人形使い 豊島与志雄 ------------------------------------------------------- 【テキスト中に現れる記号について】 《》:ルビ (例)田舎《いなか》 |:ルビの付く文字列の始まりを特定する記号 (例)二|度《ど》 [#]:入力者注 主に外字の説明や、傍点の位置の指定 (例)ひょっとこ[#「ひょっとこ」に傍点] -------------------------------------------------------      一  むかし、ある田舎《いなか》の小さな町に、甚兵衛《じんべえ》といういたって下手《へた》な人形使《にんぎょうつか》いがいました。お正月だのお盆《ぼん》だの、またはいろんなお祭《まつ》りの折《おり》に、町の賑《にぎ》やかな広場に小屋《こや》がけをして、さまざまの人形を使いました。けれどもたいへん下手《へた》ですから、見物人《けんぶつにん》がさっぱりありませんで、非常《ひじょう》に困《こま》りました。「甚兵衛の人形は馬鹿《ばか》人形」と町の人々はいっていました。  甚兵衛は口惜《くや》しくてたまりませんでした。それでいろいろ工夫《くふう》をして、人形を上手《じょうず》に使おうと考えましたが、どうもうまくゆきません。しまいには、もう神様《かみさま》に願《ねが》うよりほかに、仕方《しかた》がないと思いました。  どの神様《かみさま》がよかろうかしら、と甚兵衛はあれこれ考えてみました。町にはいくつも神社《おみや》がありましたが、上手《じょうず》に人形を使うことを教《おし》えてくださるようなのは、どれだかわかりませんでした。さんざん考えあぐんだ末《すえ》、いっそ人のあまり詣《まい》らぬ神社《おみや》にしようと、一人できめました。  町の裏手《うらて》に山がありまして、その山の奥《おく》に、淋《さび》しい神社《おみや》が一つありました。甚兵衛は毎日、そこにお詣《まい》りをしました。あたりには大きな杉《すぎ》の木が立ち並《なら》んでいて、昼間《ひるま》でも恐《おそ》ろしいようなところでした。けれども甚兵衛《じんべえ》は一心になって、どうか上手《じょうず》な人形使いになりますようにと、神様《かみさま》に願《ねがい》いました。  ある日のこと、甚兵衛はいつものとおりに、その神社《おみや》の前に跪《ひざまづ》いて、長《なが》い間《あいだ》お祈《いの》りをしました。そしてふと顔《かお》をあげてみますと、自分のすぐ眼《め》の前に、真黒《まっくろ》なものがつっ立っていました。甚兵衛はびっくりして、あっ! といったまま、腰《こし》を抜《ぬか》さんばかりになって、そこに倒《たお》れかかりました。するとその真黒《まっくろ》なものが、からからと笑《わら》いました。甚兵衛は二|度《ど》びっくりして、よくよく眺《なが》めますと、それは一匹の猿《さる》でした。 「甚兵衛さん、甚兵衛さん」と猿《さる》はいいました。  甚兵衛は口をあんぐり開《あ》いたまま、猿《さる》の顔《かお》を眺《なが》めていました。それを見て猿《さる》はまた笑《わら》いだしながら、いい続《つづ》けました。 「甚兵衛さん、なにもびっくりなさることはありません。私はこの神社《おみや》に長く住《す》んでいる猿《さる》でありますが、人間のように口を利《き》くこともできますし、どんなことでもできます。あなたが毎日|熱心《ねっしん》にお祈《いの》りなさるのを感心して、上手《じょうず》に人形を使うことを教《おし》えてあげたいと思って、ここにでてまいったのです。