かもじの美術家 TUPEJNYJ HUDOZHNIK ――墓のうえの物語―― レスコーフ Nikolai Semyonovich Leskov 神西清訳 ------------------------------------------------------- 【テキスト中に現れる記号について】 《》:ルビ (例)臙脂《べに》 |:ルビの付く文字列の始まりを特定する記号 (例)|トロ・ボークー《たんとすぎます》 [#]:入力者注 主に外字の説明や、傍点の位置の指定    (数字は、JIS X 0213の面区点番号、または底本のページと行数) (例)Ⅰ *:原注記号  (底本では、直前の文字の右横に、ルビのように付く) (例)ボルゾイ犬の群をけしかけたことさえあった*。 ------------------------------------------------------- [#ここから3字下げ、ページの左右中央] 一八六一年二月十九日なる農奴解放 の佳き日の聖なる記念に [#ここで字下げ終わり] [#改ページ] [#地から5字上げ]かれらの魂は至福のうちに休らう。 [#地から1字上げ]――埋葬の歌――       Ⅰ  わが国で「美術家」といえば、まずきまって画家や彫刻家のことで、それもアカデミーからこの称号を認可された連中にかぎるというのが、通り相場になっている。ほかの手合いは、てんで美術家あつかいにされないのだ。サージコフやオフチンニコフのような名工でも、多くの人の目には単なる「銀細工師」にすぎない。ところが、よその国になると話がちがう。ハイネの囘想記のなかには、「美術家であり」「一家の見を具えて」いた仕立屋のことが出てくるし、ヴォルトの手がけた婦人服は、今日なお「美術品」として通っているのである。そのうちの一着の如きはつい最近も、「無辺無量の幻想が胴の一点に凝っている」と評してあった。  アメリカになると、美術の領域は更に一そう広く解されている。有名なアメリカの作家ブレット・ハートの物語るところによると、あちらでは「死人に化粧をする」「美術家」がいて、たいそうな人気だったそうである。その男は、亡者の顔に色々さまざまな「慰めある表情」をあたえて、その飛び去った魂の幸福な状態の多寡深浅を、あらわすことに妙を得ていたのだ。  この化粧法には幾つかの等級があったが、わたしは次の三つを覚えている。(一)安楽。(二)高められし観想。(三)神とじかに物語る至福。この美術家の名声は、その絶妙な伎倆にふさったもので、つまり大した評判だったわけだが、気の毒なことにこの美術家は、芸術的創作の自由を尊重しない粗野な群衆の犠牲になって、身をほろぼしてしまった。石責めにあって殺されたのだったが、それというのも彼が、町じゅうの人の膏血をしぼり上げたイカサマ銀行家の死顔に、「神と物語る至福の表情」を与えたからであった。そのイカサマ師のおかげで幸福になった遺族たちは、そんな註文を出して故人への感謝の念をあらわそうとしたのだが、その註文の芸術的執行人にとっては、それが死に値いしたというわけである。……  これと全く同じ非凡な芸術家の部類にぞくする名人が、実はわがロシヤにもいた。       Ⅱ  わたしの弟の乳母をしていたのは、脊の高い、しなびた、それでいて頗る姿のいい婆さんで、リュボーフィ・オニーシモヴナという名前だった。この婆さんはもと、カミョンスキイ伯爵の持物だった旧オリョール劇場の女優をしていた女で、わたしがこれから話そうという一部始終は、おなじくオリョールの町で、わたしの少年時代に起ったことなのである。  弟はわたしより七つ年下だ。したがって弟が二歳で、リュボーフィ・オニーシモヴナの手に抱かれていた頃、わたしはもう満九歳ほどになっていたので、してもらう話がすらすら呑みこめたわけである。  その頃のリュボーフィ・オニーシモヴナは、まだ大して老けこんではおらず、まるで月のように色白だった。目鼻だちはほっそりと優しく、脊の高いそのからだはまっ直ぐに伸びきって何ともいえぬいい恰好で、まるで若い娘のようだった。  母や叔母は、つくづくその様子を眺めながら、若い頃にはさだめし美人だったに違いないと、言い言いしたものである。  彼女はじつに正直で、じつに柔和で、情あいのじつに濃やかな女だった。人生の悲劇的な面が好きで、しかも……時たまはかなり酒をやった。  彼女はわれわれ兄弟をよく三位一体寺の墓地へ散歩に連れて行ってくれたが、そこではいつも、古びた十字架のついたとある質素な墓のうえに腰かけて、わたしに何か話を聞かせてくれたものである。  わたしが彼女から「かもじの美術家」の話を聞いたのも、やはりそこでのことだった。       Ⅲ  その男は、うちの乳母の劇場なかまであった。違うところといえばただ、彼女が「舞台に出て踊りを踊った」のに反し、彼は「かもじの美術家」――つまりカツラ師でありメーク・アップ師であって、伯爵の農奴連中から成る女優たちの「顔を作ったり髪を結ったり」するのが役目だったのである。とはいえこれは、かもじ櫛を耳にはさみ、ラードで伸ばした臙脂《べに》のはいったブリキ缶を手にした、そんじょそこらの月並みの職人とはちがって、れっきとした見識を具えた[#「見識を具えた」に傍点]男であり、まあ一口に言えば美術家[#「美術家」に傍点]なのであった。  リュボーフィ・オニーシモヴナの言うところによると、「顔に趣向を凝らす」ことにかけては、彼の右に出るものは誰一人なかった。  一体どのカミョンスキイ伯爵の代に、そうした二人の花形が全盛をうたわれたものか、そこのところはわたしにもはっきりしない。カミョンスキイ伯として知られている人に三人あって、そのいずれもオリョールの古老たちによって「稀代の暴君」と呼ばれている。元帥ミハイラ・フェドートヴィチは、その残忍さのたたりで一八〇九年に農奴たちの手にかかって落命した。その二人息子のうち、ニコライは一八一一年に歿し、セルゲイは一八三五年に亡くなっている。  四十年代にはまだほんの子供だったわたしも、煤や赤土で塗りこめた開かずの化粧|窓《まど》のならんでいる宏大な灰色の木造建物や、それを取囲んでいる恐ろしく長い半崩れの塀のことは、いまだに記憶に残っている。それがつまり、この土地の怨府の観のあったカミョンスキイ伯爵の屋敷だったのだ。おなじ屋敷うちに、例の劇場もあった。その小屋がまた、どうしたものだか三位一体寺の墓地からはとてもよく見えたもので、さてこそリュボーフィ・オニーシモヴナは、何か話しだそうとするたんびに、いつも大抵こんなふうに口を切るのであった、―― 「ほらご覧、坊っちゃん、あすこを。……ほんとに、なんて気味のわるい?」 「うん、気味がわるいね、ばあやさん。」 「でもね、わたしがこれから話してあげることは、もっとずっと気味がわるいのよ。」  次にかかげるのは、そんなふうに彼女が話してくれたアルカージイというカモジの美術家についての話の一つである。これは多情多感で大胆な若者で、彼女の心に頗る近しい人物だった。       Ⅳ  アルカージイが「髪を結ったり顔を作ったり」してやるのは、女優だけにかぎっていた。男優にはもう一人べつのカツラ師が附いていたのだが、仮りにアルカージイが時たま「男優部屋」へ顔を出すことがあるとすれば、それはただ伯爵自身が「誰それの顔を大いに立派に作れ」と下知した場合だけだった。この美術家のメーク・アップ術のおもな特長は、すぐれた見識にあり、それによって彼はどんな顔にも、じつに微妙な変幻自在な表情を与えることができたのだ。 「あの人が召し出されてね」と、リュボーフィ・オニーシモヴナは語るのだった、――「あの顔にこれこれかようの表情をつけろ、と御意があるんですよ。するとアルカージイは御前をさがって、その男優なり女優なりを自分の前に立たせるか坐らせるかして、じいっと腕組みをして考えこむんです。そんな時のあの人と来たら、どんな美男子よりもきれいでした。