で、ラグビイの十チイムも捻合《ひねりあ》おう、と云う学生の団体でもないと、殆《ほとん》ど使った事がない。  行く度に、私は其処が、と云って湿りくさい、百何十畳ではないのです。障子外の縁を何処までも一直線に突当《つきあた》って、直角に折れ曲って、また片側《かたがわ》を戻って、廊下通りをまたその縁へ出て一廻り……廻ると云うと円味《まるみ》があります、ゆきあたり、ぎくり、ぎゅうぎゅう、ぐいぐいと行ったり、来たり。朝掃除のうち、雨のざんざぶり。夜、女中が片づけものして、床《とこ》を取ってくれる間、いい散歩で、大好きです。また全館のうち、帳場なり、客室《きゃくま》なり、湯殿なり、このくらい、辞儀《じぎ》、斟酌《しんしゃく》のいらない、無人《むにん》の境《きょう》はないでしょう。  が、実は、申されたわけではありませんけれども、そんならといって、瀬の音に、夜寝られぬ、苦しい真夜中に其処を廻り得るか、というと、どういたして……東から南へ真直の一縁《ひとえん》だって、いい年をしながら、不気味で足が出ないのです。  峰の、寺の、暮六《くれむ》つの鐘が鳴りはじめた黄昏《たそがれ》です。樹立《こだち》を透かした、屋根あかりに、安時計のセコンドを熟《じっ》と視《み》る……カーン、十九秒。立停《たちど》まったり、ゆっくり歩行《ある》いたり、十九秒、カーン。行ったり、来たり、カーン。添水《そうず》ばかり。水の音も途絶えました。  欄干に一枚かかった、朱葉《もみじ》も翻《ひるがえ》らず、目の前の屋根に敷いた、大欅《おおけやき》の落葉も、ハラリとも動かぬのに、向う峰の山颪《やまおろし》が颯《さっ》ときこえる、カーンと、添水が幽《かすか》に鳴ると、スラリと、絹摺《きぬず》れの音がしました。  東の縁の中ごろです。西の角から曲って出たと思う、ほんのりと白く、おもながな……」 「…………」 「艶々《つやつや》とした円髷《まるまげ》で、子供を半纏《はんてん》でおぶったから、ややふっくりと見えるが、背のすらりとしたのが、行違《ゆきちが》いに、通りざまに、(失礼。)と云って、すっとゆき抜けた、この背負紐《おぶいひも》が、くっきりと手綱染《たづなぞめ》――あなたに承る前に存じていたら――二階から、私は転げたでしょう。そのかわりに、カーン……ガチリと時計が落ちました。  処《ところ》が――その姿の、うしろ向きに曲る廊下が、しかも、私の座敷の方、尤《もっと》も三室《みま》並んでいるのですが、あと二室《ふたま》に、客は一人も居ない筈、いや全く居ないのです。  変じゃアありませんか、どういうものか、私の部屋へ入ったような気がする、とそれでいて、一寸《ちょっと》、足が淀《よど》みました。  腕組みをしてずかずかと皈《もど》ると、もとより開放《あけはな》したままの壁に、真黒な外套が影法師のようにかかって、や、魂が黒く抜けたかと吃驚《びっくり》しました。  床の間に、雁来紅《はげいとう》を活けたのが、暗く見えて、掛軸に白の野菊……蝶が一羽。」  と云いかけて、客僧のおくりものを、見るともなしに、思わず座を正して、手をつくと、宗参も慇懃に褥《しとね》を辷《すべ》ったのである。 「――ですが、裏階子《うらばしご》の、折曲《おれまが》るのが、部屋の、まん前にあって、穴のように下廊下へ通うのですから、其処を下りた、と思えば、それ切《きり》の事なんです。  世にも稀な……と私が見ただけで、子供をおぶった女は、何も、観世音の菊供養、むら雨《さめ》の中をばかり通るとは限らない。  女中は口が煩《うるさ》い。――内証《ないしょ》で、風呂番に聞いて見ました。――折から閑散期……というが不景気の客ずくなで、全館八十ばかりの座敷|数《かず》の中に、客は三組《みくみ》ばかり、子供づれなどは一人もない、と言います。尤《もっと》も私がその婦《おんな》にすれ違った、昨《きのう》の日は、名古屋から伊豆まわりの、大がかりな呉服屋が、自動車三台で乗込んで、年に一度の取引、湯の町の女たち、この宿の番頭手代、大勢の女房娘|連《づれ》が、挙《こぞ》って階下《した》の広間へ集《あつま》りましたから、ふとその中《うち》の一人かも知れない、……という事で、それは……ありそうな事でした。――  別して、例の縁側散歩は留《や》められません。……一日おいて、また薄暮合《うすくれあい》、おなじ東の縁の真中の柱に、屋根の落葉と鼻を突合《つきあ》わせて踞《しゃが》んで、カーン、あの添水《そうず》を聞き澄んでいたのです。カーン、何だか添水の尖《とが》った杵の、両方へ目がついて、じろりと此方《こっち》を見るように思われる。