けれどもその前に、あなたに一つお頼《たの》みしたいことがありますが、聞《き》いてくださいますか」  そういう猿《さる》の声がたいへんやさしいものですから、甚兵衛もようよう安心しました。そして答《こた》えました。 「お前さんが私を上手《じょうず》な人形使いにしてくれるなら、頼《たの》みを聞《き》いてあげよう」  そこで猿《さる》はたいそう喜《よろこ》びまして、頼《たの》みの用をうち明けました。用というのは、大蛇《おろち》を退治《たいじ》することでした。いつの頃《ころ》からか、山に大蛇《おろち》がでてきまして、いろんな獣《けだもの》を取っては食《た》べ、猿《さる》の仲間《なかま》までも食《た》べ初めました。それでこの猿《さる》は、さまざまに工夫《くふう》をこらして、大蛇《おろち》を山から逐《お》い払《はら》おうとしましたが、どうしても敵《かな》いませんでした。そして甚兵衛《じんべえ》に、大蛇退治《おろちたいじ》を頼《たの》んだのでした。 「お前はなんでもできるといったのに、大蛇位《おろちぐらい》なものに負《ま》けるのかい?」と甚兵衛はいいました。 「はい」と猿《さる》は面目《めんぼく》なさそうに答《こた》えました。「智慧《ちえ》でなら誰《たれ》にも負《ま》けませんが、力ずくのことは困《こま》ってしまいます。甚兵衛さん、どうかその大蛇《おろち》を退治《たいじ》てください」  甚兵衛もそれには困《こま》りました。なにしろ相手《あいて》は大蛇《おろち》ですもの、へたなことをやれば、こちらが一呑《ひとの》みにされてしまうばかりです。長い間《あいだ》考えこんでいましたが、いい考えを思いついて、はたと額《ひたい》を叩《たた》きました。 「そうだ、これなら大丈夫《だいじょうぶ》。ねえ猿《さる》さん、お前は猿智慧《さるぢえ》といって、たいそう利巧《りこう》だそうだが、案外《あんがい》馬鹿《ばか》だなあ。今私が大蛇《おろち》を退治《たいじ》てあげるから、見ていなさいよ」  甚兵衛は急《いそ》いで家へ帰《かえ》りまして、綺麗《きれい》な女の人形を一つ取り、その中に釘《くぎ》をいっぱいつめて、釘《くぎ》の尖《とが》った先《さき》が、皆《みな》外の方に向《む》くように拵《こしら》えあげました。それを持《も》って猿《さる》の所へもどってきました。 「そんな人形をなんになさいます?」と猿《さる》は不思議《ふしぎ》そうに尋《たず》ねました。 「まあいいから、私のすることを見ていなさい」と甚兵衛は答《こた》えました。  彼《かれ》は猿《さる》に案内《あんない》さして、大蛇《おろち》のでてきそうなところへ行き、そこに女の人形を立たせました。そして猿《さる》と二人で、大蛇《おろち》に見つからないような蔭《かげ》に隠《かく》れて、じっと待《ま》っていました。  しばらくすると、ごーと山|鳴《な》りがしてきまして、向《むこ》うの茂《しげ》みの間《あいだ》から、樽《たる》のように大きな大蛇《おろち》が、真赤《まっか》な舌《した》をぺろりぺろりだしながら、ぬっと現《あら》われでました。大蛇《おろち》は人形を見ると、それを生きた人間と思ったのでしょう、いきなり大きな鎌首《かまくび》をもたげて、恐《おそ》ろしい勢《いきおい》で寄《よ》ってきました。そして側《そば》に寄《よ》るが早いか、その大きな身体《からだ》で、ぐるぐると人形に巻《ま》きついて、力いっぱいにしめつけました。ところが人形には、薄《うす》い着物《きもの》の下に釘《くぎ》がいっぱい、尖《とが》った先《さき》を外に向《む》けてつまっているのです。いくら大蛇《おろち》でもたまりません。柔《やわら》かな腹《はら》の鱗《うろこ》の間《あいだ》に、一|面《めん》に釘《くぎ》がささりまして、そこから血《ち》が流《なが》れだし、そのまま死《し》んでしまいました。      