なにせ中脊とはいえ、なんともいえずすっきりといい恰好で、ほっそりした鼻には威厳がそなわってるし、眼には眼でまるで天使のような優しさがこもっているし、おまけに濃い前髪がえもいわれぬ風情で、眼のところへ垂れかかっているんですものね、――そんなふうにして、じっと見つめているあの人は、まるで霧か雲のなかから覗いているみたいな様子でしたよ。」  手みじかにいえば、かもじの美術家は美男子で、「みんなに[#「みんなに」に傍点]好かれていた」ということになる。「当の伯爵までが」やはり彼に目をかけて、「人並みはずれた扱いぶりで、りっぱな身なりをさせていたけれど、その一方ではきびしくその身を見張っていた」のだった。どんなことがあろうと、アルカージイが伯爵以外の人の髪を刈ったり、ひげを剃ったり、髪を調えたりすることを許さず、そんなわけで二六時ちゅう[#「二六時ちゅう」に傍点]彼を自身の化粧部屋に釘づけにしていたので、アルカージイは劇場へ行くほかには、どこへも外出できない身の上だった。  そればかりか、教会へ懺悔をしに行くことも、聖餐にあずかりに行くことも許されなかった。というのは伯爵自身が神を信じない人で、坊さんには我慢のならぬたちだったからである。一度などは復活祭のとき、十字架をささげて托鉢に来たボリソグレーブスクの坊さんたちに、ボルゾイ犬の群をけしかけたことさえあった*。 [#ここから2字下げ] *この出来事を知っている人はオリョールに大ぜいいる。わたしはこの話を祖母のアルフェーリエヴァからも聞き、また未だ曾つて嘘をついた例しのない老人として有名な、イヴァン・イヴァーノヴィチ・アンドローソフという商人からも聞いた。この商人はじきじきその眼で「猛犬どもが坊さんたちの衣をずたずたに裂く」有様を見ながら、「罪障をわが魂に着る」ことによって、からくも伯爵の魔手をのがれたのである。やがて伯爵が彼を面前へ呼び出して、「お前はきやつらを不憫に思うか?」とたずねたとき、アンドローソフは「とんでもござりません、閣下、ああしてやるのが当然でござります。のそのそほつき𢌞って、うるさい手合いでござります」と答えた。それでカミョンスキイは彼を赦免したのだった。 [#ここで字下げ終わり]  その伯爵というのは、リュボーフィ・オニーシモヴナの話によると、何しろしょっちゅう癇癪ばかり起しているので、なんとも見られぬ醜怪な容貌で、同時に狼にも虎にも蛇にも、その他ありとあらゆる獣に似ていたそうである。けれどアルカージイは、そうした獣めいた御面相にさえも、よしんば束の間のこととはいえ、たとえば伯爵が劇場の枡に納まっている時など、余人にはあまり見られぬ堂々たる威厳が見えているといったふうの、趣向を凝らすことができたのであった。  ところが伯爵の人となりに欠けていたものは、アルカージイにとっては残念至極なことだが、何よりもその堂々たる威厳であり「武人の風格」であったのだ。  まあそんな次第で、世間の誰ひとりとして、このアルカージイほどの無双の美術家の奉仕にあずからしめまいという伯爵の方寸からして、あわれ彼は「休暇というものを一生涯もらえず、また生まれ落ちてこのかた一文のお銭もその手のうちに見ずに」いぶり暮らしていたのであった。しかも彼はすでに満二十五歳をすぎ、リュボーフィ・オニーシモヴナは十九歳の妙齢にあった。二人が相識の間がらであったことは言うまでもないが、それがやがて、その年頃にはえてして起りがちの状態にまで進んだ。つまり二人は相愛の仲になったのである。とはいえ彼らの愛のささやきはただ衆人環視のなかで顔を作らせ作られながら、それとなしに交わす目まぜ目くばせに限られていた。  二人さしむかいの逢う瀬などは、どだい出来ぬ相談なばかりか、夢にも考えられぬことなのだった。…… 「わたしたち女優は」と、リュボーフィ・オニーシモヴナは語るのだった、――「ずいぶん大切に目をかけられましたが、その扱いはまあ、上《うえ》つがたのお屋敷で若い乳母たちの受ける取締りに似ていました。老女衆がお目付役につけられて、その老女衆にはめいめい子供があります。そして万が一、わたしたちのうち誰かしらの身に何かあやまちが起ろうものなら最後、老女衆の子供たちが寄ってたかって、世にもむごい仕打ちに逢わせるのでした。」  不義はお家の御法度とやらいう掟を破っていいのは、その掟を定めた当の「殿様」御自身だけだったのだ。       Ⅴ  リュボーフィ・オニーシモヴナは当時、娘ざかりの絶頂にあったばかりでなく、その多方面な才能の発達の上からいっても、最も興味ある時期にあたっていた。彼女は『名曲集《ポ・プリ》』の合唱にも加われば、『シナの菜園婦』では踊り子のリード役もつとめる。また悲劇役者の天分を感じていたので、「どんな役でも一目で[#「一目で」に傍点]呑みこみました」といった調子であった。  そんな年ごろのこと、何年の何月とははっきり分らないが、とにかく陛下が行幸の途すがら、オリョールに立寄られたことがあった(それも、アレクサンドル・パーヴロヴィチ帝だったかニコライ・パーヴロヴィチ帝だったか、そこは分らない)。そしてオリョールで一泊ということになり、その晩はカミョンスキイ伯の劇場に臨御になるはずであった。  そこで伯爵は土地の貴紳をのこらずその劇場に招待し(したがって座席券は売出されなかった)、極上きわめつきの出し物をすぐって上演した。リュボーフィ・オニーシモヴナは『名曲集』の合唱をやり、『シナの菜園婦』を踊ることになっていたところ、そこへ突然、最後の本稽古の最中に、書割りが倒れて、ある女優が脚に打撲傷を負った。その女優は『ド・ブールブラン公夫人』という芝居の主役を振られていた。  わたしはそんな名前の役には、ついぞ何処でもお目にかかったことがないが、とにかくリュボーフィ・オニーシモヴナは確かにそう発音したのである。  書割りを倒した大道具衆は、お仕置きのため馬屋へ閉じこめられ、負傷した女優はさっそく自分の小部屋へ運びこまれたが、さて肝腎のド・ブールブラン公夫人の役をやる女優が誰もいない。 「そこでね」と、リュボーフィ・オニーシモヴナは語る、――「わたしが買って出たのです。というのも、ド・ブールブラン公夫人が父君の足もとに身を投げて赦しを願い、髪を振りみだして死ぬところがわたしとても好きでしたから。しかもそのわたしの髪の毛というのが、ふしぎなくらい房々した亜麻色のでしてね、それをアルカージイは惚れ惚れするように見事に結いあげてくれたものでしたっけ。」  伯爵は、この娘が思いもかけず大役を買って出たのを見てすこぶる満悦したが、その上に舞台監督までが「リューバなら大丈夫やります」と太鼓判をおすのを聞いて、こう答えた、―― 「万一しくじったら、お前の背中へ鞭が飛ぶものと覚悟をせい。それはそうとこの娘には、わしの緑柱石の耳輪をとらせるがよい。」  この『緑柱石の耳輪』というのは、彼女たちにとって嬉しくもあれば迷惑でもある拝領品であった。つまりそれが、ほんの束のま殿様の側妾《そばめ》の地位にのぼせられるという、格別の名誉を予言する最初のしるしだったからである。それを拝領するとまもなく、時にはすぐその日のうちにすら、その白羽の矢の立った娘を芝居のはねた後で「聖ツェツィリヤのごとき無垢な容子《ようす》に」仕立てよという命令が、アルカージイにくだるのが常だった。そして白無垢の衣裳に花冠をいただき、両手に百合の花を持たされて、この象徴化された純潔[#「純潔」に傍点]は、伯爵の奥の間へみちびかれるのであった。 「これはね」と、乳母は言うのだった、――「あんたの年ではまだ分らないことでしょうけれど、とにかく一ばん怖ろしいことなのでしたよ。とりわけ、わたしにとってはね。何しろわたしは、アルカージイを想っていたのですものね。わたしは思わず泣きだしました。耳輪を机の上へほうりだして、めそめそ泣くばかりで、その晩の芝居の役のことなんぞ、もう考えてみることもできない始末なのです。」       Ⅵ  さて、そうした因果な時にあたって、折も折、おなじく因果な別の難儀がアルカージイの身にもふりかかった。  