辻の立ち咄 折口信夫 ------------------------------------------------------- 【テキスト中に現れる記号について】 《》:ルビ (例)生《キ》まじめ |:ルビの付く文字列の始まりを特定する記号 (例)小|博打《バクチ》 [#]:入力者注 主に外字の説明や、傍点の位置の指定 (例)たて衆[#「たて衆」に傍点] ------------------------------------------------------- 夏めいて来ると、祭りに狂奔した故郷の昔が、思ひ出される。其と一続きに、きつと浮んで来るのは、浄瑠璃から出た「夏祭浪花鑑」といふ芝居である。あんな戯曲の上にも、大阪と東京との違うた、昔の姿が見えて居る。人物の性根が、語り物と舞台とでは、よつぽど違ふ。役者の上方出と、関東生れとで、理会が変つて居る。一寸徳兵衛は、乞食をした男である。其が一般に、すつきりしたたて衆[#「たて衆」に傍点]らしい演出をするのは、江戸役者の侠客観が、多分に含まれて来たのである。 如何にも、市井の無頼らしい感激と、虚栄とに、鋭い刹那をひらめかす九郎兵衛は、ぼてふり[#「ぼてふり」に傍点]の肴屋である。小|博打《バクチ》うちの喧嘩ずきで、五六年前までは、紀州海道の往還で、袖乞ひをした宿なしであつた。其が、いんちき・いかさまの厭な年よりに拾ひ上げられて、その家の娘に狎れて夫婦になつた、と言ふはし[#「はし」に傍点]にも杭にもかゝらぬ「町|裏《ウラ》の人」である。にも拘らず、今もする関東の九郎兵衛は、貸し元とでも言ひ相な長脇ざしの感じを持つてゐる。此は明らかに、解釈が違うてゐる。もつとやぼ[#「やぼ」に傍点]で、ねつとりして、而も手ざはりの荒い処がなくてはならぬ。其点では、河内屋といふ役者などは、すゐ[#「すゐ」に傍点]でも、いき[#「いき」に傍点]でも、いなせ[#「いなせ」に傍点]でもない多くの大阪びとの、よそ人には考へられて居ない素質を、最豊かに舞台の上に表現の出来る人である。 も一つ芝居の事を書いて見る。「伊勢音頭|恋寝刃《こひのねたば》」の中で、一番悲劇らしい、切に胸に来る性格はお鹿と言ふ女郎である。歌舞妓芝居の癖として、二枚目の演出には、必、信頼してゐられぬ様な表裏の両面を感じさせられる。だから、わりに生《キ》まじめな貢にすら、さうした邪推に似た気持ちの起らない訣にはいかぬ。万野となれあうて、お鹿をだました方が、ほんたうだらうと言ふ様な気さへする。お鹿役者が懸命になればなるほど、貢の印象はわるく、おしへされてゆく。貢を色立役(?)といふ先入主を持つて見ればこそ、万野の奸悪に兆したのだ、と言ふ考へがやつと持ちこたへられるのである。ぼくねんじんらしい持ち味の今の高島屋なる人の如きでなくば、非常な名人の外は、貢の憤懣は単なるお紺に対する見てくれ[#「見てくれ」に傍点]に過ぎないと言ふ風に見えるであらう。先代音羽屋なども、恐らく、お鹿の追窮に堪へられない様であつたゞらう。貢・お紺・万野など、油屋に出て来る性格は皆作者の計画と齟齬もし、浅薄な理会から出た偶像に過ぎない。ところが、お鹿だけは、どうしてあんなよい性格を掴み出したのか、と疑はれるばかりである。兄の家にゐた日疋重亮といふ人と話した事だが、私には、「人形の家」の人物の中で、くろぐすたつと[#「くろぐすたつと」に傍線]が、立体的にかゝれてゐると思ふ。日疋君の演出が、偶然にも私の解釈と合つてゐた事を喜んだのであつた。東儀鉄笛等のは、単純な敵役に過ぎなかつた。其と、お鹿とでは、性根の中心が違ふ様であるが、どうしても、泣き笑ひを強ひられない訣にはいかない。 一つは笑はれ、一つは憎まれる。共に凡人の持つ、堪へられぬ寂しさを湛へてゐる。歌舞妓芝居では時々、端役に、人間性に深い人物が現れて来る。お鹿の心を思うて、人道風な心持ちを抱かない人が、どうして芝居を見るのだらう。 底本:「折口信夫全集 22」中央公論社    1996(平成8)年12月10日初版発行 底本の親本:「橄欖 第四巻第八号」    1925(大正14)年8月発行 初出:「橄欖 第四巻第八号」    1925(大正14)年8月発行 ※底本の表題の下に書かれている「大正十四年八月「橄欖」第四巻第八号」はファイル末の「初出」欄に移しました。 入力:門田裕志 校正:酒井和郎 2021年5月27日作成 青空文庫作成ファイル: このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(https://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。