二  首尾《しゅび》よく大蛇退治《おろちたいじ》ができましたので、猿《さる》はたいへん喜《よろこ》びました。 「お蔭《かげ》で山の中の獣《けもの》は、皆《みな》助《たす》かります。これから、お約束《やくそく》ですから、上手《じょうず》に人形を使うことを、あなたにお教《おし》えしましょう。ただ黙《だま》って、私のいうとおりになさらなければいけませんよ」  甚兵衛《じんべえ》は承知《しょうち》しました。猿《さる》は甚兵衛の家へやってきました。そして家にある人形を皆《みな》売ってしまいなさいといいました。甚兵衛は人形を残《のこ》らず売ってしまいました。すると猿《さる》はいいました。 「三日の間《あいだ》、この人形|部屋《べや》にはいってはいけません。三日たったらこの部屋《へや》においでなさい、すると大きな人形が一つ立っています。その人形はなんでも、あなたのいうとおりにひとりでに動《うご》きます」  甚兵衛《じんべえ》は不思議《ふしぎ》に思いましたが、ともかくも猿《さる》のいうとおりにして、三日間人形|部屋《べや》の襖《ふすま》を閉《し》め切って置《お》きました。猿《さる》はどこかへ行ってしまいました。三日たってから、甚兵衛はそっと人形|部屋《べや》を覗《のぞ》いてみました。すると部屋《へや》の真中《まんなか》に、大きなひょっとこ[#「ひょっとこ」に傍点]の人形が立っています。  甚兵衛はびっくりしましたが、猿《さる》の言葉《ことば》を思いだして、手をあげろと人形にいってみました。人形はひとりでに手をあげました。歩けと甚兵衛はいってみました。人形はひとりでに歩きだしました。それから、踊《おど》れといえば踊《おど》るし、坐《すわ》れといえば坐《すわ》るし、人形はいうとおりに動《うご》き廻《まわ》るのです。甚兵衛は呆《あき》れ返《かえ》ってしまいました。そしてぼんやり人形を眺《なが》めていますと、その背中《せなか》が、むくむく動《うご》きだして、中から、猿《さる》が飛《と》びだしてきました。 「甚兵衛さん、びっくりなすったでしょう。なあに、私が中にはいっていたんです。あの人形は空《から》っぽで、背中《せなか》に私の出入口がついてるのです。大蛇《おろち》を退治《たいじ》てくださったお礼に、これから私が人形を踊《おど》らせますから、それであなたは一|儲《もう》けなさい。私も山の中より町の方が面白《おもしろ》いから、御飯《ごはん》だけ食《た》べさしてくだされば、長くあなたの側《そば》に仕《つか》えて、人形を踊《おど》らせましょう」  なるほど猿《さる》が中にはいっておれば、人形がひとりでに踊《おど》るのも不思議《ふしぎ》ではありません。甚兵衛は手を打《う》って面白《おもしろ》がりました。  やがて町の祭礼《さいれい》となりますと、甚兵衛《じんべえ》は一番|賑《にぎ》やかな広場に小屋《こや》がけをしまして、「世界一の人形使い、独《ひと》りで踊《おど》るひょっとこ[#「ひょっとこ」に傍点]人形」という看板《かんばん》をだしました。町の人たちは、あの馬鹿《ばか》甚兵衛がたいそうな看板《かんばん》をだしたが、どんなことをするのかしらと、面白半分《おもしろはんぶん》に小屋《こや》へはいってみました。  正面《しょうめん》に広い舞台《ぶたい》ができていました。間《ま》もなく甚兵衛は、大きなひょっとこ[#「ひょっとこ」に傍点]の人形を持《も》ちだし、それを舞台《ぶたい》の真中《まんなか》に据《す》えまして、自分は小さな鞭《むち》を手に持《も》ち、人形の側《そば》に立って、挨拶《あいさつ》をしました。 