陛下に拝謁しようというので、伯爵の弟が草深い持村から出て来たが、それがまた兄貴に輪をかけた醜男《ぶおとこ》な上に、久しい間の田舎ぐらしで制服を着たこともなければ、ひげを剃ったこともない。なにしろ「顔じゅう一めん瘤々だらけ」の御面相だったからなので。ところが今度のような非常の場合になると、何はともあれ正装をして、頭のてっぺんから足の先まで熨斗を当て直し、型どおりの「軍人風」に仕上げる必要があった。  何しろ仰山な註文だった。  ――今じゃとても想像もつかないくらい、その頃は万事やかましゅうござんしてね(と、乳母は語るのだった。――)よろずにつけ形式万能でしたから、お偉がたには一々お顔はこうこう、おぐしはしかじかとちゃんと極りがあったものです。それがまた、ひどくお似合いでないお人もありましてね、型どおりの恰好におぐしを作って、前髪をつまんで立てたり鬢《びん》の毛を揃えたりすると、お顔のぜんたいがまるでお百姓のバラライカの絃が切れたみたいな様子になることもありました。お偉がたにしてみればそれが頭痛の種でしてね、ですからお顔の剃《あた》り方、おぐしの作り方が、それはそれは大事な役目だったわけです。――お顔のうえの頬ひげと口ひげの間にどんなふうに畦道《あぜみち》をつけるか、捲毛の巻き工合をどうするか、おぐしの櫛目をどう入れるか、そのやり方一つ、そのちょっとした呼吸ひとつで、お顔の表情ががらり変ってしまうんですものね。それでも文官のかたは(と、乳母は語りつづける)――まだしも楽でした。文官のかたにはさほど面倒な註文はなく、唯うやうやしく見えさえすれば事は済むのでしたが、武官になると註文がなかなかむずかしくて、上長の前では柔和さが第一、目下にたいしてはどこまでも毅々《たけだけ》しく、威高気に見えなければいけないのです。  つまりそれは、かねがねアルカージイが伯爵のさっぱり見栄えのしないみっともない御面相に取って附ける妙を得ていた、当のものだったのです。       Ⅶ  田舎住まいの弟ぎみは、町住まいの兄ぎみよりも一段と醜男《ぶおとこ》でしたが、かてて加えて村里ぐらしのうちにすっかり「毛もくじゃら」になって、おまけに「つらの皮がごわごわ」になっていることに、自分でもさすがに気がついていたほどでしたけれど、さりとて誰ひとり顔をあたってくれる者がなかったのは、万事が万事しわんぼうな生まれつきだったので、お抱えの理髪師を年貢代りにモスクヴァへ奉公に出していたからなのです。そればかりかこの弟ぎみの顔は、一めんに瘤々だらけと来ているものですから、仮りにもそれを剃る段になったら、そこらじゅう切り疵だらけにせずには済まぬ始末だったのでした。  さてこの人がオリョールに出てくると、町の床屋の面々を呼びあつめて、こう申し渡したものです、―― 「もしこのわしを、兄者びとカミョンスキイ伯爵同様の男ぶりに仕上げてくれる者があったら、その者には小判二枚をとらせよう。万が一わしに切り疵をつけるような者にたいしては、これこのとおりピストルが二挺テーブルの上にあるぞ。首尾よく仕了せた者は、小判を持って退散するがよい。吹出物ひとつ切るなり、頬ひげ一本やり損じた者があったら、たちどころに一命は貰い受けるぞ。」  だがこれは唯のおどし文句なのでした。二挺のピストルには空包《からだま》がこめてあったのですよ。  当時オリョールには床屋がたんといなかったし、いる連中にしたところで、たかだか受け皿を手に持って風呂屋まわりをしたり、吸角《すいだま》や蛭をつけたりするぐらいが関の山で、趣味とか趣向とかいうものは薬にしたくも持合せのない手合いでした。それは自分から承知の前でしたから、一同みなカミョンスキイ「御変容」の大役を辞退におよびました。『まあどうなりと御勝手に』と、床屋たちは胸中ひそかに考えたのです、――『お前さんも、お前さんのその小判もな。』 「わたくしどもには」と、口々に言上しました、――「とても及ばぬ大役でございます。そのようなお偉いお方のお髯の先に触れることさえ畏れ多い分際であります上に、然るべき剃刀の持合せもございません。持合せておりますのは、ありきたりのロシヤ製の剃刀でございますが、ごぜん様のお顔をあたりますには、イギリス製でなければ叶いません。これは伯爵様のお抱え、あのアルカージイならでは、とても及ぶことではございません。」  弟ぎみはその床屋の面々を、首っ玉つらまえて早々に追い出せと下知しましたが、こっちは却って厄のがれをしてほくほくものでした。弟ぎみはすぐその足で兄ぎみのところへ馬車を乗りつけ、こう言いました。―― 「いやどうも兄さん、えらい難儀なお願いがあって参りましたよ。日の暮れぬ前にあんたのお抱えのアルカーシカ奴《め》を、ちょっとわたしに貸し下されて、わしの男ぶりを然るべくととのえさせては貰えんですかい。久しく顔をあたりませんが、当地の床屋どもは手に負えんと申しますでな。」  伯爵は弟ぎみにこう答えなさいました、―― 「ここの床屋どもは、無論のことやくざ者だよ。第一そんなものが、この町にいようとは知らなかったね。何しろわたしのところでは、犬の毛を刈るのさえ、抱えの者がやるからな。さて折角のあんたの頼みだが、それは無理難題というものだ。というのは、わたしが存命中アルカーシカのやつには、わたし以外の誰の調髪もさせんと固く誓言したからだよ。まあ考えてもごらん――いやしくも一たん約束したことを、わたしがわが家の奴隷の前で、むざむざ破っていいものかな?」  相手はこうやり返します、―― 「なんの仔細があるものですか。あんたが定めたことを、あんたが変えるのにさ。」  けれどあるじの伯爵さまは、そんな理窟はいっそ奇怪千万だと答えなさりました。 「一たんわたしが」と仰しゃるのです、――「自分からそんな事をはじめたら、今後うちの者らに示しがつくと思うかな? アルカーシカのやつには、わたしがそう決めたと申し渡してあるし、一同もそれを心得ている。さればこそあいつの給金も、ほかの皆よりは一段と奮発してあるのだから、万一あいつが謀反気を起して、わたし以外の者のつむりにその芸をふるうような真似をしたなら、わたしはやつを死ぬほど鞭打ったうえ、兵隊にやってしまうつもりだよ。」  弟ぎみはこう言います、―― 「そのどっちか一つでしょうな――死ぬほど鞭打つか、それとも兵隊にやるか。両方いっしょにやるのは無理でしょうな。」 「まあいい」と伯爵、――「じゃああんたの言う通りにするさ。殺しも半殺しもしない程々に鞭打って、それから兵隊にやるとしよう。」 「ではそれが」と弟ぎみ、――「ぎりぎり結著のお言葉ですか、兄さん?」 「うん、ぎりぎり結著だ。」 「ただそれだけの仔細なんですね?」 「うん、それだけだ。」 「まあまあ、それで安心しました。さもないとわたしは、あんたにとって現在の弟が、そこらの奴隷一匹より安いのかと、そう思うところでしたよ。ではこうしましょう、あんたは約束を破るまでもない、ただあのアルカーシカを、わたしのむく犬の毛を刈込み[#「むく犬の毛を刈込み」に傍点]におよこし下さい。その先あれが何をするかは、わたしの知ったことですて。」  伯爵としては、それまで断わるのは気がひけたのでしょうね。 「よかろう」と伯爵が仰しゃいました、――「では、むく犬を刈込みにやるとしよう。」 「いや、それで結構です。」  弟ぎみはぎゅっと握手をして、馬車を返して行きました。       Ⅷ  それはちょうど夕暮れ前で、冬のこととてそろそろたそがれはじめ、召使が灯を入れておりました。  伯爵はアルカージイを呼んで、こう言い渡されました、―― 「わしの弟の宿へ行って、あれのむく犬を刈込んでやれ。」  アルカージイは問い返しました、 「お言いつけはそれだけでございますか?」 「ただそれだけだ」と伯爵、――「だが一刻も早く立戻って、女役者どもの髪を作るのだぞ。今囘リューバは三役三様に髪をととのえてやらねばならん。そして芝居がはねたら、聖女ツェツィリヤの姿《なり》をさせて、わしの目通りへ出すのだ。」  