沖縄舞踊に見る三要素 折口信夫 ------------------------------------------------------- 【テキスト中に現れる記号について】 [#]:入力者注 主に外字の説明や、傍点の位置の指定    (数字は、JIS X 0213の面区点番号またはUnicode、底本のページと行数) (例)撿 ------------------------------------------------------- 沖縄の舞踊は、全体に、今常識的に、まひ[#「まひ」に傍線]と称してゐるものと、をどり[#「をどり」に傍線]と称してゐるものとを兼ね備へてゐる。此、まひ[#「まひ」に傍線]の要素は、古い、おもろあそび[#「おもろあそび」に傍線](巫女の鎮舞)の系統に、やまと[#「やまと」に傍線]の舞ひぶりを加へてゐる様だ。をどり[#「をどり」に傍線]といふべきものは、南島の更に南の海のあまたの島々のものを明らかに印象してゐる。而も、此中間に立つ舞踊が多い。やまと[#「やまと」に傍線]の緩やかな舞ひを南島流の早間に踊るものである。等しく踊りというても、間を緩やかにするものが上品だと考へられたらしく、さうしたものが次第に殖えて行つたのであらう。此島にも、あそび[#「あそび」に傍線]とをどり[#「をどり」に傍線]との間に位づけが出来てゐたのである。だが、此はやまと[#「やまと」に傍線]の撿挍流の奏楽法や楽器などゝ共に伝へた、後のものが多からう。其以外、古く這入つた千秋万歳のことほぎ[#「ことほぎ」に傍線]系統に属するものが、極めて多く残つてゐるが、それらは皆、やまと[#「やまと」に傍線]の万歳に見られぬ程の早さながら、日本の舞ひぶりが基調になつてゐることは、その服装以上に明らかである。だから、私は思ふ。念仏聖の念仏踊りや万歳舞ひを見た事は、島人の踊りの上に非常な動乱であつた。さうして、茲に琉球の踊りは、在来の託遊式のあそび[#「あそび」に傍線]に近い、而もある観念と感情とを備へたものらしくなつたのである。其後、江戸への朝聘、鹿児島との交渉が生じてからは、盛んに新しい使ひを迎へ送るやうになつて、やまと[#「やまと」に傍線]音楽と共に、舞ひや踊りが這入つて来たのは勿論、さうして第二期の整理が行はれたと見てよい。 沖縄の踊りを通じて見られるものは、此三種の融合し或は混淆したものである。が、その特色とする所は、手の使ひ方・上体の動し方・足の踏み方・踊りの間のきり方などに、現れ過ぎるほど現れてゐる、固有のふり[#「ふり」に傍線]である。支那舞踊の影響は、今の処、私にはありさうに思はれない。同様に、能や歌舞妓の所作事などゝも、交渉はないと見てよいと思ふ。 底本:「折口信夫全集 21」中央公論社    1996(平成8)年11月10日初版発行 底本の親本:「折口信夫全集 第十七卷」中央公論社    1967(昭和42)年3月25日発行 初出:「新鋪道 第二巻第五号」    1936(昭和11)年5月発行 ※底本の題名の下に書かれている「昭和十一年五月「新鋪道」第二巻第五号」はファイル末の「初出」欄に移しました。 入力:門田裕志 校正:フクポー 2019年6月28日作成 2022年7月1日修正 青空文庫作成ファイル: このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(https://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。