「この度《たび》私が人形をひとりで踊《おど》らせる術《じゅつ》を、神《かみ》から授《さず》かりましたので、それを皆様《みなさま》にお目にかけます。このとおり人形には、なんの仕掛《しかけ》もございません」  そういって彼《かれ》は、手の鞭《むち》で人形を二、三|度《ど》叩《たた》いてみせました。それから鞭《むち》を差上《さしあ》げていいました。 「歩いたり、歩いたり」  人形は歩きだしました。 「廻《まわ》ったり、廻《まわ》ったり」  人形はぐるぐる廻《まわ》りました。 「踊《おど》ったり、踊《おど》ったり」  人形はおかしな恰好《かっこう》で踊《おど》りました。 「飛《と》んだり、跳《は》ねたり」  人形は飛《と》び跳《は》ねました。  見物人《けんぶつにん》は驚《おどろ》いてしまいました。なにしろ人形が独《ひと》りで動《うご》き廻《まわ》るのは、見たことも聞《き》いたこともありません。皆《みな》立ちあがって、やんやと喝采《かっさい》しました。中には不思議《ふしぎ》に思う者もあって、舞台《ぶたい》を調《しら》べてみたり、人形を検査《けんさ》したりしました。けれどももとより、舞台《ぶたい》にはなんの仕掛《しかけ》もありませんし、猿《さる》は人形の中にじっと屈《かが》んでいますので、誰《だれ》にも気づかれませんでした。そして、やはり、甚兵衛《じんべえ》は神様《かみさま》から人形使いの法《ほう》を教《おそ》わったということになりました。さあそれが評判《ひょうばん》になりまして、「甚兵衛の人形は生人形《いきにんぎょう》」といいはやされ、町の人たちはもちろんのこと、遠《とお》くの人まで、甚兵衛の人形|小屋《ごや》へ見物《けんぶつ》に参《まい》りました。      三  町の祭礼《さいれい》がすみますと、猿《さる》は甚兵衛に向《むか》って、都《みやこ》にでてみようではありませんかといいました。甚兵衛もそう思ってたところです。田舎《いなか》の小さな町では仕方《しかた》がありません。大きな都《みやこ》にでて、世間《せけん》の人をびっくりさせるのも楽《たの》しみです。それでさっそく支度《したく》をしまして、だいぶ遠《とお》い都《みやこ》へでてゆきました。  甚兵衛は、都《みやこ》の一番|賑《にぎ》やかな場所《ばしょ》に、直《ただ》ちに小屋《こや》がけをしまして、「世界一の人形使い、独《ひと》りで踊《おど》るひょっとこ[#「ひょっとこ」に傍点]人形」という例《れい》の看板《かんばん》をだしました。すると、甚兵衛の評判《ひょうばん》はもうその都《みやこ》にも伝《つた》わっていますので、見物人《けんぶつにん》が朝からつめかけて、たいへんな繁昌《はんじょう》です。甚兵衛は得意《とくい》になって、毎日ひょっとこ[#「ひょっとこ」に傍点]の人形を踊《おど》らせました。  ところがある日、甚兵衛《じんべえ》は例《れい》のとおり、「歩いたり、歩いたり、……踊《おど》ったり、踊《おど》ったり、……飛《と》んだり、跳《は》ねたり」などといって、自由自在《じゆうじざい》に人形を使っていますうち、つい調子《ちょうし》にのって、「鳴《な》いたり、鳴《な》いたり」と口を滑《すべ》らせました。けれども人形は一|向《こう》鳴《な》きませんでした。さあ甚兵衛は弱《よわ》ってしまいました。でも一|度《ど》いいだしたことですから、今《いま》さら取消《とりけ》すわけにはゆきません。甚兵衛は泣《な》きだしそうな顔《かお》をして、人形の中の猿《さる》にそっと頼《たの》みました。 「猿《さる》や、どうか鳴《な》いてくれ、私が困《こま》るから」 「では泣《な》きましょう」と猿《さる》は答《こた》えました。  