アルカージイ・イリイーチは、よろよろっとしました。  伯爵は見とがめて、―― 「どうかしたのか?」  けれどアルカージイは答えました、―― 「これは粗忽をいたしました、敷物につまずきましたので。」  伯爵は意味ありげに、―― 「気をつけろよ、辻占が悪い。」  ですがアルカージイの胸のうちは、今さら辻占がよかろうと悪かろうとそんな段のことではなかったのです。  このわたしをツェツィリヤに仕立てろというお言いつけに、さながら目もつぶれ耳もつぶれた思いになって、道具を入れた革箱をかかえると、ふらふら出て行きました。       Ⅸ  さて弟ぎみのお部屋へ通ってみると、そこにはもう姿見の前に蝋燭がすっかりともされ、またもや例のピストルが二挺と、それに小判が今度は二枚ではなしに十枚、ずらりと並べてありました。しかもそのピストルに込めてあるのは、空弾ではなくって、本物のチェルケースだまだったのです。  弟ぎみが申されるには、―― 「むく犬なんぞ一匹もおりはせんがな、わしの用というのはほかでもない、――わしを一つせいぜい毅々しい男前に仕立てて褒美の小判十枚を持って帰るがよい。だが万がいち切りでもしたら、一命はきっと貰い受けるぞ。」  アルカージイは、じいっと穴のあくほど見つめに見つめていましたが、そのうち不意と、一体どんな気になったものでしょうか、――とにかく弟ぎみのおつむを刈ったり、お顔をあたったりしはじめました。みるみるうちに一段といい男ぶりに仕上げてしまうと、小判をポケットへざくざくと納め、こう言いました、―― 「ではおいとまを。」  弟ぎみは答えて、―― 「うむ、行くがよい。だが一言きいて置きたいが、よくもお前は命知らずに、こんなことをやる決心がついたものだな?」  するとアルカージイは、―― 「わたくしが決心した次第は、ただこの胸の底に納めてございます。」 「ひょっとするとお前は、弾除けのまじないでも受けていて、それでピストルを怖れんのではないかな。」 「ピストルなんぞ、たわけたものでございます」と、アルカージイは答えました、――「とんと念頭にございませんです。」 「それはまた、どうしたわけだ? まさかお前は、いや主人の伯爵の誓言の方が弟たるこのわしの言葉よりは確かだ、たとえ切り疵をつけたところで、よもやぶっ放しはすまいなどと、高をくくっていたわけでもあるまいな? まじないの力がなければ、一命を失うところだったのだぞ。」  アルカージイは、この弟ぎみの一言を聞くと、またもやぶるりと身をふるわし、半ば夢心地でこう口走りました、―― 「まじないこそ掛ってはおりませんが、神様が分別をお授けくだすったのです。あなた様のお手がわたくしを射とうとピストルをお上げになるひまに、こっちが一足お先にこの剃刀で、おのど一杯ざくりと参るつもりだったのでございます。」  そう言い棄てると、一さんに表へ駈けだして、ちょうどよい時刻に芝居小屋へ到着しましたが、いざわたしの顔を作りにかかっても、全身わなわな顫えがとまりません。そして、わたしの房毛をつまんで捲かせようと、唇で息を吹きかけるため屈みこむ度ごとに、一つ言葉をささやきこむのでした、―― 「心配するな、連れ出してやるぞ。」       Ⅹ  芝居は上首尾で運んでゆきました。というのもわたしたちがみんな、怖ろしいことにも苦しいことにもすっかり馴れっこになって、まるで石像みたいな人間になっていたからです。ですから胸のなかに、どんなわだかまりがあろうと、あるまいと、一切おもてへは表わさず、自分の役はちゃんちゃんとやってのけたのです。  舞台から見ると、伯爵も弟ぎみも来ていました。二人ともとてもよく似ていて、やがて楽屋へ見えた時でも、見分けるのがむずかしいくらいでした。ただ、うちの伯爵は、それはそれは大人しくって、がらり人柄が変ったみたいでした。それはいつもきまって、何かひどく暴れだす前にそうなるのでした。  そこでわたしたちはみんな、心もそらになって、こんなふうに十字を切るのです。 「主よ、恵ませたまえ、救わせたまえ。一たい誰のあたまに、あの人の癇癪玉が破裂するのかしら?」  ところでわたしたちはまだ、アルカーシャの気ちがいじみた命知らずな行いも、何ごとをしでかしたかということも、ちっとも知らずにいました。けれども当のアルカージイは、もとより所詮のがれる途はないと覚悟していましたから、やがて弟ぎみがじいっとその顔を見つめ、うちの伯爵の耳に何ごとかぼそぼ囁いたのを見ると、まっ蒼な顔になったのでした。わたしはとても耳敏い性分だもので、その囁きが聞きとれました、―― 「弟のよしみで忠告しますがね、あの男に剃刀を当てさせる時は気をつけなさいよ。」  うちの伯爵は静かににやりと笑っただけでした。  当のアルカーシャも何か小耳にはさんだものと見えます。というのは、やがてわたしの最後の出《で》のため公爵夫人の顔を作りはじめた時、平生のあの人にも似合わず、白粉をびっくりするほど濃く刷いてしまったのです。見るに見かねたフランス人の衣裳方が、その白粉をおとしはじめて、こう言いました。 「|トロ・ボークー《たんとすぎます》、|トロ・ボークー《たんとすぎます》!」  そして刷毛でもって、わたしの顔から余分な白粉をおとしてくれました。       Ⅺ  そのうちに、出し物が全部終演になると、わたしはド・ブールブラン公爵夫人の衣裳をぬがされ、代りに聖女ツェツィリヤの衣裳を着せられました。それはただもうまっ白な、袖もなければ何もない、ずんどうの衣裳で、肩のところがほんの申訳に蝶むすびに絞ってあるだけのものでしたが、この着附けにはわたしたち怖気《おじけ》をふるったものでした。さてそれが済むと、アルカージイがやって来て、わたしの髪をよく絵にある聖女ツェツィリヤのような浄らかな風情に結いあげたり、ほっそりした冠を輪金のように嵌めこんだりします。ふとアルカージイを見ると、わたしの小部屋の戸口には屈強な男が六人も立っているのです。それはつまり、あの人がわたしの髪をゆいあげて戸口へ戻って来るが早いか、有無を言わさず引っ捕えて、どこかへお仕置きに連れて行く手筈にちがいありません。そのお仕置きというのがまた、いっそ死刑の言渡しを受けた方が百層倍もましなほどのむごいものでした。吊し責めから引っ張り責め、それから頭しぼりや蝦《えび》責めなど、何から何まであるのですよ。ですからお屋敷のお仕置きに逢った者にとっては、おかみのお仕置きなんかまるで子供だましみたいなものだったのです。お屋敷の床下べた一面に秘密の穴倉が掘ってあって、そこには人間がまるで熊みたいに鎖につながれて入れられていました。そのそばを通りかかると、時おり鎖の鳴る音や、足枷《あしかせ》をはめられた人たちの呻き声が、聞えることもありました。そのむごい有様が、どうぞしてお役人衆の耳にとどくか、お役人衆が嗅ぎつけるかしてくれればいいがと、みんな心の中で思ってはいたものの、第一そのお役人衆が、てんで口ばしを入れる気がないのですから、なんにもなりはしません。おまけにそのお仕置きが永の年月つづき、中には一生涯出してもらえぬ人もありました。ある人などは長いこと入れられている間に、ついこんな歌を作ったほどでしたよ。―― [#ここから3字下げ] 蛇《くちなわ》めが這いよって 目の玉を吸いだすよ さそりめが顔のうえに 毒を垂れながすよ [#ここで字下げ終わり]  こんな小っぽけな歌の文句も、ひとり胸の中でつぶやいてみると、思わず身の毛がよだつのでした。  なかにはまた、ほんとの熊と一つ鎖につながれている連中もありました。ほんの七分か八分の違いで、熊の爪がその身にかからないだけの話だったのです。  ただ一人アルカージイ・イリイーチの身にだけは、そんな責苦がふりかからずに済みました。というのは、戸口から一足跳びにわたしの小部屋へ飛び帰るが早いか、あっというまもなくテーブルを振りあげざま、いきなり窓枠いっぱい叩き破ったのですが、それから一体どうなったものか、あとは皆目おぼえがありません。……  なんだか足の方が冷え冷えするので、わたしはだんだん正気づいて来ました。