一人で息をしている私の鼻が小鳥の嘴《くちばし》のように落葉をたたくらしく、カーン、奥歯が鳴るような、夕迫るものの気勢《けはい》がしますと、呼吸で知れる、添水のくり抜きの水が流《ながれ》を打って、いま杵が上って、カーン、と鳴る。尖って狐に似た、その背に乗って、ひらりと屋根へ上って、欄干を跨《また》いだように思われるまで、突然、縁の曲角《まがりかど》へ、あの婦《おんな》がほんのりと見えました。」 「添水に、婦《おんな》が乗りましたか、ははあ、私が稲荷明神の額裏《がくうら》を背負《しょ》ったような形に見えます。」  寸時《しばらく》、顔を見合せた。 「……ええ、約束したものに近寄るように、ためらいも何も敢《あえ》てせず、すらすらと来て、欄干に手をついて向う峰を、前髪に、大欅に、雪のような顔を向けてならんだのです。見馴れた半纏《はんてん》を着ていません。鎧《よろい》のようなおぶい半纏を脱いだ姿は、羽衣を棄てた天女に似て、一層《いっそう》なよなよと、雪身《せっしん》に、絹糸の影が絡《まつわ》ったばかりの姿。帯も紐も、懐紙《かいし》一重《ひとえ》の隔《へだ》てもない、柱が一本あるばかり。……判然《はっきり》と私は言《ことば》を覚えています。  ――坊ちゃん……ああ、いや、お子さんはどうなさいました。――  ――うっちゃって来ました。言うことをきかないから。……子どもに用はないでしょう――  と云って、莞爾《にっこり》としたんです。  宗さん。  ――菩薩と存じます、魔と思います――  いうが早いか、猛然と、さ、どう気が狂ったのか、分りませんが、踊り蒐《かか》って、白い頸《くび》を抱きました。が、浮いた膝で、使古《つかいふる》しの箱火鉢を置き棄てたのを、したたかに蹈《ふ》んで、向うのめりに手をついた、ばっと立ったのは灰ですが、唇には菊の露を吸いました。もう暗い、落葉が、からからと黒く舞って、美人は居ません。  這うよりは、立った、立つより、よろけて、確《たしか》に其処へ隠れたろうと思う障子|一重《ひとえ》、その百何十畳の中を、野原のように、うろつく目に、茫々《ぼうぼう》と草が生えて、方角も分らず。その草の中に、榜示杭《ぼうじぐい》に似た一本の柱の根に、禁厭《まじない》か、供養か、呪詛《のろい》か、線香が一束、燃えさしの蝋燭が一|挺《ちょう》。何故か、その不気味さといってはなかったのです。  部屋へ皈《かえ》って、仰向けに倒れた耳に、添水《そうず》がカーンと聞こえました。杵の長い顔が笑うようです。渓流の上に月があって。――  また変に……それまでは、二方《にほう》に五十六枚ずつか――添水に向いた縁は少し狭い――障子が一枚なり、二枚なり、いつも開いていたのが、翌日から、ぴたりと閉りました。めったに客は入れないでも、外見上、其処は体裁で、貼りかえない処も、切張《きりばり》がちゃんとしてある。私は人目を憚《はばか》りながら、ゆきかえり、長々とした四角なお百度をはじめるようになったんです。  ――お百度、百万遍、丑《うし》の時参《ときまいり》……ま、何とも、カーン、添水の音《ね》を数取りに、真夜中でした。長い縁は三方ともに真の暗やみです。何里|歩行《ある》いたとも分らぬ気がして、一まわり、足を摺《す》って、手探りに遥々《はるばる》と渡って来ますと、一歩上へ浮いてつく、その、その蹈心地《ふみごこち》。足が、障子の合せ目に揃えて脱いだ上草履《うわぞうり》にかかった……当ったのです。その蹈心地。ほんのりと人肌のぬくみがある。申すも憚られますが、女と一つ衾《しとね》でも、この時くらい、人肌のしっとりとした暖さを感じた覚えがありません。全身湯を浴びて、香《かん》ばしい汗になった。ふるえたか、萎《な》えたか、よろよろになった腰を据えて、障子の隙間へ目をあてて、熟《じっ》と、くらやみの大広間を覗きますと、影のように、ああ、女の形が、ものの四五十人もあって、ふわふわと、畳を離れて、天井の宙に浮いている。帯、袖、ふらりと下《さが》った裾を、幾重、何枚にも越した奥に、蝋燭と思う、小さな火が、鉛の沼のような畳に見える。それで、幽《かすか》に、朦朧《もうろう》と、ものの黒白《あいろ》がわかるのです。これに不思議はありません。柱から柱へ幾条《いくすじ》ともなく綱を渡して、三十人以上居る、宿の女中たちの衣類が掛けてあったんです。帯も、扱帯《しごき》も、長襦袢《ながじゅばん》、羽織はもとより……そういえば、昼間時々声が交って、がやがやと女中たちが出入りをしました。買込んだ呉服の嬉しさ次手《ついで》に、箪笥を払った、隙《ひま》ふさげの、土用干《どようぼし》の真似なんでしょう。  