そこで甚兵衛は鞭《むち》を高く差上《さしあ》げ、大きな声でいいました。 「鳴《な》いたり、鳴《な》いたり」  人形は「キイ、キイ、キャッキャッ」と鳴《な》きました。  見物人《けんぶつにん》は驚《おどろ》いたの驚《おどろ》かないの、それはたいへんな騒《さわ》ぎになりました。「人形が鳴《な》いた」という者もあれば、「あれは猿《さる》の鳴《な》き声だ」という者もあるし、一|度《ど》に立ちあがってはやし立てました。すると甚兵衛は一きわ声を張《は》りあげていいました。 「今のは猿《さる》の鳴《な》き声であります。これからまた他《ほか》の鳴《な》き声をお聞《き》かせいたします。……さあひょっとこ[#「ひょっとこ」に傍点]人形、鳴《な》いたり鳴《な》いたり、犬の鳴《な》き声」  人形は「ワン、ワン、ワンワン」と鳴《な》きました。 「鳴《な》いたり鳴《な》いたり、猫《ねこ》の鳴《な》き声」  人形は「ニャア、ニャア、ニャー」と鳴《な》きました。 「鳴《な》いたり鳴《な》いたり、鼠《ねずみ》の鳴《な》き声」  人形は「チュウ、チュウ、チュチュー」と鳴《な》きました。 「鳴《な》いたり鳴《な》いたり、狐《きつね》の鳴《な》き声」  人形は「コン、コン、コンコン」と鳴《な》きました。 「鳴《な》いたり鳴《な》いたり、狸《たぬき》の鳴《な》き声」  すると見物人《けんぶつにん》は喜《よろこ》びました。誰《だれ》もまだ、狸《たぬき》の鳴《な》き声を聞《き》いた者がありませんでした。皆《みな》静《しず》まり返《かえ》って耳を澄《すま》しました。ところが、いつまでたっても人形は鳴《な》きません。甚兵衛《じんべえ》はまたくり返《かえ》しました。 「鳴《な》いたり鳴《な》いたり、狸《たぬき》の鳴《な》き声」  それでもまだ人形は鳴《な》きませんでした。鳴《な》かないのも道理《もっとも》です。人形の中の猿《さる》は、狸《たぬき》の泣《な》き声を知らなかったのです。甚兵衛はそんなこととは気づかないで、三|度《ど》くり返《かえ》しました。 「鳴《な》いたり鳴《な》いたり、狸《たぬき》の鳴《な》き声」  すると人形は大きな声でこういいました。 「狸《たぬき》の鳴《な》き声《ごえ》、知らない知らない、キイ、キイ、キャッキャッ」  それを聞《き》くと、小屋《こや》の中は沸《わ》き返《かえ》るような騒《さわ》ぎになりました。「狸《たぬき》の声を人形も知らない――人形が口を利《き》いた――猿《さる》の鳴《な》き声をした」とてんでにいいはやして、見物人《けんぶつにん》のほうが踊《おど》りだしました。  甚兵衛《じんべえ》は初め呆気《あっけ》にとられていましたが、やがて程《ほど》よいところで挨拶《あいさつ》をして、その日はそれでおしまいにしました。  甚兵衛と猿《さる》と二人きりになりますと、猿《さる》は顔《かお》から汗《あせ》を流《なが》しながらいいました。 「甚兵衛さん、今日《きょう》のように困《こま》ったことはありません。狸《たぬき》の鳴《な》き声を知らないのに、鳴《な》けとなん遍《べん》もいわれて、私はどうしようかと思いました」 「いや私もうっかりいってしまって、後《あと》で困《こま》ったなと思ったが、しかしお前が知らない知らないといったのは大できだった」  そして翌日《よくじつ》からは、踊《おど》りや鳴《な》き声を前からきめておいて、それだけをやることにしました。      四  ところがその都《みやこ》に、四、五人で組《くみ》をなした盗賊《とうぞく》がいまして、甚兵衛の人形の評判《ひょうばん》をきき、それを盗《ぬす》み取ろうとはかりました。