急いで両足を引っこめた時の感じでは、わたしはどうやら狼か熊の毛皮外套にくるまっているらしいのですが、あたりは綾目もわかぬ真の闇、ただトロイカが威勢よく韋駄天ばしりに走っているのがそれと分るばかりで、一体どこへ行くものやら見当がつきません。わたしのそばには二人の男が一かたまりになって、広い橇の中に坐っているのですが、そのうちわたしをしっかり抱えているのがアルカージイ・イリイーチで、もう一人の男は力いっぱい馬に鞭をくれているのでした。……雪ぼこりは馬の蹄の下から渦まきかかって来るし、橇も右へ左へ、今にも引っくり返りそうに傾ぐのです。もしわたしたちが床板にじかに坐っていず、また互いに手を取りあっていなかったら、誰ひとり命はなかったに違いありません。  聞えるのは二人の心配そうな話しごえばかりで、しょっちゅう何かを待ち構えている様子でしたが、――分ったのはただ、『追っかけて来るぞ、追っかけてくるぞ、急げ、急げ!』ということばかりで、あとはさっぱり五里霧中でした。  アルカージイ・イリイーチは、わたしが正気づきはじめたのを見ると、ぐいと屈みこんでこう言うのです、―― 「ねえ、可愛いリューブシカ! おれたちには追手がかかってるんだ……いよいよ駄目となったら、一緒に死んでくれるかい?」  わたしは、それどころか喜んで死にます、と答えました。  あの人のめざす逃げ場所は、フルーシチュクというトルコ人部落でした。当時そこにはわたしたちの仲間が大ぜい、カミョンスキイの魔手をのがれて脱走していたのです。  と突然そのとき、わたしたちは氷の張ったどこかの小川を飛ぶように越して、行手には何やら人家のようなものが、薄ぼんやりと見えてき、犬が吠えだしましたが、馭者は一層はげしく馬に鞭をくれたかと思うと、いきなり橇の片側へ身を横倒しにしたから堪りません、ぐいと橇がかしいだ拍子に、わたしはアルカージイもろとも雪の中へ投げ出されてしまい、馭者も橇も三頭の馬も、あっというまに見えなくなってしまいました。  アルカージイが言うには、 「心配することはちっともないんだよ、こうなるのが当然なのさ。何しろあの馭者は、とにかく乗せて来てくれはしたものの、こっちも向うを知らず、向うもこっちを知らないんだ。小判三枚でお前さんを運び出すのに一肌ぬいでくれたんだが、自分まで巻き添えになっちゃ堪らないからなあ。さあこれからは、おれたちの運否天賦だ。あすこに見えるのは痩雌鷲《やせめわし》村なんだが、あの村には度胸のすわった坊さんがいて、命がけの婚礼に立会いもすれば、おれたちの仲間を大ぜい世話してくれもしたのだよ。あの坊さんにお賽銭を上げりゃ、夕方までおれたちを匿まってくれて、婚礼もやってくれるだろう。夕方になりゃ、またあの馭者がやって来て、まんまと行方をくらますことができようというものさ。」       Ⅻ  わたしたちはその家の戸を叩いて、玄関へあがって行きました。戸をあけてくれたのは当の坊さんで、これはずんぐりした年寄りで、前歯が一本かけていました。その奥さんというお婆さんは、ふうふう火を起してくれました。わたしたちは、この御夫婦の足もとに身を投げました。 「おたすけ下さい、火にあたらせて夕方まで匿まって下さい。」  神父さんが、こう聞きます、―― 「愛児《まなご》たちよ、あんたがたは一体どういうお人かな? 物盗りかな、それとも只の逐電なのかな?」  アルカージイがそれに答えて、―― 「わたしどもは何ひとつ物を盗った覚えはありません。ただカミョンスキイ伯爵の魔手から逃げだして参った者で、これからトルコ人部落のフルーシチュクへ行くつもりです。あすこにはわたしどもの仲間が大ぜい住んでおりますからね。追手に見つかる心配はありませんし、お金もたしかに自分のを持っています。一晩泊めて下されば金一枚をさし上げますし、婚礼させて下されば金三枚を奉納いたします。お差支えなくば婚礼させて頂きたいのですが、それが駄目なら、フルーシチュクへ行ってから一緒になります。」  坊さんはそれを遮って、―― 「いやいや、なんの差支えがあるものかな? わしがして上げましょう。わざわざあのフルーシチュクなどで式を挙げるには及ばんですわい。何もかも引っくるめて金五枚出しなされ――すればこの場で婚礼をさせて進ぜましょうて。」  そこでアルカージイは坊さんに小判を五枚わたし、わたしはわたしで、『緑柱石の耳輪』をはずして奥さんに上げました。  坊さんは受納して、またこう言いました、―― 「いやいや、愛児たちよ、なんの造作もないことですわい、――わしはこれまでに、もっとずんと難儀なお人たちを一緒にして上げたこともあるでな。ただこの度はたと当惑したのは、あんたがたが例の伯爵の持物だということですわい。いかにわしが坊主であるとはいえ、あの人の残忍非道の仕打ちはやはり空恐ろしいでな。いやいや、何ごとも神のみ心のままじゃ、――ものはついでじゃ、もう半枚なり何なり奮発してその上で身を匿しなされ。」  アルカージイが六枚目の小判をまるまる坊さんの手に渡すと、坊さんは奥さんに向ってこう言いました、―― 「何をあっけらかんとしておるのじゃ、婆さんや? その逃げて来た娘さんに、洗いざらしでもよいわい、何かお前の下裳と胴着かなんぞを、出して上げなされや。そのままでは、こうして見るさえこっちの気が引けるわ――なにせ丸はだか同然の姿じゃからなあ。」  それからわたしたちを本堂へ連れて行って、そこにある袈裟入れの長持の中に匿そうという手筈になりました。ところが、奥さんが間仕切りのかげでわたしに着物を着せにかかったかと思うと、突然おもての戸の輪金を誰かががちゃりと鳴らしたのです。       ※[#ローマ数字13、184-2]  わたしたちは二人とも、ひやりと胸が凍りつく思いでした。すると神父さんは、アルカージイの耳へひそひそ声で、―― 「いや、愛児よ、こうなってはもう、袈裟びつの中へ匿れるひまはない。早々あの羽根ぶとんの下へもぐりなされ。」  それからわたしには、―― 「してあんたは、早くこっちへな。」  そのままわたしを大時計の箱の中へ連れこみ、そこへ坐らせて錠をおろすと、鍵をポケットに入れて、新来のお客さんたちのため戸をあけに行きました。人声から察するところ、よほどの人数らしく、戸口に立っているのもある一方、二人の男はもう窓ごしに中を覗きこんでいるのでした。  はいって来た七人の男は、みんな伯爵の狩のお供をする勢子《せこ》の面々で、手に手に分銅のついた棍棒だの、長い鞭だのをもち、腰帯には犬綱をさげています。八人目のもう一人の男は、伯爵家の家令で、高々と立襟のついた長い狼の毛皮外套を着ています。  わたしの匿れていた箱は、正面の側だけ一面にこまかい格子組みになっていて、古い薄手のモスリンが張ってあるので、そのモスリン越しに外が覗けたのです。  ところで年寄りの坊さんは、風向きの悪さに怖気がついたのでしょうか、がくがく総身をふるわしながら家令の前に立って、しきりに十字を切っては早口な頓狂声で、―― 「いやはや、どうも皆さん、どうもはや! 分っています、分っていますよ、何を捜しに見えたのかは。ですがな、わしはその、伯爵閣下にたいして、なんの疚《やま》しいところもないですわい。神明に誓って、疚しいことはありませんわい。断じてその、ありませんわい!」  そう言いながら十字を切るたんびに、左肩ごしに指先でもって、わたしの閉じこめられている時計箱をさすのです。 『もう駄目だ』とわたしは、坊さんの奇怪な振舞いを見て観念の眼をとじました。  家令もその合図に気がついて、こう言うのです、―― 「わしらはすっかり知ってるのだぞ。早くあの時計の鍵を出すがいい。」  すると坊さんはまた片手を振りながら、―― 「いやはや皆さん、どうもはや! お赦しなされ、御免なされ。その鍵をどこへ仕舞ったものやら、とんと失念しましたわい。ほんとにその、失念も失念、とんと忘れましたわい。」  そう言いながら、残る片手でしきりにポケットの上を撫でるのです。  