白い小犬を抱いた女 田中貢太郎 ------------------------------------------------------- 【テキスト中に現れる記号について】 《》:ルビ (例)某夜《あるよ》 [#]:入力者注 主に外字の説明や、傍点の位置の指定 (例)それまでは[#「それまでは」はママ] -------------------------------------------------------  某夜《あるよ》、某運転手が護国寺の墓地を通っていると、白い小犬を抱いた女が来て車を停めた。そこで運転手は女の云うままに逢初《あいそめ》橋まで往くと、女が、 「ちょっと待っててね」  と云って、犬を抱いたままおりて、傍《そば》の立派な門構《もんがまえ》の家へ入って往ったが、一時間近くなって出て来ないので、運転手はしかたなしにその家へ往った。すると一人の老婦人が出て、 「私の家には、女の子はいないのですが」  と云った。運転手はそれまでは[#「それまでは」はママ]乗り逃げをせられたのかと思いながら、やるともなしに土間へ眼をやった。土間には彼女の抱いていた小犬がちょこなんと坐っていた。 「この犬を抱いて来た方ですよ」  すると老婦人の顔色が変った。 「この犬を、この犬ですって」  そこで運転手は一とおりその女の容貌を話した。みるみる老婦人の眼に涙が湧いた。 「それでは、やっぱり家《うち》の娘でございますよ、明日が一周忌になりますから、それで帰って来たものですよ」  老婦人はそれから土間へおりてその小犬を抱きあげた。 底本:「伝奇ノ匣6 田中貢太郎日本怪談事典」学研M文庫、学習研究社    2003(平成15)年10月22日初版発行 底本の親本:「新怪談集 実話篇」改造社    1938(昭和13)年 入力:Hiroshi_O 校正:noriko saito 2010年10月20日作成 青空文庫作成ファイル: このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。