そしてある晩《ばん》、にわかに甚兵衛の所《ところ》へ押《お》し入り、眠《ねむ》ってる甚兵衛を縛《しば》りあげ、刀《かたな》をつきつけて、人形をだせと嚇《おど》かしました。甚兵衛はびっくりして、あたりを見|廻《まわ》しましたが、猿《さる》はどこかへ逃《に》げてしまって居《い》ませんし、まごまごすると刀《かたな》で切られそうですから、仕方《しかた》なく人形のある室《へや》を教《おし》えました。盗賊《とうぞく》どもは人形を奪《うば》うと、そのままどこかへ行ってしまいました。  盗賊《とうぞく》どもが居《い》なくなった時、押入《おしいれ》の中に隠《かく》れていた猿《さる》は、ようようでてきて、甚兵衛の縛《しば》られてる繩《なわ》を解《と》いてやりました。けれども盗賊《とうぞく》どもが逃《に》げてしまった後《あと》なので、どうにも仕方《しかた》がありませんでした。ただこの上は、盗賊《とうぞく》の住居《すまい》を探《さが》しあてて人形を取り返《かえ》すよりほかはありません。  それから毎日、昼間《ひるま》は甚兵衛《じんべえ》がでかけ、夜《よる》になると猿《さる》がでかけて、人形の行方《ゆくえ》を探《さが》しました。けれどなかなか見つかりませんでした。ちょうど半月《はんつき》ばかりたった時、その日も甚兵衛は尋《たず》ねあぐんで、ぼんやり家に帰《かえ》りかけますと、ある河岸《かし》の木影《こかげ》に、白髯《しろひげ》の占《うらな》い者《しゃ》が卓《つくえ》を据《す》えて、にこにこ笑《わら》っていました。甚兵衛はその白髯《しろひげ》のお爺《じい》さんの前へ行って、人形の行方《ゆくえ》を占《うらな》ってもらいました。  お爺《じい》さんはしばらく考えていましたが、やがてこういいました。 「ははあ、わかったわかった。その人形は地獄《じごく》に居《い》る。訳《わけ》はないから取りに行くがいい」  甚兵衛はびっくりして、なおいろいろ尋《たず》ねましたが、白髯《しろひげ》のお爺《じい》さんは眼《め》をつぶったきり、もうなんとも答《こた》えませんでした。  甚兵衛は家に帰《かえ》って、その話を猿《さる》にいってきかせ、占《うらな》い者《しゃ》の言葉《ことば》を二人で考えてみました。地獄《じごく》に居《い》るが訳《わけ》はないというのが、どうもわかりませんでした。二人は一晩《ひとばん》中考えました。そして朝になると、二人ともうまいことを考えつきました。  甚兵衛はこう考えました。 「これはなんでも、地獄《じごく》に関係《かんけい》のある古いお寺《てら》か荒《あ》れはてたお寺《てら》に違《ちが》いない」  猿《さる》はこう考えました。 「地獄《じごく》のことなら鬼《おに》の思うままだから、鬼《おに》の人形をこしらえたら、それであの人形が取りもどせるだろう」      五  それからは、猿《さる》は大きな鬼《おに》の人形をこしらえ、甚兵衛《じんべえ》は荒《あ》れはてた寺《てら》を尋《たず》ねて歩きました。ちょうど都《みやこ》の町はずれに、大きな古寺《ふるでら》がありましたので、甚兵衛はそっと中にはいりこんで様子《ようす》を窺《うかが》ってみますと、畳《たたみ》もなにもないような荒《あ》れはてた本堂《ほんどう》のなかに、四、五人の男が坐《すわ》って、なにかひそひそ相談《そうだん》をしていました。よく見ると、それがあの盗賊《とうぞく》どもではありませんか。甚兵衛はびっくりして、見られないように逃《に》げだしてきました。そして猿《さる》にそのことを告《つ》げました。 「もう大丈夫《だいじょうぶ》です」と猿《さる》はいいました。「人形は盗賊《とうぞく》どもの所《ところ》にあるに違《ちが》いありません。