家令はこの謎にも感づいて、鍵を坊さんのポケットから取りだすと、わたしの戸をあけました。 「出てくるんだ」と言います、――「この片割れめが。こうなりゃ相手の男は、自分から名乗って出ようさ。」  いかにもアルカーシャは、ぬっと姿を現わしました。坊さんの掛けぶとんを床《ゆか》へかなぐり捨てて、すっくとそこへ立ったのです。 「いや、こうなっちゃもう」と言うのです、――「万事おしまいだ。お前さんたちの勝だよ。さっさとおれを連れてって、お仕置きになり何になりするがいいや。だがね、この女にゃ何一つ罪はねえぜ。おれが無理矢理かどわかしたんだからな。」  そして坊さんの方へくるりと向き直ると、したことはたった一つ、その顔へペッと唾を吐きかけただけでした。  坊さんが言うには、―― 「いやどうも皆さん、これは一たい何事ですかな。聖職と信仰とにたいする何たる侮辱でしょうかな? これは一つ伯爵閣下に御報告ねがいたいものですな。」  家令はそれに答えて、―― 「いや、案ずることはない。それもこれも、こいつの身に報いるのだからな」と言うと、わたしたち二人を引いて行けと下知しました。  わたしたち一行は、三台の橇に分れて乗りました。先頭の橇には縛りあげられたアルカージイが勢子にかこまれて乗り、わたしも同様の厳重な見張りのもとに殿りの橇に乗り、まん中の橇には余った連中が乗ったのです。  途で行きあう村びとたちは、脇へよけてくれました。婚礼かと思ったのかも知れません。       ※[#ローマ数字14、187-6]  帰りはあっと思うひまもないほどの早さでした。伯爵のお屋敷へ乗り入れた時には、アルカーシャを乗せた橇はもう影も形も見えず、わたしは早速いつもの席へ坐らされて、たてつづけの糾問ぜめでした。一体どれほどの時間アルカージイと二人っきりでいたか、というのです。  わたしは誰に向っても、 「いいえ、ちっとも!」と返事をしました。  さてそこで、わたしが背負って生まれたもの、それも可愛さ余って今では憎らしくて堪らぬ人と一緒に背負って生まれたその運命は、しょせん逃れるすべもなかったのです。で、わたしが小部屋へ帰ってきて、わが身の不運を泣いて泣いて泣きつくしてしまおうと、頭を枕に埋めたとたんに、床《ゆか》の下から怖ろしい呻き声が聞えて来たのでした。  芝居小屋の間どりは、こんなふうになっていました。――その木造の建物のなかで、わたしたち女の子は二階に住処《すみか》をあてがわれ、すぐその下は天井の高い大きな部屋で、わたしたちの歌や踊りの稽古場になっていたのですが、そこの物音は上の部屋へ筒抜けに聞えるのでした。さだめし地獄の大王サタンが入れ知恵したものに違いありません――無慈悲非道なお仕置き役たちがあのアルカーシャを責めさいなむのが、ほかならぬわたしの部屋の真下なのですからね。……  あれはあの人が責められているのだと、とっさに感づいたわたしは、むっくり跳ね起きざま……現場へ駈けつけようと……ドアに体当りをしましたが……しっかり錠がおりています。……どうしようというのか、自分でも分りません……ばったり倒れると、床べたでは尚更よく聞えます。しかも小刀一挺、釘一本――胸を突こうにも喉を突こうにも、死ぬ手だては何一つないのです。わたしは自分の垂髪《おさげ》をぐいと握って、それで縊れようとしました。……喉へ捲きつけて、ぐいぐい締めあげてゆくと、だんだん耳に音が聞えるだけになって、眼のなかにぐるぐる輪が幾つも𢌞りだし、やがて気が遠くなってしまいました。……  やがてわたしがそろそろ正気に返りはじめたのは、見たこともない場所で、広々と明るい小屋のなかでした。……おまけにそこには仔牛がいるのです……なん匹もなん匹も、十匹あまりもいるのです。――それがみんな可愛らしい仔牛でね、そばへ寄って来ては、ひやりとする唇で手をなめるんですよ。きっとお母さんのおっぱいでも吸う気でいるのでしょう。……実はわたしが目を覚ましたのも、くすぐったくなったからなのでした。……あたりをぐるりと見𢌞しながら、おやどこかしらと思いました。見ていると、女の人が一人はいって来ました。脊の高い中婆さんで、縞のはいった空色の麻服にすっぽり身をくるみ、おなじく縞入りの麻のプラトークを頭にかぶって、親切そうな顔をしています。  女の人は、わたしが正気づいたのを見てとると、慰めの言葉をかけてくれたり、今わたしのいるのはやはり伯爵のお屋敷うちにある仔牛小屋だと、教えてくれたりしました。……『それはね、ほらあの辺にあったのですよ』と、リュボーフィ・オニーシモヴナはここで註訳を入れて、半ば崩れ落ちている灰色の塀の一ばん向うの隅の方角を、片手でさし示すのだった。       ※[#ローマ数字15、189-10]  彼女が牛小屋なんかに入れられたのは、ひょっとすると気違いみたいなものになったのではあるまいかと疑われたからだった。そんなふうに畜生じみて来た人間は、牛小屋へ入れて試して見ることになっていた。というのは、牛飼いというものは元来が年の入った、物に動じない連中なので、精神病の「鑑定」には打ってつけだとされていたからである。  リュボーフィ・オニーシモヴナが正気に返った小屋を受持っていた縞服の婆さんは、とても親切な女で、ドロシーダという名前だった。  ――そのお婆さんは、夕方の身仕舞いをしてしまうとね(と、乳母は物語をつづけた――)、自分で新しいカラス麦の藁でもって、わたしの寝床を作ってくれました。それをまるで羽根ぶとんのように、ふんわり敷いてくれると、こんなことを言いだしたのです。―― 「なあ娘さんや、今は何も包みかくさず、あんたに話してあげようね。あんたのことはまああんたのこととしてさ、このわたしだってやっぱりお前さんと同じように、生まれてからこの日まで何も縞の着物一つで押し通したわけでもないのさ。わたしだってわたしなりに、ほかの暮らしを見も聞きもしたっけが、桑原桑原、今さら思い出したところで始まらないよ。ただあんたに言っておきたいのはね、こうして牛小屋なんぞへ送られて来ても、決して自棄《やけ》なんか起してはいけないよ。送られて来た方が結句ましなのさ。ただね、この怖ろしい水筒にだけは気をつけなされよ……」  そう言うと、首に巻いたプラトークの中から、白っぽいガラスの小壜を出して見せてくれました。  わたしが、 「それは何ですか?」と聞くと、  婆さんは、 「これがその怖ろしい水筒なのよ。なかには憂さを忘れる毒がはいっているのさ」と答えます。  わたしがそこで、 「わたしにもその憂さを忘れる毒を下さい。何もかも忘れてしまいたいのです」と言うと、  婆さんが言うには、―― 「飲むんじゃないよ、これは火酒《ヴォートカ》なのさ。いつぞやわたしは、自分で自分の締めくくりがつかなくなって、飲んじまったのよ……親切な人がくれたものでね。……今じゃもう我慢がならない――飲まずにゃいられなくなっちまったのさ。だがね、お前さんは飲まずにいられるうちは飲まないがいいよ。まあわたしがこうして、ちびりちびりやるといって、咎めだてはしないでおくれね――わたしは辛くってならないんだからね。けれどお前さんには、まだまだこの世に慰めがあろうというものさ。だってあの人は、神様のお計らいで、魔手をのがれたんだものねえ!……」  わたしは思わず、「死んだのだ!」と叫ぶと、とっさに自分の髪の毛をつかみましたが、見るとその髪が、わたしの髪の毛ではない、――白髪なんです。……なんてことだろう!  すると婆さんが、こう言いました、―― 「しっかりおし、しっかりおし。お前さんの髪は、あの小部屋で、首に巻きつけた垂髪《おさげ》を人が解いてくれたその時から、もうまっ白だったんだよ。けれどあの人は生きてるよ。しかももう、責めも苛なみもされない境涯なんだよ。伯爵はあの人に、かいびゃく以来の恩典をほどこしたんだよ、――その話はその話で、夜が更けてからすっかりして上げるがね、まあも少し嘗めさせておくれよ。もうちっとやらないことにゃ……胸《ここ》んところが焼けつくようで、とんとやりきれないのさ。」  