活花《いけばな》の稽古の真似もするのがあって、水際、山懐《やまふところ》にいくらもある、山菊、野菊の花も葉も、そこここに乱れていました。  どの袖、どの袂から、抜けた女の手ですか、いくつも、何人も、その菊をもって、影のようにゆききをし出した、と思う中《うち》に、ふっと浮いて、鼻筋も、目も、眉も、あでやかに、おぶい半纏《ばんてん》も、手綱染《たづなぞめ》も、水際の立ったのは、婀娜《あだ》に美しい、その人です。  どうでしょう、傘《からかさ》まで天井に干した、その下で、熟《じっ》と、此方《こっち》を、私を見たと思うと、撫肩《なでがた》をくねって、媚《なまめ》かしく、小菊の枝で一寸あやしながら、  ――坊や――(背に子供が居ました。)いやなおじさんが……あれ、覗く、覗く、覗くよう――  と、いう、肩ずれに雪の膚《はだ》が見えると、負《おぶ》われて出た子供の顔が、無精髯を生《はや》した、まずい、おやじの私の面《つら》です。莞爾《にこり》とその時、女が笑った唇が、縹色《はなだいろ》に真青に見えて、目の前へ――あの近頃の友染向《ゆうぜんむき》にはありましょう、雁来紅《はげいとう》を肩から染めた――釣り下げた長襦袢《ながじゅばん》の、宙にふらふらとかかった、その真中へ、ぬっと、障子一杯の大きな顔になって、私の胸へ、雪の釣鐘ほどの重さが柔々《やわやわ》と、ずしん! とかかった。  東京から人を呼びます騒ぎ、仰向けに倒れた、再び、火鉢で頸窪《ぼんのくぼ》を打ったのです。」 「また、お煩《わず》らいになるといかん。四十年来のおくりもの、故《わざ》と持参しましたが、この菊細工の人形は、お話の様子によって、しばらくお目に掛けますまい。」  引抱《ひっかか》えて立った、小脇の奉書包は、重いもののように見えた。宗参の脊が、すっくと伸びると、熨斗《のし》の紫の蝶が、急いで包んだ風呂敷のほぐれめに、霧を吸って高く翻《ひるがえ》ったのである。  階子段《はしごだん》の下で、廊下を皈《もど》る、紫のコオトと、濃いお納戸にすれ違ったが、菊人形に、気も心も奪われて、言《ことば》をかける隙《ひま》もない。  玄関で見送って、尚《な》おねだりがましく、慕って出ると、前の小川に橋がある。門《かど》の柳の散る中に、つないだ駒はなかったが、細流《せせらぎ》を織る木《こ》の葉《は》は、手綱《たづな》の影を浮かして行く……流《ながれ》に添った片側の長い土塀を、向うに隔たる、宗参法師は、間近ながら遥々《はるばる》と、駅路《えきろ》を過ぐる趣して、古鼠の帽子の日向《ひなた》が、白髪《しらが》を捌《さば》いたようである。真白な遠山の頂《いただき》は、黒髪を捌《さば》いたような横雲の見えがくれに、雪の駒の如く駈けた。  名剣神社の拝殿には、紅《あか》の袴の、お巫子《みこ》が二人、かよいをして、歌の会があった。  社務所で、神職たちが、三人、口を揃えて、 「大《だい》先生。」――  この同音は、一車を瞠若《どうじゃく》たらしめた。 「大先生は、急に思立《おもいた》ったとありまして……ええ、黒姫山へ――もみじを見に。」―― 「あら、おじさん。」  娘の手が、もう届く。……外套の袖を振切って、いか凧《のぼり》が切れたように、穂坂は、すとんと深更《しんこう》の停車場に下りた。急行列車が、その黒姫山の麓《ふもと》の古駅《こえき》について、まさに発車しようとした時である。  その手が、燗《かん》をつけてくれた魔法瓶、さかなにとて、膳のをへずった女房の胡桃《くるみ》にも、且《か》つ心を取られた、一所《いっしょ》にたべようと、今しがた買った姫上川《ひめかみがわ》の鮎の熟鮓《なれずし》にも、恥ずべし、涙ぐましい思《おもい》をしつつ、その谿谷《けいこく》をもみじの中へ入って行く、残《のこ》ンの桔梗と、うら寂《さび》しい刈萱《かるかや》のような、二人の姿の、窓あかりに、暗くせまったのを見つつ、乗放《のりはな》して下《お》りた、おなじ処に、しばらく、とぼんと踞《しゃが》んでいた。  しかし、峰を攀《よ》じ、谷を越えて、大宗参《だいそうさん》の菊細工を見ることが出来たら、或《あるい》は、絵のよい題材を得ようも知れない。 底本:「文豪怪談傑作選 泉鏡花集 黒壁」ちくま文庫、筑摩書房    2006(平成18)年10月10日第1刷発行 底本の親本:「鏡花全集 第二十三卷」岩波書店    1942(昭和17)年6月22日第1刷発行 初出:「文藝春秋」    1932(昭和7)年1月号 入力:門田裕志 校正:坂本真一 2015年10月17日作成 青空文庫作成ファイル: このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。