私が行って取りもどしてきましょう」  甚兵衛は危《あぶ》ながりましたが、猿《さる》が大丈夫《だいじょうぶ》だというものですから、そのいうとおりに従《したが》いました。  晩《ばん》になりますと、二人は鬼《おに》の人形をかついで、盗賊《とうぞく》の古寺《ふるでら》へ行きました。それから猿《さる》は人形の中にはいって、一人でのそのそ本堂《ほんどう》にやってゆきました。本堂《ほんどう》の中には蝋燭《そうそく》が明るくともっていましたが、盗賊《とうぞく》どもは酒《さけ》に酔《よ》っ払《ぱら》って、そこにごろごろ眠《ねむ》っていました。 「こら!」と猿《さる》は人形の中から大きな声でどなりました。  盗賊《とうぞく》どもはびっくりして起《お》きあがりますと、眼《め》の前に大きな鬼《おに》がつっ立ってるではありませんか。みんな胆《きも》をつぶして、腰《こし》を抜《ぬか》してしまいました。  鬼《おに》の人形の中から、猿《さる》は大きな声でいいました。 「貴様《きさま》どもは悪《わる》い奴《やつ》だ。甚兵衛《じんべえ》さんの生人形《いきにんぎょう》を盗《ぬす》んだろう。あれをすぐここにだせ、だせば命《いのち》は助《たす》けてやる。ださなければ八裂《やつざ》きにしてしまうぞ」 「はい、だします、だします」と盗賊《とうぞく》どもは答《こた》えました。  やがて盗賊《とうぞく》どもは、生人形《いきにんぎょう》を奥《おく》から持《も》ってきましたが、首《くび》はぬけ手足はもぎれて、さんざんな姿《すがた》になっていました。それも道理《もっとも》です。盗賊《とうぞく》どもは人形を踊《おど》らして、金|儲《もう》けをするつもりでしたが、中に猿《さる》がはいっていないんですから、人形は踊《おど》れようわけがありません。盗賊《とうぞく》どもは腹《はら》を立てて、人形の首を引《ひ》きぬき、手足をもぎ取って、本堂《ほんどう》の隅《すみ》っこに投《な》げ捨《す》てて置《お》いたのです。それを見て猿《さる》は、鬼《おに》の人形の中からどなりつけました。 「不都合《ふつごう》な奴《やつ》だ。しかしおとなしく人形をだしたから、命《いのち》だけは助《たす》けてやる。どこへなりといってしまえ。またこれから泥坊《どろぼう》をすると許《ゆる》さんぞ」  盗賊《とうぞく》どもは震《ふる》えあがって、逃《に》げうせてしまいました。  猿《さる》は鬼《おに》の中からでてきて、甚兵衛と二人で、壊《こわ》れた人形を抱《だ》いて、非常《ひじょう》に悲《かな》しみました。けれども、いくら悲《かな》しんでもいまさら仕方《しかた》はありません。二人は壊《こわ》れた人形を持《も》って、田舎《いなか》の町へ帰《かえ》りました。  甚兵衛はもうたいへん金を儲《もう》けていましたし、壊《こわ》れた人形を見ると、再《ふたた》び人形を使う気にもなりませんでした。猿《さる》も都《みやこ》を見物《けんぶつ》しましたし、そろそろ元《もと》の山にもどりたくなってる折《おり》でした。それで二人は、壊《こわ》れた人形を立派《りっぱ》に繕《つくろ》って、それを山の神社《おみや》へ納《おさ》めました。猿《さる》は山の中へもどりました。  甚兵衛《じんべえ》は、もう誰《だれ》が頼《たの》んでも人形を使いませんでした。そして山からときどき遊《あそ》びにくる猿《さる》を相手《あいて》に、楽《たの》しく一|生《しょう》を送《おく》りましたそうです。 底本:「天狗笑い」晶文社    1978(昭和53)年4月15日発行 入力:田中敬三 校正:川山隆 2006年12月31日作成 青空文庫作成ファイル: 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