簪につけた短冊 田中貢太郎 ------------------------------------------------------- 【テキスト中に現れる記号について】 《》:ルビ (例)本町《ほんちょう》 |:ルビの付く文字列の始まりを特定する記号 (例)日本橋|区《く》 [#]:入力者注 主に外字の説明や、傍点の位置の指定 (例)[#2字下げ]かみきりや姿を見せよ神国のおそれを知らばやくたたらざれ -------------------------------------------------------  日本橋|区《く》本町《ほんちょう》三丁目一番地|嚢物《ふくろもの》商鈴木米次郎方の婢《じょちゅう》おきんと云うのが、某夜《あるよ》九時すぎ裏手にある便所へ入ろうとして扉をあけると、急に全身に水を浴びせられたようにぞっとして、忽《たちま》ち頭の毛がばらばらと顔の上へ落ちて来てまるで散髪頭のようになった。婢は悲鳴をあげて隣家の曲淵方《まがりぶちかた》へ駈け込むなり、ばったり倒れて気絶してしまった。人びとは驚いて、水や薬などを飲ませて蘇生させ、その訳を聞いて一層胆を潰した。人びとは手に手に棍棒《こんぼう》や箒などを持って彼の厠《かわや》へ駈けつけたが、べつに変ったことはなく髷《まげ》が入口に無気味な恰好で落ちていただけであった。  そこで初めて、人びとはこれが俗に云う髷きりだと云うことを知ったが、それ以来|彼《か》の厠《はばかり》は何人《だれ》も使わなくなった。  これは明治七年三月十日の東京日日新聞に載っていた話であるが、日日子《にちにちし》はそれに就いて、このことはいつか浅草金龍山内にもあった。故老の話では四五十年前にも一度あったが、その時は女たちが簪《かんざし》に小さな短冊《たんざく》をつけて、魔よけにしたと云って、その歌を引いてある。 [#2字下げ]かみきりや姿を見せよ神国のおそれを知らばやくたたらざれ 底本:「伝奇ノ匣6 田中貢太郎日本怪談事典」学研M文庫、学習研究社    2003(平成15)年10月22日初版発行 底本の親本:「新怪談集 実話篇」改造社    1938(昭和13)年 入力:Hiroshi_O 校正:noriko saito 2010年10月20日作成 青空文庫作成ファイル: このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。