そう言いながら、ちびりちびりやるうちに、ぐっすり婆さんは寝てしまいました。  やがて夜が更けて、みんな寝しずまった頃、ドロシーダ小母さんはこっそり起きあがって、蝋燭もとぼさずに枕もとへ寄って来ました。見るとまたもや例の水筒を一ぱいやってから、またそれを匿すと、小声でわたしに問いかけるのです、―― 「気の毒な娘さん、寝てるかい?」  わたしが、 「起きてますわ」と答えます。  そこで小母さんが藁床のそばへやって来て、話してくれたところによると、伯爵は一通りの窮命がすむと、アルカージイを呼び寄せて、こう申し渡したのだそうです、―― 「本来ならお前は、兼々わしが言っておいた通りの目に逢わねばならんところなのだが、日ごろの寵愛に免じて、今度だけは特に寛大な処置をしてとらせる。わしはお前を、身代金なしで明日《あす》兵隊に出してやる。しかもお前が、れっきとした伯爵でもあり士族でもあるあの弟のやつのピストルに、びくともしなかったあの剛胆さに賞でて、名誉ある前途を開いてやることにしよう。わしとしては、お前が示した天晴れな根性骨より低い地位に、お前をつけたいとは思わんのだ。わしは手紙を書いて、お前をすぐさま戦場へ出すように言ってやろう。それも一兵卒としてではなくて、聯隊の軍曹として出陣するようにな。まあ立派にお前の勇気をふるって見せるがいい。この上はもうお前はわしの家来ではなくて、あっぱれ帝《みかど》の臣下なのだぞ。」 「だからね」と、縞服の婆さんは言うのでした、――「今じゃあの人は安楽になって、びくびくするものは何一つないのさ。勝手にならないことは只一つ、戦死ということだけで、ごぜん様の御意なんかもうありはしないのさ。」  わたしも成程その通りだと思って、それから三年の間というもの、毎晩毎晩アルカージイ・イリイーチが戦さをしている有様を、ただそれだけを夢に見つづけました。  そうして三年の年月は流れましたが、そのあいだじゅうわたしは神様の御加護で、二度とふたたび芝居へは戻らずに済み、引続きその仔牛小屋のなかで、ドロシーダ小母さんの組の者として暮らしたのです。それは実にいい暮らしでした。わたしはこの小母さんを気の毒に思って、夜更けなど小母さんがあんまり酔っぱらっていないような時には、その思い出話をきくのが好きでしたからね。小母さんは未だに、先代の伯爵が斬り殺された時のことを覚えていました。発頭人は従僕|頭《がしら》でしたが、――とにかくみんなもうこのうえ一刻も、没義道な主人の乱行が我慢ならなくなったのです。とはいえわたしは、まだ一滴の酒も飲み習わず、ドロシーダ小母さんのため色んな用事をいそいそと勤めたものでした。仔牛たちがまるでわが子のような気がしたのです。仔牛たちにすっかり情が移ってしまって、その中のどれかが肉が乗りきって、食卓にのぼせられるため屠殺場へ曳かれて行く時など、思わずその後姿に十字を切って、三日間も泣けて泣けてならないくらいでした。わたしはもう舞台に立てる身ではありませんでした。脚がぐらぐらして、よく歩けなくなっていたからです。以前はわたしの足どりは世にも軽やかなものでしたが、あの日アルカージイが気絶したわたしを寒気の中へ連れ出してからというもの、きっと脚が冷えこんだのでしょう、爪先にすっかり力が失せて、とても踊りどころの段ではありませんでした。結句わたしも、ドロシーダと同じような縞服の女になって行ったのです。そんな鬱陶しいその日その日が、その先どこまで続くものやら見当もつかなかったのですが、そのうち突然、ある日の夕方じぶんの小屋にいた時のことです、――日が沈みかけていましたが、わたしが窓際で紡ぎ車をほぐしていると、いきなり小石が一つその窓から飛びこんで来たのです。石はすっかり紙でくるんでありました。       ※[#ローマ数字16、195-1]  わたしはそこいらを見𢌞し、窓の外まで覗いて見ましたが、誰もいません。 「これはきっと、誰かが垣根の外からわざと投げこんだのが、狙いがそれて、この小屋へ飛びこんだのだろう」とは思いましたが、なおも胸の中で、「あの紙をひろげて見たものか、どうかしら? どうやら拡げて見た方がよさそうだ。きっと何か書いてあるにちがいないもの。ひょっとするとあれは、誰かにとって大事なことかも知れない。読めばそのくらいの察しはつくし、何か秘密のことだったらそのまま胸の中にたたんで、書附はまた石をくるんで同じように名宛て先の人のところへ抛りこんでやればいい。」  ひろげて読みだした途端に、わたしは吾とわが眼が信じられませんでした。……       ※[#ローマ数字17、195-10]  こう書いてあるのです、―― 『二世を誓ったわがリューバよ! ぼくは方々転戦して陛下に御奉公し、一再ならずわが血を流した。おかげで将校に昇進し、立派な肩書がついた。今度ぼくは休暇をもらって傷の療治に帰って来て、プシカーリ村のさる旅籠屋の亭主の世話になっている。明日になったら勲章や十字章をぶらさげて伯爵に会いにゆくが、そのとき療治の費用にもらった五百ルーブリの金を残らず持参して、それを身のしろ金にあんたを請け出さしてもらい、いとも高き造物主の祭壇のみ前で婚礼をしたいと思う。』  ――その先には(とリュボーフィ・オニーシモヴナは、こみ上げてくる感情を抑えながら、言葉をつづけた――)、まだこんなことも書いてありました。『あんたがこれまでどんな災難に逢ったにしろ、たとえどんな憂目を見たにしろ、ぼくはそれを受難と思って、決して罪科とも浅慮《あさはか》さとも思わず、何ごとも神のみ心にお任せして、あんたをひたすら崇め敬うつもりだ。』そして、『アルカージイ・イリイーチ』と署名してありました。  リュボーフィ・オニーシモヴナは、その手紙をすぐさまペチカの掻取り口で燃やして、余人はもとより当の縞服の婆さんにさえ口外せずに、夜っぴて神に祈りをささげた。それもわが身のことは一さい口にしないで、ただもう男のために祈りに祈った。というのは、「なるほどあの人の手紙には、もうちゃんと士官になって、十字章ももらい名誉の負傷もある身だと書いてはありましたけれど、そのため伯爵のもてなしぶりが昔と違おうなどとは、とても考えられなかった」からであった。  手みじかに言えばつまり、相変らず彼が打擲されはしまいかと案じたわけである。       ※[#ローマ数字18、197-2]  あくる朝はやく、リュボーフィ・オニーシモヴナは仔牛を日なたへ出して、小さな盥《たらい》に入れたパン皮や乳で養いはじめたが、その時とつぜん、異様な物音がきこえだした。それはお屋敷の奉公人たちが、「自由に」垣根のそとを何処かへ急いで行くらしく、どんどん駈けだしながら、何やら早口でわめきかわしているのだった。  ――一体なにを話しているのやら(と、乳母は語るのだった――)、わたしには一言も聞きとれませんでしたが、その一言一言がまるで匕首になって、この胸に突きささる思いがしましたよ。その時ちょうど、肥《こえ》運びのフィリップが門内へ乗りこんで来ましたので、わたしは渡りに舟とばかり、―― 「ねえフィーリュシカ、ひょっとしてお前さん知らないかい? あの人たちは何しに行くんだい、何を珍らしそうに話し合っているんだい?」  と聞きますと、 「あれはなあ」という返事です、――「プシカーリ村でな、旅籠屋の亭主が真夜中ぐっすり寝こんでる士官を刺し殺したとかいうんで、それを見物に行くのさ。刺すも刺したり、喉笛ま一文字に切ってのけてな、大枚五百両という金をふんだくったとよ。もう捕《つら》まったが、総身にべっとり返り血を浴びてな、金もちゃんと持っていたそうだよ。」  その話を聞くなり、わたしはへたへたと腰が抜けてしまいました。  まったくその通りだったのです。その亭主はアルカージイ・イリイーチを刺し殺したのでした。……そしてあの人は、それこの、ほかでもない今わたしたちの腰掛けているこのお墓の中に、葬られたのですよ。……ええ、そうですとも。あの人は未だにわたしたちの下に、この塚の下に寝ているのですよ。