遁げて往く人魂 田中貢太郎 ------------------------------------------------------- 【テキスト中に現れる記号について】 《》:ルビ (例)某夜《あるひ》 -------------------------------------------------------  二人の仕事師が某夜《あるひ》夜廻りに往っていると、すぐ眼の前でふうわりと青い火が燃えた。二人は驚いて手にしていた鳶口《とびぐち》で、それを敲《たた》こうとすると、火の玉は吃驚《びっくり》したように向うの方へ往った。  二人は鳶口を揮《ふ》りながら追っかけた。そして、数町《すうちょう》往ったところで、その火の玉は唯《と》ある巷《ろじ》へ折れて、その突きあたりの家の櫺子《れんじ》窓からふわふわと入ってしまった。と、家の中から苦しそうな呻《うめ》きが聞えて来た。それと同時に年とった女の声がした。 「お爺《とっ》さん、これお爺さん、何をそんなに魘《うな》されてるのだよ」  すると老人の声で、 「ああ怕《こわ》かった、乃公《おいら》が街を歩いてると、何をかんちがいしやがったのか、二人の仕事師が、だしぬけに鳶口を持って追っかけて来たのだから、命からがら逃げて来たのだよ」  と云った。 底本:「伝奇ノ匣6 田中貢太郎日本怪談事典」学研M文庫、学習研究社    2003(平成15)年10月22日初版発行 底本の親本:「新怪談集 実話篇」改造社    1938(昭和13)年 入力:Hiroshi_O 校正:noriko saito 2010年10月20日作成 青空文庫作成ファイル: このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。