……坊っちゃんはさぞかし、わたしが散歩といえば必らずここへ来るのを、不思議に思いなすったでしょうね。……わたしは二度とふたたび、あすこを(と、陰気な灰色をした廃墟をゆびさして――)この眼で見たいとは思いません。ただ残る望みといえばもう、ここでこうしてあの人のそばに一とき坐って、そして……一しずく、ほんの一しずく、あの人の後生のため供養することだけなのですもの。……       ※[#ローマ数字19、198-13]  そこでリュボーフィ・オニーシモヴナは言葉を切ると、これで自分の話も大団円まで漕ぎつけたと思ったのだろう、ポケットから小さな壜をとり出して、「供養」だか「一ぱい」だかをちびりちびりやったが、わたしは追っかけてこう尋ねた、―― 「けれど、その名高いカモジの美術家をここへ葬ったのは、一たい誰だったの?」 「県知事さんですよ、坊っちゃん。ほかならぬ県知事さんが、自身でお葬いに来たんですよ。当り前ですとも! 士官さんですものね、――おミサの時も、補祭さんや神父さんは『貴族』アルカージイと呼び上げなすったし、やがてお棺を吊りおろす時には、兵隊が鉄砲を空へ向けてカラ弾を打ったものですよ。またその旅籠屋の亭主には、やがて一年ほどしてから、お仕置き役人がイリインカの広場で鞭打ちの刑を執行しました。その男はアルカージイ・イリイーチを殺《あや》めた報いで四十三の鞭を受けましたが、とうとう堪えとおして――生きていたので、焼印をおされて懲役にやられましたよ。お屋敷の男衆で手のすいていた人たちは、みんな見物に行きましたが、あの非道な先代の伯爵をあやめた下手人のお仕置きのことを覚えている年寄り連中は、その四十三の鞭というのは、まだしも少ない方だと言っていました。それはアルカーシャが平民の出だったからで、前の下手人たちは相手が伯爵だというので、百一本の鞭をくったのだそうです。掟によると、偶数《ちょう》はいけないことになっていて、鞭の数はかならず奇数《はん》でなければいけないのですよ。その時はわざわざトゥーラからお仕置き役人を連れて来て、いざ始める前にラム酒を三杯も引っかけさせたそうです。そこで初めの百本は、ただ一寸刻み五分だめしのつもりでやって置いて、やがて最後の百一本目を思いっきりピシリとやったものだから、脊骨が砕けてしまったそうですよ。板から引っぱり起された時には、もう息を引きとりかけていたのを、……それからコモにくるんで牢屋へ送ろうとしたのですが、途中で死んでしまったのですよ。ところがそのトゥーラのお仕置き役人は、人の噂によると、『やい、もっと誰か叩かせろ――オリョールじゅうの奴らを、片っ端からぶっ殺してやるぞ』と、どなり散らしていたそうですよ。」 「でも、ばあやさんは、その人のお葬いに行ったの、行かなかったの?」  と聞くと、 「行きましたとも。みんなして行ったのですよ。伯爵がね、芝居者をのこらず連れて行って、うちの者のなかからそんな立派な奴の出たことを、よく見させて置けと下知したのですからね。」 「それで、お別れができたわけなの?」 「できましたともさ! みんなお棺のそばへ行って、お別れをしたのですよ。そしてわたしは……そう、あの人はすっかり面変りがして、これがあの人かとびっくりするほどでした。痩せこけて、まっ蒼な顔をして――無理はありません、血がすっかり出尽してしまったのですもの。何しろあの人が刺し殺されたのは、ちょうど真夜中のことでしたからねえ。……一たいどれほどの血をあの人は流したことやら……」  そこで乳母は口をつぐんで、考えこんでしまった。 「で、ばあやさんは」と、わたしが聞く、――「それからどうしたの?」  乳母はハッとわれに返ったらしく、片手で額を一撫でして、「初めのうちは、さっぱり覚えがないのですよ、――どうして家まで帰ったものかがね、……まあみんなと一緒でしたから、――きっと誰かが肩をすけてくれたのでしょうよ。……やがてその晩、ドロシーダ・ペトローヴナが言うには、  ――ねえ、それじゃいけないよ……まんじりともしないで、まるで石みたいにコチコチになって臥ているなんてさ。それじゃ身が持たないよ――お泣き、思いっきり泣いて泣いて、泣きつくしておしまい。」  と言われてわたしは、  ――それが駄目なのよ、小母さん……胸のなかがまるで炭火のように、かっかと燃えるんですもの、消そうたって消せないわ。」  すると小母さんは、  ――まあそうなのかい。じゃもういよいよ、この水筒の御厄介になるんだね。」  そう言って例の壜から一杯ついでくれて、  ――いつぞやは、これをやるんじゃないよと言って、お前さんに禁《と》めだてをしたわたしだけれど、もうこうなったら仕方がない。まあ一杯やって、その炭火を消すがいいさね。」  わたしが、『いやですわ』と言うと、小母さんは、  ――お馬鹿さんだねえ。誰が初めから好き好んで、こんなものを飲むものかね。そりゃこれはなんとも言えずにがいさ。だが歎きの毒は、これよりもっとにがいんだよ。そこでこの毒の汁を炭火にぶっかけてごらん――たちまち消えてしまうから妙さ。ぐっとおやり、早くぐっとおやりな!」  わたしは忽ち、その壜を空っぽにしてしまいました。とても厭な味だったが、でもそれがないと眠れなかったのです。その次の晩もやっぱり飲んで……それがとうとう習い性になって……今じゃもうそれがないと寝つけないのですよ。そこでこうして小っちゃな水筒を手に入れて、お酒をちょいちょい買ってくるんですよ。……でも坊っちゃんはいい子だから、ママさんに言いつけなんかしませんわね。しもじもの者に、煮湯を呑ませるもんじゃありませんよ。しもじもの者は目にかけてやらなければいけませんよ。だってしもじもの者は、みんな受難者なんですものねえ。今日もこれから帰りしなに、わたしはあの居酒屋の角のところで、小窓をトントンと叩くんですよ。……まさか自分であの店へはいるわけには行きませんからね。この空っぽの水筒を窓から入れてやって、また一杯にしてもらうのですよ。」  子供ごころにも乳母の気持が身にしみて、わたしはどんなことがあっても決してその『水筒』のことは口外しないと、かたく約束した。 「ありがとうよ、坊っちゃん、――言いつけないで下さいね。ばあやはこれがないと、生きて行けないのですからね。」  今でもこうして目をつぶると、わたしはありありとあの乳母の姿を目に見、その声を耳に聞く思いがするのである。夜がふけて家じゅうが寝しずまると、毎晩のように乳母は、骨の節ひとつ鳴らさぬように用心しいしい、そっと寝床に半身をおこす。しばらくじっと聴き耳を立ててから、やがて起きだすと、例の細長いリューマチの脚を忍ばせて、小窓の方へ行く。……やや暫したたずんで、あたりをうかがい、またも聴き耳をたてる。寝部屋からママが出て来はしまいかと案じるのである。それから、やおら例の『水筒』の頸をカチリと歯に当てると、呼吸をはかって「一杯やる」のであった。ぐびり、またぐびり、またもう一ぺん。……そんなふうに炭火をしめして、アルカーシャの追善をすると、ふたたび寝床へかえってゆく。――そうして毛布の下へもぐりこむと、まもなく静かに、じつに静かに、フュー・フュー、フュー・フュー、フュー・フューと寝息を立てはじめる。そしてぐっすり寝入ってしまうのだ!  何が怖ろしいといって、これほど凄惨な、胸の底まで掻きむしられるような追善供養を、わたしはこの年になるまで見たことがない。 底本:「真珠の首飾り 他二篇」岩波文庫、岩波書店    1951(昭和26)年2月10日第1刷発行    2007(平成19)年2月21日第7刷発行 ※「旧字、旧仮名で書かれた作品を、現代表記にあらためる際の作業指針」に基づいて、底本の表記をあらためました。 ※原註記号「*」は、底本では直前の文字の右横に、ルビのように付きます。 入力:oterudon 校正:伊藤時也 2009年7月15日作成 青空文庫作成ファイル: このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。